その日記はアパートの一室にひっそりと大人しくしている…
2013 1月31日
この日のことは今現在、数少ない記憶を手繰りながら記している
それはそれは寒い寒い雪の日の夜の事だった
漣の音が耳を掠めていて、僕は降り注ぐ雪を眺めて呆然としていた
身体が冷たかった、凍えて心臓が枯れてしまいそうなぐらいに、
僕はそうして、地表の割れ目から、外の夜空を眺めていた
頬を伝う涙は確かに凍っていた
ロゼ、与えられた仮の名前だけが今の自分の唯一の存在意義だと思うと、
この先死ぬこともできず生きることもできず、薔薇の心臓が枯れるまで待ち続けている間、
僕はその苦痛に耐えられるのか、そんな恐怖という名の暗闇に一人放り込まれた気がした
2013 2月1日
適当な黒いコートを羽織り、何処かもわからない墓地へと赴く
墓石の名前に偶然『エリス』という名を見つけた、性からしてお嬢様とは別人だとはすぐにわかった
だが、封印し続けていた記憶を呼び起こすきっかけとしては充分過ぎた
僕はその墓石の前に、背骨を抜かれたかのように崩れ咽び泣く
無念の塊が喉につっかえて嗚咽する他に、その時の僕にできることはなかった
そうしている内に人気の無い、白銀の森の中を一人の少女が駆け抜けて行った
淡い髪の色、醸し出す雰囲気は全く相反するものだったが、彼女には確かに
『お嬢様』の面影を見た気がした
きっと、その時の僕は疲れていたのだ
2013 2月3日
身体に染み付いた感覚を頼りに、僕は楽器屋でヴァイオリンを演奏してみた、
妙に手と耳にしっくり馴染んでいて、流れに従うかのように何処か懐かしいメロディを奏でられた
店の主は『是非ウチの商品の宣伝をして欲しい』と頼まれ、吟遊詩人紛いの仕事を引き受ける事になった
元々仕事がない身だったので、ちょうど良い話だとは思った
2013 2月24日
あぶちゃんと名乗る女性に出会った
何やら隠し事があるようだが何の感慨も湧かなかった
始めてナイフというものを手にした時、丁度近くの犬の首を興味本位で切り落として見せた時のように
無関心でしかないのだと思った
そしてそれが異常だということもわかってはいたが、それに関して疑問を抱かない事の方がより異常だと思えた
2013 3月3日
HINMATURIとやらが行われた
並べられた人形やらセットやら、美的センスは僕からすれば到底理解し難いものだったが、
それはあくまでも個人の好みというもので、別段否定はしない、ただ僕が気に食わないだけのことだ
適当に見物した帰り道に、ある親子連れが人組のカップルと一悶着しているようだった
話を聞いてみればおかしな理由だ、子供だからと舐めてかかりカツアゲした青年とそれをショーを見るかのような眼差しで楽しむ彼女、
そこに駆けつけた父親が思い切り青年を殴ったのだろうが、青年は自らの非を認めず慰謝料を請求しているのだそうだ
そして今度は青年が背負ったエレキギターを振り回し親子夫婦共に殴りつけたのだった
流石に業を煮やしその場から立ち去ったそいつを止めようと追いかけ、
肩に手を置くが、やはり若いからなのか力が強く振り払われる
その時確かに殺意を抱いた僕の左手はスイッチを押すような動作をした
自分でもどうしてそうなったかわからない、指を動かせるのがなぜかわかってないのと同じだ
青年は黒い茨に囲まれ、一瞬の閃光と爆発によって粉微塵になって消滅した
彼女らしき人物が『彼を』何処にやったのかと頻りに訪ねてくる、それは僕も知りたいところだ
僕は躊躇わず彼女の手を握った後距離を取り、スイッチを押して見た
彼女は粉微塵に爆発して死んだ 僕はその日、始めて人を殺した
2013 3月13日
シャルール・ブルクに訪れる、
リオ・チェリッシュの生まれ故郷の筈だ
彼と僕は似て非なる存在でもあり兄弟でもあるということになるが、僕はかつて彼であったことに違いない
ラドウィッジ城は復興を終えていた
2013年 3月30日
安心を得ることこそが一日一日の日課になっていた
そのためには、僕そのものが認識されない悪である必要がある、正義の反対が正義ならば
そことは関係ない立ち位置にいればいいのだ
誰からも認識されず行き過ぎた正義を消し去る事には慣れていた
南方の宗教団体はここらで白人の子供を浚い身代金を活動源にしているらしいが、
一つの思想を貫こうと他者を強制した果てに幸福は得られない、いや与えさせない
僕は何の躊躇いもなく、そいつを粉微塵に吹き飛ばして安心を得る、今日も紅茶が美味い
これは、とある悪魔の薔薇の記した日記である
生きる屍と聞いた時どういったものを思い浮かべるだろうか
身を持って体験した僕が言えることだが、とにかく目も合わせられないぐらい酷い顔をしていたと思う
自分がこの世で最も不幸だ、そして誰も理解してくれない、わかってくれない、
いつも心の片隅にはそういった満たされない遣る瀬無さが鬱積していて、道行く人々が皆憎くて仕方がなかった
今でも変わらないが酒は嫌いだし下卑た笑い、特に理由のない暴言で愉悦に浸りその輪の中にいる奴らなんか、
左手に備えた『手段』を行使して粉々に消し飛ばしてやりたかったぐらいだ
だが、そんな奴らがいるのは仕方のない事だ、人間は誰しもが強い芯を持った人間な訳がない、
今の僕が欲求不満を晴らせるとしたら、これから生まれてくる子供達がそうならないように、
より良い未来のために彼らからあらゆる害悪を何であろうとチリも残さず爆殺することだった
「僕の左手は既に『触れている』」
仕事場は森林地帯、定期的にスクールバスがここを通る
今触れた男は無精髭、目深のニット帽、そして、サーフボードに仕込んだサブマシンガンを所持している
顔も証明写真とよく似ている…間違いない
囚人NO.4444、ベリゲル・マクライネン、元人攫いの一味でリーダーを務めていた脱獄囚だ
スクールバスを
ジャックし、児童の両親に高額の身代金を要求した挙句よこさなければ児童の
『小指』を切り取って送りつける、その頃には子供達はもう死んでいるということらしい
生かしておけないクズ野郎
今、白昼堂々とバスの通行路へ向かう途中のそいつの肩に『左手で触れた』
物凄い剣豪で振り返り睨んできたが、僕は直様木陰に隠れ彼の気のせいだったと錯覚されるように務めた
最も、奴には注意深くこちらの様子を伺う時間も与えない
「?……ハッ…ば、薔薇…だと…何だ、俺の身体に絡みついて…?何がどうなっている!?」
ほら、すぐに混乱し始めた
蔦という形をした魔道回路を媒介とし高密度に圧縮した火が薔薇という形を形成し、
ベリゲルの衣類に絡みつく…この時点では燃え移るという炎の特性は発揮されない、
だが慌てることはない、後はスイッチを押して、薔薇の形に圧縮した空気と熱を解き放ってやれば……いい!
カチッ
爆殺
蕾だった薔薇が一斉に咲き誇り、一気に膨張した炎の塊はけたたましい雄叫びを上げて拡散し、
炎は薔薇の形を成してベリゲル…だった肉を消し隅にして骨すら残さず四散させる
骨の髄まで響く爆音を背で受け、髪は爆風で煽られる
踵を返し振り変えれば、そこは『何事も無かった』かのように静まり返っていた
火加減は思うがまま、周囲には痕跡すら残さずあっという間に対象を消滅させてしまう
無論、相手がこちらの存在に気付いていれば成功はしないのだが、気付かれずに殺るのは案外容易い
証拠は残さないと言ったが、スマンあれは嘘だったとロゼは心の中で訂正した
『小指』
子供のものとは異なる角張って太い成人男性、ベリゲルの小指だけは残してやった
こいつを刑務所のポストに突っ込んでおいてやろうか…そうすれば、何があったかはわかるだろう
何しろ、このシャルール・ブルク─ウェンスデン─では次々とこういったマフィアや人買い、それのパトロンを受け持つ資本家が、
次々と疾走を遂げている。 今回もそういうことだ、と悟って警戒は解かれるだろう
最も、僕に対する警戒はより一掃強まるだろうがね
まぁいいか、今日は安心して眠れる
田舎くせー街だと聞いてはいたんだが、大分古い情報だったらしいな
田舎というよりかは、歴史文化を重んじているという方が正しいように思える
自然災害の内最も恐れられるのが地震だというのを聞いた事があるが、
確かに、この国の建物は全てが石造りで幻奏的だ、それはこの土地が大きく揺れるという、
最悪に対する恐怖を抱く必要がないからなのだろう
かつては貴族階級社会の象徴であり生活の土台でもあったこの街も、
100年前の勇敢な市民による革命によって、その社会携帯は変化せざるを得なくなり、
今では崩壊した古城が遠くの高台に見える質素な城下町となっているようだ
『ま、俺には興味のないことだけどな』と
ケビン・ベルガーは方付けた
新鮮な空気、文明の発達は良い方向へ行くところまで行くと、
科学に伴う最も忌むべき要素を克服できるらしい、それを形度っているのがあの風者だろう
クリーンエネルギーの実現とはよく言ったものだ、この街は生活の基盤まで美しい
そして教育もそうだ、この街、いや教育システムには国政の補助や最先端の技術や知識、そして、
人間的思想の最たるものがよく行き届いている
人の集まりが国の形を作り、より多くの幸福が国の幸福を意味するということ、
そして、将来を担う子供に投資するということは国の将来に投資することであるということをよく理解しているからだろう
だがこの国もいいことばかりではない、どこの国にも悪党は多かれ少なかれ存在する、
それは当たり前だ、だが目を瞑ってはおけないのが『正しいとされる悪行』である
悪党や無法者は大抵、自身が異端であることをよく自覚しているが、
俺にとっての最もドス黒い悪は『自らの正義を公の正義とすることのできる暴挙』に他ならない
建物と建物の隙間、泥を掻き分けて生きている鼠の邪魔をするど畜生は大抵こういうところに居るのだろう、と、
ケビンはそっと無用位にその隙間へ顔を突っ込む
暴挙は居なかった、しかし小汚い背格好の青年が、顔に多くの痣を作り、
力なく屈んで項垂れているのだった
青年は怯えている様子だったがこちらに横目をやると、自分の恐れる何かでないと安心したのか、
強張った肩の力を抜き、吐息を吐き出した
ケビンは膝を付き、その男と目線の高さを合わせて静かに問いかける
「ジプシーか?心配するな、俺もだ。誰にやられた」
「見ればわかるだろ、あんた余所者か」
「ああ、ここには今日付いたばかりだ、何も知らない馬鹿だよ、教えてくれ、誰にやられた」
「教えたところでどうなるっていうんだよ…」
「お前には関係ない、お前には迷惑はかけない」
「……無理だ、アンタみたいな貧困層上がりじゃ手も足も出ない、悪いことは言わない、なにもするな」
「…『確信』した、オーケー、答えてくれてありがとうな」
「なにがわかるっていうんだよ、余所者の癖に」
「個人単位では手も足も出ないんだろ?つまり何かの組織で、お前みたいな貧困層に構う奴と言ったら
暇を持て余した公務員、尚且つ腕っ節が強い、『
政府軍』……の下っ端ぐれぇだろ」
「……なにもするな、何もするんじゃねぇ」
「悪いができねぇ相談だ、じゃぁな、こいつで誰かに診てもらえ」
金貨一枚、ここの普通病院に通う分には問題のない金額らしい、
ケビンはそれを、そのジプシーの少年に放り投げて足早にその場を立ち去る
元の大通りに戻り、街がより賑わう方向へ歩いて行くと、
屋外で店を開く商人達の姿が目立つようになる、新鮮な食材の市場、
昼間には仕事の合間の腹ごしらえ、昼食の食材を買い足す主婦などなど、
彩りの鮮やかな服装をした人から、貧困層なのか身なりの汚い人まで、
誰もが同じ場所に集い、そこは人々の賑わいで包まれている
こんな国に階級差別は一般的ではない、いったい何処から持ち込まれたのか
背の高い黒帽子に燃えるように赤い制服を纏いライフルを所持したこの国の政権下直属の警備兵が、
人々と顔を合わせる度に、一人一人に向かって帽子を取り頭を軽く下げてにこやかに応対している
兵隊にしては珍しく友好的だ、貧困層だろうが分け隔てなくほがらかに接している、
この国が幸せの国と一部で囁かれる理由の一つだ、おそら『現地』の兵隊は関係ない
そう確信を持つど同時に耳をつん裂くような悲鳴と同時に人々のどよめきが耳を突ついた
何事なのかと踵を返し人混みの塊に目をやると、何ということか、頭を抱え蹲る子供を前に、
あの赤い制服を着込んだ国直属の警備兵一人と政府軍の兵士が三人が言い争っている
赤い制服の兵士は子供を庇うように立っているが銃には触れていない、
政府軍の兵士相手には銃を向けることができないらしく、口で何とか事を済ませようとしているらしい
「この子が何をしたと言うのですか!ただ道端に落ちた林檎を拾おうとしただけでしょう!?」
「存じませんな、我々と大佐の行進を阻んだ、これは列記とした公務執行妨害、国際社会への暴挙です」
「そんなの理由になっていない、ただの暴挙だ!」
ついに業を煮やした警備隊が声を荒上げる、彼の言うことは俺からすれば最もだったが、
その主張は甲高く鳴り響く銃声によってかき消された
一人の女性が目を覆い悲鳴を上げる
血しぶき、それがトマトを潰したかのようにばら撒かれ、警備兵の青年が腹部を抑え、
呻き声を上げながら床に突っ伏した
「撃ちやがった…政府の野郎が撃ちやがった!」
「逃げろ!とばっちり食らうぞ!」
いよいよ物騒な事になってきた、血生臭い現場に出くわしてしまった訳だが、
ケビンにとっては好都合だった、市民は明らかにこの政府軍の兵士二人と大佐に敵意を向けている
「あーあー大佐ぁ…その手癖の悪さどうにかしてくださいよぉ」
「見られたからには仕方ないな、箝口令行使する、この場の全員を取り押さえるように伝えろ
抵抗する者は独房にぶち込んでおけ」
プッツーン
堪忍袋の尾が切れる音というのはまさにこれだろう、こいつは俺を怒らした、つまりそういうことだ
ケビンは人々が散り散りに離れてゆく中を逆流し、その警備兵の耳元で囁く
「お前はよくやった、そこのガキもお前も、勝ったんだ、勝ったんだぜ」
人間には納得が必要だ、妥協してはいけない、理不尽を許してはいけない
この男は立ち向かった、心の底から誠意を表そう、そして……
「おい」
人の皮を被った正義の害悪に、実の悪を持ってして鉄槌を
立ち上がり一歩、三人の正義へ向かい悪が行く手を阻む、その形相修羅の如く
「大佐、妙なガキが出てきましたよ」
「いいやわからないな、何故我々の前に立った?」
「それは『何故害虫の癖に生きているのか』っていう質問ですか大佐
俺が答えますよ、『俺達に殺されるため』です」
「そうか、それは結構なことだ、望み通り殺してやれ」
大佐と呼ばれた男の右隣の兵士がホルスターからハンドガンを抜き取る、
遅いな、全くもって遅い、まだ素人の俺の方が素早く抜き打ちできる
と、呆れつつもケビンは同じくホルスターから鉄球を抜き取りその男の肩に投球しぶつける
「悪いな、その言葉そっくりそのまま返すぜ」
それは一瞬の事だった、兵士の銃を握った腕は雑巾のように回転して捻じり上げられ、
銃口は自らのこめかみに押し当てられ、そのまま引き金を引いてしまった
名も知らぬ兵士はここで死ぬ、墓石すら残らず誰からも忘れ去られるだろうとケビンは頭の中で締めくくり、
右側の兵士が即死すると同時に、某然と突っ立った大差とやらのホルスターからハンドガンを抜き取って、
左隣の兵士が銃口をケビンへ向けると同時にその頭を正確に撃ち抜いて息の根を止めた
この間、約6秒、その間に部下を二人とも抹殺され一人窮地に立たされた大佐のコートは冷たい風でなびく
「残るはてめーだな、豚野郎」
手にしたハンドガンは先程の一発で玉切れらしい、まったく何処で5発も使ったのかと内心愚痴を零しつつ、
それを投げ捨てて素早くホルスターから鉄球を抜き取る。 あとはこいつで頭蓋を脳味噌ごと砕くだけだ
それを察したのか突発的だったのか、その男はなりふり構わず背を向けてケビンから離れるように駆け出した
「ああああああああああァァァァッ!」
情けない豚のような悲鳴を上げて
「チッ……始末が悪い野郎だ」
悪態を付きながらその背を追いかけるように一歩踏み出した瞬間だった、
そのケビンのつま先が何かのスイッチでも押したのかとでも言うかのようなタイミングで、
大佐の首が、蹴飛ばされるボールのように胴体から吹き飛んでいた、
そう、爆発して粉々になった胴体の血肉と共に吹き飛んだのだった
「……ンだとォ!?」
突然のビックリショーに仰天して吹っ飛ぶ首を見上げるのも束の間
爆煙は燃え広がりもせずあっという間に消失し、その向こうに一人の女性…いや、青年の姿を見た
赤黒いコートにハットを被り、散り散りのリボンと桜色の長髪をその青年は靡かせて、
満足げに落下した頭を眺めていた、その瞳の奥は、漆黒そのものだった
俺は 僕は
その男の瞳の向こうに
【漆黒の遺志】を見た
←To be continued…
最終更新:2013年10月19日 00:04