「ブロサッム4より各機へ。
ベースより再発進、各プラントを哨戒して合流する。
どうよ、見事なコア凸だったろ?」
敵ブラストを振り切り、自動砲台の弾が降り注ぐ中、41型手榴弾を3個投げ込んだのだ。
ちょいと自慢気になったのは仕方ないよな?
「こちらブロッサムリーダー。
無駄口叩いてないでさっさとプラントを見て来い、オーバー。」
「ブロッサム2よりブロッサム4。
お疲れ様でした、残り時間を凌げば我々の勝ちですよ。」
「ブロッサム5よりブロッサム4へ。
お見事です!ボクも頑張らなくちゃ!」
「こちらブロッサム6!
自分だけの手柄みたいに言わないでよね!」
「ブロッサム7ですわ。
同感です、私達の援護あってのコア凸成功だと云う事をお忘れなく。」
「ブロッサム8より馬鹿兄貴へ。
プラント哨戒するなら支援兵装でしょJK、ホント凸厨なんだから。」
「ブロッサム9です。
…カッコ良かったよ、お兄ちゃん(照)。」
すぐさま其々判りやすい返信が来る。
それはそれとして、愚妹は俺を陥れようとしていているに違いない。
あいつと同じ宿舎で生活している少女の精神的成長に、何か悪い影響が出ない事を願うばかりだ。
「熱血君、ルートCを優先で哨戒してくれませんか?」
「ナルシー?
珍しいな、あんたが個別回線を使うなんて。」
作戦中の個別回線の使用は厳罰物だ。
全隊回線まで遮断してしまう為に、戦況の報告や連絡・指示が行き届かなくなる。
これは自分達だけでなく、隊全体を危険に晒す行為だ。
「ルートCはあんたがジャンプマインとセントリーガンを仕掛けたんだろ?
あれを抜ける奴がそうそう居るとは思えねぇんだが。」
実際俺は、シミュレーションで何度も酷い目に遭っている。
「えぇ、ですが胸騒ぎがするんですよ。
それに、…<<彼>>なら私のクセを知っています。」
「…!
了解した、ルートCだな。」
ルートCにそいつは居た。
俺達が予想した3種の敵の進行ルート、その中で1番可能性が低いと見ていたルートC。
何か予感があったのだろうか、ナルシーはわざわざそこにトラップを仕掛けた。
そのトラップ地獄と化したルートCを無傷で突破したらしい1機のブラスト。
フルシュライクの機体、M99サーペント・デュアルソード・38型手榴弾と汎用性と軽さを重視した武装。
機体の色が鮮やかなブルーからどす黒い赤に変わった事以外は、俺の記憶にあるあいつの愛機そのものだった。
俺の中で、「あいつが居る筈が無い」という思いと「あいつしか居ない」という確信が渦巻き、喉が唇が乾いていく。
今の俺は奴からは死角になっている筈だ。
震える指でトリガーを引き、奴の足元にスコーピオを打ち込む。
素早く身を翻し、俺の視界から消える赤いブラスト。
同時に個別回線を開く、今は欠番扱いのブロッサム3への回線を。
「聞えるかブロッサム3!」
「…その声は熱血か。」
懐かしい、だが、今この場では聞きたくなかったクールの声が響く。
「俺の死角を突くとは腕を上げたな。
先刻のコア凸も見事だった。」
「………。」
聞きたい事は山程在った、言いたい事は腐る程在った、だが、言葉が出てこなかった。
「ベテランは煙草を止めたか?
少年は牛乳を飲めるようになったか?
熱血、少女の想いには応えてやったのか?」
「訳分んねぇ事言ってんじゃねぇ!
手前ぇ、何処に居やがった!
何していやがった!
なんで<<EUST>>なんかに居やがるんだ!!!」
隊の仲間への思いやりともとれる言葉を聴いた時、俺の中で、繋ぎ止められていた何かが弾けた。
「朴念仁は相変わらずか。
…ヘッドハントなぞ、珍しくもなかろう。」
「お前は気障で嫌みったらしい奴だったが、筋が通らない事はしなかった。
そのお前が、<<GRF>>との契約が半年も残っている時に引き抜きに応じただと?
どれだけ金を積まれた!」
激化する<<GRF>>と<<EUST>>の<<ニュード>>争奪戦は深刻なボーダー不足を招いた。
両陣営もボーダーの確保に躍起になっており、少年や少女の様な未成年者の登用や相手陣営からのヘッドハントは既に日常となっていた。
「金ではない、…俺が望んだのは<<エイオース事件>>の真実だ。」
「俺が生まれ育ったのはヨーロッパの片田舎の小さな街だ。
今は旧ブロアと呼ばれている。」
「…!」
「あの日、落下した施設の残骸と<<ニュード>>により市街地は壊滅、18300もの人命が失われた。
この数字には、俺の両親と体の弱かった妹も含まれている。」
何も言えなかった、あいつの言葉を聴きながら見失った赤い機体を探す。
あいつも独白を続けながら、俺を探している筈だ。
「肉親の死に何も感じなかったといえば嘘になる。
だが、荒廃した故郷を見ても泣けなかったのも事実だ。
なぁ熱血、俺は冷たい人間だと思わないか?」
俺とは顔を会わせれば憎まれ口を叩き合う仲だったが、クールは常に隊のメンバーを気にかけていた。
ベテランの煙草の量を心配していたし、自分の時間を割いて少年や少女への指導も行っていた。
まじめとお嬢の間の軋轢を解消するきっかけを作ったのもクールだった。
それ以来、まじめとお嬢は親友になった(らしい)。
インテリも、そんなクールに惹かれていたんだ。
ここだけの話、完璧超人ナルシーだけはクールに手間をかけてなかったらしいが。
「そんな時、旧ブロア市街の一角が戦闘エリアに指定された。
俺もお前もあの街で戦ったな。
あの時に思ったよ、この街はどこまで汚されなければならないのか、と。」
足元に38型手榴弾が転がっているのが見えた、反射的にブーストを使い身を潜めていた岩場から飛び出る。
爆風に煽られ機体が軋むが、実質的なダメージは無さそうだ。
そのまま遮蔽物に回り込むが間違いなく補足された、だが、俺もアタリは付けた。
「それで?
事故を起こした<<GRF>>に復讐する気にでもなったのか?」
「知りたくなっただけだ。
<<GRF>>上層部が隠蔽している真実を。
<<エイオース事件>>の裏を、そもそも俺達が命を賭けて奪い合っている<<ニュード>>とは何かを!」
アタリを付けたポイントに41型手榴弾を投げ込む。
38型とは比べ物にならない爆音が響き一帯を土煙が覆った。
いち早く有効範囲から逃れていたであろうクールのブラストが土煙の中から現れる。
その姿は、返り血を浴びたように赤く染まっていた。
俺も機体を晒し、正面から対峙する。
「こうして銃を向け合うのは初めてだな。」
「シミュレーションで何度もやってるだろう。」
「ふ、216勝215敗36引き分けで俺の勝ち越しだ。」
「直ぐにイーブンに戻してやるよ!」
銃火が交差し火花を散らす。
激しい回避運動で機体と己の体が悲鳴を上げる、だが少しでも動きを緩めれば蜂の巣にされちまう。
条件は奴も同じだ、歯を食いしばりふっ飛びそうになる意識を繋ぎ止める。
俺の方が先に弾切れになった、もともとサーペントとスコーピオじゃ装弾数が違いすぎる。
スコーピオを投げ捨て、背中のマーシャルソードを抜き放つ。
それを見て、あいつもサーペントを捨てデュエルソードを構える。
「何笑ってやがる。」
「お前と本気で戦えるのが嬉しいし楽しいのさ。
お前は違うのか?」
「へっ、違わねぇよ!」
叫びソードを振りかざし間合いを詰める。
ここでAC全開!インド人を右に!!
目を開けたら、泣き出しそうな少年の顔があった。
…ハンガーの簡易ベッドの上か。
無様にも気を失っているのを機体ごと回収され、コクピットから引きずり出されたらしい。
体を起こし、少年からミネラルウォーターのボトルを受け取る。
喉がカラカラだったのを思い出した。
戦闘はあのまま時間終了で、ゲージ差を守り抜いた俺達の勝ちだったらしい。
少年の言葉に耳を傾けながら、ハンガーに吊り下げられた愛機を見上げる。
酷い有様だった。
全身の装甲はサーペントで削られ、左腕は肘から先が無かった。
オペ子のところに出向き、戦闘ログを調べた。
俺の撃墜もあいつの撃墜も記録されていない。
引き分け、いや俺の負けだ。
イーブンにするどころか差を広げられてしまったか。
隊長室に出頭し全てを報告する。
下手に隠したところで、ボイスレコーダーを調べれば全て記録されているのだ。
ベテランからは体重の乗ったキツい1発を貰い、ナルシーからは精密検査の為にメディカルルーム行きを薦められた。
あのハゲ親父め、思いっきり殴りやがって。
餓鬼じゃ無ぇんだから拳骨は無いだろう。
これで脳に異常があったら間違いなくベテランの所為だ。
ぶつぶつ言いながらメディカルルームへ向かう途中で少女と逢った、いや、俺を待ってたのか?
「お兄ちゃん、大丈夫?
無線も繋がらなかったし、すごく心配したんだよ?」
「済まねぇ、迷惑かけたな。」
下から心配そうに俺の顔を覗き込む少女の頭をくしゃくしゃに撫でながら言う。
「俺が見た赤いブラスト、クールだったよ。
あいつ、何も変わってなかった、俺達が知ってるクールだった。」
事の顛末を掻い摘んで説明する。
「お兄ちゃん、クールさんに会えて嬉しいの?
でも、戦わなきゃいけないんだよ?」
「…嬉しそうに見えるか?」
「…うん、だってお兄ちゃん、笑ってるもん。」
あの時のクールの声が思い出される。
『お前と本気で戦えるのが嬉しいし楽しいのさ。』
そうか、そうだな、俺達は根っからのボーダーって事さ。
少女の問いには答えず、また頭をくしゃくしゃに撫でた。
「そういえば、クールの奴、変な事を言ってたな。
『少女の想いに応えたか?』とかなんとか。
どういう意味だ、って、大丈夫か?
顔が真っ赤だぞ??」
「だ、大丈夫だよ?!(真っ赤)
今日のデータ纏めなきゃいけないから、ま、また後でね、お兄ちゃん!(ぱたぱたぱた)きゃっ?!」
何も無い所で躓きながら、少女は走り去った。
ホントに大丈夫なのか?
またあいつと戦える、そう思うと血が滾ってくる。
あいつも同じだろうと、根拠もなく確信していた。
最終更新:2010年04月25日 22:44