―――左脚部 電気神経切断
―――――右腕肘部 破損、右小指 破損
状況Dと判断
機体の放棄と自爆を推奨
D-42スラッシュゲイルのコックピット内にあるモニターに機体の状況が表示される。
それは今、自身がどれほど窮地にあるのかを示していた。
左足の電気神経が無理な高度からの着地、そして即座に走るという行動を取ったために機体の脚部に多大な負荷をかけてしまったようだ。
もはやスラッシュゲイルの左足は地面に踏ん張る事すら出来ない、無用の長物に近いものであった。
また、右腕も動かなくなったとまでもいかないまでも大きなダメージ受けている、ワイヤーで機体を引っ張った際、それに直結していた右腕に機体の全体重がかかった為だろう。
無理な動きはさせることは出来ないという事は想像するのに優しかった。
クーガはスラッシュゲイルにムラマサを鞘に刺し込み、それをつっかえ棒のようにして立ち上がらせた。
回りを確認する。
獣種のうめき声を探知する。
どうやら、先ほど切り裂いた、妖魔の前に立ちすくんでいるようだ。
運がいい、そう……まだ運がいい。
もし先ほどの倒れた音で奴がこちらに襲ってきていたらこの機体は間違いなく破壊され、己が殺されていただろうと率直にクーガは思った。
音が聞こえていなかったわけではない。
奴の同胞を既に4体も切り裂いたこの機械人形を妖魔は警戒し、即座に攻撃する事に迷いを生じさせているのだろう・・・。
それに妖魔はまだこの機体が今、多大な損傷を受けている事を知らないはずだ。
どうする?どうすれば長く生き残ることが出来る?
もはや機体がこの状況では逃げることすら出来ない。
ならばどうする?
クーガは深呼吸した。
熱くなった頭をクールダウンさせるためだ。
そう奴はまだ、この機体がこのような状況だとは知りらず、襲ってこずに慎重になっている。
だが、時間が立てば、奴は何故、1体しかいない自分に先ほどまで猛攻をかけていたこの機体が襲っていないのか?その事実に気づくだろう。
何の対策ももてないままそういう状況になったら終わりだ。
妖魔はただの獣とは違う、高い知能を持ち、その中には人間の辿り着ける境地を遥かに上回ると言われるほどのものもいる。
そんな強敵に立つことすらままならない、この機体でどう立ち向かうというのだ。
それに先ほどから嫌な予感がしている…。
何故、あんなに残りの3体の妖魔は未だ自分を襲いにこないのかだ?
自分を追わず、セイムを追ったのか?
それとも、仲間がやられた事で自分に確実なトドメを刺すために新しく仲間を呼びに言ったのか?
クーガにはこの悪い2つの予感が先ほどから頭について離れなかった。
前者ならセイムの終わりを意味するだろう。
いくら積み荷がなくなったトレーラーの速度とはいえ、追いつかれずに村に着くことが出来ても、搭乗から起動するまでの時間をもらえるかどうかすら微妙なところだ。
なによりも自身が囮として失敗している事を意味する。
後者ならそれはまた最悪だ、この機体にもはやあれ以上の妖魔と闘うほどの余力は無い。
そうどちらをとっても最悪。
クーガはそのような考えを消すように頭を振る。
どちらにせよこの状況を打開しなければ、どう転ぼうと関係ないのだ。
クーガは考える。
残り7分、あの俺様口調の奴が来る約束の時間まで残り7分もある。
絶体絶命とはこういう事を言うのだろう。
打つ手は無いのかもしれない。
「まだだ・・・」
だが、お前は言ったのだ。
たとえそれが強がりだとしても、あの男に向かって「余裕だ」と
そう、それだけ大それた事を言った責任は持たないといけない。
奴がここに駆けつけた時、頑張ったけど死んでいましたじゃなんの意味も無い。
あの男は来るといった。
そう来ると――変に軽い奴で俺様口調を使う奴だが、信頼にたる人物だとクーガは確信していた。
そういう思いに駆られ、クーガは呟く。
「まだまだだ…。」
そう、まだまだだ。
たかが左足が動かなくなっただけじゃないか。
それだけでたかが妖魔に遅れを取るわけにはいかない。
「大体、あいつが俺をみて呆れたらそれこそ腹が立つ!」
残り時間5分 残存する妖魔3体(うち2体は行方がわからず)
セイムとの約束の時間まで残り5分、クーガの乗るスラッシュゲイルと一体の獣種と区別される妖魔は死闘はまだ続いていた。
残り時間6分を過ぎた辺りでさすがの妖魔もスラッシュゲイルの様子がおかしいと気づき、攻撃を仕掛けてくることになった。
それに対してクーガがスラッシュゲイルにとらせたのは崖を背にして座り、自分に向かって来る妖魔に向かって横ナギの一閃を放つという待ちの戦法だった。
最初の妖魔の攻撃はこちらの行動に考えが及ばずまっすぐに直進して突撃してきたため、絶好の機会だったが
その時、妖魔に警戒心があったため、皮一枚のところで斬撃が回避されてしまった。
それ以降、妖魔はこちらの考えを理解したのか、ゆっくりとこちらの隙をうかがうように見るようになる。
状況は1体1、だからこそ取れる戦法だった。
もし、先ほどと同じく上と左右からの三方向攻めなどを受けたら、今度は対処する事が出来ないだろう。
その為、お互いに動く事が出来ずにいる。
ならば、この状態をあと5分保たせればいい、ただそれだけの事だ。
だが、そうはうまくはいかないのだろう。
先ほどから妖魔は何かを待っているそぶりを見せている。
恐らくは先にあった悪い予感の後者…妖魔達の増援だ…。
その確信めいた考えに辿り着いたとき、クーガは少し安心した。
己が囮としてしっかり役に立てていたという事実にだ。
残るのはあと4分と30秒程度生き残るというだけだ。
手段は0ではない。
だが、非常に危険な手段だ、この機体をそのまま自爆させてしまうような羽目になるかもしれない。
だがやらねばどちらにしろ死ぬ事は明白、ならばやれるだけの事はやった方がいい。
クーガはそう思い、コックピット内のモニターにあるパネルを弄っていた。
この『システム』を使うには厳重なプロテクトがかかっている。
いや、元々はかかっていなかったのだが、このシステムを使うのに必要な第三機関に異常の可能性が示唆されていた為に機体が自動的にプロテクトをかけてしまったのだ。
少し厄介な過程を踏まないとはいけないがプロテクトを解除する事は出来る。
とはいえ機体がこの状況で『システム』を起動させていられるのは8秒が限度だろう。
この『システム』は機体に多大な負荷をかける。
もしそれ以上、の起動をすれば機関が自爆しそのままジャンクになり、その爆発で自分も死ぬだろう。
そもそも第三機関は現在不安定なのだ・・・。
起動した際、その8秒という時間すら関係なく自爆という可能性も0ではない、いや、むしろ高いかもしれない。
プロテクトの解除が終わり、起動コードを入力していく・・・。
残り四分、レーダーが新たな敵影を捉える・・・2、3、4…。
高速で動く生体反応、疑うまでもない増援に駆けつけた妖魔だ。
目の前にいた最期の一体だった、妖魔は吼える。
自身がどこにいるかを示しているのだろう。
奴らは5体揃えば全員で総攻撃を仕掛けてくる。
ならばチャンスはそこだけだ…。
増援で来ていた妖魔がモニターに映った。
翼種が2体に獣種が4体を確認する。
その時、モニターに示される。
――状況Eと判断
―この状況を打破できる可能性は0と推定
―対応――――――――全リミッターを解除
―あとはあなた次第です、幸運を
最期の一文はあの爺がAIに表示させるために入れたものだろうか?
ならばあいつも粋なことAIに刷り込んでおいたものだとクーガは思う。
実の所は機体の状況は状況Eとよばれる最低の状況ほど悪いほどのものでもなかった。
妖魔が迫る。
さきほどからいたのを含め、獣種が5体に翼種が2体…。
獣種と翼種それぞれにコードを振る。
その場での簡単なものだ。
獣種にはA、B、C、D、Eの5つ、翼種にはA、Bの二つ。
クーガは深呼吸をする。
まだ、システムを起動するのは早い。
なにせこのシステムは時間制限付きだ…。
この機体が完全な状態でも15秒以上の稼動は禁止づけられている上、起動後に緊急冷却に入るため、数秒間だけ動きが停止してしまうという大きな弱点付きだ。
この機体の状況ならば8秒も稼動していられれば御の字だろう。
ならば、その8秒に自身の生存を全て賭ける。
セイムには悪いがもうタイムリミットまで待つという事は不可能のようだ。
ゆえにこの状況を打破するのは一つ、こいつらを全て倒すこと…不可能だろうとそれをこなさなければならない。
奇跡…そう奇跡が求められる。
もう一度、クーガは深呼吸をする。
妖魔達が迫る。
あと10秒――
妖魔達は咆哮をあげる、それは勝利の雄たけびか
――5秒
レバーを握りなおす、冷や汗が流れる
――3秒
焦る思いを必死に繋ぎとめる、まだ早い、まだ早いのだ
―2秒
あと少し、もう少し引き付けて
1秒
―――――――――――――――コード確認
―――第三機関フルドライブ
全圧縮エネルギー解放――――
『Polar Acceleration Mechanism』起動
スラッシュゲイルの肩部分と膝部分が展開する。
大きな蒸気がそこから噴出される。
与えられた時間は8秒、その時間だけこの機体は戦神に祝福される。
そしてそれと同時にスラッシュゲイルは右足で大地を蹴り飛び上がった。
蹴り飛ばした大地が割れた。
残り7秒
空中に舞い上がったスラッシュゲイルは地上にいる自身に襲い掛かろうとしていた翼種Aの一体のいる高さに辿り着く
翼種Aは襲い掛かるために低空飛行をしていたという助けもあり、片足での跳躍でも『PAM』を作動させたスラッシュゲイルはその領域に進入した。
その間、一瞬、出来事に翼種Aは反応できずに呆然とする。
だが、その隙をスラッシュゲイルは逃すわけもなく…
斬魔一閃。
一振りにて翼種Aを斬り捨てた。
残り6秒
もう一体の翼種Bの位置を確認する。
さっき斬り捨てた翼種Aが斬られる瞬間にスラッシュゲイルの存在に気づき、回避行動を取っている。
射程外、もはや、ワイヤークローも無いこの機体にはこのままもう1体の翼種を追撃する術は無い。
ならばとクーガは素早く思考を切り替える。
スラッシュゲイルは地上にいる獣種達に目掛けてムラマサを向けた。
残り5秒
機体から吹き上げた蒸気でスラッシュゲイルを見失った獣種達はその機影を探す。
その内一体、最初からスラッシュゲイルと闘っていた獣種Aは考える。
先ほど、同胞はどのようにして斬殺されたのか?
答えはすぐに出る。
即座に上空を確認する。
そこには先ほどと同じように自身らを狙う奴の姿があった。
それに気づきその獣種Aは吼え、仲間にその存在を知らそうとする。
だがそれも間に合わない、その獣種Aは素早く回避するために飛んだ。
残り4秒
着地の衝撃緩和代わりにスラッシュゲイルは地上にいた獣種Bめがけて振動刀『ムラマサ』で突く。
その攻撃に獣種Bの反応は間に合わずに胴体ごと串刺しにされた。
『ムラマサ』が獣種Bの体を貫き大地に突き刺さる。
機体の全体重を乗せた攻撃の反動の衝撃がスラッシュゲイル自体にも跳ね返り、スラッシュゲイルの右腕がバラバラに吹き飛んだ。
もし機体が万全の状態であったならば、両足を用いた着地もできたが、既に左脚部は機能を停止している。
それゆえに攻撃しながら着地をするにはこの手をとるしかなかった。
獣種Eが自身に向かって来る。
妖魔を貫いたムラマサを引き抜いていては、妖魔の攻撃に対応できない。
ならばとクーガは素早くムラマサで攻撃するという選択肢を捨てる。
牙を向けて襲い掛かる獣種Eの攻撃に対して掌を頭の上に当てた。
当てた、というよりは触れたともいったほうが正しいかもしれない。
その瞬間、妖魔はそのまま痙攣して舌を出したまま、泡を吹いて倒れた。
残り3秒
残る妖魔は4体、残る時間は3秒、猶予はない。
一体に1秒を賭けていては時間が足りないとクーガの細胞が判断する。
ならば駆けろ、一閃で一体で割りに合わない。
ならば一閃で二体を斬ればいい。
ならばそう駆けろ!
左腕を地に着け、右脚部に力を込め、全力で大地を蹴る。
逃げる獣種達にこれで追いつき一振りにて斬り捨てる。
そう思いクーガは機体を操作する。
だが、運命とは残酷なもので…
その行動すらクーガには許されることは無かった。
スラッシュゲイルが動きを止める。
それと同時に機体は冷却モードに入る。
「ここまでか……」
ディスプレイに映るのはたった一行の文字列。
―第三機関、緊急停止―再起動、不可
残り 0秒
―――そして機体は沈黙した。
最終更新:2009年12月09日 08:06