テレビにはある固有名詞が飛びかっていた。
「『ノストラ』がいうには……」
「『ノストラ』が言ったんだから間違いないですね」
どの番組に変えても、その「ノストラ」という単語が消えることはない。
信吾は少々こげたトーストを口にくわえながら、リモコンでテレビの電源を落とした。
「こら信吾! 私はニュースを見てたのに……」
「あっ! ごめん父さん……」
信吾は慌てて電源を入れる。再度三人で住むにはやや狭い社宅の一室に「ノストラ」という固有名詞が帰ってくる。
両親は好奇心溢れる子供のように目を輝かせながら、ニュースに見入っていた。
信吾は小さく嘆息して、トーストを胃袋に流し込んだ。
彼の両親が見て、聞いているのはニュースではなく、その「ノストラ」という単語だと知っているからだ。
わずか十数年で世界のルールの一つに組み込まれてしまった「ノストラ」は、十二予言支と呼ばれる予言者たちを信奉している集団だった。
十二予言支たちの予言は、まさに麻薬だった。
どんな小さなことも、どんな大きなこともほぼ百発百中であててしまう彼らは、その存在を国から世界から崇められ、今日神のように君臨していた。
信吾は再び嘆息して席を立つと、カバンを手に取り玄関から出ていった。
ニュースに、「ノストラ」に見入る両親から、「いってらっしゃい」の一言がかけられることは、いつしか無くなっていた。
学校に着いても、「ノストラ」という単語は離れない。
クラスメートは狂ったように「ノストラ」という単語を連呼している。
「『ノストラ』によるとさー、私今月中に彼氏できるんだってー!」
「えぇーっ! いいなー」
「おまえテスト勉強してる?」
「俺は『ノストラ』に未来社長になるって言われてるから、勉強なんかしねーよ」
「いいよなおまえ。俺なんか家業つげ、だぜ……いやになるよ」
信吾は今日三度目のため息をつく。
信吾は、「ノストラ」を信じてはいなかった。
十二予言支たちの予言が百発百中であろうとなかろうと、それは信吾にとってどうでもいいことだったからだ。
「なんか、息苦しい……」
呟いた信吾の小さな一言は、クラスの喧騒に阻まれて誰の耳にも届かなかった。
学校からの帰り道、信吾はいつも古びた店でたい焼きを一つ頼み、店先で出来上がるのを待っていると、近くのゴミ処理場のゴミの山から、人間の手のようなものが露出しているのに気が付いた。
信吾は慌てて目をそらす。
確認するようにゆっくりとそこに視線を向けるが、手は相変わらずそこから露出していた。
冷や汗が頬を流れる。
「お客さんお客さん、たい焼き出来たよ」
「あっ、スイマセン……」
信吾は店員に小さく頭を下げると、煮え切らない足取りでそのゴミ処理場にむかった。
そこには、やはり手があった。
何かを掴むように真っすぐ天にのびているその手は、まるで本物の人間の手のようだ。
信吾はしゃがみこむと、手に声をかける。
「い、生きてますかー?」
風が吹き抜ける音が聞こえたが、手からは何の反応もなかった。
「に、偽物か……。ははっ……」
信吾は乾いた笑いをうかべながら、その場を立ち去ろうときびすを返す。
途端、足首を何かに掴まれた。信吾の顔面から一気に血の気が失せる。
カラクリ人形のようにぎこちなく首をそちらに向けると、信吾の左足首がその手にしっかりと握られていた。
「うわぁぁぁぁぁぁあ!」
混乱しながらも一刻も早くこの場から逃げたい信吾は走ろうとするが、脚を掴まれていては進むことはできない。
「うわ、ちょ、誰か助け……」
「助けてくれ~」
「助け、助け……助けてくれ?」
「助けてくれ~」
か細い声が、ゴミの山の中から響く。
「いや~迷惑かけました」
「あっ、はぁ……」
信吾の目の前に、おそらくホームレスであろう老人が腰を下ろしていた。
なかば強引に奪った信吾のたい焼きをおいしそうに頬張っている。
ふと、信吾に疑問が生まれた。
「あのホームレス、ですよね? 今時珍しいですね」
「まあ、ホームレスじゃが、珍しいのか?」
老人は手についたあんこを舐めながら、不思議そうに聞き返した。
「いや、だって、『ノストラ』の言うことに従えば、ホームレスになんかならないでしょう?」
事実だった。
ホームレスやストリートチルドレン等は十二予言支の指示により優先的に予言を受ける権利を有しており、そのかいあってかその数は減少しているのだ。
信吾はその事を老人に説明すると、老人は快活に笑いながら、こう言った。
「わし、あいつらは信じてないからなぁー」
信吾は、心のそこから驚いたように目を見開いた。
「ま、マジですか?」
歯切れ悪く聞き返した信吾に、老人は速答する。
「大マジ」
そのあまりにもはっきりとした態度に信吾は思わず吹き出してしまった。
「プッ、あはははは!」
「む? 何かおかしいかの?」
「い、いや、逆です、でも、あはははは」
信吾は自分がこんなホームレスと同じ思いを宿していることが、可笑しくて仕方なかった。
ひとしきり笑うと、腹のよじれを感じながら、笑われてやや機嫌の悪そうな老人に言い返した。
「俺もです。俺も信じてませんよ、十二予言支」
その言葉に今度は老人が目を見開く。やがて、嬉しそうに口角を釣り上げた。
「そうか、やっと見つけたよ……」
「へっ?」
予期せぬ返事に信吾は目を白黒させるばかり。
老人は自分の上着のポケットから、車のキーのようなものを取り出すと、それを信吾に手渡した。
信吾はそれを怪訝な面持ちで眺めると、当たり前の疑問を口にした。
「これ、なんですか?」
「それはの……」
老人が説明を始めようとしたその時、遠くから爆発音が響いてきた。
二人はその音が聞こえたほうに視線を走らせる。
そこには、巨大な人型ロボットが立っていた。その両肩からミサイルをビルに向けて放っている。
再び爆発音。
「なんだよあれ!? それに、あのロボットは!?」
「予言機……」
「えっ……?」
突如として老人の雰囲気が変わる。
「お主、名は、何という?」
「えっ、信吾ですけど……」
「では信吾!」
老人は立ち上がり、姿勢を正すと、信吾にむかってこう言い放った。
「聞かせてもらおうか、お主の、格言をー!」
「か、カクゲンオー?」
すると、空からゴミの山に何かが降ってきた。それは大きな音を立てて地に降り立つと、二つの眼で自らの敵を見据える。
その姿は、先程から町を破壊している人型ロボットに酷似していた。両腕と頭部に少し違いがあるぐらいだ。
「こ、これは!?」
「名はないが……お主が聞き間違えた『カクゲンオー』……いい名じゃな」
「へっ?」
「乗り込むがいい、カクゲンオーに!」
カクゲンオーと名付けられたロボットは腹部を開くと、そこに信吾を吸い込んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁあ!」
わけが分からないまま事を運ばれてしまった信吾は、いつのまにかバイクにまたがっていた。周りを所狭しとディスプレイで囲まれている。そこからは町の風景が一望出来た。
「はぁ?」
心底不思議そうな声をあげた信吾に、ディスプレイに映る老人から声がかけられた。
「乗り心地はどうじゃー?」
「お、おじいさん、これは何なんですかぁ!?」
「なんでもよーい! 今は、キーをさして、戦うんじゃあー!」
そういって、ディスプレイに映る老人は町を破壊しているロボットを勢い良く指差した。
「……何だかよく分かんないけど、アレがテロリストかなんかなら倒したほうがよさそうだな」
信吾は自分に言い聞かせるように呟くと、先程受け取ったキーを鍵穴に差し込む。
操縦桿に似た対になっているスティックを握ると、機体がそれに反応して動くのが分かった。
「いくぞ!」
信吾が意気込むと同時にカクゲンオーが加速。一気に敵へと肉薄し、その拳をたたき込んだ。
「ぬぅうぅう!?」
その一撃を腹部に受けた敵は、後ずさるようによろける。
「何者かは知らんが、邪魔だてするなら容赦はせんぞ!」
敵ロボットは後ろに倒れこむように一気に後退すると、その両肩から大量のミサイルをうちだした。
煙の尾を引くミサイルは、標的であるカクゲンオーに向かってその牙を剥く。
「くぅ!?」
信吾は両腕で身を守るように構えた。そこへミサイルが一つ残らず着弾する。
「っ! がぁぁぁあ!」
大量の爆煙をあげるカクゲンオー。
「見たところ接近戦型! このまま決めさせてもらうぞ!」
第二射。
信吾は避けようとその場を離れようとするが、操縦方法を理解していないのではうまく動かせるはずもなく、カクゲンオーは不様にもその場に転んでしまった。
ミサイルはそんなカクゲンオーにも容赦なく降り注ぐ。
「ぐぅ、このままじゃあ……」
衝撃に揺さ振られながら、信吾は悔しそうに唇を噛んだ。
そうしている間にも、第三射目がカクゲンオーへと降り注ぐ。
「どうすれば……」
「何をしておる!? 早く倒さんか!?」
途端、コックピットに老人の声が響き渡った。
「お、おじいさん!? いや、でもこのロボットじゃ……」
「たわけたことをぬかすな! 十二予言支を信じていないといったお主なら、出来るはずじゃ!」
まるで根拠のない理由。
こんな状況ながら、信吾は呆れてしまう。
「そ、そんな事言われても……」
「ここで終われば全てが終わりじゃぞ!」
四射目が着弾。
「成すのじゃ! お主にはその権利がある!」
「成す……?」
「そうじゃ! 予言を信じないと言ったお主に託された未来は、お主が成す道! なれば……」
「成さなきゃ、いけない……」
老人の声より先にもれた信吾のその一言に、老人の顔に笑顔が広がった。
五射目が降り注ぐ。
「ちぃ、しぶといな……」
連射しすぎたせいか、敵からは煙に包まれてカクゲンオーの姿が確認できない。
煙がゆっくりと晴れると、そこにはボロボロになりながらも立ち上がったカクゲンオーの姿があった。
「ば、馬鹿なっ!? あれだけのミサイルを受けてぇ!?」
明らかに異質失であるカクゲンオーに、敵パイロットはただただ驚愕するばかり。
「成さなきゃ、いけないんだ……」
伏し目がちに呟いた信吾は口を引き結ぶと、顔をあげ、ディスプレイに映る敵機を睨み付けた。
「こ、これで、消え……」
「ぁぁぁあああ!」
「な、何ぃ!?」
カクゲンオーの右手に赤い光が集まっていく。それは高いエネルギー反応を示していた。
「な、こ、これはぁぁ!?」
戦慄する敵を尻目に、信吾の口上が響き渡る。
「お前を倒す! 例えこの拳が砕けても! そう、『成せば成る』んだぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
信吾の叫びに反応するように、正面ディスプレイに「格言承認!」の文字が浮かび上がる。
カクゲンオーは赤熱化した拳を引き絞るように引くと、次の瞬間敵に向かって正拳突きを放った。
無論拳は届かない。だがそこから放たれた赤い光弾は、大気を震わせ敵機へと襲い掛かった。
「ダメだ! 脱出を……!」
着弾直前、敵機からバイクのようなものが飛び出していった。
赤い光弾をまともに受けた敵機は、天を突くような真っ赤な火柱をあげて爆発した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
息を切らす信吾に、老人が声をかけた。
「聞かせてもらったぞい、お主の、格言を!」
歯を見せて笑いながら親指を立てる老人。
信吾も同じように笑いながら、親指を立てた。
最終更新:2009年12月09日 08:49