『勇気の調べ』
「どうして俺が基地まで歩いていかなきゃいけないんだ……」
奏 勇助は悪態をついていた。
軍の訓練生の身である勇助だが、訓練がついにPA(パフォーマンスアームズ)の操縦訓練まで進んだので前いた基地から離れていた。
前にいた基地にはPAはあったものの、肝心の歌手がいなかったからである。
さらに、同期で勇助以外に奏者の素質を持つものがいなかったため、たった一人徒歩で基地まで行かなければならなかった。
世界が異形のモノ『ノイズ』によって混沌に満たされて十数年。
人々は住処を奪われ、西側が大分制圧されてしまっていた。
唯一の対抗力であるPAの製造とパイロット達の成熟を早急に進める必要があった。
そこで素質のある者は軍に徴兵され、否応なしに戦わざるを得ない状況になっていた。
最も、素質の無い者でも18を越えるとどの道徴兵されてしまうのであるが。
違うのはパイロットであるか、そうでないか、ということだ。
そんなわけで、勇助は基地に繋がる道を歩いて、ようやく基地にたどり着いた。
そのときだった。車のクラクションの音が鳴り響く。
勇助に向かって、車が一直線に向かってきたのだ。
キイィィィィッ!!
「え、な!?うわぁぁぁぁぁぁあ!!?」
ドゴンッ!!
間一髪。勇助は荷物を投げ出し、路上から飛び出した。
「あ。弾いちゃった」
「弾いちゃったじゃねえ!!」
「あら、生きてたの?」
車の運転手は悪びれもせず、勇助が生きていることを意外そうに見つめている。
「おい、まず先に何か言うことがあるだろ」
「ええ。考え事しながら道を歩いてちゃダメよ。前方不注意」
「それはアンタの方だッ!」
車の運転手――金髪の女性は勇助のツッコミに凹んだのか、少ししおらしくなる。
「とにかく、ごめんね。あなたは訓練生の奏勇助よね?」
「そうですけど……アンタは?」
「あ、やっぱり。私は貴方の教官になるサクヤ・バーネット大尉よ。以後宜しく」
「え、あ、教官!?……先ほどは、失礼しました」
軍の中で階級は絶対だ。なにしろ彼の教官であるし、勇助はまだ士官ですらないのだ。
まだ訓練が九ヶ月しか経っていない勇助だって階級のことくらい前の基地で教えられていた。
「まぁ、私が弾きかけたのが悪いんだからいいんだけど。さて、身分証と配属の命令書もらえるかしら?」
「さっき、教官が弾き飛ばしましたよ……」
勇助は弾かれた鞄の中から命令書を取り出す。身分証は肌身離さず持っていた。
「はい、了解したわ。貴方を奏勇助と認めます」
「はっ!……て、これだけですか?」
「そうよ?」
「こんな、まだ基地にすら入ってないのにですか?基地司令に挨拶とかは!?」
「何処でやろうと同じでしょう?基地司令なら、今日は本部に出頭してるし。副指令はすぐにいなくなるし。私より上の士官は別任務でいないし」
「ハァ……」
随分とアバウトな上官のところに来てしまったようだ。
以前いた基地の教官は、それはもう軍人然とした人間でえらく堅苦しかったのだが。
軽いノリの軍人というのも、これはこれでいやなものである。
勇助は思わずため息をついてしまう。
「今日はやること無いからゆっくり休んでね。明日からはビシバシ行くわよぉ!
と、そうだ。パートナーの歌手を紹介しなきゃね。って、その格好じゃ無理ね……風呂入ってきなさい」
「風呂、ですか?」
「そんな格好で、女の子の前に立つ気?」
PAの歌手は女性と決まっている。
確かに勇助は泥だらけの軍服なのだが。
「それは教官のせ……」
「つべこべ言わない!口答えすると、ランニング20kmよ?」
「りょ、了解……直ちに風呂に入ってきます」
示された通りに風呂に来た勇助。
この辺りもノイズの襲撃のせいで荒らされ、食物も取れ難くなっているが、水は別だった。
風呂と水分だけは自由にできる唯一のものなのだ。
それでも沸かすコスト削減の為、時間は決められている。
今は風呂が沸いたばかりだから誰もいないとの事だった。
「さあて、一番風呂を堪能するとしますかね」
勇助は一応タオルで隠すと、勢いよく扉を開けた。
中は異様な雰囲気だった。というか。
「――私は罪人。災厄をもたらす眠り姫――」
歌が聞こえた。
小さく聞こえる女性の声。湯気に隠れて人影が見えた。
「――運命という赤い鎖に繋がれ、私は今日も悪夢を彷徨う――」
綺麗な歌声。それ故にもの悲しい旋律を引き立てる。
その雰囲気に呑まれて勇助はその場から動けなくていた。
一通り歌い終わって満足したのか、少女は湯船から立ち上がり、勇助と目が合った。
湯気ではっきりとは見えないが、白い肌とふくよかな胸が伺える。
「……え」
「わ、ご、ごめん!」
「え?え?え、え、えええ!?」
少女は恥ずかしさのあまり、全身真っ赤になる。そしてそのまま、前のめりにぶっ倒れた。
「ぎゃぁぁあ!!ちょ、おい!!ど、どうすればいーんだ!?」
倒れる少女に思いっきり困惑する勇助。
しょうがないので速攻で着替えて、近くにいた女性士官に声をかけてなんとか助けてもらったのだった。
風呂から出て、案内された自室へ行くと先ほどの少女とサクヤ教官が待っていた。
少女は顔を赤らめたままこっちを見たりあっちを見たりしている。
「早速一悶着あったみたいね?」
「……元凶は教官にありますよ」
「何か言ったかしら?」
「なんでもないです」
笑顔でありながら、これほど恐ろしいと感じた人間は今まで出会ったことが無かった。
「まぁ、この子が一番最初に風呂に入る癖を忘れてた悪かったわ。
とにかく、彼女が貴方のパートナーよ」
「え、彼女が!?」
「そ。さ、自己紹介して」
サクヤが諭すと、少女は伏せ目がちに自己紹介を始めた。
「……鳴海 藍麗、少尉です。よろしくお願いします」
「奏 勇助です。まだ訓練生ですがよろしくお願いします。それから、先ほどはすみませんでした」
「……別にいいです。気にしてませんから」
気にしてないと言うわりには、かなり恥ずかしそうにしている。
やはり気にしているのだろう。
「まぁ、軽いスキンシップだと思って許してやってよ。彼にも悪気があったわけじゃないから」
「だから、元凶は……」
「あまり上げ足取らないことね。30km走りたい?」
「いえ……」
先ほどの恐ろしい笑顔再び。この人を敵に回したくない。
「藍麗は優秀な歌手なのよ。実戦でも結果を出してるしね」
「大尉、私はそんな……。それに、実戦だって今はうまく戦えるか……」
勇助は『今は』という言葉に引っかかった。ということは、長く戦線に出ていないということになる。
過去に何かあったのだろうか。
「それじゃ、自己紹介も終えたところで基地を案内しましょうか」
まず案内されたのは食堂。腹が減っては戦はできぬとかなんとか。
メニューはさほど多くない。戦いで食物が減ってしまった為、バリエーションが減ってしまったのだ。
それでも軍人であれば食には困らない。一般人であるのなら配給に結構制限があるだろう。
次に案内されたのは演習場。今はパイロット達が実践訓練を行う為に廃墟となった町へと移動していたところだった。
おそらく、しばらくはここやシミュレーターで訓練し、慣れてきたら廃墟で実践という流れだろう。
さらに案内されたのは格納庫だった。PAの前身、CA(コンバットアームズ)鎮座していた。
CAは勇助も訓練で乗ったことがあり、訓練生のなかではそれなりに腕の立つほうだった。
そして、CAとは別に置かれているのがPAだ。
紺色の重厚な機体はPAX-04『グラーヴェ』、水色のスマートな機体がPAX-06『アレグレット』、もう一機は分からない。
「あれが貴方達の乗る機体、PAX-09『フォルテ』よ。汎用性と機動力を重視した機体ね」
サクヤが勇助達に白い機体を指差す。『フォルテ』とは音楽用語で『強く』と言う意味だ。
PAの名称には音楽用語が使われている。
「訓練には、新人によるあの新型のテストという名目も含まれているわ。
ベテランパイロットのテストはもう始まってるから、機体の方には問題ないから安心なさい。明日からはあの機体に乗って……」
サクヤが言い終わる前に、基地の警報アラームが鳴り響いた。
敵の襲撃を知らせるアラームだ。
「──防衛態勢2発令──全戦闘部隊は30分以内に出撃態勢にて待機せよ! 繰り返す──」
「ノイズ!?」
付近の者達は声をそろえて叫んだ。
空気がピンと張り詰める。即座にスイッチが切り替わる。
勇助はそんな周りの様子をただ眺めてるしかなかった。
「……まずいわね」
「え?」
「管制室から連絡が入ったんだけど、第一防衛基地付近で現在戦闘中らしいわ。
ま、あそこには精鋭が集ってるから問題ないんだけど、その討ちもらしがこっちに着そうなのよね」
「そうですね。早く迎撃体勢を取らないと」
「……いまここでPAを動かせる人、他にいないのよ」
「……え?」
嫌な、予感がした。
自身の運命を決するような。基地の命運を分けるような。それを自分がやらなければならないような。
「タイミングが悪すぎるわ!なんだって司令がいないときに、別任務なんか!」
「……じゃあ、どうするんです」
「あなた達に出てもらうしかないわ。CAじゃ、時間稼ぎはできても全滅は無理そうだから」
「ッ!そんな!いきなり実戦かよ!」
「……私たちも、戦うんですか?」
予感は的中。勇助と藍麗はサクヤの言葉に反応した。
「そうよ。時間が無いわ。早く!」
「な!待ってくれよ!いきなりなんて無理だって!」
サクヤに食い下がる勇助。
こういう状況になると自分の素が出てしまうのが勇助の悪い癖だった。
「……藍麗、悪いけど貴女も歌手なの。やってくれるわね?」
「了解です……」
「くれぐれも、早まった行動は取らないこと。奏、藍麗少尉のこと頼んだわよ」
勇助の抗議を完全に無視し、サクヤは藍麗の心配をする。
答える藍麗は複雑な表情でいたが、すぐに決意したような顔になると勇助を更衣室へと諭した。
「クソ、なんだって俺が戦わなきゃいけないんだ!」
勇助は廊下を走りながら悪態をついていた。
「……嫌なら止めてもいいと思います」
藍麗が急に足を止める。彼女が動かなければ更衣室の位置は分からない。
「何?」
「最悪、私一人でも戦えるし、その方が気が楽だから」
「鳴海少尉は……死ぬ気か?一人でPAを動かしたって戦力になりえないって知ってるだろ!?」
「……死ぬ気ですから」
「ッ!自殺願望でもあるのかよ?」
「そうですね、無くは無いですよ。死ねたら楽だとも思います。……でも、タダでは死ねませんから」
「……」
「それに正直な話、私はあなたのことを信頼してません。一人でやった方がまだ勝機があると思ってます。危険だと思うなら止めた方がいいです」
「言ってくれるじゃんか……!わかった。やってやるよ。俺の力を見せてやる!」
パイロットスーツへの着替えを済ませ、格納庫に戻り『フォルテ』へと乗り込む。
起動の手順は訓練で何度もやらされたため、問題は無かった。
問題は奏者と歌手、機体の同調率――ハーモニクスだ。
それぞれの相性やコンディションによるものが大きいが、それは努力によって多少は上げることができる。
しかし、初対面で勇助は初の実戦。まともに動かせるレベルに達するかが問題だった。が、しかし。
「二人とも、初搭乗にしては全然問題ない数値出すわね……相性かしら」
「『フォルテ』コンディショングリーン。すぐにでも発進できます」
データをとっていた整備士が言う。
それを聞いてサクヤはすぐに出撃命令を下した。
「――聞こえたわね?出撃よ」
「了解!こうなったら、とことんやってやるさ!」
「……『フォルテ』出撃します」
勇助はバーニアを全開にして、彼方へと機体を飛ばした。
出撃から10分。機動力を売りにしてるだけあって、戦闘区域まですぐに到着することができた。
すでに他のACが戦闘していたが、苦戦を強いられている。
「あれがノイズ……!」
勇助は異形のモノを見てつばを飲み込む。
ノイズは物理的な攻撃力のほかに、高音波による攻撃能力を備えている。
機体に乗っていれば問題ないが生身では近づいただけで死んでしまうため、ノイズキャンセラーヘッドギアの装着が義務付けられ、一般にも普及していた。
だが、高音波の威力が上がればPAでもダメージを受けるほどになる。
それに対抗できるのは詩の力を持った歌手だけだった。
「行くぞ!」
勇助は背中に装備された機関銃で敵を一掃する。しかし、大してダメージを与えられない上に、数が多い。
「ダメだ!やっぱり通常武装じゃ効かないのか!」
短刀を引き抜き、ノイズを切り裂く。
だが、やはり大ダメージは与えられない。
「くそ!……鳴海少尉!詩は!?」
「……っ!う……」
藍麗は苦しそうにうめき声をもらす。
「どうした?大丈夫か?」
「平気……です」
そうは言うものの明らかに顔色が悪い。
その顔は恐怖に染まっている。
「怖い……のか?」
「大丈夫ですから。私の心配よりも敵を……討たなきゃ」
藍麗は詩を歌おうとするが、その口から声が発せられることは無い。
敵と応戦している勇助は見ることができないが、多分震えている。
おそらくPTSDの一種だろう。でなければ、この反応は異常だ。
「鳴海……そんな状態で歌えるわけ無いだろ!逃げるぞ!?」
「でも、やらなきゃ……皆死んでしまう!」
大人しそうだった藍麗が叫ぶ。その声のまま歌おうとするが、うまくいかない。
「守らなきゃ……皆、守りたいのに……!」
異常なまでにノイズに恐怖していながらも、なお戦おうとする。
(鳴海……こんな状態でも戦おうとしてるのに、俺は何を逃げようとしてたんだ!)
確かに怖い。それは同じ。だが、彼女は戦うことを選んで、自分は逃げようとした。それが悔しく思えた。
「俺が、何とか時間を稼ぐ!だから、頼む。歌ってくれ」
「……わかった」
勇助は短刀と機関銃で敵を倒していく。
だが、まだ訓練生である勇助の実力ではCAにも及ばない。
その上敵はまだまだ大勢いるのだ。
「だ……め……声が、でない……」
「諦めるなって!」
「無理よ……貴方だけでも……逃げて」
「何処へだよ!そーゆうネガティブなのは嫌いなんだ、帰ったらその性格直してやる!」
短刀を使って敵を切り裂く。
しかし、磨耗して刃はボロボロになっていた。
「くそ!諦めねえぞ!」
短刀を捨て、長刀に持ち変える。そしてそのまま乱暴に振り回した。
「か……はあ……うぅ」
何とか声を出そうとするが、言葉にすらならない。
(歌わなきゃ……歌わないと……!歌わないと……!!)
フォルテは無我夢中で飛びついてくる敵を払ってる内に、弾薬が切れてしまった。
そのことに気を取られてしまい、かかってきたノイズに対処できなかった。
「なッ!!しまっ――」
「――奏でよう 勇気の調べ 私は尊い貴方の剣」
ノイズの攻撃がフォルテに当たることは無かった。
微かだが、詩が紡がれる。
その詩によって発生した光が機体から溢れ、周囲の敵を一掃する。
PAには詩に込められた思いを読み取って補助するアンプの役割がある。
例えばそれは詩にあわせた音楽であったりハーモニーであったり。
一人で歌っていても、二人で歌ってるように聞こえたりするのはそのせいだ。
「鳴海……!」
振り返ると歌うことに集中している藍麗の姿があった。
歌手は一度集中するとある種の刺激以外は反応しなくなるほどの集中力を持っている。
声量がどんどん上がり、それに伴い光も増す。
「――光と闇の外套を纏い 希望の灯を燈す」
フォルテが装備していた長刀を振ると敵は見えない何かで裂かれたように真っ二つになった。
(これならいける!)
敵の群れの前に躍り出たフォルテはすばやく敵を薙いで行く。
「――我が身を盾とし彼を護り その身朽ちても立ち上がる」
敵の攻撃が直撃するも、大したダメージにならない。
懇親の力を込め蹴り上げると、ノイズは一瞬にして弾けとんだ。
「――百鬼夜行の妖も 魑魅魍魎も臆さない」
圧倒的な力を発揮した勇助は次々にノイズを倒す。
それにつられて味方の士気も上がっていき、数で勝っていたノイズはいつの間にか減っていった。
「――剣が鞘に納まる時 それは安息の訪れと供に
――奏でよう この身折れるまで 私は尊い貴方の剣――」
詩の終わりとともに、一帯のノイズは全滅していた。
「すげえ……すげえよ!鳴海!!」
「……」
「鳴海?……おい鳴海!」
「……少し、疲れただけです……詩、久しぶりに歌ったので。下手だったでしょう?」
どっと疲れた表情で言う藍麗だったが、その顔は満足そうだった。
「いや、スゲー良かったよ」
パチパチと短い拍手を送る。藍麗は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「とにかく、俺たちの初勝利だ!」
「はい……帰りましょう」
勇助達は爽快な気分で基地へと帰還するのであった。
最終更新:2009年12月09日 08:55