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吸血機バンパイオー・最終話


異星人軍は最終兵器を発生させた。地球人には鬼獣チュパカブラと命名されたそれは最初に当の異星人を
滅ぼし地球に降下。対吸血鬼兵装を含む地球製の兵器の一切を受け付けず、全身を覆う針のような体毛の一本一本
が人間を襲い、一滴残らず血を吸い尽くす。適性のあった被害者は吸血鬼と化して血を求め、また被害を拡大させて
いく。そうして鬼獣はさらに多くの血を求めて、都心へと向かっていた。


 陸上自衛隊鬼獣対策前線本部。隊長の山村を筆頭に、十数人の幹部が顔を付き合わせ、策を講じている。その軍服たちの中に、明らかに場違いな少年がいる。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

沈黙の中でその、ぼろぼろの学生服をまとった少年の荒い息づかいだけが響いていた。眼は真っ赤に充血し、口からは奇妙に長く伸びた犬歯が突き出している。

「……黙っていないで何か考えを出せ。」

沈黙に耐えかねて山村が言ったが、山村自身考えなど無い。自慢の兵器が全く通用しない相手に打つ手などある
ものか。降伏か死か。当初そう迫った異星人に対し、地球人は第三の答えとして戦うことを選んだ。今思えば
それは選択肢などではなく、答えを先延ばしにする手段でしかなかったのかもしれない。暴走する鬼獣を残して
異星人が滅んだ今、もはや降伏の選択肢すら無く、人類は座して死を待つも同然の状況におかれていた。

 いや、そうではない。まだたった一つだけ、希望はある。そしてそれはこの場にいる全員がわかっていることだ。
幹部達がちらちらと彼に寄越す目線からもそれはわかる。だが、誰もそれを口に出すことはできない。今目の前で
自分の中の吸血鬼と闘い続けている、この少年に人間をやめろなどと強制することは……。

「バンパイオー……」

とうとうその言葉を口にしたのは、その少年――小森抜人自身だった。自分からその名を出したことに、安堵の
表情を隠しきれない幹部たちが数人見られる。山村にはそれが堪らない。

「……バンパイオーなら、ハァ、やれるかも、しれない。確実じゃ、ないけど、ハァ、他に、手は、無いでしょう?」

「小森!」

山村は思わず怒鳴った。そうなのだ。結局はこいつに頼るしかない。この少年一人の犠牲で、多くの人間が救われるかもしれない。だが。

「お前……怖くないのか!?死ぬかもしれない、そうでなくてもこれ以上バンパイオーを動かせば、お前は確実に
 吸血鬼になっちまう!」

「……俺にはもう、何も、ありませんから。」

睨みつける山村の眼をじっと見返した後、抜人は自分の掌を見つめながら答えた。またそれか。いままで
それ以上は聞かず、結局彼の力に頼り続けてきた自分達への憤りも混じって、山村は爆発した。

「馬鹿野郎!何も無い人間なんているか!お前みたいなガキなら尚更だ!……お前がいろんなもん失くしてきた
 のはわかってる。でも……まだこれからだろ。まだこれから何だって手に入る。お前はまだ、自分だけが可愛く
 たっていい歳なんだぞ?それを……。」

いつのまにか涙が溢れていた。それを抜人は呆然と見つめている。

「わあああああっ!」

まだ若い幹部が突然机に伏せ、大声を出して泣き出した。そして机に頭を打ちつけながらこう続けた。

「すまない小森君、自分達には、何もできないんだ!君の苦しみを知っていながら、結局は君に頼るしかない卑怯な
 人間だ!自分は、自分はぁっ!」

他の幹部たちも、次々に泣き出した。大の大人が泣き喚き、泣き伏し、またある者は静かに涙を流す。その異常な光景を見回した抜人は山村に向き直り、微笑みながら言った。

「訂正します。俺のために泣いてくれる人がいるなら、怖くても俺、やれますから。」

「小森……。」


「輸血パックをありったけ回せ!怪我人?こっちは人類の英雄だぞ!」

 整備がすっかり板についた研究員たちの喧騒の中、抜人はバンパイオーを見上げた。漆黒だったはずの装甲は
返り血なのか吸った血の色なのか、いつの間にか深紅に染まっていた。コクピットに滑り込む。自動的にアームが
伸びてきて、肩を固定する。吸血機関につながった針が首筋に食い込む痛みに、最後までコイツには慣れなかったな、
と思う。

『目標、間もなく柏市に入ります!』

「千葉?もうすぐじゃないか!輸血はもういい!今すぐ出す!……そうだ、山村隊長につないで。」

『小森……。』

「山村さん、わかってますよね?俺が人間じゃなくなったら……。」

『もうそんな話はするな。人間のまま帰って来い。それ以外は許さん。』

「フン……バンパイオー、発進します!」

血液の通ったマント状の装甲を翼に変質させ、バンパイオーは飛び立った。


 鬼獣はまっすぐに都心を目指している訳ではない。人間の気配を感じ取って、漠然とその方向へ向かいつつある
という程度だ。だからその進行はそう速くはなく、抜人がその姿を捉えたとき、鬼獣はまだ柏市にいた。

「こちらに気付く前に……ファントムカノン、いけっ!」

視界を真っ白に塗りつぶすほどの光線が放たれ、鬼獣の体を灼く。だがこのバンパイオー最強の攻撃でも、その毛に
覆われた体に小さな禿を作ることしかできなかった。こちらに気付いた鬼獣の体毛の針がバンパイオーを襲う。

「スピードなら、勝ってる!」

残像を生み出しながらバンパイオーが身をかわす。輸血パックからエネルギーを得ているため、抜人への負担はまだない。

「だが、近づかなけりゃ……!」

右腕の装甲の割れ目から血飛沫の如き紅い霧が噴き出し剣、ブラッディブレードが形作られると、バンパイオーは
殺到する針の束を薙ぎ払いながら鬼獣へと突き進んだ。しかし体毛は薙いでも薙いでもすぐに生えてくる。

「毛の生えてない所、顔だ!」

抜人はバンパイオーを鬼獣の正面に移動させ、顔面に向けもう一度ファントムカノンを放った。しかし!

「何!?」

鬼獣は口を大きく開けると、その強烈な光線をすべて飲み込んでしまった。

「馬鹿な……くぁぁぁぁぁっ!?」

二度のファントムカノンで大きくエネルギーを消費し動きの鈍くなったバンパイオーを、体毛の針が容赦なく
突き刺す。翼も破れ、バンパイオーは鬼獣の体毛に刺されたまま地面に落下していった。

 血を吸われている。バンパイオーに出会ってからは珍しくもない頭が冷えていくような感覚が、今は妙に心地よい。
自分や敵、時には仲間の血をも吸い続けたバンパイオーが、今は一緒に吸われる側に回っている。それが良い気味だから
だと、抜人は思った。


 意識が遠のいてきた。冷えていく頭に、懐かしい顔が浮かんでくる。両親、妹、友達、恋人、戦友……喪われた
人々が次々に浮かぶ。だが、それらはすぐに尽き、浮かんでくるのは生きている人間ばかりになっていった。山村、
あの最初に泣き出した幹部、整備に明け暮れる研究員たち……。

あ……死んだ人って、こんなもんだったか……?)

抜人とは特に交流もない、名前もよく知らない彼らが、喪われた大切な人達よりも強く、抜人の中にいた。

(何も無いなんてことない、か。本当だな。まだ、こんなにいる……)

抜人はバンパイオーを動かそうと思った。だが、既に血を吸い尽くされようとしているバンパイオーは動かない。
抜人は血の気が引いて白くなった手を見つめた。

「俺、まだ人間だよな……吸血鬼じゃない、血の通った人間だよな?だから、まだ。バンパイオー……全部だ、全部
 くれてやる……だから、俺の力になれ!」

急速に意識が遠くなると同時に、バンパイオーが立ち上がる。そして再び意識が戻ったとき、バンパイオーは左手の
爪を伸ばし、鬼獣に突き立てていた。抜人の意識が戻ったのは、鬼獣から血液を奪ったからだ。

「ありがとよ、バンパイオー。鬼獣はここまでに何万人もの血を吸ってきた。逆に言えば血の詰まった袋なんだ。
 こいつから血を吸えば、お前はいくらでも強くなれる!」


「状況は、どうなっている!?」

「待ってください、奴の毛が邪魔でよく……あっ、見えました、バンパイオー健在です!全身に毛が刺さって
 いますが、こちらも相手に爪を刺しています!」

「爪を……?」

 小森、吸血を使うな。これ以上使えばお前は……。しかしファントムカノンを凌ぐ相手に戦い方を選べるはずも
無い。たった一つの命令も守られなかったか……と思いながら、山村は部下に指示を出した。

「残ったバイスキルヒェをすべて出動させろ。鬼獣とバンパイオーを包囲させておくんだ。」


 血の吸い合い。単純に考えれば手数に勝る鬼獣にバンパイオーが敵うはずは無い。だがバンパイオーは右手に持った
ブラッディブレードを驚異的な速さで振るって襲い掛かる針をすべて薙ぎ払い、一方的に血を吸っていった。破れた翼
も再生すると今度は刃となり、鬼獣の体毛のみならず本体をも切り刻んでいく。

「フ、ハハ、俺の勝ちだ……とどめを刺せ、バンパイオー!」

抜人の叫びに呼応して、バンパイオーは巨大化させたブラッディブレードを振るい、鬼獣の首をはねた。噴き出した
血と共に真っ赤な霧となって、鬼獣の体が消えていく。

「フハハハハハハ、フハハハハハハハ!」

バンパイオーの双眸は真っ赤に輝き、装甲は鮮血の如き赤に染まっていた。


「鬼獣、消滅!バンパイオーの勝利です!」

「よし……バイスキルヒェはバンパイオーに総攻撃開始。」

「は?しかしバンパイオーは……」

「馬鹿者!あれだけの血を吸ったんだ、小森は既に人間ではない、吸血鬼だ。撃て!」

「しかし!それならこちらに攻撃してくるはずです!バンパイオーは動いていません!」

「……わからんのか。あいつは今でも闘ってるんだ。己を蝕む吸血鬼を、必死で抑えているんだよ。だが、そう
 長くはもつまい……だから、早く終わらせてやれ。あいつの闘いが無駄にならないように。あいつがまだ人間の
 うちに、終わらせてやるんだ。バイスキルヒェはバンパイオーに総攻撃開始。……頼む、復唱してくれ。」

「……バイスキルヒェは、バンパイオーに総攻撃開始。」

「フハハハハハハ、フハハハハハハハハハハ!」

 バンパイオーは最後まで動かなかった。両手を掲げ、ただ狂ったように笑っていた。バイスキルヒェの機動兵器
ズィルバークーゲルの一斉攻撃に、バンパイオーはあっけ無く倒れ、消滅した。


「……バンパイオーの消滅を、確認しました。」

 報告する兵の声が震えている。山村は感情を表すわけにはいかなかった。

「……終わった、な。」

「とりあえずは。しかし鬼獣の影響で、多数の吸血鬼が発生した模様です。すぐにそちらの掃討に当たりませんと。」

「うむ、バイスキルヒェを向かわせろ。」

「了解。」

命令を伝える副長を眺めながら、山村は思う。抜人のおかげで、何億という人々が救われた。だがそれは本当にあの、
不幸な少年がすべてを懸けて守っただけのものなのだろうか?そんなに大層なものなのだろうか、人間とは……?
一方で、本能的にこうも思う。あの生意気なガキは最後まで人間であろうとした。人間として死んだ。それは素晴
らしい事なんだと。

「そうだよな。そうでなきゃ……なんねえよな。」

価値のあるものであること。それが生き残ったものの、最低限の礼儀だ。( 終 )

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最終更新:2009年11月23日 14:36