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 毒島さかさという女の子は、一般的に言うところのお嬢様だ。父親は何とかという大貿易会社の社長であり、僕が彼女と同じ高校に通っていることすらそれはもはや奇跡体験。
 月とスッポン。善良なる一市民の僕と比べたら、爪の垢レベルで存在の異なる彼女。
 そんな毒島さかさと僕がいわゆる友達関係になったのは、夏休みが始まってすぐのことだった。
 それまで僕にとっては彼女の存在がどうであれ同じクラスにいるだけの女の子であり、僕が気に掛けていないのだから無論彼女にとっても、僕の存在なんかは空気以下のものだっただろう。実際そうだったし。
 それなのに。
 いったい僕の人生はどこで狂ってしまったのだろうか。
 ただ一つ言えることは、今年の夏休みは僕にとって忘れられないものになるであろうという、悪い予感だけだ。

「終わっちゃった……」
 僕はため息に似た呟きとともに、夏休み最後の宿題のテキストを閉じた。
 周りから勉学に勤しむ鉛筆の音が絶え間なく僕の耳に侵入を試みてくる。シャットアウト。
 僕は市立図書館に設けられた勉強部屋の机の上から終わりきった夏休みの宿題テキストをカバンにしまい込むと、周囲の邪魔になる音を立てないようにしながら勉強部屋を後にした。
 図書館から外に出ると、今までクーラーで冷えきっていた身体には毒以外の何物でもない強烈な熱気と日差しが僕に襲い掛かってきた。
 どちらかといえばクーラーの方が毒だけれど。
「暑い……」
 僕は熱気から逃げるように、木陰に設置されたベンチへと一目散。すかさず腰を下ろした。
「はぁ……」
 尻のポケットから両親と妹しか登録されていない真新しい携帯電話を取り出すと、とりあえず開いてみて、日付と時間を確認する。
 七月二十六日、午前十一時十二分。
 夏休み開始から、わずか三日目。
 なのに――
「――宿題、終わっちゃった……」
 実家から離れた私立高校入学と同時に友達関係がリセットされた僕は、生来の暗さも相まって、夏休みに至までに新しい友人が一人もできなかった。
 必然、夏休みに遊びのお誘いがかけられるはずもなく、することもないので夏休み開始から毎日図書館に馬車馬のごとく足を運び、地道に宿題消化に励んでいたのだ。
 そしてそれもわずか三日で、しかもその三日目もまだ半日残っている状態で、終わってしまったのだ。


「残り一ヵ月弱、どうしよう……」
 覇気のない僕とは対照的に、背後の木にとまっているセミは伴侶を求めて力強く鳴いている。
 今の僕と比べたら、セミの方が優秀な生物のような気がする……。
「とりあえず、帰ろう……」
 僕はカバン片手にベンチから腰をあげると、そのまま帰路につこうとした。
 瞬間、竦んだ。
 目の前に、腰まで届きそうな長いポニーテールを風になびかせた女の子が立っていたからだ。
 薄手のブラウスに青っぽいプリーツスカート。
 それは紛れもなく、僕と同じ高校の女子の夏服。
 ポニーテールの女の子は難しい顔をしながら僕の爪先から頭角までをじっくりと吟味しているようだった。
「え、と……」
 なんだか体中が痒くなる感覚。僕が言葉に詰まっていると、女の子は何かを思い出したように両手を叩いた。
 そして目を輝かせながら、こう言った。
「起爆くん!?」
「どちらさまだよ!?」
 思わず返してしまう。ツッコミを。


「あ、あれ? 違った?」
 女の子は本当に意外そうな顔で僕に確認をとる。
「うん、違う……」
 言葉とともに、僕は頷く。
 女の子は腕を組むと、また難しそうな顔で僕を凝視する。
「ごば……違うな。堕落でもないし……」
 聞こえないように言っているのかもしれないが、丸聞こえだ。
 しばらくの思案ののち、女の子は諦めたように腕を解いた。
「ダメだ。この私の記憶力を持ってしても思い出せないなんて、あなたはきっと不登校生徒!」
「外れたけどすごい決め付けだー!」
「ぐっ……! じゃあ受験に失敗してしまったけど先取りして買ってしまった制服がもったいなくて、とりあえず着てみて気分だけ夏休み高校生を味わっている負け組予備軍!」
「違うって! ってかそれ悲しすぎだろ!?」
「もったいぶらずに教えなさいよ!」
「逆ギレされたー!?」
 と、まあ、同じ学校の生徒と話すのはこれが初めてなわけで。
 とりあえず自己紹介から。
「えっと、気迫。影野気迫だよ」
「か、か、かげの……。ああ、同じクラスの」
「あ、あれ、そうだっけ?」
 どうやら今度は僕が考える番のようだ。
「私を知らないなんていい度胸ね。そう、毒島さかさとは私のことよ!」
 胸を張って、名乗る。
 考えるより先に答えが出てしまった。少し残念。
「ぶすじま……。ああ、ぶすじまさんね」
「その顔は分かってないわね……」
 図星。思いの外顔に出てしまったようだ。
「それと名字で呼ぶのはやめて。嫌いなのよ、名字」
「え、ああ、うん……」
「煮え切らないわね。まあいいわ。これからいやって程知ることになるだろうし」
「は?」
 ポニーテールの女の子――毒島さかさのその意味深な一言に僕が間の抜けた表情をした次の瞬間。
 僕と毒島さかさの身体は吹き飛ばされた。



「いてて……」
 僕は自分の頭を擦りながら、身体を労るように立ち上がった。
 周りを確認してみると、どうやら僕は結構飛ばされてしまったようだ。周りには本が散らばっている。
 図書館の中に逆戻り。
 さっきまで勉学に励んでいた人達が我先にと逃げ出していく。
「いたっ……」
 額に小さな痛み。
 手を当ててみると、粘着力の高い液体みたいな感覚。血だった。
「あーもー、最っ悪!」
 服のホコリを払いながら、毒島さかさが現われた。
 元気な声からして、怪我はないようだ。
「ぶすじまさん、大丈夫?」
「さ・か・さ! 名字は嫌いって言ったばっかりのはずだけど? それとも記憶力だけじゃなくて判断力も弱いのかしら?」
「ああ、うん……」
 名前のほうが重要らしい。最後の言葉は、余計な気もするが。
「ついに来たってわけね」
 ぶすじま――さかささんは意味不明な言葉とともに、僕の手を握った。
 そして――
「ついてきなさい」
 そう言って、僕を、誰もいなくなった図書館から外へと連れ出した。


 また僕の身体が熱気と日差しに晒される。
 しかも今度は、砂埃のおまけ付きだった。
「うわっ、ぺっぺっ!」
 舞い上がる砂が口に潜入。思わず吐き出す。
「何してんのよ」
 さかささんは、呆れたような顔で僕を見る。
「仕方ないじゃん。砂が口に入ったんだよ」
「光栄じゃない。砂があなたに興味を持ってくれて」「はぁ!?」
「それより、見なさい」
 さかささんは、商店街の方を指差した。
 僕はその指の先を見る。
 そこに、“彼”はいた。


 ビルくらいは優にありそうな巨大な赤の体躯。
 額から伸びる金色の二本角。
 その手に握るは何か砕くためだけに使われるであろう漆黒の金棒。
 その姿は、まるで――
「鬼――」
 さかささんの、底冷えするようなその声に、僕の身体が竦む。
 声がつづく。
「人の負の感情。退治された――退治されるべき、よこしまな異物」
 鬼はその巨大な金棒を振るい、ビルを薙ぎ倒した。
「え、と……」
 状況が理解できない。呑み込めない。認められない。
「ああ、夢か……」
「夢じゃないわよ。現実」
 僕の逃避は、一瞬で、打ち消される。
「負の感情を打ち崩すは、同じ負の感情――」
 さかささんはそう言って、僕の額に何かをはりつけた。
 そして、僕の目を、覗き込み、言う。
「激成させなさい、あなたの負――」
「負……?」
 僕達の頭上を、何かが飛び去っていった。
 それらは空中で大きく旋回すると、個々に形を変え、やがて重なり合う。
 人型となったそれらが、僕達の目の前に降り立った。
「ゲキセイバー」
 さかささんにゲキセイバーと呼ばれたその人型は、僕に手を差し伸べ、胸部の装甲を開いた。
 まるで――僕をずっと待っていたかのように。


「どうやって、動かせば……」
『勘ね、勘。それだけ』
「勘!?」
『来たわよ!』
 僕が乗り込んだゲキセイバーが吹き飛び、地面に倒れこむ。
 鬼はそんなゲキセイバーを見て、雄叫びをあげた。まるで長年の恨みを晴らしたかのように、嬉しそうに。
「くっ……」
 僕はゲキセイバーを立ち上がらせようとするが、うまくいかない。
 ディスプレイ上では鬼が金棒を振り上げ、ゲキセイバーへと狙いを定めている。
「くうっ!?」
 立ち上がるよるも先に防御行動。両腕で身を守るように構える。
 振り下ろされたその一撃は、両腕を打ち、その衝撃が僕を揺らす。
「うわぁあぁあ!?」
『何やってんのよ!』
 さかささんの声が響く。
「そ、そんなこと言ったって……」
『文句言うな! 乗ったんだったら戦え!』
 あまりに不条理。
 鬼はゲキセイバーの両腕ガードへと何度も金棒を打ち付ける。
「む、無理だよ……」
 僕のその言葉に、さかささんは冷えた声で言い放った。
『あっ、そう。じゃあそうやって逃げてれば? じゃあねバイバイシーユーアディオスさようなら!』
 それは一方的な仕打ち。
 乗り込んだのは僕だが、事を運んだのはさかささんだ。
 これはあまりにひど過ぎる――
(使えねぇ)
(期待外れだよな)
(何しにきたんだか)
 途端、僕の頭のなかに響く、別の声。
 しかしそれはどれも僕の知っている声。
(こっちは猫の手を借りたいってのに)
(猫以下だもんな)
 それは、僕が過去に浴びた罵声。封じておいた、嫌な過去。
『悔しかったら、言い返せ!』
 さかささんの言葉は、僕の引き金を引いた。
「うるっ……せぇんだよ! どいつもこいつもそいつもあいつもー!!!」
 打ち付けられた金棒を振り払い、その勢いのまま僕はゲキセイバーを立ち上がらせた。
 鬼は突然のその行動に驚いたのか、よろけるようにあとずさった。
「邪魔だぜ、化けもん。鱠にしてやるよ」
 僕の声に対応するかのように、ゲキセイバーは腰から長大な剣を抜き放つ。
 なんだか額が熱いような気がするが、きっと血がでていたからだろう。
 ゲキセイバーは剣を低く構え、腰を落とす。
「勝利への道は、一筋の光――」
 鬼は僕の口から漏れたその言葉に怯えたように身を縮めるが、それも一瞬だった。
 次の瞬間、鬼は地を蹴り僕へ――ゲキセイバーへと襲い掛かってきた。
「ひぃぃぃぃぃっ、さつぅぅぅ!」
 ゲキセイバーは右足で踏み込むと、そのまま右足を軸に身体をひねる。剣もそれに合わせて空を斬る。ひねり途中、剣が空気との摩擦熱で炎を帯びた。
 その斬撃が、鬼へと迫る。
 鬼はとっさに金棒を構え、ゲキセイバー――僕の一撃を防ごうとする。
「かっ、とりせんこぉぉぉぉぉぉぉう!!!!」
 勝取閃光――
 ゲキセイバーの剣は燃え盛りながら鬼の金棒を叩ききり、その胴体を横一閃。
 両断された鬼の上半身と下半身は燃え上がり、灰すらこの世に残さなかった。
「うっ……」
『第一段階終了。次は……』
 僕は薄れていく意識の中で、半ば嬉しそうなさかささんの声を、聞いたような気がした。








「……と、言うわけで、アレに乗って戦ってほしいの」
「嫌だけど……」
「がーん!」
 リアクションを声に出す人は初めて見た。
 毒島さんは額に手をあてながら何か考え事を――アレ? 何か凄い目でこっちを睨んでますよ? 僕が何かしましたか?
「さ・か・さ! いい加減覚えなさい」
「ええっ! 何で心の声聞こえてるの!?」
「バカね! 私にかかれば、あなたの心を読むなんて生まれる前!」
「前世から知っていたというのか!?」
 なんて。
 どうやら僕はツッコミの役回りらしい。
 くだらない話はさておき。
 僕は今、ぶすじ……さかささんです、はい。だから睨まないでください。
 僕は今、さかささんの家にいる。そしておそらく彼女の私室であるこの簡素な部屋で、椅子に拘束されている。
 無論、逃げられないように。
「本題に戻りましょうか」
 そんなことを言いながら、さかささんはペットボトルの烏龍茶を飲み干した。
「あの、僕も欲しいんだけど……」
 正直この椅子に拘束されてから六時間弱の間、僕は何も口に入れさせてもらっていない。
 喉も乾くし、腹も減る。
 だからこれは、まっとうな要求だったはずだ。
 なのに――
「変態」
 ――その一言はあんまりじゃないですか、さかささん?


「私と間接キスがしたいなら素直に言えばいいのに、なんであなたはそう遠回しなのかしら?」
「なんでだよ!? 僕は喉が乾いたから飲み物が欲しいの! べつに間接キスとか欲してないから! それにこの状況で間接キスって選択肢取るなんて、そいつよっぽどのキス魔だよ!」
 僕の必死の要求とツッコミにも、さかささんは静かに返す。
「私の提案に乗ってくれるなら、あげてもいいわよ」
 断固としてそれに応じる気はない。
 だから僕は、今日何回目かの返答を、今日何回目かの調子で、返す。
「嫌だけど……」
「じゃあ、あげない」
 子供のように、満面の笑みを湛えながら、意地悪くさかささんは答えた。
 トップクラスのアイドルですら裸足で逃げ出しそうな程キレイな――と言うよりはやや可愛らしいさかささんの笑顔は、反則だ。
 しかしこんな拷問まがいの状況で笑えるなんて。
 確実に、Sだ。
「まあ、あなたが色好い返事を出すまで、私はあなたを仕付けるだけよ」
 そして、女王様だった。
 僕はどうやら大人への階段をBダッシュで駆け上がってしまったらしい。
 父さん母さんごめんなさい。
「なーんて、バカなことはやめますか」
 さかささんは諦めたかのようにそう言うと、僕を椅子に縛り付けていた縄を解いた。
 体のあちこちに縄の変なあとがついてしまったが、これではれて自由だ。
 ビバ自由。ビバフリーダム。ビバリバティー。
「本当に、乗ってくれないのね……?」
 さかささんはそれが最後の確認であるかのように、僕に聞く。
 残念ながら、何度聞かれようと、答えを動かす気はなかったが。
「嫌だけど……」
 僕のその返答に、さかささんは小さくため息を吐くと、悲しそうに言った。
「ごめんね、変なことしちゃって。この部屋出て、ずっと右に進めば出口だから……じゃあね」
「えっ、ああ、うん……じゃあ」
 こうして僕は、さかささんから解放された。


僕は家賃五千円という超格安ボロアパートの自室で、夏休みに入ってから一度もしまっていない薄い布団に横になった。
『あなたが戦ったのは鬼。定期的に現われる、人間の負の感情よ』
 さかささんの言葉が頭の中を走り抜ける。
『あなたが乗ったのはゲキセイバー。かつて鬼に対抗するために生み出された、ありていに言ってロボットね』
 あまりに馬鹿げている。
 現実離れしている。
『いきなり信じろなんて言わないわ。でも、戦ってほしいの』
 僕に何ができると言うのか。
 暗くて、陰欝で、優柔不断で、友達がいない――
 考えていると悲しくなる。
「とにかく、僕には無理だ。だいたいああいうのと戦うのは、自衛隊とかそういう人達の仕事!」
『無理よ。現代の魂のこもっていない兵器なんて、糞の役にもたたないわ』
 女の子が糞って……。
 この場にさかささんはいないというのに、僕の言い訳に対してしっかりとした返事が聞こえてくる。
 僕は両親と妹――否、新たに四人目。
 さかささんの携帯の番号とアドレスが入った携帯電話を取り出すと、とりあえず開いてみて、時間を確認する。
 午後八時三十三分。
 このアパートに風呂はない。
 近場の銭湯に行くのも億劫だ。
 そこで終わらせた夏休みの宿題を入れたカバンが無いことに気が付く。
 どうやらさかささんの家に忘れてきてしまったようだ。
「明日取りにいこう。今日は寝るか……」
 僕は立ち上がり、蛍光灯を消そうとした。
 その時。
 耳をつんざくような雄叫びが響き渡った。
「な、なんだぁ!?」
 僕は耳を押さえながら、その発生源を確認するために部屋の窓を開ける。
 僕の部屋はアパートの二階だ。だから、ある程度の高さがある。
 アパート周辺には高い建造物が少ないため、その姿が目に飛び込んできたのは必然だった。
 前に見た赤とは対照的な、涼やかな青。額から伸びる金色の一本角。
 そう、鬼であった。
「嘘だろ……」
 僕は窓から身を乗り出し、その異質な存在を眺める。
 青鬼はその巨大な腕を振り上げると、目の前のビルを両断しようと振り下ろす。
 しかしそれは失敗に終わった。
 その青鬼の腕を、掴んだものがいたからだ。
 青鬼は自らの後ろに立つその存在が何であるか知っているかのように、掴まれた腕を乱暴に振り払うと、一気に跳躍。
 両断しようとしたビルの上に降り立ち、自らの敵――ゲキセイバーを眼下に捉える。
「さあ、くるならきなさい!」
 ゲキセイバーから女の子のものと思しき声が響き渡った。
「さ、さかささん!?」
 その声はまごうことなき毒島さかさ。
 嘘みたいだった。
 僕が拒否したから、アレに乗っているのだろうか?
「……くそっ!」
 僕は部屋の蛍光灯を消すのも忘れ、直ぐ様アパートから駆け出した。
 ゲキセイバーの――毒島さかさの元へ向かうために。


「ぐうっ!」
 夜のとばりに、苦しそうな女の子の声だけが響き渡る。
 走りながらでも、その巨大な二機の戦いは見て取ることが出来る。
 ゲキセイバーは、明らかに負けていた。
 鈍重な反応。蚊の止まるような拳。
 およそ戦っているようには見えない。
 対して、青鬼の動きは俊敏だった。
 ビルからビルへ、巨大な体躯の重さを感じさせないような身軽な動き。敵の一瞬の隙も見逃さず加えられる蹴り。
 格が違う。
「ハァハァ……」
 僕は息を切らしながらも、ついにゲキセイバーの元へと辿り着いた。
 そして声を張り上げる。
「さかささーん!」
 その声に気付いたのか、ゲキセイバーは自分の足元――つまりは僕がいる位置を見やった。
「影野君!? 何故こんなとこ、ぐっ、ろに!?」
 さかささんは明らかに狼狽えていた。
「なんでって……心配だったか……」
「帰りなさい!」
 僕の言葉にさかささんの言葉が重なった。さかささんは更に続けるが、その間にも敵の攻撃が止むことはない。
「ここにいると危ないわ! 何より、あなたは拒否したの! もうこれに関わっちゃ、ぐうっ、いけない!」
 それは、あまりに正論だった。
 僕はゲキセイバーへの搭乗を拒否した。
 さかささんの要求を断った。
 だから、もう関係ない。
 関わっちゃ、いけない。
「だけど……!」
「帰りなさ……ぐあぁ!」
 ゲキセイバーは背後から青鬼の飛び蹴りを受け、ビルへと突っ込んだ。
 さかささんの声が聞こえなくなり、ゲキセイバーも突っ込んだまま沈黙した。
 額が熱い。
 僕の心臓は早鐘のように鳴り響き、体中に血液を送り出す。
 もう、なりもふりも構っていられなかった。


 僕はビルの屋上に立ち、眼下を見下ろす。
 そこには今まさにゲキセイバーの頭を握りつぶさんとする青鬼の姿があった。
 金属が圧縮されていくような、不快な音が耳障り。
 僕は意を決すると、ビルから飛び降りる。
 強風に煽られながら、僕はゲキセイバーの顔面の前を通り過ぎた。
 次の瞬間。
 ゲキセイバーの胸部が開き、僕はその中へと引きずり込まれた。
 ゲキセイバーの両目に光が灯り、痛みに耐えるように指先が二、三度動く。
 そして、次の瞬間には頭を掴む青鬼の腕を切り落としていた。
 青鬼はとっさに飛び退くとビルに着地し、その切断面を庇うように残った手で押さえた。
 ゲキセイバーは――僕は、切断してなお頭を握って放さない腕をはぎ取ると、それを青鬼に向かって投げ付ける。
 青鬼は自分の一部だったそれを弾き飛ばすと、夜の闇に跳躍。
 ゲキセイバーへと狙いを定め、一気に急降下。
 ゲキセイバーはそれを迎え撃つために剣を腰だめに構え、敵を、夜空を見上げる。
「嫌だけど……」
 僕の気持ちは変わらない、はずだ。
 だけど僕は……優柔不断だ。
 だから……
「嫌だけど……やる!」
 ゲキセイバーは僕の一言に反応するかのように空中へと舞い上がった。
 青鬼の急降下攻撃はわずかにゲキセイバーを掠め、その両足は地面に深々と突き刺さる。
 ゲキセイバーは月を背後に空中で剣を振りかぶると、そのまま一気に――落下斬撃!
「はっ! えとりがみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 栄取咬――
 振り下ろされた剣は巨大な顎となり、青鬼を噛み砕いた!

「う、うん……」
「あっ、起きた?」
 毒島家の一室で、さかささんが目を覚ました。
 ゲキセイバーのコックピット内で気を失っていたさかささんに、幸いにも外傷はなかった。
 執事さんと思しき目の細い老人が、ベッドから起き上がったさかささんにカーディガンを渡した。
「はっ! そういえば鬼は!?」
「影野様が撃退なさりましたよ、お嬢様」
 カーディガンを着ながら声を張り上げたさかささんに、執事さんは直ぐ様返答した。
 さかささんは心底驚いたように目を見開き、僕を凝視している。
 何を言っていいのか分からない、そんな表情な気もした。
 だから僕は、夜空に吠えた時のように、もう一度あの言葉を口にしようと思う。
「毒島さん。僕、嫌だけど……」
「さ・か・さ!」
「やりゅばぁ!」
 本日三度目の注意とともに、僕は顔面に見事に腰の入った右ストレートをもらった。
 感謝やお礼よりも先にね。



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最終更新:2009年12月09日 22:30