「あっベテランさん!いつもお世話になってます。これ、ほんのお礼です」
そう言ってまじめから包みを貰った。中身は菓子らしい。
「ベテランさーん!良かった見つかって!はいこれどうぞ!」
「おじちゃーん、これ、あげるね」
そう言ってインテリと少女からも包みを受け取った。また菓子のようだ。
ちなみに少女のはチ□ルチョコだった。
甘いものは嫌いというほどではない。
むしろエネルギーの摂取効率から場合によっては好んで食すが、こう多いと消化に困るな。
まぁ日もちしそうなものを後に残して夜食にでもするとしよう。
「あぁベテランさん。良いところでお会いしました。これ、日頃のお礼に」
そう言ってナルシーからも貰った。
何か違和感を持ったが気にしないことにした。
「ベテランさん!」
呼び声に振り向くとお嬢が立っていた。細い体で仁王立ちしている。鼻先に何かついてるぞ。
「チョコ…あの……ほ、欲しいですわよね!?」
「いや…欲しいとは思わんが」
出そうとした右手を止め、世界が終わるような表情でこちらを見る。
…何か悪いことを言っただろうか。
「それがな、今朝早くから他にも色々と菓子類を貰ったんだ。
俺はあまり食べないからあまり持っていても仕方ないというだけなんだが」
とにかく何かを弁明せねばと説明したが、彼女はますます泣きそうな顔になった。
一体何がいけなかったのか。
「そっ…そうですの!まぁ聞いただけですわ!」
「…そうなのか」
「そ!そうよ!…あの、ほんとに要らないんですの?」
「あぁ、必要ではないな」
聞いただけ、という言葉に安心して会話を続けたが、やはりうなだれてしまった。
女心というのはかくも複数なものなのか。
「わ…分かりましたわ…お時間を取らせてごめんなさい。ではわたくしはこれで…」
最初の威勢もかき消えてよろよろと廊下の角へ消えるお嬢。
終止、全く意味が分からなかった。
迂闊でしたわ。
ベテランさんなら他の方々から頂いてもおかしくありませんもの…
だからこそ、今朝まで粘って一番よく出来たものを持ってきたというのに。
まるで、戦場にほうり込まれた瞬間にコア防衛失敗の表示を見たような絶望感。
要らない…
わたくしのチョコは要らない?しかも他の人のを貰ったから?
わたくしなど、ベテランさんには物の数にも入っていなかったのですわ…
「お嬢!」
かけられた声にほぼ顔を動かさず目だけで見る。
「なぁ、何かねぇ?俺に渡すもん」
「ありませんわ。近付かないで下さる?」
今、もう無いってくらい落ち込みたいんですの。
「お嬢さん何か有ったのですか?」
ほっといて下さいな。
「お嬢、それどうするんだ?」
何人かとすれ違い、最後にクールさんから聞こえた声に、ふと魂が体に戻ってくる。
ぼんやり右手に持ったままの箱を見た。
ベテランさんのためにとあれこれ悩んだ末作ったアルコール入りの大人のチョコ。
要らないもの。
「はぁ…そうですわね。もう要らないものですわ」
「…よし。礼を言う」
クールさんに渡して、部屋に向かった。
今日は出撃もせず部屋で寝ていよう…。
「負けたぁあ!」
作戦後の談話室で熱血が騒いでいる。
「フッ…悪いが俺は総取りだ」
「まじかよ!お嬢になんかすごい形相で睨まれたぞ!」
そういえば今日は作戦でお嬢を見掛けなかったな。
「あぁ、不穏なオーラが出ていたが」
「良いですね…僕はまじめさんインテリさん少女ちゃんナルシーさんで4つです」
「嘘だろっ!?インテリもまじめもくれなかったよ!」
「熱血は少女のチ□ルひとつか…それはノーカンじゃないか?」
「ちげぇよ!全然ちげぇよ!そ、そうだベテランは!?やっぱ5つか?」
いきなり話が降ってきた。
そう焦らずとも、全員に渡すようなプレゼントなら
まじめはもっと豪華なものを最後に熱血へ渡しに来るだろうに。
「菓子の話なら、4つだ」
「え?誰から貰ってないんだよ。お嬢とまじめと…」
「お嬢だ」
ぴたりと、ブーストの切れたフルHGのように固まる若い衆。
「…クールさんだけお嬢さんのチョコありますよね…」
「随分落ち込んでいたが」
「まさかベテラン、お嬢のチョコ拒否したんじゃ」
「あぁ…もう要らんと思ってな。所で今日はハロウィンの振替か何かか?」
言論でクロスファイアされた。
頭を小突くキツツキの音。あぁ、やめて。
「ウッドペッカーHS…らめぇ…」
冷たい金属の触れる感触とふらふらする体。
あぁ、違う、なんださっきのはキツツキなどではなく自室のドアをノックする音だ。
「…お嬢!?」
「ひぇ!?」
聞き慣れた低い声で我に帰る。
どうやらノックされて寝言など言いながら無意識に開けたようだが問題はそこではない。
寝間着なのだ。
「は、きゃああああっ!!!!」
「ぐあっ!!?」
慌ててドアを閉めた際にベテランの頭を力一杯挟んでしまった。
ドアノブから手を放した途端に蹲る彼により一層焦ってかがみこむ。
「ご、ご、ごめんなさい!け、怪我っ!打撲っ…ほ、包帯!湿布、」
「いや…大丈b……お嬢!」
はい、と救急箱を探していた顔をベテランへ向けると彼は目を逸らし、
あまつさえ目を覆ってこちらを指差していた。
「何なんですの?」
「…胸元を隠せ」
はい?とそのまま、ベテランの怪我を見ようと前傾姿勢で座っている自分の大腿へ目を落す。
ネグリジェに近いワンピース一枚なので素足が膝上まで見えている。
しまった、と思うと同時にあることに気付く。
お嬢はあまり大きいほうではない。
だから支えるというより衝撃から守るためにそういうものを着用する。
すなわち衝撃を受ける心配のない睡眠時はつけないのである。
寝起きで着衣が乱れている。首元も大きく見えていた。しかもかがんでいた。
お嬢が見上げるほど背の高いベテランの視界に何が映ったか。
「にゃああああっ!!!!」
一瞬で踵を返す。転んだ。やばい、下は着けてたか。
振り返る。ベテランは向こうを向いたところだ。み、見えた?
いや上だって別に見えたとは限らない。胸元くらいは見えただろう。
でもそれ以上は見えなかったかもしれない。いやむしろかがんだくらいで。
廊下は薄暗いし部屋の電気はついていない。
見回す。
ここは自室だ。これ以上隠れるところがない。
傭兵斡旋企業の木賃宿のドアは立て付けが悪い。お嬢の部屋は放っておくと戸が自然と開いていく。
下は着けている。だから何だ。見たか。見たのか。見えたのか。
こんな失態を犯したことが有っただろうか。というかこんな時間から寝ることなんかない。
そもそも誰のせいで精神に耐えがたいショックを受けたと。
いや勝手に受けたんだけれど。
扉が開いていく。
あぁ依りに依って帰ってすぐ不貞寝したから服も脱ぎ放しで
キッチンはチョコが出来てすぐ持っていったから材料を並べたてて鍋は幾つも使ったままで
ちょっと八つ当たりした小さな1人用のテーブルが倒れて筆具やカレンダーが散在していて
私はこんな有様で、
いつもは綺麗にしているのに、依りに依って今日こんなタイミングで一番見損なって欲しくない人に。
「ふぇえぇえぇぇぇ…」
「お、お嬢!?」
さめざめと泣き始めたお嬢にベテランが駆け寄る。
「おい…すまん、いやだが見ていない。あぁ、何だ…とにかく心配するな。な?」
本当か疑わしい。
ベテランが来ると事前に分かっていれば髪だってまとめたし
一番可愛い服を来て席を整えて美味しいお茶とお茶請けを揃えたのに。
散々ですわ。最悪ですわ。
何だろうこの惨状は。
「お嬢!?何か悲鳴が聞こえっ…たけど…ベテラ…」
ベテランが振り返るとまじめが戸口に駆け寄ってきた所で、
その後ろからインテリとナルシーがこちらを見ていた。
何か言おうとして、いや何を言おうとしたんだろうか、その前にまじめが叫んだ。
「ベテランさん何してるんですかっ!!!」
何だと?何って何もしていない。
だがふと周りを思い出してすっと涼しさを感じた。
まるで戦場で何気なく後ろへ下がった時のような…
…次の瞬間目の前を敵の魔剣がかすめる、そんな経験を思い出した。
夜、若い女の部屋、争ったような部屋、散らされた衣服、
薄着一枚の女性、ひたすら泣きじゃくるか弱い女性、屈強な男。
依りに依ってお嬢が転んだ場所はベッドの隣でベテランはお嬢の肩を掴んでいた。
…これは言い訳が難しいな。
拳でクロスファイアされた。
「ほ、本当にすいませんでした!」
まじめとインテリが正座して、手を合わせて頭を下げる。
その前には氷嚢を顔にあてるベテラン、ナルシーは彼の隣である。
「いや…まぁ気にするな」
「貴方達も早とちりですねぇ…気持ちは分かりますが、熱血さんならともかく。
ベテランさんが女性の部屋で乱暴なことをするものですか」
「へっくし!…ん?誰か俺の悪口言ってるのか?」
「い、いやぁ…だって、お嬢さんの泣き方も尋常じゃありませんでしたしぃ…」
「その点は私も同意です。その気がなかったとはいえ
乙女の恋心を踏みにじった言動は反省すべきだと思います」
「……」
ベテランに悪意はなく、本来褒められるべきその仕事一筋さが過失に繋がった訳で、
お嬢が羞恥から素直に受け取って欲しいと言えなかったことが悪い訳でもなし、
増してそのショックで寝込んだのは想う心が深かったせいだから責めるのも酷だ。
個々に決定となるミスが有ったのではないが、何となく噛み合わなかった。
もっとチャットを出しておけばこんなことにはならなかっただろうか。
「あの…」
「何だ?」
「…お嬢のとこ、行ってあげて貰えませんか?」
「…そう熱血とクールに言われた結果がこれなんだが」
「う。」
「…タイミングが悪かったな」
「ですが、このままというのもいけません」
「そ、そうですよ!ほんとにお嬢落ち込んでたんです!もう、筆舌に尽くしがたいくらい…」
「半分錯乱してましたね、あれは」
まじめとその言葉にうんうんとうなずくインテリは、
ベテランをぶん殴ってナルシーに止められた後、お嬢と話をしている。
「だから、何とか出来るだけ早くフォローを入れてあげたいんですけど…」
二人が何を言っても意味はなかったようだ。
セカンドアプローチ。
お嬢の部屋をノックするが、返事はなかった。
「…お嬢、俺だ」
返事はない。何かをひっくり返した音と慌てた声と片付けるような音がしただけだ。
「先程は、いや今日は済まなかった。忘れていたんだ、そんな行事」
返事はない。
「お嬢、ちゃんと謝りたいんだ。中に入れてくれとは言わない。開けてくれ。
…だが俺の顔を見るのも嫌ならそのままでいい。二度とお前には関わらないようにする」
やはり返事はない。
扉から離れようとした所で、解錠する音がした。
「…どうぞ」
お嬢の部屋は先程とはうって変わって、塵ひとつなく台所までも片付いていた。
男の部屋ではまずないような、何となく甘い香りがする。
「…お飲みになって」
あのとき倒れていた小さな卓に澄んだ紅茶と小さな茶菓子が置かれた。
お嬢の髪は艶やかに櫛削られており、見たこともない高級そうなワンピースを着ていた。
長年傭兵をしているベテランには場違いに思うほどロイヤルな空間と少女が在った。
彼女の腫れぼったい目を除けば。
戸惑った。
たかが菓子ひとつ受け取らなかったくらいで、
散らかった部屋を見られたくらいでここまで落ち込むものだろうか。
いや、あの恰好は…さすがに落ち込むかもしれない。
「済まなかった。本当にどう謝れば良いか」
ベテランだって何も悪いことをした訳ではないが、何しろよく見えなかったとはいえ
嫁入り前の女性の肌を見てしまったのである。
こちらは眼福でも、相手には精神に不快をもたらしただろう。
「…もう構いませんわ。私が呆然としていたのがいけなかったのです」
「しかしそれは俺が不用意な発言をしたせいなのだろう」
「それも一重に私の不備です」
これが、あれほど慌てふためいた娘の態度だろうか。
言うことがなくなって、うつむいたままのお嬢から何となく目を逸らす。
「いつもあんな感じだと思ってらっしゃるでしょう」
掃き捨てるようなお嬢の言葉に、一瞬何のことだか分からなかった。
「いや、お前の性格だ。普段も一定以上は綺麗にしているだろう」
なるべく言葉を選ぶ。彼女は何か自棄になっている、そう感じた。
「…わたくしの何をご存じ?
いいえ思われた筈ですわ。あれが初めて見たわたくしの部屋なのですから」
第一印象の効力は大きい。ベテランも初見との違いで綺麗だと判断した。
「…わたくしもうお嫁に行けませんわ…」
これは寝間着を見られたことについてだろう。
それくらい気にしないが、彼女はそうではないようだ。
男に素肌を見られたことなどないのかもしれない。
ぽつりと零したお嬢は、いつにも増して小さく見える。
何と答えたものか。
「…」
「お引き取り下さいな。もう何とも思っておりませんから」
「…そう言う訳にはいかん」
「…じゃあどうしろと…」
見上げたお嬢の目がベテランを睨み付ける。ほのかに赤い目尻に涙が溜まる。
…厄介なことに首を突っ込んでしまったものだ。
「チョコは残ってるか」
「…はい?」
台所を見やるが形跡がない。冷蔵庫の中はどうだ。
「そ、そんなもの…」
お嬢が一瞬見たシンクの隣へ向かう。
ゴミ箱の底前にあるペダルを踏むと蓋の下からカップケーキの残骸が幾つか見えた。
「な、何をしてらっしゃるんですの」
お嬢が追いかけてくる。
「捨てることはなかろう。失敗作には見えんが」
「し…失敗ですわ。目的にそぐわないのですから…要らないものです」
裾を握り締めながら、ついに涙を零す。
それに気付くと、見られまいとしているのか後ろを向いてしまう。
価値観がどうも違う。
上流階級から兵隊になりたての彼女の感情に、自分の経験値が追い付かない。
男はそう思ったが、何のことはない。
お嬢はまだ色恋に必死な年頃で、ベテランはそんなことをとうに忘れているだけである。
「早く、出て行って…これ以上、わたくしに惨めな思いをさせる、おつもり?」
小さな背中がしゃくりあげる。
「目的にあえば良いんだな」
「…!?」
その背中がいたたまれないものだから引き寄せてしまった。
ベテランからすると抱き心地がないくらい細い。
「な、な、何、」
「受け取って良いか」
話があるのでこちらを向かせ、少しかがんで頭の高さを揃える。
「何、を、ですの」
「あぁ捨ててしまったんだったな…もう何も残ってないのか?」
「だ、だから、…」
「…はっきり言って欲しいのか?」
お嬢は黙り込む。取り敢えず泣きやませることにはやっと成功したようだ。
体を起こして、改めてお嬢を見る。いつもの気丈が戻ってきている。
「いや、分からんぞ、今後どうなるかは。ただ…」
あの時、普段隙のないお嬢の隙だらけの姿と部屋を見て、
なかなか可愛い所も有るじゃないかと思ったのだ。
「受け取るに吝かでないということだ」
「…まぁ。吝かでない、程度?このわたくしをキープにでもする気ですの」
「そう言うな。俺の恋人は仕事なんだ」
「…総合2位で、わたくし満足出来ませんわよ」
「だから、どうなるかは…」
固い音をたてて何かが唇と歯にあてがわれた。
甘い、いや苦い。
「…受け取ると仰いましたわね?このわたくしの想いを受け取った以上、1位を永久欠番にして頂きますわよ!」
言葉こそ上からだが、表情はまだ固い。
与えられたのは、形は丁度隕鉄塊のような、甘くないチョコの塊だ。
間違いなく今日もらった中で最も粗末な外見だったが、
一番豪華なものを断ったのは他ならぬ自分だ。それになかなか旨い。文句は言えない。
「なるほど、今後を楽しみにしている」
「えぇ、受けて立ちます」
まぁ、大体いつものお嬢が戻ってきたようだ。
お得意の仁王立ちで長い髪を手の甲で肩の後ろへやる。
挑発しているのはどちらだかしれない。
何処かで作戦開始のアナウンスが聞こえた。
最終更新:2010年02月21日 22:41