今日会ったばかり、家の場所も正確には分からない、ひょっとしたら先に帰ったのかもしれない、そうだったとしても俺に何の問題もない、そんな女の子を何故俺はこんなに必死に探そうとするのか、自分でも分からない。それでも探さずにはいられなかった。
ずぶぬれの俺は走り回り、リイナと立ち寄った店の人達にリイナのような女の子を見なかったかと尋ねた。しかし、みな一様に俺の形相と格好に驚くばかりで、「人が多すぎて分からない」の一点張り。直接金や物のやり取りしたのは俺だったから無理もない。その中で、金魚すくいのおっちゃんだけは俺を覚えていた。
「俺がこの店に来たの覚えてますか」
と尋ねると、屋台を片付ける手を止めて、
「あぁ兄ちゃんなら覚えてるよ、金魚一匹で大喜びしてたからな」
とニヤリと笑っておっちゃんは答えた。俺は勢い込んで続けて訊く。
「その時連れてた女の子、見ませんでした?」
「女の子……?いや、兄ちゃんは一人じゃなかったかい?」
「え?」
「そうだ一人だったよ、彼女連れならまだし一人でそこまで盛り上がるのは珍しいなって思ったから。お兄ちゃん、誰探してるんだ?」
俺は茫然としておっちゃんに礼を言い、その場を去った。
リイナはどこへ行ったんだろう。本当に、消えてしまったのだろうか。
重い足取りで、俺は帰路につく。目はまだリイナを探していた。家の方向が同じだったはずだから。
気がつけば、家路を少し外れてリイナと来た神社の前に立っていた。
ひょっとしたら、巫女さんなら覚えているかもしれない。もう、心の奥底では、殆ど諦めかけていた。金魚すくいのおっちゃんの言った事は信じられなかったが、本当だった気がした。だから、足を踏み入れる事は本当に一縷の希望でしかなかった。
でも、巫女さんは、俺の肩越しにリイナを見たはずだ。だから声をかけたはずなんだ。俺は顔を上げて、再び鳥居をくぐった。
ふいに、リイナに買ったお面が目に飛び込んできて、俺は思わず駆け寄った。
お面を被っていたのは、小さな祠だった。神棚を辛うじて建物にしたような木製の箱、その屋根となる部分に、お面がかけてあった。
はっとしてお面を手に取る俺に、後ろから声が掛かった。
「何か、落し物でもなさいました?」
振り返ると、俺におみくじを渡した巫女さんがいた。狐面を携えた男などそういないし、客自身もそういない。俺の事を覚えていて、声をかけたのだろう。
「落し物と言うか、探しものと言うか……」
しどろもどろに目を泳がせて返事をする俺を、巫女さんは怪訝な顔で見た。俺は慌てて、
「あ、あの、この祠何ですか」
と尋ねる。神社の物に興味を持たれて嬉しいのか、少し微笑んだ顔で巫女さんは丁寧に説明してくれた。
「この祠ですか?これは、結構昔に衣砂川で溺れ死んだ子がいまして、可哀想なその子の魂を鎮める為に作られたものです」
「溺れ死んだ……女の子?」
「あら、何で女の子だって分かったんです?嫌だ、本当は聞く前に知ってたんですか?」
口元に袖を当てる巫女さんに、「いや、そんな気がしただけです」と弁解した。
「あらそう?そういえば先程はすみませんでした、疑ったりなんかして。たまにいるんですよ、二枚買って良かった方を取る人。お連れの姪さんの姿が、見えなかったものですから」
ああ、やっぱりそうか。
恐らく俺以外には、リイナの姿は見えなかったのだろう。それで、俺に全部買いに行かせたという事か。道理で保護者もなく一人で来ていた訳だ。
「ありがとうございます。探し物、見つかりました」
「そうですか?良かったですね。また宜しければ、衣砂稲荷にお出で下さい」
「え?『いずないなり』?」
「あ、ご存知ありませんでした?鳥居には書いてあるのですが……ここ、衣砂稲荷って言うんですよ」
なるほど。だから、リイナ――か。
一礼して、巫女さんは社務所へ戻った。社務所の明かりは消えている。もう巫女さんも帰るのだろう。
それを見送るため顔を向けると、おみくじを結ぶ縄に、リイナのつけていた鹿の子のリボンが結ばれているのが目に入った。
歩み寄ると、リボンは一枚のおみくじを巻き込んで結ばれていた。丁度リイナが結んでいたのも大体この位置のはずだ。
俺は巫女さんが戻って来ないか注意しつつ、そのリボンを縄から外した。一緒に紙も外れたが、その紙には妙な違和感があった。
その違和感の正体はすぐに分かった。薄い紙だから透けて見えるはずの印刷が、まるっきり見えなかったのだ。
こっそり俺は紙を開いた。そこには、
『ありがとう』
と一言、真ん中に拙い文字で書いてあった。
そのそっけなさがいかにもリイナらしくて、俺は吹き出して笑った。
俺は踵を返して祠の前に戻り、そこに向き直った。
手を合わせ、目を閉じる。
俺の方こそ、ありがとう。一人で回るより、ずっと楽しかった。色々、面白かった。また来年、よかったら一緒に回ろうな。まぁ、俺に彼女が出来てなかったら。その時はまた、目印をつけていくよ。この、狐のお面をさ。
境内の池で、金魚が小さく跳ねた。
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最終更新:2011年10月17日 17:47