…志願したのは強くなりたいと思ったから。
正確には、あの人たちのようになりたいと思ったから。
何も知らない僕を、体を張ってかばおうとしたあの大きな背中。
僕の進もうとする道を、強引なまでに切り開いてくれたあの背中。
僕の背中にないあの光を、闇夜をふらふら舞う愚かな蛾のように追いかけて、やっと辿り着いた煉獄の戦場。
でも、いつも僕はその光に追いつけない。
その光は急激に遠ざかったり、温かい光につい頼り切りになりそうになったり。
たまに突然見失ったりして、途端におろおろしてしまう自分に悲しくなったりする。
でも、そうならないために、あの人たちと同じ背中を持てるように、僕は、戦うんだ…。
「…なのに、どうして」
「少年くん?」
「どうして僕はこんなことになってるんですかああああ!!」
「どうしたの少年くん? お料理の途中で急に叫んだりして」
「こんなことだなんて心外ね? 似合ってるわよ~そのエプロン♪」
「まだエプロンはいいですよエプロンは! どうして僕の頭に三角巾じゃなくてリボンを乗せようとするんですか!!」
「可愛いと思って♪」
「可愛いとかやめてください! 僕はもっと勇ましく、男らしくなりたいんです!」
「「「無理よ」」」
「みんなで否定するの早すぎです!」
「だってもう涙目じゃない。それにそのエプロン姿、すごく似合っちゃってるんですもの」
「若奥様っていうか、幼妻って感じよね~」
「男の人から見てもとっても魅力的だと思いますよ?」
「そっち方面の魅力はいらないんです!!」
「それは良くないわ。魅力だろうと腕力だろうと、持てる力はすべてフル稼働させて戦場に臨んでもらわないと」
「ここはオペレーター控え室であって、戦場じゃないじゃないですか!」
「…女はね、いつだって戦ってるものなのよ」
「今の今まで僕に掃除洗濯、夕飯の準備までさせておいて、どこで戦ってるって言うんですか!」
「ブティックで店員と値引交渉合戦とか」
「エステで自分の美容の限界へ挑戦とか」
「おいしいお菓子のお店へ潜入調査とか」
「戦いじゃないですそれ!! っていうか、思いっきり遊んでませんか!?」
「細かいことは気にしない。私たちは少年くんを頼りにしてるんだから」
「別の意味で頼りにして欲しいです!」
「「「無理無理」」」
「また!?」
「だってこの前、犬に吠えられて泣きそうになってたの誰でした?」
「うっ…」
「その前は芋虫見つけて悲鳴上げてましたよね」
「うぐぐ」
「私がバイオハ○ードで遊んでると布団かぶって怯えてましたもの」
「や、やめてください! あれは怖すぎます!」
「そもそもユー子さんもグレ子さんも護身術を習ってますから、体力面でも出る幕がないんですよね」
「ぼ、僕はブラスト乗りです! だいたい、家事全般で褒められても嬉しくなんかありません…!」
「少年くん…」
「このままじゃ、駄目なんです…僕は、熱血さんやクールさん、ベテランさんやナルシーさんみたいに、
一人前の戦士になって、みんなを助けて、守って…一緒に戦っていきたいんです…!」
「それだったら、もう叶っているじゃありませんか」
「…え…?」
「頼れる仲間にこそ背中を預けられるものだ、ってベテランさんは言ってましたね」
「熱血くんは、彼らがいるから振り返らずに前に進むことが出来る、って言ってましたよ」
「クールも、小さな背中に負けていられない、なんて言ってたことがあるわね」
「ナルシーはナルシーで、信頼できる仲間でなければ私の華麗な勇姿を見る資格はないのです、なんて言ってましたね」
「え? え…?」
「あなた、もう認められてるのよ?」
「必死すぎるほど必死になって、消し炭になるような思いで戦っているのは、私たちだってよく知ってます」
「そうよ。簡単に死ぬことは許されないんだから。私たちが言うべき台詞ではありませんけど…ね」
「ぼ、僕は…僕は」
「ああ、だめよ。手が止まってるわ、鍋に焦げちゃう」
「僕…僕…う、うううっ」
「そ、そんなに泣かないで。ほら、料理に入ったら塩辛くなるわ」
「…は、はい、ごめんなさい」
「それにしても、よくもそんな泣き虫で今まで戦ってこられましたね…」
「素直な子じゃない。役得よ」
「そうね、人を裏切らない、優しくて強い子よね。私たちもよく知ってるわ」
* * *
「ごちそうさまでした」
「少年くんの料理って、ほんっとおいしいわよね~」
「煮物が作れるとか、一体どこで習ってきたの?」
「いえ、まじめさんが買ってきた雑誌を見て、試してみようと…」
「…あの子、料理してたところ見たことある?」
「あるけど…リンゴの皮むきだって練習中の腕前のはずよ?」
「その雑誌に載ってたんですが…はい」
「?」
「これは…」
「イチゴで作ったババロアです。そういえば今日ってホワイトデーだったんですよね…」
「わあ…♪」
「ますますいいお嫁さんになれるわね…」
「お嫁さんにはなりません! あ、でも…その、一応…オペ子さんたちにもお世話になってます、から…」
「少年くん…」
「本当にいい子ねえ…」
「なんか、申し訳なくなりますね…」
「…でも、その戦争が無かったら、僕はここに居なかったかも…いや、居なかったんですよね…。
このまま、何も知らないまま、弱いままの僕でしかなかったんでしょうね…」
「………」
「ここでユー子さんとグレ子さんが仲良くできるのも、ここがあくまで休戦協定エリア内だからってことはわかってます。
そうじゃなければ、お互いに殺し合うような間柄だっていうのも…」
「「………」」
「かりそめでもいいです。ここにあるような、何でもない幸せが、いつか来ることを信じて、みんな戦ってると思ってますから。
でも、その…僕はまだ戦うことに自信がありません。恐怖に打ち勝てる強さや、自分を信じる力、揺るがない意志…
全部、僕には欠けています。どれかひとつでも、僕が胸を張って持っている、と言えるとき、僕は大人になれる…みんなと
同じ場所に立つことが出来る、そう思うんです」
「そこまで考えられる少年くんはもう大人ですよ」
「そうね。それにそもそも…残念だけど、戦争に年齢も性別も関係ないものね」
「それでも心配なら、少年くんは大人になるまで我がEUSTが責任を持って育てますから大丈夫です!」
「あらユー子、抜け駆けするつもり? GRFは承知しないわよ」
「はいはい、そこまで。これ以上声を荒げるつもりなら容赦しないわよ?」
「それじゃあ、喋るのはやめてババロアを食べる方に専念しましょう」
「賛成」
「…ふふふっ」
「それにしても、少年くんがそんなに大人になりたいって思ってたなんて、知らなかったわね」
「こ、こんなこと話したの初めてなんですから当然ですよ!?」
「本音が聞けて嬉しかったなあ」
「…それじゃあ、今晩も大人の練習しましょうか」
「…え? そ、それは遠慮しま」
「駄目よ。ちゃんとお返しするのが大人の流儀よ」
「それにこんなにいい男、放っておくわけがないじゃないですか」
「ぼ、僕はまだ子供ですから、やめ」
「あら、敵前逃亡?」
「覚悟を決めなさい?」
「男なんでしょ?」
「お、お、おとななんて…おとななんてえええーー!!!」
最終更新:2010年03月25日 01:28