カストルは、壁の上からノアを見下ろした。
四本の足の裏には特殊な吸盤が付いており、それがこうして壁に張り付く事を可能としている。
彼の身体の各所からは、シュウシュウという音と共に、蒸気が噴出している。
その蒸気は、既に室内に充満しつつあった。
カストルはそれを把握しながら、部屋の中央に立つノアを睨む。
『(神経系に作用する毒ガスだが…やはり効いている様子は無いか。しかし…!!)』
そしてカストルは口を開けた。
その口の中に、急速にエネルギーが溜まっていく。
「…ほう」
そして、カストルの口から凄まじい大きさの火炎弾が撃ち出された。
その大きさは、例えノアが先程の銃弾やレーザーのように逸らせたとしても、着弾を免れないほどの大きさだった。
『(これならば、どうだ!!)』
火球は、逸らされる事も無く一気にノアへと突き進み、着弾した。
激しい爆発が室内で巻き起こり、黒煙が部屋全体にたち込める。
しかし。
「飽きた。そろそろ幕引きと行こう」
そんな声がカストルの耳に届いた。
そして次の瞬間、黒煙の中からカストルの目の前に、突然ノアが姿を現した。
まるで当然のように、壁を駆け上がって。
『何!?ちぃっ!!』
ノアは走りながらカストルに向かい、右手を振り上げる。
反射的に身を引き、ノアの手から逃れるカストル。
だが、その攻撃は確実に彼を捕えていた。
『!?何…!?』
急に身体が凄まじく重たくなり、地面に吸い寄せられる。
瞬く間に足の裏の吸盤が、引き剥がされていく。
それでも冷静な頭で、カストルは自分が何をされたのか理解した。
『(なっ…重力攻撃!?)』
そして、地面に叩きつけられた。
『ぐぅ…!』
眼を開けると、待っていたかのようにノアが立っていた。
「なぁ…カストル君」
『がっ!!』
横たわるカストルの巨大な頭部の顎の部分に、ノアはその手を突き入れる。
ノアの両手は、まるで手袋をはめたかの様に白く変色し、指先が鋭く尖っていた。
「君は、死を恐れるかね?」
ゆっくりと、カストルの頭部が持ち上がっていく。
カストルは四本の足でもがいたが、ノアの手からは全く逃れられなかった。
「リーバードでも、古き神々でも…恐れという感情はあるのかな?」
『ぐがぁっ!!』
次の瞬間ノアはカストルを持ち上げたまま跳躍し、その後頭部を地面に叩きつけた。
『貴様…何だその腕は…』
揺れる意識の中、カストルはその問いだけを口にする。
ノアはさして気にした様子も無く、答えた。
「知らないかね?皮膚の下にアーマーを内蔵し、必要に応じて表面に具現化させる技術。
三千年前の粛清官には標準装備となっていた筈だが」
『がっ…がああああああ!!!』
先程のように、凄まじい力でカストルの頭部を地面に擦り付けながら走り、ノアは話す。
ノアの白衣に、カストルの頭部から噴出した赤い液体が飛び散った。
「ま、造反された時に装備をそのまま持っていかれる問題が生じた為、途中で装着式に変わったようだがねっ!!」
『っ!!!』
その勢いのまま、カストルの頭部を壁に叩きつける。
壁が大きく砕け、ヒビがそこら中に入るほどの力だった。
「ああ、と言っても私は元粛清官ではないよ。
アーマー内蔵してるのもこの両手だけだしね」
ようやくカストルの顎から腕を引き抜くと、ノアは後方へ跳び、両手を擦り合わせる。
「まだ質問はあるかな?私としては先程の話を続けたいところなのだが…」
『ぐっ…ううっ…!』
壁から頭を引き抜いたカストルは、笑い出した。
『クク…ハハハハハハハ!!私の視覚と聴覚は…常に仲間に情報を送っている!
お前がどれだけ優位に酔おうが、我々の勝利は揺るがんぞ!!』
それに対し、ノアはしばらくカストルを見つめると、言った。
「で?」
全く平然とそう言い放ったノアに、カストルは驚愕した。
『虚言とでも思っているのか!?』
「いいや?」
すかさず返ってきた言葉は、益々カストルを混乱させる。
彼が次の言葉を言う前に、ノアが言った。
「デコイ。オリジナル・ヒト・ユニット。リーバード。
君のような人格のあるリーバードにも感情が存在するのだとしたら、これらを線引きするものは一体何なのだろうか?」
歌うように、ノアはそう呟く。
カストルは、そんなノアに恐怖を覚え始めていた。
『(奴は…奴は狂人だ。何故、何故そんな奴が粛清官を操り暗躍しているのだ!?)』
「劇的な感情の発露が、リーバードにもあるのか。今私はそれが知りたい」
ノアはそう言うと、それまで虚空に漂わせていた視線を、カストルへと向けた。
「君は自分の命より任務を優先しそうな口だが、どうすれば命乞いしてくれるのかな?」
それは、カストルの恐怖を倍増させるには十分なものだった。
『ぐ…うおおおおお!!』
そして、恐怖はカストルに闇雲な突進を行わせた。
ノアは地面を蹴り、横っ飛びでそれを避ける。
突進から地面を蹴って壁に張り付くと、カストルは言った。
『貴様の言う通りだ。俺は例えどうなろうとも、任務を果たす!』
「ふむ、仕方ない…」
『…!!』
本当に残念そうな表情を見せるノアの顔。
それと同時にノアの傍らに現れた物に、カストルは目を奪われた。
それは巨大な十字架だった。その長さは、ノアの身長と同程度ほどもある。
それを肩に担ぐと、ノアは言った。
「いいだろう。最後まで付き合ってあげよう」
しかし、覚悟を決めたカストルはここに至って、冷静さを取り戻していた。
一度目を瞑ると、咆哮する。
『ゆくぞっ!!』
そして、彼はノアに向かい、最期の突撃を開始した。
カストルの巨体が、ノアに向かって飛びかかる。
ノアは一歩も動かず、それを見つめたままだったが。
『…!?』
カストルは、驚愕した。
目の前に展開された、光の壁。それが、カストルの巨体を完全に受け止めていた。
カストルは視線を巡らせ、その光の壁の発生源を発見する。
それは、小さな銃口の付いた球体―ビットだった。
そのビットが複数浮遊し、輪を作り、その輪の中に光の壁を発生させていたのだ。
驚きのままノアに視線を向けると、彼は既に十字架を持ち上げ。
そして。
『ぐっ…ううう…』
ノアの傍らに、カストルは横たわる。その左半身を灰と化して。
自分が何をされたのかも、カストルには分からなかった。
ノアはカストルの眼に不必要なまでに顔を近づけ、覗き込む。
「この眼を見ろ」
その顔は、笑っていた。
「脳髄に刻み込め」
口の両端を吊り上げ、白い歯を剥き出して。
「これが、君を…君達の王を滅ぼすモノの顔だ」
「な…!!?」
カストルは、驚愕した。ノアの右目が、赤く輝いていたからだ。
「我が名はクロノス。古き神々の一人…クロノス」
それは紛れもなく、リーバードの瞳だった。
『!?お前も、リーバー…ガアッ!!』
カストルの言葉が終わらないうちに、その頭にノアの片手が突き込まれた。
段々と、カストルの意識が闇に引きずり込まれてゆく。
その頭に辛うじて、最後のノアの呟きが響き渡った。
「これで…一人」
赤く光る眼と、吊り上がった口。その顔を脳裏に焼き付け、カストルの意識は消え去った。
「…大丈夫か?」
アーマーに付いた土砂や粉塵を払い除け、クロウは歩きながらそう言った。
目の前には、地面に横たわるゼゼがいた。
島まで着いたものの、慎重に着陸する余裕などゼゼには無かったのだ。
墜落紛いの不時着のせいで、クロウは吹っ飛ばされて土の上にダイブする事となった。
だが、彼は自分の事よりもゼゼの状態の方が気がかりだった。
ゼゼは土の上にうつ伏せに横たわり、ピクリとも動かない。
その眼にいつも宿っている筈の赤い輝きは、今は無かった。
「まずいな…」
このまま放置していい筈が無い。容態が悪化して死ぬ可能性は十分にある。
だが、自分の身体より大きなリーバードを運ぶ術など今は無い。
「ノアは何してるんだ…?」
そこまで考えて、ある可能性が思い当たった。
既に敵は倒しているのに、未だに何の通信も寄越さない。
いつも何を考えているか分からないノアだとしても、流石におかしい。
もしかしたら、通信を寄越さないのではなく寄越せないのではないか。
つまり、今自分たちが闘った相手は囮で、別働隊が存在しているのではないか。
「もしそうなら…状況は最悪だな…」
クロウは、これからどうするか思案した。
ゼゼを助ける為には、即座に下の研究室に向かうのが最善の策だろう。
だが、もし別働隊が存在するとなると、数も規模も分からない以上無闇に向かうわけにはいかなくなる。
「…!」
気づくと、背後でゼゼが動いていた。
上体を起こし、その瞳が周りを見回している。
ほぼ焦土となった、島全体を。
『あ…ああ……ああああ…!』
「おい、どうした!?」
クロウの言葉にまるで耳を貸さず、ゼゼは身体を発光させ、人型に変化した。
だが、それでもダメージは残っているらしい。
フラフラとした足取りで、ゼゼは歩き始めた。
「おいゼゼ!」
ゼゼの正面に回り、クロウは声をかける。
そこでやっとクロウの姿を認識したらしく、ゼゼは眼の焦点をクロウに合わせた。
「一体どうした」
「あの方が…早くしないと…」
ゼゼの言葉に、意味の理解できないクロウは疑問の声を上げる。
「どういう事だ?」
「私達の…闘った相手…囮、かも…」
ゼゼの言葉に、クロウは少しばかり驚愕した。
ゼゼは、先程のクロウと同じ推測をしていたのだ。
自身がこんな状態になっているにも関わらず。
クロウは驚きに続いて呆れつつも、ゼゼの肩に手を貸した。
「まず自分の心配をしろ。俺が下まで連れて行ってやるから」
「申し訳…ござい…ません…」
エレベーターに乗るとクロウはゼゼを、壁を背にして座らせた。
エレベーターが動き出したのを確認すると、クロウも向かい側に座る。
「今日の闘いは、お前に感謝しておく。
お前がいなければ、あの古き神々と同じ土俵に立つ事すらできなかった」
ゼゼは、答えない。
意識はあるようだが、ただ眼を瞑り、俯いているだけだ。
「正直、自分の力不足が情けない。
あのミサイルとレーザーも、俺が防ぐべきだったというのに…」
そう呟くクロウに、ポツリとゼゼが言った。
「いいのです…私は命じられた事をしたまでです…ですが…」
ゼゼは顔を上げると、力無い声で言った。
「…一つ、お願いがあります」
「…何?」
クロウが顔を上げると、彼を真っ直ぐ見つめるゼゼの瞳があった。
「このままノア様のお手を煩わせる事になるなら…いっそ殺してください」
「何だと…」
クロウは眼を細めて、ゼゼを眺めた。
尚もゼゼは言葉を続ける。
「私の任務は…研究室と、あの島を守る事でした。ですが…それは果たせなかった…」
クロウは、先程ゼゼが島の状態を見て、絶望的な声を上げていたのを思い出した。
「……」
クロウはしばらくゼゼの瞳を見つめると、無言で立ち上がり、刀を抜いた。
その切っ先を、ゼゼの首に向ける。
ゼゼは、眼を瞑った。
「お手数を…おかけします。
例え人型に変形しているリーバードでも…首を斬れば、事は足りますので…」
クロウはそんなゼゼの声を聞き流し、言った。
「お前がそれを望むなら、俺は止めはしない」
しかし次の瞬間、クロウは刀を傍らに投げ捨てた。
「だがな…介錯を行う気など無い。しかも、そんな動機での死なんて尚更だ。
俺は…こんな事をするために戦ってはいないんだ…覚えておけ…!」
一拍の間を置いて、クロウは尚も話し続ける。
「頼むから死ぬなんて言うな。今のお前は正常な判断力を失ってる。
お前が死んだら、俺は町に帰れなくなる」
クロウの言葉に、ゼゼは自嘲気味に力無く笑った。
「私は…乗り物扱いですか…」
「…!!」
その時、クロウはゼゼの変化に気がついた。
俯いたゼゼの瞳から、涙が流れていた。
「…リーバードでも涙が流せたんだな」
クロウの言葉に、ゼゼは静かに答える。
「ノア様が私を救って下さった時に…この、機能を…」
「おい!」
言い終える前にゼゼは意識を失った。急いでその身体をクロウが支える。
何故ノアはそんな事をしたのか。
クロウはしばらく考えたが、答えなど出よう筈も無かった。
エレベーターが着くと、ゼゼを廊下に運び、急いでクロウは研究室に飛び込んだ。
「ノア!ゼゼが負傷した!」
「っ…!」
研究室には、誰もいなかった。
ただ、部屋の床に残る片眼鏡の破片だけが、何があったのか物語っている。
「やはりかっ…!」
クロウは顔をしかめ、周りを見回した。
床の破片以外は、室内にこれといった変化は無い。
だが、ここは色々な機材が置いてある為、遮蔽物が多い。
どこかに敵が潜んでいる可能性を考え、クロウは室内を歩き回った。
しかし、幾ら歩き回ろうと、どこからも何も出てはこなかった。
クロウは諦めて、モニターの前で立ち止まる。
すると急に、背後から声が聞こえた。
「やあ、遅かったね」
驚きつつも急いで振り向くと、いつのまにか部屋の隅の壁から新たに廊下が現れており、その入口にノアが立っていた。
「!おい、今までどこにいた!?」
見ると、ノアの白衣の所々に血痕が点々と散っており、また両手が血塗れになっている。
だが、そんな事に構う暇も無く、クロウは言った。
「ゼゼが負傷した。意識を失ってる」
「ほう、今どこに?」
クロウはどこかのんびりとしたノアの様子に苛立ちつつ、廊下に行ってゼゼの肩を担ぐと、室内に運び込んだ。
「とっとと治してやってくれ」
その様子を見て、ノアは感心した様に言う。
「ふむ、ちょっと解剖に夢中になってる間にそっちは大変だったみたいだねぇ」
「いいから早くしろ!」
クロウの言葉に急かされ、ノアはゼゼを抱き上げると、最初に現れた廊下へと歩く。
「あー、ちょっと今手術室の方精神衛生的に良くないから、君はここで待っていたまえ」
クロウはノアの話の内容が気にかかったが、それよりも先に怒りが噴出した。
「何でそんなに暢気なんだ。ゼゼはお前の為にそうなったんだぞ!!」
ノアはそんなクロウを一瞥すると、答える。
「百も承知だよ」
六角形の室内。照明は灯っていない。
丸いテーブルの周りに、5人の男女が立っている。
一人は、髭を蓄え、灰色のスーツを着た老人。
一人は、黒い燕尾服にシルクハットを被った男。
一人は、白いマントとフードを被った青年。
一人は、白いスーツに身を包んだ、前髪の長い金髪の青年。
一人は、紺色のドレスを着た、腰までの銀髪の女性。
彼らは様々な表情で、テーブルの上に投影された映像を眺めていた。
クロウ・ゼゼとポルックスの戦闘・ノアとカストルの戦闘を交互に。
しかし、注目の大半はノアとカストルの戦闘に集まっていた。
戦闘が終わった時、一人分の乾いた拍手の音が、室内に響き渡った。
「いやはや」
拍手と共にそう言ったのは、シルクハットの男だった。
それまで流れていた映像とは裏腹に、その男は微笑んでいる。
「これ以上無いほど見事な宣戦布告ではないですか」
老人は苦々しい表情で、もう何も映さなくなった映像を見つめている。
女性も老人と同程度に顔をしかめていた。
フードの青年は目を細めたまま。
シルクハットの男と同じかそれ以上に笑みを浮かべていたのが、白スーツの青年だった。
「カストルの方はまだ納得できるが…まさかポルックスまでもが倒されるとは…」
明らかに狼狽した様子で、老人はそう呟く。
「ポルックスは自らの力に慢心していたのです」
シルクハットの男は変わらず微笑を浮かべながら言う。
「だからああいう結果に終わったのですよ。プロキオン」
プロキオンと呼ばれた老人は一同を見回し、言った。
「改めて聞くが…あの『クロノス』という名のモノについて知っている者はおるか?」
女性の方は眼を瞑り、首を振る。
白フードの青年も同様に、無言で首を振った。
その様子を呆れた顔で眺めた白スーツの青年は、言った。
「だそうだけど、どうする?」
沈痛な面持ちで白スーツの青年の発言を受けたプロキオンは、言った。
「あの二人がこうもあっさりやられるとなると、迂闊には手出しできん」
白スーツの青年は、呆れた様に溜め息を一つつくと、言う。
「もういっそさ、殺しちゃおうよ、ロックマン・ミラージュ。
そしたらあの変な奴も何か行動起こすんじゃない?」
その発言を放たれた途端、フードの青年が白スーツの青年を睨む。
だが、白スーツの青年はそれを澄ました顔で受け流した。
「やめろシリウス。リゲルも余計な発言は慎め」
プロキオンの言葉に、シリウスと呼ばれた青年が殺気を納める。
リゲルと呼ばれた白スーツの青年も、大人しく口を閉じた。
そこに、シルクハットの男が割り込んできた。
「しかし、ロックマン・ミラージュの黒幕が想像以上の存在だった事は確かです。
改めて今後の方針を検討する必要があると思いますが?」
男の発言に眉を顰めたプロキオンは、沈黙する女性に目を向けると、言った。
「お前はどう思う。カペラよ」
カペラと呼ばれた女性は、先程まで映像を投影していたテーブルの上を見つめ、言った。
「…あの白衣の男も、リーバードだった様ですね」
「うむ」
プロキオンの相槌に、尚もカペラは言う。
「瞳が妙な位置にありましたね。名前も名乗っている。
なら、今私達がやるべきなのは…」
一拍置いてから、カペラは言った。
「このクロノスという古き神々の素性を探る事では?」
これまで沈黙していたシリウスが、ここで口を開いた。
「探る術でもあるのか?」
カペラは頷くと、言う。
「リーバードだとするなら、ヘブンかどこかの遺跡に記録がある筈です」
「随分気の遠くなるような話だなぁ」
間の抜けた声で、リゲルは言った。
「ここからヘブンにアクセスできる筈も無し、ましてや遺跡なんて世界中にあるよ?」
リゲルの言葉に、カペラはただ沈黙する。
「ですが、可能性があるなら虱潰しに探してみるのも一興…ですね」
シルクハットの男はそう呟いた。
その言葉に、プロキオンが目を向ける。
「ベテルギウス、お主まさか…」
ニッと笑みを浮かべ、ベテルギウスと呼ばれた男は言った。
「リゲルの言う通り、世界中に遺跡はあります。
ですが、どこにでもあるわけではありません。
その正確な位置情報をどれだけ掴んでいるか、というのも重要です。
その点については私は問題ありませんしね」
ベテルギウスの言葉に、全員が各々様々なリアクションを取る。
最初に発言をしたのはカペラだった。
「言い出したのは私です。行くなら私であるべきでは?」
カペラの問いに、ベテルギウスは首を振った。
「いや、この際別の地区の古き神々の動きも探るつもりですから。
そういう事に関してあなたは得意ではないでしょう?」
ベテルギウスの言葉に、カペラは押し黙る。
プロキオンは、まとめの言葉に入った。
「ベテルギウス。詳しい事は後で聞くとしよう。
今日の所はこれで終わりとする。各々は元の任務に戻れ」
これを聞き、カペラとリゲルは部屋から出て行った。
「全く、お前はいつも予想外の発言をするな?」
ベテルギウスに目を向け、プロキオンは毒づいた。
そんなプロキオンの言葉に苦笑を漏らしつつ、ベテルギウスも口を開く。
「今日はアルデバランの姿が見えませんでしたね。どうしたのです?」
その問いに、プロキオンは不愉快そうに返答を返した。
「忙しいの一点張りでな。全く、リゲルですら来ておるというのに」
「まぁ、彼の立場なら仕方ないと言えるでしょう。
リゲルは一日休みを取るだけでいいわけですからね」
納得した様子でベテルギウスはそう言うと、一泊間を置いてから言った。
「それで、私の代わりはシリウスに任せますので、ご安心下さい」
そう言ってシリウスに目を向けるベテルギウス。
シリウスは無言のまま頷いた。
急に部屋のドアが開いたのは、その時だった。
ドアから出てきたのは、灰色の制服を着て、丸い鍔の帽子を被った褐色肌の若い男。
男は焦った様子で室内の者達に向かって一礼すると、言った。
「ドン・ロワイアル様、並びにウォルフガング・ヴィルヘルム様。
只今緊急の報告が届きました。『鍵』が…何者かに奪われたそうなのです!」
「…何じゃと!?」
驚愕した様子で声を上げるプロキオン。
ベテルギウスも明確なリアクションこそ示さないが、その目は見開かれている。
そして、そんな二人の様子をシリウスは冷静に眺めていた。
「終わったよ」
出てきた時と同じように再び壁に突如廊下が現れ、ノアはその奥から現れた。
その壁の反対側で、壁を背に浅い眠りに入っていたクロウは、その声で眼を開ける。
「着いてきたまえ」
そう言ったノアは、再び廊下の奥へと歩いていった。
クロウは立ち上がり、ノアの後へとついていく。
心なしか、ノアの顔に疲労の色が見えた気がした。
「…!」
普段の研究室よりも格段に広い部屋。
それは手術室の様に、寝台と患者を照らす大きな照明のセットが幾つも並んでいる異様な部屋だった。
そして、奥の方の寝台の一つに、ゼゼは寝かされていた。
いつも結んでいる髪は、今は解かれている。
クロウはその様子を見て、ノアに短く訊いた。
「…生死は」
「勿論生きてるよ。ただ、戦闘は当分無理だけどね」
「そうか…」
安心して溜め息をついたクロウの視界の端に、何かが写った。
「!?」
驚いて駆け寄るクロウ。それは、鮮やかな緑色の溶液に付けられた…『部品』だった。
各パーツがチューブやケーブルのようなもので繋がれ、しかもそれらが定期的に脈打っている。
そして、その末端に、幾つかのリーバードの瞳があった。
「紹介しよう。古き神々の一人、カストル君だ」
人の内臓や脳に近い外観の、無数の機械の部品。
こみ上げる吐き気を抑えつつ、クロウは言った。
「確かに…精神衛生的には良くないな…!」
クロウは振り向くと、改めてノアを見つめた。
ゼゼが生還した事で、疲れた頭でも冷静さが大分戻ってきていた。
「何があったか聞かせてもらうぞ…それと…」
そして、先程から気になっていた事を訊く。
「その眼は何だ?」
ノアが先程クロウの前に姿を現した時からずっと、その片目は怪しく光り続けていた。
その目は、紛れも無いリーバードの瞳だった。
クロウの質問に、ノアはその眼を指さし、答える。
「ああ、この眼?」
そう言うと、ノアは。
指していたその指を、眼窩に突き込んだ。
「!!?」
人差し指に続いて親指を、その眼窩に突き入れるノア。
その、あまりにも異様な光景に、クロウは何も声が出せずにいた。
ブチリブチリと、何かが切れる音がする。
突き入れられた眼窩から、鮮やかな赤い液体が噴出する。
そしてノアは。
怪しく輝いていたその瞳を、眼窩から抉り出した。
抉り出されたその瞳には、何本かの千切れたコードが繋がっている。
瞳と、暗い穴と化したノアの眼窩から、血の様に赤い液体が流れる。
「ただの、お遊びさ」
そして、ノアは―笑った。
まるで、堪え切れないみたいに。
「ククク…ハッハッハッハ…ヒヒャハハハハハハハハッハッハッハッハっハッハッハ!!」
その笑い声は、どこまでも響き続けた。
地の底で。
まるで、彼らの運命を、嘲笑うかのように。
最終更新:2012年01月21日 23:32