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黒の王子


黒王子こと、八神少年は、土場にいる滞在ACEである。
いや、性格には滞在ACEであった。彼は今この国にいない。
藩王の城には、住むものがいなくなった部屋がぽつんとあるだけだ。

その部屋の真ん中に一人の少年がぺたりと座りこみ考え事をしていた。
彼を思うことが少年に許されたただ一つのことのように思えた。
足元を2つの空き缶が転がる。
「たいへんだよー。おやつぬきだよー」
 変に間延びした声。空き缶2体がわーわーと少年の足もとにすがっていた。
事情を聞こうとすると、おうさま、おうさま、と空き缶が語りかけてきた。
「あのね、あのね、裏王がいないの!」
「ゆくえふめー? いえで?」
「いや、単にどっかいってるだけじゃないかな」
 最近、裏王が足しげく例の遺跡に通っているのは知っていた。
11月からだから、かれこれ三か月にもなる。
弟の動向を見抜けないわけではない。何しろ行き先も告げずにいくのだが、
いつも雪まみれになって帰ってくるものだから、吹雪いている地方に行ったのは
予想がつく。
そして、この国で頻繁に吹雪に見舞われるのは遺跡周辺だけなのだ。
らしくない様子に苦笑する。
「でも、裏がいないとおやつがないよ!」
「おやつがないよ!!」
 おやつぬきなんてわたくし、じっかにかえらせていただきます、だよ。とテレビで覚えたらしい
セリフを繰り返している。
「それは大変だな!」
 手元にある砂糖を空き缶2体に渡してやると、2缶は「おやつだー」と言って
少し落ち着いた。一応彼らは王の影武者である。最近はきぐるみというか
空き缶の姿でいることが少なくなったのであまり意味はないが。
裏王がいないと執務は、空き缶以外の姿でするしかないせいだが、最近どうもそれでも苦にならなくなっている。
「まいったなぁ」
 空き缶でいる方が、楽なのに、と呟く。いや、八神のためを思うなら空き缶でいるわけにはいかないのだが。
それでもなかなか踏ん切りがつかない。
 空き缶を捨てるのはいろいろと問題があった。 
 今までの自分を捨てられるかどうか、そんな問題である。
 そして、王としてしっかりやっていけるのかどうか。不安材料は多い。
「おーさま、くろおーじさまいないとさみしい?」
 つい最近知ったことだが、八神が城下でそんな名で呼ばれているらしい。
別に白い王子がいるわけでもないが、八神は自分が思うよりずっと
国で受け入れられていたのだろう。養子にするといった時から
彼は滞在ACEではなく「王子」になった。誰がいい出したかはわからないが。
もっとも土場は血で王位を継ぐわけではないので、王位継承者ではなく、
単純に王の子という意味であろう。
誰からも愛されるかわいい子、そうなってほしいが。彼がそれを受け入れて
くれるのだろうか。
今のところ八神は留学中となっている。国の方でも彼の不在を知り、
悲しだり嘆いたりしているものもいる。だがこれは永遠の別れではない。
八神は、ふみこのところに弟子入りし、強くなって帰ってくるだろう。
その時までに空き缶からの脱却も含めて、自分なりの結論を出さなければならない。
それがどんな結果を生むことになろうとも、自分が歩く道は自分で決めるものだ。
そう思ったあとふと気になったことを口にする。
「なあ、あいつって性格が黒いから黒王子、じゃないよな」
 そう呟いたら足もとの空き缶に目をそらされた。どうやら正解だったようだ。
「……」
 肩をすくめてから立ち上がる。やるべきことはいくらでもあった。
それこそ城の修繕や中庭の掃除をしてくれる犬士の手配。国民の調査に、その外の作業。
国として動かなければならないものはいろいろある。
 思えば出てくるのは溜息ばかりだ。
「…もう少し、強くなれたらなぁ」
 足元で角砂糖をほおばっている謎の生き物をなでながらつぶやく。
夜子が遺跡から発掘してきた、この二人の空き缶は沈みがちな時に笑わせてくれるので
実に助かっていた。
「遺跡の地下にはたくさんいる」らしいのだが、それなりに破損がひどく、使えたのはこの
2体だけだという。
「心配の種はつきないな」
 夜子から聞いた話では、心配無用、とのことだが。
彼女の預言は王を決める以外まったく役に立たないのだが…。むしろ壮絶に当たらない。
彼女がわざと外しているのではないかと疑ったが、そういうとほほを膨らせてむくれるので
どうやら本気らしい。
「越前王とも会談を持たないとなぁ」
 はぁ、と溜息をつきながら空き缶をつつく。「やめて、おなかのとそうだけは、ゆるして」とか
ふざけた言い回しをしながらきゃーきゃーと逃げ回る。
 ごろごろと地面を転がりながら、空き缶たちが王を見る。
「…ねー、やっぱり”しんぱい”だよ」
「裏がか?」
「両方」
「弟は大丈夫だ。たぶん。その…城子に捨てられない限りは」
 いや、なんというか人の好意に鈍感な弟と、鈍感な上にどうもマイナス思考の城子では
会話が平行線の気もするが。なるようになる、のだろうか。
「おうさまはー」
「うーん。俺はまぁ、なんとか…するよ」
「…ほんとにー」
 純粋な4つの目で見つめられるとかなり心苦しいがここは頷くより他ない。
「まあ、全部、あの子が帰ってきてからだよ。この冬が終わることには、きっと」
 窓から見る景色は冬そのものだ。雪を呼ぶ黒い雲が空を覆っている。
 だが、それでも空の端だけは少し光が洩れてきているように見えた。
「もうすぐ1月も終わる。2月が終われば…あの子が戻ってきて春になる。
 そうすればきっと、いいこともあるさ」
 そう言って王は立ちあがった。足元の空き缶たちにネリさんにおやつもらいにいこうぜ、と
声をかけることも忘れない。

 少年のいた部屋の扉に手をかけ、ふと飾られたままのシマシマのぬいぐるみに手を伸ばす。
くしゃり、と暖かな毛をかき回すと八神のことが思い出された。
 少しだけ浮かんでくる涙を、埃のせいにしてまた王の日常へ戻っていく。

 土場藩国の日常はこんな風にして保たれているのだった。

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最終更新:2008年01月31日 01:28