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I'm Your TOY-DOG.


 落ち着かない日が続いていた。
 気がそわそわして、集中できない。
 イラついた表情で、ジョージは皆がたむろしている部屋から出て行った。わざと足を踏み鳴らし、肩を怒らせてドアをバタンと閉める。
「あいつ、どうしたんだ?」
 カードを引きながらも、あっけにとられたジョンの問いにポールが肩をすくめる。長い長い演奏旅行だ。ストレスが溜まるのも無理はない。
それにしても、である。
「ジョン、悪いんだけど」
 手元のカードを揃えながら、リンゴが声をかける。
「今日はジョーと僕を同室にしてくれないかな?」
 その言葉に、ジョンとポールは顔を見合わせたが、すぐさま「ああ!」と手を打って、OKと頷いた。
「ありがとうジョン。すまないね、ポール」
 二人はにやにや笑いで首をふる。まったく、リンゴの察しの良さには頭が下がる。
「ホント、すまないね二人とも」
 にやりと笑って、リンゴが手元を広げる。
「スペードのフルハウス。また僕の勝ちだ」
 一瞬で、ジョンとポールの顔つきが変わった。

 ジョージが、部屋のドアのかしぐ音でベッドから顔を上げると、そこにはリンゴが何時もの優しい笑顔で立っていた。
「ジョー、ワインでも飲まないか?」
 いつものジョージなら二つ返事で寄ってくるところだが、今日は物憂げな顔を不機嫌にしかめ、無言のままベッドにつっぷした。
「イラついてるなら、女の子でも呼んでもらえば…」
「いやだ、もう飽きたよ!」
 鋭い声で、ジョージが答えた。
「下らない連中にあうのも、下らないショーを繰り返すのも、下らない仲間とだらだら過ごすのも真っ平だ!」
 そういい捨てると毛布を被りなおしてそっぽを向く。やっぱりそうか、とリンゴは落ち着いた目の色のまま、彼のベッドに近づいた。
 そして、そっとジョージのそばに腰を下ろす。ジョージは振り返りもしない。
「僕の家では、犬を飼っていてね」
 ワインの栓を抜きながら、リンゴは独り言のように話し出した。
「僕がいなくてもモーリンが寂しくないようにと思ってさ…」
 そして、真っ赤なワインを一口含んでにやっと笑う。

「これが、どういう意味かわかるかい?」

 その声が含むものを察して、ジョージは顔を強張らせてリンゴを見上げた。リンゴは、ワイングラスをダッシュボードに置いて、ぐっとジョージに迫る。
「耳聡いんだね、ジョーは」
 そして、するりとその顎に指を添える。
「そんなマセた子供は、お仕置きが必要だ」
 ワインが、リンゴの口からジョージに移る。突然のキスでジョージの眉が苦しげにしかめられた。口元からワインが筋を作る。
「本当に吸血鬼みたいだ」
 リンゴが思わず笑った。ワインは、ジョージの唇を染め、パジャマとシーツを汚した。
 呆然と、ジョージはリンゴを見つめた。何が起こったのか理解できていない子供のような表情だった。そんなジョージをリンゴが笑った。口の端をゆがめ、相手を
見透かす目つきで。
 ぎくりとジョージが身を強張らせた。
 しかし、身体のどこかが熱くなる。心がなにかを期待しはじめる。
 そんな彼に、リンゴが命令を下す。
「今日はジョージ、君が僕を慰めるんだ。そうだよ」
 いきなりリンゴの手がジョージの髪を掴むと、ぐいと引っ張り、彼の顔を自分に寄せる。

「ジョージ、今日の君は、僕の犬だ。イヌはイヌらしく、飼い主に従属しなけりゃな」

 ジョージが背中をぶるっと振るわせる。リンゴの、ガラスみたいな青い目がこちらの裏まで射抜くように見つめてくる。
 リンゴの声が魔法のように耳に響く。あの、低く、心の底に溜まるような声でジョージに告げる。拗ねて使い物にならないと放り捨てられたいか? 目を逸らせないまま
ジョージはおずおずと首を振る。ワインは、味だけを口に残してすっかり乾きあがっている。心臓の音がうるさいくらい響く。
 リンゴは竦みあがるジョージの目に、期待の色を見てとると「おやおや」と心で呟いた。しかし、そんなそぶりは見せずに冷笑を浮かべてジョージに言いつけた。なら、
役に立つところを見せてもらおうかな? まず、俺にキスしな。話は、俺を満足させることができてからだ。リンゴが部屋に入ってきた時とは、打って変わったよう
なジョージの姿だった。ふてぶてしいふくれっ面はすっかり消えうせ、変わりに弱々しい視線が恐々とリンゴの様子を伺う。僅かに震える顎が、よろよろとリンゴに近づい
ていく。
 一瞬、ジョージの唇がリンゴの前でためらった。その背中をぐっと引き寄せ、リンゴはジョージに深く口付けた。身体をリンゴに預けた形になり、ジョージは身動きがとれない。そのまま、リンゴの舌がジョージの口をたっぷりと潤していく。丁寧に、しつこいくらいに口を犯されても、ジョージはなすすべもない。息が詰まらないようにするのが
精一杯だった。
 顔の角度を何度も変えて、リンゴはジョージにキスを繰り返す。彼の身体から力が抜けたのを見計らって、リンゴはジョージからやっと顔を離す。ジョージはぐったりと
リンゴの肩にもたれかかった。小さく身体が震えている。リンゴの手が僅かに動くと、短い喘ぎが喉にくぐもった。かなり敏感になっているようだった。
 リンゴはジョージに気付かれないように、一瞬目線を天井に向けた。やれやれ、と笑ったが、すぐにジョージに目を戻すと後ろから抱きしめるようにして、さっさと彼の
パジャマのボタンを外していく。
「…待って、リンゴ」
「口答えか?」
 ジョージは必死で被りをふる。ここはジョンと僕の部屋だから、ジョンが帰ってくるよと訴える。見られたくない?リンゴの問いかけにジョージは目尻に涙を浮かべて頷く。
恥ずかしいの?この問いにも、そっと頷く。
「ジョーはこんな風に」
 そういいながら、リンゴがジョージのパジャマを剥いだ。細い体があらわになる。
 そして後ろからリンゴはジョージの顎を掴んで自分の方にむけると、じっくりとジョージに問いかける。
「俺に剥かれながら、あちこちいじられてくしゃくしゃにされるのを喜んでいる姿を、ジョンに見られるのが恥ずかしいのか?」
 その言葉に、ジョージの顔色が変わる。
「そんな言い方しないで…」
「犬のくせに、生意気いうんじゃないよ」
 怯えるジョージの目をリンゴが覗き込む。青い目に飲み込まれそうになって、ジョージがまた身体を固くする。
「お前は俺が言うとおりのことをしていればいいんだ。その辺をまだ分かってないんだな」
 そう言うと、すっと身体を引いて、両手もジョージから離す。
「分かったよ。そんなに俺の言うとおりにできないのなら、自分でやりな」
「え?」
「俺にされるのを見られるのが嫌なんだろう? だったらほら、自分でやりな。俺がお前にしてやろうと思っていたことを」
 そして続ける。僕がお前に何をしようとしたのか、して見せてごらん。もしそれが合っていたら、このまま部屋を出て行くよ。外れたら、もっとひどいことをするかもね。
 あいまいな笑みを浮かべて、リンゴが言う。さあ、どうする? 早くしないとジョンがくるかもよ。それは卑怯な言い方だった。彼はもうジョージと相部屋になっているのだが、その事実をまだジョージに知らせていないのだ。
 ベッドにゆったり構えたリンゴと、寝室のドアを何度も見比べて、ジョージはやっと心を決めた。リンゴはそんな彼を自分に寄りかからせ、後ろからささやきかける。
「ほら、やってごらん?」
 ジョージが息を呑んだ。そして、そろりと手がパジャマのズボンに入ろうとした時
「だめだ、ちゃんと下ろして」
 リンゴの声が残酷に響く。
「聞こえないのか、ジョージ。ズボンを下ろして、ちゃんと俺に見えるようにするんだ」
 ジョージは泣きそうな目をリンゴに向けていやいやをした。しかし、リンゴは許さない。
「ジョンを呼ぼうか? 隣にまだいるかもしれないぞ? 呼ばれて、自分の寝室でこんなことされてると分かったら、奴はどうでるかな?  それも楽しそうだな。呼んで
やろうか?」
 てか、きっとジョンはこの隣でポールと一緒に、コップを耳に付けてるだろうなとリンゴは思った(そしてそれは正解だった。…アホや…w)が、それはそれとして。
 ジョージは、リンゴの真意が分からなかった。なぜいきなり自分にこんなことを始めたのか。しかし、それを尋ねることはできそうにない。
 何故なら自分はすでに、リンゴの犬であることを認めてしまった。理不尽なリンゴの態度に、怒りもしなければ逃げもしなかった。むしろ、心の底から喜んでいたくらいだ。
 翻弄され、なすすべもなく飲み込まれていくことを。
 これから起こることへの期待と、恐れ。目がくらむような悦びに、すっかり心を奪われてしまった。
 いうことを聞くのか聞かないのか? 乱暴なリンゴの問いに、ジョージは負けた。リンゴに預けている背中を曲げて、自分のパジャマに手をかけると、そろそろと下ろしていく。無防備にさらされたそこは、血が集まり始めているようだった。リンゴが鼻で笑ったのが分かって、ジョージの顔に血が昇った。
早く始めなよ。リンゴがせっつく。しかし、ここにきてジョージがまたためらいを見せる。
「どうした?」
 ジョージの手が、そこへ何度も伸びかけるが、どうしても掴むことができない。「見ないで…これだけは。お願い」怯えが濃い声で、彼はそう言った。リンゴはその言葉は
想定していた。にやりと笑うと、ジョージの目を両手で塞ぐ。
「俺じゃなくて、お前が見えなくなればいいのさ。ほら、ぐずぐずするな。廊下を歩く足音がするぞ」
 びくっとジョージが震えた。そして唇をかみ締め、息を一つつくと、やっと意を決して手を伸ばした。
「…はあ」
 最初は柔らかく掴み、そっと上下に動かし始める。自分が見えないだけでも、随分気持ちが変わる。リンゴの手が瞼に気持ちいい。ジョージはつい、我を忘れて手をうご
めかせた。身体が熱くなり、息が弾む。追い詰められる緊張と、腰を震わせる心地よさを、ついに両手を使って追いかけ始めた。強く手で押さえつけられた頭を、それでも
激しく振って彼は己の施す愉悦に身を委ね切っていた。
 あともう少し、となったその時だった。
「ジョージ、教えてやろうか?」
 心臓が凍りついた。リンゴの声だ。ジョージは自分がどんな状況に置かれているのか思い出した。そして、今の自分のあられもない姿を想像して、激しい恥辱に息をする
のも忘れた。
 リンゴはジョージのそんな気持ちをとっくに承知で、しかし責める声を止めない。心の底に溜まる声で彼はジョージにささやきかける。ジョージ、お前の手の中で、
どれだけ膨れ上がってるか教えてやろうか? どれだけ嫌らしい声を上げていたか。ヘタなブルーフィルムなんかよりよっぽどエロかったぜ? 俺がそこまでやると思ったのか。
「片手じゃ足りないくらい、パンパンに膨らませて。先もヒクヒクさせて、蜜みたいな液を水のみ場の飲み口みたいに垂らしてるよ。まったく、おイタが過ぎるなこの犬は」
 リンゴの言葉が、ジョージには見えない自身の姿を想像させる。はしたなく口を開いて、嬌声を上げながら、人の目も忘れて自慰にふけった自分が、目で見るより生々しく
思い起こされ、ジョージは強い恥じらいと共に湧き上がる、激しい快感に心を引っ掻き回された。
「どうしようもないな、ここまで言われてもまだ止めないなんて」
ほらほら、よだれを零すんじゃない。スゴイ顔だな。場末の売春婦だってここまでの顔見せないよ。自分のをいじるのは、そんなに楽しいのかい? ん?
 ジョージの口からは、もう訳の分からない声しか出てこなかった。答えることもままならない、反論なんて考えもつかない。リンゴは声だけでジョージを責めきっている。
彼自身、ジョージには一つも触れていないのだ。ただ、ジョージの背中を自分に預けさせ、ジョージの頭の上から彼を見下ろし、その狂態に茶々を入れているに過ぎない。
 しかし、その声がジョージに様子を克明に説明するだけで、ジョージはどうにもならないほどの強い快感に翻弄された。息を凝らし、目を硬く閉じて、彼は飼い主が与えて
くれる僅かな刺激を自分の中で十倍にも百倍にもしてむさぼった。
「ひゃあ、あ!!! ああ、は、ひィっ!! んっ、んく、くうウウウウウぅぅん!!!!」
 そして

「勝手にいこうとするんじゃない、この駄犬が!」

 リンゴの声が、ジョージの蕩けた心を突き刺した。
 いきなり、視界が明るくなる。同時に、ぐい、と両手を引き離される。
 荒い息で、ジョージは目を開けた。リンゴが冷たい目でジョージを見下ろしていた。
 ジョージは何時の間にか、リンゴの膝まで身体が落ちていた。乱痴気騒ぎが突然やんだような、空虚な空気がジョージを見下している。
「俺がやるようにやれ、といったはずだ。そして俺は、お前を「イカせてやる」と言った覚えはないぞ。どうだ、ジョージ?」聞いたのか、お前の耳は! そう言って、
リンゴはジョージの髪を掴む。そしてガクガクと人形をもてあそぶように振り回した。
「聞いて、ません」
 ジョージがなんとか答える。しかし、怯えているはずの心が不思議な陶酔で満たされているのを彼は自覚していた。リンゴが自分に粗野な振る舞いを見せるたび、
自分を「犬」と蔑むたび、彼の自尊心は傷がつき、その痛みがなおさら歪んだ愉悦を引きおこしていた。
「許して…ご主人さま…」
 恍惚の涙を浮かべて、ジョージが呟いた。リンゴは、そんな彼の様子をみてちょっとだけ「ヤッチマッタ」と後悔の念を思った。しかし、ここまできたらちゃんと仕上げて
やらねばジョーが可哀想だ。自分の両の頬を叩くような気分で、リンゴはジョージをねめつけると「最初に言ったよな? お前が俺を慰めるんだと。――慰めるの意味は、
分かってるな?そうじゃなかったら」ハッとジョージが目を見開いた。
もし、できなかったら捨てられる――。このままで、生殺しのままで放り出される。そしてリンゴはきっと、二度と自分には触れないだろう。それどころか、目もくれないかも
しれない。そう思うと、ジョージの背筋がぞっとした。彼は今や完全な犬だった。
 捨てられるのを極端に恐れる、やっと拾ってもらった犬。
 与えるだけ与えられて、気を許した時においていかれる犬。
 蒼白になった顔に、リンゴが頷いて半分体を起こすと、やるべきことを顎で指図する。
 ジョージが、リンゴの足の間に身体を沈めると、スラックスのジッパーに手を掛けた。
 震える手でそれを下ろし、そっと手を差し込むと、さすがにそれは硬くなりかかっていた。
 目で許しを請うたジョージに、リンゴが促す。ジョージは何故か嬉しくなった。ご主人さまが自分の姿に反応してくれたことと、自分に全てを任せてくれたことに、深い
悦びを感じていた。
 下着の上から何度もそれを擦りあげ、口をあてがい息を吹き込む。すると服地が息で熱くなり、敏感な場所をうまく刺激する。
 リンゴの身体がぴくりと動いた。自分の前髪の間から覗くと、リンゴはゆったりとした目で、こちらを見つめていた。飼い犬が言うことを聞いているのを喜んでいる、
そんな目だった。ジョージはそんなリンゴの姿に、腰が重く痺れるのを感じた。興奮が返ってくる。もどかしくスラックスのボタンを外し、下着から充分に強張ったそれを
引き出すと、ためらいもなく唇を寄せた。丁寧に舐め上げ、その周りにまで両手を一杯に使って撫で回し、熱を含んだ口内にそれを咥えた時、リンゴの短い喘ぎがジョージの
耳に入ってきた。自分の興奮よりも彼はリンゴを――己の飼い主を優先した。彼の手がジョージの髪に差し込まれたが、それはジョージにとっては強制ではなく頭を撫でるのと
同じ行為だった。じゅぶっじゅぶっ、と粘りのある水音がジョージの頭の下から響き、そのたびにリンゴの顎が上がっていった。時々見上げると、リンゴが目をきつく
瞑って、顔を赤くしながら何かに耐えていた。それを見るたびジョージの背筋に強い奮えが走り、腰がつい動いてしまうほどの快感が湧き上がった。被虐と加虐の間で引き
裂かれながら、その混乱がジョージをなおさら歪ませた。
「ん、んんん、んふ、ふう」
 「ご奉仕」に夢中になって、ジョージの息が荒くなっていく。リンゴの口からも甘い喘ぎが聞こえ始める。お互いが一体になっていくのが、息のテンポで分かった。
 くちゅ、と吸い付く音がして、リンゴの身体がびくんと跳ねた。痛くないように十分気を使って吸い付いてくるジョージの口は最高だった。
その急成長ぶりにリンゴは驚かされた。
「…ジョージ…いいよ」
「ふ?」
「イイコだよ…、お前は」
「んん、んふ」
「したいのか? まだだめだ…。もう少し…舌を使って…、ああ、ん、…よおし。いいよ。さあ、おやり」
 ほら、と促されて、ジョージは自分のものに手を添えて、思う存分動かした。
「あ、はああ!! んああああっ!!」
 苦しくてつい口を離すと、飼い主から注意を受ける「ほら、また。忘れてるぞ」
あわてて顔を戻すが、つい自分の方に気が行ってしまいそうになる。するとまた。
「ん、んう、んぷ、ふぐう」
 ようやく、自分と主人とのテンポがあってくる。リンゴの身体が九の字に曲がり、来るべき時に備えている。
 ジョージはすでに、意識が半分飛んでいた。ただただ夢中になって、自分と、主人の快楽に従属している。
「ジョー…あ、出すよ。ああ、もう…でる…!!」
 ご主人様のいいつけに、犬は尻尾を振って喜んだ。
 口の中が、ぐっと熱くなる。
「んぐ、ぷは、ああ」
 受けとめきれずに、口を離してしまったジョージの顔に、リンゴの満足の印が溢れかえった。
「はあ、あ、あああああ!!」
 そして、自身もその手の中で最後を迎えた。顔を汚されながら、その被虐の最たる中で迎えたそれは、今まで感じたことのない悦楽だった。気が遠くなりながら、
ジョージはリンゴを見上げた。彼もまた、ぐったりと横になっている。
 よかった…満足したんだ…。そう思ったとたん、安堵が彼を包み、そしてやっと、目の前が暗くなった。

 ジョージの顔を拭い、服を調えて毛布を掛けると、リンゴはそっと廊下に出た。
「よ、お疲れ」
 ジョンがその後ろから気楽な声をかけた。
「…やっぱり聞いてたな」
 苦笑いのリンゴにジョンは、罪の意識のかけらもない明るい笑顔をかえした。
「ま、そう言うな。お陰でこっちも久々にありついたよ」
「古女房の弁当にかい?」
「まあな」
 二人は声を潜めて笑った。
 その時、眠っていたポールが、乱れたベッドの中で一つくしゃみをした。
「まあ、これでジョーの機嫌が、少しはもてばいいけどな」
「大丈夫だろ? ツアーもあと少しだ」
 リンゴがそう答えて、ジョンに笑いかける。その笑顔を、ジョンはしげしげと見つめた。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「いや…あのさ」
 珍しく、聞きづらそうにジョンが口ごもりつつ「モーリンのこと、ホント?」と尋ねる。
 きょとんとリンゴはジョンを見たが、ゲラゲラ笑って「ウソに決まってるだろ!」とあっけらかんと答えた。少しジョンは安心して、今度は「お前、あんなテクどこで覚えた
んだよ」とリンゴに尋ねた。彼はちょっと考えてから「ああ」と頷くと、人の悪い笑顔を作って
「聞きたいなら明日俺のベッドにきな、ハニー?」
と言って、次の瞬間あははと笑った。そして、ちょっとラウンジでタバコ吸ってくるよ、と手を上げてそこを離れた。

 とにかくリンゴの機転とウルテクで、バンドの危機は回避されたことにジョンは感謝しながら、
『明日、あいつのベッドにいってみよっかなー』などと、去っていく彼の背中を見送りつつ、 ついそんなことを思ってしまったのだった。

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最終更新:2009年04月28日 02:12