製作者 | VeN |
出場大会 | 第十二回大会 |
経歴 |
設定
かつて海の全てを支配した、騎士にして恐るべき大海賊団の船長だった人間。
性格は冷酷非情の極み。無限の闘争と勝利を求め、その水の刃は数多もの敵の血を、血も涙もなく洗い流してきた。
没後四十四年にしてその脅威は死人となって再び蘇り、世界は恐怖と絶望に覆われる。
【経歴】
名家とされるグロウス=ローリー家のもとに生まれた〈バロッサ・グロウス=ローリー〉は父母の寵愛をいっぱいにうけ、健やかに育てられた子供だった。
バロッサは幼いながらにしてその類稀なる剣術の才を開花させ、高名な軍術指導士にそれを認められてからは彼の元に預けられ、彼の教えのもと鍛えられるようになる。
成人し騎士に就任したバロッサは、たちまちに戦果を上げ多くの名声を得る。その類まれなる剣の腕を国の重鎮たちは高く評価し、バロッサは晴れて騎士団長となったのである。
しかし、その栄華は長くは続かない。
当時の第八代国王が崩御、その後に即位した第九代国王は二十歳にもなっていないような少女だった。
何でも、敵国の大規模な奇襲作戦によってこの国が滅びかけたときに自ら前線に立ち、騎士団を鼓舞し、指揮をとって見事に勝利へと導いた英雄といわれているようだ。
しかしバロッサにとっては、それがとても馬鹿馬鹿しいことに感じた。
あんなか弱い少女が、そんな危険なところに立って戦えるはずがないと思ったからだ。
彼女は直ぐに国の在り方を大きく変えることになる。〈魔導国家連合〉への加盟を宣言したのだ。
魔導国家連合に加盟した国において戦争は御法度。騎士団の仕事は専ら警備のみとなり、その強さで名声を上げてきたバロッサはお役御免となってしまう。
血の気の多いバロッサにとっては耐え難い苦痛であった。有り余る戦いへの欲望は行き場を失い、それはいつしか警備の任務に支障をきたすようになっていった。
そしてとうとう、その過剰な力が人を殺めるまでに至ってしまったのである。
その夜、バロッサは騎士団をやめる。
自分はここにいるべき人間ではない。そう思っての決断だった。
バロッサに宿はない。
騎士団長としての英雄伝説から一転、これ以上ないまでに落ちぶれた彼は路傍にて睡眠を取り、食料を確保して何とかその日を生き延びるような生活を続けていた。
寝床をどうにかして見つけ出し、だがそこさえ、かつて同僚だった騎士によって払いのけられてしまう。
そんな彼にとって、他の荒くれ共との喧嘩はここにある唯一の娯楽であり、安らぎであった。それは彼と戦おうとするものが居なくなる最後の一人まで続いた。
それでも尚満たされない彼は、そしてついに悪事に手を染めることを決意する。
すぐに、彼は身寄りの無いならず者をかき集め、自分がやろうとしている計画について伝えた。
かつて自分の積み上げた功績を、全部かなぐり捨てるような計画。
だが、とうにそんなものは彼にとっては無用の長物であった。
――こんな国を出て、俺と一緒に海賊となり、航海に出て世界中の海を席巻しよう。
ならず者たちはその計画に大いに賛同し、各々武器を持ちバロッサの元へと集い、その数は五十人を超えた。
いよいよこの日、彼自身をキャプテンに据えた〈バロッサ海賊団〉が結成されることとなったのだ。
バロッサ海賊団の力は強く、怒涛の勢いは留まるところを知らない。
優秀な火薬技術をもち、船長自身の高い実力と完璧な統率。
それはたちまち無法の海域を制覇し、島国を襲撃してその手に収め、略奪の限りを尽くし世界に大きな爪痕を残した。
伝説の中の存在だった武器や、目にした人間はこれまでに一人としておらず、その存在が幻と謳われていた秘宝〈黄金の羅針盤〉でさえも、今やバロッサの手中。
恐怖の海賊船長バロッサの名は、かつての己自身の名声を超えて世界中へと知れ渡ったのである。
だが、悪名が知れ渡ったということ――それはつまり、彼らの終焉が間もなく訪れるという事実への裏付けだったということ。
船員同士での、些細な食料の取り合いが始まったのが皮切りだった。
長い航海生活によって、貯蓄してあった食料はとうとう底をつき始める。
主食は虫食いの被害にあいながらも生きるためにはそれを口にせねばならず、香辛料漬けにして舌を殺しながら噛み砕いた。
力をつけるための塩漬けの牛肉は、しかし食中毒の脅威と隣り合わせであり、水分をすべて失い海水を飲んで死に至った船員もいた。
魚を食う文化がなかったこの海賊たちは次々と壊血病に襲われて命を落とし、残った者達は船に迷い込んだネズミを食って何とか命をつないでいた。
とうとう最後には自らの腕や仲間が貴重な食事となるほどに、それまでに彼らは追い詰められていったのである。
次第に味方や自分自身を傷つけるようになっていった仲間たちを止めるには、酒を飲ませて理性を失わせるしかなかった。
力は著しく衰え、さらには他の海賊によって唯でさえ少ない備蓄を略奪され、海賊団は事実上の壊滅状態。
だが悪夢はそれだけでは終わらない。
神は、バロッサ一行を仕留めるこの絶好の好機を見逃さなかったのだ。
――魔導国家連合が、海賊の掃討作戦を打ち出したのである。
代表とされる高名な魔術師の軍隊が、彼らの前に立ちはだかる。
バロッサたちは彼らの呼びかけに対し、剣と火砲をもって応えた。
しかし、あくまで人知の範疇にある彼らの剣や武器に対するは、人知を超えた魔法の力。
そして相手取るは、それらを扱う者たちの最前線にいるような屈指の実力者たち。
その中には――かつて自分を愛してくれた父の姿もあった。
かつての栄華もむなしく、弱り果て壊滅寸前の海賊団と、魔道国家連合が満を持して送り込んだ、最強の精鋭軍団との戦い。
勝負の行く末は、火を見るよりも明らかだった。
この世の全てに見放されたバロッサ。
――全てが、憎い。
彼の肉体は、仲間の血が混ざってどす黒くなった失意の海へと、ゆっくりと、ゆっくりと沈んでいった。
――。
とある小王国の、国外れの海岸にて。
バロッサ・グロウス=ローリーの水死体が、そこに流れ着いていた。
誰もいないところで、ひっそりと。
――それは、動き出していたのだ。
【なぜ、大魔道決選に参戦するに至ったか?】
全く以って不明。
一説によると、彼はかつて己を滅ぼした魔道国家連合への復讐を果たそうとしているのでは、と言われている。
死にながらにして動き続けるのも、彼が手にしている羅針盤の力によるものだという見当がされている。
しかし、彼のようなものがどうやってこの大魔道決選に参戦する権利を得たのか。
彼が最も忌むべき象徴であるはずの、議長の指名権を得て彼は一体何をするつもりなのか。
未だ明瞭になっておらず、謎は深まるばかりである。
【所有している道具、戦闘技能】
「秘宝・海割りの剣」
外見としては飾り気のない、シンプルな長剣。しかしそこに秘められた力は絶大。
旋回する水によってその切れ味は更に増し、いかなる鋼鉄だろうと一刀で両断する。
突き刺した場所から水流を呼び寄せ、衝撃波を大量の水飛沫に変化させる魔法的な性質を宿している。
力を込めてそれを振るえば、水の塊が刃状の衝撃波となり凄まじい勢いで飛んでいく。
また、何らかの要因でバロッサがこれを手放してしまったとしても、この剣は自然に彼の元へと帰着する。
彼が死んで漂着した後でも尚、そのまま手に握られていたことも、この力によるものなのだろう。
「秘宝・魔法の羅針盤」
見るもの全てを恍惚とさせる、丹念な細工が施された光り輝く羅針盤。
手に入れたものには不死の力が与えられ、絶大な魔力を得るとされているが、信憑性に乏しく迷信と云われていた。
道具であるにもかかわらず、魂のエネルギーを感じさせる奇妙な一品。
《剣豪》
かつて世界一と評された剣の腕。
手刀で薪を割る剛力によって振るわれ、目に見えぬその斬撃の素早さたるや、一振りで幾多もの斬撃を放ったかと錯覚されるほど。
《第六感》
多くの修羅場を潜り抜けた豪傑の鋭敏な直感。
不意の攻撃や殺気を感知して動くことが出来る。
もちろん、不発に終わる場合もある。
《ゾンビ》
死体に自我を呼び戻し、肉体を維持するように仕組まれた羅針盤の魔力。
腕を削がれ、頭を切り落とされてもそれは再び肉体を付け、蘇り、何度でも立ちあがる。
しかし無敵であるという訳ではなく、肉体に埋まった羅針盤が核となっている以上、そこは明確な弱点。
とはいえ、金槌によって渾身の力で叩いてもビクともしないだけの頑丈さが羅針盤にはあるので、弱点を狙っても彼を倒すのは至難の技であるだろう。
彼が倒される時に考えられるのは、この羅針盤を破壊される場合か、もしくは彼の魔法を逆に利用されて殺される場合である。
《第一魔法「セントエルモ・リーヴ」》
羅針盤によって覚醒したバロッサの魔法。
水面をこの世とあの世との通り道にすることが出来る、禁忌の性質を持った魔術。
彼の魔法で作られるこの通り道は、この世やあの世に存在するあらゆるものを通すことができる。
基本的な運用としては、白骨化した船員の腕や幽霊船を実体化させて現世に呼び出す攻撃や、移動の時にあの世を中継する通り道として使う事が多い。
魔法が作用している水面といっても性質自体が変化するわけではなく、蒸発などの通常の水面において考えられる事態も同様に起こりうる。
水面が水面として機能しなくなった場合、働いている魔法の効果も消滅し通り道は強制的に閉じられることとなる。
・あの世について
この世のものには、いかなるものにも"魂"というエネルギーを内包している。
魂の力こそが、生命体がこの世において実体を再現し続けることを可能にしているのである。
死したものの魂が、拠り所として棲みついている世界があの世と呼ばれる世界である。
この世は実体の世界であり、あの世は精神の世界である。
死んだ魂がこの世に戻ってくることがあれば、それはかつての肉体を持って顕現し、しかしやがてその不安定な実体は崩れ去り、再び魂はあの世へと帰還するのである。
この世に生きている存在であっても、あの世に潜ればその実体を脱ぎ捨て、この世に戻ってくるときには魂に刻まれた記憶をもとに、再び潜る前の肉体を付けるという。
故にあの世にいる限りは、他のあらゆるものに干渉されることはない。
この世のものは、あの世に留まり続けるとそのまま死んでしまい、あの世の住人となってしまう。
この世とあの世に同時に居続ける魂はその存在を維持できなくなり、やがてどちらにも属しない完全な"無"へと回帰する。
・バロッサがあの世において使えるもの
死したかつての同胞たちと、航海をともにしてきた幽霊船が彼の武器。
しかし、死んだ仲間たちはあまりに凄絶な死に方ゆえ魂の記憶が不完全になっており、それらの腕の骨だけが残存して彼の指示を聞き、意思を持って動くことが出来る。
そうやって扱える腕の骨は無数に存在し、単純な手による拘束や幽霊船に備えられた武器を使用した攻撃、あるいは足場としても活かせるかも知れない。
物体に魂が染み付くケースは稀有ではあるが存在し、バロッサの船はその典型的な例となっている。
幽霊船も例のごとく彼の指示を聞いて、自我を持って動く事ができる。
刃物やピストル、六門ある備え付けの大砲などが一通り揃っている他、ロープのようなものを用いた戦闘をすることもあるだろう。
【真実】
ここで一つ、魔導国家連合の議長についての話をしておく必要がある。
歴史上最も長い間、議長の座についていた前議長は百四年もの間、議長の務めを果たしこの世を去った。
では、先代の第五代議長は?
それは異例の若さでの抜擢だった。
名を、〈オルレア・ジャン・センドレア〉。
齢十七にして一国の王として君臨し、そののちに魔導国家連合議長の座を獲得するという偉業を果たした人物。
かつて外部の国に攻め入られ征服されかけた時に突如として現れ、自衛軍を台頭して自ら戦い勝利し、国を救った英雄的存在。
――そう、彼女はエニガス帝国の第九代国王でもあった。
特に大魔導決選での活躍は、この世界の人々にとっては記憶に新しい。
魔導の天才と呼ばれ、大人でさえ彼女に敵う人間は一人としていなかった。
しかし、その任期はあまりにも短く、彼女が議長の座にいたのはたったの三年のみ。
一体何故?
そこには、正史では語られることのない裏の事情があった。
――『魔女裁判』。
当時では考えられないような、並外れた才媛だからこその悲劇だったのかもしれない。
人間を凌駕した異端の怪物"魔女"と見なされた彼女の最期は、十字架にかけられ火炙りにされる惨たらしいものだった。
そして、それを計画したのが前議長――第六代議長その人だった。
――。
――あの……聞こえてますか?
得体の知れない声に呼びかけられ、意識を取り戻す。
だが自分はあのとき死んだはずだ。何故生きているのか、それともここが死後の世界だとでも言うのか。
バロッサは直ぐに答えを見つける。顔を上げた先には見慣れた海岸線があった。
間違いなく、自分は死の淵から甦ったらしい。しかし何故?
「……?」
この声は一体誰のものなのだろうか。
辺りを見回す。しかし声の主らしき人物は見当たらない。
――よかった、聞こえているようですね。
再度声が響く。
どうやら、この声は外から聞こえてくるものではなく、頭のなかに直接響いてくる内的なもののようだ。
重い体をなんとか起こして立ち上がる。胸のあたりに微かな違和感があるが、体を動かすには問題ない。
長いこと海を漂っていたせいで服が水を吸い、重くなっている。服を脱ごうとしたが肉体に癒着しているようで脱ぐことができない。
異変に気づく。くすんだ紫色に染まった自分の体、そして先ほど違和感を感じた胸元には羅針盤が埋まっていたことに。
自分は、リビングデッド――生きる屍として再びこの世に戻ってきたことを理解した。
原因は、恐らく胸に埋め込まれているこれだろう。
黄金に輝く羅針盤――即ち、この秘宝に関する逸話は紛れもない真実であったということだ。
蓋を開けてみれば、それは理想とはかけ離れた形での不死の実現ではあるものの、そんなことはどうだって良い。
この力があれば、自分を地獄の底へと追いやったアイツらに復讐することが出来る。
この力があれば、世界を敵に回しても永遠に戦い続けることが出来るのだ。
なんて素晴らしい日だ。
足元に落ちている剣をその目で確かめ、拾い上げる。
この剣は自分とともに多くの人間を斬り殺してきた相棒だ、もう手放しはしない。
するとまた、頭のなかに声が響いてくる。
――バロッサ、貴方にはやってもらわなければならないことがあります。
何やら煩わしい女の声だ。
やってもらわなければならないことがあるだと?
そんなこと、他人に決められるのは"死んでも"お断りだ。
――私がお貸ししているその力で、やってもらわなければならないことがあるのです。
お貸ししている、力だと?
間違いないだろう、自分がこうして死人ながら生きているこの事実を、この声の主は自分の力によるものだと主張しているのだ。
舐めたことを口にする、初めはそう思った。
しかし冷静になってみたらどうだ。
普通、死んだ人間が生き返ることなどまず有り得ない。それがあるとしたら、魔法によるものだとしか考えられないのだ。
そしてその魔法の発生源は間違いないだろう。正しくこの羅針盤そのものだ。
だが羅針盤が羅針盤である以上、それは人為的な何かが篭められているに違いなかった。
何も突然、超自然的な力が羅針盤に働いて魔法が宿ったわけでもあるまい。
それに先程から響いてくる人間の声が決定的な理由だ。そう考えるほうが遥かに合点がいった。
となると、この声の主に、頭ごなしに反抗するのは良くないだろう。
下手すれば、再びただの死体へと逆戻りになってしまうかもしれない。
いいだろう、と。自分は一先ず声の主の要求を飲み込むことにした。急ぐ必要はない、要件を済ませてからゆっくりやればいいのだ。
風に行き先を任せ、漂っている船を遠目に見ながら、そう考える。
時間は無限にある。
だが、その考えは次に響いた声によって一変する。
――貴方には、〈大魔導決選〉に出場してもらいたいのです。
大魔導決選、そう聞こえた。
怒号が、海岸線の奥へと響き渡る。腐臭を嗅ぎつけ寄ってきたカラスたちが、立ちどころに飛び去っていくのが見えた。
自分が何と声を発したのかは分からない。この死体では、まともに喋る事さえできていないのかもしれなかった。
魔導国家連合。自分の全てを刈り取った、蛇蝎の如く忌むべき存在。
口にするのもはばかられる。それに関係する言葉の一つだって聞きたくはなかった。
それの議長を決める戦いであることは知っている。何を思ってこの女はそれを口にしたというのか。
――私の名はセンドレアと言います。魔導国家連合議長、その第五代をつとめておりました。
ああ、そういう事だったのかと思った。
あの連合について口にするのも、自分がこの声にいちいち感情を揺さぶられるのも、全てに納得がいった。
自分の中で言いようのない、黒い何かが渦巻いているのを感じる。
打ち上げられた波の音がノイズとなって、耳の奥へと轟いてくるのを感じる。
大魔導決選があるということは、復讐するべき相手は既にこの世にはいないということ。
そして最も憎むべき存在が、今まさに自分の中にいるということ。
気が狂いそうだった。こんなことになるのだったら、不死の力だっていらなかった。
直ぐに自決を試みた。自身の中心へと突き立てられんとした刃は、しかし羅針盤へと到達する前に停止する。
肉体の主導権さえ奪われているようだった。それが分かった自分は、何度目かの深い絶望を再び味わうことになる。
死んでさえなお、自分は追い詰められるのか。
視界が、揺らぐ。
足元にある貝殻を踏み砕きながら、ふらふらとした足取りで立っていることさえままならなかった。
まるでこの世界そのものが地獄だとでも言わんばかりに、本当の地獄に放り込まれたほうがマシとさえ思えるほどに、運命は自分を縛り付ける。
そこまでして、何故。運命は、自分をこの世界に縛り付けるのだろうか。
――貴方の犯した罪の贖罪、そう考えてもらうのも良いでしょう。
ひどく耳鳴りがする。
――ですが、私はあなたに期待をしているのですよ。
まともに動いてないはずの身体なのに、激しい頭痛が収まらない。
――だって貴方は私の騎士。そうでしょう?
ぴたり、と。身体にはびこっていた苦痛が止んだ。
何故かはわからない。
絶対に受け入れたくないはずのその言葉を、自分は受け入れてしまう。
気持ち悪さと心地よさが同時に自分の中で生じ、わけが分からなくなる。自分は一体、何を望んでいる?
一度、頭の中を整理することにした。
彼女の要求は何だっただろうか。
大魔導決選。その言葉はともかく、中身は世界中の強者が集まるだろう大会だ。
求めるのは血で血を洗う、無限の闘争。悪い話じゃあない。
よくよく考えれば願っても無い戦いの場だ。これを逃すには、あまりにも惜しい。
仮にも一国の主だったものがそう言っているのだ。方法は分からないが、自分はその場で戦えることに期待していいだろう。
所在なく揺れていた剣を懐にしまい、帽子を整える。
わかった、出てやろう。自分はそう一言だけ彼女に告げた。
――……! 本当ですか! ああ、良かった……。
少女らしい声の調子で喜びの反応を見せるセンドレア。
きっと一世一代の賭けだったのだろう。
ふと、ここで一つの単純な疑問が湧いてくる。
何故、センドレアの人格は羅針盤に埋め込まれているのだろうか?
先程までは怒りや絶望に呑まれ、その想像に至ることは無かったものの、よくよく考えてみれば謎だった。
――……私のセンドレアとしての生涯は、二十年でその幕を閉じました。
――私の次に議長になった人物……その人によって、私は火あぶりにかけられたのです。
それは自分にとっては意外なことだった。
彼女が死んでいることはとっくに分かっていたことだ。
大魔導決選も、それによって開催されることになったものだと、そう思い込んでいた。
だが、彼女の生涯は自分のそれよりも遥かに短く、凄惨な終わりを遂げていたのだ。
同情はしなかった。
しかし、せめて話くらいは聞いてやろうと思った。
――私は死ぬ前に、この羅針盤へと魂を移す魔法を生み出すことに成功しました。
――私はその後、誰かの元へ届くのを期待して、この羅針盤を海へと流したのです。
驚いた。
魔法という技術は、死の概念を崩すことさえ可能なのか。
――貴方は、私の魔法の力を一部を扱うことが出来るはずです。
――それはこの世とあの世との橋渡しを可能にする魔法。きっと貴方の仲間にも再び会うことが叶うでしょう。
まさか、そんなことが。
かつての仲間たちの姿を思い浮かべる。
するとどうだろう、海の青色は底の見えない深い黒に姿を変え、そこからは幻想的な青い光が発せられる。
それを見て心に浮かんだのはかつての航海の数々。嵐の中を進む時、船のマストに灯った"セントエルモの火"と呼ばれる光に似ていた。
それだけではない。すぐに、その黒い水面から無数の不気味な骨の腕と、船のマストの先端が顔を覗かせていることに気がついた。
これが何なのか、自分には簡単に理解できた。不器用だったが、自分のために力を尽くしてくれた仲間たちの手。長い航路をともにした自分の船。
その光景は、今まで手に入れたどんな財宝よりも綺麗で。
この世界には、こんなにも美しいものがあるのかと思った。
――……素敵な魔法だと、思いませんか?
ありがとう、とは今更気恥ずかしくて言えなかったが。
自分はただ一言だけ返事すると、彼女はその時初めて小さな笑い声をあげたのだった。
こんな気持ちになったのは、いつぶりだろうか。
不思議なことに、死んだ今のほうが、生きる実感というものが湧いてきているのを感じた。
もしかしたらこの世には、戦い以外にも面白い事があるのかもしれない。
――この国には、私の妹がいるのです。
もしよかったら、彼女を議長に指名してあげてほしい。
センドレアはそういった。だけどなぜだか、その言葉からは本意を感じ取ることはできなかった。
だからといって、今更断る気にもなれなかった。自分はそうするつもりで、大魔導決選に参戦することを決意した。
顔を上げる。
海は既に元の藍色を取り戻し、太陽の光によってきらきらと光り輝いていた。
懐に手を伸ばす。握りなれた剣の感触が伝わってきた。
その刀身を眺めてみる。人間を傷つけるために振るってきた、一振りの剣。
もしもこれが、何かを護るために生まれてきたものだったとしたら。
――頼りにしていますよ、騎士様。
騎士様。
なぜだろう。
癪だが、そう呼ばれるのも、存外悪い気はしなかった。
俺は海賊だ。
そうとだけ言い残し、自分の顔を映し出しているその剣を、再び懐へとしまう。
ずれた帽子を被り直し、新たなる戦地へと赴く。
――。
――……本当は、貴方にその人物を見つけてもらいたいのです。
――……貴方には、"生きる"ことの意味を貴方自身の手で見つけて欲しい。だから私は貴方を選んだのですよ。
しかしその声は、バロッサに届くことはない。
それは彼に伝えるべきものではなかったからだ。
彼を大魔導決選に出場させんとする本当の理由は、それだった。
彼が国の人間を殺めてしまい、騎士団から去ったあの日。
その夜、一通の手紙が王室のもとに届いた。
とある子供が書いた手紙のようだった。
文字は汚く、手紙の書き方も拙いが、ある一人の騎士が自分の命を救ってくれたことが懸命に綴られた内容だった。
その騎士の名前は「バロッサ・グロウス=ローリー」という名前だったそうだ。
【最後の力】
《第二魔法「ニライカナイ」》
何かを護りたいと強く願った時に発現する第二の魔法。
剣を突き立て、その一帯を海へと沈める。
羅針盤に残った魔力を使い果たすため、一度発動して時間が立つと身体が動かなくなり本当の死に至る。
――。
それは遠い昔の記憶。
一つの光景があった。一人の少女が、大きな犬に襲われている光景だ。
すると一人の少年が現れる。彼は腕を噛まれながらも犬を追い払い、大丈夫だ、と少女に手を差し伸べた。
少女はそんな少年に、どういう人になりたいのかを聞いたことがある。
するといつも、こう返ってくるのだ。
――いつか騎士になって、多くの人を護りたい。
少年がそう語りかけてくる姿は、今も少女の心に残ったまま。
【 所属国家設定 】:
魔法と同様に武術も重んじられ、文武両道ならぬ"武魔両道"をよしとする小国〈エニガス帝国〉。
三百年ほどの歴史を持ち、君主制であるこの国は騎士の国としても広く知られており、隣国に比べ頭一つ抜けた軍事力を持つ強力な軍事国家であった。
補足