熱血の話

 不躾に起こされた。意識が混濁している。起こされた、というのは意識が自我を為した事後に認識した
事象だから、正確には完結しており「起きた」というのが正しい筈。だが「不躾に起きた」という用法では
自ら進んで覚醒した表現になってしまい、第三者によって与えられた事象を示すには矛盾が起こる。
いやしかし影響を与えたのは第三者であっても「目覚めた」のは自分であって、目覚める事が出来るのは
自分自身でしか認識し得無いのだから「不躾に起きた」としてもまちg・・・。

クール「何をぶつぶつ言っている?・・・起きろ」
熱血「・・・んぁ?」

 寝惚けたまま、ベッドの上で上半身を起こす。傍らにはクールが立っている。少し、不機嫌そうだ。
眉間に軽く、皺が寄っている。あぁ、コイツの場合はいつもか。朝の条件反射みたいに頭をボリボリ
掻きながら聞いてみた。ベッドの白い波間が暖かい。さっきまで何考えてたんだっけな?

熱血「・・・今日は俺達、非番のはずだよな。朝っぱらから人の事起こして、何かあったのか?」
クール「・・・もう昼過ぎだ・・・整備班長に頼まれた。お前を呼んで来い、とな」

 微かに呆れたような表情を見せてから少しの間を置いて、含みを持たせてクールはそう言った。
これは、つまり整備班の長(オヤジ)からの「何時まで寝てんだ、こちとら休みなんかねぇんだ!」
「話があっから飯だとかシャワーだとか生意気抜かしてねぇでとっとと来やがれ!」ってな
メッセージで、クールの奴は恐らく休日の機体整備をするべく工場(こうば)に足を運んでいた為に、
俺へのメッセンジャーに選ばれてしまったんだろう。

熱血「っか~~~・・・マジかよ・・・」
クール「いつもの事だろう。さっさと済ませて来い、待っていてやる」
熱血「・・・あー。それって昼飯おごってくれるってk」
クール「さっさと行け!」
熱血「へいへいっ」

気のみ着のまま、寝ていた時のままのタンクトップとハーフパンツ姿から、部屋据付の椅子の
背に放り投げて置いたジャンパーを引っつ掴むと、俺はサンダルを突っ掛けて戸口に立った。

熱血「あれ、そう言えばこの部屋鍵掛かって無かったか?まさかお前、合鍵とか勝手に・・・」
クール「そういう冗談は、寝る前に鍵を掛ける癖を身に付けてから言うんだな」

 相変わらず取り付く島も無い。肩をすくめて見せると俺は、居心地の良い自室っていうか
ベッドの上を後に、行きたくも無い整備工場へと向かった。コーヒーくらいは飲みたかったな・・・。


 ----整備 工場----------------------------------


 工場は兵舎の、割と近くにある。同じ敷地内に在る別の建屋ってところだ。歩いてもそんなに
時間は掛からないが、歩いて行ったんじゃ、多分またオヤジに怒鳴されるんだろうな。
「なぁ~にチンタラ歩いてんだ!」ってな具合で。気付けば俺は走っていた。
サンダルだから走り辛いが、オヤジの事だ。何処で見てるか分かりゃしない。

 少し走ると、BRのハンガーが丸ごと数基も収まるような、灰色の倉庫が並んでいるのが見えてくる。
この一つ一つが整備中のBRを預かる整備班のテリトリー、俺達が工場(こうば)と呼ぶ場所だ。
俺が訪れると大抵の場合、オヤジは3番工場に居る。何故3番工場に居るのかは知らない。
取り合えずはいつもの通り、一番手前にある1番工場の入り口で「すんません!熱血です!」って
大声張り上げるか。と、思って見ると・・・オヤジ、今日に限って1番工場の正面に仁王立ちしてやがる。
・・・やばいな、そんな拙い事しでしかちまったのか・・・。

熱血「オヤジさん!すんません、遅くなって!」
オヤジ「・・・応、今日は早かったな。」
熱血「えっ」


あまりにも予想外の返事に、俺の思考が一瞬で固まった。真っ白な白髪頭に、皺深い顔。
頑固者らしくその顎骨は広くて厚く、柳眉に至ってはVの字を描きそうな勢いだ。
パッと見た感じはいつものオヤジなのに、今日はなんか違う。
きっと俺は、文字通り鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたと思う。
が、そんな事は眼中に無い、とばかりはオヤジは話を続けた。

オヤジ「呼んだのは他でもねぇ。お前、いつまであんな乗り方すんだ」
熱血「・・・やっぱしその話ですか」
オヤジ「他に何がある?・・・以前、言った筈だ。BRにはBRの、相応な乗り方があるってな」

 そこで一度言葉を切ると、オヤジは作業着のポケットからタバコの箱を取り出して一本咥え、反対側の
ポケットから取り出したジッポーで火を点けた。シュボッという特有の着火音の後に、オヤジが一息
吐き出すと、紫煙が互いに、複雑に絡み合いながらゆっくりと昇って行く。
その煙を眺めるとも無く眺めながら、オヤジが話を続ける。

オヤジ「BRの構造の話をしてもお前にゃチンプンカンプンだろうが、アレじゃ可愛そうだ。BRがな」

 以前から再三注意を受けていた話だ。オヤジから聞かされるまで、俺は自分自身のBR操縦には
取り立てて疑問を感じてはいなかった。「巧いと思っていた」って意味じゃ無くて、
「BRは俺の操縦に応えてくれる」って意味で。

 ブーストダッシュやAC、ジャンプ動作を行う際に、俺がある特定の動作を行う事が問題だ。と
オヤジを始めとした整備班の連中は口を揃えて言う。それは簡単な動作で、進行方向と対象的な物体が
ある場合、それが建物だろうが地面だろうが敵BRだろうがお構いなしに、”蹴る”って事。
一瞬でも早く相手の懐に飛び込みたい。前に出たい。そう思って、あんまり良く無い頭を振り絞って
考え出したのが”蹴る”事だった。蹴った瞬間のBRは、片足で制御しなくちゃならない。
少なくとも空中では片足を気にする必要は無い。初速を稼げる。俺なりに色んな事を天秤に掛けて、
この方法を選んだつもりだった。

 でもそれは、BRがそういう動作を想定していない以上、とんでもない負荷を産んでいるらしく、
オヤジ曰く「初めて”蹴った”戦場で、最後まで立っていられたのが奇跡」なんだそうだ。
 BRの膝や足首と言った関節部には、柔軟で素早く動けるよう、動作感知・制御用のセンサーと
ニュードを用いたエンジン・アクチュエータ、サスペンションの類が複雑怪奇に組み込まれて
いるらしく、その中でもアクチュエータとサスペンションは蹴る動作なんぞは想定していない為、
戦闘後の俺のBRはその部分のメンテナンスが大変な事になるらしい。

 余談になるが、一部ボーダーの間で何らかの意思表示に行う「屈伸」が流行っているが、
これを過多に行う場合に、BRの一部動作で不良を起こすのは、積もり積もって
前述の部分や制御用のセンサーがイカれてしまう為に起こるのだそうだ。

 それでも一度は身に付けた操縦技術。戦場では、気付けば使っていたってのが現状で、また
オヤジに呼び出されて説教、注意。また戦場で振り出しに戻る。今までこんな具合の繰り返しだ。

熱血「オヤジさん達にもBRにも甘えてるのは承知してます、すんません。でも・・・」
オヤジ「こんな乗り方してよ、戦場で動かなくなったらどーすんだ?」
熱血「・・・それは、そん時考えます」

 今日はいつみたいに怒鳴(どや)して来ない分、調子が狂う。
あれか、怒鳴っても効果が薄いってんで宥めすかそうって手なのか?

オヤジ「それで良いのか?俺にゃお前さんが、自殺志願者にしか見えねぇぞ」
熱血「そうなるまでに一度でも多く前に出て、一人でも多くの仲間が生きて帰れたら、満足です」
オヤジ「惜しくも怖くもねぇのか」
熱血「命が惜しいならここには居ませんし、俺がビビッてたら気持ち悪いでしょ?」
オヤジ「・・・お前・・・クールが言うように、本当に猪みてぇな野郎だな」
熱血「褒め言葉だと思っておきます」

 そこでオヤジは静かに目を閉じた。仁王立ちのまま、タバコを咥えたまま、静かに。
何か思案している風にも、心底呆れた風にも見える。ややあってからぼそりと呟く。

オヤジ「・・・たまにはお前の方から顔出しに来い」

 そういう事だったのか。何故、何度も同じ事で呼び出されたのか、やっと分かった。

 いや、根本的に悪いのは忠告を聞かない俺の方なんだけど、やっぱ頭悪いな俺は。
 オヤジ、心配しててくれたのか。ボロボロになって帰ってくるBRを見て、
 俺が生きて帰って来てるのか。

 何だか急に、目の前が明るく晴れたような錯覚を、俺は感じていた。
 主観ってのは不思議なもので、こうなると厳格にしか見えなかった
 オヤジの相貌が突如、好々爺然として見えてくる。

熱血「そうっすね、次来る時には、差し入れ持参して来ます」
オヤジ「応よ・・・気持ち悪ぃな、何笑ってんだ」
熱血「何でも無いっす、すんません」

 オヤジは「んじゃ今日の用事は終わりだ、とっとと帰れ。こっちは飯食う暇もねぇんだ」と一方的に
まくし立てて工場の方へ向き直ると、あっち行けと言わんばかりに手をシッシッと振って見せた。
俺は「失礼します」と、軽く頭を下げてから、兵舎の方へと向き直り、さっき走って来た道を
歩いて戻り始める。クールの奴も、首を長くして待ってるだろう。工場への差し入れは・・・
オヤジだけにってワケにはいかないからな、アイツにも一口乗らせよう。うん、そうしよう。

少女「あ!お兄ちゃんだー☆」

 ほんのりと良い気分で歩いていた俺の心は、その一声で粉々に砕け散った。
心拍が急上昇し、ある種の悪寒で二の腕がサーっと粟立つのを感じる。
こいつに感じる、この悪寒の正体は何なんだ。誰か教えてくれ。

 言うが早いかACさながらの速力で猛然と、満面の笑みで少女が
突進⇒ダイブ⇒抱き付いて来る。狙い過たず、俺の首目掛けて。

熱血「ぐぇ!? ちょっ!ギブギブギブギb」

 普通男って生き物は、大抵の場合において女の子に抱き付かれたら嬉しい。
誰だってそうだ。勿論俺だってそうだ。傍目に見たって少女は可愛いと言えるから、尚の事
嬉しい筈だ。くすぐったいようなシャンプーの香りとか、頬の柔らかさとか、ちょっと痛い
くらいの抱擁ってのは嬉しい筈だ。・・・そう思い込もうとしていた時期が、俺にもありました。

 え、何コイツなんでこんなに腕の力強いの振り解けないんですけd
 あぁ・・・すまんクール・・・昼飯食いに行けないかもしれん・・・
 ちょっと、極まってるから、俺の首極まってるから
 肩んところが何か柔らk・・・意外にあるんだな・・・
 今日は背中にパンダ背負ってるのか
 やべ、意識遠のいて来た

 完全に俺の呼吸が消えて止まってしまう前に、隊の誰かがこの惨状を発見し、
 速やかに適切な処置に取り掛かってくれる事を切に願いながら、俺の意識は
 慎ましくも迷うことなく、この世界から薄れて行った。


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最終更新:2009年12月13日 18:03
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