人の運命に、定めという制約があるとするならば、選択肢は2つしかない。
受け入れるか、抗うか。
もし、受け入れきれない宿命があり、そしてそれに抗う力があるのなら。
実質、選択肢は一つだ。
残されるは、運命が砕けるものかどうか。
それを確かめるすべは、自らの拳を運命に叩き込むしかない。
もし運命が繰り返されるような物なのだとしたら、俺はその結果を“知らされている”はずだ。
――なら、恐れるものは、ない。
第一幕「鬼神」
現役女子高生、真渡瓜瑚丹(まとうりこたん)は、絶望していた。
父親の転勤でド田舎である、ここ連楽寺にやって来た彼女は、その生活に嫌気がさしていた。
学校の環境?
コンビニがない?
ブランドショップって何って感じ?
まともな番組?
どれも違う。
彼女を苦しめるもの、それは……
「……ネタが…面白いネタがなあああああぁぁぃぃぃぃぃ!!?」
彼女、実は東京では少しは名のしれたルポライター気取りだったのだ。
よく親には内緒でスクープを撮ってきて週刊誌に売り込み、小遣いを稼いでいた。
それなりの収入であったし、彼女はこういうことが好きだった。
だが、この田舎にはそういったスリルは皆無だったのだ。
あるとしても、三丁目の山中さんが百歳を超えたとか、大川さんが川で主を釣り上げたとか、そんなスリルとは無縁なものばかり。
生活自体は悪くはないのに、唯一の欠点が、彼女の致命傷になりかけていた。時は真夏。
瑚丹もすっかり連楽寺の生活に馴染み、次第に愛着も得たそれを持ち、部室へと足を踏み込んだ。
瑚丹「よぉう美喜ちゃーんっ!」
美喜「あ、今日は早いね、掃除は?」
瑚丹「適当な男子に色目使って、ごまかした!」
美喜「あ、あはは……やりすぎないようにね」
眼鏡を掛けた、落ち着いた雰囲気の彼女は波賀美喜。
この写真部の部長であり、瑚丹のよき先輩である。
写真部は部活といっても、二名しか活動していない。
田舎である連楽寺では、人数不足で活動停止ということはしないらしく、瑚丹と美喜はほそぼそと活動を続けていた。
元々、写真つながりで適当に入った部活だったが、今では次第に風景を撮る楽しみを実感してきてはいた。
それを思うと、この美喜という先輩には感謝せずにはいられず、瑚丹は写真部を好んで通うようになっていた。
瑚丹「美喜ちゃーん! 今日はどうすんの?」
美喜「今日は、連楽寺の辺りに行ってみようかなって思ってるの。どうかな?」
連楽寺とは、この地名にもなっている寺で、この田舎町では意外なほど大きな敷地を持つお寺である。
瑚丹も最初はその大きさに驚かされたのだが、聞くところによれば江戸時代からこの地区で権威を振るっている、大地主なのだそうだ。
瑚丹「もしかしてもしかして、ヤクザの本拠地とか?」
美喜「ち、違うよ……連楽寺は普通のお寺さんだし、あそこの近くは小川が流れてて、あそこにしか生えない花なんかがあってとっても綺麗なの」
瑚丹「ふうん……」
被写体を探す楽しみもわかるようになった今、瑚丹に異論はなかった。
さすがに真夏なだけあって、小川には草木が茂り、セミは高らかに鳴き声を響かせていた。
ただでさえ暑いこの時期に、まさにこれが夏だと言わんばかりの田舎風景は、都会育ちの瑚丹を多少はひるませるも、持ち前の体力で意識を保っていた。
流れる汗を拭いながらも、瑚丹は涼しげな小川の流れにある様々な自然を撮影した。
美喜はといえば、落ち着いた雰囲気の彼女に似合う小さなカメラで、山々を収めていた。あのカメラは趣味用で、この後に本格的なカメラで撮影に入る、言わば準備運動である。
細い体に似合わず写真のことにはかなり熱を入れるようで、この暑さでほとんど汗をかかないのは恐怖の領域だ。
こうして撮影は進み、夕焼けが山々を染め始めた。
連楽寺の境内にも明かりが灯るのが見え、夜が近いのを感じた。
瑚丹「……ねぇ美喜ちゃん、あの寺ってだれか住んでるんだよね」
美喜「うん、もちろん。今もお坊さんと一緒に神主さんが住んでるよ」
瑚丹「こんな大きなとこに住んでるなんて、どんなひとなの?」
これだけの規模の寺を見たことなかった瑚丹にとって、この寺は少しは退屈しのぎのネタにならないかと想像を膨らませるいい素材だった。
未だに権威を振るうというからには、なにかあるのではないか……いや、なにかあってほしいという淡い期待があった。
美喜「神主さんなら、瑚丹さんも知ってるよ?」
瑚丹「え……だれ?」
瑚丹には、それらしき人は思い浮かばなかったが、先輩の表情を見るとそうらしい。
だが瑚丹にはわからず、素直に美喜に聞いた。
瑚丹「誰? 学校の先生とか?」
美喜「ううん、ほら、『冥護』君だよ。冥護君」
瑚丹「…………冥護君?」
冥護。
瑚丹には聞き覚えがあった。
と言うより、毎朝顔を見てる。
冥護とは、瑚丹のクラスメートだ。
瑚丹「え、えぇ!? 冥護!? あの仏教面の冥護? 高校生じゃない!」
美喜「お父さんが去年亡くなってね、ほとんど弟子のお坊さんに任せてるんだけど、立場上は神主ってことらしいよ」
瑚丹「へぇぇ……」
冥護のことは多少は知っていた。
クラス委員長であること。
そして二年でありながら生徒会長であること。
風の噂では全国区レベルの秀才であること。
見た感じ無口で仏頂面。
常に一人でいる根暗野郎だと思っていたが、まさかそんな大物だったとは。
美喜「彼、名字でわかると思ったんだけどなぁ……」
そういえば、彼の名字は……
瑚丹「……連楽寺、冥護……名字がお寺の名前で村の名前……」
美喜「すごいよね、昔からこの地を治めてきたらしいんだけどね、歴史もすごい古いんだって……」
ここまで聞くと、さっきまでの瑚丹の中での冥護の印象は、ガラッと変わってしまっていた。
ズバリ、ネタとして、だ。
瑚丹「……父の死と若くしてお寺の神主になった仏頂面の秀才……匂う、これは匂う……」
「――仏頂面で悪かったな」
瑚丹の思考は、聞き慣れた言葉によって遮られた。
振り向けば、仏頂面の男が、腕を組み立っていた。
小川に反射した陽光が、そこに立つ男を不思議と輝かせ、瑚丹はしばし言葉を失った。
瑚丹「連楽寺、冥護……君」
冥護「……どうした、間抜け面」
瑚丹「あ、あんたいつからここに!?」
冥護「ついさっきだ」
この淡々とした態度の男こそ、噂の連楽寺冥護だった。
一瞬わからずぼうっとしてしまったのは、彼の服装にあった。
瑚丹「……コスプレ?」
冥護「断じて違う」
彼はいわゆる神主っぽい服装をしていた。
なるほど、美喜の話はマジらしい。
となれば、ネタとしての面白味もマジということだ。
美喜「今日はどうしたの?」
冥護「祭りの準備だ、一応服に慣れようと思ってな。美喜は撮影か」
美喜「うん、もう少し借りるね」
美喜と親しげに話す所を見ると、冥護というのはさして根暗というわけじゃないらしかった。
冥護は美喜から瑚丹へ視点を変えると
冥護「おい、瑚丹」
美喜「な、何……?」
冥護「川を汚すなよ」
と言って、去ってしまった。
瑚丹「く、くそ……初めて話すのに呼び捨てなんて……あの仏頂面ッ!! 今度会ったらただじゃおかないから!!」
美喜「でも、冥護君に悪気はなかったと思うけど……」
瑚丹「悪気とかじゃなくて、プライドの問題! あーイライラするぅ……!」
日はすでに沈み、街頭が暗闇を僅かに照らす頃、二人は帰路についた。
話題は冥護に対する文句で占め、よくあの短期間でそこまで悪口を出せるな、と美喜は尊敬すら感じた。
瑚丹「それと、美喜ちゃんってあいつの知り合いなの? やけに親しかったみたいだけど……」
美喜「冥護君、幼なじみみたいなものだから。おじいちゃんの代から付き合いがあるんだって」
地味だと思っていた美喜に、こんな以外なつながりがあったとは瑚丹は思っていなかった。
と同時に、野性的な勘でこれをチャンスと悟る。
瑚丹「……ねぇ美喜ちゃん? 美喜ちゃんならさぁ……あのお寺にありそうな秘密、知ってたりしない?」
美喜「えっ、秘密って言われても……」
瑚丹はこの蒸し暑い夜に、美喜の体に抱きつき、すり寄った。
瑚丹「ねぇねぇ……なにかないかなぁ? 実は巨大な裏組織があったり、政界に顔を利かせていたり、なぁんてさぁ……」
美喜「ち、ちょっと、瑚丹ちゃん? どこを触って……」
瑚丹「さぁさぁ吐かないと、お姉さんがイジワルしちゃうよ……? ンフフ~♪」
美喜「や、瑚丹ちゃん……変なところさわらないでぇ……!?」
結局、美喜は早々に折れた。
しかし折れたということは、何かしらあるということか。
半泣きの美喜をよそに、嬉々とした表情を浮かべ瑚丹は美喜の言葉を待った。
連楽寺本殿は、異様な雰囲気が漂っていた。
祭りを控え、資材が運び込まれ、それを篝火が照らす中、連楽寺冥護は立っていた。
右手には刀、左手には鞘を掴み、彼は何かを念ずるようにその瞳を閉じていた。
真夏のセミすら鳴くのをやめ、そこは一種の聖域であった。
冥護の脇に、影が降り立つ。
薄暗いそこから声が聞こえた。
「……冥護様、先ほど影が奴を捉えましたが、連絡が途絶えました。 恐らくは……」
冥護「……そうか」
冥護は刀を振るう。
冥護の影もまた同じように刀を振るった。
冥護「彼らの死は……俺が償おう。 それで許されるわけではないのだろうが、な」
「心中察します、ですが今は……」
冥護「分かっている……」
冥護が目を見開く。
うすら明かりのなか、冥護の目の前に立つそれは、まさに巨大な鬼のようである。
篝火から生じた影が揺れ、連楽寺冥護は何かを祈っていた。
祭りは、瑚丹が想像していたより、祭りらしかった。
最初は緊張しながらだった祭りの撮影作業も、次第に瑚丹は楽しんでいた。
瑚丹「……何よ、ふつうの祭りじゃない」
美喜「だから言ったよ、ふつうだって……」
瑚丹は落胆してはいなかった。
美喜からもたらされた情報は、確かにネタになるものだったからだ。
瑚丹「ねぇ、本当にあるんでしょうね? “もう一つの祭り”」
美喜「うん、間違いないと思うけど……」
瑚丹「なかったらこの前の続きね」
美喜「ひ、はぅ……」
何故か赤くなる美喜だが、続く言葉はしっかりしたのもだった。
美喜「……でも、本当になにもないよ。 おみくじの供養とか、そんな感じじゃないかな?」
もう一つの祭り。
それこそが美喜からもたらされた情報であり、久方ぶりに瑚丹が心躍らされたネタ。
美喜曰わく、連楽寺祭りを終えたその夜、連楽寺では別の祭りが行われるという。
それは連楽寺が建てられた江戸時代から続く、由緒正しいもので、村の秘密でありながら村民にとっては公然の秘密となっている、ということだった。
美喜の祖父が連楽寺の村長であることも驚いたが、なにより深夜行われるそれの、なんとも言えない怪異性が瑚丹の心をくすぐった。
瑚丹「気になる……もう悪意の匂いがすぐそこまで来てるって感じよ! あぁ楽しみぃ……」
美喜「や、やめたほうがいいと思うけどなぁ……はは」
瑚丹の初めての祭りは、あっという間にすぎていった。
その時間が戻ってこないことを、瑚丹は自覚するはずもなかった。
深夜。
祭りは終わり、あれだけ並んだ屋台はすっかり片づけられ、連楽寺は再び静けさを取り戻していた。
本殿だけが灯りが灯り、それを確認すると瑚丹は自前のカメラからその様子を覗く。
東京から出てきてついに待ち望んだネタである、決して逃すわけにはいかない。
決心を新たに、瑚丹は雑木林をかき分け、ゆっくりと連楽寺の敷地へと踏み込んだ。
瑚丹「石段って……これを登るの…!?」
本殿は山の上と聞いていたが、それは遙かに続く石段の上にあった。
連楽寺冥護の周りを囲んで、数人の僧が並び立っていた。
冥護は、ゆっくりとその時を待っていた。
冥護には、聞こえている。
声が、何かが燃えゆく音が。
瑚丹「……? 何?」
瑚丹は、連楽寺の石段を登る途中、それに気づいた。
それは虫の羽音のような、轟音であった。
夜空を見上げると、それは雲の隙間にはっきりと見えた。
瑚丹「……な、なに……あれ…虫?」
数匹の虫と見えるそれは真っ直ぐ、連楽寺へと向かってくるのが見えた。
それは巨大であるが故に、あまりにも目立っていた。
目は真っ赤に鈍く輝き、血の色を思わせた。
瑚丹「ちょっと、嘘……でしょ!? でかっ!?」
瑚丹は気づくと、疲れを忘れ連楽寺本殿へと階段を駆け登り始めていた。
多少混乱した思考は、建物に入ればなんとかなるという結論へと行き着き、自然と連楽寺に逃げ込むという選択肢が浮かんだからだ。
羽音は確実に、その背後に迫っていた。
そして、赤い目から何かが放たれ、爆発が周りに起こった。
「み、冥護さま……奴ら、先手を!?」
僧たちが慌てる中、冥護は冷静であった。
冥護「四聖戦争の幕は、あがってしまったということだ。 ……なら、俺は……」
爆音に動揺する僧に向かい、冥護の表情は固い決意を込め、険しくなった。
冥護「……出すぞ! 我が“馬狩雷座”を!!」
冥護が天へと拳を突き上げ、呟いた。
冥護「――幾万の時を過ぎし四聖を束ねる我が神よ、この俺に……力を貸すがいい……!」
瑚丹「こ、こんのっ……どうなって……んのよ……!」
爆発は瑚丹の足をさらに早め、すでに境内へと駆け込んでいた。
瑚丹「そ、そうだ……! スクープスクープ…!」
訳も分からず、瑚丹は宙を舞う巨大な虫へとシャッターを切ろうとした、だが…
瑚丹「……な、なに…?」
切ると同時に彼女が見たのは、自分へて向かう巨大な虫の赤い光線の毒々しい赤い光だった。
激しいフラッシュが目の前を包み、瑚丹は自分が死んだことにも気づかなかった。
瑚丹「……っ、なに……これ?」
当然である、彼女は死んではいなかった。
激しい光は瑚丹をかすりもせず、そのすんでで粒子となって消えた。
何が起こったのか分からない。
見上げると、瑚丹はそれを見た。
瑚丹「……あ、あれって…」
それは、巨大な鬼神。
月を背景に神々しいまでの何かを周りに放ち、それは腕を組み立っていた。
蒼き神は、その時降り立った。
瑚丹「……!? あ、あれって…」
鬼神の胸元に仁王立ちするそれは、間違いなく人間であった。
カメラ越しにズームし、その顔を見た。
瑚丹「……連楽寺、冥護…!?」
あの鬼神が名馬ならば、今の冥護はその名馬を操る騎手だ。
そう瑚丹は思った。
冥護『神に成り損なった醜悪なる魂よ……現世に止まりおのが欲を振るいし罪、俺が……許さん!』
冥護は巨大な虫に指を向け、高らかに宣言した。
そして……
冥護『――我が力を、現世に記せ!! 我は封印する者……我は!!』
冥護の体が光に包まれ、鬼神の体へと吸い込まれていく。
鬼神は輝きを生み、瞳が灯った。
冥護『我は――ヴァァァァァジュラィィィィザァァァァァアアアア!!!』
巨大虫は、その鬼神に怯みながらも、赤い光を放ち鬼神へと攻撃する。
しかし、鬼神はその巨体に関わらず、軽々と飛び上がった。
肩から光を宙に一線に引き、巨体虫を貫き、その身を粒子へと帰す。
巨体虫は鬼神の前では、虫でしかなかった。
最後の一匹を捉え、冥護は拳をそいつの頬へと叩き込む。
冥護『……これで、消えろぉぉっ!!』
拳が輝き、渾身の一撃が響いた。
冥護『――成ぉ仏……しやがれぇぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!』
瑚丹は、その鬼神の姿に身動きが取れなかった。
何故か……それは、恐ろしいからではない。
彼女には、鬼神が美しくも見え、また何故か……悲しくも見えたのだ。
この時から、瑚丹は自身の運命を少なからず自覚していたのかもしれない。
それは、もっと先の話になるのだが……
最終更新:2009年12月05日 12:25