(一日目、選択肢Bを選んだ場合)
結局、碌に眠れないまま朝はやってきた。
「ういっす、おはよ……」
「え、あ、嘘、兄貴!? やっばい、寝坊した! 今何時!?」
「落ち着け美羽。寝坊してないし遅刻でもないから」
「6時54分……ホントだ。待って待って、コレは夢ね? 早く起きて現実のアタシー!」
「俺どんだけ信用ないんすか」
洗面台へ向かい、顔を洗う。
多少は目が覚めたかとも思ったが、感じるのは強い寝不足感だけだ。
鏡の中にはクマを作った俺。我ながら、酷い顔だ。
「おはよう……お兄ちゃん……」
「ああ、美優おはよう。って、また眠そうな顔してんなぁオイ」
美優の低血圧ぶりにはいつも驚かされる。
つい最近の事例を挙げると、寝ぼけてパジャマで学園へ行ったぐらいだ。
あれは面白すぎて止められなかった。あとで美羽に叱られたが。
「ほら、顔洗って目覚ませ」
「うん……だってまだ夢見てるもん……」
「は?」
「お兄ちゃんが……私よりも早く起きてる夢……」
「お前ら姉妹は揃いも揃って……っ!」
そんなに俺は寝ぼすけな印象があるのか。
それと美優、一つ訂正させろ。お前はいつも二度寝した俺が殴られる音で起きるくせに。
少なくともいつもお前よりは早く起きてるわ。
リビングにつくと、そこには香ばしく焼けたパンが既に準備してあった。
低血圧な美優とは違い、美羽は朝に強い。
おかげで、いつも朝食はコイツに任せっきりだ。
時々、兄として何か手伝おうとも思うが、如何せん朝は起きられん。
そもそも、料理を手伝うといっても俺はカップ焼きそばの麺を汁ごと溢してしまう程の腕の持ち主だ。
つまり、足手まといにしかなるまい。
「うっわ、やっぱり夢じゃなかったんだ」
「人の顔見て第二声がそれかマイシスター」
「冗談。まぁテルテル坊主ぐらいは作ったけどね」
「ハッハッハ、最近美羽はどんどん冗談が上手くなってくるなー」
「いや、テルテル坊主は本気で吊るしてあるけど。
兄貴はトースト、ジャムとマーガリンどっちがいい?」
「むしろそこは否定しようぜ……
あー、俺食欲ないからいいや。朝飯食べる気分じゃないんだわ」
「あらあら、いけませんわ。朝の食事は力の源。朝食から一日は始まるのですよ?」
「ん? ああ、おはようユリア。もう起きたのか」
「ええ、まあ。ヒロトさんも?」
「ん、まあね。それより、ユリアは飯どうする?」
「ええ、ではジャム、と言うものをお願いします」
「だってよ、美羽」
「……いや、わかっちゃいたけどそれやるの私なのよね……
ユリアさん、アップルとオレンジどっちがいい?」
「では、その黄色い方を」
「あいよ~、で、だから兄貴はどうすんだってば」
「だから、俺はいらないって何度も」
「ダメです。朝ごはんはしっかり食べないと」
「そう言われても、食欲が」
「何だ、貴様。姫のお言葉に従えないのか」
「んげ」
そういえば、すっかり忘れていた。我が家のもう一人の同居人。
姫のお付の騎士にしてメイドというややこしい立場のお人。名前はレンさんだったか。
「姫様がヒロト殿の体をお気遣いになって申したというのにその言い草、何たること」
「ヘイヘイ、わかったって。んー、んじゃ俺マーガリンで」
トーストに噛りつきながら、美優がつけたテレビを眺める。
画面には、ガガガのオニ太郎が映っていた。
レンさんはアニメが珍しいらしく、しきりに美優にアニメのことについて尋ねている。
美優も満更では無いらしく、これまた珍しいほど意気揚々と質問に答えていた。
これなら、仲良くなるのも時間の問題だ、とほっと胸を撫で下ろした。
それにしても、最近このアニメビジュアルが昔と大分変わったよな。
昔はもっと、こうなんていうか熱血色の強い勇者チックなロボットアニメだったはずなのに。
あーあ、キャットレディも随分可愛らしくなって……ん? ガガガのオニ太郎?
「あれ、これ平日にやってるアニメだったっけ?」
「何言ってんの。今日は土曜日でしょ。兄貴、まだ寝ぼけてんの?」
「すわ、ぬかった! なんだよ、じゃあこんな朝早く起きるんじゃなかった」
「早起きは三文の得……」
「美優の言うとおりよ。休日だからっていっつも寝てばっかだと、体に悪いよこのバカ兄貴」
「三文? なんですか、それは」
「早起きすると得なことがあるってことだよ。
でも知ってるかユリア? 三文って実は価値がとても低いことの喩えなんだぜ」
「まぁ。ヒロトさんは博識ですのね」
「まぁな」
曲がり間違っても四コマ漫画から仕入れた知識とは言えないけどな。
「……」
「……」
「ん、どうした美羽にレンさん。なんか凄い目つきでこっち睨んでるけど」
「……朝から変だなーと思ってたけどさ。『ユリア』って何?
兄貴、何でユリアさんのこと呼び捨てなの?」
「某も同じことを思っていた。ヒロト殿、返答次第によっては……」
「だぁ、待て待て待て! お前らが考えてるようなやましいことは何も!」
「そうですわ。ヒロトさんが、昨晩私とお話した時に……」
「んな、同居一日目にして夜這い!?」
「貴様っ! 姫に不埒な真似をっ!!」
「違う違う違う違う! いやほら、昨日から俺達は家族だろ? だから」
「し、しかも理由が『家族だから!?』
そんな、兄貴がアタシや美優のことも狙ってたなんて!
変態だとは思ってたけどまさかそこまで!!」
「ええい、もう我慢ならん! そこに直れ、剣の錆びにしてくれる!」
「ギニャァァァァアアアア!!」
いつから我が家は戦場になったんだろうか?
こぼれる涙が止められらない、そんな朝の一コマだった。
「ひでぇ目にあった……」
ここは学園。レンさんと美羽の連携コンボで、危うく生死の境をうろつくハメになるとこだった俺は、命からがら何とか逃げ出してここへ来た。
学園は自己の能力の向上を心がける学生のために、休日でも門を開いている。
とはいえ、そんなマジメな生徒なんてそうそういるはずもなく。
誰も居ない教室で一息ついているというわけだ。
「うぅ、寝不足の上に走り回ったから貧血起こした……」
全く、少しは体を労って欲しいもんだ。
机に突っ伏したまま、俺は、