ホムンクルス騒動d

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ホムンクルス騒動d - (2007/09/23 (日) 23:51:08) の1つ前との変更点

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 教室に向かって階段を駆け上る。  歓喜の声が響き渡るところを見ると、どうやら俺の知らないところでも何人かの集団がホムンクルスを倒したようだ。一体奴らが何匹いるか知らないが、士気が高まりゃこっちの勝ちだし、すでに誰かは警察に通報しているだろう。サイレン鳴らした戦闘蟻たちがワラワラと集まってくるのは間違いない。その前にすべて終わらせたいというのが心情ではあるが、勢力図が分からない今は換算時間も割り出せない。  警察どもが臆病というのを差し引いても、長引かせるのは得策じゃない。それに、さらにしばらくすれば、噂を聞きつけたクソッタレのエンターテイナーたちがこの学校で全国に向けて生放送を始めるのは必然だ。  ホムンクルスの姿を映させるのは、危険か? 何言ってんだ。もうそういう段階じゃない。ホムンクルスをこの学園のほぼ全員が見てるんだ。幻影でした、で流すわけがない。  クソ。やっぱり、世界は終着に向かってるようだぜ、ユリア姫。これで頭に蛆が湧いている新興宗教家たちが、この学園をどう見るか考えただけでも吐き気がする。すべてが終わっているであろう、遅くとも明後日には狂ったバカどもの行列とマーチが拝めるだろうよ。そりゃ眠気も吹っ飛ぶってもんだ。神に祈れよ。もしかしたら降りてきてくれるかもしれないぜ。頭のイカれたお前らの神だ。その神も大層頭がイカれてるんだろうな。  そいつ、金ぴかのハリボテ付きだぞ! やったな豪華だぜ! 酷すぎて嘲笑も起きないね! 「兄貴、あそこに三匹も」  美羽が窓の外の中庭を指差した。俺は一瞥だけする。三匹が寄り固まってるだけだ。 「だからなんだ。ほっとけ」 「おい、君たち! 早くこっちに避難しろ!」  喚く先生たちには一瞥もせず、走り抜ける。  教室前では貴俊以下数人が円陣を組んでいた。オーケイ。人数的には悪くない。走ってくる俺と美羽にようやく気づいて顔を向けてくる。 「貴俊、美優は来なかったか?」  貴俊は首を振った。「いないのか」 「クソ、神隠しにでもあったのかよ」 「大翔、陽菜はどうした?」  意味が分からず、眉をひそめる。 「あいつ、お前が出てった後、すぐに追いかけていったんだぞ。気づかなかったか?」  俺は右手で額を軽く叩いた。 「こりゃあ、分が悪いな」  落ち着け、落ち着け。相手は所詮ホムンクルスだ。慌てる必要はない。なんでいない? 今どこにいる? 可能性は? ホムンクルスが関わってるか、それとも俺の知らない第三の要素か?  俺たちだけで校内を虱潰しに探すのは限度がある。校舎を二つに分けて、あとは中庭、校庭という感じで大よそ区切れるか。  とにかく、美優と陽菜だ。俺と貴俊か……。 「大翔。俺らはこれから、放送室に行こうと思う」  俺は俯き加減の顔を上げた。 「校内放送か。なるほど、いい案だ」  校内放送なら、今の状況を嘘だろうが本当だろうが何かしらの情報を伝えることが出来る。士気を上げるにはもってこいだ。同時に、美優や陽菜とも連絡が取れるかもしれない。  だが、内容はどうする?   分からないことは、まずホムンクルスの数。ホムンクルスがいる場所。……そう。ホムンクルスを把握することが出来れば、美優も陽菜も危険なことに出会う可能性は低くなる! ここは学校だ。なんとか勇者に目覚めた奴らにハッパをかけて、三人一組、四人一組ほどで動かす。だがまぁ俺の指示で動かせるかどうかは微妙な問題だな。少なくとも半分は動かせないことを考慮しよう。 「兄貴、どうするの?」 「放送は使う。だが、行くのは俺と美羽だ」脳をフル回転させながら喋る。「貴俊たちには、正直中庭辺りでパフォーマンスをして欲しいんだが――」 「なるほど、その手か」  貴俊が俺と同じように考え込む。  テンポ良く行きたい。正直、今こうして考えている時間すらも惜しい。エンターテイナーたちが歓喜の声で全国放送する前に絶対に終わらせてみせる。 「いや、やっぱなし。即席勇者(インスタントブレイバー)たちは、意外に動いている。放送でケツを引っ叩くぐらいでいいはずだ」  何が重要だ? 優先事項は? 俺はどうするべきだ?  そこで、貴俊を呼ぶ声が上がった。 「黒須川! お前ら大丈夫か!?」 「先輩」  廊下の突き当たりから、四人ほどのヤンキーかぶれがホウキやら何やらの武器を持ってこっちに来るのが見えた。 「どうしたんですか?」 「どうしたも、こうしたもねぇよ。変な生き物が学園中を闊歩してるじゃねぇか。今はとにかく動ける奴を集めて手当たり次第に叩こうと思ってな。黒須川ならこんぐらいじゃびびらねぇと踏んだ」  貴俊は顔が広い。これはこっちに取っていい状況になりうる。そして、この人はその貴俊よりもさらに顔が広い。一人は三年の学級委員だったはずだ。それに他の三人も運動系部活の部長クラスだったような気がする。 「ははぁ。そう思ってもらって良かったです」  貴俊は俺を見てニヤっと笑った。こいつも俺と同じことを考えているのだろう。 「先輩たちにお願いがあります」貴俊が早口でまくし立てる。「こうやって回るのも効果はあるでしょうが、もっと手っ取り早い方法があります。校内放送です」 「それは俺らも考えたが――」 「お願いします。渋ってる腰抜けどものケツを引っぱたくにはこれしかありません。人数は多ければ多いほどいい。そうでしょう?」  三秒ほどの沈黙の後、「分かった」と言った。 「ただし、俺らが校内放送してる間、お前らが校内を回るんだぞ」 「任せてください」  貴俊がいつにもなく真剣な顔で返答する。  俺、貴俊、美羽以下五人で渡り廊下を走っていた。  先輩と俺らに大きく分けて、A校舎とB校舎をそれぞれ担当することになった。本来ならば、避難させようと躍起になってる教師にローリングソバットを食らわせて、「お前もやるんだよ!」と言ってやるつもりだったが、さすがに数人はホムンクルス退治を開始しているようだ。全員、俺が考えている以上に動いてくれているようで、こちらとしてもやりやすい。  おかげで俺は陽菜と美優に集中するのもアリってことだ。 「美優!」  美羽が叫んだ。三階の渡り廊下の窓から、二階の廊下で美優がホムンクルスに追いかけられてるのが見えた。美優の横に男が一人ホムンクルス二匹に勇敢にも立ち向かっている。  中々根性のある奴がいるじゃないか。 「貴俊、俺は最短ルートで行く」 「オーケー、相棒。挟み撃ちだな」  俺の一言で大体理解するのだから、本当に俺を理解していると思う。  すでに駆け出している美羽を追いかける。同時に、サイレンのようなモノが聞こえて、窓の外をちらっと見る。  クソ。ちょっかい出しは野暮だろ。自重してろ、軍隊蟻。  美羽と共に美優とのご対面を果たした時には、ホムンクルスは四匹に増えていた。一体どれだけいるんだ、こいつら。  美優は廊下の真ん中で「お兄ちゃん、お姉ちゃん」と一度叫んだ。美優の横にいる男は傷つきながらも戦意は失ってない様子。ホムンクルスは二匹一組で挟み撃ちの形を作っていた。  そしてその挟み撃ちの形にさらに俺と貴俊の挟み撃ちの形が出来上がる。廊下の向こう側で貴俊がちょうど着いたのが見えた。 「美羽。サポートよろしく」  言うが早いか、俺はすでに駆け出していた。二匹のうち一匹がこちらを向いている。なめられたものだ。  ホムンクルスの顔面に球体が出来ているのに気づいた瞬間、俺は僅かに半身になる。胸の辺りを掠める球体。次の瞬間、構えていたホウキにもう一つの球体がぶち当たった。そのせいで間合いは開き、一歩退いてしまう。その出所が、美優を挟んだ向こう側のホムンクルスだとすぐに気づいた。このホムンクルスたちは前にも増して賢くなっているようだ。二段構えの攻撃とは……。  向こうのホムンクルスは攻撃してこないという思い込みをした俺の失態か。いいぜ、面白いじゃないか。大した害虫に成長してるじゃないか。これなら、美羽が怪我したのも頷けるかもしれない。 「兄貴、大丈夫?」 「美羽……俺の背後を任せる」 「はい?」 「挟み撃ちの挟み撃ちの挟み撃ちなんてごめんだってことだ。それといい加減、俺も腹立ってしょうがないんだ。ストレス発散しないと。この調子じゃキリギリスが生涯嫌いになりそうでね」 「キリギリス?」  美羽の問いには答えず、今は目の前の二匹にゆっくりと歩み寄っていく。  一匹はまだ美優の方を向いている。一匹は俺に照準を合わせている。美優と男を挟んだ向こう側の二匹も動かないで同じような状態だった。  向こう側の貴俊と目が合ったような気がする。貴俊の後ろにはもう一人だけクラスメートがいた。正直、あまり接点がないためフルネームで覚えていない相手だったが。  こちら側のホムンクルス二匹が完全に俺を見た。同時にヘヘヘヘヘヘヘという不気味な声が響く。それはいつかの夜中にあった名もなき虫たちの鳴き声よりも神経を逆撫でするものだった。  二匹がほぼ同時に飛び掛ってくる。  俺は即、右の教室側にいるホムンクルスの懐に潜り込んだ。このままホウキを突き上げてやろうと思ったが、顔面に球体が出来ていたのに気づく。  軽く舌打ちすると球体ごとホウキの先で突き上げた。破裂音がするだけで手ごたえはない。視界の隅からホムンクルスの手が伸びていた。俺は当たる前に避けたが、避けた先でもう一匹のホムンクルスの腕が右わき腹にぶち当たった。軽く咳き込む。俺の方が学習能力ねぇや、と妙に冷静な思考を回していた。  ホウキをぶん回すと二匹は一斉に後ろに退いた。  次の瞬間、二匹の顔周りに球体がいくつも張り付いているのが見えた。  ――まだ成長してるのか。  来る、と思った時にはすでに二、三発が腕と足に当たっていた。じんじんと痛む。ヘルメスの杖を使いたくなったが、辛うじて止めた。  バリンと窓の割れる音がする。貴俊が、さっきと同じ手を使ったのだと分かった。この辺りのホムンクルスの動きはあまり変わってないようで、やはり一瞬止まる。昔に比べればその反応速度も状況確認精度もどんどん速くなっているが、関係ない。  射程範囲に入った瞬間、右のホムンクルスの胸を突き刺す。浅い。ホムンクルスも反応していて後ろに下がろうとしたせいで吹っ飛ばすだけになってしまった。しかし、その吹っ飛ばしたホムンクルスを美優の横にいた男が持っていた消火器で頭を潰すのが見えた。  もう一匹の窓側にいるホムンクルスはホウキを振り回す美羽に一歩退いていた。こちらには気を回す余裕がないようだ。俺が急速に近づくと反応したが、破裂する球体をひとつだけ発射するだけに留まる。余裕を持って避けると渾身の力で頭を突き刺した。ホムンクルスが窓にぶち当たる。勢い余って窓が割れ、ホムンクルスが窓ガラスと一緒に落ちる。  ドン、という軽い響きを聞きながら俺は貴俊の方を見た。すでに終わらせているようだった。  視線を落とすと、美羽は美優を抱きしめていた。 「このバカ!」 「お姉ちゃんごめんね……」  美羽はそれから何も言う様子はなかった。ぎゅっと抱きしめたまま、離れようとする様子もなかった。  俺も正直、美優に何か言おうと思っていたのだが、吹っ飛んでしまった。見てたら怒る気もなくなっちゃったし。 「後は陽菜だな……」 「陽菜さん?」  美優が反応して顔を上げた。 「ああ、あいつがどこにいるか分からない」 「陽菜さんは乃愛先生と一緒だよ。お兄ちゃん探してる時に見たから間違いないよ」 「……今どこに?」 「多分だけど、五階の実験室じゃないかな。そう聞こえた。ワタシは声かけたけど、二人とも気づかないで行っちゃった」  俺は自分の口元がゆっくり笑いの形になっていることに気づいていた。でも、それを正そうとは思わない。 「貴俊、悪いが美羽と美優を頼むよ。あと、誰も実験室に来るな」 「大翔?」  俺は踵を返しながら言った。 「ヤボ用さ。頭がイカれちまったらしいキリギリスに話があるんだ」 『みなさん。現在、この学園は可笑しな生物によって襲撃されています』  放送を聴きながら、俺は走ることもなく、ただ淡々と五階にある実験室に向かって足を運んでいた。 『しかし、倒せない相手ではありません。勇気のある者はホウキでもイスでも周りにある武器を持って、俺たちと戦いましょう』  クスっと笑った。政治演説じゃねぇんだから。  実験室のドアの前まで行くと、躊躇いもなくガラっと開けた。中では乃愛先生が俺を一瞥もせずに窓の外を見ていた。どうやら放送を聴いているらしい。 『ただの害虫退治です。俺たちは勝つんです』  それから二言三言で何か言ってから放送は切れた。  乃愛先生は何も言う様子がなかったので、俺は口を開いていた。静かな実験室で俺の声だけが響く。 「たそがれるのが趣味なんですか」  乃愛先生は何も反応しない。人形でも相手にしているかのようだった。もちろん、それは人間だ。沈黙の天使は少し長くこの場に留まっていただけだ。 「いや」一旦切り、ようやく視線を俺の方に向ける。「勇者観察の方かな。いい趣味でしょう?」  俺はよっぽど床に唾を吐きつけたかった。 「陽菜はどこだ」 「何の話だ?」  乃愛先生が心底驚いたような表情をした。 「くだらないギャグをまだ続けるつもりなのか。笑いどころは教えてくれるんだろうな、乃愛先生? それとも、ノア・アメスタシアと言うべきか」 「冗談だよ、ただの冗談さ」  ノア・アメスタシアがふふっと笑う。 「それと、これは一体何のマネなのかな? 教えてくれるんでしょうね?」  ノアは十五秒以上たっぷりかけてから、口を開いた。俺を見てはいない。どこか虚空を浮遊する視線は、間違っても俺には当たらない。 「アレイスター・クロウリーは言った。『僕たちの知っている世界がいつどこで壊れようが、それはよくある一つの出来事である』」 「だから、しょうがないなんて言うんじゃないだろうな」  再び俺に視線を向ける。 「冷たいな。そんなに怖い顔をするな。泣いちゃうぞ」  それで俺は思いっきり作り笑いの笑顔を向けてやった。同じようにノアも楽しそうに笑った。今まで見た事がない種類の笑顔だった。すべてに対して、哀れんでいるような、見下しているような。いやいや。とにかく、どす黒い感情しか感じない。狂気という言葉が最も似合う。 「沢井陽菜なら準備室で寝てるよ。何も心配することはない。何もしていないのだから」  ノアの言っていることは多分本当だ。これから先はともかく、今の時点では何かする必要は特にないと見た。 「もう秒読み段階で何も隠す必要はないってとこかな。この世界は崩壊するのか」  コツコツと音を響かせながら教壇の方に向かう。悠然と、堂々と、余裕を持って。黒板に向かうと何か書き始めた。 「ある意味では正解だが、ある意味では違う。ルイレ・ソキウもミマエ・ソキウも生まれ変わるのだ。一つとなり、その時何が起ころうが、私には知ったことではない」  黒板には名前が書かれていた。結城大翔。そして、ユリア・ジルヴァナ。ノアが俺に視線を送る。 「世界は生まれ変わる。この世界の法則と、私たちの法則は一つになる。多分、この世界に吸収される形になるだろう。法則の薄くなった世界は濃い世界に吸収されるだけだ。だが、この世界も無事じゃすまないさ。何、大丈夫。痛くないよ。精神的には狂うかもしれないがな」 「そんなことしてどうなる」  答えを期待したわけじゃなかったが、ノアは笑顔を保ったまま喋り続ける。 「したいことがあるんだ。一つの世界じゃないと出来ないことだ。人類が一度は夢見たことだ。なぁ、ヒロトくん。何故この世界に物質というものが存在するのか考えたことはあるか? 何故、始まりがあり、終わりがあるという考え方が出来る、或いはその考え方しか出来ないのか、想像したことはあるか? 人は世界の始まりを考えたがる。しかし、人はその始まりの始まりを考える。次に始まりの始まりの始まりを考える。後は同じことを繰り返すだけだ。  そこでだ。この世界は法則によって作られた世界だと言っただろう? では、その法則の中で物質というのは一体どういう役割をしていると思う? 始まりがあり、終わりがあるというのは――物質があり、人間があり、世界があるというのは法則が"自身のため"に作り上げた一つの幻想だったとしたら? 法則"自体"が始まりがあり、終わりがあるというもの『そのもの』だったとしたら? 私たちがしている世界の解体は無意味だ。でもね、ヒロトくん。私はそれでも、追ってみたい夢があるんだ。この考えをひっくり返してみたいんだ。それが、この世界でも私たちの世界でも無理だった。ただ、それだけの話なんだ」 「眠たいねぇ。ご大層な演説はいつ終わる? 長くなるようならポップコーンとコーラを買ってきたいんだが」  一度、ノアは無表情になった。しかし、すぐに笑顔に戻る。それはちょっとさっきとは違った。 「売り言葉にはご注意」 「買い言葉にも気をつけるべきさ」  俺はヘルメスの杖を掴んだ。ヘルメスの杖による効果は約十分。レンの限界を込めている。  向こうも十分、やる気があるようだ。いいね。いい加減、俺だって傍観者のままでいるなんて無理だ。聖人君子は明後日の方向にいるんだよ。 「今までと違って話が早いじゃないか。ハネッ返りどものお祭りを終わらせよう。クソくだらない祭りにはクソくだらない終わりが待っているのさ。フィナーレは線香花火でも打ち上げ花火でもない。爆竹やかんしゃく玉が関の山だ。感慨もありゃしない。そんな祭りはさっさと終わらせるに限る。さっさと終わらせて帰ったら、後は寝るだけだ。夢の中の方がまだ楽しいってことに気づくぜ。ホムンクルスも誰も彼も。……さて、オヤスミの時間だろ。寝かせてやるよ」 「今までと違って良く喋るね。元来のお調子者ならもっと上手い言い回しが出来るだろうな。寝るだけなら一人で十分だ。でも、してくれるというなら断る理由はないよ。添い寝はオーケー? オヤスミのキスは? ついにで頭も撫でてくれる? それからもちろん、子守唄の前に絵本は読んでくれるんだろうね」 「あったかいレモンティーもつけてやるよ」 「それは楽しみだ」  言い終わるとほぼ同時にヘルメスの杖を発動させた。  右足で床を思いっきり蹴り、五メートル近くあった間合いは一瞬にして詰まる。世界がスローモーションに入った。  ノアは動かない。  持っていたホウキを構える。教壇の上に足をかける。  ノアは動かない。  ギリギリまで近づく。恋人同士がキスできる位置まで近づいたところで、俺はホウキをぶん回した。  ノアが笑った。  みぞおちの辺りに衝撃が入ったと感じた時には、後ろに吹っ飛ばされ、実験台の上を滑っていた。すぐに落ちて二、三個イスを打ち倒すと、すぐに跳ね起きた。  背中と左腕の辺りが微かに傷む。何度か咳きをしながらノアを見る。 「消灯時間はまだのようだね」

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