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 「やってらんないっすよ」
 グレイの短髪をつんつんに逆立てた、砂漠仕様のアーミースーツに身を包む、20かそこらの青年がぼやいた。空のジェリ缶に腰を下ろしたまま、雑な味のアルコールをあおる。
 ニュードは確かにエネルギー革命を起こしたが、電気はもちろんニュードにもなくてはならないし、前線のトラックなんてのは未だに液体燃料だ。
 家庭にニュードが浸透するのは夢のまた夢。おそらく、これからも液体燃料は一定の需要を保ち続けるだろう。
 なにしろ、人類と歩んできた歴史が違う。使い勝手のよさでは他の追随を許しはしない。
「やってらんないっすよ」
 砂に汚れたジェリ缶の上の青年が続けた。
「今日もまた横の部隊のへヴィガードが二体やられた。装甲?そんなのが何だってんです。あれじゃあただの棺桶だ。重い分逃げ切れない。このままじゃジリ貧ですよ!畜生、あの菱型野郎!」
 菱型野郎、トラザ山岳地帯で確認された新型を、この部隊ではそう呼んだ。光学迷彩を装備し、新型ニュード狙撃銃でベース付近からブラストを狙撃する。ベース中間のプラントでの乱戦が予想されたために、重火力兵装のへヴィガードを中心に部隊を構成したのがあだになった。
 エレファントの反動を抑えようと、腰を据えて射撃しようものならそれで御終いだ。ニュード防御に気を使ってなどいない無骨なHGの頭部は吹き飛ばされ、機体制御を失っている。
 その今までにない射撃精度と、風に流されず高威力のニュード銃に、GRFの雇った傭兵部隊はどこも、無視できない被害を出していた。迷彩が切れた隙に、菱型の肩を覗き見ると、黄色の星がロールアウトカラーの右肩をにぎやかに埋めている。
「落ち着け」
 顔に皺を刻みはじめた中年男性が、筋肉質な体を焚火の前に据えて、言った。
 年季の入ったバトルスーツをきっちり着込んでいる。乾燥地の夜は、冷える。
 彼は、勝手者揃いの傭兵部隊の隊長を務めていた。最近胃の痛みが無視できなくなってきて、次の休暇には内科医にかかろうと心に決めている。
「仕方がないだろう。何しろこっちは傭兵部隊なんだ。テスト中の新型でも欲しいなら今すぐGRFの事務所に行って来ることだな、当分はクーガーに乗れる。あれはいい機体だ」
「新型なんてもの、乗りたいわけじゃないですけど!くそ、こんなことならシュライクなんて乗ってるんじゃなかった!ツェーブラなら前線に出られた!」
 彼は、強襲仕様のシュライク乗りであった。頭部は軽量のタイプⅤ、胴と腕は金がなくてⅡ、足はタイプⅡに無理やり鹵獲したへヴィガードのブースターをつけたタイプⅤもどき。メンテナンスを怠るとたまにエラーが出る。
 デュエルソードを担いで、サーペント――M99を携えた、高機動機だ。HGが道を空けたあとのベースへの突撃は、主に、彼とその小隊によって行われる。
 青年は、アルコールを一気にあおる。焚火がぱちぱちと、彼を赤く照らした。
「おい、酒はその辺にしとけ。こっちは有るものでやるしかないんだ。おい!」
 屈強な体を後ろに向け、ベテラン兵が叫ぶ。
 機材の設置されたテントの下で、なにやらブラストの調整をしているらしい男性二人が振り返った。
 バトルスーツから覗く色白な肌に、パープルのウェーブした長髪の映える、長身の男性と、小柄な、女性と見間違いそうな、童顔にブルーのチャイルドカールの少年だ。
「何でしょうか、調整中なのですが」
 独特なイントネーションで、長身が答えた。
「菱型野郎のことだ。お前、あいつとやり合って勝てるか」
 彼は、狙撃仕様のツェーブラ乗りだ。41型頭部に脚部、39型の胴体に腕。この地域での部隊は、大体このアセンブリで狙撃機を構成する。
 近付けない以上、カウンタースナイプでひし形を仕留めるしかなかった。躊躇する間もなく、長身が口を開く。
「無理ですね。迷彩はあっちの方が性能が上ですし、あの形状じゃあ、三八改の銃弾では……。ふふ、こないだのあれ、あるでしょう。あれを使えて二分、ですかねぇ」
「あれか……信用ならないな」
 あれ、とは、ニュード狙撃銃の試験機のことだ。前回の補給時に接触した死の商人から、二束三文で押し付けられた。
 傭兵に試験機なんてものを使いたがる奴は、居ない。
「ですが、あの形状、実弾じゃあ流れて終わりでしょうねえ」
「……調整はすぐ終わるのか」
 変わって、少年が答える。ツェーブラとエンフォーサーを組み合わせた中量支援機乗りで、支援機乗りという役職上部隊のメカニックも兼任している。
「はい、次に仕掛けるまでには確実に。明日中には試射も行えます」
「そうか。よし、いいだろう。やれ。他に何かあるか?」
 今度は長身だ。
「支援機を一機、観測手にいただければ。索敵機で場所を割り出して、座標を頼りに狙撃するしかない。アウル二機で、立体観測をしてもらいます」
「判りました。センサーをアウルに積み替えておきます。隊長、よろしいでしょうか」
 ベテラン兵が頷く。
「ああ」
 少年が、思い出したように口を開く。
「そういうことなら、あっちの部隊にも話を通しておきますか?」
 あっち――GRFトラザベース所属の、女性部隊のことである。
 どうやら部隊にブラスト開発に関わる者が居るらしく、新型の試験部隊として運用されているようだ。
 ケーファー42のバージョンアップタイプに、どうやら対ニュード装甲処理でも試しているらしく、菱型に狙われて唯一、機体を持ち帰っていた。
「……俺はあいつらが苦手だ」
「彼女らはそうでもないみたいですけどね。特にあのお下げに眼鏡の人」
「嫁と娘が居る。今時珍しく、通帳は俺が管理していいんだ。おまけに美人だ」
「わかりました。何時もどおり、僕のほうで話を通しておきます」
「頼んだ」
 頭を下げ、長身と少年は機材の元へと戻った。これから大忙しである。
「おい」
 つんつん頭の青年が、アルコールに赤くした顔を向けた。未だに不満げな顔である。
「……なんですか」
「聞いていたな。お前も付いていって来い」
「何でですか。小隊のブリーフィングだってあるんですよ」
 またも食って掛かる。青年も一小隊の長であるし、何しろ彼らは傭兵であるから、ある程度は緩さがあった。
「お前が行くとあそこの隊長さんの心が広くなるんだよ。いいから行って来い、勝手な話をしに行くんだ、厄介な条件でもつけられちゃたまらん」
「俺だってあそこの隊長は得意なわけじゃないっすよ……正規階級的には上官だし。あと俺、あのボブカット苦手なんですよ。幼馴染に似てて」
「俺も苦手だ。指揮官服なんか着やがってまあ」
 二人そろって苦々しく顔を歪める。
「まあいい。お前が行くのは決定だ。それより、装備のことだ。今回は俺たちアサルトがセンサーの代わりもしなくちゃならん。お前らのシュライクがちょろちょろする番だぞ」
「コア攻撃用のシュライクだっていうのに……わかりました。防衛用に強化グレネードを持ってきますよ」
 ようやく、青年の顔から不満が抜ける。めどが立った菱型攻略に、溜飲を下げたようだ。
「ようし。俺は何時も通りで出る。どうせやることは変わらないんだ」
「いい加減、エンフォーサーに乗り換えたらどうですか。同じTSUMOIだし、操縦系も挙動も変わりませんよ。噂じゃあそろそろバージョンアップするらしいですし」
「馬鹿野郎、バージョンアップしたての機体なんか高くて買えるかよ!あんなに大幅に変えちゃあ新型と何の代わりもねえじゃねえか。それに、俺はあいつが使いやすいんだ」
「危なっかしい…昨日もスマックで右肩吹っ飛ばされてたじゃないですか。あれのいいとこなんて交換パーツが余ってることぐらいですよ。ペイロードないし」
「癖がなくて使いやすいとこも、だ」
 ベテラン兵は腰を上げ、プラントに停めたカーゴに向かっていった。
「ったく……今更なにがいいんだか、クーガーなんて」
 GRFが世界に誇る汚点、夜空に輝くエイオースを見上げて、青年はつぶやいた。


「ふん……最近の奴はすぐメカに頼りやがって。HGもシュライクも、AEのはバランスが悪ぃんだよ」
 カーゴの幌を外しながら、ベテラン兵は呟く。
 カーゴの荷台には、窮屈そうに、彼のクーガーが寝っ転がっていた。クーガーの足元には、ヴォルペ突撃銃と41型強化手榴弾のコンテナがある。
 荷台の脇のラックには、マーシャルソードがくくりつけられていた。
「ブラスト戦なんてのは結局立ち回りだ。HGもシュライクも、オールマイティに戦えないんじゃ話にならねぇ。その点、こいつはいい」
 クーガーのコクピットを開いた。ウィスキーの瓶と、家族の写真がメインモニタの横に置いてある。
 胸ポケットに入れたチョコバーを齧り、クーガーの炉に電源を入れ、今日三回目の動作チェックを始める。前回の戦闘で破損した肩を取り替えたので、未だに挙動が安定しないのだ。
 設定をいじって、カーゴの上で何度かマニピュレータを動かすが、動作にラグが目立つ。
 ――支援機を連れてきて、リペアをかけて強引にシステムを組みなおすか。
 そう思って、コクピットから這い出ると、クーガーが月明りに照らされ、その全身を闇の中に浮き上がらせていた。
 赤い、光沢のペイント。よく月光を反射する。
 赤はエースの証。餓鬼のころに好きだったロボットアニメに憧れ、部隊を持ったとき機体を赤く染めた。
 エース級ではあった。ただ、彼のようにスマートには戦えなかった。泥臭い戦争だ。仮面をかぶってないからだろうか。やめよう。仮面をかぶったら嫁が泣く。
 今では、赤のペイントにところどころ、別の色が混ざる。オリーブドラブの右腕、鹵獲したへヴィガードからもぎ取ったブースターはガンメタルブラックのままだし、脚部前面装甲も、一部がガンメタだ。
これもへヴィガードからもぎ取って、無理やりくっつけた。
 どだい、ノーマルのクーガーで戦い続けるのは無理だったのだ。今戦場にいるクーガーの殆どは、生き残ってゆくために独自の改造を施されたカスタム機だ。
 だからこそ、彼らはクーガーを捨てられない。専用のカスタムでクーガーは彼らの手足に同化しつつあるし、愛着もある。
「エンフォーサー、か」
 カタログスペックでは、次世代機はペイロードとブースト速度を両立したらしい。エネルギー容量もあるようだし、新世代のバランス機として戦場を支配する日もそう遠くないのかもしれない。
 操縦系も変わらないので慣熟訓練も殆ど要らないだろう。予想外の高性能に戸惑うくらいか。
 クーガーの足のせいで諦めていたティアダウナーも積めるとなると、惹かれるものもある。今の手持ちパーツを抵当に入れれば、スコーピオも買えるだろう。
 最近では、新兵へエンフォーサーⅠ型を支給しようかなんて話も出ているとか。どうせすぐに中破、良くて小破するクーガーより、最初からエンフォーサーのほうが役に立つんじゃないかとまで言われているのだ。
 もちろん、そんなことにはならない。中古機に在庫の多いクーガー以上にコストパフォーマンスの良い機体はないし(新兵はすぐにこけてブラストの膝を壊す)、この安定感は訓練機にぴったりだ。
  愛機を見やる。
 クーガーの単眼カメラアイが、エイオースを見上げている。
 顔の横には、クーガーⅡ型の特徴とも言える、アンテナがにらみを利かせている。
「そうだよなあ、高い金払ってバージョンアップまでしたんだよなあ…」
 クーガーが戦場を駆け、一年近くたったころ、クーガーⅡ型の支給が始まった。
 駆け出しの新兵だった彼は、なけなしの金を払って(そういえばあのころはまだ新婚だった)クーガーのバージョンアップパーツを購入したのだ。正直、ちょっと待ってへヴィガードにした方がよかったか、とは何度も思った。
「あの時はこいつがよかったんだよなあ」
 子供のころに憧れたロボットに似ているからだろうか。信頼性からだろうか。あの時は、へヴィガードなんてもの、微塵も購入する気が起きなかったのである。
また、貯金通帳の問題から、クーガーを抵当に入れないとへヴィガードが買えなかった、というのも原因のひとつかもしれない。
「なんにせよ、あるもんでやるしかねえよなあ…」
 ちょっとだけ、出来たら今度はエンフォーサーⅡ型を、それか新型を鹵獲してこようかな、と思った。
 クーガーは、飽きもせずエイオースを見上げている。


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最終更新:2010年05月17日 00:41
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