太陽は、日差しを荒野に浴びせ続けている。
二つの影は交差し、再び地面に降り立った。
両者ともしばらくは動かなかったが、数秒後、その片方に変化が訪れた。
悲鳴も、苦痛からの呻きも無いまま、男は倒れた。
男と剣を交えたもう一人の男は振り返り、倒れた男をしばらく見つめる。
「ロード…」
熱風が吹き荒び、砂埃はいつまでもその場を覆っている。
勝者である男は、笑う事も、泣く事も無く、ただ視線を頭上に向けた。
風の強い日だった。
雲は時折空に出現しては、すぐに彼方へ吹き飛ばされていく。
西に傾いた太陽は、もうすぐ沈むだろう。
男は、自分に言い聞かせる様に、強い語調で言った。
「俺は…粛清官だ。
何人の仲間が倒れようと、何人の仲間が裏切ろうと、やる事は一つだけだ。
そこに感情など…必要無い…!」
男は視線を、敗者へ向けた。
そして、最後の一撃を加えるべく、倒れた敗者に近づいた。
そこで、彼は気づいた。
倒れた男―ロックマン・ロードは笑っていた。
虚ろな目で、ただ口元を歪ませ。
声を上げる事もなく。
「う…うおおおおああああああぁぁぁぁ!!!」
男は、震える手でビームサーベルを振り下ろした。
「クロウさん…?」
ジャックの言葉に、クロウは我に返った。
既に遺跡内に入って数十分が経過している。
どうやら遺跡の封印が解かれた事によって、遺跡全体が活性化しているらしい。
リーバードも、前に来た時より強い個体が多くなっている。
だが現在まで出てきたリーバードは、どれもクロウの力量ならばすぐに倒す事ができた。
そうして進むうち、どうやら頭の中がボーッとしていた様だ。
先程、今の追憶の中で殺した人物に再会したのだから、尚更かもしれない。
「(…やるべき事がまだ残っている。俺もしっかりしないとな…)」
クロウは片手で顔を叩くと、後ろのジャックに言った。
「足を速めるぞ。しっかりついて来い」
「ここが、封印が施されていた場所だな…」
二人は、前回クロウが辿りついた中央にディフレクターの台座のある部屋まで到達した。
クロウがリーバードの瞳を見つけた壁はそこには無く、代わりに廊下が続いている。
再び二人が進もうとした時、大きな振動が部屋の中を包んだ。
「…!」
「こ、これは…!?」
しばらく続く振動に、クロウはもう時間が無い事を感じ取った。
「ジャック、時間が無い。行くぞ」
「はい…!」
振動が収まる前に、二人は走り始めた。
振動の中を走り出した為、一瞬ジャックはよろけたが、すぐに体勢を立て直す。
そしてしっかりとした一歩で、今度はちゃんと走り出した。
「戦闘端末が六機か…十分だ。これだけあれば…」
「どうするつもりですか?」
初めて威嚇する様な眼で、神父はケフェウスを睨み、言った。
「これらの戦闘端末は、私だけがシステムに命令しないと動かないようにできています。
しかも、命令が出せるのは一機だけ。
同時に操る事など、六機どころか二機さえも無理な話です。
あなたに…何ができますか…!?」
「なるほど…フフ…」
ケフェウスは神父のほうに向き直り、言う。
「どうやら余程心配しているようだが神父、今のところは、どうするつもりなど無い。
ただこれらの戦力が私の支配下にある、この事実さえあればいいのだ。」
「…どういう事です?」
これまでは人質を取ってでも手に入れようとしてきた戦闘端末。
その目的を半ば達成した筈のケフェウスの返答に、神父は聞かずにはいられなかった。
「我々古き神々は、決して一枚岩ではないのだよ、神父。
現在我々は、各々が力をつけ、そして他を出し抜こうと躍起になっているのだ。
そうして全ての者を超える戦力を手に入れた者こそが、この世界を支配する。
神父よ、これら戦闘端末、全て私が掴む覇権の為、利用させてもらうぞ」
包帯の奥で、その眼が歓喜に輝いた様に見えた。
その狂気じみた言葉に、神父は絶句する。
その神父に追い討ちを掛けるように、ケフェウスは言った。
「…だがな神父。私が力をつけたことを他の神々に示す必要があるのだ。
確かお前の命令で動かせるのは一機と言ったな?」
「な…まさか……!」
操作盤に神父の背中がぶつかるほど、彼は狼狽し、あとずさっていた。
そしてケフェウスの無慈悲な声が、室内に響く。
「この町を、破壊しろ」
「で…できるとお思いですか?」
震えながら、神父は言った。
容赦無く、ケフェウスは返答する。
「思っていない。だがお前が娘を見捨てられるとも思わない」
ケフェウスの視線が神父から、横に抱えたミラに移る。
そして、視線を神父に戻すと、再び声を発した。
「選べ。町の者たちか、この娘か。さあ、どうする?」
その声は、明らかにこの状況を楽しんでいる風だった。
「1分やろう。答えを出せ。でなくば、目の前で娘がバラバラになるぞ?」
ケフェウスはミラを抱えた左腕を放した。
どさりとミラの身体がその場に落ちる。
一瞬ミラは呻き声を上げたが、意識が覚醒するまでには至らなかった。
神父の眼はケフェウスではなくミラの方へ行き、そしてそこから離れない。
しばらく、沈黙が続いた。その間も、神父の眼には苦悩の色がありありと見て取れた。
「あと10秒だ」
「くっ…!」
神父は眼を瞑り、片手を背後の制御盤へ置いた。
やり慣れた作業だったのだろう。
神父は眼を瞑っていたが、それでも片手の指は制御盤のボタンの幾つかを叩き続けた。
「フフ…いいぞ、それでいい」
だが、その時だった。
ガチャリと、部屋のゲートが開いた。
神父とケフェウスが同時に振り返る。
「間一髪、という所か…」
クロウとジャックが、遂にそこへ辿り着いた。
アーマーの各所にヒビが入っているが、クロウは平然としている。
対して、必死でクロウについてきた為か、ジャックは激しく息をしていた。
だが、親しい者の姿を見つけると、それも気にならなくなった様だった。
「ミラ!!神父様…!」
「ほう、ここまで辿りつくとは。私の部下は全滅したという事か」
クロウの姿を見ると、涼しい声でケフェウスは言う。
クロウはケフェウスを睨みつけ、言った。
「人質とは、神々が聞いて呆れるな」
余裕の口調で、ケフェウスは返す。
「粛清官は、交渉を円滑に進める方法など知らぬだろう?」
「交渉か…なら俺に対してもその方法を使うつもりか?」
薄く笑うと、ケフェウスは威圧的な口調で言った。
「いや、お前のお陰で人質の必要は無くなった。」
このケフェウスの発言には、流石にクロウも疑問を抱かずにはいられなかった。
「それは…どういう意味だ?」
ケフェウスは後ろにいる神父の方に眼をやると、言う。
「神父よ。先程言ったな。私が力を持った事を他の神々に示す必要があると。
しかし、どうやらその前に、お前に対しても私の力を示す必要がありそうだ。
そうすれば、人質などというまどろっこしい手段を使わずに済む。
お前の娘は返してやろう。その代わり、見ているがいい。
目の前で、お前への助けがこの私の手によって、捻り潰される様をな」
ケフェウスは突然、ミラを蹴り飛ばした。
神父の方へ飛ばされたミラの身体を、慌てて神父は受け止める。
「ミラ!!」
「…!!」
ジャックは、急いでミラの方へ駆け寄ろうとしたが、その肩をクロウの手が掴んだ。
「落ち着け」
クロウとジャックは部屋の入口付近にいる。
対して神父とミラがいるのは部屋の一番奥、制御盤付近である。
そしてケフェウスは部屋の中央に立っている。
ジャックがミラに駆け寄ろうとすれば、必然的にケフェウスに近づく事になってしまう。
クロウはケフェウスを警戒し、ジャックを行かせなかった。
ミラを見たままのジャックに、クロウは素早く耳打ちした。
「俺が奴…あの包帯男の注意を引き付ける。その隙にミラの元に急げ」
クロウの方を見なかったが、ジャックはかすかに頷いた。
それを確認すると、クロウはケフェウスの方へ向き直り、言い放つ。
「捻り潰す…か。やってみるがいい…!」
次の瞬間、二本の刀を抜き放ち、クロウはケフェウスに飛び掛っていた。
二本の刀は、ケフェウスの目前で止まった。
「なっ…!」
ケフェウスの両の腕が、二本の刀を受け止めていた。
その腕は全体が銀色の鎧に包まれており、指先は禍々しく鋭利な鉤爪となっていた。
「どうした?それで終わりか?」
「まだだ…!」
クロウは力を込めてケフェウスの腕を押し始めた。
その隙に、壁伝いにジャックがミラの元へ走って行くのをクロウは視界の端で捉えた。
「お前を殺した後、あの少年も殺すとしよう」
「何…!」
どうやら、最初から考えが読まれていたらしい事を、クロウは悟った。
「これでお前も気兼ね無く戦えるだろう?」
「貴様…!」
クロウは鋭くケフェウスを睨みつける。
「さて、そろそろ私の力を示さねばな」
ケフェウスがそう言った直後、凄まじい殺気を感じ、クロウはその場から跳び退いた。
次の瞬間、ケフェウスの両腕が巨大化し、クロウに襲い掛かった。
「何…!!」
手の形、そしてそれを覆う鎧、鉤爪となった指先まで全て同じ形のまま、まるで拡大されたかの如く巨大化したのだ。
だが、一瞬早くクロウが飛び退いていたのが幸いし、その手はクロウの目前で止まった。
「ふむ、勘は良い様だな」
感心する様なケフェウスの声。
しかし、そこでクロウが動きを止めたのは判断の誤りだっただろう。
次の瞬間、その巨大な掌から、大きな火の玉が発射されたのだ。
「!!」
避けようにも既に火の玉は目前。
クロウは咄嗟に刀を振ったが、火の玉は消えはしなかった。
「何…!!」
クロウの全身を炎が包んだ。
凄まじい熱さに、その場にクロウは倒れる。
ジャックの悲鳴が上がった。
「クロウさん!!」
満足そうにその光景を眺めるケフェウスの腕は、いつの間にか普通の大きさに戻っていた。
「呆気無い。この程度の者にオーゼスもクロイツも、シリウスさえもやられるとはな。
所詮は奴らも、私の足元には及ばなかったか。残念だ。さて…」
ケフェウスは倒れたクロウから、神父やジャックの方に向き直る。
「後始末がまだだったな」
ケフェウスはジャックに視線を向け、歩き出した。
「一つ…聞きたい…」
「ほう…」
ケフェウスは後ろから響く声に、感心した様な声で振り返った。
そこには、アーマーの各所に焦げ痕がつきながらも、立ち上がるクロウの姿があった。
黒いスカーフさえも、端が焦げているが炎は上がってはいなかった。
「なるほど、あの程度の炎ではビクともしない様だな」
ケフェウスの言葉を無視し、クロウは言った。
「お前の部下は…オーゼスとクロイツという名だったか…。
あれは一体何だ?リーバードでも、ただの人間でも、お前の同類にも見えなかった」
「ふふ…こんな所でそんな疑問を口にするとはな。
どうやら満身創痍でまともに頭も働かないらしい。
いいだろう。死ぬ前に一つ、疑問に答えてやる」
ケフェウスはクロウの方に向き直ると、話を始めた。
「『アレら』は…元々デコイであった者達だ」
滑らかに、ケフェウスの言葉は続いた。
「デコイ思考能力は機械の様に完全ではない。
自ずと奴らが形成する社会に溶け込めず、孤立する個体も出てくる。
例えばクロイツの様な、周りの者に陥れられ、社会的に抹殺された不幸者。
或いはオーゼスの様な、リーバードだけでは飽き足らず、人間までも手に掛ける戦闘狂。
そういう者達を我々は選び、そして手駒として肉体を作り変えるのだ」
そこまで言い終えると、一旦ケフェウスは言葉を切り、そして改めて、言った。
「いかな粛清官のお前でも、彼らには苦戦したろう?
我々古き神々の手駒は、全てそういう者達なのだ。」
ケフェウスは再びクロウに向かって、右手をかざした。
「さて、そろそろ終わりにしようか、粛清官。」
今度は腕を巨大化させずに、しかし火の玉は先程の数倍も大きく、掌に増幅されていた。
「クロウさん、逃げて!!」
必死なジャックの声が響く。
しかしこの時クロウの頭には、オーゼスとクロイツの事が浮かんでいた。
「(そうか…あれが…神々に利用された者の末路というわけか…!!)」
クロウは、一気にケフェウスに向かって、走り出した。
二本の刀を構え、殺気の篭もった眼で、ケフェウスを睨みつける。
「馬鹿め、死ね!!」
ケフェウスの腕から、火炎弾が撃ち出された。
「…!!」
クロウは再び勢い良く、二本の刀を振った。
「そんなもの、効くと思うか!!」
火炎弾はクロウに着弾する前に幾つかに分断されたが、全てクロウの身体に当たった。
再び、クロウの身体が炎に包まれる。
だが、それでもクロウは走り続けた。
「はあっ!!」
クロウは炎を纏ったまま、刀を振り上げ、ケフェウスに叩きつけた。
「そんなものが…通用すると思うか!!」
ケフェウスの左腕が瞬時に巨大化し、勢い良く振るわれる。
その勢いは刀を二本とも受け止めただけではなく、更にクロウを身体ごと吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
だが、攻撃はそれだけではなかった。
更に続いてケフェウスの右腕も巨大化し、吹き飛ぶクロウの足を掴んだのだ。
「これで…終わりだ!!」
ケフェウスは、クロウの身体を振り回し、地面に叩きつけた。
「が…はっ…!!」
たまらず、クロウは口から少量の血を吐いた。
頑丈な筈の遺跡の床はへこみ、辺りに床の破片や、埃が舞い散る。
「くっ…そおおぉぉぉ!!」
拳を握り締め、ジャックはケフェウスに向かって走り出した。
だが、それを押し留めるように、クロウの声が響く。
「来るな!」
反射的に、ジャックの足が止まった。
「まだ俺は死んではいない」
口元の血を拭い、クロウはそう言う。
未だクロウの足を掴んでいるケフェウスは、笑った。
「フフフ…その状態でよく言うな。
だが、そろそろ私も飽きてきた。終わりにしようか。」
「!!」
次の瞬間、再びクロウを掴む足に力が入り、身体が引っ張られた。
「今度は確実に…死ね!!」
ケフェウスはクロウを振り回すと、頭上に放り投げた。
「くっ…」
その力は凄まじく、クロウの身体は天井付近まで投げ飛ばされる。
間髪入れず、ケフェウスは両腕から無数の火の玉を、クロウに向かい撃ち出した。
「もう…その炎の性質は理解した」
呟く様にそう言うと、クロウは空中で体勢を立て直し、天井に足をついた。
「何…?」
少しばかりケフェウスの口調に驚きが加わる。
既にクロウは瀕死状態に近いと思っていたからだ。
クロウは天井を蹴り、高速で落下した。
そして、左腕を曲げ、前方に掲げる。
「これはあまり…使いたくなかったんだがな…!」
次の瞬間、クロウの身体が発光した。その様に、ジャックには見えた。
だが、そうではない。クロウの前方に、エネルギーシールドが出現していたのだ。
それは、ディグアウター達が使う、シールドアームと呼ばれる装備だった。
炎はいずれも、そのシールドに阻まれ、クロウに着弾することなく消えていった。
「ほう…そんな装備を持っていたとはな。だが…これで終わりだ!!」
ケフェウスは右腕を巨大化させると、五本の指先を一点に集中させた。
まるで巨大な槍の様になったその右腕を、ケフェウスはクロウの方に向ける。
「死ねぇっ!!」
クロウは、シールドアームを解除すると、刀を交差させ、振り上げた。
そして、一気にケフェウスの右腕に突撃する。
二本の刀の斬撃は、巨大な腕の先端に炸裂した。
それは、一瞬の出来事だった。
まず、クロウの両腕に激しい痛みが走った。
一瞬ぐらついた視線を前に向けると、ケフェウスの右腕の爪に、次第にヒビが入っていた。
「な…ぐあぁ!!」
二本の刀はケフェウスの腕を斬り砕き、そのまま身体に斬撃を与えた。
ケフェウスの、顔に巻かれた包帯、そして身体に纏った黒装束に切れ目が入る。
次の瞬間、ケフェウスの身体から大量の血が噴出した。
「ぐう…」
肩から地面に激突したクロウは、すぐさま転がり、ケフェウスから離れる。
そして地面を蹴って飛び上がると、着地し、立ち上がった。
「馬鹿…な…」
ケフェウスは、しばらく身体から血を噴出させた後、その場に倒れた。
それを確認すると、気が抜けた様にクロウはその場に膝をつく。
だが、未だ油断せず、ケフェウスの方には注意を払っていた。
ふとそのケフェウスの後方を見ると、三人の姿が見えた。
ミラは、まだ気絶したままの様である。
ジャックは、クロウが勝った事よりも、凄惨な状況のケフェウスの方に気を取られていた。
神父はミラを抱きながら、あまり感情の篭もらない眼でこの光景を眺めている。
だが、その表情を見ると、かすかに安堵している様だ。
ケフェウスは、動かない。その場に血溜まりを作っているだけである。
だがクロウは油断しなかった。
普通の人間なら致命傷だろう。だが相手は『古き神々』を名乗る者だ。
警戒し過ぎるあまり、クロウはその場から動けなかった。
まず最初に動いたのは、神父だった。
おもむろにミラをジャックに任せると、ケフェウスの身体に向かい、歩き始めた。
そして、まだ距離があるところで立ち止まると、クロウに視線を向け、言った。
「古き神々…本当にこれで死んだのかどうか…どう思います?」
クロウはケフェウスに視線を向けたまま、言った。
「油断はできないな…離れていた方がいい」
「確かに…油断はできませんが…しかしとどめは今しか…!」
神父の顔には、焦りに似た色が含まれていた。
この一ヶ月間ずっと脅迫されていたのだから、当たり前なのかもしれない。
だがしかし、次の瞬間、事態は変化した。
「誰にトドメを刺すというのだ?」
急に音も無くケフェウスが立ち上がり、神父の首を掴んでいた。
この間のその動作速度は、神父が反応できないほどのものだった。
「何だと…!?」
「ぐ…う…!」
ケフェウスは神父の首を掴み、高々と掲げると、その眼をクロウに向けた。
赤く光るその眼は、明らかに怒りの感情で満ちていた。
「ふん…!」
ケフェウスは、神父の身体をモニターの方へ投げつけた。
凄まじい力で投げつけられた神父は、モニターにぶつかり、地面に落ちる。
「神父様!!」
ジャックはミラを抱えると、神父の方に駆け寄る。
まだ息はある様だが、その顔には苦痛の色が表れていた。
「粛清官…この私にここまで傷を負わせるとはな…!!」
「まだやる気か。その傷で何ができる」
冷たいクロウの声に、ケフェウスは荒い息を吐きながら、言った。
「まさか、これほどの力があったとはな。
私の部下を全て倒したのも頷ける、と言っておこうか。
そして…後悔するがいい」
「何?」
ケフェウスは、自身の顔に巻かれた包帯の切れ端を手に取った。
先程の斬撃で切れ目は入っていたが、未だその顔の全容は分からなかった。
だが、今ケフェウス自身の手で、その顔が開放されようとしていた。
「!!!」
クロウが、ジャックが、神父が。その場の誰もが、息を呑んだ。
『そんなにおぞましいか。粛清官よ…』
顔中に、無数のリーバードの瞳。
耳も鼻も口も、頭髪までも無く、ただその顔には無秩序にリーバードの瞳が並んでいた。
クロウの反対側にいるジャックと神父も驚愕しているという事は、頭の裏側までそうなっているのだろう。
そして今、その瞳が一斉に輝いた。
「くっ…」
眩く光る紅の閃光に、クロウは腕で眼を庇う。ジャックと神父もそうしていた。
その光は益々強くなり、ついに部屋全体を覆った。
「な…」
クロウは、驚くしかなかった。
神父もジャックも、ただただ驚愕の色に染まっていた。
銀色の、三つ首の竜。
部屋全体を覆わんばかりのその姿に、クロウはただ唖然とするだけだった。
先程のケフェウスの巨大化した両腕は、この怪物の、四本の足の一部だったのだ。
翼は無かったが、鞭の様に細く、長い尻尾は途中から二つに分かれている。
全身は銀色に輝き、その上に赤く光る幾何学模様が輝いていた。
三つの竜の顔は、それぞれ口から白い息を吐きながら、クロウを見据える。
次の瞬間、三つの頭は、その巨大な口を大きく開き、咆哮した。
その部屋に、凄まじい高音が響いた。
その場にいた誰もが咄嗟に自分の耳を塞ぐ。
クロウは、静かに刀を納めると、その場に膝をついた。
諦めたわけではなかったが、この事態を打開する術が全く見つからなかった。
「(くそ…あの姿から察すると、全身があの腕と同じ位の防御力があると思うべきか…。
どうする…どうすればいい…!!)」
先程ならば、天井付近からの落下による重力の上乗せがあったからこそ破れた装甲。
しかし、オーゼス、クロイツ、ロックマン・ロード、そしてケフェウスと連戦を続けたクロウは、既に体力ももう底をつきかけていた。
だがクロウは、神父とミラ、ジャックの姿を一瞥すると、力を奮い起こし、立ち上がる。
「(いや…ここまで大きければ小回りは効かない筈だ…!)」
クロウはすぐさま走り出した。
目標は、斜め前方の右前足。
まずは土台を崩し、それから頭を狙うつもりだった。
だが、そこに行くまでに一つ、障害があった。
右の頭。その赤い瞳はすぐさまクロウの姿を確認すると、口を開けた。
その口から、巨大な火炎弾が発射された。
「っ!!」
その大きさは、先程クロウが喰らった火の玉の比ではない。
クロウはすぐさまシールドアームを起動した。
「ぐっ…!」
だが、先程とは桁違いの大きさと威力であったらしい。僅かの炎がシールドを超え、クロウの腕を焼く。
だが、この程度ではクロウのアーマーの内部までは届かない。
クロウは遂にケフェウスの足に到達し、その足首に刀を振り下ろした。
「が…はっ…!!」
その刀が、巨大な足に当たる事はなかった。
ケフェウスの前足はクロウが来たのを察知すると、勢い良く前方に足を振ったのだ。
すなわち、実に無造作な蹴り。
だがそれは鋭角的な爪をクロウの腹部に食い込ませ、そのまま身体を持ち上げ、吹き飛ばすほどの威力があった。
たったこれだけの動作で、クロウは勢い良く遥か後方の壁に叩きつけられた。
「(駄目だ…桁違い過ぎる…)」
壁から背中が離れ、そして身体は地に伏す。
全身、そして爪が突き刺さった腹部からは特に、激痛が走った。
刀は、とっくに手から離れ、どこかへ飛んで行ってしまっていた。
ジャックの悲痛な声が、遠くから聞こえる。
「(ここまで…なのか…)」
クロウは身体に力を入れるが、指一本動かなかった。
神父は、重苦しい気分で目の前の状況を見つめた。
クロウが壁に叩きつけられ、程無くして倒れる。
三つ首の竜となったケフェウスは、その巨体のまま、ゆっくりとクロウに近づいた。
このままでは、間違い無く嬲り殺されてしまうだろう。
傍らのジャックは地面に手をつき、泣き出してしまっている。
自分の非力さを嘆いているのだろう。
もう、選択肢は無かった。
神父は背後の制御盤の方へと向き直ると、幾つかのボタンを叩き始めた。
そして呟くように、かすかな声を発した。
「…最下層に侵入者有り。危険度を最高レベルと認定。
一等司政官ロックマン・ハウエルの名において、戦闘端末を起動する…!」
瞬間、静かに遺跡全体が振動し始めた。
先程から、封印を次々に解放した為に、遺跡全体に振動を連続して起こす事となってしまっている。
上の町は少しばかりパニックになっているかもしれないと神父は思った。
ジャックは振動に気づき、周りを見回した。
ミラは未だ気を失っているが、振動によってかすかに呻き声を発したのを見ると、どうやら覚醒は近い様だ。
そして当のケフェウスもようやく振動に気づき、一本の首の眼が真っ直ぐに神父を捉えた。
威圧する様な視線が、神父に向けられる。
だがそれにも意を介さず、遂に神父は最後のボタンを押し終えた。
そして、次の瞬間。
神父たちのいるモニター側に近い、右の壁から、大きな手が伸びてきた。
その手は壁を掴み、そして本体が姿を現す。
全身にリーバードの瞳が宿った、灰色の戦闘端末。
それは壁の格納されていた部分から這う様に出てくると、地面に降り立った。
完全にケフェウスの注意はそちらに向き、戦闘端末に身体が向く。
三本の首は威嚇する様に呻き、殺気を辺りに発散した。
「クロウさん!!」
ケフェウスがクロウから注意をそらしたのを見て、ジャックは走り出そうとした。
しかし、腕を神父に掴まれ、動き出す事はできなかった。
抗議じみた視線と共に振り向くジャックに、諭す様に神父は言った。
「今迂闊に動いては命を落とします。大丈夫、必ずチャンスはある」
そして、再び制御盤に向き直ると、神父は再びボタンを押した。
次の瞬間、戦闘端末が動き出し、ケフェウスに突進を始める。
咄嗟に三本の首でそれを抑えようとするケフェウスに、神父は落ち着いた声で、言った。
「これの他にあと五体。あなたに…逃げ場は無い…!!」
最終更新:2012年01月21日 23:26