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「やあ、ドクター」
大広間の様な広い部屋に、声が響く。
声の主の男は部屋の中に入ると、中央に置かれた椅子に座った。
男は、部屋の奥に存在する『物体』を見上げる。

そこには、何本ものチューブに繋がれた、巨大な銀色の球体が鎮座していた。

球体は各所から光を放ち、室内に声を響かせる。
『来たか、クロノス』
肘掛けに片肘をつき、足を組んで、クロノスと呼ばれた男は口を開いた。
「…思えば、貴方とはこれまで、色々な論争を繰り広げたね。
大半は私の負けか、途中で有耶無耶だった」
『…そうだな』
眼を細め、クロノスは言った。
「それらを振り返りながら、私は考えたよ。
貴方はきっと、後継者など望んじゃいない。
これまで私に色々な事を教えてきたのも、私に望みを叶えてもらいたいだけだ」
『ほう…何故そう思う?』
クロノスは、声を上げて一頻り笑うと、言った。
「貴方のミスは、私と長く付き合い過ぎた事だ。
だから私は貴方の本質に、気づいてしまったんだ。
貴方が…『滅び』を望んでいる、という事にね」
部屋の主は、黙ったままだった。
「だから私は、貴方のするであろう行動を予測する事ができてしまった。
そして…『それ』を利用する事ができた。全て、貴方のお陰だよ」
『何…』
次の瞬間、銀色の球体から異様な音が響き始めた。
『ガッ…ガアアアアアアァ!!!!』
その叫びは部屋中に響き続けていたが、不思議とクロノスの声は室内によく通った。
「先日、貴方が密かに私に投与していたウィルスを、私が独自に改良したものだ。
今の貴方では防ぐ手段など無い。
だが安心してくれ。私が改良したものは、貴方を狂わせたりなどしない。
ただ、貴方の人格を消去するだけだ」
『クロノス…き、貴様ァ!!』
いつの間にか、クロノスの顔には、狂気の溢れ出るような笑みが張り付いていた。
「ドクター、貴方の持つ憎悪、そして狂気は凄まじい。凄まじ過ぎるくらいだ。
貴方に比べれば、私の持つそれらなど、幼稚で矮小なものと言っていい。
だがそれでも、その僅かな狂気を持ち合わせていたお陰で、私は貴方の本質を見抜くことができたんだ」
クロノスは笑みを消し去り、立ち上がると、再度口を開く。

「だがね、私は、既に今の貴方は『元の』貴方とは別の存在に成り果てていると考える。
数百年、いや数千年かな?その年月が、貴方の憎悪を、狂気を熟成させ続けた。
結果、今の貴方は肉体を捨て去る以前の貴方とは全く違う人格となってしまった。
そう思えてならない」
部屋の奥の球体は各所から煙を噴き、異様な音は益々大きくなる。
球体の表面からは、強烈な光が明滅を繰り返している。
部屋の主は、最期の力を振り絞るような声で、言った。
『この…愚か者がぁ…!!』
再び、クロノスの顔に狂気の笑みが現れ始めた。
「ああそれと、先日の貴方の提案、答えはイエスだ。
喜んで受け取らせてもらうよ。貴方の全財産を。知識、技術、そしてその狂気も。
だが憎悪だけは受け取れないな。貴方の操り人形となる事だけは絶対にできない」
クロノスの言葉が終わる頃、室内の異変は治まりつつあった。
部屋の主である球体からは一切の光が無くなり、言葉を発する事もなくなっている。
いつしかクロノスは、俯いていた。
「…しかしながら、貴方のお陰で私は、零から未知数の力を得るまでになれた。
貴方には感謝しても、し切れないよ。だからこそ残念だ」
クロノスは静かに、顔を上げた。
「フフ……クハハハハハハハハ!!ハーッハッハッハッハ…!!!」
室内に、哄笑が響く。一頻り笑い声を上げたあと、クロノスはポツリと言った。
「…本当に、長い付き合いだったね」
その瞳から一筋、涙が流れた。


肩を叩かれ、ノアは眼を開いた。
叩いたのは、傍らのゼゼだった。
「お疲れですか?」
「…懐かしい夢を見たよ」
「夢…ですか?」
ノアは顔をゼゼの方に向け、笑いかけた。
「君達リーバードは見ないかね?」
「ええ。どのような夢を?」
ノアはボーっとした顔で、目の前の何も映らないモニターを眺めながら、言った。
「懐かしい恩師の夢だ」
「恩師…ですか?」
ゆっくりと頷くと、ノアは言った。
「彼を看取ったのは、私だった。安らかな最期…とは言えなかったけどね」
「そうですか…もうすぐロックマン・ミラージュが来ます」
一転して報告口調になったゼゼの言葉を聞き、ノアの顔にいつもの微笑が戻ってきた。
「…そうか」

ノアのいる研究室の、一辺の壁の隅から、不意に廊下が現れた。
そこから、クロウ・エリュシオンが歩いてくる。
ノアは椅子ごと振り返り、クロウを見つめた。
「全て終わったよ。君が寝ててくれたお陰でね」
「このっ…!!」
怒りの形相で、クロウは拳を握るが、振り上げはしなかった。
一旦静かに深呼吸すると、クロウは言った。
「どうなった。デコイは皆死んだか」
「いいや。トリッガー君が勝ったよ。人類再生プログラムは実行されなかった」
ノアの答えを聞き、クロウは深く息を吐いて、その場に座り込んだ。
「よかった…」
「それがそうでもないんだよね」
ノアの言葉に、クロウは顔を上げた。それを確認し、ノアは言葉を続ける。
「『古き神々』が蘇った」
「古き……神々?」
訝しげな表情のクロウの顔を見ながら、ノアは言葉を続けた。
「そう。その昔、ヘブンが封印していた輩達だよ。
まぁ、大層な名前がついてるが、その姿形は大して私達と変わりない。
ただ…強力な戦闘能力を持った者がいるだけさ」
「今度はそいつらがデコイを脅かす…という事か?」
クロウの言葉に、ノアは笑みを浮かべた。
「理解が早くて助かるよ、ミラージュ君」
ノアは立ち上がると、モニターを眺めた。
そこには、世界各地の様々な地域の映像が映っている。
ノアは振り向かずに、静かに言った。
「今回の件は、流石に私もすまないと思っているよ、ミラージュ君。
お詫びとして、君の質問に一つだけ答えてあげよう。何がいい?」
クロウは立ち上がると、決然とした表情で、言った。
「『古き神々』の詳細が知りたいが、その前に気になることがある。
ノア、お前だ。お前は、一体何者…」
「それを聞けば、もう後戻りはできなくなるよ」
ノアは、クロウの言葉を遮って、そう言った。
振り向いたノアの表情は、いつになく真剣だった。

数秒間沈黙が辺りを包んだ後、クロウは拳を握り、大声で言った。
「ふざけるな!これだけ巻き込んでおいて、今更後戻りできないだと!?
人を馬鹿にするのも大概にしろ!!」
ノアは、クロウの言葉を聞き、吹き出した。
「フッ……ハッハッハッハッハ…流石だね。いいだろう、全て話そう」


「ではミラージュ君、それにゼゼ、ついてきてくれ」
そう言うと、ノアはデスクを離れ、部屋の壁に向かって歩き出した。
クロウは訝しげな表情で、数秒遅れてノアについていく。
横のゼゼを見ると、こちらも疑問の表情をしていた。
どうやらゼゼも何も知らない様だ、とクロウは推理した。
ノアが壁に近づくと、先程と同じ様に、壁から廊下が現れた。
「歩きながら話そう」
照明の照らされている真っ白な廊下は、どこまでも続いていた。
そこを歩きながら、ノアは話を始めた。
「事はおよそ3千年前から始まる。ヘブンがまだ建造途中だった頃の話だ。
ヘブンを主導していたオリジナルの人間…つまりマスターの様な者の事だね。
そのオリジナルの人間達の支配に、抵抗した者達がいた。
彼らはその強大な戦闘力でヘブンの者達と互角に戦った。
その戦火は凄まじく、地球環境が一気に汚染されてしまう程のものだったそうだ。
オリジナルの人間がマスター一人になったのも、その戦争が原因だよ」
ノアの話は、クロウとゼゼの二人を驚かせるには十分過ぎるものだった。
「な…何故お前はそんな事を知ってるんだ!?」
前方を歩いているのでノアの表情は見えない。ノアは話を続けた。
「話には順序と言うものがある。その事については後で話すよ。
で、結局その戦争はヘブン側が勝ち、抵抗した者達の大部分は封印するか、殺された。
ヘブン側はその戦争を忌まわしく思い、抵抗者達を、畏怖を込めてこう呼んだ。
『古き神々』とね」
「それが…古き神々…」
クロウは、ふと気づいた。自分達の歩く廊下が、ほんの少し下り坂になっているのを。
ノアの話は続く。
「ここからが重要な所なんだがね、戦争というものは、集団と集団の戦いだ。
集団が集団となり得るのは、個々が纏まっている事が最低条件だ」
このノアの話に、クロウは口を挟まずにはいられなかった。
「…何が言いたい?」
「つまりね…いたんだよ。古き神々を纏める存在が。
古き神々たちを、たった一人で纏め上げた指導者が」
そこで、急に廊下が終わった。
間近に来るまで全く気づかなかったが、廊下の最後には灰色の扉があった。
ノアが、扉を開ける。
扉の向こうは―

「その者は…『古き神々の王』と呼ばれた」
広大な地底湖が広がっていた。


「い…一体なんだ?この地底湖は」
足元は黒い岩でできた崖となっている。
その遥か下に、黒い湖が見えた。
「君らは全く感じなかった様だがね、ここは、先程の研究室よりもかなり地下深くに位置するんだよ。」
「何…?」
ノアは振り向くと、微笑を浮かべて言った。
「私の足跡を正確に辿ってきてくれ。でないと落ちるよ」
ノアは、目の前が崖っぷちだというのに、躊躇せずに歩き出した。
だがその身体は落下せず、宙を歩き続ける。
「…無茶苦茶だな!!」
クロウは、ノアの足があった場所を覚えているうちに、足を踏み出した。

およそ一時間、歩き続けた。
クロウもゼゼも、今のところは幸い足を踏み外さずに済んでいる。
ノアは、彼らの苦労を察したのか、話をしなかった。
「やっと見えた。あそこがゴールだ」
ノアは、視線の遥か先を指差した。
ノアの身体のせいでよく見えなかったが、クロウはどうにかその場所を見る事ができた。
そこには、半円形の扉の様なものが見える。

「…これは…何かの暗号か?」
やっとの事でその場所に辿り着くと、その扉に彫られた文字を見つけたクロウが呟いた。
それを聞いて、ノアが答えた。
「ああ、この文字か。長い年月のうちに削られてしまったようでね。
もはや、最初何と書いてあったのかは分からないよ」
ノアの言葉に、クロウは疑問を浮かべた。
「ここはお前が作ったんじゃないのか?」
扉を手で押し開けながら、ノアが答えた。
「違うね。私はここを発見しただけさ」

中は白塗りの壁・床・天井で、まるで図書館の様だった。
円柱形の室内は、入口を除けば壁の全てに本棚が置かれ、隙間無く本で埋められていた。
「ええと確か…最短ルートはここだったかな…」
ノアは、手近な本棚の前まで行くと、一冊の本を取り、別の本と場所を入れ替えた。
すると、その本棚は消失し、その先に廊下が現れた。
ノアは、その廊下を進み始めた。クロウとゼゼもそれについていく。
「ここは…一体何なのですか?」
ゼゼの質問に、振り返らずにノアは答えた。
「まぁ、少し待ってくれ。それを説明する前に、君達に紹介したい人物がいる」

同じ様な本棚の部屋が幾度も続き、その度に同じ方法でノアは道を開いた。
そして、それが何度続いたか分からなくなった頃に、急に全く違う様相の部屋が現れた。
「…!!」
その光景を見た瞬間、クロウは一瞬全身の鳥肌が立つのを感じた。
本棚など一つも無い部屋の中。

その中央に、白い棺が置かれていた。

「これは…一体…?」
疑問の声を浮かべるクロウを他所に、ノアは棺に近づくと、ゆっくり手招きした。
クロウとゼゼは、その棺の近くまで歩いていった。
近くまで行ってみると、その棺の顔の部分だけは、透明な窓になっているのが分かる。
ノアは、その小さな窓を指差した。
訝しげな表情をしながら、クロウとゼゼはその中を見た。
「…!!」
二人とも、声こそ出なかったが、酷く驚いた。

中には、一人の少年が入っていた。

顔しか見えなかったが、長い金髪に白い肌をした、整った顔の幼い少年だった。
まだ10代にも満たない様に見えるその少年は、瞼を閉じ、眠っている様に見えた。
「ノア様……これは…一体……」
「ノア、こいつは何者だ…!?」
ノアはその棺に片手を乗せると、クロウとゼゼに向かって言った。
「彼は古き神々の一人、『イデア』」
「古き神々…こいつが…!?」
クロウの声に、ノアは静かに頷く。
「そう、彼は古き神々の一人。そして今はこうして、この私が封印している」
「…どういう事ですか?」
ゼゼも流石に、これには質問をせざるを得ない様だった。
「彼はね、古き神々達を裏切ったのさ。
そしてある事情から、私は彼を封印しなければならなかった。
それから三千年間、彼の身体を私は保管してきた」
「何故お前がそんな事を?」
今度の質問はクロウが行った。ノアは相変わらず微笑を続けながら喋っている。
「私も同じ、古き神々の裏切り者だったからさ」
「何…!」
静かに、ノアは言った。
「昔は『クロノス』と呼ばれていたよ。今はそんな名を知る者はいないがね」


「では…お前が所有する科学力は、古き神々とやらの力によるものなのか?」
ノアは首を振った。
「いいや、全く違う。私は古き神々とは名ばかりの、何の力も無いただの人だったよ。
身体の構造だって、今のデコイや、ミラージュ君ともあまり変わらなかったさ」
ノアの答えに、クロウの疑問は更に深まった。
「じゃあ、お前の力は一体…?」
「答えは先程の部屋にある」
ノアは、事も無げに答えた。
そして、この部屋に入ってきた廊下の方へ、視線を向けた。
「…あの沢山の本が答えだと?そもそもここは誰のものだったんだ?」
「順序立てて話そう」
ノアは立ち上がると、部屋の中を歩き出した。
「私は最初、古き神々とヘブンとの戦争の最中、避難場所として造られた施設にいた。
そこで今のように研究をしていたわけだ。その頃も一介の科学者ではあったからね。
私もイデアも、その頃は必死だったよ。
裏切り者である私達が見つかる可能性は、その場所ではかなり高かったからね。
で、良い隠れ場所はないかと地下の探索を必死で行っていたんだ。
そうしたら偶然、ここを見つけた。ここの主人は、『彼』だった」
ノアは、部屋のある一点を指差した。
そこには、黒く重々しい扉が存在していた。
クロウとゼゼが疑問の声を上げる間も無く、ノアはその扉に向かって歩き出した。

「!!!」
今度は、本当に驚く番だった。
扉の先には、広大な空間が存在している。
壁も床も天井も、先程までの部屋とは逆で、真っ黒に塗られていた。
そして、彼らが入室すると同時に点いた照明。それが、この部屋の全貌を明かした。
部屋の奥の、直径30mはあろうかという巨大な球体を。
「あれは…一体…」
それしか言葉を発する事のできないゼゼに、ノアは笑みを浮かべた。
「アレはね、精巧に作られた…電子頭脳さ」
「!!」
ノアの答えに、クロウもゼゼも驚きを隠せなかった。
クロウはその球体―電子頭脳を凝視しながら、疑問の声を上げた。
「一体…何の為にこんな所に…?」
「実は私にも、未だに正確な正体は分からないんだよ。
だが一つだけいえるのは、私は『彼』の知識と技術を『相続』した」
クロウは、これまで通ってきた本ばかりの部屋を思い返した。
「あれらが…全部そうだって言うのか?」


ノアは少しばかり苦笑しつつ、言った。
「あれらはほんの一部さ。
私がここまでになる為には、あれの何百倍もの本を読む必要があったよ」
部屋の中央にポツンと置かれた一脚の椅子に近づくと、ノアはそれに腰掛ける。
そして、巨大な電子頭脳を見上げた。
「『彼』はね…自分の知識を後世に伝える為、書物にして残していたと言うんだ。
そして、脆弱な肉体を捨て去り、電子頭脳として生き続けていた…と語っていたよ」
「だが…今は何も話してはいないぞ?」
電子頭脳を眺め、クロウは言った。
ノアは笑みを浮かべたまま、喋り続けた。
「まず、ここを見つけた私は、逃げ込んだ。イデアと共にね。
そして、地上の様子を逐一観察し続けながら、ここの書物を読んでいたよ。
戦争の終わりが来て、ヘブンが勝った。だがね…私は地上には出なかったよ」
「何故だ?」
「分からないかね?私もイデアも、裏切ったとは言え元は古き神々の一員。
戦争が終わった後にノコノコ出て行っても、ヘブンに裁かれるだけだったろう。
それに…私の目的はまだ達成されていなかった」
ノアは、意味深な表情を顔に浮かべた。

クロウは眼を細め、ノアに問いかけた。
「お前の目的とは?」
「流石にそこまではまだ、詳しい事は言えないな。
だが近い答えとして、古き神々を全滅させる事…と言っておくかな」
その答えに、当然ながらクロウはあまり納得が行かなかった。
だが、それ以上追求する気にはなれなかった。
「話を続けるよ。
で結局、ヘブンが地上を支配している間は私も地上に出られなくなったわけだ。
しかし、大半の古き神々は封印されただけで、まだ生きている。
だから、私は彼らの封印が解けるまで、ここで気長に待つ事にした」
「その間にここで色々な事を学んだ…と?」
クロウの言葉に、ノアは少しだけ頷いた。
「その通りだ。で、ヘブンの支配が長続きしそうだったので、私は自身を改造した。
まぁ、改造したと言っても、ほんの少しだが…ね。
脳と内臓の一部分の機械化に、遺伝子系統を少し弄ったのと、ナノマシンによる修復機能くらいかな…。
ま、それでこの3千年という時間を生き長らえる事ができたというわけだ」
唖然とするクロウとゼゼに、ノアは微笑んで言った。
「難しいと思うかね?全てここの書物と、そこの電子頭脳が教えてくれたよ。」
クロウは、ふと浮かんだ疑問を発した。
「この電子頭脳の主は、そんな事も知っていたのに、何故あんな姿になったんだ?」

クロウの問いにノアは頷き、答えた。
「先ほども言ったがね、『彼』は人間の肉体を脆弱で下等なものと考えたそうだ。
その結果があの姿さ。」
しばしの沈黙。クロウもゼゼも、巨大な電子頭脳を見つめていた。
「500年ほど経った頃かな?その辺まで来ると、私は『彼』の思惑を理解してきていた。
結局、『彼』もヘブンや古き神々と同じ…いや、それ以下の存在だったんだ」
「…どういう事だ?」
ノアは眼を細め、口を開いた。
「彼はね、全世界の破滅を望んでいた。」
「…!!」
いつしかノアの顔は、感慨深そうな表情になっていた。
「だから私は…『彼』を破壊したよ」
「そうか…」
クロウは、改めて電子頭脳を見上げた。
ノアの話を聞いた後では、この銀色の球体が、どこか禍々しいモノに思えた。
「…こうして見ると、どこか気味の悪いものにも見えるな」
感情の篭もらない声で、ノアは言った。
「そうだね。私は時々思うんだよ。
彼はウィルスによって、その人格を消去された。
だけど、またその人格が戻ってくるんじゃないか、とね」

「『彼』の最期を看てから500年後くらいかな?
私は、こことは別の場所に、また新しく研究室を作った。
ここは構造的にも、あまり研究や実験活動には向いていなかったからね。
だけど私の同士であるイデアの身体はここに置いておいた。
私が去った今、この場所は世界一、世界から隔絶された空間、と言えたからね」
一気にそう話すと、ノアは振り向いた。
「そして今日に至る」
もう既に、ノアは普段の雰囲気を取り戻していた。
いつもの微笑を浮かべ、ノアは立ち上がった。
「さて、説明も終えたし、戻るとしよう。
これで君達の心の中にあった、私を覆うメッキが剥がれたわけだが、どうだね諸君?」
「どうって…」
ノアの言い方に、思わずクロウは呆れた。
「私はノア様の素性が何であろうと、これからも従わさせて頂きます」
呆れるクロウとは対称的に、ゼゼは改めてノアに跪いていた。
「…この主君にしてこの手下あり、か…」
その姿を見て、更に呆れるクロウだった。


「…後戻りはできない、だったな」
数時間かけて元の研究室にやっと戻ると、クロウは身支度を整えながら言った。
「いいだろう。今後、古き神々の情報を手に入れたら俺に知らせろ」
その眼には、これまでとは違う、決意の色があった。
ノアはいつもの微笑を浮かべつつ、言った。
「勿論さ。だが、君に彼らを殺す事はできるかな?倫理的にも、実力的にも」
しばらく沈黙してから、クロウが答える。
「俺は粛清官の時から、ヘブンに反逆した者を何人も殺してきた。
今更、殺しに何の躊躇いも無い。実力的な問題があったら…まぁ、何とかするさ」
クロウは、確固とした足取りで歩き出す。
クロウを町へ帰す為、ゼゼもそれについて行った。
だが、途中で立ち止まると、振り向いて、言った。
「ノア様、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
「ああ、何だいゼゼ?」
ゼゼは少し躊躇したようなそぶりを見せつつ、言った。
「あの少年…イデア様、でしたか。あの方の寝顔…どこか悲しそうに見えました」
「うん…それで?」
ノアの質問に、ゼゼは口ごもった。
「いえ、それが何かと言われると…」
ノアはそんなゼゼの様子を楽しそうに見ていた。
そして、世界各地の様子が映っているモニターの方へ向くと、言った。
「そうだね…彼は今、どんな夢を見ているんだろうね…」
それ以上何も言わないノアを見ると、ゼゼは頭を下げ、出て行った。


誰もいなくなった研究室。
モニターには、先程出て行ったクロウと、リーバードに変化したゼゼが見える。
今、この島を飛び立った所だ。
ノアはモニターに映るクロウを見ると、言った。
「まだあの記憶は蘇ってはいないらしいね…
無いとは思うが、あの日々の記憶が蘇った時、彼はどうなるのかねぇ…」
椅子に座ると、俯き、再びノアは呟く。
「にしても…哀しそう、か。ゼゼも意外と鋭いね」
再び顔を上げたノアの顔には、クロウとゼゼに過去を話した時の表情が戻っていた。
無造作にモニターを消すと、ノアは静かに呟いた。
「今も、君は地上の様子を眺めているのだろう?
地上の人々の行為を、高みから見下ろしているのだろう?
だが…いずれ私は君へと到達する道を開くよ、必ず。
覚悟しておくがいい…古き神々の王、『デウス・エクス・マキナ』よ」



最終更新:2012年01月21日 23:20