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街はパニック状態だった。
この日は、中心街にある大聖堂を武装集団が占拠するというショッキングな事件から始まり、その大聖堂で連続した破壊音が鳴り響いた事が、近隣の住民をパニックに陥れた。
そして極めつけは、昼近くに大聖堂の上空から、広範囲に凄まじい光が放射された事だ。
雷ではない事は雲一つ無い空が証明しており、そして何より、音が一切無かった。
その強烈な光により、視覚障害を訴える市民が急増。
また、世界の終わりが来たと信じ、暴動に走る市民も多数現れる。
警察官達は機動隊を組織し、半ば無法地帯と化した街の一部を封鎖せざるを得なかった。

「…どういう事だ?」
目の前の光景を見て、カーネル・ジョンソン警部が言えたのはただその一言だけだった。
カーネル警部はこの街の警察署に勤めて10年近くになる。
30代前半なのだが、その年齢とは裏腹に顔には皺が刻まれ始め、髪にも灰色のものが混じりつつある。
今日の服装は紺色のスーツに丸い鍔の帽子、ワインレッドのネクタイと、茶色のコートだ。
そんな彼でも、今日のような不可解な事件は警察署に勤務して、いやその人生全てを含めても初めてのものだった。
街の中心部にある大聖堂。そこを武装集団が占拠したという情報が入ったのは、今からざっと6時間ほど前だ。
アパートの住人を殺害した容疑でクロウ・エリュシオンの足取りを追っていたが、全くと言っていいほど成果は上がらず、前日から徹夜だった上にこの事件である。
アパートの殺害事件の方を担当していたため、当初この占拠事件の方はオウル警部の担当だったのだが、武装集団の数が多く、またその装備があまりにも整い過ぎていたため、機動隊の投入が伸びに伸びたという話だった。
最も不可解だったのは、占拠した武装集団は何の要求もしてこなかった事らしい。
武装集団が現れた時に大聖堂には十数人の職員がいた筈だが、その行方が分からず、大聖堂の構造上、監禁されているとすればどこにいるのか分からなかった所も、機動隊が突入できない要因の一つだった。
そんな理由から、大聖堂占拠事件の顛末はカーネル警部の方でも押さえており、そちらの情報も把握しながらもアパートの殺害事件の捜査に集中していたのだが、結局容疑者の捜索は部下達に任せ、こちらの様子を見に行けとゴードン署長から言われたのだった。
そして現場へ急行している間に、例の強烈な光を目の当たりにしたのだが、それでも彼は臆する事無く、大聖堂へ向け車を運転した。
今、そんなカーネル警部補の目の前には――大聖堂の正門前で、倒れている武装集団達の姿が映っていた。
警察の銃撃によるものではない事は、倒れた兵士達がいずれも血を流していない事が証明している。先に着いていた部下の話によると、突然、何の前触れも無く武装集団達が全員昏倒したのだと言う。
大聖堂内を捜査しているのは、警察ではなかった。
軍人らしき者達が、警察官達を大聖堂から遠ざけている。彼らの事を先程ゴードン署長に問い合わせたところ、「彼らの邪魔をするな」という返事が返ってきた。
見ると、近くのオウル警部も車の中でその様子を眺めている。部下達は大聖堂周辺の交通整理を行っている様子だ。
彼は、徹夜明けの頭を酷使しながら、一先ず煙草に火を点けた。今日も、長い一日になりそうだと直感しながら。


その少女は、静かに足を一歩、踏み出した。

「ロード…よく、頑張ったね」

腰までの長い金髪に、白い肌。翠色をした瞳。

「テスタメント…ゆっくり、休んで」

言葉を紡ぐその顔立ちは、儚さと哀しみを含んだ、美しさを感じさせた。

「ジーザス…あなたも本当は、救われたかったのでしょう?」

黒いローブを身に着け、その首に黒いスカーフを巻いた彼女は、ゆっくりとした足取りで歩みを進める。

その目から、涙を流しながら。

「アラン…ごめんね」

最後に発した声が一番力無く、そして僅かに、震えていた。

彼女――デウス・エクス・マキナと呼ばれた少女は、先程まで視線を向けていたモニターのすぐ傍まで来ると、今は何も映っていないそのモニターを見上げた後、眼を瞑る。
数十秒が経った時、再び彼女は眼を開け、振り向いた。

マスタールームの奥に位置するモニター。そのモニターの向かい側にある出入り口の扉。そしてその二つの中間点である部屋の中央には、地下のマザーエリアへと続くエレベーターがある。そこにタナトスは立っていた。
シルクハットに燕尾服。肩まで伸ばした金髪に、顎鬚を生やした40代ほどの顔立ち。そのタナトスの顔に笑みは無い。ただただ無表情ではあったが、その眼はいつもよりも、僅かに見開かれていた。
「言い残す事はそれで、全てですか?」
彼は静かに、そう問いかける。デウスは、ただ無表情で頷いた。
「では…手早く済ませるとしましょう」
そう言うと、タナトスはデウスへと一歩近づいた。

次の瞬間、マスタールームの扉が開いた。

外の光が室内に差し込んでくる。
タナトスとデウス、両者の視線がそちらへと移った。

光を背にして、一人の男が立っていた。

金色の短髪に白い肌。20代後半程に見える顔。いつもの白衣姿だが、その右目には、リーバードの瞳が輝いている。
そこにいたのは、紛れも無い、ノアだった。
彼は無言で片手にワームホールを発生させ、今にもそれを投げつけようと横に掲げている。
そして酷く獰猛な笑みを浮かべると、言った。
「もう一生分喋ったろう?」
その直後には、既にそのワームホールを投げつけていた。

タナトスの左半身が消滅したのは、その直後だった。

半分になったシルクハットが宙に舞い、床へと落ちる。
しかし、頭まで半分に両断された筈のタナトスは、その場に立ったままだった。そしてそれどころか、ノアを眺めて彼は笑みさえ浮かべた。
そんなタナトスを見つめ、ノアは眼を細める。
「やはり…その身体も分身(アバター)か」
「ようやくここまで辿り着きましたね…蟲毒の王」
タナトスの言葉に答えず、ノアは再度その手にワームホールを発生させる。
「このまま高みの見物を決め込むつもりなら、君のシナリオを…破綻させてやる」

そう言ったノアは無表情だったが、その顔には微かに憤怒が混じっていたのをデウスは見逃さなかった。
しかし彼女は、無言で事態の推移を見守り続ける。

「私は舞台上には上がりませんよ。貴方が、降りるのです」
「いいや。君が上がれ…盤上に」
二人はそう言ったきり、無言で相手を睨み続けた。
だがやがて、沈黙を断ったのはタナトスの方だった。
「いいでしょう…。出番を終えた役者には、相応の報酬を、与えなければ」
タナトスがそう言った瞬間、ノアはその手に発生させたワームホールで、タナトスを飲み込んだ。
「さて…」
そしてノアは、そこで初めて、視線をデウスへと向ける。
彼女は無言のまま、ノアを見つめ続けていた。
ノアは、再びその顔に笑みを浮かべると、もう一度ワームホールを発生させ、その中に右手を入れた。
そして彼は、ワームホールから何かを取り出す。

出てきたのは、十字架の形をした剣だった。

緩慢な動作で、剣を鞘から抜くと、ノアはその切っ先をデウスに突きつけ、口を開く。
「デウス・エクス・マキナ。君を殺しに来た」


落下していく感覚をその身に受け、ロックマン・ミラージュ――クロウ・エリュシオンは一瞬、意識を失いそうになった。
だがここで意識を失えば、転落死は免れないだろう。
穴の底が見えない。だが身に受ける風の強さから、まだ底には着かない事が彼には分かった。
しかし、底が見えないという事は底に激突する可能性が十二分にあるという事だ。クロウは腕の操作盤を開くと、脚部のアーマーに内蔵された重力制御装置を起動した。
途端に、空中で彼の身体が静止する。クロウは更に操作盤のボタンを押し、重力の強弱を調節した。
身体の落下が再度始まったが、今度はゆっくりと降りていく。
やがて、クロウは底へと着地した。

周囲を見回す。頭上から僅かに日の光が差し込んでいたが、それももう僅かだった。
視界の先に、何か光るものが見える。クロウは、そこへ向かって歩いて行った。

「!?…ガハッ…!!」
その途端、急に激痛が彼の全身に襲い掛かった。
痛みに顔をしかめ、その場に膝をついてから、激痛の原因に思い当たる。
ノアの薬品の効果が切れたのだ。効果時間は1分という話だったが、投与してから今までで明らかに1分以上時間があったのは、おそらく脳内にアドレナリンが分泌されていたせいもあるのだろう。
頭上から差し込む日の光を頼りに、クロウは自身の受けた傷の中で最も深手であった、肩と胸の中間の辺りに突き刺された刀による傷を調べた。
まだ血は僅かに流れ続けている。このままでは出血多量で間違いなく失神するだろう。
傷口に近いアーマーを取り外すと、彼はその場で応急処置を施した。

ようやく包帯を巻き終わり、アーマーを再度装着すると、そこでようやく彼は立ち上がる。
そして、再び視界の先の光源に向かって歩き出した。

「…これは…」
直径20メートルほどの、円形をした泉のようなものがそこにあった。
泉といっても底は極浅い。底から水面への高さは精々5センチといった所だろうか。
だが、クロウが注目したのは、その泉自体の事ではなかった。
泉に溜まる水が、僅かに光り輝いていたのだ。
「…まさか、これが…?」
これが、テスタメントやマザー・ディエスの言っていた『ディメンジョン・ゲート』なる代物なのだろうかと、クロウは考えた。
そして恐る恐る、彼はその泉に足を踏み入れる。
足を踏み入れてから彼は気付いた。丁度泉の中央付近に、光がより強くなっている部分がある。
両足を泉に入れても何も起こらないのを確認すると、彼は光の強くなっている場所へ歩いて行った。
「……」
泉の中央の底に、何かがある。小さなものだ。それが光を発している。クロウはそれを掴み、持ち上げた。

それは、球形をした純白のディフレクターだった。

彼は知る由も無いが、それがロックマン・ロードがマザー・ディエスから手渡された、ディメンジョン・ゲートの鍵だった。
クロウはしばらく手の持ったそれを眺めていたが、突如として状況が変化した。
急に、ディフレクターの光が増大したのだ。
溜まらず、彼は目を瞑る。

そして、クロウ・エリュシオンは地球上から消えた。





最終更新:2013年03月21日 03:33