02-952 :first love song:2009/12/25(金)09:52:50 ID:SiJSKdpZ
今日はいつも一緒にいる江梨も優奈も休み。
つまんないな、私も休めばよかった。
クラスの中心とか自分で思ってそうな神田里菜が「一緒にご飯食べよ」とか言ってたけど、笑顔でやんわりと断った。
あの子本気で自分は可愛いとか思ってそうだし、ちょっとイタいんだよね。
もとの顔自体カバみたいで、メイクも下手だし…

ヒマを持て余した昼休み、誰も居ないところに行きたいって思って屋上へ行った。
梅雨に入る前の青空、遊びに行くのも夜ばっかりだし、久しぶりにお日さまを浴びた気がする。
もう三年生になったけど、屋上にのぼったのは初めて。
意外といい場所だと思う。誰もいないし、これからはたまに来ようかな。

『あ?ああ、ハヤトか。
どうしたん?』
…声が聞こえる。入り口の反対側かな?どこかで聞いたことのあるような声だけど誰だろう?
少し興味を持って覗いてみる。
ちょうど背中を向けているから後ろ姿しか見えないけど、背はそれなりに高くてスマート、軽くウェーブのかかった髪。
後ろ姿はかなりいい感じかな。
『ああ、わかった。
今週中に書いてメールするわ、つーか急だな、トシさんの無茶ぶりは勘弁してほしいよ。
じゃあまた後で。』
電話が終わったみたい。何の話だったんだろう?
「ふぅ、参ったなー。
まぁ、なんとかすっか。」
ん?煙?ああ、煙草吸ってるんだ。
「あっ!」
彼が振り向いたところで目が合った。
「えっと、同じクラスの…
宮…本さんだっけ?
ごめん、クラスの奴の名前あんま覚えてなくてさ。
君も吸いにきたの?」
「えっ…?」
「ああ、違うんだ。
ここは職員室からも用務員室からも死角の絶好の喫煙スポットだからさ。」
煙草を吸ってることも全く悪びれずに彼は話す。

同じクラスの佐野豊くん。
クラスの誰かと仲良くしてるところなんて見たことなくて、クラスから一歩引いた輪に入らない感じの男子だ。
それがクールとか大人っぽくてかっこいいって言ってた子もいたし、かっこつけって言ってる子もいたっけ。
「そうなんだ。
でも私は違うよ、江梨も優奈も休みでヒマだったから来ただけ。」
「ふーん。
そういえば宮本さんと松岡さんと三田村さんはいつも一緒だもんね。
やっぱり仲いい奴と一緒じゃないと学校はつまんないもんな。」
「佐野君はクラスのみんなと仲良くしたりしないもんね。
やっぱり楽しくないの?」

02-953 :first love song:2009/12/25(金)09:53:43 ID:SiJSKdpZ
「学校は全く楽しいって思わないな。
クラスの奴らの話題もガキみたいなことばっかだし。
女子だって宮本さん達みたいな一部除いてイケてない子ばっかじゃん?
神田のメイクとかさ、あれはないよね。落書きみたいだもんな。
そんな中で付き合ったとか別れたとか、興味もわかないよ。」
ちょっと意外、私と同じようなことを思っている。
「俺、なんかまずいこと言ったかな?」
「ううん。クラスでの印象と違ってしゃべる人なんだって思っただけだよ。」
「別に無口なわけじゃないんだ。ただ話す相手がいないってか仲良くなりたい奴がいないだけだからさ。」
クラスでは女子は神田里菜達が、男子では望月正昭達のグループがうちのクラスの中心だけど、
私も江梨も優奈もクラスのみんなにはあんまり興味はないし、望月君達を見てもかっこいいとも思わない。
私達はそれでもみんなに合わせるけれど、佐野君はそれをしないからクラスで浮いてるんだと思った。
合わせる私達と自分を貫く佐野君、どっちが楽なのだろう?

少し長めのウェーブがかかった髪が風になびき、左耳のピアスが見える。
横から見る彼の顔は絵になる。
こんなに端正な顔をしていたんだと思い、少し見とれていた。

二人ともなにも喋らないけど、落ち着いた時間が流れる。まるで恋の始まりのように。
たまには同級生と付き合うのも悪くないかなって思った。
私は今まで自分からいって失敗したことはない。
相手が錯覚するようなタイミングや迫り方を心得ているから。
「ねえ、佐野君…」
「ん?」
「もしよかったら…」
…最悪、こんなタイミングで携帯が鳴るなんて。
せっかくのいいムードで彼を口説けたのに。
…しかも誠から、ホントに空気の読めない男。
「電話出なくていいの?
俺のことは気にしなくていいよ。」
「ごめんね。じゃあ少し電話するから。」
少し彼から離れる。
「はい、何の用?」
『あ、アキ?てか出るの遅くね?』
「今学校で友達と話してたの。
用がないならさっさと切るわよ。」
『そんな言い方なくね?
せっかく今週末遊びに誘ってやろうと思ったのによー。』
「誘ってやろう?
なに勘違いしてるの?あんたみたいなバカ男もう会わないって言ったでしょ?
ウザイし、電話ももうかけてくんな。」
『な、アキ、お前マジで言ってんの?』
「私そういう冗談は好きじゃないの。
じゃあね、もう二度と関わらないで。」

02-954 :first love song:2009/12/25(金)09:54:35 ID:SiJSKdpZ
せっかくのいいムードが台無し。
あの男は優奈が開いた合コンで知り合った大学生だけど、あんなバカは初めて。
そのとき以来一回も会ってないけど、番号を教えたことすら後悔したのはあのバカしかいない。

「ごめんね、話の途中で。」
佐野君に向けて笑顔を見せる。
笑顔を作るのは得意だ。男を落とす最高の武器だと自信を持って言える。
「電話、男の人からでしょ?
しかも宮本さんはあまり好いてない人。」
「え?」
なんでわかるの…
聞こえないくらいには離れたし、表情も彼には見えないようにしたのに。
「なんでわかるのかって顔してるね。
宮本さんからそんなオーラが出てたんだ。
特に女性ってとことん嫌いな相手と喋るときにはそういうオーラが出るときがあるんだよ。」
確かに嫌いなヤツと話すときにはイヤだって気持ちが強くなるときはある、でもそれを悟られるほど私はウブじゃない。
「なんてね。
俺の彼女がそういう態度とったことあったから言ってみただけ。
やっぱいやな表情に一瞬なるもんだよね。
画面を見た瞬間に顔が引きつったからさ。」
か…の…じょ?
あぁ、いるんだ。そうだよね、これだけかっこいいんだからいても不思議じゃないもんね。
「まあ、最近の俺に対しての態度だから、もう彼女とは言えないかもしれないけど。
バンドとバイトばっかしてたら不満だらけになっちゃって、もう無理だと思うんだ。
俺も今はバンドの方が大事だし、彼女に時間も金も使えないから。
ひどい男だよね。俺って。」
「そんなことないよ。
理解できない彼女が悪いと思う。
私だったらきっと応援するよ、だって何かに打ち込む男の人ってかっこいいもん。」
自分で言いながら、なに子供みたいなことを言ってるのかと思う。
確かに何かに打ち込む人はかっこいい、でもその熱さを私は理解できない。
付き合うなら自分を第一にする男というのは最低条件なのだから。
私達三人で遊びに言った時にはよくナンパもされるけど、最近は相手にもしない。
自分の商品価値がわかってきたから安売りする必要はない。
彼氏は基本的に年上で車とお金を持っているのは必須。
一瞬勢いで彼に告りそうになったけど、言わなくてよかった。
彼は私の条件に当てはまらない。
今までに付き合ってきた男と比べても確かに彼の顔のつくりはかなりいいほうだけど、それだけだ。

02-955 :first love song:2009/12/25(金)09:55:27 ID:SiJSKdpZ
私はそれだけで選ぶほど子供じゃない。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。
でも同年代の女の子だとやっぱり自分だけを見てほしいと思うのが当たり前だよね。
正直今は彼女を作ることすら面倒くさいよ。
なんか若さ感じないけどね。」
彼はそう言って二本目の煙草に火をつけた。
クラスの中とは違う彼の姿は私に少し錯覚をさせるほどにいい雰囲気を持っている。
「一緒にいて変な噂が立つのもイヤだし先に行くね。」
「確かにそうだね。
じゃあまた教室で。」
そう言って彼は笑顔を見せる。
佐野君の笑顔…
同級生相手にこんな気持ちになるなんて、今日は変な日だと、どうかしていたんだと自分に言い聞かせて私は教室へ向かった。

02-956 :first love song:2009/12/25(金)09:56:12 ID:SiJSKdpZ
土曜日。

江梨に今日は空けておくように言われて、優奈と二人昼過ぎに出かける。
「ねぇ、亜希。」
「なに?」
「江梨からなんも聞いてないの?」
「うん、場所だけ。
優奈も聞いてない?」
「うちも聞いてない。
彼氏を紹介するって、それだけ。」

江梨と優奈がサボった日の夜、部屋でボケーッとしながら昼間の佐野君との会話を思い出していたときに江梨からメールが来た。
『土曜日に彼氏を紹介するから空けといて』
それ以上は学校で聞いてもニコニコ笑っているだけで答えてくれない。

駅に着いて江梨に電話をかける。
『あ、亜希?着いた?』
「うん、どこ行けばいいの?」
『待ってて、迎えにいくから。』
「う、うん、わかった。」
横で優奈が聞き耳をたてている。
「亜希、どこ行けばいいの?」
「江梨が迎えにくるって。」
「そうなんだ、てことはこの近くなんだよね?
でも何も無くない?」
優奈と話をしていたら、黒いワンボックスカーが目の前に止まった。
「亜希、優奈、お待たせ~。」
「江梨?」
「なに~?江梨?彼氏の車でお迎え?やるね~。」
「こんにちは、江梨からいつも話は聞いてるよ。
江梨の彼氏の紘成です。」
「はじめまして~優奈です。」
「亜希です。」
「あいさつがすんだことだし、ほら、乗って。」
さすが面食いの江梨だけある。
今までの彼氏とはちょっと違うタイプだけど、さわやかで少し甘いタイプの俳優みたいなかっこいい人だ。
「今日はありがとうね。
わざわざ手伝いにきてくれて。」
「え?」
「手伝いってなんのことですか?」
「うそ、江梨から聞いてないの?」
「はい、江梨からは彼氏を紹介するとしか聞いてないです。」
「え~り~?」
優奈と二人で江梨を見る。
「あれ~?言ってなかったっけ~?」
シレッとした態度で江梨は言う。
これをするときの江梨はまず間違いなく確信犯だ。
「今日はヒロくんのバンドのライブなの。で、私達がライブの受付をするってこと。
ライブが始まったらちゃんと見れるから心配しないで。」
「え~そんなの聞いてないし、ねっ?亜希。」
江梨との付き合いは中学の頃からで、この強引さというか断れない状態にするやり方には免疫がある。
江梨の特技と言いたくなるくらいだ。
「私は構わないわ。
ライブも見れるって言ってるんだし。」
だから私に負担がかかること以外は受け入れるようにしている。

02-957 :first love song:2009/12/25(金)09:57:04 ID:SiJSKdpZ
「え~、亜希って物わかりよすぎじゃない?」
「だって別にそんなイヤなことじゃないし。
優奈は何が不満なの?」
「えっと、特にはないけど…」
「じゃあいいね!
二人ともありがと~!やっぱ持つべきものは親友だね。」
それは江梨の台詞じゃないだろと心の中でつっこんだけれど、江梨にはかなわないなとも思う。
でもそれが江梨らしさで、それを私は嫌いじゃない。
物事をはっきり言う江梨のそんな性格がいつの間にか私にもうつったのかなと思う。

そして優奈も江梨に影響を受けた一人だ。
優奈は顔は幼い感じで胸が大きい。
だけどよく言えば天然。
悪く言えばちょっとおバカなとこがあって男にヤリ捨てをよくされていた。
二年のときに一緒のクラスになってすぐ、男に捨てられて泣いている優奈を見かねて江梨は話しかけた。
それから優奈は私達と一緒にいるようになって、少しずつ自分の価値をわかっていった。
今でも見ててあぶなかっしいところはあるけど、私たち二人で優奈を守っているという自負もある。



連れてこられたのは小さなライブハウス。
受付で何をするか、当日券、取り置きなんかの説明を受ける。
そこにボウズ頭にヒゲを生やした人が来た。
「おう、ヒロ。
この子達が受付してくれるのか。
三人ともかわいいなー、お前の彼女は?」
「おう、トシ。
この子が俺の彼女の江梨だよ。
江梨、こいつがうちのベーシストで、リーダーのトシ。
坊主にヒゲってガラは悪そうだけど、いい奴だよ。」
「ガラが悪そうってのは心外だな。
まあよろしく頼むよ、エリちゃん。
ヒロは顔だけはいいけど、結構世間知らずなとこがあったりするから大変かもしれないけど見捨てないでやってくれよ。」
「おい、トシ!」
「はい。
今日はお願いします。」
「あとエリちゃんの友達二人もよろしく。
今日出る他のバンドの奴らも置き券持ってくるから。」
「「他のバンド?」」
優奈と私の二人がほぼ一緒に声を出す。
「俺達じゃまだワンマンなんてなかなかできないから、何組か一緒でライブするんだ。
俺達の弟分みたいな奴らも今日は出るんだけど、
あっ、噂をすれば…
おーい!ユタカ、こっちだー!」
「ヒロさん、遅いですよ。
仕込みも場当たりも終わったんであとヒロさんの合わせだけですよ。」
聞き覚えのある声…ユタカ…?もしかして…
「あっ!佐野クン?」
優奈が驚いて声を出す。

02-958 :first love song:2009/12/25(金)09:58:18 ID:SiJSKdpZ
「三田村さんに松岡さん?宮本さんも…
なんでここにいるの?」
「どうしたユタカ?
何で江梨のこと知ってるんだ?」
「だって、一緒のクラスですから。」
確かに屋上で話したとき佐野君はバンドをしていると話していた。
だけどまさかそのすぐ後に彼のライブを見ることになるなんて。
「てか、ヒロさんの彼女が松岡さんだったことのほうが驚きですよ。
えっと、これが俺たちのチケット。
こっちに取り置きのリストがあるから、名前聞いたらチェックをしてくれれば。」



もうすぐ開演時間。
お客さんもだいぶ入ったし、私達ももうそろそろ中に入ろうと思う。
「でも驚いたね、まさかクラスメートがヒロ君たちのかわいがってるバンドメンバーなんて。」
「しかも佐野クンってクラスではみんなと関わらないし、そんなイメージなかったのに。
ねっ?亜希?」
「え?うん、そうだね。」
取り置きのリストの人はみんなチェックしたけど、佐野君のリストの一人だけきていない。
岡本瞳さん…
佐野君のリストで一人だけの女の人。
彼女なのかな?もう別れそうだと言っていたけど。
「ありがとう、三人とも。
もう一人で大丈夫だから見てきていいわよ。」
トシさんの彼女で受付のリーダーの美奈さんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます。
これからもヒロ君のライブでお手伝いしますから、よろしくお願いします。」
「こちらこそ。
よろしくね、江梨ちゃん。」
江梨は美奈さんに笑顔を見せて中に入った。
江梨がヒロさんと本気で付き合っているんだと見てわかって、私も少し嬉しくなった。

03-048 :first love song:2010/01/28(木) 23:13:31 ID:lf5tsqsp
「今日はみなさんお疲れさまです。
盛り上がったし、いいライブになったんではないでしょうか。
今回は俺達が主催でしたが、参加してくれた全てのバンドの力があってこそです。
まあ今からは無礼講で飲みましょう、乾杯!」
ライブが終わり打ち上げに私達も呼ばれて参加している。
トシさんの挨拶が終わり、隣にいる江梨とその隣のヒロさんとグラスを合わせる。

ライブハウスでライブを見るのは初めてだけど、迫力があった。
ヒロさんの歌声は高音域の伸びがすごくて、透き通った声だ。
それに比べて佐野君はどっちかっていうと低い声だけど、味があるっていうかすごい表現力のある歌い方で、
同い年とは思えないくらいに大人っぽく見えた。
そんな佐野君のライブを見て優奈はすっかり夢中になってしまったみたいで、終わってから佐野君にベッタリついている。

「ねえ、亜希。」
「なに?江梨?」
「佐野君の意外な面が今日は見れたね、優奈がああなっちゃうなんて。」
「そうね、確かに学校でのイメージとは違うからギャップがあったし、
かっこよかったもん。」
「なに?亜希も?へぇー。」
「違うわよ、そんなのじゃないの、ただの感想。」
「でも、優奈と佐野君、お似合いじゃない?
ヒロくんたちの後輩だから、優奈を泣かせたりもしないでしょ。」
「ん?ユタカと優奈ちゃん?
でもユタカには彼女が居るぞ。
そういえば最近話聞かないし、今日も来てなかったけど。」
ヒロさんが話に割り込む。
佐野君に彼女がいることは江梨も優奈も知らない、だけどなぜ私が知ってるのかと問われるのがイヤで言えなかったから
ヒロさんが言ってくれて助かった。
「そうなの?残念。
優奈に素敵な彼氏が出来ると思ったのに。」
「優奈一人が熱上げて傷つくのは嫌だし、優奈のところまで行かない?」
優奈の心配?それとも…

「ねっ?佐野くん。
またライブあったら、うち絶対に手伝いにくるからね。
うちがlyric craftのファン一号だから。」
「あ、ありがとう。
あの、三田村さん、酔ってない?大丈夫?」
「おい、ユタカ、
瞳ちゃんに言うぞ。いいのか?」
「いいわよ。ハヤトくん。
ライブにも来ないような人が彼女面しないでって言っといて。
これだけかっこいい姿を見に来ないなんてありえないよ。
ねっ?佐野くん。
うちはバンド応援するよ!ほんとかっこよかったもん。」

03-049 :first love song:2010/01/28(木) 23:14:41 ID:lf5tsqsp
「そう言ってくれるのは嬉しいよ。
でも今は酔ってるだけじゃない?
あまりそんなこと言わない方が…」
「そんなことないもん。
酔ってるかもしんないけど、そんなこと関係ないもん。
佐野くんの歌ってる姿がかっこよくて、好きになっちゃったの。
ねぇ、まだ彼女のこと思ってる?
うち、佐野くんの彼女になれない?」
「…瞳とはもうやり直すことはないと思う。
今日来てくれなかったら諦めるつもりだったから。
でも今は彼女を作る気がないんだ。バンドが大切だし、俺は両立出来るほど器用じゃないから。
だからごめん、三田村さんの気持ちは嬉しいけど、応えることはできない。」
「うちは佐野くんの応援をしたい、そばで見ていたいの。
付き合うとかじゃなくても、今までより仲良くなりたい、それでもダメ?」
「普通の友達としてでもいいなら…
ってごめん、俺ひどい男だよね。」
「そんなことない、すごく嬉しいよ。
これから学校でももっと一緒に話したりしようね。
もっと佐野くんのこと知りたいの。」
「でも、ほんとにそれでいいの?
俺は自分勝手で不器用だし、三田村さんのことずっと好きにはならないかもしれないよ。」
「それでもいいわ。
きっと佐野君は優奈を好きになる。」
「江梨!聞いてたの?」
江梨と二人で優奈と佐野君の近くに来たけど、話に入ることがなかなか出来なくて、
やっと江梨が声をかけた。
「佐野君、あんたいい奴だね。
優奈の思いに対してちゃんと向き合って、誠実に応えてくれて。
優奈はいい子だよ。
ちょっと天然なとこがあって振り回されることはあるけど、正直でまっすぐな子だから。」
「それは今話してて感じたよ。
これだけまっすぐにぶつかってくる子なんてあまりいないからね。」
「亜希、二人がうまくいくといいね。」
「え?う、うん。そうだね。」
優奈にすてきな彼氏が出来ることは私と江梨にとっても嬉しいこと。
なのになんだろう?この胸のモヤモヤは。
彼は私のタイプじゃないのに。
この間彼を口説こうとしたことの後ろめたさがあるから?
きっとそうだ。
優奈の真剣な姿を見て、なんとなくで彼を手に入れようとした私は優奈に申し訳ないと思っているんだ。
そう、きっとそうだ。

優奈ごめんね。
そして頑張って。

私は心の中で呟いた。
きっと二人がうまくいけばこの気持ちも収まるだろう。

03-050 :first love song:2010/01/28(木) 23:15:40 ID:lf5tsqsp
「ちょっと優奈、大丈夫?」
「三田村さん飲み過ぎだよ。
ごめんね、無理にでも止めなきゃいけなかったね。」
打ち上げが終わって店を出る時。
優奈は自分で立てないくらいに酔っぱらって、佐野君におんぶされている。
「だって佐野くんと仲良くなれたんだもん。
嬉しくって。」
「でもだからって…
ちゃんと抑えなきゃ。
佐野君に迷惑かけちゃダメでしょ。」
「うん、そうだよね…亜希。
ごめんね、佐野くん。重くない?」
「大丈夫だよ。
一人で帰らせるわけにはいかないし、送っていけばいいかな?」
「それはまずいかも。
優奈のお父さんって結構怖いの。」
「大丈夫。
優奈ママには私から電話入れてあるから、今夜はうちに泊まることになってるわ。」
さすが江梨。行動が早い。
「でも、江梨?
『泊まることになってる』って?」
「ごめんね。
今日はヒロくんのとこに行くの。」
「じゃあどうすれば?
私の家も無理よ。
広くないこと知ってるでしょ?」
「ユタカ、優奈ちゃんを頼むぞ。
お前が手を出す奴じゃないことはわかってるけど、
変な気は起こすなよ。」
「えっ?ヒロさん?
うちに泊めろってことですか?」
「ユタカは一人暮らしだし、大丈夫だろ?」
「それに優奈は佐野君のことが好きなんだから手を出しても問題ないわね。
むしろ優奈も喜ぶんじゃないかしら?」
「ちょっとヒロさん!
それに松岡さんも友達に対してそれはないんじゃない?」
「あら?優奈は好きな人と一緒にいられるのよ?
友達思いだと思わない?
どうしても抵抗があるんだったら、亜希も一緒だったらどう?
二人きりじゃなかったら問題ないでしょ?
亜希、お願いしてもいいかしら?」
「え…
その方がいいなら私はかまわないわ。
それにこれだけ酔った優奈も心配だし。
佐野君ごめんね。
お願いしてもいいかな?」
「…はぁ、
わかった。
ただ三田村さんと二人だと何かあったときに心配だから、宮本さん、悪いけどお願い。」
気付いたら当の本人は佐野君の背中で眠っている。
みんなの心配なんて全く知らないという顔をして。



「なんか、ごめんね。
宮本さんまで巻き込んじゃって。」
「ううん。優奈のことが心配だったから。
私達こそ急にお邪魔してごめんね。」
「宮本さんが気を使うことなんて何もないよ。
狭い部屋だから申し訳ないけど、ベッドは二人で使って。」

03-051 :first love song:2010/01/28(木) 23:17:25 ID:lf5tsqsp
ライブハウスから歩いて五分くらいのアパートに佐野君は一人暮らしをしている。
部屋にはあまり多くのものがなくて、彼と話す印象のようにシンプルで清潔感を感じる。

「あ、なんか飲む?
っていっても麦茶と牛乳とビールしかないけど。」
「じゃあ麦茶を。」
「了解。
ちょっと待ってて。」
ベッドで寝息をたてる優奈を見ると、幸せそうな顔で笑っていた。
こうやって近くで見ると優奈は可愛いなとしみじみ思う。
優奈は同級生だけど、江梨と私はどことなく妹のように見ている気がする。
だから優奈のことが心配になって、見守っているんだと思う。

優奈に幸せになってほしい。
恋がうまくいってほしい。

「きっとうまくいくよ、優奈。
私も江梨も応援しているからね。優奈は今まで男に泣かされてきたんだから、誰よりも幸せになってほしいの。」
優奈の寝顔にそう囁く。

「お待たせ。
グラスこんなのしかなくて。
ごめんね色気もなくて。」
「ううん。
ありがとう。」
「宮本さんは友達思いだね。」
「え?」
「わざわざ付いてくるなんて、なかなかできないことだと思うよ。
宮本さんと三田村さんと松岡さんは本当に仲がいいんだね。
そんな友達がいるって羨ましいな。」
佐野君はグラスをテーブルに置いてベランダに向かい煙草に火をつけた。
「そういえば打ち上げで煙草吸わなかったよね。どうして?」
「三田村さんが煙草嫌いだって言ってたから。
煙草嫌いな子の隣で吸うほど俺はマナー悪くないからさ。」
「彼女、吸わない人なの?」
「え?うん。
もう彼女じゃないけどね。
ついさっきキッチンに行ったときにメールが来たんだ。
はっきりと言われて吹っ切れたよ。
ああ、もう終わったんだって。」
「そうなんだ…
あのね、こんな時に言うことじゃないのはわかってるけど、優奈のこと本気で考えてくれないかな?
今は佐野君にとってバンドのほうが大事なのはよくわかるよ。
でもそれを支えて応援してくれる人がいたら佐野君も心強いんじゃない?
江梨とヒロさんみたいに。」
「そうだね。
ヒロさん達を見てたらうらやましいって思ったよ。
それに三田村さんはかわいいし、素直でいい子だと思う。
…でも、俺は熱に浮かされた勢いで付き合ったりはしたくないんだ。
それはお互いに傷付くだけだからさ、もう女の子を傷付けたくはないんだよ。
女を傷付ける男って最低だもんね。」

03-052 :first love song:2010/01/28(木) 23:18:26 ID:lf5tsqsp
ベランダで煙草をくわえながら佐野君は遠くを見ていた。
彼女との間に何かあったんだと気付く。
いくら優奈のためと言ってもまずいことを言ってしまった。

気まずい沈黙が流れる。
空気を変えなきゃという思いだけで佐野君に問いかける。
「そういえば、なんで佐野君は一人暮らししているの?」
「継父とうまくいかなかったから…かな。
俺が五歳の頃に両親が離婚してさ、母親に引き取られたんだ。
で、中二のときに母親が再婚したんだけど、新しい父親とうまくいかなくて、
高校入学するときから家を出て一人暮らしをしてる。
あの人にとっては俺がいない方が都合いいだろうし、
それなりにバイトすれば好きなことやれるだけの仕送りはもらってるけどさ。」
お母さんのことを【母親】ということに彼の複雑な心境があることを感じた。

「そうなんだ。
なんか私、触れられたくないようなことばかり聞いてるね。
ごめんなさい。」
「別に彼女のことも母親のことも触れられたくないことじゃないよ。」
佐野君の言葉は煙と共に、まだ少しだけ冷たさを感じる夜空に消えていった。
「俺はダイニングで寝るから。
初めて来た部屋で落ち着いてもないと思うけど、好きにしてて。
じゃあおやすみ。」
そう言って佐野君はビールの缶を持って部屋を出た。



『…亜希っ、亜希っ。』
「ん。
あ、優奈。おはよう。」
「ごめんね、亜希。
昨日はうち酔っぱらっちゃって。
佐野くんにおんぶしてもらったのは覚えているんだけど、ここはどこ?」
「佐野君の家よ。
江梨が優奈のお母さんに連絡してあるわ、江梨の家に泊まるって。
肝心の江梨はヒロさんのとこだけど。」
「えっ!?佐野くんのお家なの?ここ。
てことはこれ、佐野くんが普段使ってるベッド?
でも、どうして亜希もいるの?
もしかして二人は…
そんなことないよね?亜希はうちを裏切ったりしないよね?」
「当たり前でしょ。私も江梨も優奈を応援してるんだから。」
「よかった。亜希、ありがとう。」

『二人とも起きたのかな?
朝食作ったんだけど、よかったらどう?』
「うん。ありがとう。
すぐに行くね。
聞いた?亜希。佐野くんが作ってくれたんだよね?
料理できる人なんだ。
行こっ、亜希。
あれ?亜希どうしたの?涙のあとがあるけど…」
「えっ?何か夢でも見たのかもしれないわ。覚えてないけど。」

03-053 :first love song:2010/01/28(木) 23:19:22 ID:lf5tsqsp
「変なの。
泣くような夢なのに覚えてないなんて。
佐野くん待ってるし、先行くね。」
一つだけ私は嘘をついた。
涙の理由は幼い頃の、もうかすかな記憶しかない幼なじみとの別れを夢に見たから。

「佐野くん、めっちゃおいしい。
かっこよくて、歌も料理も上手なんて、うちもっと佐野くんのことを好きになっちゃうよ。」
「味噌汁も和え物も煮物もそんなに手が込んだもんじゃないから、そんな褒められると逆に申し訳ないよ。
ごめんね、こんな簡単なもので。」
「そんなことないわ。
優奈の言うとおりすごく美味しいよ。
ありがとう佐野君。」
ご飯にお味噌汁、青菜の和え物と野菜の煮物。
料理に自信がなければこういう朝食を人に出したりはしないと思う。

「ねえ、佐野君の今日の予定は?」
「え?夕方からバイトで、それまでは特に何もないけど。」
優奈の顔が輝く。
「そうなんだ。
それまで一緒に居てもいい?」
「う、うん。
別にかまわないけど。」
「やったあ!
ねっ、亜希、どこ行く?」
「ごめんね、今日は11時からバイトなの。
一回家にも戻りたいから、もう帰らなきゃ。
佐野君、突然泊めてもらって、朝ご飯までご馳走してくれてありがとう。」
バイトなのは本当だけれど、今はまだ8時過ぎ。
優奈と佐野君を二人にするため、そう、その為に私は部屋を出る。
この胸のつかえは優奈のため、気を使わせないためとはいえ、嘘をついたから。
優奈頑張れ。
少しでも佐野君と近付けるように、チャンスを活かして。

03-054 :first love song:2010/01/28(木) 23:20:20 ID:lf5tsqsp
「おはようございます。」
「おはよう、亜希ちゃん。
今日は早いね。
あっ、今週入ったばっかりの新人の子が今日いるから。
火曜、木曜の二日間で、水、ドリンク、料理提供とオーダー取りは一通り教えたけど、
フォローよろしくね。」
バイト先のカフェに10時についてしまい、休憩室にいたら店長から声をかけられた。
「何時からシフトなんですか?」
「亜希ちゃんと一緒の11時からだよ。
多分10時半くらいには来るんじゃないかな。
挨拶はしといてね。
じゃあ。」
店長が店に戻ったのを見て、パソコンを開く。
もうバイトを始めて二年。気付いたらかなりベテランになっていて、ある程度自由もきくようになった。
夏休みに三人で旅行に行く約束もしてて、ちょっと調べたかったし、ちょうどよかった。

沖縄もいいけど、北海道もいいって感じで決められない。
二人にいくつかを見せてみんなで決めればいいかな。

「おはようございます。
あの、はじめましてですよね?
新しく入ったバイトの岡本です。よろしくお願いします。」
「バイトの宮本です。
こちらこそよろしくお願いします。
わからないことがあったらいろいろと聞いてね。」
「はい、ありがとうございます。」
「そんな敬語使わなくてもいいよ。
私の方が年下な気がするし、岡本さん年いくつ?」
「今高校三年です。」
「あ、タメなんだ。」
正直驚いた、黒髪のストレートで大人びた雰囲気。
間違いなく年上だと思っていたから。
「そうなんですか。高校はどこなんですか?」
「稜北だよ。」
「稜北…ですか…」
「岡本さんは?」
「私は桜麗女子です。」
「桜女なの?てことはお嬢なんだ。」
「そんなことないです。
学校は確かにそうですけど、私の家は母子家庭ですし。」
「そうなんだ。
でも桜女生と初めて知り合ったよ。
そう、私の呼び方亜希でいいよ。友達も店でもみんなそう呼ぶから。」
「私も瞳でいいですよ。
その方が早く仲良くなれそうですもんね。」
瞳?岡本瞳…つい最近どこかで聞いた名前…
!!佐野君の元カノ…?
さっき私の高校の名前を聞いたときに微妙な表情を一瞬浮かべたのは気のせいじゃない。
でも確かめたいけど、なんて聞けばいいのだろう。
「どうかした?亜希…さん?」
「え?ううん、何でもないの。
よろしくね、瞳ちゃん。」

03-183 :first love song:2010/06/23(水) 11:43:15 ID:mSVgKFcj
「あ~あ、亜希行っちゃったね。
ねぇ、佐野くん。どこ行く~?」
「どこでもかまわないよ、三田村さんはどこ行きたい?」
「ん~。
じゃあ佐野くんの部屋にいる!」
「ちょ、ちょっと。三田村さん!
俺達は只の友達なんだから、抱きついたりするのは…」
「え~?
友達同士、友情の確認だよ?気にしない気にしない。」
「それは押し倒してる方が言う台詞じゃない気がするけど…
ましてやシャツのボタンを外そうとするのは違うよね?」
「そんなしらけること言わないの。
逆らういけないお口はおしおきしなきゃね。」
「みたむっ…んっ…やっ…」
「んっ…ん…うぅん」
「…」
「キス…しちゃったね。」
「いや、今のは無理矢理って言うと思うんだけど。」
「でも硬くなってるよ、ほら。うちとのキスで気持ちよくなったんでしょ?」
「それは俺も男だし…
可愛い子とキスしたらそりゃ反応もするよ。
でもね、体がいくら求めても心がなけれは満たされないんだ。
今日三田村さんを抱くことはできるかもしれない。
でも、それは俺の信念に反するし、俺はすぐに体を許す子は好きじゃない。
だから…触るのやめてくれるかな?」
「ぶぅ~。」
「ほらそんな膨れっ面はやめて。
そうだ。今日のお昼何が食べたい?三田村さんが好きなもの作ってあげるよ。」
「ほんと?じゃあ、なんにしよっかな~?」
「せっかくいい天気だし、一緒に買い物でも行こうか?
そこで決めてくれればいいよ。」
「うん!手つないで行こうね!」
「はは…そ、そうだね。」



「それで一緒に買い物がてら散歩して、お昼を作ってもらって一緒に食べて、二人でDVDを見た。
ってことでいいかしら?優奈。」
「うん、手をつないで買い物行って~、
そうそう、ゆっくんの中学の同級生に会って『かわいい彼女だね』って言われちゃったぁ。」
「うーん、ちょっとは進展したってことかな。
同級生に彼女に見られたってことは少なくとも仲よさそうに見えたんだろうし、
呼び名も気付いたら変わってるし。
『ゆっくん』…ね、で?優奈はなんて呼ばせてるの?」
「えへへ~うちは『ゆうなちゃん』って呼んでもらうの。
男の子にちゃん付けで呼んでもらうなんていつ以来かな。」
優奈はすごく嬉しそうに話している。
校舎裏で昨日佐野君とどうなったか、そんな多愛ない話。

03-184 :first love song:2010/06/23(水) 11:44:11 ID:mSVgKFcj
でも私は昨日バイト先で知り合った瞳ちゃんの言葉が頭の中に残って、話に集中しきれない。
優奈と佐野君がうまくいったときにトラブルになるのが嫌だったから、私は彼女に話をした。
佐野君と同じクラスだということ、江梨とヒロさんのこと、ライブの手伝いをしたこと。
そして佐野君と優奈のこと…

瞳ちゃんが言った言葉が今も頭を回っている。
『私ね出逢った時に言われたの、初恋の人に似てるって。
だから最初は豊のこと敬遠してた。そうだよね、私は誰かの代わりじゃないから。
でも次第に私を見てくれるようになって、豊に惹かれたの。』
『だけど三年になってすぐくらいから豊の態度が変わって、誰か好きな人ができたんだって気付いた。
女の勘って言うのかな?
でも豊が幸せになるならそれでいい。
豊は不器用なのに優しくて必要以上に傷ついたり人を傷付けたりすることがある、
損な性格だと思うけどそれが豊の良さでもあるから。』
『亜希ちゃんの友達がその相手ならいいと思う、でもきっとその子じゃないわ。』
瞳ちゃんと優奈はタイプが違う、そして佐野君は優奈を好きになることはないと思う。
瞳ちゃんと話してそう感じた。
でも言えない。
確証がないし、何よりも優奈を曖昧な言葉で傷付けたくなんてない。
佐野君本人に問いただしてみた方がいいのかな。

「亜希?」
「え?どうしたの?江梨?」
「どうしたって聞きたいのは私の方よ。さっきから難しい顔して。
何か悩みでもあるの?」
「ううん、ごめんね。何でもないの。」
「優奈と佐野君のことだけど、どう思う?
確かに少しは進んだかもしれないけど何か煮え切らなくない?
元カノのことまだ引きずってるのかな?」
「それはないと思う。
それに瞳ちゃんも佐野君が幸せならそれでいいって。」
「は?なんで元カノを知ってるの?」
「えっ?
あっ…実はバイト先に新しく入った子がそうなの、それで昨日はいろいろ話をして…」
「そう…
どんな子なの?少なくとも佐野君のタイプがわかるよね。」
「正直な感想を言うと、優奈とは正反対なタイプかな。
綺麗系で大人っぽい感じで、性格もクールっていうか落ち着いてて。」
江梨は私の言葉で何かを悟ったように見えた。

03-185 :first love song:2010/06/23(水) 11:45:09 ID:mSVgKFcj
『あきちゃんごめんね。
ぼく遠いところに行かなくちゃいけなくなったの。』
誰?誰が私を呼んでるの?
『遠いところってどこ?
がいこくに行くの?』
返事しているのは私?そうだ、幼い頃の私だ。
ということはこれは夢。ついこの間も見た幼なじみとの別れの夢。
『わかんない。でもねママがもうあきちゃんとは会えないって言ったの。』
『じゃあわたしをおよめさんにしてくれるってやくそくは?』
『大人になるまで待ってて。ぼくが大人になったらぜったいにあきちゃんをおよめさんにするから。』
『ぜったいだよ?やくそくだからね?ゆーちゃん。』
『うん、あきちゃんが…』
待って!私が…何?
問いかけはむなしく響き、夢から覚めた。
そういえばそんな約束をしたんだ、あの頃の私は純粋だったんだと少し切なくなる。
幼い頃はいつも世界が輝いていた。何もかもが自分を中心に回ってると信じていた。
だけど思春期を迎える頃にはそれが理想にすぎないことを知り、少しずつ現実を受け止め始めた。
きっと幼なじみの彼も同じように現実を知り、あの日の約束も忘れているはず。
でもそれでいい。私は約束を忘れて、待ってなんていなかったから。
もし思い続けてくれていたとしたら、その思いが強ければ強いほど私は思いに応えられない。
あなたの記憶の中の『あきちゃん』はもういないから。今の私はあんなに純粋に誰かを好きになれないから。



「やっぱりここに居たんだ。」
「宮本さん?どうしたの?」
「教室にいてもすることがないから。
江梨はヒロさんとデートで学校に来てないし、優奈は風邪だし。優奈の見舞いには行かないの?」
「えっと、まあ…」
「わかってる。無理強いはしないわ。」
そう、私はそれを言いにきたわけではない。
「正直に答えて。
優奈の気持ちを受け入れられないのはバンドが理由じゃないんでしょ?」
「えっ?それは…」
「優奈は佐野君のタイプじゃない。そして佐野君には好きな人がいる。」
「なんで…」
「瞳ちゃんが私のバイト先に入ったの。」
そして私は瞳ちゃんとの会話を彼に話した。
「そっか、瞳が…
やっぱり察してたんだ。ほとんどその通りだよ、でも少しだけ違う。」
佐野君は煙草の火を消して語り始めた。
「好きな人が出来たんじゃなくて初恋の相手に再会したんだ。
十年以上ずっと思ってた相手に。」

03-186 :first love song:2010/06/23(水) 11:46:04 ID:mSVgKFcj
私を見ているような、でもどこかもっと遠いところを見ているようにも見える視線を向ける。
「こないだ話したことだけど、両親が離婚した時に俺は母親に引き取られた。
そして母親の実家に行くことになって幼なじみの子と離れ離れになったんだ。
いつも一緒にいて、ずっと一緒にいるもんだと思ってたのに。」
どこかで聞いたような、ドラマのようでありふれた話。
「離れ離れになっても、いつかまた逢えることをずっと信じてた。」
「ならどうして瞳ちゃんと…」
「最初は瞳が言ったように面影を重ねたからだった。
でも次第に惹かれていったんだ、岡本瞳という一人の女性を好きになっていた。
初恋の子のことを忘れたことはなかったよ、でも瞳を好きになるうちに歳月が人を変えることに気付いた。
十年以上も止まった時間を守るよりも今を大事にするべきだって。
でも皮肉だよね、そう思い始めたときに会ったんだから。
そして変わったはずの心があの頃に戻ってしまったんだから。」
「その人には伝えたの?」
「ううん、まだ。
俺が幼なじみだってことにさえ気付いてくれていないと思う。
もし覚えてなかったら、瞳と付き合っていた頃の俺みたく心が変わっていたらって思うとあと一歩の勇気が出ないんだ。」
佐野君は自嘲気味に呟いた。

「そういえば松岡さんから聞いてる?今週の土曜にライブがあるって。」
「え?聞いてないけど。」
「そっか。また頼まれたら手伝いにこれるかな?」
「うーん、まだなんとも言えないかな。」
その日は私の誕生日だし、江梨は気を使ってるのかな?
でも何で急にそんな話を?
「そういえば、その相手にはライブのこと言った?来てくれるといいね。」
「まあ、やるってことは伝えたよ。来てくれるかはわからないけど。」
そう言って佐野君は少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。

03-187 :first love song:2010/06/23(水) 11:47:02 ID:mSVgKFcj
「ごめんね二人とも、また急なお願いで。」
「ううん、ライブの手伝いだったらいつでも大丈夫だよ。」
江梨から連絡があって結局優奈とライブの手伝いをしている。
今日の佐野君のリストに女の人の名前はないし、実際女の人は来ていない。
結局来てくれなかったんだ。
「亜希?」
「え?」
「どうしたの?最近そうやってぼうっとしてることが多いけど。」
「そ、そうかな?何もないよ。ごめんね心配かけて。」
「ひょっとして恋煩いじゃない?好きな人のこと考えてたりして。」
「そ、そんなことないよ。」
「いいじゃない、亜希ちゃん。
誰かを好きになったなら正直になったほうがいいわよ。」
「美奈さん、本当にそんなのじゃないんです。」
「そうね、そうしておくわ。
今日もありがとう。中に入って見てきていいわよ。」
美奈さんは微笑みながらそう言った。



ライブが終わって打ち上げの途中、抜け出して今私は走っている。

【儚く消え去った時に
初めて無力さに気付いたよ
君と居た日々が当たり前すぎて
永遠さえ疑わなかったから

幼く無邪気な約束
君は信じてくれているかな
遠い空に問いかけた

君のいない世界は荒涼とした
砂漠のように色もなく
たった一つ支えにしてた
君の十八の誕生日にこの場所で再会(あ)う約束を】

佐野君のバンドの新曲を聴いて忘れかけていた過去と今がつながった。
十八歳の誕生日にさよならをした公園で再会する約束。
思い出したよ、佐野君。ううんゆーちゃん。
公園に着いて、約束したベンチまで向かう。
見つけた。あの時と同じ場所に立つ。
「思い出してくれた?」
微笑み話しかける彼に私は小さく頷く。
「でも、どうして?」
「ん?」
「どうして私なんかをずっと…」
何も言わずにゆーちゃんに抱きしめられた。
「あきちゃんだから。」
「…」
「あきちゃんだからずっと想うことができたんだ。
君を迎えにいくことが心の支えだったから。」
「でも私はあの頃から随分変わっちゃったよ。ゆーちゃんのことも約束も忘れてたんだから。」
「ううん、あきちゃんはあきちゃんだよ。三年で同じクラスになってすぐにわかったんだから。」
ゆーちゃんに抱きしめられて、伝わる温もりに懐かしさを感じる。
「あきちゃん。これからずっと俺のそばにいてくれるかな?」
何も言葉が出せずにただ頷くしかできなかった。

03-188 :first love song:2010/06/23(水) 11:47:55 ID:mSVgKFcj
打ち上げ会場に戻って、ゆーちゃんがみんなに報告をした。
優奈はショックを受けていたけど、ゆーちゃんが話して理解をしてくれた。
そして今はゆーちゃんの家に二人でいる。

「それにしても、どうしてすぐに私ってわかったの?ずいぶん変わったと思ってたのに。」
「確かに変わったよ、すごくきれいになってた。
でも雰囲気っていうか、一目見てあきちゃんだって直感が働いたっていうか、愛の力なのかな。」
「ばか…」
そういって顔を背ける。顔が赤くなったところを見られたくなかったから。
「バカでもいいよ。あきちゃんが居てくれれば。」
ゆーちゃんが後ろから抱きしめてくる。
「ずっとこうなる日を望んでたんだ。」
「うん。」
私はゆーちゃんの方を向き唇を重ねた。
心のどこかで気付いていたのかな、だからあなたのことばかりを最近の私は考えていたのかもしれない。

唇を重ねて抱き合ったままゆーちゃんが私をベッドに横たわらせる。
うん、いいよ。ためらわなくていいの。私をあなたで満たして。あなたを私で満たすから。
「あきちゃん、細いんだね。」
下着だけになった上半身を見てゆーちゃんがつぶやいた。
「優奈みたいに胸の大きい子がよかった?」
少し意地悪に聞いてみる。
「ううん、あきちゃんの全部が俺の好みだから。」
多分他の男に言われたら一気に冷めるような言葉もゆーちゃんから言われたら本当に嬉しい。
ゆーちゃんの指先が私に触れる度に私はゆーちゃんの色に染まっていく。
今までに私を抱いた誰よりもゆーちゃんの指は優しくて私を虜にする。
「ん、あっ…んっ」
「あきちゃん…」
「もっと…もっとゆーちゃんを感じたい。」
細すぎず引き締まった体にしるしをつけて、そのままズボンのファスナーを下ろして熱く猛ったものを口にする。
「あ、あきちゃん…ん…」
ゆーちゃんが気持ちよさそうな表情をしている。
それが嬉しくてより優しく、愛でるように舌を動かす。
ゆーちゃんを見ながらしているとゆーちゃんの弱いところ、感じるところがわかる。
「ん…あきちゃん、俺もあきちゃんを気持ちよくさせたいよ。」
ゆーちゃんがそう言って私の口から離れる。
ゆーちゃんが触ってくれるだけで私は気持ちいいんだよ。これ以上何かをされたらどうなっちゃうんだろう?
不安と楽しみを半分ずつにして私はゆーちゃんにされるがままになる。

03-189 :first love song:2010/06/23(水) 11:48:43 ID:mSVgKFcj
「あきちゃん、綺麗だよ。」
ゆーちゃんは優しく私を脱がせて生まれたままの姿にしてそう声をかけた。
「ありがとう。
でも恥ずかしいから、あまり見ないでほしいな。」
言葉ではそう言っても、心は思っていない。
もっと見てほしい、裸を見られるのは恥ずかしいけどゆーちゃんには私の全てをあげたいし、知ってもらいたいから。
「あ…んっ、あん…ゆ、ゆーちゃん…」
ゆーちゃんが私の大切なところに近付いてきた。ゆーちゃんの舌が触れたら私は声を出すだけで精一杯になる。
ゆーちゃんは優しく、ときに強く私を弄ぶ。
私の体の奥が熱くなるのがわかる、これ以上されたら私だけが…
二人一緒に気持ちよくなりたい、ゆーちゃんと一つになりたい。
「あっ…んんっ…お、ねが…い。ほしいのっ、ゆーちゃん…入れて…」
「うん…あきちゃん、入れるよ。」
「あっ…ゆーちゃん…」
ゆーちゃんが私の中に入ってくる。
「あきちゃん、あきちゃんのなかすごく熱いよ。」
「うん…」
ゆーちゃんが唇を重ねてきた。さっきより深く甘く口づけをする。
私を抱きしめる力も強くなって、私も同じくらい強くゆーちゃんに抱きつく。
「ねぇ。ゆーちゃん、動いて…
もっと私にゆーちゃんをちょうだい。」
「でも、これ以上動いたらすぐにイッちゃいそうだよ。まだあきちゃんのなかにいたいから…」
ゆーちゃんの言葉が嬉しくてゆーちゃんをの背中に伸ばした手に力をこめる。
「あきちゃん?」
「ゆーちゃん。ゆーちゃんが気持ちよかったら私も気持ちいいの。」
ゆーちゃんが私に微笑みかけて少しずつ動きだした。
私の中にいるゆーちゃんが、私の体中を熱くする。
何も考えられないし考えたくもない。ゆーちゃんと一つになった嬉しさにもっと溺れていたい。
「あきちゃん…もう、俺…」
「うん、今日は大丈夫な日だからこのまま中に出していいよ。」
「でも…」
「お願い…」
言葉より早くゆーちゃんに抱きつく。
「あ、あきちゃん…
んっ…」
ゆーちゃんの精液が私を満たすのを感じた。



「ゆーちゃん。一つだけ約束しよ。」
「ん?」
「もうお互いを一人にしない。」
「そうだね、約束する。」
ゆーちゃんの優しい手に抱かれて私は幸せをかみしめる。

最終更新:2009年12月25日 13:05