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大気が振動する。群れを成して飛び交うは白熱した鉄の塊。
此は戦場。
血涙垂らして泣き叫ぶ、戦人の声は自身にすら聞こえはしない。
其は戦争。
血が血を上塗り、青く澄んだ海は墜堕した鉄塊から滲んだ血に埋まり染まっていく。

「……」

風のざわめきが戦場の上空で囁いている。
現実に励む下々の者たちには無論それは聞こえない。
では、彼らには『それ』を止めることはできないのだろうか?

「……」

神の鉄槌が、下されようとしていた。



「……枯柳ィ!貴様、何を躊躇しておる!」

年配の男性が、海に浮かんだ巨大な戦艦の、外の光景がよく見えるブリッジで罵声を上げる。
そして、幾度となく続く爆発と閃光に目を細めながらギリギリと歯を噛み締める。

「―――枯柳大佐、ご決断を!もう持ちません!」

接近するミサイルをセンサーで必死に探知しながらも、周囲の乗員が枯柳と呼ばれた男を促す。
艦のすぐ近くでミサイルが迎撃され爆風で海が揺れる。

「しかし……」

「奴等とてこの作戦は理解しておるよ!だからこそ命懸けであの機体の相手をしてくれておるんだ!」

遠視モニターに、赤黒く立ち上る光を纏った機体が、自分達の友軍を次々と蹴散らすのが枯柳の目に入った。

「オー・パーツ・マシン……あれが一機でも我等の手中にあれば……おのれ!邪教徒めらが!」

年配の男が吐き捨てるように叫び、立ち上がる。

「撃て!枯柳!連中の戦力はここにいるので全部……衛星レーザー砲を撃ち込んで終わりだ!全てな!」

枯柳は遥か青空を見上げ、その先にあるはずの史上最悪の被害を地球にもたらすであろう兵器を想像する。

「……ハルト、リナジー、明都、クラウン、ジェイシス……許せよ……!」

一拍置き、拳を固く握って言い放つ。

「衛星砲起動!目標、あの黒いポリゴリアンに!発射後、直ちに放射能除去装置を起動するぞ!」

「ヤー!」

乗員たちの了承点呼を聞き遂げ、頭を抱え込む枯柳に、年配の男が座り込んで声を掛ける。

「それでいいのだ……我等の神、―――に懺悔と、忠誠を」

「……懺悔と、忠誠を」

「懺悔と、忠誠を」


枯柳と乗員たちも復唱する。


「……な、な……大佐、准将!衛星砲のシステムがアクセスを拒否しています!」
「何だとぉ!?」

ようやくほっと一息つけた年配の男、准将は叫んで咳き込む。
枯柳も冷や汗を流して周囲をセンサーで見回そうとする。

『……いい面の皮だな、狗ども』

センサーに目をやった瞬間、モニターに目深のフードを被った男の顔が移る。

「誰だ!?」

ざわめく周囲を余所に、枯柳が叫ぶ。

『そうだな……かわいいかわいいダゴンちゃんとでもよんでもらおうかな?今後ともよろしく……ククク』

道化た口調で言う男に、准将がハッとしたように呟く。

「そうか……貴様、邪教徒だな!オーパーツでシステムに介入を……!?」
『御名答……こちらにとっては貴様等が邪教の徒だがな。衛星のレーザーは我々が有効に使わせてもらう』
「……まさか、統一国の首都を?」

青ざめた顔で呟く乗員の一人の声にダゴンは反応する。

『心配するな。そんな矮小な事には使わん。我等は貴様等の神―――』

ダゴンがそこまで言った時だった。
艦が、揺れた。モニターの画面が乱れ、音声も途絶える。
ガタガタと、何かに怯えるように揺れている。
それはダゴンの方も同じようだ。

『―――リフォン、サラマンダー、どうやらこいつらは隠し玉を持っていたらしい。気をつけろ』

小声で囁く声が聞こえ、回線が切れる。

(これは……?)

枯柳は准将を見遣るが、彼も全く覚えがないようだ。
センサーではなく、肉眼でふと外を見れば、海も、大地も、空中を飛んでいる機動歩兵ですらも震えている。
戦闘が中断され、誰もが困惑して動きを止めた。
数秒の間だったが。
全員が正気に帰って異常事態に対応しようとした瞬間、しかしてさらなる異常が起きた。
周囲が夜になったのだ。
完全に太陽が消え、暗い空には星も見えない。

「―――違う、あれは空じゃない」

誰かが呟き、その一瞬後にはそれが証明された。
太陽を覆っていた、巨大な剣が振り下ろされたのだ。
その場にいたものは全員死に、剣が起こした衝撃は津波を地震を噴火を生み、地球の表面を舐め尽して削り砕いた。

死者は二兆人。当時の人口の、おおよそ90パーセントを、人類は一日で失った。


第一話『クレイジー。Every day』




「……ちっ、また御伽噺のテープか」

廃墟の家屋でヘッドホンを付けて座り込んでいた男は、テープにそれ以上音声データがないことを確かめてヘッドホンを外した。

「『歴史の憶測的真実』……数十年前に大ヒットしたとは言え後の時代から見りゃ古くてつまらんもんだな」

既に5本目になるラベルが剥がれたテープを大きなバックにしまい、開かなかったので蹴り壊した箪笥を一瞥して家を出た。
まだ調べていない家がないかどうか見渡して確認し、ロケット花火のようなものを打ち上げる。
強風と土埃に目を顰めながらも、懐から懐中時計のようなものを取り出す。

「この街に来てもう六日強……あと数時間で見つけないとな……」

備えられたスイッチを素早く五回押すと、丸く小さい懐中時計の表示部分が時刻からセンサーのような画面に変わる。

「喰い付いてきたな……距離は……300……280……早いな……それに建物が倒壊する音がしない」

ならば飛空型か、と呟いて空を見上げる。
だがそこには白んだ夜空と月しか見えない。

「……」

表示された距離はすでに彼の50m以内に『獲物』が接近していることを示している。
微かに地鳴りが男の耳に届いた。

「……地下か!」

叫ぶと同時にその場から飛びのいた瞬間、今までいた場所をドリルのような回転する物体が貫通しながら地上に飛び出した。

「ギャオオオオオオ」

「もぐら……いやミミズか?でかい……」

呟いた男の蚊の泣くような小声に空を見上げていた土竜ミミズはぎょろり、と四つある目玉を動かし、男を睨みつけて這いよりはじめた。

「……もう一度潜って襲う知恵はないようだが……耳は存外に良いようだな。だがこれもハズレだ」

尖った鼻の先にある薄く横に切れた口から涎を垂らしながら、十二本の巨触腕を蚯蚓型の細長い体から生やした怪物が接近するのを見て。
それでも男は余裕を感じさせる口調ですこし残念そうに呟くと、踵を返して走り出した。

「―――ぐるああああ」

咆哮しながら追いかける怪物だったが、その触腕が伸びる前に男は、先程出てきた家の脇に停めてあったバイクに跨って走り始めた。

「―――ぎぎぎぎぎぎ」

歯軋りのような音を立てながらも、わしゃわしゃと触腕をはためかせながら怪物はバイクを追撃し始めた。


(あの怪物は獣型だろうな……神獣型なら死体でもこっそりコレクターに横流せたんだが……)

そんなことを思いながら、先程の音を聞きつけて活発に活動し始めた人型の怪物共を強固なバイクで撥ね飛ばしながら男は走る。
「ウレシイ……」「カングルナ……」「ハリーハリーハリーハリー……」などと意味の通らない言葉をあげながら倒れていく怪物。
嫌悪感を覚えながらも、人間とほぼ同じ姿、だが所々腐っていたり他の生物の物と思しき器官を持つ怪物を轢き倒す。
追ってくる土竜ミミズを振り向くと、倒れた人間型に飛びついて噛み付き、地面に潜り始めている。

「食事はマイホームで、か……いい夫になれそうだな」

だが数秒で地面に上がってきて、咥えていた人間型を投棄すると、周囲に倒れている人間型を触腕で叩き潰し、ミンチにし始めた。

「納豆は嫌いなようだ」

嘲笑を洩らし、カーブを曲がりながらクラクションを鳴らす。
慌てて逃げ出した残りの人間型も潰そうとしていた土竜ミミズはけたたましい音響に振り向き、先程新鮮そうだとみた獲物を追い始めた。
獲物の距離は400m弱。
バイクを追い、這いずりながらカーブを曲がる怪物。
そして―――。
突如、その頭を巨大な手が掴んだ。

「づ……!?」

驚きと取れる奇声を上げながら、土竜ミミズは掴まれた腕の先を見た。

―――機械的な印象を与える、頭部を除く上半身は赤、下半身は金色に病的なまでに塗りつくされたロボットがいた。
起動音を上げながら、ロボットは土竜ミミズの頭を掴んだまま走り出す。
一瞬で向かいの廃墟ビルに到達し、土竜ミミズをビルに押し込んだ。

「ぎイッ」

怪物は身体を鉄材で傷つけられながら、悲鳴を上げて倒れ掛かる。
堪らず触腕を振りかざすが、目標は直撃を避ける為にブースターを吹かして宙に逃れ、腰から取り外した極大口径のショットガンを放つ。
全身を撃ち抜かれ、しかし土竜ミミズは触腕を宙に伸ばす。

「!」

不意を打たれて触腕に捕らえられたロボットは、胸部を展開させて簡易加速砲を放とうとする。
だが、弾体を加速させるための電圧を流す一瞬前に地面に投げられ、俯けに叩きつけられる。


「くそっ……!加速砲がイカれたか、不味いな……」

ロボットのコクピット内で、先程バイクに乗って走っていた男がシステムの異常を示す警報を聞きながら吐き捨てるように言う。

「出来れば距離を取って仕留めたかったが……」

愚痴っている間にも土竜ミミズは迫る。薄い口を盛大に開けながら、巨大な機体を噛み砕かんとにじり寄る。

「……」

ロボットが右手に長い刃物、ナイフというよりむしろ錐に近い形状の武器を取り出す。
さらに、左腕ががこん、と音を立てて大きく開き、杭打ち器のような機構を露出させる。

「ぐぐるぎぎゃあああああああああああ!!!」

勝ち鬨のような土竜ミミズの声を聞き、背部モニターで十分接近していることを確認し―――。
男は機体前面の姿勢制御バーニアに火を噴かせた。
そのまま勢いに任せて機体を反転させて、目の前に現れた仰天した土竜ミミズの表情を目にしながら―――。

その目に、右手に構えた錐を突きたてた。

「――――――――――――!」

もはや声にもならない音響をあげる土竜ミミズ。
だが男はそれに構わず、土竜ミミズの顔の横に付いた目の、反対側の目から錐が飛び出すまで差し込み、そして自分の側に引き抜いた。
顔の前面にあったもう二つの目も当然錐によって潰され、土竜ミミズは顔面から夥しい緑色の血液を飛び散らせながらもんどりうつ。

「加速砲は一度も使えなかったな……貴様のおかげで。それに頭部に大奇形脳もない……ただの獣か」

憎憎しげに呟き、男はロボットの左腕を突き上げて杭打ち器を怪物の細長い身体に叩き込む。
しかしそれから飛び出したのは杭ではなく、ロボットのサイズにしてもなお極太の注射針だった。
何らかの液体が怪物に注入され、暴れていた土竜ミミズは動きを止めた。
触腕もだらりと垂れ下がり、土竜ミミズはバタリと地に巨体を落とした。


「……ジジイの発明は役に立つが、どうもケレンが過ぎるな」

左腕の機構を仕舞い、完全に活動を停止した土竜ミミズの細長い身体に繋がる首を念のために踏み千切って切断する。
首を右腕に抱え、身体を右腕で引き摺って、数百m離れた、白いシーツを被せられた巨大な檻の位置まで運ぶ。
一旦土竜ミミズの体を離し、シーツを取り外せば、そこには土竜ミミズと同じような、巨大な怪物の死体が数体重ねて納められていた。

「……えーと、こいつで8体だな。ノルマは6体……加速砲を修理するほどのボーナスはもらえ……ないか」

溜息をつきながら、土竜ミミズの体を檻に放り込む。
首の方も入れようと思ったが、思い直して怪物の死臭に寄せられて少し遠くで屯っていた、野犬の群れに放り投げてやった。
檻に手を出せずに焦れていた野犬たちは、極上の大きな餌に喰らいつき、一心不乱に貪り始めた。

「よしよし……これでお前らも次来るときには怪物だ。共食いせずにできるだけ増えろよ」

不穏当なことを言いながら、コクピットの中の男は懐中時計で時間を確認してから携帯を取り出し、十六桁の番号を押す。

『……はい、こちら人類府異形畜生撲殲滅科、期間契約部でございます。どのようなご用件でしょうか?』

「えー、A級アルバイトの今守……今守 拳です。バークラック街での巨大異形殺戮、定刻どおりに終了しました」

業務的に淡々と聞く声に、同じく淡々とした声で返す。

『ああ……拳君かい』

突然相手がくだけた口調になる。

「7日ぶりですかね、オペレーターさん」

『グレイプだよ……八年くらい知り合ってるんだから名前ぐらい覚えてくれ』

嘆く相手の声を聞きながら、檻をロボットの背部に接続し、もと来た場所に飛んで帰る準備を始める拳。

『では、いつも通り報酬は現物を見てからで。ああーーー源五郎卯官がなんか言ってたな……忘れた。帰ってきてから聞くといいよ』

投げやりな言葉を最後に、相手の側から通話は切られた。
拳は携帯を仕舞い、接続作業を完了した。

「源五郎のおっさん……仕事の斡旋か、ヤケ酒の付き合いか……一応話は聞いてみるか」

呟くと、頭部モニターに土竜ミミズの血痕が残っているのをみて憂鬱な表情を浮かべる。

「加速砲を壊した上に機体も汚しちまったか……簡単に血が落ちれば良いが」

クリーニング代がかからないことを祈りながら、拳はロボット、ポリゴリアンの長距離飛行ユニット、機翼を広げてその場を飛び去った。
後にはシンと静まった街と、緑の血痕、怪物の首を貪る野犬の群れだけが残った。

腹を膨らませた一匹の犬が他の犬を置いて一足先にその場を離れる。
その瞳にはうっすらと緑が滲んでいた。



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最終更新:2009年12月09日 22:01