『ユノ助手の場合。もしくは馴れ初め話。』
日本。
どこにでもあるような会社のオフィス。
の一角。
それは凄まじいタイピングの音が、辺りに鳴り響く。
高速で出来上がってゆく、書類の山。
その真ん中に埋もれる、タイピングの音の主。
鈴村遥と書かれた名札の彼女が手を挙げると、典型的なOLが駆け寄る。
鈴村「神代さん、これ……コピー」
何故か露骨に嫌な顔をする神代と呼ばれた女性。
神代「……何部でございましょうか」
鈴村「五千、今日中にお願いします」
神代、何かに堪えるように鈴村の目を睨むも、冷静な彼女の言葉に反論はできなかった。
鈴村「ちゃんと仕事しないと、あれの修理が出来ませんよ」
神代「ぐっ……ぬぅ…」
神代、引き下がる。
鈴村、心の中で勝ち誇る。
これが、彼女たちの“こっち”の日常である。
居酒屋。
場に似合わず、二人の女性が大酒を(主に神代が)飲みほす。
神代「……ユノ、明日はお仕置き」
鈴村「な、なんでですか……ドクターが働かなきゃ、オリンポスの修理が出来ないこと、忘れないでください」
神代「そぉれとこれとは話が別でしょぉお!? はぁ……うら若き乙女の手が、こんなに疲れ果てて…」
鈴村「いつも油まみれにしているくせに……」
神代「なぁあんか言った!?」
鈴村「別に……」
有能キャリアウーマン、鈴村遥。
ただのOL、神代瑠美。
天と地ほどの差がある二人だが、彼女たちはただ者ではない。
何故なら、正真正銘の悪の科学者と、その助手なのだから。
鈴村「全く……少しは先のことを考えて行動して……あれ」
隣を見れば、酒瓶を抱え眠りにつく神代。
さすがに今日は疲れたんだろう、起こすのはかわいそうだ。
はて、そういえばこんなことが以前にもあったような。
――それは、一年前。
鈴村遥、入社歓迎会のことである。
真冬の空は白い宝石を街に降らし、東京は純白に染まる。
風はなく、穏やかな冬。
高校生であった鈴村遥は、その能力を買われ某社にスカウトされた。
卒業前より研修生として会社に通っていた鈴村遥は、この日ついに正式採用が決まった。
お祝いにはお酒、という短絡的な流れで、鈴村も宴会の場に呼ばれた。
当然だが、まだ未成年で飲酒は禁止である。
無理やり勧める会社員の間に割って入り、その場にあった酒瓶を全てからにしたのが。
神代「うぉおおらあぁぁ!! もっともってこんかーーー!!」
神代瑠美であった。
二人は意気投合し、憂鬱な気分で参加した宴会も、多少は楽しめるものになった。
その後は記憶が途切れているが、神代に口移しで酒を飲まされたのは気のせいだと思いたい……。
そのときであった。
街頭は人々の逃げる声で溢れた!
爆発が起こり、ビルが崩れる!
後になって知ったのですが、銀行強盗がロボを使って暴れたそうで。
そんなことを知らず酔いつぶれ、意識が朦朧としている私達。
ふと見れば、……いや、見てしまいました。
OL服を脱ぎ捨て、ロングコートを棚引かせる、神代さんの姿を。
いえ、彼女は神代瑠美ではありませんでした。
眼鏡を取った彼女は、正真正銘の悪。
巷を騒がせる謎の極悪科学者。
――Dr.ミネルバ。
ミネルバ「全く……汚い悪に生きる資格なし!! 人の宴会邪魔する奴は、ひょうたん食らってなんとやらよ!」
独り言はどうかと思いましたが、彼女は時計(型の通信機)を掲げ、天に叫びました。
ミネルバ「オリンポォォォォォオスッ!!」
――十秒ほどの静寂のあと、また爆発が街を包みました。
ミネルバ「あ、あれ!? ちょっと……オリンポス? オリンポース?」
電話じゃないし、何度も呼びかけましたが、一向にオリンポスは現れませんでした。
仕方なく、私は立ち上がりました。
鈴村「見せてください、回線の一部が切れたのかもしれません」
ミネルバ「えっ、あ、はい……って、あなた!? 潰れてたんじゃないの!?」
鈴村「誰かさんが騒いだおかげで、まだクラクラします…」
通信機の故障は大したことありませんでした。
すぐに電源系統は正常になり、ディスプレイが光を取り戻しました。
ミネルバ「あなた、こんなこと出来たの……!?」
鈴村「科学部でしたから」
ミネルバ「……………」
しばらく唖然としてました。
あのときの顔は、今思い出しても惜しい顔でした。
というか、ドクターを名乗るならそのくらいは出来ていてほしいです。
ミネルバ「……気に入った」
鈴村「はい?」
ミネルバ「あなた、今日からあたしの助手ね。決定、採用。そう、あなたは今日からユノ。ユノね」
そんなわけで、ユノという名前を強制されたのでした。
その後はもちろん、オリンポスの圧勝で終わりました。
ミネルバ「貴様等外道に、悪を語る資格無しッ!!オリンポスアァーーックス!!」
強盗を倒したのは私達ですが、街を壊したのも私達のような気がします。
気のせいでしょう。
こうして、私達は世界征服に乗り出すことになってしまいました。
私は、なぜ彼女が悪にこだわるのかは知りません。
オリンポスが何なのかも、全く。
でも、楽しいことは逃さない主義ですから、まだしばらくはユノを名乗ることになりそうです……。
最終更新:2009年12月06日 13:06