大爆笑
「笑う門には福来る」という諺がある。確かに、笑うという動作にはマイナスのイメージはあまりない。よし。幸せになる為に笑ってみよう。何もないけど笑ってみよう。傍から見れば狂人か変人だ。
30秒ぐらいしてからだんだんと楽しくなってきた。笑うという動作に感情が後からついてきたのだ。そう考えるとなんだか不思議。
2分後に残ったのはひどく冷めた気持ちと顎の痛み。時間はわずかにしか経っていないのにとても時間を損した気がする。不毛だった。
笑いという動作には「面白い」という感情が先に出る。「面白い」という感情は「ズレ」から生まれる。ではこの「ズレ」とは何だろうか?タイツ一丁の男が大暴れしている様を見たら面白い。文章にしたら面白くない。動きがあるから面白いのだろうなあ。2人候補がいるけど、どっちを思い浮かべた?
しかし、文章ならではの面白さというものもある。
例:お前は本当に間抜けだな。反対側がどうなっているか調べるなんていってガラスの壁を乗り越えたんだから。
この文章はクスリと来るような面白さがある。なぜだろうか?「反対側を調べる」ために「ガラスの壁を乗り越えた」という動作をした。ここで読み手は「ガラスだから向こう側は見えるだろ」と思う。本来は必要ない「ガラスの壁を乗り越える」という行為。そこに「ズレ」を感じて「面白い」と感じる。そういう流れだ。
パロディ。ある作品内において他の作品そのもの、またはそれを想起させるような発言、行動のこと。それをなぜ「面白い」と感じるのだろうか。本来は別の作品であるはずなのに、さも当然のように自分の作品に登場させる。その「ズレ」による「面白さ」なのだろう。
シュール。「手術台の上でミシンとこうもり傘が出会う」と表現される。これはもう「ズレ」の固まりである。ただひたすらに「ズレ」まくり、それを放置すること。それもまた「ズレ」である。最初はよくわからなくても何回も見ているうちにだんだんと面白くなってくる。これも不思議なところである。
笑っていると頭の中が空っぽになる。笑っていればとりあえずいいというときもある。そうだ。笑おう。何にもないけど。楽しくなろう。笑っているうちにだんだん楽しくなってきた。わーい。
座が盛り上がってくると、大して面白いことではないのに大笑いしてしまうことがよくある。なぜなら、そもそも人前でありながらもバカみたいに大騒ぎしている自分たち自身が「ズレ」ていて面白いからだろう。みんなもその辺で大笑いしてみよう。きっととっても楽しくなるだろう。代わりに何かいろいろ失うだろうけど。
笑っていると健康にもよい。最近の研究では笑いはガン細胞を破壊することのできるNK(ナチュラルキラー)細胞という白血球の一種を生み出すことができることがわかったらしい。吉本興業の「グランド花月」の調査によると、漫才、落語等をみた直後に検査をすると、18人中14人がNK細胞の増殖が確認できたという。
これはすごい。ちなみにこのときの「笑い」とは、どんな笑いでも、たとえ作り笑いでもいいという。よし、今からみんなで笑おう。傍から見れば変態的な奇人集団だ。
さらに笑いには、糖尿病患者の血糖値の低下、リウマチ患者の痛みの軽減の効果があるという。ここまでいろいろあるとかえって怪しくなりそうなものだが、とりあえず笑っておいて損はなさそうだ。笑っておけばマイナスのイメージを与えることは少ないだろう。笑っておこう。

とか思わないでくださいね。
最終更新:2009年04月07日 14:23