しばらくあたしたちの間に会話はなかった。どうやらアンコウは久しぶりにオレンジジュースを飲んだらしく、実においしそうに、そしてちびりちびりと飲んでいる。あたしは何だかいたたまれなくなった。アンコウは恐らく社会人だろう。でもどう転んでもサラリーマンではないだろうし、ましてやどこかの会社の社長であるわけもない。あたしは好奇心に押し込まれて、アンコウに聞いてみた。 「ねえアンコウ、アンコウって社会人なんだよねえ?どんな仕事してるの?」 この人には、何か特定の仕事の匂いがしない。それは多分、アンコウが匂わせる過去と現在の香りが、あまりにきつい香りだからだと思う。 空になったカップを懸命に覗いていたアンコウは、突如話しかけられて、まるで悪さが見つかった小学生のように肩を一回振るわせた。 「んー……。さい、当ててみてよ。」 「えー何で?言ってくれたっていいじゃん!世の中には仕事なんて星の数ほどあるんだからね!その中からひとつを当てるなんて不可能だよ!」 あたしの最もな言いがかりに、アンコウは困ったような顔をした。 「だけど、俺教えちゃいけないっていわれてるからなあ……。」 彼はのほほんと言ってはいたけれど、あたしは彼の漆黒の瞳に移った憂いの色を見逃さなかった。 [[前へ>第十三話]]