クイックスマックあいしてる

 いくら最近まで暖かい日があったとはいえ季節は冬、朝っぱらから冬の将軍様が大活躍してくれたおかげでジャンパーを羽織っていてもありとあらゆる隙間から体温を奪ってくれる冷気に悪態をつきつつ歩を進める。
 痩せ我慢せずにヒートテックでも着てくれば良かったと後悔しても後の祭り、今から戻ったら確実に約束の時間に間に合わないだろう。
 改札を出て少し歩いた先、駅周辺地図を貼った掲示板の前に彼女はいた。
 白いモコモコしたダウンジャケットの前をぴっちり閉めて、首元から僅かに見えるマフラーと頭にちょこんと乗っかったニット帽、ぷにぷにほっぺが赤いアクセントを添える。
 「おそい」
 少々棘のある彼女の声。まずいな、相当怒ってる。全身から迸る不機嫌オーラは前の「背伸びした中学生扱い」の時とは比べものにならない。
 「おそい」
 もう一度、今度は視線にギガノトの如き殺傷能力まで混ざってる。その殺傷能力があればあの鈍亀ごときに苦労はせんのだが……利益も無く火に油を注ぐ趣味は無いので当然言わないが。
 しかしそうは言いますがねお嬢さん、約束した時間まであと30分もあるんですヨ?
 「問答無用」
 どうやら反論することすらできないらしい。理不尽だと叫びたいところだがその対象は既に脇を通り抜け大股気味にあさっての方向に歩き出してしまっている。
 どうしたものかと頭を抱える暇すら与えてくれぬとは流石スピードタイプのための武器というわけか。
 後を追って歩き出したところに何かが靴に当たる。拾い上げてみれば「ほ○とレモン」のペットボトルだった。中身は既に飲みつくされた後らしく、キャップだけがない状態でも中身が漏れ出ることは無い。
 わざわざキャップだけ捨てに行くような人なんぞいるだろうか? いないとは限らないがそれでもかなりのマイノリティな存在だろう。あたりを見渡してみるがそれらしい人物は……いた。
 脱走に成功したはいいが行く当てが無く、チラチラと来た道を振り返る犬ッコロの如き挙動不審さでこちらを窺う少女に向かってペットボトルを軽く振ってみる。
 少女はテコテコとこちらに走り寄るとペットボトルを奪い、今度は違う方向へ大股歩きで去っていく。
 ははあ、なるほど。
 つまりあんなもので暖をとらなきゃならないほど早く来てしまったことですかい。昔の微妙にヤンデレ臭香る歌じゃあるまいし。
 ぷりぷりなんて擬音が聞こえてきそうな少女に追いついて(普通に歩いたらこうなった)時間通りでかまわないことを告げる。
 ん。という軽い返事。まあ肯定ととってもいいだろう。
 ふと、こちらを見上げる視線を感じてそちらを見やる。
 どうか致しましたか? 姫?
 「あたま」
 気にするな、ちょうどいい位置に小動物がいただけdげふっ!!
 いつものこととはいえ、ノーガード状態で三連射ボディはキツい。
 クイスマたん、今のは謝るからもう少し手加減してくれませんかね?


 チケットを2枚。店員さんの、殺意を営業スマイルというドラム缶に突っ込みつつもずさんな管理をした放射能の如く漏れ出すそれに若干の気後れを感じながらも購入し、中で飲み食いするブツを適当に物色する。
 しかしなんで映画館で売ってる食料品ってのはこうも高いのかね? 千葉にあるバケネズミの巣みたく、ある意味周囲と隔離された空間ならまだしもこれじゃ商売にならんぞ。
 ソフトドリンクの原価を知ってる分、ぜひ一度聞いてみたいところである。
 近くのコンビニから持ち込んだ伊○衛門1Lと馬鹿でかいポップコーンのカップを持って席に座りつつそんなことを考えてみる。映画館の規約? 知るかそんなもん。伊右○門も置かずに薬臭い香辛料博士なんぞ置いている映画館が悪い。
 クイスマたんは喫茶店で時間を潰していたときに全トッピング追加のキャラメルなんとかを頼んで、アイスあたりの冷気でお腹を冷やしてしまったらしい。今は長いお花摘みに出ていてここにはいない。
 今日見るのはクリスマスデートでおなじみの恋愛映画――などと洒落た物ではなく、特殊部隊のアクションものであるらしい。
 らしいというのはこの色気の無い映画の鑑賞を言い出したのがクイスマたんなのだ。自分でもある程度調べはしたがやはり詳しいところはわからない。
 何故恋人の日であり日本人の繁殖期な日にこんな色気も糞もない映画を見る羽目になったのか? それを説明するには少々日をさかのぼることになる。

   ~*~

 はじめは旧市街での一戦、熱戦の河畔をプレイしているときのことだ。互いに決め手を欠き、B~D間でオセロや雪合戦しながらじりじりと撃破でゲージを減らされ、1cmにも満たぬ差ではあるがこちらが押されていた。
 隙を突いて対岸にたどり着き、あたりに敵がいないことを確認、地雷が減ったせいか、またはコロ助の集中砲火でも食らったのか、Bプラには味方の生存者をあらわすマークは無い。
 取られたな、瞬時に悟る。蛇あたりが出てきてくれればもう少し持つだろうが、それでも時間稼ぎ以外に何か出来るというわけではない。一つしかできないのは何も出来ないのと同じことだ、その一つを潰されてしまえば意味も同じ、そしてその一つは非常に読みやすい。現に振り向けばまたコロ助の雨とおにぎりが降っている。
 後ろからACの独特の噴射音。敵か? 近くの路地にマインSを投げ込みながら飛び込み、近距離ロックを妨害。
 振り向けばサペを持ったシュライク、頭上に浮かぶネームは青かった。
 味方か、ため息一つ。
 味方の修羅麻は何をしていたのか装甲が4割までしか残っていない。どうやら対岸にいる体力満タンの支援の存在を確認し、奇襲のついでに修理してもらおうということなのだろう。
 Cプラに逃げた修羅麻にリペアを飛ばしながら追いかけ、灰色に染まりゆく占拠マークを見ながら考える。
 制限時間は残り少ない。この分だとCプラは確実にこちらのものになるが、今から前線がプラント一つ分上がったところで何が出来るというわけでもない。
 それにプラントの色が灰色になった瞬間、スネークの存在に気付いた奴らがこちらに押し寄せてくるだろう。たった二人の修羅で守りきれるほど、敵も下手な連中ばかりでは、ない。
 ならばこの二人でできることは? コア凸、それも相手の懐にあるEプラントを奪取しての波状攻撃を含めてだ。それが今、自分達にできることだろう。
 6割方ゲージの回復した、今も屈伸を続ける修羅麻への回復を打ち切ってNGを一つ。そして偵察機を敵コアに向けて放ってから中立ギリギリのCプラを抜ける。
 修羅麻も何かを察したのだろう。吹き出しに了解の意を示すラジオチャット。
 そんなときに手榴弾を持ちながらACを吹かす敵麻、2体。
 やあ、こんにちは。今日もいい天気だね。ロックオンの警告音と共にそんなやり取りをしたような気がした。もちろん、気がしただけ。ラジオを交わさぬ小さなやり取りは、すぐに銃声にかき消されてしまう。
 両手に抱いた彼女に聞く。撃ってもいい? まだ。
 短いやり取り。
 剣での斬り合いは味方に任せて橋のほうへ逃げる。
 回りこむようにしてヴォルペの銃弾が足元で爆ぜる。
 どうやら逃がす気は無いらしい。正面に立つ麻からまた、小さい挨拶と大きな銃声。
 両手に抱いた彼女に聞く。撃ってもいい? もう少し。
 機体をズラしながら突っ込ませ、敵の頭上に軽くジャンプ。
 全力でブーストを吹かし、距離をとる敵麻。コイツにトラウマを植えつけたワイスマにほんの少しだけ感謝。
 両手に抱いた彼女に聞く。撃ってもいい? いいよ。
 トリガに置いた右手にほんの少し、力を込める。
 吐き出されたシェルは3つ。
 兄弟みたいに綺麗に並び、仲良く敵麻に牙を剥く。
 さいしょの子は壁に当たってかわいそう。
 まんなかの子は足に当たってちょっと不満。
 さいごの子は胴体を食い破りご満足。
 なかよしこよしな3兄弟。それでも奴は食い切れない。
 ブーストを吹かしてめいいっぱい左へ、左へ回り込んでリロードの時間を稼ぐ。
 ロックが切れて後に残ったひし形は、爆発音の後、一瞬の間を置いて入り込んだ路地から飛び出してきた。
 まさか当たるとは思っていなかった、驚きで反応が遅れる。
 両手に抱いた彼女に聞く。撃ってもいい? 好きなだけ。

 至近距離から全弾くらって動かなくなった敵麻の横を通り抜けると、味方の修羅麻が瀕死の状態でブーストの回復を待っていた。
 残っていたSPを全て使うつもりで、修羅麻をリペアしながら追い抜く。少しでも早くコアにたどり着くために
 予定が狂った。お互いにロックオンされた状態でお互い瀕死。じきに気付いた敵が追い討ちをかけてくるだろう。そうなったらもう、今度こそ終わりだ。
 ラジオコマンドを指でタッチし、突撃を選択。2体で突撃して2/160以上減らせば十分プラスになる、後は運を天に任せよう。コア凸要員は何も自分達だ2人けでは無い。
 チャットウィンドウに修羅麻の名前が出る。了解してくれたようだ。
 直後、背後から聞こえるACの噴射音。あっという間に追い抜かれ、見えなくなる修羅麻。少しでも追いつこうとしたら、無情にもエネルギー切れを知らせるブーストゲージ。
 後に残されたのは、修羅麻の「かっこいい~♪」を連打したログと、追いかけてきた蛇に蜂の巣にされる自機。
 それだけ、たった、それだけだった。ちなみに修羅麻は自動砲台のあたりで撃破された。敵のコアゲージは1mmも動いてなかった。

 「え~、では第32回反省会を実施します」
 苦し紛れの一言。もっともらしく咳払いしてみたがそれで空気が良くなるわけでもない。
 クイスマたんは炬燵の中で猫みたく丸くなっているが、顔をこちらに向けて絶対零度の視線を送り続けている。
 一方こちらは唯一の暖所からクイスマたんのすらりとした足で追い出され、畳の上に正座だ。自分の家の炬燵ぐらい使わせてください、既に足が痺れ以外の何かで感覚がありません。
 「して、今日の議題は何でございましょうかお姫様?」
 もう一度、苦し紛れに問いかけてみる。再び訪れる長い沈黙。
 これはまずい、何で怒っているのか全く解らない。いや、今日の一戦のことだというのは解るのだ、解るのだがどこでクイスマたんが怒っているのかわからない。
 解らないなら聞いてみる、とかできる雰囲気じゃないよなあ……
 とりあえず今日の戦闘で起こったことを一つ一つ聞いてみるか
 「今日の敵はコア凸許してくれなかったね」
 眉間に皺が寄っていく、違うか。
 「麻のAC完全に忘れていたのは痛かったなぁ……」
 俯いてもぞり、と肩が動く。爆発寸前5秒前。
 「ク、クイスマたんあいし」
 ガン、テーブルを力いっぱい叩く音が部屋に響き渡る。やばい、マイン踏んだ?
 「何でCプラ落とさなかったの?」
 いやだって落としてたら麻どころか蛇やら砂やら……
 「偵察機撃った意味は?」
 それはコア凸の進路上にいる敵を察知……そう考えると変だ。
 今一度偵察機の挙動を思い出してみよう。装備していたラーク偵察機は撃ってから前進を開始するまで数秒のラグがある。そして偵察自体は撃った瞬間から始まる。
 あのときは偵察機をCプラの中で撃ったはずだ、つまりCプラの周りの敵は全て察知できる状態にあった。にも関わらず敵麻は「いきなり出てきた」のだ。
 ファルコンならともかくラークがあんな近くにいた敵を漏らすわけは無い。だとしたらあの敵麻はどこから来た。
 「そっか、リスポンしたのか」
 リスポンした直後に敵麻はこちらと接触したのだとしたら、直前でCプラを占拠することでスネーク自体はバレても例の敵麻と戦闘する必要は全くなかったことになる。
 そうしてれば修羅麻は自動砲台で死ぬ可能性はかなり落ちる。Cプラを奪還しようと、またはスネークに追いつこうとする連中はガンタレである程度は足止めできたはずだ。
 確かにそれなら奴らが安心しきって手榴弾なんぞ持ちながらカッ飛んでいたのも頷ける。
 「それにマップ上であの位置はBプラへの挟撃とAプラへの突撃と二つの意味を持つ。コア防衛の点から見てかなりの重要地点。占領は無理でも中立にしておく価値は十分にある」
 なるほどね、そこが今回の敗因ということですかね。してクイスマたんは何故まだ不満そうなんですかい?
 再び落ちるクイスマたんの雷、手が痛くなったのか赤くなった手のひらをさすっている。
 「無謀すぎっ!! 運良く修羅麻が来てくれたから良かったけど一人だけじゃC占拠も間に合わないし敵がいたら間違いなく撃破されていた。せめて麻と一緒に行動するっ!!」
 無茶をいってくれる。麻の機動力及びACの移動速度を舐めると今日見たく痛い目を見ることは確実だ。ただでさえ修羅Ⅴ足持ってなくて同じ修羅支にすら置いてかれる現状。一足先に行動しなければ展開に追いつけない。
 「だったらガチムチと……」
 それこそ無茶の極みってヤツですぜお嬢さん。奴らの役割は撃破及びネクロマンサーによる前線の押し上げ、修羅使いの役割は奇襲、撹乱、電撃戦。うち電撃戦は前述のブースト速度から参加不能。
 ……自分で言って腹がたってきた。なんで頭なんざ先に買ってしまったんだ。もっと優先すべきものがあっただろうに。誰かニュード集積体と群体をくれ、もうメタモチップは5つあるんだ。何なら交換も受け付けるぞ、メタモチップとか超剛性なんちゃらとか、チタンは既に50個あるから20くらいなら渡せるぞ
 「奇襲撹乱って、連携は?」
 本来それがメインなハズなんだよね、支援機って。いつからこんな戦闘スタイルになっていったのであろうか? 疑問は尽きなあべぶぼぶべらっ!!
 HS3連射とはキツイことを。そんなことしてたら嫁の貰い手が無くなってしまうぞ。
 クイスマたんはため息を一つ吐いてPCの画面に向かう。
 「これ」
 ああ、少し前に公開された戦争映画だよねそれ。某銃雑誌で特集してたから覚えてる。
 「感想文書いて提出」
 …へ?
 「だから感想文。勿論ただの感想文でなく連携やエントリーについて書くこと、提出期限月末」
 ってなわけである。実際のところ色気もへったくれも無い、ただの反省会の延長と言う訳だ。クイスマたんが付いてきているのは「折角の反省会で寝るような不届き者に鉄拳制裁を与えるため」であるらしい。
 言っておくが自分は映画館で寝たことなど無い。いや、一度だけ某007ガキンチョverで大いびきをかいてしまったことがあるが、それ以外は例え深夜公開の小豆ジャージ忍者やら片腕ガトりんやらおっぱいドリルキュゥィーーーーンのB級アクション映画とかくさった死体のアメリカンホームドラマですら――いやあれは客がうるさくて眠れなかっただけか――とにかくその程度のマナーはある。
 おそらくだが、いや自惚れの可能性が高いが、なんとかしてクリスマスに仕事入れる大馬鹿者に先手を打うちたかったのではなかろうか?
 正直、先月まではクリスマスに仕事入れる気マンマンでしたゴメンナサイ。だが11月末あたりからから、ソワソワしだしたり「年末」と言葉を濁しながら予定を聞いてくるクイスマたんを見て無理矢理にでも予定を開けぬ者がいるだろうか?
 素直に「クリスマスデェトしたい」と言えば例え上司から殴られようが何しようがそれこそ這ってでも行ってやるのに、全く素直でない。だがそこがいい。
 いいだろう、そっちがその気なら――いやどんな気で誘ったのか直接聞いてないからわからんが――こちらにも考えがある。
 一人悪人ヅラで「クックックック」という悪人笑いをかます自分はさぞキモかったことだろうが関係なんて、ない。
 さあて、この後が楽しみだ。
    ~*~
 正直に言おう。個人的には某監督の某戦闘機モノばりに大ヒットだった。
 地味でかつ無駄の少ない俳優たちの動き、隊員たちの間に交わされるジョーク、セットの退廃的かつ荘厳な雰囲気。どれから先に説明していけばこの映画の魅力を語れるか分からない。
 全員が全員の視界をカバーしつつ素早く動くクリアリングの妙、素早いカッティングパイ、瞬きする間に全ての敵の位置を把握するクイックピークなんぞリアルですら実践出来るかわからない領域に到達しているあたり、さすが「俳優全員マジモンの訓練受けました」とか言っちゃうだけある。
 だが「参考になったか?」と聞かれると微妙なところがある。やはりというかなんというか、室内戦ばかりで野外戦がないのだ。
 いや、野外戦もあるにはあったが対戦車ライフルでの暗殺だの、包囲された味方の救出だの、戦闘ヘリに追っかけられながらの逃走だのとボーダーブレイクによくある乱戦のシーンがそんなに無かったのだ。いや、自分がよく乱戦する地域に突っ込んでいくだけという可能性もあるな。今度の戦いでは偵察機が進み始めるまで待ってみるか、それまで隠れているのは苦痛だがなにかわかるかもしれない。
 それよりも気になるのは自ら監視役としてこちらの動向に気を配っていなきゃならんはずのクイスマたんが興奮冷めやらず映画の内容について熱弁を振るっていることだ。
 本来の目的忘れてませんかアナタ? まあいい、見る前はやれ「浮かれるな」だの何だのと説教していたあの時に比べれば随分とやりやすい。
 映画館を出てゆっくり落ち着けるところ、さっきの喫茶店に戻って映画談義に花を咲かす。
 クイスマたんはやれ隊長がかっこよかった、とかラスボスの息子の青ジャージに防弾チョッキというアホな外見に笑ったとか。まあそんな取り留め無い話だ。
 やはり本来の目的を忘れてやがる。コレって実はクイスマたんが見たかっただけじゃなかったのかと。
 たしかに見てたのはむっさい男ばっかだったしな、そんな中にクイスマたんが一人で行くというのは少々キツいものもあるだろう。相変わらず、素直でない。
 今度は自分から誘おう。こういった映画なら某銃雑誌だの、友人の軍ヲタ連中だのから結構聞いているしな。


 ふと、周りを見てみる。流石にクリスマスということもあってか、カップルと思われる二人組が多い。今年の自分はこの中の一人だということを改めて意識する。
 去年まで野郎どもと一緒に、酒を片手に暴れまわっていたという事実が酷く、もう何年も前のことのように色褪ていることに気が付いた。
 なるほど、変わるとはこういう事か。
 悪くはない、本当に、悪くはない。

 目的の駅についたのでクイスマを揺り起こす。
 「むぅ~~」といううめき声と共に眠い目を擦り上げる姿に何故か罪悪感を感じるが、そんなこともいってられない。
 クイスマたんにとっては映画がメインイベントだろうが、自分にとってはこれから、これからがメインなのだ。起きてもらわないと困る。
 寝起きで若干ふらふらする肩を抱えて電車を出る。暖房で暖められた体に夜の寒さが身に染みる。
 寒さ故か、ぶるりと震えるクイスマたんが、自宅の最寄駅ではないことに気付いて抗議をあげる。
 「まだ行くべきところがある」
 それだけ言って、改札に向かう。まだ納得していないのだろう、ぶつくさ文句を言っているがちゃんとついてきている。
 こんなとき、Suicaは便利だ。途中下車でも余分にお金がとられない。いやはや文明とは素晴らしい。

 何がなんだかわかってないクイスマたんをバスに詰め込んで10分。そろそろ喫茶店で食ったものも消化しきって腹もなってくる丁度いい時間帯に目的地に到着した。
 クイスマたんに降りることを告げ、2人分のバス代を払って降りる、そこから更に5分ほど歩くと目的地が見えてきた。
 そこの外見はみたまんまファミレスである。1階(と呼べそうなところ)は丸々駐車場となっていて、そこから階段で上がった先に入り口がある。
 店名のネオンが寂しく瞬く様はまさに「売れてないファミレス」たしかにこれじゃクイスマたんが「散々勿体つけておいてファミレスかよ」ってな感じの顔でこちらを見るのもわかる。そんなこというなって、クリスマスぐらいこういう所で祝わなくちゃね。
 店内は薄暗く、しかし不快感の類は一切感じない絶妙な光度に抑えられた照明や、加工されてから何年も経っているかのような古木のインテリア等、中々に味のある雰囲気を醸し出す。
 更にカウンターには如何にも高級そうなケーキがガラスケースに入って鎮座し、その隣にはピザをフリスビーの如く回しながら上に投げて広げるアレをやってる彫りの深いオッサンが「見せもんじゃねえぞ」とばかしに睨みを利かせる。
 こちらに気付いた店員さんが静かに、だがよく通る声で「おふたり様ですか?」
 予約した時の名前を伝える、店員さんは恭しく一礼、静かに席に促される。ファミレスではよくある「2名様はいりま~す」のテンドンはない。
 「何か、違う」
 ヨォ、ヨォ、ヨォ、気付いたかね? クイスマボゥイ? ガリバー痛起こすのはまだ早いぜ。

 席に通され、これまたいい感じに朽ちた、だがささくれなどはなく丁寧に磨かれた木製のメニューをクイスマたんと一緒に見る。
 店員さんに言わせるとメニューに載りきれなかったものは近くの黒板に書いてあるようだ、そちらのほうも普通に1000円を超える品物ばかり。
 怯むクイスマたんをよそに前菜とかパスタとか、あと少し前に来たとき本気でビビった例のデザートとリゾットも2人分、次々と頼んでいく
 「大丈夫なの?」
 懐具合なら心配しなくてもいいさ、何のために出撃抑えたり某ご飯、のり、卵、味噌汁おかわり自由の日替り定食500円の居酒屋ランチで朝昼兼任したり1袋198円のカンパン3日に分けて食べてみたりなんてしたと思ってる。いやこんなことしてたの知れたら「無理しなくていいから普通に食べろ」とか説教が始まるのは目に見えてるから言わないけどさ。
 今から割り勘気にしてるクイスマたんに財布から4万取り出して見せる。
 無理してでも好きな娘の前でカッコつけたいと思うのは小学生だけじゃないんだよ。いいから黙っておごられてなさい。
 ニット帽を脱いで微妙に逆立った髪を撫ですいてやりながらそう答える。
 「ご注文は以上で宜しいですか?」店員さんの答えに笑顔で肯定。「あの……」だの「ちが……」だのともごもごするクイスマたんを軽くスルーして奥へと引っ込む。
 その際に自分にだけ見えるよう「ニヤリ」ところではない「にたぁ」という悪魔の如き笑みを浮かべやがった。あの女、一見まじめアバターみたいな顔して中々いい性格してやがる。

 そこから先のクイスマたんは酷く愉快なことになっていた。
 まずコップと一緒に出てきた、やたらと洒落たソーサーをみて「これどこに売ってるのかな?」と目を輝かせたり、石鍋の縁に触れて「熱ぅっ」とか言ってみながらもスープまですくって飲んでみたり、猪肉にやたら身構えたり、直径1mほどのデカいパルメザンチーズの洗面器(としか表現のしようがないブツ)が目の前に現れたときには口をあんぐり開けてリゾットを調理する様を眺めてみたりといつもよりリアクションが大きく、またバライティーに富んでいた。
 ここまで楽しんでくれたのなら御の字というヤツだろう。料理を持ってくる度に例の「にたぁ」が見え隠れするまじめ似の店(ry(顔の陰影が濃い)がムカつくことこの上ないが、この程度くらい悪友共のリンチに比べればまだましだ。
 最後のデザートも超兄貴風の笑顔を浮かべたまじめ似(ry(手がガッサガサ)が余計なことしくさってくれやがったが、このディナーは大成功のようだ。あのまじ(ry(近所の噂好きのおばちゃんより悪質)がいなければ満点だったに違いない。あの糞野郎めが、クレーム入れてやろうか。
 店を出た帰りに静かな怒りを貯める修羅(仏教的な意味でも体格的な意味でも)を華麗にスルーしたクイスマたんの「ありがとう」発言。
 そうだよ、それだよ。この笑顔をみるために、この、顔を嬉しさで一杯にした満面の笑顔をみるためにセットしたんだ。努力の報われた瞬間というのは、やはり嬉しいものだ。心の中がじんわりと暖まっていく。
 でもね、俺の予定ではその笑顔に添えられる言葉はそれじゃなかったんだよ。奇談じゃないけど、今日賢者になるつもりだったんだよ。勇者じゃなくて、賢者なんだ。
 ここで「ハイパー賢者タイムっ!!」とか思ったヤツ、黙ってブラウザ閉じろ、そして電源切れ。携帯だろうがPCだろうが関係ねえ。10秒だけ待ってやるから閉じろ。貴様のようなヤツとはここでお別れだ、短い間だったな、はいさよなら

















 よし、邪魔者はいなくなったな。とにかくあのとき、こう思ったんだ。そっちから行かないなら、こっちから言ってやる。
 「クイックスマック」
 急に呼び止められて、振り返る。何事かと小首を傾げ、何も言わない。
 数秒の沈黙。深く、深く深呼吸。沈まれ心臓、言えるものも言えなくなる
 「あいしてる」
 そういえば、いままで面と向かって言ったことなんて無かったな。スレでは毎回のごとく言ってるから実感ないだろうけど。思いを伝えたのは、これが初めてだった。
 ん、という短い返答。糞、表情が読めない。俯いたまま何も言わずに……いや唇が動いているが何を言っているのか聞き取れない。
 耳は自信があるのに、周りから音が消える。糞、一体なんなんだ。糞、糞っ、糞っ!!
 クイスマたんがゆっくりと、こちらに向かってくる。
 ざらり、足が地面を擦る音がいやに大きく、異質な、別の何かが蠢いたような音に聞こえる。
 視線を前に戻せば、視界いっぱいにクイスマたんのちっちゃいおでkっ!!
 痛ぇ、何故ワタクシめは顎に頭突きなんぞ食らわなきゃいけないのでせうか? なにか悪いことしましたでしょうか? 意味がわかりません。
 オデコを押さえてながら声ならぬ叫びを上げて蹲るクイスマたんに「大丈夫?」と一声かける。
 涙混じりの上目遣いと、一瞬目が合う。
 次の瞬間、唇にあたる柔らかい感触。
 目の前にはクイスマたんの顔が、いや、顔しか見えない。
 これってまさか、キスって、やつ?
 今の自分には間違いなく言える。この瞬間、時は止まっていた。
 どれくらいしていたのだろうか、それとも一瞬だったのか。判断はつかない。
 とにかくそれくらいの間をあけて。離れる。
 ぷは、という吐息、どちらのものだか、判断がつかない。
 失敗しちゃった
 クイスマたんのかすかな呟き。
 急に、あたまが冷えてくる。
 クイスマたんと、キス?
 え? 誰が? いかん、混乱してきた。
 う、うごぉえぁあああああああああああああああっ!!
 恥ずかしい!! 誰か殺せ、ひと思いに殺してくれ。できればギガノトあたりでピンポイントで粉微塵にしてくれ。
 「えへへっ」
 顔を真赤にしたクイスマたんの、はにかんだ笑顔。
 くっそう、大破どころの騒ぎじゃねぇよ、これ。粉微塵どころの話じゃねぇよ、これ。
 その後、どうやってクイスマたんを送っていったのかわからない。
 気がついたら、近所の土手を上半身裸で雄叫び上げて走っていた。ドボンした。

 それでもクイックスマックあいしてる。もう寒さで死にそうなほど。ちなみに脱ぎ捨てた服は全部どっかいった。ちょっと泣いた
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最終更新:2009年12月30日 04:09
ツールボックス

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