「…だからここにbe動詞がきて……」
広い多目的教室に、ポツリと一人の影。
その男、勝野我 一番は苦戦していた。
自分の机の上にあるテストの解答用紙は、試験開始から三十分も経ったというのに今だに白紙に近い。埋めてある部分ですら、自分でそれが正しい答えであるのかどうか判断できない。
これが、再再再試験、つまり四回目のテストだと言うのに、まるで進歩がない。
教室には監視役である教師すらいない。これではカンニングを公認しているようなものだ。
あるいは、カンニングしてもらいたいのかもしれない。
それ程までに、彼、一番の再試験回数は多かった。
「ぜってぇーしない」
一番は自分に言い聞かせるように、一人呟いた。
このままでは、また再試験になるのは明白だ。しかし、一番は決してそういった卑怯な真似はしない。
あくまで実力で試験を通りたいのだ。それが彼にとって、どんなに困難でも。
一番は黒板の上に位置する時計を一瞥。
終了まで残り二十分。
視線をテストに戻し、ラストスパートをかけようと、シャーペンを強く握る。
すると二、三回のノックの音の後、教室のドアが静かに開かれた。
折角の意気込みが、テスト用紙を突き抜けた。こめられた力によりシャーペンの芯が折れ、どこかに弾き飛んでいった。
一番は俯きながら、わなないていたが視線を上げ、たった今ドアを開けた諸悪の根源を睨み付けた。
「な、何……?」
睨まれた少女は大きくて黒目がちな瞳をしばたたかせながら、首を傾げる。
自分が何をしたのか分かっていないようだ。
「試験中に入ってくるなよ、むいみ…」
一番は半開きの目で少女を睨んでいたが、数秒の後テストに向き直った。無駄な時間を使ってしまった。
少女の名は、敗原 むいみ。
一番とは、幼なじみの女の子だ。それ以上でもそれ以下でもない存在……のはず。
二人だけの教室に、カリカリと紙に字を刻むシャーペンの音と、時計の秒針のリズムのいい音が響いている。
そして――テスト終了。
教卓の上に置き去りにされていたストップウオッチのタイマーが、一人の生徒の為に自らの存在を主張した。
精も根も尽き果てた一番は机に突っ伏しているため、そのタイマーの息の根を止めたのはむいみだった。
むいみはストップウオッチ片手に突っ伏している一番に近づくと、その隣の机に放置されている解答用紙二枚を手に取った。
それをじっくりと目で吟味する。
「フムフム…ふーん………うわっ…」
「何だよ、うわっ、て?」
一番の声はくぐもっていた。机に突っ伏したまま顔を上げていないのだから、仕方の無いことだ。
むいみは残念そうな顔をしながら、一番にこう言った。
「両方、落ちてる…」
「そうですか……」
力の無い一番の声が、教室に谺した。
蝉が鳴いている。
一番とむいみは上履きから下履きに履き変えると、学校の玄関を出て、校庭を抜けようとしていた。
先をむいみが歩き、その後を肩を落とした一番がみすぼらしく追っていく。
「げ、元気だしなよ一番!ほら、まだ次があるしさ!」
むいみが精一杯の明るい声で一番を励ます。
先程よりやつれた様な印象の一番は、それに乾いた笑いで答えた。
「ははっ、そうだな。まだ次がある。勝つまで、諦めないさ」
右の拳を握る。
いつもの一番だ。
むいみは元気の無かった一番が、自分の言葉で日常のソレに戻ってくれたのが嬉しかった。なんだか分からないけれど、頬が緩む。
「ところでむいみ、俺は再試験で呼ばれてたから一々日曜に学校に出て来たわけなんですが、お前は何で来たんだ?」
「えっ!?べべ、別にいいじゃない!ほら、えと、その、あの……」
一番の唐突な質問に面食らったむいみは、必要以上に狼狽える。
その様子が可笑しくて、思わず一番は笑ってしまった。
そんな二人が校門に差し掛かると、突然声が響いてきた
「楽しそうだね~学生は…」
一番とむいみの二人は辺りを見回すが、人影はない。
あるのは大きな名も知らない広葉樹のみ。青々と生い茂っている。
むいみが首を傾げる。
「…気のせい、かな?」
「残念」
むいみの疑問に返答するかのような声の後、ガサガサと音を立てながら人影が二人の前に舞い降りた。
見事な着地を決めたその人物は、自分が着ている白衣に引っ掛かっている広葉樹の葉を払った。
どうやら木の上にいたようだ。
「あの、あなた誰ですか?」
一番が素朴な疑問を口にする。
その人物――白衣の不精ヒゲは歯を見せて笑うと、こう言った。
「運がよかったな、おまえら」
次の瞬間、背にした校舎に何かが降ってきたのが分かった。
何かを押し潰す様な音の後のそれの衝撃は、校庭の砂を巻き上げ、広葉樹の葉を吹き飛ばした。
しばしの後、一番とむいみの二人は、ゆっくりと背後に首を向けた。
そこには、金属の塊と言うのには少しおこがましい、鋼の獣の姿があった。
「大気濃度は我らが母星とほぼ同じか。科学発展レベル推定……28。はっ、まるでゴミのような星だ…」
一瞬にして校庭を押し潰した獣から、人間の声が響いてきた。
「な、何だよあれ!?学校が…!?」
「超科学帝国“ビーオーバー”」
一番の狼狽えた疑問に答えたのは、不精ヒゲ白衣だった。ヒゲはそのまま話を続ける。
「あいつらは、所謂侵略者だ。この星を侵略しにきたんだよ」
「はぁ?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。
背後で何かが動く気配。
「さぁて、作戦開始といくか…」
その声と共に、鋼の獣が動きだした。
四足で低く跳躍すると、灰色のビルをその爪で切り裂いた。聴いたことの無い崩壊音と、沢山の人間の悲鳴。
鋼の獣は崩れ落ちたビルの部品を舌で一舐めした。何故かその部分だけが異様に生々しい。
まるで生きている獣の舌のようだ。
「コンクリートか…。やはり程度が低いな…。文献でしか見たことが無いぞ」
どうやら材質を調べていたようだ。
獣は本物の動物の様に身震いすると、一気に地を駆けだした。
すれ違いざまに、ビルを、人家を切り裂いていく。
響き渡る悲鳴、怒声。
一番は知らないうちに、両の拳を握り締めていた。
それを横目で見た不精ヒゲ白衣は嬉しそうに口角を釣り上げると、どこから取り出したのかビールを一口胃に流し込んだ。
そしてポケットから腕輪を取出し、ソレを一番の手首に取り付けた。
「えっ!?な、何してんすか!?」
「さぁね~。俺の気紛れだ。さあ嬢ちゃん、ここは危ないから、少し隠れるか」
「えっ、あの…?」
むいみは突然のフリに慌てるばかり。
むいみの背中を後押ししながら進むヒゲはこちらに顔だけを向けると、こう言い放った。
「後は、お前しだいだ」
一番は一人だけ、校庭に取り残された。
『うわぁああ!』『た、助けてくれぇ!』
響き渡る悲鳴。ソレを気にも止めずに蹂躙していく鋼の獣。
「許さねぇ…」
一番は知らず知らずの内に、一人呟いていた。
その震えた声に共鳴するかのように、腕輪が鳴動した。
すると、どこからか空気を切り裂く音と、スポーツカーの爆音が響いてきた。
スポーツカーは狭い校門を難なく曲がると、一番の前にその低く大きな体を止めた。一番の頭上を、一機の戦闘機が通り過ぎた。
巻き起こる衝撃波。風が痛い。
「許さねぇ…」
スポーツカーのドアが開く。誰も乗っていない。
一番は何も言わずにソレに乗り込んだ。
車なんて運転したことはない。
でも何故か、今の一番にはコレの動かし方が理解できた。
ハンドルを握り、アクセルを踏みしめる。
一気に加速したスポーツカーは、ビルの残骸を利用して空へと飛び立った。
地に映るスポーツカーの影に、戦闘機の影が重なる。
スポーツカーは胴体と脚部に変形。ソレに背後から重なった戦闘機が、両腕と背中、頭部となった!
空中で合体を果たし、スポーツカーと戦闘機の二機は、一機のロボットへと変貌を遂げたのだ。
そのあまりに唐突な登場に、鋼の獣は目を見開いた。
「偏狭の惑星に、こんな科学力が!?」
「よくもやってくれたな…。倍返しだぁあぁあぁああぁ!!!」
重力に引かれて落ちるそのロボットは、全体重をかけた一撃を、獣にぶちこんだ――はずだった。
「見かけ倒しか…」
「何っ!?」
真上から拳をたたき込んだ筈なのに、獣に一切のダメージは見受けられなかった。
「所詮は、その程度か!」
「うわぁあぁあ!」
獣はロボットを弾き飛ばすと、素早く地に倒れこんだロボットを押さえ込んだ。
「なっ!?」
「あがきがコレでは、呆れるばかりだよ」
つまらなさそうな声の後、獣はその牙を剥き、ロボットの肩に喰らい付いた。
衝撃にコクピットが揺れる。
「何だよ、何でこんなに弱いんだよ…。また、負けるのかよ…」
負けたくない。負けるわけに……。
獣は肉をひき千切るように顎を引いたが、ソレは不可能だった。
「何だこの異常な硬度は?まさか…?」
喰らい付いたまま、舌で装甲を一舐め。
算出された数値、その名称は……
「なっ、これは!?」
「ぁあぁあぁああぁ!!」「何っ!?」
地の底から響くような声と共に、ロボットが獣を押し退け、振り払った。
軽やかに姿勢を保った獣がロボットに向き直ると、その光景が目に飛び込んできた。
「な、何だコレは…!?」
ロボットの周りが、蜃気楼の様に揺らめいていた。
大型旅客機が、頭上すぐ近くを飛んでいる。
ロボットは突如大きく跳躍すると、その大型旅客機の上に降り立った。
「果敢合体!」
ロボットが大型旅客機の上から再度跳躍すると、旅客機が直ぐ様変形した。
ロボットがそのまま変形した旅客機の中に納まると、顔にマスクを被せられた。
さらに口にあたる部分が覆われる。
合体、完了!
「ヤァァァァァァァァブゥレイ、ザァァァァァァァァァァァァ!!!」
「な、何っ!?」
「勝ォォォォ利!条!剣!!!」
地に降り立ったロボット――ヤブレイザーは背中から両刃の大きな剣を取り出すと、敵にその切っ先を向け、腰だめに構えた。
「ハッタリは効かんぞ、反逆者!!」
「だぁあぁあぁああぁぁあああぁ!!!」
「!?」
ヤブレイザーは剣を担ぐようにして跳躍。一気に上空へと舞い上がった!
獣はソレを目で追うが、太陽を背にしたヤブレイザーの姿を捉えることはできない。
「くぅ!?」
「終わりだぁぁあぁあぁああぁ!!負!剣!ざぁあぁあぁああぁあぁああぁん!!」
上空から地を両断するような勢いで振り下ろされた勝利条剣が、鋼の獣を二分割した。
バチバチと切断面をショートさせた獣は、大きな爆発を起こす。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、勝っ、た…」
爆発の光に照らされたヤブレイザーを、避難場所である高台から眺める不精ヒゲ白衣。
ビールを飲み干すと、楽しそうに小さく呟く。
「こいつは極上だぁ。さて、どうなる事かねぇ…」
破壊された町に、風が吹き付けた。
最終更新:2009年12月06日 14:21