塔の少女
土場藩国、キリバン平原の彼方にあるワクテカは迷宮都市である。
最初の迷宮はこの地に王室を築いた王と王妃によって建設された。
歴史の闇に埋もれた王室らしく、詳しい資料はほとんど残っていない。
ただ初めに中央の迷宮が作られ、その後、南の塔・北の塔・西の塔・東の塔の順番に
建設されていったという。
それぞれの迷宮は当時の王や王妃の後悔や、やり残したものという負の側面を中心に作られた。
実はこれらの迷宮には隠された意味があり、その物語を説くと次の迷宮への道が示される、
そうして、天へ伸びる4つの塔、地下に伸びる4つの塔、その中央にある遺跡と、遺跡の地下迷宮。
すべてを踏破したものに栄光はその片鱗を見せる。という伝承があるが、今だその謎を解いたものはいない。
今では、そんなものはじめからありはしない。というのが大方の見方になっている。
そんな迷宮都市に好き好んで住むものがいるはずもなく。国はこの土地を早々に軍事演習地として
買い上げ、周囲に兵士を配備させた。
兵士にとって迷宮都市は格好の市街戦の訓練場となっている。
とはいえ、しょっちゅう軍事演習をしているわけでもなく、
演習のない日は無人の廃墟になっているはずであった。
11月のある日、その廃墟を一人の兵士が歩いていた。周囲の塔を見まわしながら、
ゆっくりと歩みを進める。
身を切る風の冷たさは、日ごとに増し、やがて本格的に雪と氷に閉ざされる季節の到来を告げているかのよう。
無慈悲にそびえたたつ塔はただただ侵入者を拒むように立ち続けている。
かつてこの地に住んでいた賢者にこの都市は巨大な墓なのだと教えられた。王や王妃たちが、
その残る思いの全てを埋め、置き去りにするために作り上げた墓なのだろう。
東の塔、この国の聖女伝説のモチーフとなったとさえいわれる女王が残した塔にそれは色濃く残っている。
それは、ある女王と従者の悲しい物語、彼らは互いに相手を思いながら
その思いを告げることなくその道を分かたれ、
やがて従者は死に、女王は国に一生をささげたという。
彼女の治世は、長い冬を耐え抜く作物が開発され、多くの災害を受けながらも見事復興を果たし、
蛮族を退け、国民が最も幸せだった時代のひとつ、とされている。
国にとって最良の花嫁は、男に愛をささやくことすら許されなかったのは歴史の皮肉である。
その彼女が男のために用意したのが、東の塔であり
彼女が用意したのは、機械でできた男が愛を知るまでの物語だった。
むかしむかし、戦争のために作られた一人の機械兵がいた。
彼は手持ちの斧で敵兵をたくさんたおして勲章をもらった。
やがて戦争が終わり、役目がなくなった彼は森に住み、鳥たちと暮らしていた。
その中で彼は死を知り、やがて自分の罪を知る。そしてその罪の償いに彼が選んだ方法は。
東の塔は、その物語を追いかけながら空へ移動する。地下にあるのはまた別の話だ。
女王が何を思って従者に捧げる物語としてこの話を作ったのか。そんなもの本人にしかわからないだろう。
考えても無駄なことだ、そう思い男は大きく息を吐く。白い息が空へ昇っていった。
「あら?あなたが私に会いにくるなんて珍しいわね」
ふいに声が聞こえ、4つあるうちの塔のひとつ、東の塔の窓の一つ一人の少女が顔を出した。
本来無人の廃墟であるはずなのに、場違いなほど豪華な服を着ている。
「夜子」
男が目線を上げて少女をにらみつける。その意図は余計なことをするな、だろうか。
「うふふ、元王子様。もうお姉さんって呼んでくださらないのね」
少女は男の射るような視線にも笑顔を返す。
「…」
「はやく上にいらっしゃいな。わたくし、トロい男は好きじゃありませんの」
「わかっている」
舌うちすると、男は東の塔の入口へと歩みを進めた。強い風が吹き足もとの雪を舞いあげる。
身を切るような冷たさに男は思わず体を堅くする。遠くからそれを見ていたのだろう。
少女が身の回りの世話をしている犬士に何かを命令する声が聞こえた。
塔につけば、それなりのもてなしを受けられそうだった。
最終更新:2008年01月30日 21:05