干からびた手を握り締める為に、彼はボトルを放した。
ポリエチレンテレフタレートは、張り裂けるような色をした黄土に落ちて、乾いた音を立てる。
「……熱いな」
額を拭う腕の下に、強い意志を伺わせる茶色の瞳が光っていた。
立ち上る陽炎は、身体に絡み付くようだ。
「この辺りはもう残暑でしょう?」
資材置き場から、華奢な身体付きの少年が鋼材の入ったダンボールを持ち上げる。
両手で抱えるには少し重たいのか、一瞬ふらつきを見せ、しかしすぐに歩き始めた。
「それだけ、じゃないさ」
「また文句が出ますね。“シャワーもろくに使えない”」
「もう一踏ん張りだな。すぐに寒くなる」
苦笑混じりの小さな背中に倣い、男も同じようなダンボールを持ち上げた。
「……よっと」
収まりきらない銀片が顔を出し、ぎらりと太陽を跳ね返す。
整備工から言われていた用事だ。
「重い荷物を持っているときは、歩いていた方が楽です」
「そりゃそうだ」
「なんでかは知ってますか?」
「身体がそう出来ているからな」
「そういう答え方はずるい」
少年は口を尖らせた。
「ご苦労さん」
太い腕は、しかし日焼けとは無縁だった。最近は整備工も、屋外で作業することは少ない。
その代わり、ではないが、無数の火傷の跡が証として残っている。
「どこに積めばいいんです?」
「まあ、そこらに置いといてくれや。後は俺らでやる」
「……いいんですかぁ」
怪訝な表情の少年の頭を、整備工の男はぐしゃぐしゃと撫で回した。
「ニュードと違って、汚染も拡大も無いんだ。それより、次の出撃に備えて休め」
「こき使ったくせにー」
それは言うな、と笑うと、整備工は少年の頭から手を離し、BRの並ぶハンガーへと戻っていった。
それを確認してから、男がポツリと呟く。
「そこらに置いといてくれや、なんて言うけど、本当に置くわけには……」
「いきませんよねー」
しばらく立ち尽くしたあと、結局二人は支柱の足元に箱を置くことにした。
ふとハンガーの方を見ると、先程の整備工と目が合ったらしく、少年が大きく手を振った。
それに応えて整備工の手が小さく挙がる。「ありがとう」、という事だろう。
「さて、と。この後一緒に、お昼食べませんか?」
「うん?」
呆けた表情の男を、少年は円らな瞳で見上げた。
「まだ……ですよね?」
辺境地……スカービ渓谷南端のベースとはいえ、やはり人はそれなりにいる。
兵士、整備士、看護師。それらの多様な職種が混ざり合う食堂は、雑多の一語が良く似合った。
「隣、いいかしら」
男が答える間もなく、黒髪の女性が椅子を引いた。
口の中のウドンをつるり、と飲み込むと、呆気に取られた表情で男が答える。
「……どうぞ」
言い終わる前には、既に着席。ついでに、カレーの臭いが鼻をくすぐっていった。
「あ、おいしそう」
「ウドン馬鹿に言ってやって、少年くん」
喜ぶから。
文句のつけようのない綺麗な姿勢で、女はスプーンを口に運んだ。
ゆったりと口に含み味わう様は、貴族のように優雅だ。
「なんつぅか、不釣り合いだな」
男の感想は意に介さない様子で、傍らのコップを掴み、
「どんな食事でも味わって食べるのがあたしのマナーだもの」
くいっと軽やかに水を煽った。
「わぁ。……お水持ってきましょうか?」
「悪いわね。あんたは?」
「俺は水は飲めない」
代わりとでも言うように丼を抱え、中の汁を飲み干した。
「しょっぺぇ」
「飲めないってどういう事よ」
「その言い方だと、まるでへべれけだぞ」
「ヘベレケ? 何それ」
「呑んだくれ、って意味だ」
黒髪の女の眼差しがキツくなる。
受け流すように男は顔を反らし、背もたれに寄りかかる。
「おおっと」
「喧嘩はやめてくださいねー」
呑気な声が二人の間を飛んでいく。
いつの間に注文したのか、真っ青なソフトドリンクに差したストローをくわえながら、少年は頬杖をついていた。
「別に……」
「気になるでしょ、そういう言い方」
先程の少年と同じような台詞に、男は思わず苦笑しそうになる。が、女のキツい眼差しに、それは押し留められた。
「ニュード汚染区なんだよ」
「何が……」
「俺の故郷」
ごちそうさま、と言って、男はトレーを持ち上げた。
『……干からびた手を握り締める為に、彼はボトルを放した。
ポリエチレンテレフタレートは、張り裂けるような色をした黄土に落ちて、乾いた音を立てる。』
遠い記憶は、ずっと男の芯から離れる事は無かった。
【おまけ】
319 名前:ゲームセンター名無し 投稿日:2009/10/19(月) 18:28:56 ID:hgBKa2v30
1-297-300を読んで、
その後、自責の念に駆られてその日の夜眠れないまじめと
偶然鉢合わせしてそんな気にするなとかフォローする熱血
とか続きを妄想してしまった…。
いかん、このスレは危険すぎる…!
最終更新:2009年12月13日 13:46