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低い天井、細い廊下。
一人分の足音だけがどこまでも共鳴していく。
シオンは、ずっと前だけを見据え、歩き続けた。
誰かが追いかけてくる気配は無い。きっと、既に全員撤退しただろう。
歩き続けながら、シオンは目を瞑り、考えに浸る。
「(これでいい…目の前で誰かが死ぬより、全然いい)」
やがて廊下に終わりが来て、扉が現れる。シオンは臆する事無く、扉を開けた。
薄暗い部屋。先程の柱だらけの部屋に匹敵する広さだが、柱は無かった。
数刻前に聞いたガシャンガシャンという足音。
暗闇の中から、赤い大型のシャルクルス2体が顔を出した。
「いいさ、来いよ。でも簡単にはこの命、くれてやらないからな…!!」
2体のシャルクルスとシオンが走り出したのは、ほぼ同時だった。


支度を済ませ、ダラスとエドガー、それにヨハネスが立ち上がる。
だが歩き出したのは、ダラスとエドガーだけだった。
歩き出そうとしないヨハネスに、すぐさまダラスが気づく。
「どうした?行かんのか」
ヨハネスはいつものように、メモ帳にメッセージを書いた。
『先に行っていてくれ。俺は、残りの一人を連れてから帰る』
それを見たエドガーが、呆れたような声を出した。
「あんなのほっとけよ。生意気な小娘は勝手に死にに行きゃあいい」
「残念ながら俺も、自殺志願者を救出するのは不毛だと思うぜ」
エドガーの言葉に、ダラスが同調する。
ヨハネスは、今度は少々時間をかけ、メモ帳に言葉を綴った。
『全員とは言わないが、若者というのはああいうものなんだ。自分の命を軽く見て、突っ走って行ってしまう。それに…あのシオンという娘は、どこか哀しそうだった。きっと、親しい者を目の前で失ったのではないかと思う』
「ああそうかい。だったらあんたも勝手に行ってろ。俺たちは巻き込まんでくれ」
そう言って、エドガーはもと来た道を歩き始める。
だが程なくして彼は、ダラスも歩いていない事に気づいた。
「おい、どうしたよ。戻るんじゃないのか?」
ダラスは、真っ直ぐヨハネスの目を見ていた。
「…その見立て、自信があるのか」
ダラスの問いに、ヨハネスはゆっくり首を縦に振る。
それを見たダラスは、溜め息を一つつくと、微笑と共に言った。
「ったく…あんたも相当、物好きだな」
ダラスの言葉に、ヨハネスの口元も緩む。
そしてダラスは、視線をエドガーに向けた。
「悪い、地上へは一人で戻っててくれ」
「おい、マジかよ!!?正気か!?」
視線をシオンが姿を消した扉へと向けながら、ダラスは口を開く。
「ま、普通なら正気じゃないよな。だけどな、思い返してみると、あの娘、どうも昔の突っ走ってた頃の俺と似てるような気がしてきてな。それに…」
そこで一拍置いて、ダラスはニィと笑みを浮かべながら言った。
「見捨てられる事の悲しさは、俺もお前もよく分かってるだろ?」
エドガーは思い切り深い溜め息をつくと、憂鬱な表情で言った。
「あの小娘に追いついたら、無理矢理にでも引っ張ってってくれよ。俺はもう死ぬような目は御免だからな!」
「悪いな、付き合わせて」
そしてダラスとヨハネスが目配せを交わすと、それを合図に三人は遺跡の奥へ向かって歩き出した。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
散らばった二体のシャルクルスの残骸の中央で、シオンは片膝を地面に着け、必死で呼吸を整えていた。
右肩をシャルクルスの爪に深く抉り取られた為、そこから止め処なく血が流れている。
「…くっ…!」
だがそれでもシオンは、撤退をしようとはしない。彼女の脚は、遺跡の奥へ進み始めた。

血が流れ続けている左肩からは、歩く度に激痛が走る。
左腕は既に動かないが、利き腕でなかっただけマシだとシオンは自分に言い聞かせた。
扉を開け、部屋に入る。
今度の部屋は、これまで来た部屋の何倍も広かった。
部屋と言うよりも巨大なホールとでも言うべき広さで、照明が不十分なせいか左右を見ても壁の終わりが見えない。
だが次の瞬間、ヴンと何かが起動する音がしたかと思うと、重量感のある足音が暗闇の中に木霊した。
そして、巨大な影が暗闇の中からゆっくりと顔を出す。
「は…はは…ハハハハハハハハッ!!手を抜くつもりなんて一切無いか!いいさ、私の命、オマエにくれてやる!!」
そう言ってシオンはビームサーベルを起動すると、巨大な人型リーバードへ向かい、走り出した。

そのリーバードの体躯は、10メートルを超える凄まじい大きさを誇っていた。手足はそれほど太いわけではないが、それは普通の人間の大きさならの話だ。
また、他の特徴として、そのリーバードの頭には一本角のような長いトサカが存在している。
おもむろに巨大な腕が、地面に叩きつけられた。
それだけで室内全体に、地震が起きたかのような激しい振動が起こる。
地面を蹴り、それを辛くも回避したシオンだったが、その振動に体勢を維持するのは困難だった。
だがそれでも、走りを止めずにシオンは、リーバードに至近距離まで近づく。シオンの身長では、リーバードの膝にも届かないほど、その身体は巨大だった。
ビームサーベルで、リーバードの脚を薙ぎ払う。しかし、シャルクルスの身体を易々と斬り裂くことのできたこのビームサーベルも、脚を切断するには至らなかった。
「くっ…」
次の瞬間、リーバードの身体の各所から、鬼火のような青白い火球が発射された。
近くで発射されたそれを避け、再び脚に斬りつけるシオン。だが彼女は、ここで自分のミスに気がついた。
風船のようにゆっくりと漂っていたからかもしれない。だが次第に、確実に火球はシオンを追尾し、気がつけばシオンは包囲されていた。
「しまっ…!!」
既に屈むほどのスペースもなく、火球はシオンの身体全体に直撃する。
「ぐっ…」
身体全体が火達磨になり、シオンはたまらずその場に転がった。
あまり火力が高くなかった事が幸いし、鎮火には時間はかからなかったが、著しく体力が消耗させられた。
炎のせいか、左肩の激痛は先程の比ではなくなっている。
だがそれでもシオンは尚も立ち上がり、ビームサーベルを構えた。

しかし、シオンがそうしている間に、相手は既に次の攻撃の準備を終えていた。
「っ!!?」
リーバードは、両手を地面に着くと、その巨大な口をシオンに向かって大きく開けており、その口腔内では凄まじいエネルギーが収束している。
「くっ!!」
シオンが跳ぶのと、リーバードの口からエネルギーの奔流が放たれたのは、ほぼ同時だった。

「……!」
地面に転がり、ゆっくり起き上がるシオン。
しばらく辺りは黒い埃に覆われていたが、それが晴れるにつれ、今のエネルギー砲の威力を思い知る。
「なっ…!?」
シオンの真横の地面に、一筋の真っ赤な線ができていた。
床が溶解している。頑丈な筈の遺跡の床が。
その赤い線は、一瞬跳ぶのが遅ければ、確実にシオンの身体に接触していたであろう地点に縦の真っ赤な線を引いていた。
当たれば一瞬で内部の身体ごとアーマーを溶かしきる事など容易に想像できる威力だ。
その光景に一瞬心を奪われていたシオンだったが、リーバードの駆動音にやっと正気を取り戻した。
リーバードの方を見ると、今度は二本の足で立ち上がり、上半身を仰け反らせている。
「(一体何を…?)」
考える前に、リーバードはその巨大な頭についたトサカを、勢いよく地面に叩きつけた。

「嘘…だろ…?」
彼らがその部屋に入ってきたのは、それから僅か数秒後の事だった。
目の前を闊歩する巨大な人型リーバードの姿を見て、ダラスはそう言ったきり絶句する。
「おい、ありゃ何てリーバードなんだ!?」
ダラスとリーバードへ交互に視線を向けつつ、エドガーが問う。
その間に、ヨハネスはシオンの姿を見つけ、駆け寄っていった。
物凄い衝撃に吹き飛ばされたシオンは、幸いにも彼らの近くの壁に叩きつけられて倒れている。
ヨハネスは彼女を抱き起こし、背負った。
が、シオンがそこにいるという事は、リーバードも彼らに視線を向けているということである。
「全員、逃げろー!!」
ダラスが吼えると同時に、傍のエドガーの腕を掴んで走り出した。
ダラスの声を聞いたヨハネスもまた、シオンを背負ったまま走り出す。
そして、一瞬前まで彼らがいた場所に、リーバードは再び頭についたトサカを叩きつけた。
物凄い衝撃に、部屋全体が振動する。
「おい、だからあのでかいのは何なんだ!」
振動によろけそうになりながらも必死で体勢を立て直し、ダラスに追いついたエドガーが先程の問いを再び口にした。
それを聞き、再び頭を上げるリーバードを注視しながら、ダラスが口を開く。
「『ウォージーガイロン』…世界で一例しか発見報告のない、史上最大のリーバードさ。
ただの遺跡じゃないと思ってたが、こんなのまで出てくるとは…」
「名前なんてどうだっていいんだよ!あんなでかいのを倒す方法はあんのか!?」
「とりあえず、正面には立つな。奴の頭に長い一本角が生えてるだろ。さっきみたいにあれを叩きつけてくる。あと近づくな。俺の記憶が正しけりゃ、あいつは至近距離に立つと全身から火球を発射してくるって話だ」
そう言いつつ、『ウォージーガイロン』と呼ばれたリーバードの側面を駆けるダラスとエドガー。
ダラスの話が聞こえていたのか、ヨハネスも反対側で走っていた。
ウォージーガイロンは標的が複数に増えた事に混乱しているのか、必死に彼らに向き直ろうとゆっくり身体を回転させている。
「注意するこたぁ分かった。で、発見報告が一例だけって事は、倒した記録は無しか?」
「いいや、ある。ちょっと待ってくれ。こんな奴とは一生出会う機会なんて無いと思ってたから、あいつに関しての知識はうろ覚えなんだ。ちょい思い出すから待ってくれ」
それから、必死に彼らは部屋中を駆け回り続けた。

「おいヨハネス!お前の近くに入ってきた扉があんだろ!?出れるのか?」
ダラスが思い出そうと奮闘している間に、エドガーは向かい側を走るヨハネスに声をかけた。
ヨハネスはそれを聞くと立ち止まり、彼らが入ってきた扉の前に立った。

数秒後、そこにはエドガーに向かって両腕で×を描いているヨハネスの姿があった。

「畜生っ!!」
走りつつ悪態をつくエドガー。ヨハネスは再び走り出した。

「なぁエドガー、いいニュースと悪いニュースがあるんだが」
おもむろに、走りつつダラスが口を開く。
「何だよ。とっとと言えよ」
ウォージーガイロンの様子を見つつ、エドガーが答える。
「じゃ、いいニュースから。奴を倒す方法を思い出した」
「…一応訊くが、まさかその内容が悪いニュースって事じゃないだろうな?」
「すまん、そのまさかだ」
三人の疾走に翻弄されるウォージーガイロンは、身体の各所から鬼火のような炎を出し、三人を攻め立て始めた。
「で、その内容は」
「高火力の武器で頭を集中砲火」
その炎をバスターで撃ち落としつつ、エドガーは再び悪態をついた。
「マジかよ!このバスターの火力じゃ駄目なのか?」
そのバスターは一応炎を撃ち落とせてはいるものの、お世辞にも高火力とは言えない代物である。
「だが、倒せる可能性はゼロじゃない。溶岩が無い以上、ここがサウル・ガダ島の遺跡じゃないのは明らかだ。って事はサウル・ガダ島の個体と違って、奴はエネルギー補給はできない筈。だがどうやって頭を攻撃するか…」
独り言の様に呟くダラス。エドガーはダラスの言葉を受け、今度はウォージーガイロンの頭部に向かってバスターを発射してみた。
頭にバスターを受け、ウォージーガイロンは嫌がるように腕を振る。幸い、腕の届く範囲に二人はいなかった。
「お、嫌がってる。頭が弱点ってのは本当らしいな」
ダラスはふと、視線を地面に向けた。近くの地面に、不自然な跡があったからだ。
「(何だ…?一直線に溶解してる?俺が見たウォージーガイロンのデータには、こんな跡を作れる攻撃なんて無かった筈だが…)」
そう考えていた時、ウォージーガイロンは二人に向け、ゆっくりとその口を開いた。

ウォージーガイロンの口腔内に光が収束していくのを目の当たりにして、ダラスの全身が総毛立つ。
「伏せろっ!!」
ダラスの叫びに、エドガーも警戒していたためか、すぐに動いた。
二人がその場から跳んだ一瞬後に、二人のいた辺りに細いレーザーが照射される。
レーザーは壁を易々と溶解させ、先程と同じように一本の赤い線を作った。
ようやくレーザーの照射が止み、その場に伏せていたダラスとエドガーが上体を起こす。
ダラスは混乱していた。今の攻撃が、自分が見たウォージーガイロンのデータには影も形も無いものだったからだ。
「おいおいおい、こりゃどういう事だ?エネルギー補給どころか口からエネルギー発射してやがる!」
「んな事どうでもいいだろ!あの化け物がこっち見てる!さっさと逃げろ」
エドガーの言葉に、急いで身を起こすと、ダラスはエドガーと共に再び走り出した。
「くっそ…こんな事なら刑務所の仕事真面目にやっとくんだったぜ…そろそろ体力が限界だ…」
足取りがふらつくエドガー。
「おい早いな!ヨハネスなんかここに来る前からかなりのダメージ食らってる上に人一人背負ってるのにまだ息も切らしてないぞ」
ヨハネスの方へ視線を向けつつ、ダラスは言った。
そのヨハネスの方の状況が変化したのは、ダラスが視線を向けた時だった。

「…私…は…」
呻くような声が背中から聞こえた。
ヨハネスはウォージーガイロンの側面へ回り込みつつ、背中のシオンへ一瞥を送る。
メモに言葉を書こうにも人を背負った状態でスコップを持ちながら走っているため、そんな余裕はどこにも無かった。
やがてシオンの意識がはっきりと覚めたのか、急にしっかりした声が響いた。
「降ろせ。自分で歩ける」
ウォージーガイロンの背中側まで回り込んだところで、ヨハネスはシオンを降ろした。
そして彼はメモ帳に言葉を書いて、シオンに見せた。
『ダラスとエドガーがあのリーバードを分析している。頭が弱点で、高火力の武器を当てればいいらしいが、エドガーのバスターでは出力が足らないらしい』
ヨハネスはシオンがそれを読み終わったのを見計らい、再びメモ帳にメッセージを書く。
『腕は大丈夫か?』
「平気だ。うまく動かないが、痛みは無い」
そしてシオンは、ヨハネスの目を見て言った。
「…助けに来て欲しいなんて言ってない。何故来た」
シオンの言葉に、ヨハネスはただ彼女の目を見返すだけだった。
だがやがてシオンは俯くと、これまでとは違った言葉を紡ぐ。
「…ありがとう。当然見捨てられたものだと思ってた」
ヨハネスは微笑むと、シオンの頭を撫でた。

「お前ら!気をつけろ!」
ダラスの声が二人にかかる。
二人はすぐにウォージーガイロンへと視線を向け、いつのまにか二人の方を向き、エネルギーを充填していたウォージーガイロンのレーザーを走って避けた。
「ダラス!」
体勢を立て直したシオンが、ダラスへと言葉を放った。
「何だ?」
走りながら、ダラスも叫び返す。
「その槍を渡せ!倒せる方法がある!」
その言葉に、ダラスは目を見開いてシオンを見つめた。
「確かなんだろうな!?」
「多分、今の私達では、あれを倒すにはこれしか方法が無い!」
「分かった。受け取れ!!」
そう言うと、ダラスは持っていた長柄のビームサーベルを、思い切り投げつけた。
ビームサーベルは回転し、ウォージーガイロンの股をすり抜け、シオンの手にキャッチされる。
「後は何をすればいい!」
「…エドガー、アンタは奴が炎を出したら撃ち落とせ!」
「命令すんな!」
ぶっきらぼうに返したエドガーを、ダラスが宥める。
そしてシオンは、ヨハネスへと視線を向けた。
「頼む。奴を倒すにはアンタの力が必要だ」
そう言うと、シオンはヨハネスに手を差し出した。
一瞬その意味を理解しかねたヨハネスだったが、唐突に意味を理解し、メモ帳とペンをその手に乗せる。
シオンはメモ帳に自分の考えを記すと、ヨハネスに手渡した。
ヨハネスはそれを見て、ゆっくり頷く。
「よし、いくぞ!」
シオンの言葉に、ヨハネスはスコップを持ち上げた。

シオンとヨハネスは、部屋の奥側の壁際の中央に立っている。
対してダラスとエドガーは、二人が立ち止まったのを見て、疑問の表情を浮かべながらも立ち止まった。
彼らはシオンとヨハネスとは反対側の、入口に近い方の壁の中央付近に立っていた。
シオンとヨハネスの背後には遺跡の奥へ、ダラスとエドガーの背後には地上へと続く扉があるが、今はロックされている。
目の前のウォージーガイロンを倒し、生還しなければ開ける事はできないのだ。
今、ウォージーガイロンは、ようやく目標をシオンとヨハネスに設定したのか、彼らの方へ向き直ろうとゆっくり動いている。
「3つ数える。3が合図だ」
シオンの言葉にヨハネスは頷くと、スコップを両手で持ち、構えた。
今、ウォージーガイロンはようやく二人の方を向いた。
シオンは両手で長柄のビームサーベルを持ったが、まだ起動はさせない。
緊張からか、彼女は生唾を飲み込んだ。
ウォージーガイロンは二人の正面に向き直ると、その口腔内にエネルギーを充填させる。
「…1…」
シオンはゆっくり、だがヨハネスにも聞こえるようにはっきりとカウントを始めた。
まだウォージーガイロンがレーザーを発射するのには充填の時間が必要である事を、気絶する直前の記憶からシオンは確認する。
そのエネルギーが口腔内に溜まっていくのが、目でも音でも分かる。
「…2…」
ここで、シオンは長柄のビームサーベルを起動した。それも最大出力で。
最大の出力で起動された長柄のビームサーベルは、もはや槍というより薙刀を思い起こさせる様相と化していた。
もうウォージーガイロンの口腔内に溜まったエネルギーは十分だ。いつ撃たれてもおかしくない。
「3!!」
一際強く発音したシオンの声。それと同時に、色々な事が起こった。
ウォージーガイロンのレーザーの発射。
下段から上段に向けての、ヨハネスのスコップによる素振り。
そして、シオンの跳躍。
一瞬後に、シオンの足の裏は、ヨハネスのスコップの先端に当たっていた。
凄まじいヨハネスの腕力と、シオンの脚力。シオンの身体はレーザーのギリギリ側面から、ウォージーガイロンの頭部へと見事な跳躍を果たしていた。

「はあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
一直線に、シオンの身体がウォージーガイロンの頭部へと向かっていく。
放たれたレーザーはシオンの横に照射されており、照射角度を曲げられればすぐにシオンに接触するだろう。
だが、ウォージーガイロンがそうする前に、既にシオンは頭部までの距離を詰めていた。

最大出力のビームサーベルの刀身が、ウォージーガイロンの頭部に接触する。

長柄の為、柄ごと巻き込まれないように、レーザーの発射口より上の部分へと薙ぎ払われた一撃。
次の瞬間には、ビームサーベルはウォージーガイロンの頭部を切り払っていた。
シオンの身体がウォージーガイロンの頭の横を通り抜け、ダラスとエドガーの方まで飛んでいく。
二人ともシオンの行動に驚き、ダラスは眼を見開いて、エドガーは口を大きく開けて呆けている。

ダラスはシオンがウォージーガイロンを肩越しに飛び越えるのを半ば呆然と眺めていた。
が、割と目の良い彼は、シオンの表情がウォージーガイロンを飛び越えた辺りで、一瞬驚愕したかの様なものになったのを目の当たりにし、悟った。
「(あいつ…着地の事考えてなかったな!?)」
丁度得物を彼女に預け、何も持っていなかった彼は両腕を広げると言った。
「サーベルを切れ!」
落下中のシオンはダラスの言った事を理解すると、ビームサーベルの出力をオフにする。
そして彼女は、ダラスの両腕の上に背中から落下した。

「リーバードはどうなった…?」
ダラスの腕から降りると、シオンはまずそう言った。
対してダラスはウォージーガイロンの方を指差す。

ウォージーガイロンの頭部は、上顎から上が完全に斬り裂かれ、無くなっていた。

斬られた頭部は、足元に転がっている。
だが、油断はできない状況だった。何故なら、まだレーザーを放出し続けているからだ。
が、次の瞬間、全員の予想もしない事が起こった。

下顎とレーザーの発射口しか残っていない頭部が、レーザーを照射したまま上を向いたのだ。
やがて両足がフラフラと動き、そのままくず折れ、そしてウォージーガイロンは遂に仰向けに倒れ伏した。
問題だったのは、その一連の流れの中、ずっとレーザーが放出し続けられていた事だ。
レーザーは壁を溶解させ、頭部の向いた方向そのままに天井へと軌跡を移動させ、そしてフラフラと動く足に合わせて天井一面に滅茶苦茶な模様を残した。
レーザーの照射が終わったのは、その身体が完全に倒れ伏してからだった。

その数秒後に、天井が凄まじい音と共に、ひび割れ始めた。

「まずい!!」
そう叫んだのはダラスが最初だった。そして、そう叫んでからの彼の行動は素早かった。
「ヨハネス!早くこっちへ来い!!」
次いでシオンも状況を理解したのか、三人の後ろにあった地上へと続く扉が開けられるかどうか確認する。
ウォージーガイロンが倒れた時点でロックは解除されていたのか、扉は呆気なく開いた。
「ひいいいぃぃぃぃ」
瞬く間に瓦礫が天井から落ちてくる。悲鳴と共に最初に扉の先へ避難したのはエドガーだった。

シオンは、避難するのも忘れ、ヨハネスの姿を見た。
ヨハネスは彼らのいる方へ移動しようとしたが、室内の広さが絶望的な距離を作り出している。
ヨハネスの行ける道は、瞬く間に瓦礫に埋もれだし始めた。
それを見て取ると、ヨハネスは足を止めた。
「ヨハネスっ!!」
シオンが渾身の力を込めて叫ぶ。
ヨハネスに向けて駆け寄ろうとするが、ダラスがその肩を掴み離さなかった。
「行くな!瓦礫に潰されるぞ!」
「ヨハネス!!早く、早くこっちへ来い!!」
シオンは叫び続ける。
ヨハネスは、力なく微笑んだ。
「こっちも崩れ始めた。逃げるぞ」
自分達の近くの天井も崩れ始めた事を察し、ダラスがシオンを引きずるようにして扉の先へ避難する。
そうしながら、彼の視線もヨハネスへと注がれていた。謝罪の意思を込めて。
きっとそれをヨハネスも承知していたのだろう。彼はダラスに向かってゆっくり頷いた。
「ヨハネス!!ヨハネスっ!!」
ヨハネスは自らの名を呼び続けるシオンに視線を向けると、何かを呟くように口を動かした。

シオンにはそれが、「すまない」と言っているように見えた。

やがてダラス、シオン、エドガーの三人は、遺跡を脱出した。


「先程、遺跡に潜入していた者達が帰還しました。ヨハネスを除いて」
「ああ。先程映像が戻ってきたので分かった。だが…唯一の死亡者があのヨハネスか」
執事であるブレアの声に、生命維持装置付きの椅子の上でバーグ・グローリーが答える。
潜入していた者達のアーマーに取り付けられたカメラから送られた映像は、遺跡の深くまで彼らが潜ったせいか先程まで砂嵐となっていたが、ブレアが報告に来る数分前に映像は回復していた。
ヨハネスのものを除いて。
「ええ。あのヨハネスです。如何致しますか」
バーグはしばらく目を瞑って考え込んでいたが、やがて言った。
「警察にありのまま伝えろ。奴らも、余計な仕事が無くなって喜ぶ事だろう」
「了解致しました。それともう一つ、お耳に入れておきたい事が…」
「何じゃ?」
ブレアは咳払いを一つすると、言った。
「クロードが姿を消しました」
その報告に、バーグはフンと荒く鼻を鳴らす。
「やはりか。ここへ来たタイミングといい、何かを狙っていると思っていたが。で、何か盗まれたか?」
「いえ。屋敷内を隈なく調べましたが、特に変わった点はございませんでした」
ブレアの報告に、バーグは困惑した表情を浮かべた。
「奴は何の為にここへ来た…?」
しばらくの沈黙。バーグの考えが一段落したのを見計らい、ブレアが再び口を開く。
「それはともかく、帰還した者達はどうします?結局、巨大なディフレクターは発掘できなかった様ですが」
バーグは頭を背もたれに乗せると、言った。
「私物を返却して近くの港へ解放してやれ。ただし報酬は渡すな。収穫が無かった事と引き換えにな」


「間も無く最寄の港に到着致します。準備は御済でしょうか?」
ブレアがノックと共に、シオンに割り当てられた部屋に入ってきた。
既にシオンはアーマーから私服に着替えると、持ち物を確認している。
数刻前に渡されたバッグに、私物が全て入っていた。
「そのバッグは無料で提供致します。しかし、先程申し上げました通り、今回のディグアウトで提供した装備は回収させて頂きます」
「ああ。そっちに纏めて置いてあるから勝手に持って行け」
シオンの指差した部屋の隅に、アーマーとヘルメット、ビームサーベルが置かれている。
ブレアは廊下から台車を持ってくると、その上に装備を乗せ、部屋を出ようとした。
「…おや、落し物ですよ」
そう言うと彼は、落ちていたものをシオンに渡す。
それはペンダントだった。落ちていた時には既に蓋が開いており、そこに写真が入っていた。
「ご家族の写真ですか」
何の気なしに言ったブレアの言葉。だがシオンはそれには答えず、渡されたペンダントを眺めたまま彼に背を向けた。
「…?」
その沈黙に疑問符を浮かべつつブレアが部屋を出ようとした時、やっとシオンは口を開いた。
「もう私以外、生きちゃいない」
「それは失礼致しまし…」
ブレアが言い終える前に、シオンは話し出した。
「私を庇って死んだんだ、皆。だから…」
「…!」
ブレアは気づいた。
シオンの肩は震えていて、声には涙が混じっていた。
「だか、ら…人が、死ぬ所は…見たく、なかったんだけどな…」
ブレアはそんなシオンの後姿を見つめると、静かに台車と共に廊下に出て、ドアを閉める。
彼はドアを閉めると同時に、言った。
「真にご苦労様でした。船が着きましたら、ご連絡致します」


船が着き、解放されたシオン、ダラス、エドガーは港を歩く。
「じゃ、ここでお別れだな」
港からある程度離れた所で、ダラスはそう言った。
「まぁ、あんな結果になった以上、楽しかったとは言えないが…貴重な経験だった」
「俺はもう御免だ、あんな死ぬような事の連続」
ダラスとエドガーが各々感想を述べる。渋々、シオンも口を開いた。
「その…悪かった。私のせいで、オマエらも危険に晒して」
その言葉に、二人が一瞬呆然となる。その後、笑みを浮かべてダラスは言った。
「へぇ、お前も可愛いとこあったんだな」
「うるさい…じゃあな」
そう言うと、シオンは二人に背を向けて歩き出した。
「ああ。もう会う事は無いだろうが、達者でな」
「おう。じゃあな」
そう言い合って、ダラスとエドガーも別々の方向に歩き出す。


そんな彼らの姿を、別の船の上で双眼鏡から眺める者がいた。
「…いいのか?会っていかなくて」
その男・クロードは、後ろにいる人物にそう語りかける。
クロードの背後にいた男―ヨハネスは、ゆっくり首を横に振った。
クロードは煙草をくわえて火を点けると、煙を吐き出しながら言う。
「…ま、あんたがそう言うなら別に俺は口は出さないさ。
で、結局あのディフレクターはどうするんだ?」

彼らの後ろには、巨大な虹色のディフレクターが布に覆われて船に積まれていた。

「あんたも凄ぇよな、流石『最強の空族』と言われただけの事はある。
…まぁ、俺が事前に別の出口を見つけてなきゃ、危うく餓死するとこだった様だが」
そうクロードが話している間に、ヨハネスはメモ帳に言葉を綴っていた。
『大昔の話だ。それよりディフレクターだが、換金して彼らに渡そうと思う』
その言葉に、クロードは危うく火を点けたばかりの煙草を取り落としそうになった。
彼にはヨハネスの言う『彼ら』がシオン、ダラス、エドガーの三人である事が容易に想像がついたからだ。
「…正気か?あの大きさだぞ、あいつらに丸々くれてやると言うのか?」
再び言葉を書くヨハネス。その目に迷いはなかった。
『あれを取る事ができたのは、彼らのお陰だ』
溜め息をついた後、クロードは言った
「いいさ、あんたの好きにするといい。」

シオンはしばらく歩き続けていたが、やがて立ち止まった。
目の前には堤防があり、その向こうには海が広がっている。堤防に上ると、彼女はペンダントを外し、投げようとした。
だが投げられなかった。
たった一枚残った家族の写真を捨てることを、彼女はどうしてもできなかった。
「(…無理に捨てる事はない…か)」
これからゆっくりと折り合いを付けていこう。そうシオンは思い直す。
ヨハネスが辛抱強く自分を諭してくれたように。
これからやる事は沢山ある。だが、何より今は、自由なのだから。




最終更新:2012年01月21日 23:40