終わる世界03

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終わる世界03 - (2007/08/08 (水) 11:47:22) の1つ前との変更点

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 レンとユリアが家に来て、約一ヶ月。  二人はこっちの生活に随分なれた。  学校でも親しい友人が何人かできたようで、毎日楽しそうに通学している。  美羽と美優もまるでずっと家族だったように、二人を受け入れている。  なにかトラブルが起こるわけでもなく、  世界が滅びることもなく。 大 翔「んんー!」  ぐっと背伸びをする。  日曜日。  美優とユリアは買い物に行くと二人で出かけていった。  美羽はアイスを口に咥えながら居間で漫画を読んでいる。  レンはその隣で熱心にテレビを見ていた。  今日も我が家は平和だ。   大 翔「むー!」  もう一回背伸び。  暇だ。  意味もなく家中をうろつく。 大 翔「しゅっほぉ! しゅっほぉ!」  腕を頭の上で絡めて腰をくねらせながら廊下をウォーキングする。  突き当りまで言ったところで、喉が渇いたからぐるりとターンして台所へ。 大 翔「ありゃ」  冷蔵庫をあけると中身がほとんど空っぽだった。  家族が増えたから食材の減りがはやい。  今日の買出し当番は……俺か。  何日分か買いだめしておきたいけど、一人じゃとても運べないな。 大 翔「……ふむ」  麦茶を飲みながら思案。   ……レンに一緒に来てもらうか。  居間に行くと美羽の姿はなかった。  漫画がソファの上に散乱している。  だらしない。  レンはまだテレビを見ていた。  最近は四六時中ユリアにべったり、という状態ではなくなった。  逆にユリアといることが多くなった美優を信頼しているのか、元々はこのくらいの距離感でただ警戒を解いただけなのか、よくわからない。  テレビ画面では渋い侍が暗闇の中からゆっくりと歩み出て、悪党をにらみ付けていた。  侍 「余の顔を見忘れたか?」 悪 党「う、上様!?」  すばやい動きで地面に膝をつき、頭をたれる悪党。  侍 「腹を切れ!」 悪 党「ええい、もはやこれまで! であえであえぃ!!」  わらわらと手下共が湧き出てきて、大立ち回りが始まった。  レンは『暴れん坊上様DVDコレクションボックス』と書かれた箱を大事そうに抱えながら、トランペットに憧れる少年のような瞳でテレビを見つめている。  たぶん父さんのものだろうけど……どこにあったんだこんなの。 大 翔「なぁ、ちょっといいか?」 レ ン「……」  聞こえてない。  ソファの上の漫画をどかして、レンの隣に座る。  まばたきもしてないな、コイツ。  終わるまで待つか。  高い塀を飛び越えて、男と女の忍者が二人出てきた。  たぶん侍の仲間だろう。  雑魚をバッサバッサと斬り捨てている。  くのいちの方は動きがちょっとぎこちなくて笑える。  ジリジリと侍が悪党との間合いをつめていく。  悪党が刀を抜き侍に向かっていくが、侍はあっさりとそれを受け流し、刀の峰で悪党の手首を打ち据えた。    侍 「成敗!!」  忍者達が悪党の両脇から交差するように走りぬけ、忍刀でわき腹を切り裂いた。  崩れ落ちる悪党。  悲しげな目で悪党を見下ろす侍。  画面が暗転して、江戸の街並みへ。  ほどなくして耳に残る演歌と共にエンドロールが流れ始めた。 レ ン「うむ!」  レンが満足したようにうなずく。 大 翔「終わったか」 レ ン「なんだ。いたのか」  さほど驚いていない様子で俺を見る。  気付いてなかったのかよ。 大 翔「おもしろかった?」 レ ン「ああ。これはいい。いいぞこれは。殺陣のシーンがすばらしい。上様はすべて峰打ちなのに対して、家来の忍者達は容赦なく斬り捨てている。この矛盾がなんともいえん。そして将軍という立場でありながら―――」  拳をぎゅっと握り締めて、興奮した面持ちで雄弁に語り始める。  長くなりそうだったので適当なところで割ってはいる。 大 翔「ところでこれからちょっといいか?」 レ ン「ん? なんだ」 大 翔「食材の買出しに付き合っていただきたい」 レ ン「今からか?」 大 翔「今から。なんか用事あるか?」 レ ン「いや、ない。少し待ってくれ」  DVDプレイヤーからディスクを取り出して、ケースの中に丁寧にしまう。  ユリアは機械の操作が全く駄目だが、レンはすぐにその扱いを覚えた。  結構、適応能力が高い。 レ ン「よし」  勢いよく立ち上がる。 レ ン「いくぞ爺や!」 大 翔「誰だよ」  ……単に影響を受けやすいだけかもしれない。 ----  最寄のスーパーへ到着。  うちの家計は爺ちゃんと婆ちゃんの仕送りで成り立っている。  三人が毎日外食しても大丈夫な、五人でも割と贅沢ができる金額。  でも、いつなにが起こるかわからない。  基本は節約だ。   レ ン「どうした? 買わないのか?」  買い物カゴを下げたまま、じっと野菜売り場をにらみつける。  狙いはタイムサービス。  すこし離れた場所にいないと人の波に飲まれてケガをしかねない。  このポジションが最も安全だ。   大 翔「これからレンにも買い物を頼むことがあるかもしれない。俺の技、よく見ておけ」 レ ン「ん? あ、ああ」  ここは野菜が特に安いことで有名なスーパー。  周りは俺と同じハンターだらけ。  一瞬の油断が命取りだ。  銀色のでかい扉からワゴンを引いた店員が出てきた。  ……そろそろか。  店員が手に持った鐘をゆっくりと振る。 店 員「えー、只今よりタイムサービスを開始させていただきます」  ガランガランと店内に鐘の音が響くやいなや、ハンターたちがとんでもないスピードで群がっていく。  もはやネズミ一匹入る隙間もない。 レ ン「な、何事だ?」  レンがびくりと体を震わせる。 大 翔「これを持っていてくれ」  レンに買い物カゴを預ける。 レ ン「ま、まさか……あそこにいくと言うのか?」 大 翔「ああ」 レ ン「あれは……無茶だろう……」  暴徒と化した主婦たちを、レンが絶望的な眼差しでみつめる。  大 翔「無茶でも、いかなきゃいかんのさ」 レ ン「危険すぎる!」 大 翔「承知の上だ」    既に買い物の会話ではなくなっていた。  首を左右に振ってコキコキと音を鳴らす。  さぁ戦闘開始だ! 大 翔「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 レ ン「大翔ぉ!」  全力で床を蹴り、ワゴン目掛けて突進していく。 主婦1「あんた! ちょっと離しなさいよ!!」 主婦2「これはわたしのよおぉぉぉぉぉ!!」  肉の壁に強引に体を突っ込む。  ここでは気遣いなどいらない。  弱いものは生き残れない。 店 員「お一人様一把限りと、お客様! 押さないでくだっおきゃっ!」  ここは戦場だ! 大 翔「おりゃあ!」  腕だけを伸ばしてワゴン内に手を突っ込む。  捕らえた!  しかしまだ油断は出来ない。  横取りされる可能性もある。  しっかりと手に握りこんで腕を引き抜く。  そのままの勢いで体を後ろに流して脱出。  途端に涼しい風が吹き抜けた。  ミッションコンプリート。 大 翔「ネギ一把五十円。ゲット」  レンの持つカゴにネギを放り込む。 大 翔「ん?」  惚けたようにレンは俺の顔を見ていた。 レ ン「初めて……お前をすごいと思った」 大 翔「そりゃどうも」  あとの食材は普通に買った。  人参とジャガイモが安かった。 ----  並んで歩く帰り道。  二人の両手にはパンパンになった買い物袋がぶら下がっている。  これだけあればしばらく持つだろう。  レンの袋の中身は気持ち軽めにしておいた。  さりげない気遣い。  自己満足だけどさ。   レ ン「この世界の買い物は……命がけなのだな」  ちょっとしたトラウマになったらしい。   レ ン「いや……やってみるさ」  そしてなにかを決意する。  レンはこっちの世界にきてから、様々なことに例外なく適応してきた。  機械の操作も、学校も、近所付き合いも。  なんのトラブルもなく、こっちの世界に馴染んでいった。  彼女のふるまいがあまりにも自然すぎて、たまに忘れてしまう。  帰るべき場所があるんだってことを。  もとの世界に帰してあげる方法は、未だに見当もつかない。  何度かあの公園に足を運んでみたけど、成果は得られなかった。  たまにレンが夜に外出することもあった。  たぶん公園に足を運んでいるんだろうけど、何も言って来ないところを見ると同じように成果無しなんだろう。  俺の責任だ、義務だなんて言ってるくせに、結局俺はレンにもユリアにも何もしてあげられていない。   大 翔「レンは、自分の世界に早く帰りたいか?」  感傷が、俺にくだらない質問をさせた。  聞いたところでなにも変わりはしないのに。 レ ン「お前の話は、いつも突然だな」  微笑する。 レ ン「帰りたくない、と言えば嘘になるが、こちらの世界は居心地がいい。皆、私を同等に扱ってくれる」 大 翔「同等?」  何気なくレンが口にしたその言葉が、ひっかかった。 レ ン「大翔は私が魔法を使ったところを見たことがあるか?」  そういえば、ない。  意思疎通が出来るようになったのも、学校に潜り込めたのも、光の玉をだしたのも、美優にせがまれて光線を発射して窓ガラスをぶち破ったのも、全部ユリアだ。 レ ン「私は先天性魔力障害なんだ」 大 翔「なんだそれ」 レ ン「生まれつき魔法が使えないんだ。本来あるはずの魔力が私には全く備わっていない。私はどれだけ努力をしようとも、魔法を使うことはできないんだ」 大 翔「それだとなにか困るのか?」 レ ン「生きるのに困りはしないがな。だけど私がいた世界では魔法が使えるのが当たり前なんだ。小さい子供ですら何か一つは魔法が使える。異端なんだよ、私は」    私にはこちらの世界のほうが住みやすいのかもしれない。  いつかレンが言った言葉。  緑が多くて、動物だらけで。  人と建造物でごちゃごちゃしているこっちと違って、夢のような世界に思えた。  だからあの時、レンの言葉は理解できなかった。  ……どこの世界でも差別ってあるんだな。  無性に腹が立った。 レ ン「せめて一芸……そう思って剣の腕を磨いてきた。男に勝つ自信もある。だが周囲の目は変わらん。王宮での私の立場はひどいものだ」  思えば、レンが俺に身の上話をしてくれたのは初めてかもしれない。  いつも気丈に振舞っていた。  弱音なんて吐かないと思っていた。  一ヶ月も一緒にいるのに俺はレンのこと、何も知らない。  でも……知ってどうするのか。  いずれ別れはくる。  そしてこの世界が滅ぶなら、ここに住む俺達に未来はない。   レ ン「すまんな。くだらん話をした」 大 翔「くだらなくはないさ」 レ ン「姫様以外にこんな話をしたのは初めてだ」  照れくさそうに笑う。  最近、レンはよく笑うになった。 レ ン「さぁ、早く帰るか。今日の食事当番は誰だ?」 大 翔「俺」 レ ン「大翔か。そういえば美羽がぼやいていたぞ? 料理ができる人が食事当番やればいいのになんでアタシにやらせるんだ、と」 大 翔「独り立ちしたとき料理は覚えておいて損はないからな。サボることはうちでは許されません」  美羽の呼び名は、美羽殿から呼び捨てになっていた。  特に親しい人間には殿をつけないらしい。  それとも美羽に殿をつけるな、って言われたのか。  そういえば俺は最初から呼び捨てだったな。 レ ン「ふふ。もっともだな」  またレンが笑う。  ちょっとは気を許してくれているのかな。 レ ン「どうした?」 大 翔「いや、別に」  ずっとこっちにいればいいじゃないか。  そう、言いたかった。  ―――この世界は……滅びます  はやく、はやく帰してあげよう。  二人がただの同居人の今なら、笑って送り出せると思うから。 ----  目覚まし時計を掴んで時間を確認する。  午前三時三十二分。  最近どうも夢見が悪くて、変な時間に飛び起きることが多かった。  背中が汗でじっとりと湿っている。  知らない場所を誰かと一緒に歩いていた。  顔がぼやけていて誰かはわからない。  一緒に歩いていたはずなのに、気付くとその人はいなくなっていた。  たった一人取り残された俺は、赤ん坊のように泣いていた。  嫌な……夢だった。  もしかしたら、ユリアに言われたあの言葉を自分が思っている以上に気にしているのかもしれない。  時計を戻して、再度横になる。  目をつぶろうとしたその時、違和感を覚えた。  窓の外が異様に明るい。  もう一度、時計を見る。  秒針が動いていなかった。 大 翔「嘘だろ……」  慌てて机の上においてある携帯で時刻を確認する。  起きるべき時間を既に三十分も過ぎていた。   大 翔「ギャース!」  ち、遅刻!  Tシャツを脱ぎ捨てて制服に着替える。  時間割表を確認して教科書を――― 大 翔「ええい、めんどくさい!」  そのまま鞄を肩にかけて一階へと駆け下りていく。 美 羽「あ、やっと起きた」 美 優「おはよー」  台所で美羽と美優が食器を片付けていた。 大 翔「お、起こしてくれよ」 美 羽「起こしにいったよ。美優が」  美優を見る。  体をビクッとさせた。  美 優「ノックしたけど起きなかったから……」  ……頼むぜ妹よ。 美 優「お兄ちゃんの朝ごはん、テーブルの上においてあるよ」 大 翔「お、おう」  居間のテーブルに、トーストと目玉焼き、スープが置いてあった。  さすがに全部食べている時間はないな。 ユリア「おはようございます」 レ ン「寝坊とは、腑抜けてるな」 大 翔「おはよう」  レンは無視してトーストにがっつく。  朝飯抜きという手もあるが、昼まで正気を保てる自信がなかった。   美 羽「私たち、先に行くからね」  テーブルに牛乳を置いて、居間を出て行く。 ユリア「行ってきますね」 レ ン「先に行く」 美 優「お兄ちゃん遅刻しないようにね」  みんな一言ずつ残して、家を出て行った。  トーストを口いっぱいに詰め込んで、牛乳で流し込む。  四人はいつも一緒に登校していた。  俺は一緒にはいかない。  一緒に行こうとすると美羽が露骨に嫌な顔をするからだ。  兄と並んで歩くのが恥ずかしいんだろうな、と好意的に解釈してはいるものの、毎朝あの顔をされるとくるものがある。  テレビを見て少し時間を潰してから家を出るが、今日はナチュラル遅刻だ。  占いカウントダウンを悠長に見ている暇はない。  湿らせたタオルで寝癖をなおして、秒間五往復の速さで歯を磨き、乱暴に顔を洗って、家を出、全速力で走った。  意外と余裕を持って学校についてしまった。 ----  腹が減った。  トースト一枚しか食べなかったせいで、俺の腹は二限目が始まった辺りから空腹を感じていた。  そして耐え忍ぶこと数時間。  ようやく待ちに待った昼休みがきた。 大 翔「頂きます」    食堂のいつもの席に座って、手を合わせる。  目の前にはうまそうなカツ丼と味噌汁、たくあん。  がっつりいきたい気分だった。  割り箸の先っぽを持ってゆっくり開いていく。  ……綺麗に割れなかった。  こうやれば真っ二つにできるってどこかの天才が言ってたのに、俺は成功したためしがない。  カツをつまんで口に運ぶ。  んー、んまい。  とはいえ一人の飯は寂しい。  うちは三人とも朝起きるのがしんどいタイプだから、節約節約って言うくせに弁当は作らない。  たぶん美羽と美優も食堂にいるか、パンでも買ってどこかで食べているんだろう。  レンとユリアもたぶんパン。  レンはクリームパンにとんでもない衝撃を受けたようで、そればかり食べている。  ユリアはなんでもおいしいと言う。  一緒に昼食をとったことはない。  貴俊と一緒に飯を食おうと思ったが、誘おうと思ったときにはすでに教室にいなかった。  あいつは神出鬼没だ。  そういえば、昼飯は貴俊と食うか一人で食うかの二択しか無い気がする。  俺って友達少ないのか? 陽 菜「ここー、いい?」  目の前で沢井がトレイを持って俺の顔をのぞき込んでいた。  口にカツと米が詰まっていたから、首を振って了承する。 陽 菜「はー、やっと座れた」  辺りを見渡してみる。 大 翔「結構空いてるぞ?」 陽 菜「あ、あー! なんでもないの。なんでも。あはっあはは!」  わざとらしく笑う。  最近のこいつは挙動不審だと思う。 陽 菜「あ、カツ丼だー。問題です私の今日のお昼ご飯はなんでしょーか」 大 翔「は?」 陽 菜「倍率ドン!」  突然クイズなんかをはじめだす。 陽 菜「ジャーン! 正解はうどんおむすびセットでしたー」  大げさに両手を広げてみせる。 大 翔「みりゃわかるよ」 陽 菜「ノリ悪いなぁ……」  口を尖らせながら割り箸をとって、それを割る。  片方の割り箸が途中で折れて、長さの違う二本が出来上がった。   陽 菜「な、なに?」 大 翔「へ?」 陽 菜「すごい怖い目で見てるんですけど……」 大 翔「いや、なんでもない」  つい、手元に集中してしまった。  割り箸フェチか俺は。  そのまま無言で食を進める。  たぶん沢井は話のきっかけを掴もうと思ったんだろうな。  なにも考えずにその努力をぶち壊してしまって、バツが悪かった。 陽 菜「あのね、ちょっと話あるんだけど……いいかな?」  先ほどとは打って変わった緊張した面持ちで、沢井が口を開いた。 大 翔「いいけど」 陽 菜「えっとね……そのぉ」  言いにくそうに、体をもじもじとさせる。  空気が少しだけ重くなった気がした。  そいつに気がつかないフリをして飯をかき込む。    ―――あのね、相談があるんだ。  そういえば、何年か前もこんな風に話を切り出された。 陽 菜「実はね……」  箸を置いて、椅子の背もたれにもたれながら沢井は自分のお腹をさすった。  ……別に、今更なにを言われても……どうも思わないさ。 陽 菜「妊娠したの」 大 翔「ぶッ!!!!」    口の内容物を勢い良く吐き出した。  平静を保つことはできなかった。 陽 菜「うわっ! 予想以上のリアクションだ!」 大 翔「な? えっ? にん……え?」  妊娠?  妊娠だって?  頭がうまく回らなかった。  ―――男の子って女の子にどんなことしてもらったらうれしい?  あのときの記憶が鮮明によみがえる。  誰と……誰と、誰と! 陽 菜「嘘でしたー」  ……。 大 翔「は?」 陽 菜「ウッソー」  箸を投げた。 陽 菜「いったぁーい」  沢井のおでこにコツッと当たった。 大 翔「ついていい嘘と悪い嘘があるんだ!」 陽 菜「えへへ、怒った?」 大 翔「……」  無言のアピール。 陽 菜「ごめんねー。えへへ」  怒られているって言うのに沢井はうれしそうに笑っていた。  そんな顔を見ていたら馬鹿馬鹿しくなって、怒りも冷めた。  溜息をついて、割り箸の束から新しいものを取り出す。 陽 菜「えー、実は言いたいのはそんなことじゃなくてですね」 大 翔「知ってるよ!」  またちょっとイラっときた。 陽 菜「明後日……暇?」  ドキリとする。  スケジュール帳を開くまでも無く、暇だ。 陽 菜「忙しい?」  不安げに、上目遣いで俺を見る。  無意識に俺は、目をそらしていた。 大 翔「いや、暇だけど……放課後?」 陽 菜「なにいってんのー」  沢井がクスクスと笑う。 陽 菜「明後日はお休みです。祝日。ホリデイ」 大 翔「あ、そうなの?」  そういえば、そうだった気がする。 陽 菜「よかったら……買い物に付き合って欲しいんだけど」 大 翔「買い物?」 陽 菜「う、うん。ペンダントなんだけど限定品でね。一人一個しか買えないんだって。だから一緒に来てもらえないかなって思って」 大 翔「いいけど」  よせばいいのに、聞いてしまった。 大 翔「二つも欲しいなんて、誰かにプレゼントするのか?」 陽 菜「え? あ、まぁ……そんなとこ、かな?」  笑って、言いにくそうに。  もう、こんな気分になることはないと思ったのに。  箸を口に運ぶ。  うまいはずのカツ丼は、味がしなかった。 
 レンとユリアが家に来て、約一ヶ月。  二人はこっちの生活に随分なれた。  学校でも親しい友人が何人かできたようで、毎日楽しそうに通学している。  美羽と美優もまるでずっと家族だったように、二人を受け入れている。  なにかトラブルが起こるわけでもなく、  世界が滅びることもなく。 大 翔「んんー!」  ぐっと背伸びをする。  日曜日。  美優とユリアは買い物に行くと二人で出かけていった。  美羽はアイスを口に咥えながら居間で漫画を読んでいる。  レンはその隣で熱心にテレビを見ていた。  今日も我が家は平和だ。   大 翔「むー!」  もう一回背伸び。  暇だ。  意味もなく家中をうろつく。 大 翔「しゅっほぉ! しゅっほぉ!」  腕を頭の上で絡めて腰をくねらせながら廊下をウォーキングする。  突き当りまで言ったところで、喉が渇いたからぐるりとターンして台所へ。 大 翔「ありゃ」  冷蔵庫をあけると中身がほとんど空っぽだった。  家族が増えたから食材の減りがはやい。  今日の買出し当番は……俺か。  何日分か買いだめしておきたいけど、一人じゃとても運べないな。 大 翔「……ふむ」  麦茶を飲みながら思案。   ……レンに一緒に来てもらうか。  居間に行くと美羽の姿はなかった。  漫画がソファの上に散乱している。  だらしない。  レンはまだテレビを見ていた。  最近は四六時中ユリアにべったり、という状態ではなくなった。  逆にユリアといることが多くなった美優を信頼しているのか、元々はこのくらいの距離感でただ警戒を解いただけなのか、よくわからない。  テレビ画面では渋い侍が暗闇の中からゆっくりと歩み出て、悪党をにらみ付けていた。  侍 「余の顔を見忘れたか?」 悪 党「う、上様!?」  すばやい動きで地面に膝をつき、頭をたれる悪党。  侍 「腹を切れ!」 悪 党「ええい、もはやこれまで! であえであえぃ!!」  わらわらと手下共が湧き出てきて、大立ち回りが始まった。  レンは『暴れん坊上様DVDコレクションボックス』と書かれた箱を大事そうに抱えながら、トランペットに憧れる少年のような瞳でテレビを見つめている。  たぶん父さんのものだろうけど……どこにあったんだこんなの。 大 翔「なぁ、ちょっといいか?」 レ ン「……」  聞こえてない。  ソファの上の漫画をどかして、レンの隣に座る。  まばたきもしてないな、コイツ。  終わるまで待つか。  高い塀を飛び越えて、男と女の忍者が二人出てきた。  たぶん侍の仲間だろう。  雑魚をバッサバッサと斬り捨てている。  くのいちの方は動きがちょっとぎこちなくて笑える。  ジリジリと侍が悪党との間合いをつめていく。  悪党が刀を抜き侍に向かっていくが、侍はあっさりとそれを受け流し、刀の峰で悪党の手首を打ち据えた。    侍 「成敗!!」  忍者達が悪党の両脇から交差するように走りぬけ、忍刀でわき腹を切り裂いた。  崩れ落ちる悪党。  悲しげな目で悪党を見下ろす侍。  画面が暗転して、江戸の街並みへ。  ほどなくして耳に残る演歌と共にエンドロールが流れ始めた。 レ ン「うむ!」  レンが満足したようにうなずく。 大 翔「終わったか」 レ ン「なんだ。いたのか」  さほど驚いていない様子で俺を見る。  気付いてなかったのかよ。 大 翔「おもしろかった?」 レ ン「ああ。これはいい。いいぞこれは。殺陣のシーンがすばらしい。上様はすべて峰打ちなのに対して、家来の忍者達は容赦なく斬り捨てている。この矛盾がなんともいえん。そして将軍という立場でありながら――」  拳をぎゅっと握り締めて、興奮した面持ちで雄弁に語り始める。  長くなりそうだったので適当なところで割ってはいる。 大 翔「ところでこれからちょっといいか?」 レ ン「ん? なんだ」 大 翔「食材の買出しに付き合っていただきたい」 レ ン「今からか?」 大 翔「今から。なんか用事あるか?」 レ ン「いや、ない。少し待ってくれ」  DVDプレイヤーからディスクを取り出して、ケースの中に丁寧にしまう。  ユリアは機械の操作が全く駄目だが、レンはすぐにその扱いを覚えた。  結構、適応能力が高い。 レ ン「よし」  勢いよく立ち上がる。 レ ン「いくぞ爺や!」 大 翔「誰だよ」  ……単に影響を受けやすいだけかもしれない。 ----  最寄のスーパーへ到着。  うちの家計は爺ちゃんと婆ちゃんの仕送りで成り立っている。  三人が毎日外食しても大丈夫な、五人でも割と贅沢ができる金額。  でも、いつなにが起こるかわからない。  基本は節約だ。   レ ン「どうした? 買わないのか?」  買い物カゴを下げたまま、じっと野菜売り場をにらみつける。  狙いはタイムサービス。  すこし離れた場所にいないと人の波に飲まれてケガをしかねない。  このポジションが最も安全だ。   大 翔「これからレンにも買い物を頼むことがあるかもしれない。俺の技、よく見ておけ」 レ ン「ん? あ、ああ」  ここは野菜が特に安いことで有名なスーパー。  周りは俺と同じハンターだらけ。  一瞬の油断が命取りだ。  銀色のでかい扉からワゴンを引いた店員が出てきた。  ……そろそろか。  店員が手に持った鐘をゆっくりと振る。 店 員「えー、只今よりタイムサービスを開始させていただきます」  ガランガランと店内に鐘の音が響くやいなや、ハンターたちがとんでもないスピードで群がっていく。  もはやネズミ一匹入る隙間もない。 レ ン「な、何事だ?」  レンがびくりと体を震わせる。 大 翔「これを持っていてくれ」  レンに買い物カゴを預ける。 レ ン「ま、まさか……あそこにいくと言うのか?」 大 翔「ああ」 レ ン「あれは……無茶だろう……」  暴徒と化した主婦たちを、レンが絶望的な眼差しでみつめる。  大 翔「無茶でも、いかなきゃいかんのさ」 レ ン「危険すぎる!」 大 翔「承知の上だ」    既に買い物の会話ではなくなっていた。  首を左右に振ってコキコキと音を鳴らす。  さぁ戦闘開始だ! 大 翔「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 レ ン「大翔ぉ!」  全力で床を蹴り、ワゴン目掛けて突進していく。 主婦1「あんた! ちょっと離しなさいよ!!」 主婦2「これはわたしのよおぉぉぉぉぉ!!」  肉の壁に強引に体を突っ込む。  ここでは気遣いなどいらない。  弱いものは生き残れない。 店 員「お一人様一把限りと、お客様! 押さないでくだっおきゃっ!」  ここは戦場だ! 大 翔「おりゃあ!」  腕だけを伸ばしてワゴン内に手を突っ込む。  捕らえた!  しかしまだ油断は出来ない。  横取りされる可能性もある。  しっかりと手に握りこんで腕を引き抜く。  そのままの勢いで体を後ろに流して脱出。  途端に涼しい風が吹き抜けた。  ミッションコンプリート。 大 翔「ネギ一把五十円。ゲット」  レンの持つカゴにネギを放り込む。 大 翔「ん?」  惚けたようにレンは俺の顔を見ていた。 レ ン「初めて……お前をすごいと思った」 大 翔「そりゃどうも」  あとの食材は普通に買った。  人参とジャガイモが安かった。 ----  並んで歩く帰り道。  二人の両手にはパンパンになった買い物袋がぶら下がっている。  これだけあればしばらく持つだろう。  レンの袋の中身は気持ち軽めにしておいた。  さりげない気遣い。  自己満足だけどさ。   レ ン「この世界の買い物は……命がけなのだな」  ちょっとしたトラウマになったらしい。   レ ン「いや……やってみるさ」  そしてなにかを決意する。  レンはこっちの世界にきてから、様々なことに例外なく適応してきた。  機械の操作も、学校も、近所付き合いも。  なんのトラブルもなく、こっちの世界に馴染んでいった。  彼女のふるまいがあまりにも自然すぎて、たまに忘れてしまう。  帰るべき場所があるんだってことを。  もとの世界に帰してあげる方法は、未だに見当もつかない。  何度かあの公園に足を運んでみたけど、成果は得られなかった。  たまにレンが夜に外出することもあった。  たぶん公園に足を運んでいるんだろうけど、何も言って来ないところを見ると同じように成果無しなんだろう。  俺の責任だ、義務だなんて言ってるくせに、結局俺はレンにもユリアにも何もしてあげられていない。   大 翔「レンは、自分の世界に早く帰りたいか?」  感傷が、俺にくだらない質問をさせた。  聞いたところでなにも変わりはしないのに。 レ ン「お前の話は、いつも突然だな」  微笑する。 レ ン「帰りたくない、と言えば嘘になるが、こちらの世界は居心地がいい。皆、私を同等に扱ってくれる」 大 翔「同等?」  何気なくレンが口にしたその言葉が、ひっかかった。 レ ン「大翔は私が魔法を使ったところを見たことがあるか?」  そういえば、ない。  意思疎通が出来るようになったのも、学校に潜り込めたのも、光の玉をだしたのも、美優にせがまれて光線を発射して窓ガラスをぶち破ったのも、全部ユリアだ。 レ ン「私は先天性魔力障害なんだ」 大 翔「なんだそれ」 レ ン「生まれつき魔法が使えないんだ。本来あるはずの魔力が私には全く備わっていない。私はどれだけ努力をしようとも、魔法を使うことはできないんだ」 大 翔「それだとなにか困るのか?」 レ ン「生きるのに困りはしないがな。だけど私がいた世界では魔法が使えるのが当たり前なんだ。小さい子供ですら何か一つは魔法が使える。異端なんだよ、私は」    私にはこちらの世界のほうが住みやすいのかもしれない。  いつかレンが言った言葉。  緑が多くて、動物だらけで。  人と建造物でごちゃごちゃしているこっちと違って、夢のような世界に思えた。  だからあの時、レンの言葉は理解できなかった。  ……どこの世界でも差別ってあるんだな。  無性に腹が立った。 レ ン「せめて一芸……そう思って剣の腕を磨いてきた。男に勝つ自信もある。だが周囲の目は変わらん。王宮での私の立場はひどいものだ」  思えば、レンが俺に身の上話をしてくれたのは初めてかもしれない。  いつも気丈に振舞っていた。  弱音なんて吐かないと思っていた。  一ヶ月も一緒にいるのに俺はレンのこと、何も知らない。  でも……知ってどうするのか。  いずれ別れはくる。  そしてこの世界が滅ぶなら、ここに住む俺達に未来はない。   レ ン「すまんな。くだらん話をした」 大 翔「くだらなくはないさ」 レ ン「姫様以外にこんな話をしたのは初めてだ」  照れくさそうに笑う。  最近、レンはよく笑うになった。 レ ン「さぁ、早く帰るか。今日の食事当番は誰だ?」 大 翔「俺」 レ ン「大翔か。そういえば美羽がぼやいていたぞ? 料理ができる人が食事当番やればいいのになんでアタシにやらせるんだ、と」 大 翔「独り立ちしたとき料理は覚えておいて損はないからな。サボることはうちでは許されません」  美羽の呼び名は、美羽殿から呼び捨てになっていた。  特に親しい人間には殿をつけないらしい。  それとも美羽に殿をつけるな、って言われたのか。  そういえば俺は最初から呼び捨てだったな。 レ ン「ふふ。もっともだな」  またレンが笑う。  ちょっとは気を許してくれているのかな。 レ ン「どうした?」 大 翔「いや、別に」  ずっとこっちにいればいいじゃないか。  そう、言いたかった。  ――この世界は……滅びます  はやく、はやく帰してあげよう。  二人がただの同居人の今なら、笑って送り出せると思うから。 ----  目覚まし時計を掴んで時間を確認する。  午前三時三十二分。  最近どうも夢見が悪くて、変な時間に飛び起きることが多かった。  背中が汗でじっとりと湿っている。  知らない場所を誰かと一緒に歩いていた。  顔がぼやけていて誰かはわからない。  一緒に歩いていたはずなのに、気付くとその人はいなくなっていた。  たった一人取り残された俺は、赤ん坊のように泣いていた。  嫌な……夢だった。  もしかしたら、ユリアに言われたあの言葉を自分が思っている以上に気にしているのかもしれない。  時計を戻して、再度横になる。  目をつぶろうとしたその時、違和感を覚えた。  窓の外が異様に明るい。  もう一度、時計を見る。  秒針が動いていなかった。 大 翔「嘘だろ……」  慌てて机の上においてある携帯で時刻を確認する。  起きるべき時間を既に三十分も過ぎていた。   大 翔「ギャース!」  ち、遅刻!  Tシャツを脱ぎ捨てて制服に着替える。  時間割表を確認して教科書を―― 大 翔「ええい、めんどくさい!」  そのまま鞄を肩にかけて一階へと駆け下りていく。 美 羽「あ、やっと起きた」 美 優「おはよー」  台所で美羽と美優が食器を片付けていた。 大 翔「お、起こしてくれよ」 美 羽「起こしにいったよ。美優が」  美優を見る。  体をビクッとさせた。  美 優「ノックしたけど起きなかったから……」  ……頼むぜ妹よ。 美 優「お兄ちゃんの朝ごはん、テーブルの上においてあるよ」 大 翔「お、おう」  居間のテーブルに、トーストと目玉焼き、スープが置いてあった。  さすがに全部食べている時間はないな。 ユリア「おはようございます」 レ ン「寝坊とは、腑抜けてるな」 大 翔「おはよう」  レンは無視してトーストにがっつく。  朝飯抜きという手もあるが、昼まで正気を保てる自信がなかった。   美 羽「私たち、先に行くからね」  テーブルに牛乳を置いて、居間を出て行く。 ユリア「行ってきますね」 レ ン「先に行く」 美 優「お兄ちゃん遅刻しないようにね」  みんな一言ずつ残して、家を出て行った。  トーストを口いっぱいに詰め込んで、牛乳で流し込む。  四人はいつも一緒に登校していた。  俺は一緒にはいかない。  一緒に行こうとすると美羽が露骨に嫌な顔をするからだ。  兄と並んで歩くのが恥ずかしいんだろうな、と好意的に解釈してはいるものの、毎朝あの顔をされるとくるものがある。  テレビを見て少し時間を潰してから家を出るが、今日はナチュラル遅刻だ。  占いカウントダウンを悠長に見ている暇はない。  湿らせたタオルで寝癖をなおして、秒間五往復の速さで歯を磨き、乱暴に顔を洗って、家を出、全速力で走った。  意外と余裕を持って学校についてしまった。 ----  腹が減った。  トースト一枚しか食べなかったせいで、俺の腹は二限目が始まった辺りから空腹を感じていた。  そして耐え忍ぶこと数時間。  ようやく待ちに待った昼休みがきた。 大 翔「頂きます」    食堂のいつもの席に座って、手を合わせる。  目の前にはうまそうなカツ丼と味噌汁、たくあん。  がっつりいきたい気分だった。  割り箸の先っぽを持ってゆっくり開いていく。  ……綺麗に割れなかった。  こうやれば真っ二つにできるってどこかの天才が言ってたのに、俺は成功したためしがない。  カツをつまんで口に運ぶ。  んー、んまい。  とはいえ一人の飯は寂しい。  うちは三人とも朝起きるのがしんどいタイプだから、節約節約って言うくせに弁当は作らない。  たぶん美羽と美優も食堂にいるか、パンでも買ってどこかで食べているんだろう。  レンとユリアもたぶんパン。  レンはクリームパンにとんでもない衝撃を受けたようで、そればかり食べている。  ユリアはなんでもおいしいと言う。  一緒に昼食をとったことはない。  貴俊と一緒に飯を食おうと思ったが、誘おうと思ったときにはすでに教室にいなかった。  あいつは神出鬼没だ。  そういえば、昼飯は貴俊と食うか一人で食うかの二択しか無い気がする。  俺って友達少ないのか? 陽 菜「ここー、いい?」  目の前で沢井がトレイを持って俺の顔をのぞき込んでいた。  口にカツと米が詰まっていたから、首を振って了承する。 陽 菜「はー、やっと座れた」  辺りを見渡してみる。 大 翔「結構空いてるぞ?」 陽 菜「あ、あー! なんでもないの。なんでも。あはっあはは!」  わざとらしく笑う。  最近のこいつは挙動不審だと思う。 陽 菜「あ、カツ丼だー。問題です私の今日のお昼ご飯はなんでしょーか」 大 翔「は?」 陽 菜「倍率ドン!」  突然クイズなんかをはじめだす。 陽 菜「ジャーン! 正解はうどんおむすびセットでしたー」  大げさに両手を広げてみせる。 大 翔「みりゃわかるよ」 陽 菜「ノリ悪いなぁ……」  口を尖らせながら割り箸をとって、それを割る。  片方の割り箸が途中で折れて、長さの違う二本が出来上がった。   陽 菜「な、なに?」 大 翔「へ?」 陽 菜「すごい怖い目で見てるんですけど……」 大 翔「いや、なんでもない」  つい、手元に集中してしまった。  割り箸フェチか俺は。  そのまま無言で食を進める。  たぶん沢井は話のきっかけを掴もうと思ったんだろうな。  なにも考えずにその努力をぶち壊してしまって、バツが悪かった。 陽 菜「あのね、ちょっと話あるんだけど……いいかな?」  先ほどとは打って変わった緊張した面持ちで、沢井が口を開いた。 大 翔「いいけど」 陽 菜「えっとね……そのぉ」  言いにくそうに、体をもじもじとさせる。  空気が少しだけ重くなった気がした。  そいつに気がつかないフリをして飯をかき込む。    ――あのね、相談があるんだ。  そういえば、何年か前もこんな風に話を切り出された。 陽 菜「実はね……」  箸を置いて、椅子の背もたれにもたれながら沢井は自分のお腹をさすった。  ……別に、今更なにを言われても……どうも思わないさ。 陽 菜「妊娠したの」 大 翔「ぶッ!!!!」    口の内容物を勢い良く吐き出した。  平静を保つことはできなかった。 陽 菜「うわっ! 予想以上のリアクションだ!」 大 翔「な? えっ? にん……え?」  妊娠?  妊娠だって?  頭がうまく回らなかった。  ――男の子って女の子にどんなことしてもらったらうれしい?  あのときの記憶が鮮明によみがえる。  誰と……誰と、誰と! 陽 菜「嘘でしたー」  ……。 大 翔「は?」 陽 菜「ウッソー」  箸を投げた。 陽 菜「いったぁーい」  沢井のおでこにコツッと当たった。 大 翔「ついていい嘘と悪い嘘があるんだ!」 陽 菜「えへへ、怒った?」 大 翔「……」  無言のアピール。 陽 菜「ごめんねー。えへへ」  怒られているって言うのに沢井はうれしそうに笑っていた。  そんな顔を見ていたら馬鹿馬鹿しくなって、怒りも冷めた。  溜息をついて、割り箸の束から新しいものを取り出す。 陽 菜「えー、実は言いたいのはそんなことじゃなくてですね」 大 翔「知ってるよ!」  またちょっとイラっときた。 陽 菜「明後日……暇?」  ドキリとする。  スケジュール帳を開くまでも無く、暇だ。 陽 菜「忙しい?」  不安げに、上目遣いで俺を見る。  無意識に俺は、目をそらしていた。 大 翔「いや、暇だけど……放課後?」 陽 菜「なにいってんのー」  沢井がクスクスと笑う。 陽 菜「明後日はお休みです。祝日。ホリデイ」 大 翔「あ、そうなの?」  そういえば、そうだった気がする。 陽 菜「よかったら……買い物に付き合って欲しいんだけど」 大 翔「買い物?」 陽 菜「う、うん。ペンダントなんだけど限定品でね。一人一個しか買えないんだって。だから一緒に来てもらえないかなって思って」 大 翔「いいけど」  よせばいいのに、聞いてしまった。 大 翔「二つも欲しいなんて、誰かにプレゼントするのか?」 陽 菜「え? あ、まぁ……そんなとこ、かな?」  笑って、言いにくそうに。  もう、こんな気分になることはないと思ったのに。  箸を口に運ぶ。  うまいはずのカツ丼は、味がしなかった。 

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