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「…つっ…」
目覚めてまず、後頭部からの鈍い痛みを感じた。
眼を開けると、天井から吊るされたミラーボールが眼に入る。
どうやら、気絶させられたカジノの広間とは違う所にいるようだ。
俺は椅子に座らされ、両手を後ろ手に縛られていた。
両足は椅子の足に、身体は椅子の背に縛られている。
俺の前には、数人の黒いスーツを着た男達がいた。
「マジかよ…全く…」
俺の言葉にも目の前の男達は全く反応しない。
と思ったが、男達のうち一人が、ドアを開けて出て行った。
俺は、とりあえず周囲を見回した。
広い部屋だ。目の前には長方形のテーブル。
男達はそのテーブルの周辺の椅子に座っている。
先程言ったように照明はミラーボールになっており、あまりいい気分とは言えなかった。
俺から見て左側の壁に、今男の一人が出て行ったドアがある。
また、男達の座っている場所から奥の壁に、もう一つ扉のようなものがある。
よく目を凝らして見ると、それはエレベーターだった。
「(なるほど…ここはあのカジノの別の階か…)」
ふと横を見ると、もう一人俺と同じように縛られて気絶している奴がいた。
「おいおい…お前もかよ…」
レベッカだった。

「目が覚めたらしいな」
男が出て行ったドアから、先程とは違う別の男が出て来た。
少々小太りで、帽子を被っている。
小太りなのが顔型にも表れていて、黒い口髭を蓄えているが、どうも小汚い印象を受ける。
周りの男達がサングラスをしているが、その男だけはしていなかった。
照明のせいで見え難かったが、俺はその顔が持っていた写真の顔と一致する事に気づいた。
「なるほど…あんたがシャド・デスペインか」
「そうだ。お前は誰だ」
ガラガラな声で、シャドは言った。
「問答無用で俺をとっ捕まえたって事は、俺の事くらい知ってると思ってたんだがな?」
「ああ、お前の手荷物から名刺が出てきたよ。
俺の事を嗅ぎ回ってどうするつもりだ?薄汚い犬が」
俺は応えようとしたが、その前に横のレベッカが呻き声を上げた。
「…ん…うぅ…」
横目でレベッカの様子を見ると、顔をしかめている。今にも起きそうだ。
正直この女が目覚めても良い事がない気がする。
もう少し目覚めないでいてくれと思った俺の胸中とは裏腹に、レベッカは目覚めた。
「な…何なのよアンタ達。この縄解きなさいよ!」

「レベッカ、せめてもっと建設的な事喋ってくれ」
そう言った俺の言葉もレベッカの耳には入っていないようだ。
レベッカはしばらく騒ぎ立てたが、黒服の一人に額に銃を突きつけられ、やっと黙った。
「で、何故俺を嗅ぎ回ってた。答えてもらおうか」
俺はどうすべきか考えた。
おそらくシャドは俺とレベッカから必要な情報を頂いたら、俺達をすぐに消すだろう。
そこまで考えたところで、俺は予め浮かんでいた疑問を話す事にした。
「その前に俺の疑問に答えてもらいたいんだがな。
何故俺やこの女がお前を嗅ぎ回ってると?」
シャドは馬鹿にするように鼻を鳴らすと、言った。
「我々の情報網を甘く見てもらっては困るな。
私のことを嗅ぎ回ってる奴が今日このカジノに来るという情報があったのだ。
お陰でお前達を捕まえる事ができたぞ」
「情報…?」
俺は、しばし考え込んだ。
もしかして、あの電話の主は…
「ねぇ、あんたがシャド・デスペインね?」
俺が考えを巡らせている隙に、レベッカが口を開いた。
「答えなさい!ジェスター・ブレアを殺したのはあなたなの!?」
「は?ブレア?」
レベッカの問いを耳にした途端、シャドは呆けた声を上げた。

「俺達は、ジェスター・ブレアが殺害された事件に関係してあんたを洗ってたんだよ」
俺は静かにそう言った。
シャドは、呆けた顔のまま俺の方に視線を向ける。
そして、葉巻を取り出して火を点けると、眼を細め、言った。
「なるほどな…尚更お前らの話を聞く必要ができたわけだ」
そしてシャドは、傍らにいる黒服の男に眼で合図した。
黒服の男は、ゆっくり俺に近づくと、俺の頬に思い切り拳打を浴びせた。
「つっ…」
思い切り横に視界がブレる。
「答えてもらおうか。何故ブレアの事件を洗って俺の名が出てきた?
答えなけりゃ、それなりの対応をさせてもらう」
呻く俺を他所に、レベッカは声を上げた。
「ちょっと!私の質問に答えてないじゃない!!
あんたが殺したのかちゃんと答えなさい!!」
俺は痛みを堪えながら、言った。
「無駄だ。こいつは殺していようがいまいが、俺達を生かして帰す気なんかない。
いや…殺したからこそ俺達を帰すつもりがないのか」

シャドは、眼を細めて俺を睨んでいる。
俺は観念したように言った。
「分かったよ。どうせ結末が同じなら、言いたい事を言ってやる。
だがその前に…煙草をくれ」
シャドは、俺の傍にいる男に再び目配せした。
二度目の拳打。俺は折れた歯を吐き出した。
「ちょっと!そいつばっかり殴ってないで私も殴ったらどう!?」
レベッカが何度目かの声を張り上げる。
「待ってろ。お前さんには後でそれなりの対処をしてやるから」
シャドは、下卑た笑みをその口元に浮かべた。
俺は呻きながら、言った。
「話すって言ってんだろ…そう早まりなさんな」
俺は、精一杯の力でシャドを睨んだ後、話を始めた。

「話は、一人の男から始まる。そいつはあんたらの組織の末端、集金係だ。
そいつが一人の男の元へ集金に行った。
その男が今回の被害者、ジェスター・ブレアというわけだ。
ブレアは多数の用心棒を雇って集金係をボコボコにし、あんたらの組織へ反旗を翻した。
抗争の末、ブレアは敗走。奴はこの街から消えたはずだった。
だが、ブレアはその後もずっとこの街にいた。この街で、反撃の機会を窺ってたんだよ。
奴は郊外の目立たないアパートで、ひっそりと暮らしていた。
そこなら、組織の目もあまり行き渡らない場所だったからだ」
ここまで話したところで、シャドが無表情のまま俺に言った。
「分かりやすい話ありがとう。で、何発殴れば俺の質問に答えてくれるんだ?」
もう少し待てと、蚊の啼く様な声で俺は言った。
レベッカは、疑問の表情で俺を見つめている。
「そして、そのチャンスは巡ってきた。
それも、ブレアにとってはとても大きな幸運だった。
なにせ『向こうからやってきた』んだから。
そう、『フロイド・ウェンズデー』って名であんたがブレアの隣の部屋を借りたんだ。
隣にそんな人物がいるなんて毛ほども思わずにな。
そんな、組織の目が届かない郊外のアパートなんか借りて、あんたは何してた?
何にしろ、ロクでもなかった事だけは確かだ。
そして、それをブレアは嗅ぎつけた。
何せあんなに壁の薄いアパートだ。聞こえてこない方が変だろう。
これが、あんたにとっての最大の不幸だったってわけだ」
シャドの顔色は、ここにきて青ざめていた。
今にその顔色が赤くなり、憤怒に駆られた形相が見える事だろう。
その前に全て話せればいいのだが。

もういつ突然眉間に銃弾が飛び込んでもおかしくない状況だ。
それにも関わらず、俺は饒舌に語り続けた。
「ブレアは盗聴器を仕掛けて、あんたの部屋の会話を聞き続けた。
で、それを種にあんたを脅しでもしたんだろう。
おそらく、あんたから組織の内情でも知ろうとしたのかもな。
で、あんたは慌てて奴を消したってわけだ。
だが、ブレアも馬鹿じゃなかったな。
念の為に録音したあんたの会話を旧友に預けておこうと思ったんだろう。
そこで運の悪かったフレンチ氏の登場というわけだ」
思った通り、少しずつシャドの顔色が青から赤に変わってきた。
だがもう少しだ。俺の話が一段落するのは。
「ブレアはあんたの殺意に気づくのが一足遅かった。
だからフレンチに録音を渡そうとした、まさにその夜に殺された。
フレンチが現場に駆けつけた時、あんたとあんたの部下は隣の部屋にでもいたんだろう。
駆けつけたフレンチに気づいて、あんたは奴に罪を着せる事を思いついたわけだ。
だが、そこであんたらは一つのミスを犯した。
ブレアが持っている筈の録音テープを、ついに見つける事ができなかったんだ。
しかしながら、フレンチの手にテープが渡る事だけは防げた。
だからあんたは仕上げに組織から手を回して警察の捜査を打ち切らせ、悠々としていた。
俺達がここに来るまでは、な」
ここまで一気に喋り終えると、俺は口を閉じた。
辺りは静まり返っている。
だが、予想通りシャドの顔色は赤くなっていた。
と思いきや、次の瞬間、シャドは笑い始めた。
「ククク…ハーッハッハッハッハ!!!
なるほど、流石は探偵といった所だな。見事な推理だ。
認めてやるよ。そうさ、俺が殺したんだ。
どうせこの街に何年いたって、俺の支配できるのは精々がこの店一つだけだ。
だから組織の金をかっぱらって高飛びしようって算段してたのに奴が現れやがった。
それで殺してやったんだよ。この俺の手でな!
だが、お前の話など誰が信じる?もうフレンチの有罪は決まったようなもんだ。
今更貴様のような一介の探偵が喚いた所で、誰も信用などせんよ!」
俺は、静かに言った。
「お前の見つけられなかったテープを俺が持ってるとしても、か?」
途端に、シャドは眼を見開いた。
レベッカも驚愕の表情でこちらを見ている。
シャドは、ここにきて初めて激しい怒りの感情を露にした。
そしてテーブルを回り込み俺の前まで大股で歩いてくると、俺の眉間に銃を突きつけた。
「もううんざりだ!!あんなテープにこれ以上俺の人生を滅茶苦茶にされて堪るか!!
言え!テープはどこだ!!言わなけりゃ今すぐお前の頭に風穴開けてやる!!」

今度こそ年貢の納め時か、と俺は思った。
テープは車の中だ。
言ったが最後、俺の命もテープと共にあの世行きだろう。
まぁ、言わなければ今すぐにでもあの世行きなのだが。
どっちにしろ、早いか遅いかの違いなのだ。
そして、この状況を打開する方法など俺の頭には浮かびもしなかった。
俺は眼を瞑った。

いつ銃声が鳴るかと待った。
1分近く経っていた気がするが、実際には数秒だったかもしれない。
眼は瞑っていたので聴覚しか効かなかったのだが、この時、ある効果音が室内に流れた。
聞き覚えがある。エレベーターがこの階に着いた音だ。
「ん?」
シャドが怪訝な声を出した。
つられて俺も薄目を開けた。未だシャドの拳銃は俺の眉間に突きつけられている。
シャドがいるせいで、エレベーターに誰が着いたのかは分からなかった。

途端に、銃声が鳴った。

シャドの拳銃じゃない。実際俺はまだ生きている。
途端に、部屋の端の方から、黒服の男の一人が呻き声を発して倒れる音が聞こえた。
次の瞬間、何十発もの銃声が一斉に鳴った。
薄目を開けていた俺には、この時シャドの行動しか視界に入らなかった。
シャドはまず俺の眉間から拳銃を離した。
そしてテーブルをひっ倒し、それを盾にしてエレベーターの方に拳銃を乱射した。
幸いテーブルが大きかったお陰で、俺の姿は完全にテーブルに隠れ、射殺の危険はない。
テーブルは長方形だったので、隣のレベッカも無事だった。
だが、そのせいで、未だにシャドに喧嘩をふっかけたのが誰か分からなかった。
しかし、ここから見る限り、その人物はかなりの手練だという事が分かった。
何故なら、シャドと同じようにテーブルを盾にして銃撃戦をしていた黒服たちが、瞬く間に一人、また一人と頭部に銃弾を喰らって転がっていったからだ。
数分後、気がつけば黒服たちは全て転がり、部屋にはシャド一人だけとなっていた。
そしてそのシャドは、俺に突きつけていた拳銃は当の昔に弾が切れ、死んだ黒服の落とした拳銃を使っていたが、それも今弾が切れた。
「くそっ!!」
シャドは唸り、拳銃を地面に叩きつけた。
「何だ貴様!!」
シャドはテーブルを背にして喚く。
テーブルを隔てた向こうから、酷く冷えた声が聞こえた。
「シャド・デスペインだな」

俺が驚いたのは、テーブルの向こうから聞こえた声がかなり若い男のものだった事だ。
おそらく俺と同年代か、それより若いかもしれない。
俺はシャドの周りを見た。
拳銃は近くには転がっていない。
シャドが発砲しない事でそれを見抜いたのだろう、エレベーターの方から数人の足音が聞こえた。
直後にテーブルの向こうから男が現れて、シャドの後頭部に拳銃を突きつけた。
シャドの部下と同じく、そいつも黒服だ。
ただ、髪が黒く、肩辺りまで長くなっている。
顔立ちは若く、20代前半辺りに見える。他の黒服と同じくサングラスをかけていた。
おそらく、先程シャドに声をかけたのはこの男だろう。
直後に、声が聞こえた。
「どうやら、間に合ったみたいですね」
発言したのは長髪の男ではない。
この声には聞き覚えがあった。
興信所に電話してきた奴の声だ。
「…遅いわよ」
隣のレベッカが声を上げた。
なるほど、レベッカにシャドの事を伝えたのもこいつか。
「なるほどな。誰だか知らんが、あんたにしてやられたというわけか」
倒れたテーブルの向こうから、男が一人顔を出した。
この男も若い。金髪で短めに切ってあり、先程の男に比べると優男といった顔立ちだ。
「私はただ情報をあなたに渡しただけですよ。実際に行動したあなたが悪い」
苦笑しながらそう優男は言った。
どうやら、この金髪の優男が襲撃者達のリーダーの様だ。
襲撃役を率いたのは長髪サングラスの男の方だろう。
俺は溜め息を吐き、言った。
「煙草あるか?」

優男は片手で指示を出した。
長髪の男以外の黒服が即座に動き、俺とレベッカの縄を解く。
「まずは自己紹介と行きましょう。私はスタンリー・マクスウェイン。
 最近ロワイアルファミリーの幹部になりましてね」
「…それがあんたらの組織名というわけか」
正直どうでもいいし、すぐ手に入る情報だったが、一応確認してみた。
「ええ、そういう事です。こちらはジョニー・ケルズ。
ファミリーのスイーパーをやっています」
優男―マクスウェインは黒長髪の男を示してそう言った。
スイーパー。掃除屋。先程シャドの部下を射殺した手腕は伊達ではないらしい。

「で、あんたは何故俺達を利用したんだ?」
再び苦笑しつつ、マクスウェインは言った。
「一から説明しましょう。
まず、私は上司のサルヴァトーレ・マドヴィッグ氏より命じられ、シャド・デスペインを調べていたんですよ。
で、シャドが密かに偽名を使って街外れのアパートを借りていた事が判明しましてね。
そのアパートを調べていた所、半年ほど前にその隣室で殺人事件が起こっていることが分かりました。
その殺人事件を調べていた時、同じ事件を調べているあなた方の存在に気づいたというわけなんですよ」
ここまで説明されれば俺でも理解できた。
だから、マクスウェインの後を引き取った。
「だから俺とレベッカをここに突入するよう仕向けたってわけか。
大方シャドに俺たちが潜入する事を伝えてたんだろ?同じ幹部だしな。
で、捕まった俺たちを前にして上機嫌になったシャドが自白するのを待ったって事か。
どうせ事前にこの部屋に盗聴器でも仕掛けてんだろ?」
と、横から予想外の答えが返ってきた。
「違うわね、スティーブ」
「何?」
レベッカの方に視線を向けると、彼女が靴を脱ぐ所だった。
そして、靴の裏を弄ったかと思うと、踵の部分が外れて中の盗聴装置が露になった。
「あんたはその男に一方的に喋らされただけみたいだけど、私は違ったわね」
俺はうんざりしながら煙草の煙を吐いた。
つまり、レベッカはここに入る前にこの男と取引してたってワケだ。
先程の妙に馴れ馴れしい言葉もそのせいか。
「あなたは多分私が取引を持ちかけても乗らないだろうと思いましてね。
相方のご婦人に協力してもらいました」
「相方でも何でもないわよ。そこは勘違いしないでほしいわね」
正直どうでもいい。

だが、一つだけどうでもよくない事があった。
「おい、シャドの身柄は俺に渡せ」
「…やっぱりそう来ますか」
残念そうにマクスウェインは溜め息をついた。
おそらくこいつにシャドを渡せば組織内の地位向上の為に海の底にでも沈めるだろう。
マフィアなんてのは邪魔者を消したという事実さえあればいいのだから。
だがこっちはそうはいかない。
フレンチを死刑台から救うには証言のテープだけでは足りない。
本人の自白が必要だ。最も、それだけでも十分とは言えない可能性が高いのだが。

そこまで考えて、ふと疑問が一つ湧いて出た。
「…警察の捜査をどうやって打ち切らせた?」
本来シャドに訊くべき問いだ。だが、自然と口から出てしまった。
「ま、うちの組織には警察関係に顔が利く者も何人かいますからね。
シャドが手を回すのもあまり難しくはなかったでしょう」
そう言いながら、マクスウェインは傍らで失神しているシャドに視線を向けた。
周りではマクスウェインの部下の黒服がテキパキと散乱した破片や椅子・テーブルを片付けている。
ジョニー・ケルズはエレベーターの横に立ったままだった。
「何それ…マフィアが警察を操ってるって言うの…!?」
横のレベッカが信じられないような口調で言った。
俺の脳裏に、幾分悔しそうな顔をしたカーネルと、俺に情報を渡した時のエリスの微笑が浮かんだ。
「警察だけじゃありませんよ。この街の主要機関の殆どにうちの組織は絡んでいます。
例えば…マスコミや市政、それから銀行とかね」
マクスウェインの口調には、幾分楽しそうなニュアンスが混じっていた。
それで、俺は気がついた。
「…なるほど、以前から俺とレベッカの事はマークしてたわけか。
ヘンリー・フランクの件の頃から」
驚愕の表情で、レベッカは俺を見た。それにも構わず、俺は言葉を続けた。
「大方、ヘンリーが雇ってた殺し屋もお前らからの出向ってとこか?」

驚いた様子で、マクスウェインは俺を見つめていた。
「…どうやら、あなたは私の予想以上に危険な存在であるようだ」
「大げさな。ちょっとばかし人より考えるのが早いだけだろう。
で、どうなんだ?」
マクスウェインは、降参した様子で両手を上げた。
「その通りですよ、全部。
あの事件は…あなたにとっては事務所が大変な事になった事件でしたっけ」
面白そうにマクスウェインは笑った。
「顛末を聞いた時は笑いが止まりませんでしたよ」
…ブルースと同じような人間がこんな所にもいた事実に、俺は心底うんざりした。

「…そう、黒幕はあなた達だったのね…」
殺気を漲らせたレベッカの声が室内に響いた。
「ウィルを殺したのも…!!」
いつの間に拾っていたのか、レベッカは立ち上がると、マクスウェインに銃を向けた。
だが、引き金を引く前に、その銃は弾き飛ばされた。
いつのまにか、エレベーターの横にいたジョニー・ケルズが発砲していたからだ。

氷の様な視線を、ケルズはレベッカに向けている。
レベッカも、ケルズを睨み返した。
一触即発とはこういう事を言うのだろう。
レベッカの周囲にもう拳銃が転がっていなかった事が幸いだった。
落ち着いた口調で、マクスウェインは言った。
「…あなたの事も聞いていますよ、レベッカ・ミラー。
この前の事件では婚約者を失ったとか。
ですが、実際に殺した男も、その男に協力していたうちの組織の者も、もう逮捕されています。
その逮捕にあなたも関わった。その事件についてはもう終わっているのです。
どうか気を沈めてくださいませんか?」
マクスウェインを虚ろな目で見つめ、レベッカはしばらく黙っていた。
そして腰を下ろすと、顔を両手で覆った。
肩が震えている。
俺はレベッカの様子をしばらく窺った後、視線をマクスウェインに戻した。
「お前の組織自慢はもういい。それよりシャドの身柄について話を戻そう。
シャドが真犯人である以上、こちらが身柄を引き取らせてもらいたい」
困った顔に戻って、マクスウェインは言った。
「しかし、そうなると私は働き損という事になります。
結局あなた方が全部解決した事になってしまいますからね。
普通の幹部なら、あなたの意見など耳を貸さずにシャドを始末してしまうでしょう。
私だってそうしなければ組織の笑いものだ。
渡すにしても、このリスクに対するリターンが欲しいですね」
「実際俺達がいなければシャドから自白を引き出す事はできなかっただろう」
「ですが私達がいなければあなた方は今頃この世にはいないと思いますが?」
結局、水掛け論だ。これ以上踏みとどまってもマクスウェインは納得しないだろう。
顔こそ困った風を装ってはいるが、奴の方が有利なのは明らかだ。
確認できる出口は現在閉じているエレベーターのみ。まぁ、どこかに階段はあるだろう。
だが、エレベーターの横にはジョニー・ケルズがいる。
オマケに部屋を掃除し終えた二人の黒服も俺とレベッカの挙動を逐一観察している。
シャドを抱えて逃走するのはいくらなんでも無理だろう。
かといって、マクスウェインと取引できる材料も持ってはいなかった。

「つまりだ。俺たちとお前ら、両方いなければシャドを追い詰める事はできなかった」
「ええ、それはそうですが…?」
俺が静かに呟いた言葉に、マクスウェインは疑問の表情を浮かべながらも同意した。
「俺達は今回の事件に関わった全ての証拠とシャド本人の身柄が欲しい。
だがそれはお前らも一緒だ」
「…そうですね」
俺は、一か八か、賭けてみる事にした。文字通り。

俺は、分かりやすいように言ってやった。
「ここはカジノだ。そして今は夜更けだ」
「…あなたも中々面白い事を考えますね」
俺の言葉に、マクスウェインは笑みを浮かべた。

俺達は上階へ上がった。
そこには、マクスウェインの部下の黒服が何人もいた。
横たわっている黒服の方は、シャドの部下達だろう。
まぁ、両方とも同じ組織の人間だから見分けなどつかないのだが。
床のそこら中には血と穴の開いた札束、そして大破したテーブルの木片が転がっていた。
「既に客は私達が帰しておきました」
「…何だ、客も全員撃ち殺したのかと思ったぞ」
俺の後ろを、うなだれているレベッカ、無言のケルズ、失神したまま黒服達に両肩を担がれているシャドがいた。
「ええと無傷のテーブルは…ああ、ありました」
マクスウェインは一つのテーブルの前に立つと、その表面を軽く叩いた。
「で、何のゲームにします?あなたが誘ったんだ、あなたが決めてください」
余裕の表情だ。イカサマでも何でもしてくれと言わんばかりの。
が、そんなイカサマの方法など俺は何一つ持ってはいなかった。
「…ポーカー」
「いいでしょう」
俺はマクスウェインの向かいの席に座った。
「では、私はシャドの身柄をベットしましょう」
「俺はブレアが持ってたテープとレベッカの持つシャドの自供のテープだな」
その時、俺の隣にレベッカが座った。

マクスウェインは困惑の表情を浮かべた。
「何のつもりです?」
「シャドの自供のテープは私が持ってる。私は私の仕事をするだけよ」
そう言うとレベッカは、俺の方に敵意を帯びた視線を向けた。
「それにさっきも言ったけど、私はコイツと仲間なんかじゃないわ。
私が勝ったら全証拠品とシャドの身柄、それにあんたの持ってる情報も全部貰うわよ」
そんな事は流石にマクスウェインでも許さないだろう。
「…なるほど、つまり2対1ではなく三つ巴というわけですか。
いいでしょう。私は度胸のある女性は好きですから」
笑顔で即答しやがった。フェミニストめ。
渋々俺も答えた。
「…勝手にしろ」

「念の為に言いますが、分かってますよね?
あなた方がそれぞれテープをベットするという事は、自動的にワンゲームのみという事になる」
俺とレベッカは頷いた。
いつのまにかディーラーは黒服の一人がやっている。
マクスウェイン、俺、レベッカの順で、手元に5枚のトランプが配られた。
俺は手元の札を見つめ、自分にだけ見えるように少し札を捲った。
…今日は厄日らしい。
「カードの交換は3回までとしましょう。
勿論ですが、ワンゲームのみですから降りるのは無理ですよ」
俺の表情を読んだのか、マクスウェインが笑みを浮かべながら言った。
視線を横に向けると、レベッカも困った様な表情を浮かべている。
俺は、カードを4枚交換した。
マクスウェインは2枚、レベッカは5枚全て交換していた。
「いやはや、何と言うかこう…盛り上がりに欠けますねぇ」
大袈裟な身振りで言うマクスウェイン。札を捲りながら、俺は言った。
「盛り上がりはともかく、余裕なのはお前だけだろう」
また札を4枚交換しながら、俺はレベッカの様子を窺った。
今度は3枚交換していた。
「私はもう交換しなくて構わないですが、あなた方は?」
自分の札を確認して、レベッカは言った。
「私は、これで構わないわ」
「……」
俺はまた札を捲って見た。
一枚も揃っていなかった。
「交換だ。また四枚」
「これで最後ですよ、ハントさん」
微笑するマクスウェインを睨み返すと、俺は札が配られるのを待って、言った。
「どっちにしろこれで終わりだ」
「では、今回はルールがルールですし、手札は全員同時にショーダウンという事で」
そう言うと、マクスウェインは手札を全員が見えるように全て捲った。
それを見たレベッカも同じようにして捲る。俺も、意を決して捲った。


「で、結果は?」
「そこで都合よくいい札が出ればよかったんだがな」
警察署の取調室で、俺は事情を洗いざらい話していた。
向かいの席にはエリスが座り、俺の右後ろ、壁の隅にカーネルが立っている。
「ツーペア。9が二枚にジャックが二枚、スペードの3が余った」
「その…マフィアの幹部とミラーさんのは?」
「マクスウェインは全部ハートのフラッシュだった。数字は覚えてない。
 レベッカがスペードとダイヤのフルハウスだったな。こっちも数字は覚えてねぇ」
「…あなたも無謀な事するのねぇ」
エリスが椅子の背もたれに寄り掛かり、呆れたように言う。
「まぁ、結果オーライだったからよかったがな」
そう、レベッカが勝ったお陰で、シャドの身柄は無事警察に引き渡されたのだ。


満足そうに笑ったマクスウェインは、席を立った。
「ジョニー、帰るぞ」
ジョニー・ケルズは無言で頷いた。
が、奴以外の黒服たちがすかさず異議を申し立てる。
「いいんですか!?手柄を立てるチャンスですよ!?」
しかし、マクスウェインは落ち着き払って、言った。
「いいも何も、勝負はこのご婦人の勝ちだ。引き上げるぞ」
当のレベッカは呆然とマクスウェインを見つめている。
「本当にいいのか?これだけ弾薬使っといて手ぶらで帰っても」
俺の質問に、マクスウェインは意味ありげな微笑を返した。
「ええ、私は出世を急いでいませんのでね」
そして、来た時と同じようにマクスウェインの一派はカジノを去っていった。
後に残ったのは床に散らばる数々の死体と札束やらコインやら木片、そして無傷のテーブルの上に並ぶ三組のトランプ、テーブルの前に座る俺とレベッカのみだった。
ああ、あとその辺で縛られてるこの事件の元凶。
マクスウェイン達と入れ替わりに、警察が入ってきた。
どうやら随分前からこのカジノを包囲していたらしい。
そして、俺とレベッカは連行され、今に至るというわけだ。


俺は、テーブルの上に置かれたテープを眺めた。
レベッカが提出した、シャドが自白した時の録音テープだ。
「これも証拠だ。とっといてくれ」
俺はもう一つのテープを最初のテープの横に置いた。
被害者ジェスター・ブレアが貸し金庫に保管していたテープだ。
おそらくこれにシャドの動機となった密会の内容が録音されているのだろう。
「以上だ。後がつかえてるんでな、もう帰らせてもらうぞ」
俺は席を立った。

帰り際に、カーネルに呼び止められた。
「おい、探偵」
「何だ警部殿…」
二度目の拳打が俺の頬を撃った。
悲鳴を上げかけたエリスが急いで俺の身体を抱き起こす。
「人の命を賭けにしてトランプ遊びとはお前もいいご身分だな」
正直、返す言葉も出なかった。


警察署の駐車場で、レベッカは俺の車に寄り掛かっていた。
朝日が眩しい。もう日は随分上がっていた。
「いつものファミレスでマリーと会う約束をしたわ。
マリーに報告を済ませたら、約束通りあなたの持ってる情報を私に渡してもらうわよ」
忘れていなかったとは油断ならない奴だ。現時点で十分な情報持っている癖に。
渋々俺は首を縦に振った。
「で、どうなの?フレンチさんは助かりそう?」
俺は、エリスから突っ返された二本のテープを取り出した。
「警察に渡すと抹消される危険性があるとよ。
ダビングしてからもう一回提出する」
「…親切な刑事さんもいるのね」
ぶっきらぼうにレベッカは言った。
「…全くだな」
「で、フレンチさんは助かりそうなの?」
俺は疲れた頭で考えながら言った。
「まぁ少なくとも、圧力をかけていたシャドが現在留置場の中だ。
裁判がどう転ぶかは…弁護士の腕によるな」
「…そう、まぁ良かったわ。記事にもなりそうね」
そう言うと、レベッカは俺の車から離れ、自分の車に向かった。
だがその時、足を止め、振り返って言った。
「ねぇ、結局あの勝負は私が勝った…って事でいいのよね?」
「ポーカーのルールくらいお前も知ってるだろ」
まさか知らないという事はないだろう。役を完成させていたんだから。
「…ねぇ、訊きたいんだけど」
「何だ」
レベッカは、感情の読めない微妙な表情で、言った。
「あの時、あなた2回4枚のトランプ交換してたでしょう?
結局勝てなかったけど、何故一枚だけ残しておいたの?」
俺は適当に応えた。多分レベッカには面倒そうに聞こえただろう。
「…単なる勘か気紛れだ」
「…そう。何のカード残しておいたの?」
珍しく俺の態度に不機嫌にならず、レベッカは訊いた。
「…スペードの3」
我ながら何故そんなカードを残しておいたのか、未だに分からない。
レベッカもその様で、怪訝な表情をした後、車に乗り込んだ。
そして、もう俺の事は見もせずに、車で道路に消えた。
俺は、レベッカの車が消えた辺りをしばらく眺めた。
カーネルの言葉が、いつになく俺の頭に残っていた。



命の札・完


最終更新:2012年01月21日 23:37