「それで」
杖を突いた老人は、暗闇の中で問う。虚空を睨んで。
「お前の満足行く結果になったか?」
暗闇の中から、幾何学模様のタトゥーが浮かび上がった。
「んんー、中途半端だな」
唸りつつも、そう答えが返ってくる。不満そうな口調で。
先を続けろと老人が眼で促すと、タトゥーの主――ビートルジュースが饒舌に喋り始める。
「リヴァイアサンを絶望させる程度には、醜悪な人間ってものが見れたよ。実際、少なからず死者も出た。けど、思いの他終わるのも早かったな。何より……俺が目を付けた奴らがどんな地金を晒して死んでいくのか、楽しみだったが……そんなことは起こらなかった」
「そら見ろ」
不愉快そうに、老人は息を吐く。
「貴様は人というものの負の面ばかりを見る。作用と反作用が存在するように、悪意に動かされる人間と同等に、善意に動かされる人間がいるということだ」
「そいつは、長年アンタが積み上げた経験によるものか?」
老人は目を細めた。狂人は笑みを浮かべた。
「一番いけなかったのは、そもそもゲームをするのにあの町は狭過ぎた。人も娯楽も少なかった。やっぱ、田舎は駄目だな。混沌は大都会に限る!そうだろ?」
「……許さんぞ」
警戒感を露にした老人のその声には、僅かに震えが走っている。
「ロワイアル・ファミリーは分裂した。アンタ一人で制御できる段階じゃない。これであの町は、俺がゲームをするのに最適な火薬庫と相成った!!」
「アレはアレで面白かったが、今度は戦闘端末で脅しつけるなんて興醒めな真似も必要無い。人間達が自ら混沌に飛び込むよう、俺が仕向けてやるよ!!」
興奮した様子のビートルジュースは、尚も言葉を紡いでいく。
「何、簡単だ。ほんの少し、背中を押してやるだけでいい!それで人間は、どこまでも堕ちてくれるのさ!!」
「ビートルジュース」
そう呼び止める老人の眼は、これまでにないほどの殺気を放っていた。
「貴様の根幹がどこにあるのか。私が推測できぬと思っているのか?」
その言葉に、ビートルジュースは笑顔を浮かべたまま言葉を返した。
「いいや?アンタなら分かるだろうさ。だが……そこに辿り着くことは、決してできねぇ」
「ククク……ヒャーハッハッハッハッハッハ!!!」
笑い声を残し、ビートルジュースは姿を消した。
老人――ルシウス・サイファーは、その背中が消えた暗闇を、いつまでも睨み続けた。
そして――舞い戻る。混沌と反抗は。
そこは、町外れにある廃墟だった。
時刻は深夜。空から降り注ぐ月光のみが建物を照らす。
その奥の部屋を、一人の浮浪者が訪れていた。
ボロボロで薄汚れた服を纏い、帽子を目深に被った、髭が伸びきった男。右手には残り少ない酒の入った瓶が握られている。彼は虚ろな眼で、その部屋の中央に立ち尽くしていた。
ドアも窓も無く、壁は所々が崩れている。鉄筋が剥き出しになった箇所もあり、色々な場所から風が吹き込んでいた。
そんな中、カチャリと銃の撃鉄を起こす音が室内に響く。
浮浪者は音源の方へ視線を向けた。
いつのまにか、黒いスーツ姿の男がそこに立ち、浮浪者に銃を向けている。男は黒く長い髪の長身で、鋭い目元から油断無く浮浪者を見据えていた。
浮浪者の男はしばらくスーツの男を眺めてから、言った。
「皮肉だな。殺しに来たのがお前とは」
「……?」
スーツの男は、頭に疑問符を浮かべたように片眉を上げる。しばらく浮浪者の顔を眺めて、ようやくその男は疑問を解消させた。
「お前……スティーブ・ハントか……?」
「何だ、意識を残してるとは意外だな、ジョニー・ケルズ」
浮浪者――スティーブ・ハントは、虚ろな眼のままジョニーを見る。
スーツの男――ジョニー・ケルズは、以前に会った時とは変わり果てた姿のスティーブに、少なからず驚いているようだった。
「その様子じゃ、俺を呼び出したのはお前じゃないのか」
「……俺も呼び出された」
スティーブは、ジョニーが嘘を言っていないかどうかその表情から推測する。対してジョニーの方は、スティーブも含めて周囲全てを警戒していた。
その違いからかもしれない。ジョニーの方が先に気づいた。
部屋の奥に、もう一人の人物が居ることに。
崩れた壁から、月明りが覗いている。その女性は、煙草を吸いながら月を見上げていた。
ジョニーが女性の方に銃口を向ける。スティーブも遅れて女性の姿に気づき、ジョニーからも距離を取って後ずさりした。
そうして初めて、女性の顔が見覚えのあるものだとスティーブは気づく。
女性は切れ長の目に整った顔立ちで、癖のあるブロンドの長髪、長裾の白衣を身に着けていた。
「お前……ベアトリスか」
遺体安置所。そこの解剖医として面識のあった女性。
ベアトリス・ファーガソンは煙草の煙を吐き出すと、二人の方へと歩いてきた。月明りに照らされた場所から、暗闇の中へと。
「こんばんは。月の綺麗な夜」
間の抜けたような緩い口調で、彼女は言う。人の寄り付かない廃墟の中だというのに。
「安心して。ここには私達以外、誰も居ない」
頭に疑問符を浮かべ、警戒感を露にする二人に、ベアトリスはそう言った。そして煙草を指に挟むと、二人の顔を交互に見てから彼女は言う。
「あぁ、自己紹介がまだだった」
「何を言って……」
「ロックマン・デュナミス、それが私の名」
突っ込もうとしたスティーブの言葉が消える。その名に、覚えがあったからだ。
それを察したように、ベアトリスは頷いた。
「そ。古代人。ま、そんな面倒な役目とっとと捨てたけど」
絶句するスティーブ。無言のまま警戒を解かないジョニー。そんな二人を眺めて、ベアトリスは言った。
「用件は一つ。貴方達に、依頼しに来た」
「お前が、古代人……!?」
「俺達に何の用だ」
彼女の言葉の衝撃を呑み込めないスティーブと、話を先に進めるジョニー。ベアトリスは彼らの顔を交互に見て一つ頷くと、用件を紡ぎ始める。
「ビートルジュースの抹殺と、ロワイアル・ファミリーの崩壊」
あまりに現実離れしたその内容に、スティーブ・ハントとジョニー・ケルズ、二人共が今度こそ絶句する。
そんな二人を見つめ、問いかけるように首を傾げつつ、ベアトリス・ファーガソンは初めて笑みを浮かべた。
「依頼、引き受けてくれる?」
To Be Continued...?
最終更新:2023年01月09日 21:42