「ご職業は?」
こう聞かれたとき、「傭兵です」と即答するボーダーは少ないだろうと思う。
私もその一人だった。
TUMOIの私兵部隊から独立して、フリーの傭兵に転向したばかりのころのこと。
企業という足枷から解放されたと喜んでいたあのときの私は、周囲の者が言う通りの、
「世間を知らないお嬢さん」そのものだった。
本当の実戦の厳しさも知らず、そこを生き抜いてきた者たちの強さも持たない半人前でしかなかった。
彼らに出会っていなければ、とうの昔に戦場で命を落としていたかもしれない。
その時期の話をしようと思う。しておかなければならないと思ったのだ。
あれは、熱い夏の日の出来事だった。
GRFが所有する、トラザ山岳地帯のニュード採掘プラントへ攻撃に向かうEUST部隊。
それが、フリーになった私の初任務だった。
『作戦開始まで5分。乗客の皆さん方、所定の配置を完了しといてくれよ!』
『相変わらずの空中渋滞だな。今日も派手なドンパチになりそうだ』
『だから、FCSの様子がおかしいんだよ! ちゃんとチェックしたのか!?』
『おい、3番機! 前に出るか後ろに引っ込むか、どっちでもいい、そこから退け!』
『調子がおかしいって? なら俺が見てみよう。3番機だな!?』
『誰か、偵察できないか!?』
以前所属していた私兵部隊とは明らかに異なる空気に、私は最初からあてられっぱなしだった。
この喧騒は、体験した者にしかわからないだろう。
引っ切り無しに無線が飛び交う。怒鳴り声や下品な野次が多く、コックピットの中にまでその熱気が
伝わってくるかのよう。私はというと、これからやってくる実戦のことよりも、彼らと共に
戦うことへの不安を覚えていた。
まず、声が大きい。いちいち物言いが剣呑で、BRに搭乗していなかったら殴り合いの
喧嘩でも始めそうな雰囲気だ。こんな人たちに、秩序だったBR同士の部隊戦など
行えるのだろうかと、心配になった。
『……6番機! 聞こえているか。6番機』
周囲の喧騒を無視しようと決めていたせいで、危うくその通信を聞き逃すところだった。
「は、はい! こちら6番機」
声をかけてきたのは、この輸送機の1番機。つまり、今回の任務で編成された、
私の所属するブラスト中隊の隊長機からだった。
『なんでも、前は兵器屋の部隊にいたんだそうだな』
通信ウィンドウに現れたのは、精悍な顔つきの男性だった。部隊間で共有されるプロフィールに
目を通したのだろう。私を見る目に好奇心がありありとしているのが見た瞬間にわかった。
「そうですが、それがなにか……?」
『この下に待っている戦場は、おまえが経験してきたそれとはまったく違う。気を引き締めろよ』
「な……」
『ひとまず、展開したら俺のケツについて来るんだ。いいな?』
「……了解しました」
『よし。各機、降下に備えろ! 敵は歓迎の準備を終えているようだぞ』
今思い返しても、もう少し言い方というものがあるだろうと思う。これを気遣いだと
受け取るのは、この時の私には無理な相談だった。
『作戦開始です。出撃どうぞ』
言い返すこともできず、作戦開始時間がやってくる。
『機体良好だ、出るぞ!』
隊長機が、解放されたカーゴから空中へ放り出されたのを皮切りに、順次BRが降下を始める。
ほどなく、私の機体の番がやってきた。
『幸運を!』
オペレーターの声が降下開始の合図だった。一呼吸置き、機体の状態をチェックするのを
忘れなかったのは、訓練の賜物だろうか。
「全システムの起動を確認……出撃!」
直後に強烈なG。そして浮遊する感覚。空中に飛び出した私の目に、同様に降下していく
BRが何機も飛び込んでくる。
『現在、戦況は膠着しています』
私たちが目指す山岳地帯の中腹。戦闘区域に指定されたエリアの南東に巨大な
ニュード採掘施設が確認できた。それより北西の位置で、すでに交戦が始まっているのだろう。
いくつもの火線や、ジェットエンジンの軌跡が瞬いている。
『降下後、前衛の支援に回るぞ』
数百メートル先を降下中の隊長機が、いちはやく降着姿勢に移っている。前線から数キロの
地点に降下を果たした私たちブラスト中隊は、速やかに前進を開始した。
『周囲の警戒を怠るなよ! 6番機、偵察を頼む』
「りょ、了解です。索敵開始!」
即座に、背中に搭載するアウル偵察機を前線に向けて射出する。
使い捨てタイプのこの偵察機は、空中から地上のBRを探知し、IFF(敵味方識別装置)に照合して
お互いの位置を確認するのに欠かせない。データリンクによって全機体が敵の位置情報を
知ることが、どれほどの有利かは説明するまでもないだろう。
『よし、4番機、7番機はこの場で砲撃支援だ。8番機も残れ。この地点を維持しつつ火力支援を行うんだ』
一糸乱れぬ、とはこういうことを言うのだろう。空中で騒ぎ、喚いていた人々と同一人物とはとても思えない、
統制の取れた動きだった。4番と7番の重火力兵装機は、榴弾砲を構え、私の放った偵察機からの情報を待っている。
狙撃タイプの8番機は後方に移動していく。2機をケアするために、最適な狙撃ポイントでアンブッシュするつもりだろう。
『残りは俺と来い! 前衛が素敵な事態に陥っているようだ』
『手榴弾!』
『14時方向に敵機だ』
突然、3番機が叫び、8番機が告げた。なんのことかと問い、愚か者になることを、私は寸でのところで免れた。
中隊のすぐ付近に、3機の敵影が映し出されており、1機が既に撃破されている。
いち早く敵の襲来を察知した8番機が、敵機の破壊を優先した結果だった。
そして、撃破された敵機が最後に投げ放った手榴弾が、私たちの中隊目掛けて飛来しつつあったのだ。
『散開だ。あの敵は2番と5番、9番機で追え。逃がすなよ。始末したらすぐに合流しろ』
『了解です。さあ、行きますよ!』
『あの程度の数で来るとは、無謀だな』
後方で手榴弾が爆発する。有効射程から逃れたおかげで、傷を負った機体は出ていない。
『残りは前線だ。行くぞ!』
出鼻を挫かれ、混乱状態に陥った敵へ襲い掛かる味方機を尻目に、残った5機は前進を開始する。
『敵の足が速いぜ、隊長!』3番機が叫ぶ。
『ああ、わかっている』
今度は、私にもわかる。この何秒間かの間、前線で戦闘を行っていた味方部隊が壊滅状態になっていた。
『全機、戦闘機動。いい気になっている敵の鼻柱をへし折ってやろう』
『了解だ!』
『了解』
無謀としか思えない選択だった。こちらの数は少なく、敵の数は多い。
正面からぶつかれば、無事で済むとは思えない。
「無茶です! 敵の……」
言いかけたところに、至近弾。話をしている時間はすでになくなっていた。
「く……ぅっ!!」
後退してくる味方のBR2機に対して、追撃をかけるBRが5機。
その後方にも3機以上の敵機が存在していることを、偵察機が告げている。
『タイミングを合わせろよ!』
背中のマウントから大剣を引き抜いた隊長の機体が、空を仰ぎ見た。つられて私も上空を見上げる。
機体各所に設置されたマイクが、あの独特な甲高い音を捉えたのが、ほぼ同時だった。
後方からの遠距離砲撃が、敵の中央に着弾した。前進していた5機のうち、1機が直撃弾を受け、バラバラになりながら吹き飛んでいく。
残りの4機はいまだ健在だったが、長くは持たなかった。
足並みが乱れたところに、隊長機が近接戦闘をしかけ、たちまち1機を両断した。
3番機はその後方から狙いを定め、ヴォルペ機関銃で敵機の頭を打ち抜いている。
10番機が手榴弾を構え、敵の後方へと立て続けに投擲する。不利を悟って後退を始めた
敵機が投擲ポイントを通過するのと、起爆は同時だった。憐れな敵機が宙を舞う。
後退してきた2機の味方機が、最後の1機を蜂の巣にした。
数秒の間に決着が着いてしまった。
その間、私は、なにもしていなかった。
『さすがの手並みですね』
『ならばこちらも仕掛けよう』
“あの敵”を倒した味方機が、迂回進路をとり、こちらに向かっていた後方の敵部隊に襲い掛かる。
『このまま前進だ。そこの2機、まだ動けるか!』
『ええ。助かりました。我々も同行します』
『よし、行くぞ! 6番機、索敵を頼む!』
「……は、はい!」
結局、このあとも私は戦場の大半を傍観者として過ごしただけだった。
索敵と周囲警戒に終始し、傷ついた味方機の修復を行う。そうこうしているうちに、気付いたら戦闘が終結していた。
“9機の”BR中隊の活躍で、EUST陣営がGRF陣営を圧倒し続け、私たちの勝利するところとなった。
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「浮かない顔じゃないか」
隊長が声をかけてきたのは、戦闘終結後。基地に帰投し、機体チェックを終えた私がガレージから出たときのことだった。
「……隊長、その」
「“足手まといになってすみません”。そんなところか?」
機先を制して、隊長が発した言葉に、私は心の底から驚いていた。
この時、自分はどんな顔をしていたのだろうか。思い返すだけで顔から火の出る思いだ。
「……申し訳ありません」
「おまえは、自分の責務は果たしていたと思うがね」
「そうでしょうか?」
とてもそうは思えなかった。後ろから、隊長たちが戦うのを見ていただけだったのだ。
それだけではなかった。私が言葉を続けようとしたところを、隊長が手で制した。
「話は変わるが。このあと時間はあるか?」
「は?」
「呑みに行くんだ、皆で。隊長のおごりだぜ!」
背後から、突然大声がして、私はひっくり返りそうになった。
短髪の男性がそこに立っていた。私と大して歳の変わらないように見える。
「3番。驚かせるもんじゃない」
「うへ。任務は終わったんだから、番号はないんじゃないか?」
「ならおまえも、その隊長というのはやめろ」
「あ、あの……」
「で、だ」
「ともかくだ」
この人たちは、私に喋らせてくれない気なのだろうか。
2人が揃って私の方を見て、
「行くだろう?」
異口同音にそう言う。その有無を言わさない態度に、私は思わず頷いてしまっていた。
お酒なんて、そのときまで口にしたこともなかったのに。
連れていかれたのは、基地の片隅に1件だけしつらえられたバーだった。
そこで、機上の会話のみだった残りの8人と、初めて顔を合わせた。
2番機。とても紳士的な人。でも、自意識過剰で、ちょっとくねっとしているところが珠に瑕。
3番機。日本人。口が出るより速く手がでる、よく言えば熱血漢。
4番機。とても体の大きな、強面の人。でもとても優しい人。
5番機。クールな人。この人が慌てていたところは見たことがない。
7番機。最年少の男の子。私よりも年下で驚いたくらい。でも、戦歴は長いんだそう。
8番機。冷静な人。5番機の人と雰囲気は似ているけど、熱くなると我を忘れるところがある。
9番機。とても無口な人。喋っているところを1回しか見たことがない。
10番機。陽気な人。でも口が悪い。3番機の彼とはよく罵り合っていた。
そして、隊長さん。どんな人かは、今まで書いてきたとおり。
彼ら9人は、機会さえあれば同一部隊で行動を共にする、名うての傭兵集団だと、
バーのマスターから聞いたのは後の日のこと。元々は大規模なBR部隊に所属していて、
隊長がフリーに転向したのをきっかけに、皆あとを負うようにマグメル社所属のフリーの傭兵に
転向したのだという。
「おまえと同じで、企業の犬だったのさ」とは、3番機の彼の言葉。
とにかく。私がその列機に加われたことは、どうやら大変に幸運なことだったようなのだ。
「我らが列機に加わった、ファースト・レディに乾杯だな」
皆と並んでテーブルを占領し、生まれて初めて飲むビールを手にしたとき、隊長がそんなことを言った。
「まさかこんな日が来るとは。戦争の歴史の新たな1ページですね」
「いや、我々の巡り合わせの問題だろう」
「実際、女性のボーダーは今じゃ珍しくもねえだろ」
「女運が悪いのは今に始まったことじゃねえよ。そうだろ5番?」
「おまえと一緒にするな」
誰かが口を開けば、誰かがそれに応える。とても口数の多い人たちだった。一部を除いて。
ファースト・レディというのはなんなのか。と聞くと、
「俺たちの部隊で一緒に戦った女って、おまえが始めてなんだ」
なんとも簡単な答えが返ってきた。
「それだけですか?」
「それだけですとも。ですが、それこそ重要なことだとは思いませんか?」
2番機が大仰に言うところに、10番機が口を挟む。
「同感だね。じゃなきゃ、こうして女の子と酒を飲むなんてこたぁ一生無かったかもしれねえ」
「おまえだけだろう」5番機がそう言い、
「そうだな」隊長と、
「そうですね…」7番の男の子と
「そうだろ」3番の彼が口々に言う。
「…………」
なににつけ、彼らは万事が万事、こんな感じだった。
私の戦場での働きぶりについても、彼らは容赦がなかった。
「偵察やリペアの動きは抜群だったろ」
「だが、偵察機からの情報に頼りすぎだな。横や後ろに目を付けないと」
「あそこで俺がフォローしてなかったら、直撃だったろうな」
「はい、あの……すみません」
「最初は誰でもそんなもんだろ。なあ」
「あの、いえ。最初じゃないんですけど……」
「あんまり苛めてやるもんじゃないぞ」
言葉の機関銃で体を打ちのめされている気分だった。だが、隊長が言うような、苛めなどでは決してない。
それは隊長自身もわかって言っていたのだろう。純粋に、すべきだったこと。するべきではなかったことを、
彼らは振り返り、反芻する。それもこれも、生き残るために。“もしもあのとき”などという、後悔に基づく
希望的観測は、この場は一切存在していなかった。
戦場では一矢乱れぬ連携で敵を打ち、帰ってくるやこうして飲み騒ぐ。戦場で散った者達に祈りを捧げつつ、
自分たちがその列に加わらないためにどうすべきか分析をする。これが彼らとの日常だった。
そう。私は、なぜだかこの後も、彼らと共に作戦に出撃することが当たり前になっていくのだ。
私自身がそう希望したのも原因のひとつだろう。彼らと共に戦場へ行けば、生き残れると思ったのも認める。
それ以上に、彼らと共にあることに、充実を覚えていた。自分に足りていない何かが、ここにはある気がした。
けれど、そんな日々が永遠に続くものではないということを、私は思い知ることになる。
最終更新:2010年05月17日 00:32