その瞳に写るもの

「…あれ?」
熱血がそれに気が付いたのは、日課であるロードワークの時だった。
彼が<<ボーダー>>になってから一日も欠かさないロードワークに、少女が同行する様になって半年近く経っていた。
装備や技術が拮抗した時、生死を分かつのは基礎体力の差である。
気力や集中力といった精神面も、基礎体力という土台の上に成り立っている。
長い時間を<<ボーダー>>として過ごしてきた熱血はそう信じていた。
時代錯誤の体育会系思考と批判をされる事もある。
ニュード戦争の初期とは違い、戦闘区域、戦闘時間、投入戦力や使用兵器も厳しく制限されている現在。
当時と現在では戦闘の様式が全く異なっている。
作戦行動の為に<<ブラスト・ランナー>>のコクピットに三日三晩篭る事も。
補給が途絶えた中での篭城戦も、不眠不休の密林行軍も、最早起こり得ないだろう。
基礎体力は、今やそれほど重要な要素では無くなっているのだ。
女性や未成年の<<ボーダー>>が多いのも、こうした事が要因の一つである。
だが熱血は、今まで自分が生き抜いてこれたのは、不断の積み重ねによる基礎体力のお蔭だと信じていた。
ベテランの様な戦術眼も、クールの様な天才的技量も、ナルシーの様な理不尽な程の完璧さも持たない自分。
そんな自分が出来る事は、コンディションを保ち、常に100%の実力を出せる様にする事。
それには高い基礎体力が必要なのだ、と。
若く(幼くと言っても良い)して<<ボーダー>>となった少女に、指導係の熱血は己の実体験を交え基礎体力の重要性を説いた。
少女は熱血の教えを素直に聞き、いつしか二人の早朝ロードワークはブロッサム隊の日常の風景となった。

「はい、お兄ちゃん。」
メニューを消化した少女が、熱血にミネラルウォーターのボトルを差し出す。
そんな少女の頬を両の掌で包み、無言で顔を覗き込む熱血。
「え?えぇ??」
近付いてくる熱血の真剣な顔、その瞳に自分の顔が映っている。
少女は自分の顔が赤くなっていくのが判った。
「(これって、キ、キス?
  キス、だよね?だよね?
  どうしようどうしようどうしよう?
  まだお兄ちゃんに好きって言ってないよ?
  でも、お兄ちゃんからキスしてくれるって事は、お兄ちゃんも私の事?
  そうだったら嬉しいけど、こんな急に?
  えっと、落ち着くのよ、私。
  そうだ、素数、素数を数えて落ち着くの。
  1、2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、47、53、59、61、67、71、73、79、83、89、91、97…
  あれ、1って素数だっけ?
  え~ん、どうしたら良いの~?)」←この間約0.98秒

「…気の所為だったか。」
少女が覚悟を決めその瞳を閉じようとした瞬間、熱血はそう言い少女から顔を離した。
「えっと、お、お兄ちゃん?」
ほっとしたような残念だったような、複雑な気持ちを小さな胸に仕舞い込んで少女は尋ねた。
「ん、あぁ、悪ぃ悪ぃ。
 なんかな、少女の瞳が一瞬、紅く見えた様な気がしたからさ。
 どうも気の所為だったみたいだ。」
「…気の所為、じゃないよ。
 私の目、珍しい色素が入ってて、光の反射とかで紅く見える事があるんだって。」
「へぇ~、そうなのか。」
「…気持ち悪く、ない?」
「いや、全然。
 『感情が昂ると瞳が紅くなる』、とかだったら厨二病っぽくてもっと良かったかもな。」
「え?
 う~ん、そうかな??」
少女には、熱血が言ってる事の意味が良く判らなかったが、嫌われていないと判っただけで充分だった。
「さて、朝飯にするか。」
「うん!」

食堂に向かう二人を、影から見送る二人が居た。
「朝から良い物見ちゃいましたね。」
「『早起きは三文の得』と言いますからねぇ。
 いやいや、甘酸っぱいですねぇ。」
「あの一瞬の少女ちゃんの表情、ときめいちゃいますね。
 次回作に使わせてもらおうかな。」
「まだ隊の皆を漫画のモデルにしてるんですか?」
「まぁまぁ、ナルシーさんはカッコ良く描きますから。」
「私は今のままでも充分カッコ良いんですがね。」
 しかし、熱血君の鈍さには、改めて感心すらしますね。」
「少女ちゃんが馬鹿兄貴を押し倒す位しなきゃ進展しませんよね。」
「それは、なかなか刺激的な展開ですね。
 少し策を練るとしましょうか。」
「その羽根扇、何処から出したんですか?」

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最終更新:2010年07月20日 08:56
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