製作者 | 黒砂糖13 |
出場大会 | 第十二回大会 |
経歴 |
設定
痛みが全身を支配する。いつものならどうってことないはずの痛み、でもこの痛みは別だった。思わず眉間にシワがよる。すると徐々に真っ暗だった視界が鮮明に移り始める。
そこに広がった光景は見慣れた森、住み慣れた屋敷、そしてそれらを完全に呑み込まんと燃え盛る炎が風景を赤く染める。無数の火の粉が膨大な黒煙と共に夜空へと羽ばたいてゆく。もしも“人間“だったならば命の危機を感じつつもしばしその光景に見とれていたことだろう。だがそれは私の胸を貫いている腕がそれを拒んでいた。私の感じている痛みの元凶、それは今や私の物であろう真っ赤な血で濡れている。意識がもうろうとしてくる。私の視界の焦点が震え始める。それでもこの痛みの元凶を目で辿らずにはいられない。血に濡れた腕から二の腕へ、肩へ、首へ…そしてその顔へ。”アタシ”だ。何百年も毎日鏡越しに写り続ける、紛れもなくアタシ自身。アタシの顔が笑っている、今この瞬間がこの上なく楽しい、そういう表情だ。すると私を貫いていた腕が強引に引き抜かれる。激痛が走り残りわずかだった体温すらなくなっていく感覚が襲う。視界が暗くなる。もう周りの燃え盛る風景すら見えなくなってきた。あぁ…もし死ぬということがあるというなら、これが“最期“というものなんだろう…膝に力が入りきらずついに体が後ろに傾く。瞼が閉じ始める、そして私が見た最後の景色、絶えずに笑うアタシの顔が何かを呟いた。もはや何も聞こえない、だけどなんとなくなんて言ったのか分かった。
「楽しかったわ」
『………夢、か…』
まだ少し気だるげな上体を起こす。若干乱れた髪を耳に掛ける。思わず出たあくびにほんのり目に涙が浮かんだ。久々に見た妙に生々しい夢の事を思い出しつつ自分の胸に手で触れる。当然そこには傷らしきものは無くより一層それが夢だったのだとハッキリ認識する。
『…当然よね、アタシの血は赤くなんてないもの。』
そう、彼女は人間ではない。かろうじて人間の女性のように手足があり目もあり、髪もある。見たこともない目の色をしていること以外は人間と同様の外見をしている。
彼女は“魔女”である。
この世界において魔女と呼ばれる存在は2種類ある。
一つは魔導の、特にほとんどの国々では禁じられし魔導の深淵に足を踏み入れた女達。己の私利私欲の為にその魔術を使う者達。そしてもう一つ、はるか昔、魔女という相称の元となった者たち。
“魔女”とは存在し始めた時から魔法そのものを内に秘めた、人の姿形をした者たち。どこから生まれ出たのか、そのそも人間のように母体から生まれたのか、あらゆることが現在でも謎となっている「種族」。だが魔導の道を学び歩む者たちならば誰もが知る事実がある、それは魔女達は膨大な魔力容量を持ち手足はおろか人間の心臓が無自覚に鼓動するかのようなレベルで魔法が使えるという事、そして彼女らは人間と同じ価値観を持ってなどは居ないという事だ。「人を殺し楽園に導く」、「自身のコレクションの為にある街の人々を全員一人残らず石像に変える」、「そもそも人間に興味がない」など様々な思考を持つ魔女の報告がある。総じて“敵か味方かわからない。が、彼女らの存在自体が人々を脅かす、即ち討たれるべき者たちである”、そういう認識が魔導師のみならず一般人にまで浸透している。
『んーーーーーー……はぁ…』
腕を頭上に伸ばし体をほぐす。すると彼女の寝室の扉がコンコンとノックされる。
「おはようございますメリッサお嬢様、朝の紅茶をお持ちしに参りました。」
『おはよう爺や、入っていいわよ』
と言いながらメリッサと呼ばれた者の身に着ける寝巻きが蠢き解ける。瞬く間に一糸まとわぬ姿になる。そして解けた繊維らしきものが新たなの色に染まり別の衣服に丁寧に編みあがる。『失礼します』と扉がガチャリと開く、爺やと呼ばれた者が扉を開けきるとそこには先刻の寝間着姿ではなく優美なドレスを身に受けたメリッサがいた。扉が開かれる一瞬の間の出来事である。
「お嬢様、珍しく思いつめた表情をしてらっしゃいますな。どうかされましたか?」
『…別に、少し変な夢を見ただけよ。』
「夢、でございますか?」
“そう…夢”とテーブルにティーカップを設置し始めた爺やを横目に夢の事を語る。
一通り聞き終えた爺やは紅茶を淹れたティーカップを机に置き言う、
「それはまた奇妙な夢でございますな。」
『…はぁ…でも今日もまたつまらない1日になると思うとこんな夢ですら名作家が披露する舞台みたいだわ。あーーーーもう、いっその事この国滅ぼしちゃおうかしら…』
「それもまた一興でございますな。ですがお嬢様、遥か彼方の異邦の国ではその様な生々しい夢は後の未来を暗示していると言い伝えられています。もしそれが本当なのでしたら夢にでてきたようにお嬢様の前に“楽しませてくれる”御方が現れるのやもしれませぬ。」
『…そうなればどれだけ楽しい事か。』
メリッサは膨大な力を有しながら一つの悩みを抱えていた。彼女が魔女として存在し始めてからもう何百年も経つ。今までは己がその時その時楽しいと思うことをやってきたが一度として何かに熱意を抱いたことがない。存在する目標がない、意味がない。人間達も昔から幾度となく彼女を討伐せんとメリッサの前に立ちはだかったが今ここに彼女が五体満足で存在しているのがその戦いの結末を物語っている。その戦いたちの末に初めてちょっとした目標ができた、それは魔女メリッサを“殺してくれる”者を待つこと。その初めての目標を胸にメリッサはこの森に屋敷を作ったのだ。
“私はここに居る、魔女メリッサを討ち倒した果てに得られる名誉が欲しいならアタシの前に来なさい。…もっとも来れるものなら…ね?”
森には彼女を討伐できる力を持った者を見極めるために彼女が創造した茶色き鎧を身に纏った騎士団を徘徊させている。それらを打倒して彼女にたどり着きメリッサを楽しませてくれる者を待ったのだ。しかしその存在は数百年この地に住み着いてから片手で数える程度しか現れなかった。そんな彼らも結局取るに足らなかった者たちだった。そして現在、あまりにも拍子抜けな挑戦者たちについにこの行為は目標と呼べるものですらなくなっていた。再び存在する意味を無くし真面目にこの森が存在する国を“面白そう“だから宣戦布告しようかとすら考えてるのだ。もう半ばヤケクソ気味に何か打ち込めるような目標を欲している状態だ。なんだっていい、アタシと契約を結んで世界に宣戦布告したいのであれば承諾しよう。亡き恋人の仇を討ちたいならその刃となろう。国に反旗を翻したいのならその先頭に立ち暴れてやろう。
“…だから誰でもいい、私に生きる価値を頂戴よ…”
コンコン
遠くで玄関をノックする音。
「!お嬢様…!」
『…』
来たの?本当に来たの?アタシの欲求を満たしてくれる人間が!!
ガラにもなく玄関へと走ったり扉を開ける。
するとそこにいたのは、
傍から見れば彼女と似たような年に見える女の子だった。
よく観察すると身なりと彼女の持つ杖から魔導師であると分かった。が、とても彼女の放った騎士団を倒しここに来たとは到底思えなかった。
『・・・』
一瞬の静寂、どう切り出そうか迷っていると彼女のほうから口を開いた。
「あ、あの!私を匿ってくれないでしょうか?!」
『…匿う?』
「は、はい!あの森に居る騎士たちから!」
あぁ、やっぱり違うのね。でも今までここにたどり着いた者の中に騎士団から逃げ続けて“たまたま”たどり着いた者なんて居なかった。それに加え今朝の夢、彼女の姿を見てふと思い出したこと。あの夢で私が殺したのは彼女だ…これは何かの運命だのだろう。彼女が私に目標を与えてくれるのだろう。
『…いいわ、上がりなさい。』
「あ、ありがとうございます!」
応接室に魔女と魔術師。爺やが紅茶と茶菓子を持ってきて会釈したのち部屋を後にする。それからお互い、一口二口と紅茶を口に運ぶも部屋は静かなまま。先に気まずい静寂を払ったのは今度はメリッサのほうだ。
『…で?貴女なんでこんなところに居るの?ここの森には魔女の手下である騎士たちが彷徨っているのよ?言ったら悪いけど貴女こんなところに来るべきじゃないし生きのびる力すらなさそうじゃない。』
「そ、それはごもっともです…」
突きつけられた正論にしゅんと肩が下がる
「ほ、本来私は別の者たちとこの森に来たんですが道中の騎士たちとの戦いで離ればなれになってしまいまして…」
『つまり迷子ってこと?』
「…はい」
『…はぁ、貴女馬鹿なんじゃないの?』
「は、はい!?」
突然の罵倒に思わず変な声が出る。
『普通に考えなさいよ、魔女が‘住む森、そこに徘徊する亡霊の様な騎士団。そんな場所にこんな屋敷があってそこに住む人がまともな人だと思ってるの?アタシが魔女かもしれないって事、考えたことなかったの!?』
ハッと告げられた言葉に分かりやすく納得している様子。
『呆れた。アタシが今魔女だって言ったら貴女詰みよ。ここはアタシの屋敷、袋のネズミ。死んでも文句言えないわ。』
「…そうですね…」
『まったく…』
「でも、大丈夫そうです」
『…?』
「あってみて、話してみて分かりました。貴女は悪そうな人じゃない。」
『は、はぁ?』
今度はメリッサが情けない声で驚く番だった。
「だって私を殺したいならそんな事言わずにこの紅茶に毒か何かでも仕込んで確実に殺せばいいじゃないですか。そんなことされたら馬鹿な私ならもうとっくに死んでます。」
さっきまでの申し訳なさと遠慮がちな彼女の態度とは打って変わってハッキリと理にかなった結論を告げられた。
『そ、そうよね。貴女、意外と頭は回るのね。肝心なところがダメだけど。』
「アハハ…よ、よく言われます。」
『そうよ、気になったのだけれどあなた達はここに何しに来たのよ。結局この森に来た理由聞いてないわよ。』
平常を取り戻したメリッサがティーカップを手に取る。
「あ、そうでした!じ、実はここに来たのは…その“魔女“を討つためなんです。」
ティーカップを口に運ぼうとした手が止まる。
「討伐隊と一緒に?。」
『…何が望みなの?名誉?金?それとも別の何か?くだらない理由で挑みに行っても無駄死にするだけよ?』
遮るようにメリッサが告げる
「…へ?」
『アタシは何人も知ってるもの、私利私欲の為に魔女に挑み散っていった人たちを。ろくな最期じゃないわよ。』
「…私自身分かりません、隊長が何でこの討伐隊を編成したのか。私はたぶん正義のためだと思ってるのですが…」
『違うわよ、それが聞きたいんじゃないの。』
メリッサが一瞬で顔を奇妙な訪問者に近づける。
『貴女は何で魔女を殺したいのよ。』
「…そ、それは…」
『無いの?ホント呆れた。貴女って本当に馬鹿なの?。』
「一人前に!」
『…ッ!』
「一人前の魔導師になりたいんです!困っている人を救いたいんです!」
先ほどからの弱弱しい彼女からは想像できない大層な目標。その言葉にはメリッサにはない目標への熱意が込められていた。
『無理ね、諦めなさい。』
「…!」
だからこそハッキリと事実を告げた。彼女がメリッサを倒せるようになる時なんて絶対に来ない。自分には無いその目標とそれを目指し進む覚悟を摘み取りたくはない。
「で、でも!」
『無理なものは無理。そんなに救いたいっていうなら医者にでもなったら?回復魔術さえ使えれば無理に戦わなくても人の為に―。』
「何で…!」
『…』
「何でそこまで無理だと言い切れるんですか…!」
嗚呼…この子本当にアタシを疑ってないのね。
『…知りたいかしら?』
「!」
その言葉に先ほどまでのメリッサの雰囲気とは違う、異様な感覚が部屋を支配する。
『そんなに無理だって言いきれる理由が知りたいなら教えてあげるわ…アタシの名前は…―。』
ドンドンドンッ
扉が強くノックされる。
「お嬢様!屋敷の前に見慣れぬ集団が!」
『…話は後よ。今日は珍しく客人が多いわね。』
そう言いつつメリッサは立ち上がる。すると彼女も同じく席を立つ。
『貴女はついてこなくてもいいわよ?客を出迎えるのは主人の役目。客人は客人らしくくつろいでなさいな。』
「…いいえ、私も一緒に行きます。」
『………そう。勝手にどうぞ。』
玄関を出るとそこには剣や槍で武装し、たいまつや杖を手に持ったただならぬ雰囲気を纏った一団がいた。
「みんな!」
予想はしていたがやはり彼女がはぐれてしまった部隊の者たちだろう。彼女が前に出ると一段の頭らしき人物が声を上げる。
「おおセラ君!無事であったか!よかったよかった。君がいなくなったと知ったとき私は心配したぞ!!」
セラと呼ばれた客人が頭と思しき人物に駆け寄る。
「団長、心配をかけてすみません!」
「いや謝らんでもいい!君が無事だったのなら他はどうでもよい!」
一時は死んだと思われた仲間との再会、一団の皆は安堵に包まれた。が、それも団長と呼ばれた者の言葉で霧散して消えた。
「よくぞ、魔女の手から生き延びた!どうやったのかは分からないがそれは魔女を討ち倒してからゆっくり聞くとしようか。」
「…団長…それはどういう―。」
『文字通りよ。』
後ろで見ていたメリッサが初めて声を上げる。
『さっきは邪魔が入ったけど教えてあげるわ、何で“無理”って言いきれるのか。』
「…」
『アタシはメリッサ。この森を彷徨う亡霊のごとき騎士団を生み出した“甘美の魔女”。だから言ったのよ、貴女は絶対に魔女は殺せない、魔女であるアタシが一番わかるのよ』
名乗り終えるとその場全体を張り詰めた空気が覆った。だが団長と呼ばれた男は目の前に魔女が居ようとも身じろぐ様子は無くこの場で一番最初に喋り始める。
「実に大変な道のりであったぞ。ブレンダ、ヘンリー、ジャラガル、フェルベンドール…魔女よ、貴様の作り出した操り人形どもに先ほど殺された私の部下たちだよ。」
『それは残念ね。』
その声に一切の感情は無かった。
「ふん、興味一切なしか。やはり実に魔女らしいな、人間とは相容れぬ化け物めが。」
『当然でしょう?貴方は事情も素性も知らない赤の他人の不幸を目の前にして涙を流せるの?怒りを覚えれるの?』
「少なくとも私は“人間“だからな……皆の者武器を取れ。汝らは英雄だ。この森を、この国を、この世界をこの魔女の呪縛から解放する者達だ。人が!歴史が!そなたらの勝利を歌い続けるだろう!!勝利は稀らの手にありィ!!!」
「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」
おだてるのがお上手ね。アタシを目の前にしてこんなにも恐れを抱かない者たちは居なかったわ。でも…
『それだけね…』
無数の兵が雄たけびを上げ魔女へと迫る。それから逃げる様子もなくむしろどこからか取り出した綺麗な色の結晶の様なものでできた刃物で手首を切り始める。それを見た兵たちは一瞬その異様な行動に足を止める。その行動の異質さ、そして切りつけた傷口から溢れる一見泥にも似た液体を舌で丁寧に舐め取る彼女の姿に全兵の背中に悪寒が走る。
「怯むな英雄たち!!家族、恋人、友人、愛する者たちがそなたらの帰りを待っている!!!歩みを止めるな!輝かしい未来へと走るのだ!!」
団長の一括に再び兵たちの士気が戻り再び走り始める。
「そうね、後ろで吠えてるだけの奴よりはよっぽど勇気があるわ。」
一人誰にも聞こえぬ声でそう呟くと彼女は駆け出した。気づくと体中のいたるところに鎧のパーツや結晶が生成され彼女の手は爪のある結晶の手甲ができていた。そこからは一方的だった。敵兵団に飛び込んでは武器を振り下ろす前に一つまた一つと首が飛ぶ。背後を取った兵が剣を振りかぶると爪だった結晶が一瞬にして薙刀となり胴体を真っ二つに両断する。前衛の惨状を見かねて団長が魔導師たちに援護を促す。魔導師たちが詠唱を始めようとした時彼らの肩に何かが乗っかる。ふとそちらに視線を移すとそこにあったのはクマやウサギのぬいぐるみ。彼らが疑問符を頭に浮かべた瞬間それらが弾ける。中から飛び出した小さな結晶片が体に無数の穴をあけ絶命した。後方支援すら失い前衛の運命は火を見るよりも明らかでついには総勢100人以上は居たであろう兵も今や十数人以下になり果てた。
「流石にマズいな、やはり私が―。」
「もうやめてください団長!!」
この光景をただ見守るしかできなかったセラが遂に限界を迎え声を荒げる。
「もう無理です!この戦いはもう私たちの…」
「セラ君…」
「さっき彼女と話して分かったんです、あの人は魔女でも悪い人じゃない!争う必要なんて無いんです!!」
「…」
「ですから…!」
「…分かった。」
グサッ
「…ぇ…?」
痛みがセラの全身を支配する。普通に生きていれば味わうはずの無い痛み、でもこの痛みは確かに現実だ。思わず痛みの源へと視線を移す。そこには団長の魔力が宿った腕が自身の胸を貫いている光景。意識がもうろうとして膝から崩れ落ちる。その光景を見ていた数少ない兵達やメリッサ自身すらその場で立ち止まりその光景に驚愕していた。
「うむ、流石の魔力量だ。」
セラの魔力を吸収した団長の体の周りには薄青い魔力が体中から溢れていた。
「皆の者!心配はいらない、彼女はどうやら魔女の仲間だったようだ、私でなければ我々は皆寝首を掻かれていたであ―。」
『そうゆう事ね、なーにが“なんじらはえいゆー”よ、コイツ最初ッからあなた達を捨て駒にする気だったのね。』
その言葉に“ほ、本当ですか…団長?“と残った兵たちが回答を求める。
が、彼らが回答を得る前にセラ同様に胸を貫かれ一人ひとり、徐々にその間隔が短くなりながら同じ末路を辿ってゆく。最後に一人から魔力を抜き終えると先ほどまであふれていた魔力の量がさらに膨大になっていた。
『魔力の吸収、それを利用した強力な身体能力強化…かしらね。』
「ふむ、流石魔女、説明は不要であったか。」
『説明する気だったの?自分の手の内を明かすとか馬っ鹿じゃないの?』
「分かったところでどうしようも無かろう?ならばせめてもの冥途の土産にとな。まぁ貴様が行くのは地獄だが。」
『お気遣い感謝するわ、ならせっかくだし変わりの土産に一つ教えてくれないかしら?』
「…なにかね?」
『何でセラをこの部隊に入れたのかしら?あの子、言っちゃ悪いけど才能無いわよ?』
「確かに彼女は才能は無い、が素質はあったのだよ。常人の数倍の魔力容量を持っているんだよ、彼女は。私が魔術を使用し彼女の魔力を貰い、それを使いパワーアップを成し遂げる。完璧だろう?それにあのままでは彼女は決して一人前の魔導師にはなれないだろう。そう、正に腕の無い武人と同じ!」
『…ぷ…あはははは!!』
メリッサが唐突に笑い出す。
『貴方本当に救えない馬鹿ね!』
その罵倒に先ほどまで余裕を持っていた団長の顔が険しくなる。
「…何が言いたい…?」
『あるじゃないの…足が。貴方の弱者を騙し利用することしかできない汚ったない“足“よりはよっぽどできた“足“が。』
額に血管が浮かび、自然と団長の拳に力が入る。
「…御託はもういい…!貴様は私が殺す!正義などという下らない物のためではない!私の輝かしい未来の為に!!この国の代表となり!次なる議長になる!!貴様はその道のりの第一歩!!!」
“議長ねぇ…“と団長の言葉に何か思い当たるようなことを感じつつも、”その前に…“と団長ではない誰かたちに告げる、
『…だ、そうよ“皆さん“』
その声を皮切りに何かが団長の体にしがみつく。“何だ!?“と掴んだ者の正体を見るとそこには先ほど殺したはずの兵士がいた。”確かに殺したはず!”と驚愕を浮かべる表情を甘い香りが包む。その匂いには覚えがあった。散々森の中で嗅いだ茶色の騎士たちの放つ甘い匂いだ。そう、死んだ部下たちとそっくりな“チョコレート”でできた人形だ。
「ぐっ!はなせええええええ!!」
と威力の上がった拳で頭を砕く。が所詮チョコレート、頭が食われたところで掴む力は弱まらない。もたもたしていると一人また一人と掴みかかる人形が増え、徐々に身動きが取れなくなる。すると団長の周りに半径十メートル、高さ5メートルほどのチョコレートの城壁ができていき、逃道がふさがれる。
「な、なにを企んでいる貴様ァ!!」
城壁の上からメリッサは一人笑いながら答える。
『何百年ぶりにちょっと反吐が出そうな人間にあったからね。貴重な体験のお礼がしたいだけよ。受け取りなさい!』
すると城壁の外から巨大な影がせりあがる。それは優に30メートルは超える人の形をした巨人。それが重々しい腕を上げ振り下ろす構えを取る。
「は、はなせえぇぇぇぇぇえぇ!!!」
ようやく事の事態を飲み込めた団長がもがくも既に運命は決まっていた。
『アタシが“フォンデュー“を人間相手に使うのは初めてよ、光栄に思いながらよーく味わいなさい。でも、このお菓子は甘くなんてないわ。どこまでも苦いビターな物よ!』
そう言い終えると巨人フォンデューの腕が振り下ろされる。衝突の轟音が鳴り響く直前、メリッサは満面の笑みでつぶやいた。
「楽しかったわ」
森全体を揺らすほどの振動が駆け巡る。鳥たちが一斉に羽ばたく。結局またメリッサを倒す者は今日も現れなかった。だが彼女は何か素晴らしいアイデアを思いついたのか何故か上機嫌だった。
セラが目を覚ますとそこはメリッサの寝室だった。意識がはっきりしてくると上体を起こし自分の胸を見つめる。何ともなかった。確かに致命傷を負ったはずなのに。と考えてると。部屋の扉が開けられる、入ってきたのは魔女メリッサ。咄嗟に身構えるが、あの怒涛の展開を経験した後でもメリッサが悪い人には思えなかった。
『お目覚め?』
「…」
『傷は治しといたから感謝しなさいよ?何気にアタシの魔法でも危なかったんだから。』
「あ、ありがとうござい…ます。」
『何よ、不満?』
「い、いえそんなんじゃないです。ただ、なんで助けてくれたのかなって…」
『あーその事。』
メリッサが何か裏のありそうな笑顔を見せる。
すると扉がコンコンとノックされる。
「お嬢様、荷物の準備が整いました。」
『ありがとう爺や』
「…荷物?ど、どこか行かれるのですか?」
『正確には旅に出るの、ちょっと王都のほうにね。貴方も来るのよ。』
「は、はぁ…………、はあ!?」
また情けない声で驚くセラ。
「い、いや何で!?」
『…アタシね、貴女が来るまで暇だった。生きる目標がなかったの。でも貴女の人のために尽くしたいっていう目標に少し憧れたのよ。それで“アイツ“が死ぬ前に言ってたことで思いついたの。”貴女を魔導国家連合の議長にしてあげる”って。』
「ええええ!!な、何でそうなるんですか!?」
『簡単な話よ、貴女が議長になれば魔導師になるなんかより多くの人を幸せにできるわ。』
「で、でも私には無理です!」
『簡単じゃなくて当然よ、でも“魔女“すら友達に持ってしまうほどのお人よしならなんとかなると思うわよ、アタシは。』
さりげなく自分たちがいつの間にか友達という関係になってることにすらツッコむ余裕すら無いセラ。
「でも私大魔導決選にでる資格なんか…」
『だから王都に行くのよ、ここの国王に無理やり代表にしてもらうの。“私を国の代表にする”か“アタシがこの手でこの国を潰して新たな女王になって代表になるか”の二択よ。』
“そんな無茶な…”と内心思いつつも、短い間で見てきたメリッサの性格を考えると本当にやるんだろうという気がした。そんなことを考えてるとメリッサがお菓子を組み上げ大きな玉座に似た椅子を作り腰かけた。そして彼女はその手をセラに向けて伸ばし告げた、
『改めて、アタシはメリッサ。甘美の魔女メリッサ。貴女を議長に…女王にする魔女の名よ。』
―甘美の魔女―メリッサ
年齢:数百年以上
概要:
あらゆるお菓子を創り操る魔女。
一般的な魔女とは違い“魔女”という称号の元となった種族の一人。
魔女の特徴として人間の女性の容姿をしているが性格や価値観が人間と大きく異なる事がほとんど。積極的に人間に危害を加える者もいれば一切興味を示さない者もいる。メリッサは本来生粋の刹那主義者であり、一時一時で最も楽しめそうなことを見つけ行動に起こす。しかし長らく自身の目標の無さを痛感し長期にわたって討たれるべき魔女として森の奥に住んでいたがセラに出合い、よりやりがいのある目標を見出す。今の彼女の目標は“大魔導決選に勝利しセラを連合国の女王(議長)にすること”。
魔術:お菓子の創造、変質、構築
魔女であるメリッサは“魔力容量“、“魔力の自然回復能力“共に非常に高く、また魔術の行使に詠唱を必要としない。彼女の作るお菓子は魔力のエンチャントが施され普通のお菓子とは比べ物にならないくらい丈夫。しかし明確な弱点は存在する。
【ブラッドチョコレート】
これは魔術というより“甘美の魔女”として生まれ持った体質。
メリッサの体内には血液の代わりに溶けたチョコレートが流れている。その影響により体温が一定以下になると全身のチョコレートが固形化し動きが鈍くなる。その為寒い場所は苦手。そのチョコレートを飲むと身体能力が向上しより熾烈な攻撃を可能にする。逆に言えば飲まなければ見た目通りのレベルの身体能力しかない。主に手首をアメガラスで作製した刃物等で斬りつけ流れ出たチョコレートを摂取する.
魔法【ビタースウィートダークネス】
チョコレートを創り出し、自在に形作る。エンチャントの施されたチョコレートは彼女の作り上げるお菓子の中で最も強度が高く、鉄壁の防御力を誇る。しかし強化されたチョコレートといえど熱には弱く、体温程度では溶けないにしても炎ともなると自慢の防御力を失う。液体になったチョコレートは自在に動かせるが固めなおすには温度が下がるのを待つしかない。
魔法【アメガラス】
手のひらから飴を創り出し自由に形作る。作り出される飴は鋭利なものを作るのに向いているがほかのお菓子に比べて脆く、戦闘中幾度となく作り直す必要がある.
魔法【スノーホワイト】
綿あめを創り出し、着色したり編み上げる。綿あめの繊維は他同様エンチャントが施されており非常に丈夫。その強度は鋭利な刃物であっても切り裂けない。布状なので色々と小回りが利く。彼女の身に着ける衣服もこれでできている。弱点は綿あめらしく液体で他のお菓子と比べ弱点を突きやすいのが難点。
中級魔法【弾ける綿人形】
綿アメの繊維を入念に編みこませてできた動く人形を召喚する。人形の中にはアーモンドサイズの飴の破片が入っており迂闊に近づいてしまった相手に飛びつき爆発し広範囲にばら撒く。同じく液体を浴びると爆発することなく消滅する。
中級魔法【雨星ーあまぼしー】
増幅する綿あめを空中に放つ。一定時間経過し綿あめが曇り空を作るほどにまで広がった後、長時間直径2cmほどあるこんぺいとうを土砂降りの雨の如く降り注がせる。その際自分は固い守りを持つ相手にはそれ程効果は無いが生身の人間に当たると少なからずダメージは蓄積する.その上ある程度降り続ければ地面を覆い尽くしたこんぺいとうにより相手の行動を大きく阻害することができる.弱点としてはまず事前に綿あめを空中に散布し1分ほど待たなければこんぺいとうは降らない.また水に弱いのは変わりないため万が一本当に雨が降ろうものならその時点で綿あめの雲は消えてしまう.
上級魔法【チョコレートの巨人、フォンデュー】
30Mはあろうかという巨人を作る。その攻撃の破壊力は絶大だが動きはかなり遅く行動を読みやすい。また膨大な量のチョコレートを使うため生成にかなり時間がかかる。戦いが始まった直後から作り上げでも出来上がるのは試合中盤ぐらいである。また同様に炎以上の熱に弱い。
最上級魔術【スイート・スター・ディセント】
特大の魔力を消費して空中に直径500mもある巨大なこんぺいとうを頭上から降らす。見た目に反して意外に軽いので落下する速度は同サイズの隕石と比べると遅い。また通常そのようなサイズの隕石が落下した場合の破壊力はこの世の物ではないレベルになるがこんぺいとうの場合そこそこの質量で押しつぶしてるに過ぎないため建物を崩壊させる程度しかできない。また膨大な魔力を消費した後は何もできない為必ず体に流れるチョコレートで糖分摂取し魔力を徐々に回復させていかないといけなくなる。召喚してから地面と衝突するまで約5分ほどかかる。
【 所属国家設定 】:
神々の楽園、メルローネ
豊かな自然と穏やかな気温、住みやすさであればあらゆる国家の中でもトップ3に入る“神々の楽園”とまで称された国。しかし軍事力はそれほど高くなく、連合国家の中でも下から数えるほうが早いほど。その原因もかつての5台前の国王のにあり魔導国家連合結成以前からあまり争いを好まない政策を掲げてきた。魔導国家連合結成時、真っ先に賛成した国家のひとつ。主な収入源は観光業がほとんどを占めておりそれを維持するための政策に取り組んでいる。魔法もこの観光業、サービス業など戦闘以外の方面で利用されており、この世界におけるエンターテインメントに特化した魔術の大半はこの国が発祥の地とされている。しかしこの国が抱えてる数少ない問題の一つが国の領土の一角にある通称“死の森“と呼ばれる場所である。お察しの通りこの森こそメリッサが住まう森であり彼女の作り出したチョコレートの騎士団たちが延々と彷徨い侵入者を見つけたらどんな者であろうとただでは返してくれない、非常に危険な場所となっている。土地勘のあるものならまだしも、観光客ともなれば何時誤って入ってしまうかわからない。その為森周辺には検問所があり、特別な許可を貰った者以外の出入りを禁じている。その許可とは国から正式に依頼された魔女討伐隊の事である。メリッサがここを好んだのも彼女自身寒い場所を好まないのと活気あふれる国に居ればより自分を討伐せんとやってくる者たちが来るのではないかと思っての事である。
余談だがこの国の軍事レベルの低さを鑑みるとメリッサなら一人の力で国を落とせる。もし本当に気まぐれで宣戦布告したとしたら、彼女の価値観で考えるなら非常に拍子抜けでつまらないものになったであろう。
補足