本スレの183GPで1000を取れなかった為、宣言通り書いてみました。
エロくないよ。
整備士のあだ名は、未だに未確定状態なので、「仮」で。
金属と機会油と火薬の匂いがするブラストランナー整備室。
その整備室の隅っこで、パイプ椅子に腰掛けて金属製のコップを傾けている男が一人。
俺はそいつに声をかけた。
「おい、レンちゃん。今日は非番だろ?たまには外に出かけたらどうだ?」
この男は、この部隊の整備士のチーフだ。
俺は、こいつのことを「レンちゃん」とあだ名で呼んでいる。
電動ネジ回しが主流の昨今に、時代遅れのでっかいアジャスタブル・レンチをいつも持ち歩いてるからだ。
他の連中からはチーフ、あるいは「レンチさん」とか呼ばれてたりもする。
…面と向かっては言わないが、頼りになる男だ。
「なんだ、ベテランか。ビビらせんなよ。てっきり医務室のセンセーが説教しに来たのかと思ったぜ。」
レンチはいつも医務室から消毒用エタノールをくすねて、『オリジナルカクテル』を作ってちびちびと飲(ヤ)ってたりする。
「ふん、チクられたく無かったら、俺にも分け前をよこせ。」
「ちっ、仕方ねえな…だがこれで同罪だからな。」
同じ金属製のコップを背後の棚から掴み、レンチがにやりと笑みを浮かべる。
俺とレンチは付き合いが長い。
あのエイオース爆発事件よりもさらに以前…戦争でブラストランナーが使われるようになる前からの付き合いだ。
「で、お前さんは、ここに何しに来たんだ?」
「理由が無きゃ、来ちゃいかんか?」
「…いや。」
俺は、非番の日にはレンチがほとんどここに居ることを知っている。
医者に止められていようが関係なしに、ここで酒を飲んでいることも知っている。
レンチは金属製のコップを俺に渡し、特製のカクテルを半分程流し込む。
「いつものか?」
「それ以外に何がある?」
このアルコールに色々な混ぜ物をした飲み物は、お世辞にも旨いとは思えない。
しかし、それでも酔えるとなりゃ、上等だ。
酒のつまみはいつも「昔話」しかなかった。
最初に出会った時の話、戦場に始めて配属された時の話、一番ツラかった戦線の話。
そして、大概は5年前の話へと流れ着く。
「俺は、あん時に整備士辞めてりゃ、良かったのかもな。」
俺だって、好き好んでこんな話を聞きたかない。
だが…レンチの傷はあと何年経ったら癒えるんだろう?
5年前の話というのは、別段珍しいことでもない。レンチの女の話だ。
だが、それを説明する前に、その当時のブラストランナーの話をしなけりゃならんだろう。
今でこそCougarは「戦場の大衆車」等と呼ばれているが、昔はそうではなかった。
Prototype Cougarなんて、それは酷いものだったさ。
開発した企業の方も、単にデータを集めたかっただけだったんだろう。
機体の稼働率や保守性、そして一番大事な安全性すらも軽視されていた。
それは、それまで戦車しか乗ったことの無かった俺にでも分かるレベルのものだった。
自動車工としての腕を買われたレンチもその時のチーフにどやされながら、必死んなって整備を手伝ってたよ。
保守性の低さから、修理には夜通しかかることなんてのもザラだった。今じゃ考えられない話だろ?
そして5年前の戦場──こんときゃ連戦に次ぐ連戦だったな──で、レンチの整備したPrototype Cougarに乗って、帰らなかった女兵士が居た。
それだけの話だ。
「アイツを殺しちまった俺が、こうして整備士続けてられるんだから皮肉だよな。
「自分で古傷に塩塗りこむのは、よせ。お前だけの責任じゃないことはみんな知ってる…いや、俺にだって責任の一端はある。」
彼女と同じ部隊に配属されていた俺にも、な。
「それに、もう5年以上前のことだろが。」
「お前だって、5年以上前に逃げたカミさんの事引きずってるだろう?」
「バカ、ありゃ俺が捨てたんだ。」
「ああ、そういうことにしといてやるよ。」
引きずってる…か、レンチの奴がカマをかけてるだけなのか、それとも俺が見透かされてるのか…。
どっちにしろ、気持ちの良いもんじゃねえな。
「お互い新しい女でも作れば、忘れることができるんだろうかねえ。」
レンチがコップを揺らしながら、自分に言い聞かせる様につぶやく。
「どうだか。考えた事もないな。」
「お前さんが戦車乗りだった時代に比べて、部隊内の女の数は増えたからな。『部隊内恋愛』なんてのも乙なもんじゃねえのか?」
そこまで言ったレンチが、いたずらを思いついた子供のような目を見せる。
「インテリなんてどうだ。アイツのすげー乳は整備チーム内でも話題の中心だからな。」
「バカ言え。あんな小娘。アイツは頭でっかちのお子ちゃまだ。」
「うはは!頭でっかちか!確かにお前、いつも作戦会議で言い負かされてるからな!」
…なんで、会議に参加してないレンチの野郎が知ってるんだ。
「じゃあ、まじめ…はどうなんだ?」
「…部隊中の噂を知ってて言ってるのか?」
「お、熱血と何かあったって本当なのか?」
どこまで喋っていいのか迷うが、あの二人の日常を見ていればある程度は想像つくだろう。
「まあ、アクシデントみたいなものだがな。」
「ふうん、熱血と…か、熱血の野郎は昔のお前に似ているから…うまく行くと良いがな。」
レンチはコップの中身を少量口に流し込む。
「俺は、あんなに無謀じゃなかった。」
「そんな風に、自分だけが見えてなかったのがそっくりだ。」
さんざんな言われ様だな。
「後は…少女はいくらなんでも犯罪だし…。うーん、上手く行きそうで行かないもんだな。」
ここまでレンチが、お嬢の名を口にしない理由は、分かってる。
お嬢の容姿と性格が、俺の昔の女房に似ているから気を使ってるってワケだ。…いらんお世話だが。
「いずれにせよ、俺達には縁が薄い話ってこった。」
「なんだ、白旗揚げるの早いんじゃねえか?」
こういう話になると、口に含んだ酒が酸っぱく感じからイヤなんだよ。
「そうだ。お前がぶっ壊した『象さん』の修理が終わったぞ。」
「お前、よくあんなボロボロになったもん、直せたな。」
この戦争では、今のところ物資に不自由することがない。
だから、ある程度以上の破損が見られた武器や兵装などは、新品と交換してしまう方が早いのだ。
しかし、レンチはそれが嫌いらしい。
「俺らが生まれる前は『エコ』なんて運動が流行ったらしいが、この戦争で景気が良くなったら何でもかんでも使い捨て、だ。」
「俺は、そこまで気にせんがな…。捨てられるもんは捨てちまった方が気持ちいい。」
「ニュード景気がひと段落したら、俺のようなシミッタレが生き残るんだよ。」
そんなもんだろうか。
しばし、近い将来のことに思いを巡らす。恐らく、レンチも同じ事を考えているんだろう。
二人とも温くなった酒をなめていた。が、沈黙に負けた俺の口から愚痴がこぼれる。
「俺達の心の傷もポイっと捨てられたら良いのにな。」
「はははっ!ベテランともあろうお方が、酔いがまわったか!」
「うるせーよ。」
俺はなんだか恥ずかしくなったから、ごまかす為にコップの酒を干す。
それに合わせるように、レンチもコップの中身を飲み干した。
「しかし…いつも思うんだが、マズい酒だな。」
「ああ、俺もそう思う。」
毎度のことだが、俺達二人の意見は、ここへ来て初めて一致する。
いつか…旨い酒を飲める日が来るといいんだがな。
End.
最終更新:2009年12月13日 18:44