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クロウは少年を見つめた。
少年――ノアが着ていた白衣や服を着ているが、丈が合わないため、袖を折り返している――が、端末が変わっただけのノアなのか、それとも全く別の人間なのか、クロウには確信が持てなかった。
その少年は砕け散ったタナトスを前にして、目を瞑っている。
そのまま動かない少年に、彼は声をかけようとした。
「お前は…」
「うぅ…」
呻き声。
それが急に近くから聞こえ、すぐにクロウは言葉を切って振り向いた。
声を発した者――今の今まで死んだと思っていた筈の、自分の背後で横たわっていたゼゼの方へ。

ゼゼが、目を開いていた。

「大丈夫か…!」
声をかけつつも、クロウは冷静にゼゼを観察する。まだタナトスに操られていないとも限らないからだ。
ゼゼは横たわったまま目元に手を当て、小さく言った。
「私、は…」
「どこまで思い出せる。自分の名前は」
クロウの言葉に、ゼゼはしばらく反応を見せない。
だが次の瞬間、ようやく意識が完全に覚醒したのか、急に彼女は起き上がった。
そして同時に、彼女は両手で頭を抱えた。
「わ、私は…ノア、様を…!!」
ゼゼは、まるで信じられないものを目にしたかのように目を見開き、身体を震わせる。
その様子を見て、クロウは理解した。ゼゼは自分の名前を思い出すどころか、操られてノアを攻撃した時の記憶すらも思い出してしまったのだと。
そしてそんなゼゼにかける言葉が、クロウには見つからない。しばらく、その場を沈黙が覆っていた。

「私は、生きてるよ」

その場に、少年の声が響いた。
クロウもゼゼも、声を発した少年の方へと視線を向ける。
少年はいつのまにか彼らの近くへと歩いてきており、右手にはノアが使用していた十字架の剣を、鞘に収めて持っていた。
彼はその剣をまずクロウへと差し出した。その動作があまりにも自然だったので、クロウは思わずそれを受け取る。
そうして少年は、ゼゼを見つめて言葉を紡いだ。
「おかえり、ゼゼ」
「あなたは…」
ゼゼは少年を見つめ、目を見開く。クロウはゼゼとは対照的に、冷静な表情のまま無言で少年を見ていた。

「ノア様…なのですか…?」
少年はただ微笑むと、ゆっくりとした足取りでクロウの横を通り、ゼゼの近くまで歩いてくる。彼の背は、座ったままのゼゼよりも少し高い位だった。

そして彼は、驚いた表情のままのゼゼを、抱きしめた。

「ありがとう、生きててくれて。私に、今までずっと尽くしてくれた事、誇りに思う」
「!…は、い…」
抱き締められたゼゼの目から、堰を切ったように涙が溢れ出る。
そして彼女も少年の背に腕を回し、目を瞑って何度も頷いた。
「はい…わ、たしも…あなたに、会えて…良かった…!」
嗚咽交じりのゼゼの声がその場に響く。それからしばらく、誰も声を発さなかった。

やがて、少年が静かに口を開く。
「ゼゼ、よく聞いて。これから僕が示す方向へ向かって欲しい。そしたらやがて、遺跡の中に出る筈だ」
「ノア…様…?」
少年はそこまで言うと手を離し、今度はゼゼの両肩に手を置いて、涙に塗れた彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「恐らく今頃は、マザー・セラとマザー・ユーナが事態を察知して、遺跡を包囲してる筈だ。今の彼女達なら、きっと君を保護してくれる」
「それは…どういう…」
戸惑いの色を浮かべるゼゼに、少年はただ淡々と、しかし優しく言葉を紡いでいく。
「もう君は、私に仕える必要は無い。だから…一先ずマザー達の保護を受けたら、その後は自由に生きて欲しいんだ」
「そんな、私は…」
言い募ろうとするゼゼに、しかし少年は言い聞かせるように続きを紡ぐ。
「分かってる。でも、もう君を危険な目に遭わせたくないし、私にはまだやり残した事があるんだ。だから…地上に戻ってくれ、ゼゼ」
そう締め括る少年に、ゼゼは最初尚も言葉を紡ごうとした。だが、やがて諦めたような表情を見せると、彼女は言う。
「それは…ご命令なのですか?」
「ううん。僕の…願いだよ」
ゼゼは、しばらく悲しそうな目で少年を見つめていたが、やがて立ち上がった。
彼女は、確認するように言う。
「また…会えますか?」

少年は、笑顔を浮かべた。

「勿論。きっとまた会えるさ。その時は…また一緒に酒でも飲もう」
少年の返事に、ゼゼの顔がパッと明るくなる。
「はい…はいっ!」
彼女の目元には、また涙が浮かんでいた。

「ゼゼ」
しばらく少年とゼゼの様子を無言で眺めていたクロウだったが、二人の話が一段落したのを確認すると、彼はゼゼに向かって声をかける。呼びかけられたゼゼが、クロウの方へと顔を向けた。
クロウは無表情のまま、真っ直ぐにゼゼを見て、言った。
「元気でな」
クロウにそう言われ、ゼゼは再び微笑んだ。
「あなたも」
その微笑が、僅かに寂しそうだったのを、クロウは見逃さなかった。

名残惜しそうに、ゼゼは少年が指し示した方向へと歩いていく。
それを、少年とクロウは見送った。ゼゼの姿が消えるまで。
「ゼゼは大丈夫なのか?」
彼女が消えた方へ視線を向けたまま、クロウが問う。
「ああ。もう彼女は、タナトスの支配の影響は受けていない」
少年も、クロウと同じ方向を見たまま答えた。少し寂しそうな目をして。
「そうか。安心した」
そう言うと、やっとクロウは少年へと顔を向ける。
少年も、同じタイミングでクロウへと視線を向けた。
「ヘブンへ行くのか」
「そうさ。全ての決着をつけにいく」
そう言葉を交わすと、クロウは先程少年から受け取った十字架の剣を差し出した。少年は、頷きながらそれを受け取る。
そうして二人は、ゼゼが消えていった方向とは逆の方へと足を向け、歩き出した。

「彼女も、そこにいるのか」
「ああ」
「『古き神々の王』とは何なのか、彼女に直接聞く必要があるんだったな」
「そうだよ」

二人は同じ速度で、歩みを進めていく。まだヘブンへと繋がるゲートには、辿り着かない。
「…もう一つ、聞きたい事がある」
「何だい?」
クロウは急に、立ち止まった。
それを知ってか知らずか、少年は歩みを進めていく。
数歩分の距離が空いた所で、クロウは少年の背に向かって、言った。

「お前、何者だ」

言われて初めて、少年の足が止まる。
彼が何かを言い返す前に、クロウは言葉の続きを紡いだ。

「ノアは…死んだんだろ?」

しばらくクロウに背を向けたまま、少年は無言だった。
だが、やがて彼は静かに、口を開く。

「ああ、そうさ…彼は死んだよ」

そうして、少年は振り向いた。

「哀しい…最期だったね」


そう言うと少年は――


――今にも泣きそうな顔で、微笑んだ。





最終更新:2013年12月29日 23:31