隣の車両に移った途端、俺は少し驚かされた。
この列車は貨物列車だった筈だ。
それが、俺が今いるのは高級な食堂車としか思えない車両だった。
壁や天井には色鮮やかな装飾と、金色の縁のついた窓に厚いカーテン。ワインレッドの絨毯に、中央の通路と左右に金色の装飾がされたボックス席。テーブルには高そうなテーブルクロスが敷かれている。
俺は中央の通路を歩いていった。
そして、丁度車両の真ん中当たりのボックス席まで来ると、一人の人物が席に腰掛けているのが目に入った。
また少女か。俺はいい加減うんざりしたくなった。
とはいえ、レイラに比べると、より人間離れした容姿だ。鮮やかな緑色の髪を左右に纏め、浅黒い肌に赤い瞳。黒に金色のラインの入ったワンピースを着ている。
「あなたがスティーブ・ハントね?」
そう言うと、その少女は向かいの席を手で示す。
俺はその少女を眺めて、言った。
「その眼…以前会ったか?」
それを聞くと、少女は心底楽しそうな様子で首を振る。
俺は不愉快な気分を表す為にわざと音を立てて座った。
「随分怒らせちゃったみたいね」
「当たり前だ。『試してた』やら『合格だ』やら、身に覚えもないのにそんなことを言われて嬉しい奴なんているか?」
少女はそんなことを問う俺を観察するように見つめている。
「…で、あんたは何者だ」
俺の問いに、少女は微笑みと共に答えた。
「ああ、自己紹介がまだだったわね」
「私はユーナ。ただのユーナ。よろしくね、探偵さん」
そう言うと、少女――ユーナは手を差し出してくる。
俺はその手に応えなかった。
「レイラをどうするつもりだ?」
少し残念そうに手を引っ込めると、ユーナは腕を組んで言う。
「んん、どう話せばいいかしらね…」
しばらく唸った後、ユーナは言葉を告げる。
「マーガレット・カーライル。彼女も私達の仲間だった」
それは推測できていた。マーク・ウィルクスが俺と彼女が窮地の時に一人で助けにやってきたからだ。
だがその後ウィルクスがレイラを殺そうとしているらしいと言うことが分かったため、こうして俺が身体を張る羽目になったのだ。
「で?」
「あなたは彼女が望んだ通り、『レイラ』を私達の所まで連れてきてくれた」
「…そんなつもりは無かったがな」
「安心して。レイラの身は保障する。あなたにも相応の報酬を約束する」
俺は息を吐いた。
「マーク・ウィルクスは言い訳をしてたけどな、一度は殺そうとした相手を信用できると思うか?」
俺の問いに、ユーナと名乗った少女は少し困ったような顔をする。
「あなたの気持ちは分かる。だからこうして私が説明に来たの。あなたも、あの子のことを一生面倒見る、とまでは言えないでしょう?」
「それはそうだが…」
俺が言い淀むのを見て、ユーナは微笑した。
「あなたが彼女と会いたいと言えば会わせてあげる。だから、これで納得してくれない?」
「なら、一つ要求する」
俺の言葉に、ユーナが首を傾げた。
「お前らがこれからレイラをどう扱うのか、ちゃんとあいつに伝えろ。その上であいつ自身に選ばせてやれ。お前らが自分達の都合であいつを使うなら、お前らもロワイアル・ファミリーと一緒だ」
俺が発言している間も、ユーナは頷いていた。妙に嬉しそうだ。
俺は付け加えた。
「後…ついでだがな、レベッカは開放するんだろうが、あいつにも俺と同じように説明はしてやるんだろうな?」
「勿論よ。彼女にもちゃんと説明した上で選んでもらう。全て忘れて街に戻るか、私達と一緒に働くか」
勧誘?あの女を?俺は思わず変な声を上げそうになったが、寸前で抑える。
そして考えた。
結局、こいつらはどういう組織で、何が目的だ?
「…一つ聞かせろ」
俺の言葉にユーナが首を傾げる。俺は眼を細めて、言った。
「わざわざ俺のような一介の私立探偵を相手に、試すだの密かに護衛するだの、最終的にはこうして貨物列車に客車を繋げるなんて大層なことまでする理由は何だ?」
しばらく、俺の問いにユーナは思案している様子だった。
だがやがて、再度その顔に笑みを浮かべると、やがて言う。
「それはね、あなたに新しい依頼があるからなのよ」
また厄介事か。その言葉を俺はすんでの所で飲み込んだ。
「…聞くだけは聞いてやる。受けるかどうかは俺が決めるがな」
「ええ、それでいい」
「で、その依頼ってのは?」
俺の問いに、ユーナは視線を俺の顔から外すと、俺の肩越しに後方へと視線を向ける。
「それはゼーちゃんの方から説明するわね」
「…ゼーちゃん?」
俺は振り返った。
「…!?」
肌や髪、瞳の色はユーナと瓜二つだが、長身で髪を後ろで縛った女性が車両の入り口付近に立っていた。
だが俺が驚愕したのはそこではない。
その女性の額には、あの遺跡で見た機械の獣に付いていたような、赤い瞳が存在していたからだ。
「…誰だ?」
そう呟いたが、記憶の端に何かを感じた。
その両目と、額の第三の眼。
「…前に会ったのはあんたか」
「ご無事で何よりです」
ボスに撃たれた時、意識を手放す直前に、誰かに声をかけられた気がした。最後に見たのは、両目の赤い瞳と額の第三の眼。全てこの女と一致している。
「私の名はゼゼ。あなたに、人を探してもらいたいのです」
それから、俺と向かい合ってユーナの横にゼゼという女が座った。
また探し人か。そう思いつつ、本題に入る前に俺は問いを投げかけた。
「その額の眼…つい最近地下で見た。あんたらは一体何者だ?」
少し思案してユーナが答える。
「新聞とか読んでるなら私達の素性は推測できるんじゃない?」
「…古代人か」
かつて新聞でこの二人と同じ特徴の容姿を持つ『古代人』という者達がセンセーショナルに取り上げられていた。その記事を読んだことならある。と言っても、映っていたのはこの二人ではなかったが。
「俺が知りたいのは、ウィルクスを含めたあんたらという『組織』のことだ」
「そこまでは、私の依頼を受けてくれなければお話できません」
少し困ったような顔をして、ゼゼという女がそう答える。
俺は少し思案すると、言った。
「一つ条件がある」
「今まで、色々な目に遭った。マフィアの手下にボコられ、地下に落とされて機械の獣にぶっ飛ばされ、挙句に走行中の車から飛び降りたりな」
今までを回想しつつ、俺はそう語る。
「けど、それらよりも辛かったことが一つある」
「それは?」
ユーナの問いに、俺はポケットから煙草の箱を取り出した。中身は一本も入っていない。
「煙草が吸えなかったことだ」
「だから、前金代わりに煙草をくれ。それが条件だ」
ユーナが携帯でどこかに連絡すると、ウィルクスが怒りを押し殺した様子で現れ、俺に煙草を一箱差し出してきた。
奴をイラつかせることができたなら俺の勝ちだ。俺は内心で笑いを堪えつつ煙草に火を点ける。
久方ぶりの一服だ。何日ぶりかの煙草は、身体に澄み渡るような美味さだった。
俺の吐き出す煙に、ゼゼが顔をしかめる。対してユーナの方は、興味深そうに一服する俺の様子を眺めていた。
一頻り煙草を吸い、俺はやがて本題に入る。
「で、探したい奴ってのは?」
ゼゼは、やがて覚悟を決めた顔で俺に言った。
「名前は、クロウ・エリュシオン」
「私の大切な、家族です」
その覚悟を秘めた眼を見た時、俺は直感的に思ったのだ。
恐らく、今までの比じゃなくらいの厄介事だろうと。
煙草の煙を吐き出し、俺は答えた。
「できる限りの情報を話せ。その依頼、受けてやる」
最終更新:2017年06月04日 02:49