よめにっき Ⅱ

※某ゲームタイトルと酷似していますが関連性は全くありません


夫婦と言うものは、その年月を重ねる度口数を減らすと言うが、はてさてどうだろう
ぼんやりと足を伸ばし、いかにも古く傷んだ本に目線を落とす。

カオスマスター「……ふぅむ」

ルナ「また、難しい顔をしていますね。いかがしました?…ヴィナミスさん」

今や呼ばれることの珍しくなってしまった名前を呼ばれ、ふと顔を上げる
怪訝そうに私を見つめる彼女は、私のパートナーだ。共に過ごしてきた時間は数えきれず、またかけがえない。

カオスマスター「いえ、他愛のないことですよ」

ルナ「くす…そうですか。ではお気の済むまでごゆっくりお考えになってくださいね」

それだけ言い二人分のお茶をテーブルに置くと、それ以上は何も言わずに…彼女はバイオリンを手に取った。
なんとはなしに、彼女がバイオリンの手入れをする様をまじまじと見つめてしまう…

動きの阻害にはならなさそうな金髪の短い髪に、どこか人の心を見通してしまう透き通った瞳、そして…彼女の病弱さを物語る白い肌と華奢な身体。
その全てに私は惚れ込んでしまったのだなと、ついつい思い返してしまうことがある。
彼女との出会いは、なかなかエピソードがあるのだが―――

ルナ「ヴィナミスさん?」

カオスマスター「…っとぉ」
いつの間にか彼女の顔が眼前にあり、がっつりと目が合った
しまった、見つめたまま呆けてしまったか

ルナ「そうまじまじと見つめられると、集中出来ないのですが…」

カオスマスター「いやいや失礼、あなたの魅力が私の視線を釘付けにしてしまうんですよ、ついついと」

ルナ「お世辞です」

普段、他人に対して穏やかな彼女が頬を膨らませてそっぽ向く仕草は、彼女なりの照れ隠しだ。恐らく私しか知らない。

カオスマスター「今更お世辞など必要な付き合いですか?」
だからこそ、ちょっとからかってしまいたくなる。

ルナ「……もうっ」

ちなみにやりすぎると拗ねて口を聞いてくれなくなるので、ほどほどが大事だ。

カオスマスター「ハハハ……そう言えば、私達が出会ってからどれくらい経ちましたかね」

ルナ「……そうですねぇ、少なくとも、記念日とかそう言うのが気にならなくなるくらいには。」

まだほんのりと頬を染めながら、小さく彼女は笑う

カオスマスター「ふぅむ、そうですか…」

ルナ「そんなに気になるんですか?」

カオスマスター「…まあ、些細なことですよ」


お茶をすすりながら、またぼんやりと考える
思えば、言葉に出さすとも彼女と意思疎通出来てしまうことが多々あるのだ。
コレも年月の力と言う奴だろうか?

ルナ「…~♪」

ふと気が付くと、心地の良いメロディが耳を通っていた。
彼女は、時たま『演奏』と言う自分の世界に身を委ねることがある。
その姿は神秘的であり、私でさえ介入出来ない何かがある。

自分の世界に浸る彼女は美しく、また…何より楽しそうだ。
カオスマスター「―――…」

彼女と、もう一人の彼女…二人で奏でる音色に、私は吸い込まれるように目を閉じた。
あぁ、彼女の演奏を始めて聞いた時も、こんな感覚に陥ったか…


「……ミ…ん」
「ヴィナ…ス…ん」
呼ばれている…

ルナ「ヴィナミスさん?」
目を開けると、天井と私の顔を覗き込む彼女の顔が映った

ルナ「くす…まだ眠っていますか?」
つい眠ってしまったようだった、華奢な身体でどう頑張ったのか、頭は彼女の膝の上にあった。

カオスマスター「いえ、起きました…」
頭を上げようとすると、彼女の小さな手で静止される

ルナ「お疲れなのでしょう?まだこのまま休んでいてください。」

彼女なりの気遣いなのか、私を甘えさせていたいのか…たぶん、どっちもだろう。
カオスマスター「では、お言葉に甘えて…。」

ルナ「はい、ごゆっくりどうぞ」
ううむ、心地良いのだが、子供に戻った気がしてどうもむず痒い

―――彼女の世界は、表情豊かだ
ある日は喜びに満ち、ある日は悲しみに暮れ…またある日は、実に淡々としているのだ。
その世界にだけはどう足掻いても足を踏み入れることが出来ない事実に、少しだけ寂しく思う。

ルナ「…ヴィナミスさんは、それで良いんですよ」

カオスマスター「…は?」

ルナ「だから、わざわざ私の世界に入ってくることはないと言うことです」

彼女が実に楽しそうな笑顔を私に向ける。ちなみに私は今一言も口に出してはいなかった

カオスマスター「ど…読心術ですか?」
彼女が笑顔を苦笑へと変える

ルナ「違います。…時折、あなたと言うものが自然と伝わってくるんですよ」

なるほど、とつい感心した。
カオスマスター「そうですか…やれやれ、敵わないものですね」

ルナ「ふふっ…ヴィナミスさん、あなたは私の…ただ一人の観客です。観客がステージに立っていては困るでしょう」

ルナ「だから…あなたはあなたのままで、いいんですよ」

彼女の笑顔と言葉に、ふと昔の記憶がよぎる

『あなたは私の、始めての観客です』

カオスマスター「あぁ…」

『これからも、私の演奏を聴いていただけますか?』

カオスマスター「そうか…」

ルナ「まだ、私の演奏を聴いていてください」

『もちろんです、約束しましょう』

カオスマスター「は、ははははは…」

ルナ「ヴィナミスさん?」

カオスマスター「ははは…いえ、遠い記憶を思い出しただけです。人の記憶は、脆いものだ…」

ルナ「えぇ、そうですね…。だからこそ、形として留めなければならないのです」

あの日のメロディが、頭へと流れ込んでくる

カオスマスター「(そうか…言葉が必要ないわけだ…)」

ルナ「ヴィナミスさん、私はまた奏でます。…だから、聴いていてください」

音楽に、形はあった。
彼女が自らの世界に、どれほどの思いを込め、有意義なものにして来たのかを知った時、私は心から彼女を尊敬した。
そう、コレは遥か昔にもあったことだ…。

だからこそ

カオスマスター「もちろんです、約束しましょう」

私は彼女に応えよう、どこまでも―――


『ヴィナミスさん、あなたはなぜ…毎日わざわざこんな小屋に訪れては、私の演奏を聴いてくれるのですか?』

『私の演奏なんて、誰にも届かないのに…―――』

『いえ、あなたの演奏は…しっかりと届いています。この…私の中に』

『……くすっ、ヴィナミスさん…前から思っていたことですが、あなたは変ですね』

『んなっ!?』

『ですが…嬉しいです。嬉しくて嬉しくて、どう言葉にすればいいのか…』

『は、ははは…私でよろしければ、いつだってあなたの前に現れますよ』

『それでは…約束してください、毎日私の演奏を聴きにくると。』

『あなたは私の、始めての観客です』

『これからも、私の演奏を聴いていただけますか?』

『もちろんです、約束しましょう』

『―――くす、安心しました…安心したら、なんだか熱っぽくなってきてしまったようです』

『ヴィナミスさんのせいですからね…』

『なんとも理不尽ですね』

『これから、ずっとその理不尽と付き合ってもらいますから…覚悟していてください』

『覚悟も理不尽も、承知の上です』

『ふふっ…それなら―――私はずっと、死ぬまで幸せで居られると思います』

『そう、死ぬまで…♪』

よめにっき Ⅲ

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最終更新:2015年01月14日 01:08