1-297-300

干からびた手を握り締める為に、彼はボトルを放した。
ポリエチレンテレフタレートは、張り裂けるような色をした黄土に落ちて、乾いた音を立てる。



「……熱いな」
額を拭う腕の下に、強い意志を伺わせる茶色の瞳が光っていた。
立ち上る陽炎は、身体に絡み付くようだ。
「この辺りはもう残暑でしょう?」
資材置き場から、華奢な身体付きの少年が鋼材の入ったダンボールを持ち上げる。
両手で抱えるには少し重たいのか、一瞬ふらつきを見せ、しかしすぐに歩き始めた。
「それだけ、じゃないさ」
「また文句が出ますね。“シャワーもろくに使えない”」
「もう一踏ん張りだな。すぐに寒くなる」
苦笑混じりの小さな背中に倣い、男も同じようなダンボールを持ち上げた。
「……よっと」
収まりきらない銀片が顔を出し、ぎらりと太陽を跳ね返す。
整備工から言われていた用事だ。
「重い荷物を持っているときは、歩いていた方が楽です」
「そりゃそうだ」
「なんでかは知ってますか?」
「身体がそう出来ているからな」
「そういう答え方はずるい」
少年は口を尖らせた。
「ご苦労さん」
太い腕は、しかし日焼けとは無縁だった。最近は整備工も、屋外で作業することは少ない。
その代わり、ではないが、無数の火傷の跡が証として残っている。
「どこに積めばいいんです?」
「まあ、そこらに置いといてくれや。後は俺らでやる」
「……いいんですかぁ」
怪訝な表情の少年の頭を、整備工の男はぐしゃぐしゃと撫で回した。
「ニュードと違って、汚染も拡大も無いんだ。それより、次の出撃に備えて休め」
「こき使ったくせにー」
それは言うな、と笑うと、整備工は少年の頭から手を離し、BRの並ぶハンガーへと戻っていった。

それを確認してから、男がポツリと呟く。
「そこらに置いといてくれや、なんて言うけど、本当に置くわけには……」
「いきませんよねー」
しばらく立ち尽くしたあと、結局二人は支柱の足元に箱を置くことにした。
ふとハンガーの方を見ると、先程の整備工と目が合ったらしく、少年が大きく手を振った。
それに応えて整備工の手が小さく挙がる。「ありがとう」、という事だろう。

「さて、と。この後一緒に、お昼食べませんか?」
「うん?」
呆けた表情の男を、少年は円らな瞳で見上げた。
「まだ……ですよね?」

辺境地……スカービ渓谷南端のベースとはいえ、やはり人はそれなりにいる。
兵士、整備士、看護師。それらの多様な職種が混ざり合う食堂は、雑多の一語が良く似合った。

「隣、いいかしら」
男が答える間もなく、黒髪の女性が椅子を引いた。
口の中のウドンをつるり、と飲み込むと、呆気に取られた表情で男が答える。
「……どうぞ」
言い終わる前には、既に着席。ついでに、カレーの臭いが鼻をくすぐっていった。
「あ、おいしそう」
「ウドン馬鹿に言ってやって、少年くん」
喜ぶから。
文句のつけようのない綺麗な姿勢で、女はスプーンを口に運んだ。
ゆったりと口に含み味わう様は、貴族のように優雅だ。
「なんつぅか、不釣り合いだな」
男の感想は意に介さない様子で、傍らのコップを掴み、
「どんな食事でも味わって食べるのがあたしのマナーだもの」
くいっと軽やかに水を煽った。
「わぁ。……お水持ってきましょうか?」
「悪いわね。あんたは?」
「俺は水は飲めない」
代わりとでも言うように丼を抱え、中の汁を飲み干した。

「しょっぺぇ」

「飲めないってどういう事よ」
「その言い方だと、まるでへべれけだぞ」
「ヘベレケ? 何それ」
「呑んだくれ、って意味だ」
黒髪の女の眼差しがキツくなる。
受け流すように男は顔を反らし、背もたれに寄りかかる。
「おおっと」
「喧嘩はやめてくださいねー」
呑気な声が二人の間を飛んでいく。
いつの間に注文したのか、真っ青なソフトドリンクに差したストローをくわえながら、少年は頬杖をついていた。
「別に……」
「気になるでしょ、そういう言い方」
先程の少年と同じような台詞に、男は思わず苦笑しそうになる。が、女のキツい眼差しに、それは押し留められた。
「ニュード汚染区なんだよ」
「何が……」
「俺の故郷」
ごちそうさま、と言って、男はトレーを持ち上げた。


『……干からびた手を握り締める為に、彼はボトルを放した。
ポリエチレンテレフタレートは、張り裂けるような色をした黄土に落ちて、乾いた音を立てる。』


遠い記憶は、ずっと男の芯から離れる事は無かった。


【おまけ】


319 名前:ゲームセンター名無し 投稿日:2009/10/19(月) 18:28:56 ID:hgBKa2v30
1-297-300を読んで、
その後、自責の念に駆られてその日の夜眠れないまじめと
偶然鉢合わせしてそんな気にするなとかフォローする熱血
とか続きを妄想してしまった…。

いかん、このスレは危険すぎる…!


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最終更新:2009年12月13日 13:46
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