終わる世界01

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終わる世界01 - (2007/07/19 (木) 01:13:48) の編集履歴(バックアップ)


 午後七時十分。
 結城家の夕食時だ。
 妹の美羽と美優、そして兄貴の俺。
 家族三人が集まるほぼ唯一の時間だけど特になにか話すわけでもなく、テレビを見ながら黙々と箸を進める。
 両親がいない俺たちは、三人で分担して家事をこなしている。
 今日の食事当番は美優。
 メニューは豚の生姜焼きに味噌汁、大根と玉ねぎのサラダ。
 少し濃い目に味付けられた豚肉がご飯にベストマッチする。
 まさに至福の時だ。
 確か明日は美羽が食事当番だった気がする。
 また野菜炒めが出てくるんだろうか。

美 優「わぁかわいい」

 テレビ画面ではトラの子供と犬がじゃれあいながら走り回っていた。
 美優はいつもテレビに夢中になりすぎて食事が全く片付かない。
 かといって注意をしたり、テレビを消したりしようものなら、信じられないほどへこむ。
 何日が『食事中はテレビをみないこと!』というルールを設けたが、食卓があまりにも暗くなってしまってすぐにやめた。

美 羽「ごちそうさま」
大 翔「おい美羽。自分の食器は自分で片付けろ」
美 羽「えー」
美 優「いいよお兄ちゃん。今日の洗い物の当番も私だから。後で私が片付けるね」
美 羽「ありがと美優」
大 翔「おい美羽」
美 羽「もー兄貴はうるさいなぁ」

 そのまま美羽は、ソファにうつぶせに寝転がってクッションに顔をうずめてしまった。
 下級生から聞いた話によると、美羽は学校では『隙のない女』らしい。
 男子生徒からの人気も中々のようで、一部ではアイドル的存在なんだそうだ。
 そいつらがこのだらしない姿をみたらどう思うだろうか。
 きっと幻滅どころの話じゃないだろうに。

美 羽「お風呂ぉ」
美 優「あ、美羽ちゃん。お風呂まだ入れないよ」
美 羽「え! なんで!?」
大 翔「今日の風呂掃除当番。お前じゃなかったか?」
美 羽「うそぉ!」

 バタバタと音を立てて台所まで走っていく。
 冷蔵庫に一週間の当番表が張ってあるのだが、美羽はいつもそれを確認しない。
 だから毎日、何かしら自分の役割を忘れてしまう。

美 羽「あ! 本当だ!」

 ちゃんと毎朝確認しておけって言っているのに。
 今日の俺の当番は確か、洗濯にトイレ掃除、あとゴミ出し。
 洗濯はもうやったし、トイレ掃除は風呂に入る前にやることにしよう。
 よし。
 ばしっと箸を置く。

大 翔「ごちそうさま」
美 優「おかわりは?」
大 翔「いや、いいよ。ゴミ出してくる」
美 優「うん」

 食後の運動がてら、ゴミ出しを終わらせてしまおう。
 台所の流しに自分の食器を置く。
 ついでに美羽の食器も。
 棚から半透明のゴミ袋を取り出して二階へ。
 俺の部屋。
 美羽の部屋。
 美優の部屋。
 それぞれをまわってゴミを集める。
 一階におりて居間のクズカゴ。
 台所の生ゴミ。
 終わり。
 よし、いこう。

美 羽「ねぇ兄貴」

 玄関のドアノブに手をかけた時、美羽に呼び止められた。

大 翔「なんだ?」
美 羽「えへへ」

 甘えた目で俺を見つめている。
 不気味だ。

美 羽「ゴミ出しとお風呂掃除、代わってくれない?」

 なるほど。

大 翔「いいぞ」
美 羽「ほんとうに!?」
大 翔「トイレ掃除と代わってくれたらな」
美 羽「なっ! 卑怯者! ザザ虫!」
大 翔「ザザ虫っ!?」

 ひどく罵られた。
 理不尽だ。

大 翔「……いってきます」
美 羽「フンッ」

 いってらっしゃいは言ってもらえなかった。



 外に出ると俺の頬を夜風が優しく撫でた。
 空を見上げればまんまるの月が黄色く輝いている。
 いい月夜だ。
 『燃えるごみ』と書かれた看板にゴミ袋を放りなげて、ゴミ出し終了。
 少し散歩をしていこう。
 目的地は、うーん。
 決定。
 T字路を左に曲がって坂を登って、コンビニの手前を右へ。
 そのままずっと進んで、小さな公園に到着。
 ベンチに腰かける。
 小さい頃は美羽と美優を連れて、よくここへ遊びにきていた。
 ここには三人の思い出がいっぱい詰まっている。
 調子に乗りすぎて、俺が天高く舞い上がったブランコ。
 美羽が勢いよく飛び乗ったせいで股間を思い切り打ったシーソー。
 バランスを崩した美優を助けて俺が代わりに頂上から落下したジャングルジム。
 ……なんか痛い思い出ばっかりだな。
 でもその光景を頭に思い浮かべれば楽しくなる。
 今は三人揃って出かけるなんてことはほとんどなくなってしまった。
 それが少しだけ、寂しい。
 物思いに耽っていると、茂みの中から一匹の猫がのっそりと出てきた。

大 翔「よう」

 俺が挨拶をすると、猫も小さく鳴いて俺の膝の上に飛び乗った。
 最初は俺の姿を見るだけで逃げていったのに、いつの間にかこんなにもなついてしまった。
 夜はいつもここにいるのか、俺がくるたびにすぐに出てきてまとわりついてくる。
 かわいいやつ。
 ここには思い出に浸りに来てるわけじゃなくて、実はこいつと遊びたいだけなのかもしれない。

大 翔「……お」

 猫の背を撫でながらぼんやりしているとベンチが少しだけゆれた。
 反射的に猫を抱きかかえる。
 ゆれはすぐにおさまった。

大 翔「地震か」

 そういえばワイドショーで、近いうちにどこかの地方で大地震が起こるとか言っていた。
 この街は大丈夫だろうか。
 防災セットとか非常食とか、ある程度準備をしておいたほうがいいかもしれない。

大 翔「あれ?」

 目の前で何かがぼんやりと光った。
 なんだろう。
 うっそうと生い茂った林の向こう側に、無数の明かりが灯っている。
 林の中は草木が伸び放題で野良猫たちの住処になっている。
 街灯なんてなかったはずだ。
 いつの間にか切り開いて新しいスペースでも作ったんだろうか。

大 翔「ちょっと行ってみるか」

 猫を引き連れて、林の中へ踏み入っていく。
 クモの巣をよけ、木の枝にひっかからないように慎重に。
 奥に進むにつれて月の光が届かなくなり、少しずつ空気も淀んでいった。
 前人未到の地を踏みしめている。
 実際はそんな大層なものじゃないけれど、そんな感覚が俺の胸を高揚させた。
 はやる気持ちを抑えながらずんずん進んでいくと、唐突に視界がひらけた。
 先ほどまでの湿った空気もどこかに消し飛んで、実に爽やかな風が吹いている。

大 翔「おお!」

 気持ちいい。
 探検隊が苦難の末、秘境にたどりついた。
 そんな気分だ。

大 翔「みろよ。でっかい城みたいなのがあるぞ。いつのまにできたんだこんなもの」

 猫も驚いたようにあたりを見渡している。

大 翔「あの建物はいれるのかな。いってみよう」
 ? 「―――!」

 巨大な壁のような建物に近づこうとした時、怒鳴り声が聞こえてきた。
 びくり、と体が震える。
 声がしたほうに目を向けると、人影が二つ。
 たぶん両方とも女性だと思うが、ここからではよく見えない。
 片方の女性がなにか大声で喋り続けている。
 なにを言ってるんだ?
 外国語のようでまったく理解できない。
 ただ、すごく怒ってるのはわかる。
 もしかして俺は入ってはいけないところに踏み入ってしまったんじゃないだろうか。

大 翔「あの! すみませんすぐ出て行きます!」

 後ずさりして、叫ぶ。
 女性は少しずつ距離をつめてくる。

大 翔「出て行きますから!」

 もう一歩下がって、さらに大きな声で。
 女性は止まらない。
 言葉が相手に通じていないのかもしれない。
 徐々に女性の輪郭がはっきりしてきた。
 黒いショートの髪に、軍服のような詰襟。
 そして腰には……

大 翔「刀!?」

 背筋にぞっと寒気が走った。
 たぶんここは外国の要人の別荘かなにかなんだ。
 そしてあの女性がボディガード。
 なんでこの街にそんなものがあるかは知らない。
 でもそう考えれば辻褄が合う。

大 翔「や、やべぇ!」

 つかまったらタダではすまない。
 あの剣でなぶられるか、よくて警察にお世話になるか。
 とにかく逃げなくては!
 後ろを振り返って足元に視線を落とすとそこにいるはずの猫がいなかった。
 あいつ! 俺を置いて逃げやがった!
 視界の端で女性が刀を抜くのが見えた。

大 翔「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 やばい! やばい! 
 とてつもなくやばい!
 冗談じゃない!
 こんなことになるなら好奇心なんて抑えておけばよかった!
 クモの巣が顔にかかった。
 木の枝が腕をひっかいた。
 構わない。
 走る。
 走る。
 とにかく走る!
 もう少し!
 そう安堵したとき―――

大 翔「どぅわ!」

 俺は木の根に躓いて派手に転んだ。

大 翔「いってぇ……」

 鼻を強打した。
 鼻の奥がツーンとする。

大 翔「あぁくっそ……いてっ!」

 背中がちくりと痛んだ。
 恐る恐る首を後ろに捻ると、先ほどの女性が俺に刀を突きつけていた。
 追いつかれた。
 あぁ、俺はもうだめだ。
 このまま背中を貫かれて死ぬのか。
 それとも警察に捕まって裁判にかけられて……弁護士とかどうしたらいいんだろう。

 ? 「待って、レン」

 これはどれくらいの罪になるんだろうか。
 ごめん美羽、美優。
 お兄ちゃんは犯罪者になってしまった。

 ? 「その人、異国の方みたい」

 ん……日本語?
 日本語を喋れる人がいる!

大 翔「あの! 俺ただ迷い込んじゃっただけで! わざとじゃないんです!」

 ここぞとばかりに捲くし立てる。

レ ン「黙れ!」
大 翔「うわぁ!」

 俺の顔の真横に刀が突き刺さった。
 こ……殺される!

 ? 「駄目よレン。離してあげて」
レ ン「しかし姫様……」
 姫 「お願いだから」
レ ン「わかりました……」

 地面から刀身が引き抜かれる。

 姫 「お立ちになって」
大 翔「ど、どうも……」

 姫と呼ばれた女性の手を借りて立ち上がる。

 姫 「あら、鼻血が」
大 翔「あ、や、すみません」

 ドレスの袖が、俺の鼻血で汚れていく。

 姫 「これで大丈夫」
大 翔「あ、ありがとうございます」

 姫の柔らかい笑顔に俺の心臓がドキリと跳ねる。
 びっくりするほどの美人だった。

 姫 「それでは、私はこれで」
大 翔「あ、どうも」
レ ン「姫様!?」
 姫 「いいの。悪い人には見えないもの」
レ ン「しかし!」
 姫 「もう!私がいいって言ってるんだからいいの」

 二人が揉めはじめた。
 助かった……?
 姫様と呼ばれているのだから、あのドレスの女性の方が立場は上なんだろう。
 その人がお咎めなしと言っている。
 たぶん俺はあの刀にバッサリやられることもなければ、警察に突き出されるようなことにもならない。
 やった!
 お兄ちゃん助かったよ!!
 生還からの安堵で少し冷静になった俺は、ふと気がついた。
 二人は日本語なんて喋っていなかった。
 俺の耳には最初に聞いたのと同じ、わけのわからない言葉が入ってきている。
 にもかかわらず俺は頭の中で日本語に変換して、二人の言葉を理解していた。
 これはいったいどういうことだろう。

 姫 「もう……命令です。こういってくれれば納得してくれるのかしら?」
レ ン「……わかりました」
 姫 「ありがとうレン」
レ ン「いえ……」
 姫 「それでは。ごきげんよう」

 口論に決着がついたようで、姫がにこやかに会釈して林の中へ入っていく。
 レンという名前らしい物騒な女性は俺を強い目つきで睨んだ後、姫を追って林の中へ消えていった。

大 翔「助かったぁ……」

 一気に緊張が解けてその場にへたり込む。
 刀をもった人間に追い掛け回されて、あげくその刀を突きつけられるなんて、生まれてはじめての経験だ。
 もうこの林には絶対入らないでおこう。
 そう決めた。
 帰ろうと立ち上がりかけた時、茂みががさがさと動いた。

大 翔「お?」

 猫だった。
 こっちに近づいてくる。

大 翔「お前、見てたなら助けてくれよ」

 ひょいと猫の体を持ち上げて、目の高さをあわせる。
 猫は申し訳なさそうに俺の顔をみて、ニャーとか細い声で鳴いた。

大 翔「まぁ刃物みたら誰だって逃げるよな」

 にっかりと猫に笑ってみせる。
 すると猫はジタバタと体をよじらせて俺の手の中からスルリと抜け出し、走り去っていった。

大 翔「なんだよ……」
 ? 「―――ぁぁぁぁ!!」

 遠くから怒声が聞こえた。
 すごく、嫌な予感がした。
 これはたぶん……逃げたほうがいい。

レ ン「貴様ぁ!!」

 遅かった。
 ものすごい勢いで林からレンが飛び出してきて、俺を地面に組み伏せる。
 刀は既に抜かれていた。

大 翔「いっってぇ! なに! なんだよ!」
レ ン「私達になにをした! 幻術か!!」
大 翔「げ……なんだってぇ!?」

 レンが俺に怒鳴り散らす。
 俺も負けじと必死に叫ぶ。

レ ン「とぼける気か!」
大 翔「まって! わかんないんだよ! ぐぇっ!!」

 レンが俺のシャツの襟を掴んで思いっきり締め上げた。
 く……苦しい。

 姫 「レン、離してあげて」

 姫の声が聞こえた。

レ ン「しかし姫様、こいつは……」
 姫 「この人は本当になにも知らないと思うわ」
レ ン「頭の中を覗いたのですか?」
 姫 「ええ、あなたが怒鳴ってる間に。失礼だとは思いましたが、ごめんなさいね」

 窒息から解放される。
 できれば俺の鼻の頭に軽く切っ先が触れている刀もどけていただきたい。
 姫が申し訳なさそうに俺に笑いかけた。
 姫の言っていることはよくわからなかったが、俺に対してなにかをしたらしい。

レ ン「それでなにかお分かりになりましたか?」
 姫 「うーん……」

 姫が小首をかしげる。

 姫 「ここは私たちのいた世界とは別の世界みたい」
レ ン「なんですって!?」

 レンが俺を突き飛ばすようにして身を離した。
 その反動で俺は後頭部を地面に思い切りぶつけてしまった。
 乱暴すぎる。

 姫 「あの人の知識の中に私達の世界に関するものが一切無かったの」
レ ン「つまりここは異世界というわけですか?」
 姫 「そうとしか考えられないわ」

 レンが振り返り、俺をにらみ付けた。

レ ン「貴様! 姫様を異世界に誘い込むとは……なにを企んでいる!」
大 翔「えぇ!?」
 姫 「だから! その人は関係ないの!」

 再び俺に掴みかかろうとしたレンを姫が制する。

 姫 「ごめんなさいね」
大 翔「あ……いえ」
 姫 「ふぅ」

 姫が小さく息をはいた。
 さっきから他の世界とか、異世界だとか、そもそもこの人が姫と呼ばれていることとか、俺にはわからないことだらけだった。

 姫 「もう行ってくださって結構ですよ。ごめんなさいね、長い間引き止めてしまって」
大 翔「あ、はい。じゃあ……」

 軽く頭を下げて、踵を返す。
 ちらりと後ろを見ると、二人が深刻な顔で話し合っていた。
 ひどい目にあった。
 追い掛け回されて、刀を突きつけられて、押し倒されて……。
 もう関わりたくない。
 それが俺の正直な気持ちだった。
 でも。
 何もわからないままここを立ち去るのは気持ち悪かった。
 なによりあの二人を困らせたのは、たぶん俺なんだと思う。

大 翔「あの!」

 振り返って声をかけた。
 二人がきょとんとした顔で俺を見る。

大 翔「よかったら詳しい話を聞かせてくれないかな。もうなにがなにやらさっぱりで」

 姫とレンがじっと俺の事を見ている。

 姫 「……」
レ ン「……」
大 翔「……」

 沈黙がつらい。

大 翔「いや……無理にとは言わないけど。ほら、俺にも関係ない話じゃないみたいだし」
 姫 「そう……ですね」
大 翔「立ち話もなんだから、こっちのベンチに座って。ほら、こっち」
 姫 「あ……はい」

 二人を半ば無理矢理ベンチに座らせる。
 俺は向かい合わせになるようにして、地べたに腰をおろした。
 もう体中が泥だらけだから、今更尻が汚れようが気にならなかった。
 いや、もう汚れているか。

大 翔「俺は結城 大翔。えっと、そっちは?」
 姫 「私はユリア・ジルヴァナと申します」
レ ン「レンだ」
ユリア「こらレンったら、もっとちゃんと挨拶なさい」
レ ン「……レン・ロバインだ」

 姫、ユリアさんは微笑を浮かべているがレンの方はと言うと、相変わらず俺を睨んでいた。
 警戒をまだ解いてはいないらしい。
 初対面の女性にここまで嫌われると、ちょっとへこむ。

大 翔「それで、なにか困ったことが起こったんだよね?」
ユリア「ええ……」

 ユリアさんがゆっくりと口を開いた。

大 翔「ふむ……」

 その話によると、二人は自分の城に帰れなくなってしまったらしい。
 もっと正確にいうならば、自分達の世界に。

ユリア「あの林が、大翔さんと私の世界の境界線になっていたのではないかしら」

 城の庭に突然俺が現われて、レンがそれを見つけた。
 何者かと詰め寄ったところ逃げ出すそぶりを見せたため、刀を抜いて追いかけた。
 ユリアさんも好奇心からついてきた。
 そして俺の世界にやってきてしまった。
 しかし帰ろうとしたものの、どういうわけかお城は消えてしまった。
 そういうことらしい。

ユリア「理由はわかりませんが二つの世界が繋がって、すぐにその繋がりが切れてしまったんだと思います」

 到底信じられる話ではなかった。
 けれども俺も試しに林の中を進んでみたが、どれだけいってもあのでかい城が目の前に現われることは無かった。
 次に、俺が彼女達の言語を理解できている理由。
 これも説明してもらった。

ユリア「魔法を使ったんです」
大 翔「ま、まほぉ!?」

 他人に自分の知識を与えたり、他人の知識を自分のものにしたり。
 全然ピンと来ないが、そういう技があるらしい。
 その力を使って俺にユリアさんの国の言語知識を与え、俺から日本語の知識を得た。
 ここが異世界だと知りえたのも、俺の頭の知識を覗いたから。
 だからお互いの言葉を理解できて、俺の無実がわかったのだそうだ。
 これも話を聞いただけではとても信じられないけれど、現に俺は彼女達の言葉を理解できている。

ユリア「そうですね。聞き苦しいでしょうし、そちらの言葉に合わせましょう」

 おまけに彼女は流暢に日本語を喋り、俺も彼女達の母国語を喋ることができるようになっていた。
 ここまで証拠がそろってしまっては、もう信じるしかない。
 別の世界から来たことも、魔法という力が存在することも。
 そして、もう一つはっきりしたこと。
 ユリアさん達が帰れなくなった原因をつくったのは、俺だ。

大 翔「ごめん。俺のせいで……」
レ ン「まったくその通りだ」
ユリア「レンったら!謝らないでください。あなたのせいではありませんから」
大 翔「でも……」

 俺が城の庭に現われるようなことが無かったら彼女達がこっち側にくることもなかった。
 だからせめてもの罪滅ぼしはしなくてはいけない。
 それが筋ってもんだと思う。

大 翔「よかったら、うちにこないか?」

 突然の俺の申し出に、ユリアさんとレンがぱちくりと瞬きをした。

ユリア「大翔さんのお家に?」
大 翔「他の世界から来たって言うんなら当てもないんだろう? だったら是非うちに来て欲しい。城みたいに広くは無いけど、空き部屋もあるし、不自由はしないと思うから」
ユリア「でも……」
レ ン「……」

 何を企んでいる。
 そんな目つきでレンが俺をにらんでいる。
 ま、負けないぞ!

大 翔「とにかく、ユリアさん達がこっちの世界にきてしまったのは俺のせいだ。だからせめて他に住む場所が見つかるまでとか、帰る方法が見つかるまでいてくれたっていい」

 両手をバタバタと振って、必死に説得。
 俺のせい云々を抜きにしても、このまま二人を知らない土地に放り出して知らん振りするなんて、俺にはできなかった。

ユリア「えっと……」

 ユリアさんとレンが顔を見合わせる。

レ ン「私は姫様に従うまでです」
ユリア「じゃあ……」

 ユリアさんが俺を見た。

ユリア「しばらくお世話になりますね」

 そう言って申し訳なさそうにはにかんだ。
 交渉成立。

大 翔「よし! そうと決まったら家に行こう。すぐ近くなんだ」
ユリア「はい」
大 翔「あぁそれと、家には俺の他に妹が二人いるんだけど、家ではそのまま日本語で喋っていてもらっていいかな。妹達の頭の中を覗いたりとかはしないで欲しいんだ」
ユリア「はい。わかりました」
大 翔「ごめん。ありがとう。じゃあ行こう」
レ ン「おい」

 歩き出そうとした俺にレンが近づき、小声で耳打ちをする。

レ ン「姫様になにかしようものなら……」

 鞘に手をかけ、親指で刀の鍔を持ち上げる。

レ ン「即刻斬り捨てる」
大 翔「肝に……銘じておきます……」

 レンのプレッシャーにびびりながら、俺は二人を家へと案内した。



大 翔「ただいまー」
ユリア「素敵なお家ね」
レ ン「……邪魔をする」
大 翔「あ、二人ともここで靴を脱いで。日本の家屋は土足厳禁なんだ」
美 優「あ、お兄ちゃんおか、え……り」

 ちょうど美優が居間から顔を出した。
 そして固まる。
 全身泥だらけの兄に、ドレスを着た金髪の美女、そして腰に刀をぶら下げた時代錯誤な女。
 当然といえば当然の反応だ。

美 羽「お風呂もうすぐ沸くけど、一番に入るのはアタシだ、か……ら?」

 廊下の奥から美羽が歩いてきた。
 やっぱり固まる。

ユリア「こんにちは。あら、こんばんはかしら?」
美 羽「こんばんは……」
美 優「こ、んばんは……」
美 羽「……」
美 優「……」

 無言。

美 羽「え、っと……」

 気まずい空気が流れる。

大 翔「とりあえず二人とも上がって上がって。そこのソファにでも座っててくれ」

 このままにらみ合っていても仕方ないから、ユリアさんとレンを居間へと通す。

美 優「お兄ちゃん?」
大 翔「なに?」
美 優「彼……女?」
大 翔「違うよ」
美 羽「誘拐?」
大 翔「アホかッ! 美羽と美優も座ってくれ。今から事情を話す」

 妹二人も居間に座らせて、俺はことのいきさつを話し始めた。
 うまい言い訳なんて思いつかなかったから、包み隠さずありのまま全てを。
 別の世界からきたこと。
 魔法のこと。
 それはもう全部。

美 羽「兄貴さぁ……」
大 翔「なんだ」
美 羽「病院いったほうがいいんじゃない?」
大 翔「お兄ちゃんは心の病気じゃないぞ」

 美羽が頬杖をつきながら、呆れたように半眼で俺を見ている。
 無理も無い。
 俺だって実際に体験していなかったら信じないだろう。
 でも今の言葉はちょっと傷ついた。

美 優「あ、あの。じゃあ、ユリアさんは魔法が使えるんですか?」

 俺が説明している間ずっと無言だった美優が、初めて口を開いた。
 人見知りの美優が、自分から初対面の人間に話しかけるなんて珍しいことだ。

ユリア「ええ。使えますよ」
美 優「あの、あの。見せてもらうことってできますか?」
ユリア「ええ、もちろん。では簡単なものを一つ」

 ユリアさんはすっと目を閉じて、何かを包み込むように手を合わせた。
 待つこと数秒。

美 羽「なにも起こらないじゃない」
レ ン「黙って見ていろ」

 レンの言葉にむっとしたのだろう。
 美羽が眉間に皺を寄せて、何か言い返そうと口を開いたその時。

美 優「わぁ」

 ユリアさんの掌に、拳の大きさほどの光の玉が出現した。

大 翔「うわ……すごいな」
美 羽「どうせ手品でしょ?」
ユリア「周囲の光を集めて明かりにする魔法です。私達の世界ではこの魔法で月の光を集めて、夜の街を照らしているの」

 ユリアさんがにっこりと微笑む。
 レンも、なぜか得意げに笑っていた。
 美羽は納得がいかなそうな顔で明後日の方向を見ている。
 美優は―――

美 優「素敵!」

 一人だけテンションゲージがマックスになっていた。

美 優「それって私にも使えたりしますか?」
ユリア「ええ、練習すればきっと」
美 優「本当ですか? ねぇお兄ちゃん! 美羽ちゃん! 私達にも使えるんだって!」
大 翔「お、おう」
美 羽「う、うん……」
美 優「教えてもらってもいいですか?」
ユリア「もちろん」
美 優「お兄ちゃん! ユリアさん教えてくれるって!」
大 翔「よ、よかったな……」

 美優の勢いに圧される。

美 羽「ど、どうしたの……?この子」
大 翔「……さぁ」
美 優「ちょっと! お兄ちゃんも美羽ちゃんも聞いてるの!?」
美 羽「え? えっと……」
大 翔「ごめんなさい聞いてませんでした」
美 優「ユリアさんとレンさん、お家にいてもらおうよ! ねぇお兄ちゃん!」

 美優の目がキラキラと輝いている。
 ねぇこの猫飼ってもいいでしょう!?
 そんな目だ。
 本当は人見知りが激しい美優に賛成してもらえるかどうかが心配だった。
 でも、それは取り越し苦労だったようだ。

大 翔「うん」
美 優「やったぁ! じゃあお部屋のお掃除してこなくちゃ!」

 騒々しく居間から飛び出していく。

美 羽「ちょっと! 私はまだいいなんて言って無いわよ!」
大 翔「くくくっ」
美 羽「……なに笑ってるのよ」
大 翔「あんなにはしゃぐ美優、はじめてみたからうれしくってさ」
美 羽「なによそれ。馬鹿みたいにはしゃいじゃってさ。みっともないだけよ」
大 翔「でも、お前もうれしそうだ」

 俺の言葉に美羽は顔を真っ赤にして立ち上がった。

美 羽「フンッ」

 肩を怒らせて居間から出て行く。
 リビングにはユリアさんとレン、俺の三人が残った。

ユリア「それで私たちは……」
大 翔「今、美優が二階の部屋を片付けてると思うから、その部屋を使って」
ユリア「ありがとうございます」
大 翔「いや、元々は俺のせいだから。自分の家同然……ってのは無理があるだろうけど自由にしてくれていいからさ」
ユリア「お世話になりますね」
レ ン「世話になる」
大 翔「こちらこそ」

 明日から俺達家族三人と、お姫様にその護衛の二人、計五人の共同生活が始まる。
 俺がするべきことは一刻も早く二人を元の世界に帰すこと。
 どうすればいいのかわからないのが問題だけれど。

大 翔「ふむ……」

 これからのことを考えてみる。

大 翔「まぁなんとかなるさ」

 不謹慎かもしれないが、俺は少しだけワクワクしていた。
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