ロストネメシスの風景は、錆び付いた兵器の残骸と、その上に建てられた不格好なビル群と、汚れた海だった。
ビルの谷間を大型船が進み、波を跳ねる。
浸水したビルの間を行き交う鉄梯子が人々の移動手段であり、ごく自然な生活模様だった。
少し街の奥へと進めば、未だ開発途中のがれきの山が目の前に広がる。
大型船は、そこで止まった。
コンテナを汚れた海へと放ち、深く沈んでいく。
???「耐圧正常、通信状況……良し。 視界、やや濁るが、問題ない」
男が光り煌めくパネルに触れると、コンテナは四方に分解し、中身を海中へと放り出す。
コンテナの中身は、中型の作業用二足歩行機械、ロボットだ。
カメラ横のライトで水中を照らしつつ、光七氏(ひかりしちし)は作業へと取りかかる。
がれきの山を、鋭利な形状のパワーアームで掻き取り、回収する。
それが、七氏の仕事だった。
水上に漂う大型船は次の降下ポイントへとすでに進めていた。
甲板の上で、一人の少女が風に髪をなびかせ、立っている。
手には、いくつかの表が書かれた紙を持っており、彼女は懸命に風景を見つつ、数値を記入していた。
???「そんなとこで仕事かい、平気?」
少女「うん、大丈夫」
少女は、声をかけたメガネの男に振り向き、紙が飛ばされぬよう注意を払った。メガネの男、笠八英治はメガネをかけ直すと
笠八「七氏のことかい?」
少女「……ここ最近、調子悪いみたいだからね。仕事に支障が出たら、あたしの面子に関わるし」
手のひらでペンを回し、少女はため息をついた。
七氏は深海へと潜ると、様々なことを冷静に考えることができた。
忘れたい過去や記憶、嫌なことも、多少濁ったこの海では泡のように消えていく気がした。
だが、七氏の頭にこびりついたそれは、深海の中でも色褪せることなく、鮮明に思い出された。
今回の仕事の三時間前、船上のことであった。
水上船同士の情報交換は活発に行われる。
彼ら『掃除人』達は独自の連帯組織を持っており、あらゆる情報が入手できた。
自分の乗る船、マードッグの船長、アルジーに呼ばれ、他商会の船の会合に参加した。
アルジー「……七氏には言っておきたいと思ってよ、壱号機の調整も忙しいとは思ったが……まあ、聞いてくれ」
七氏「……イヤに神妙だな、おやっさん。なにかあったのか、海賊か?」
このロストネメシスで海賊行為は珍しくない。
だが、海賊とは言うものの、表立った動きをする組織は少ない。
末端のバカがバカ騒ぎを起こすことは度々あっても、すぐに消される。
しゃれにならない場合も、たまには起こる。
今回もその類かと思っていた七氏だったが、アルジーの表情を伺うと、違うらしかった。
アルジーは、机に布でくるまれた何かを置き、七氏を見た。
アルジー「西の商会が拾ったもんだ。わかるか、蠅がたかりやがる。今のうちに断っておくが、これは悪い冗談じゃねえ、マジだ。……吐くんじゃねえぜ」
アルジーはそう言い、布をはがした。
七氏「……人間の、腕か」
七氏は、特に意外には思わなかった。
海の仕事をすれば、死体の一つや二つ、よくある話だ。
だが、アルジーはその腕の、ちぎれた部分を七氏に見せた。
七氏「……!? なんだ、これ……」
アルジー「……わかるか」
七氏は、その腕をよく観察した。
間違いなく、腐ってはいるものの本物の腕に見えるそれは、千切れた部分からいくつものコードを垂らしていた。
――コードだって?
アルジー「見てのとおりだ、こいつは人間の腕じゃねえ。そう見えるが、……人間じゃねえ」
――その時だった。
七氏の意識は突然、真っ赤なフィルターに覆われたように染まり、視界がゆがんだ。
アルジー「一応、専門家に見てもらうつもりでいる。 お前が潜った後、俺のほうで頼みにいくつもりだ。それで……おい、シチ? どうした?」
アルジーの問い掛けに答えんと意識すると、フィルターは水に溶けるように消えた。
七氏「……いや、別に」
アルジー「調子悪いんだったら、英治に変わるぞ」
七氏「問題ない。……大丈夫だ」
最終更新:2009年11月23日 17:05