今日一日で一生分の災難に遭い、そして運を使い果たしたような気がした。
とにかく疲れた俺は、恐らくマクスウェインの一派に荒らされている可能性が高い事務所に戻る気にはなれなかった。
それに、今事務所に貴重品などは無い。盗まれて困るのは家具くらいのものだ。
昨日散々飲んだせいで懐は寂しかったが、俺は今夜も飲み明かす事にした。
また災難には遭いたくない。そんな一心で、俺は中心街を挟んで事務所とは反対側に位置する一角の、とある酒場に車を止めた。
中に入ると、昨日の酒場よりも随分寂しい場所だった。照明はカウンターの付近にしか灯ってなく、従業員は白髪で口髭の、老齢なマスターくらいしかいない。
そのマスターは無言でグラスを拭いている。
そして客は、カウンターの前に座っている一人だけだった。
見覚えのある背中だ。その偶然の凄まじさに、俺は思わず苦笑していた。
その男は、昨夜と同じくスコッチを飲んでいた。俺はその男の横の席に座ると、ウィスキーを頼んだ。昨夜と同じく。
俺の注文する声に、その男は俺の方へ、半ば虚ろな視線を向ける。
「何故お前がここにいる」
数時間前に同じ言葉をその男から聞いたが、声に含まれる緊張感や威圧感は雲泥の差だった。
「さぁな。俺が聞きたい」
運ばれてきたウィスキーの瓶から液体をグラスに注ぎつつ、俺はそう言った。
その男――ジョニーは、それきり興味の無くなった様に、視線を前方に向けたまま、無言で飲み続けた。
俺も同じようにした。
やがて、ほどよく酔ってきた俺は、昨日から沸いていた疑問を口にする。
「なぁ、お前、何で今の仕事やってるんだ?」
俺の質問にジョニーは怒るでもなく、感情の篭らない声で答えた。
「それしかできないからだ」
「そうか…俺もだ」
そう答えて、俺はグラスに入ったウィスキーを飲み干した。
更に回る酔いに任せて、数時間前のやりとりを思い出しながら、俺は言葉を重ねる。
「殺した奴の事、覚えてるのか?」
俺の言葉に、ジョニーはあまりにもあっさりと、答えを口にした。
「ああ。顔も名前も全部」
その答えに、俺は呆気に取られざるを得なかった。
「じゃあ、今日殺した強盗達の名前も顔も、全部覚えてるのか」
「ああ」
酷くあっさりした肯定。だがその口調と表情から、俺はジョニーが嘘をついていない事が分かった。
そんなジョニーに言うべきではないとは思ったが、あまり無い機会だ。俺は今回の一件で感じた率直な意見を、酔いに任せて口にする事にした。
「マフィアは、やっぱりこの町には害悪だ。俺にはそうとしか思えん」
「その通りだ」
まさか肯定されるとは思っていなかったので、俺は思わずジョニーの方に視線を向けた。
ジョニーは、決意の篭った眼をただ前方に向けている。
「それを変えるために、俺達は戦ってる」
その言葉に、俺はただ笑いしか出てこなかった。
「…はは、お前も、随分酔狂な事だな」
「お前もな」
それからしばらく、またその場を沈黙が覆った。
「ところで、昨日しこたま飲んだせいで、金が無いんだ」
「金にならない依頼を断らなかったせいだろう」
そう返したジョニーの言に、俺はまた苦笑した。どうやら、あの後マスクウェインから詳しい事情を聞いていたらしい。
「お前は、金になる仕事をしたんだよな」
俺の言葉に、ジョニーは俺に視線を向けた。
俺は続きの言葉を紡がずに、ただ頷く。それだけで、ジョニーは俺の意図を察したらしい。
「いいのか。人を殺して得た、汚い金だぞ」
「その金を、お前さんは殺した者のために使うんだろ。俺も今夜は、死んだ奴のために飲みたい気分なんだ」
ジョニーは、呆れたとでもいうように溜め息を吐くと、言った。
「酔狂な探偵だな」
「お前もさ、酔狂な殺し屋」
そう言うと、俺は二本目の酒を注文した。俺自身とジョニーの二人分を。
今夜も、昨日と同じように酒を飲む。だが今夜は、俺もジョニーと同じように、死者のために飲むのだ。
グラスに酒を注ぐと、俺もジョニーも、杯を掲げた。
「ルーサー・バーンズに」
「ブルース・ラインハンに」
俺達は、グラスを打ち鳴らした。
最終更新:2014年08月24日 21:47