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–––––––––例えば、そこに触れれば崩れる砂絵があるとする
◆
「お疲れーニック、コルボ」
「おーうお疲れ どーよ、今日は儲かってるか」
「ぼちぼち。見ろよ銅貨これっぽっち
こりゃ今日分の飯しかねーわな」
「清く正しくその日暮らしだなぁ……」
「んだべ」
「明日が我が身
かーっ!世知辛いねぇ、生きてるを実感するわー。んなぁ
セルゲイ?」
「贅沢言うな、お天道さんがご機嫌だぜ
それで十分だろう?」
◆
89番高山
言っちまえばぼろアパートの大家にすら部屋貸してもらえねーような若い連中の掃き溜めだ
俺の親父おふくろってーのは、炭鉱住まいのヤク漬けのヤブ医者が言うには
マイテイ人だったらしい
マイテイ国といえば、それこそ戦闘民族の金字塔としてその筋の連中から需要があるし引っ張りだこなんだが、
まさこんな埃臭い炭鉱にその子孫が毎日余すことなく朝から晩まで、瓶底眼鏡をぼろ雑巾で拭きつつ、
せっせと石油なりなんなり時代遅れの資源を掘り起こしてるだなんて想像しないだろう
まぁ確かに、カツカツ鍬を振り上げては下ろしっていう仕草は『ケンドー』とやらに似通ってるわな、
つまるところ俺は剣術型マイテイ人ってなところで、そのお陰で周りの連中がバタバタぶっ倒れる中、
平然と土塊共とにらめっこしてるのかもしんねーわな
「チョップ」
「リキドーザン」
「は負けー、ヤク負けー」
「どう言うルールだよこれ」
こうして学も金もないろくでなし共と、四畳半の狭い平屋で、
むさ苦しいツラ並べて夢の山から掘り起こしたトランプに、ない頭ひねって考えたルールのゲームでもして、
毎日ろくに金もねーくせに酒に、スナックのママに貢いでまた稼ぐなんてことを延々と繰り返してる、
それだけで割りかし満更でもないあたりなるほど、マイテイ人云々はさておいて俺と言う人間は大分破綻してるのかもわからないと、
考えに至ってはどうでもいいやと流し、また酒をちびちびいじらしく啜る
そのうち、親友のニックはカジノでそこそこ当たり、どこぞの風俗娘とガキ作って、
調子乗って株やって持ちくずしていつのまにかこの四畳半に戻ってきたりして、
かたやコルボは毎日代わり映えないかと思えば、やる気のねぇ大学生が落としてった参考書とやらから、
基礎もできてねーのに学者になると言い張って必死に名門校のそれとにらめっこするようになっていた
何一つ前に進まないのは俺だ、ただ俺だけだ
葉巻になけなしのガスを蒸してなんとか灯した火種で口先のボヤ騒ぎを引き起こし、
青空へ溶けて消える煙を呆然と眺め、いっそ重力がひっくり返ってあそこまで俺だけおっこっちまえばいいだなんて考える程度には、
俺と言う人間はあまりに空っぽで
「セルゲイ、パパもやめたぐらいなんだから」
「搾取は困るなニッキー」
いつのまにか二本足で歩くようになってやがったニックのガキに、一握りの楽しみを取り上げられ、
それもまた良しと、この日常そのものに浸っちまったこの現状に対して苦笑いがこぼれた
◆
「ニッキーがいねぇ? しょんべんかうんこだろ」
「んななげぇ訳ねぇだろうがドアホ!」
「あーはいはいどったのセンセ
いや言わなくていい、ニッキーが消えたんだろまずは状況確認だ認識したか?
まずはトイレ確認したか、それと空き地と夢の島、大概はそこ言って用足してるか小遣い稼ぎしてるだろ」
「だからそこにもいねーんだって! セルゲイ、マジでお前見てねーのか!」
「なんで俺」
「あいつ親父の俺よりもお前になつきやがるんだよ」
「知らねーなぁ……
っとまぁ、あれだ。つーことは結構ヤベーんじゃねーのかなこれ」
音を立てて何かがひび割れていく気がした
時間の流れってのは存外骨董品を繰り返し叩き続けるキツツキみたいなもんで、
そこから卒業しようがしまいが、容赦なく唐突にそれは訪れる
別段自分のガキでもない、別段可愛げのあるガキでもない
そう何度も自分に言い聞かせて平静を装っていられる内は遥かに楽だった、
だが自分を騙せるほど器用でもない、三手に別れてニッキーを探すことになり、
自分一人で行動しているとこの暗示染みた方便を誰かに言い聞かせることすらできなくなる
独り言でもブツブツ言ってるか、劇団ひとりにでも興じるか、いいやそんな状況じゃない、そんなことは十分に認識している
ここは掃き溜めの炭鉱、普通ガキは生まれないし産まない
何せ出来損ないの中古ポンコツだらけのゴミ山に、ふとしたきっかけで新品で、
まだ磨けばどうにかなるかもしれない出来立てホヤホヤのガキがレンジでチンされてるとくれば、
人買いだとか腹空かせたブローカー共は当然これを黙っちゃいない
『さっさと真っ当な仕事を探せ、せめてガキを擁護施設に預けろ』とでも進言してやりゃ良かったんだ
きっとそれさえも怠ったのは、この生活が崩れ落ちるのが耐えられなかった、
卒業していないガキの駄々こねてるのをいつまでも黙して続けた結果がこれなんだ
◆
「ニッキー!」
「おぉっとお父様か
その線、超えるんじゃねぇぞ。そいつはスタートラインだ。地獄へのチキンレースのな
このガキが走るんだよどういうわけか、お前のせいで」
案の定だった
使われていない炭鉱の奥だった
出来損ないの不細工な癖して毛皮は一丁前のババァと、契約書思わしきそれを卓上に置いて挟んで向かい側、
ぐったりとして動かないニッキーとそれを便所の後手も洗ってなさそうな、ゴリラ一歩手前といった具合のごつい腕で拘束した大男が一人
大方人買いとエンドユーザーか。どうにも薬臭い、クロロホルムあたりで無傷のまま回収、そこの男に逃げられた令嬢と思わしきババァに売り渡すんだろう
「お父様よぉ……これは仮にも未来明るい子供だぜ
終わりが見えてる大人達のとこに置いとくのを許してる世間様ってどうなのよって思うんだけどどうよ」
「仮にも人間を『コレ』呼ばわりしやがる連中に言われる筋合いはねぇ
放せよ、どうするかはニッキーに聞けよ……なぁおい」
「一丁前に人の親気取りしてんなよなぁ
奥様、さぁぁどうぞお先へ。お代は後程。これ以上出来損ないの親の顔は見せられんでしょう」
「お前がニックを語るんじゃねぇよ……
俺ならまだいい、だがテメェの力で少しでも真っ当な大人になろうともがいてるアイツを、
テメェらみてぇなチンピラが、死んでも語ってくれるんじゃねぇ」
◆
–––––––-で、気付けばそこは血の海三途の川
ドスなんてもの、初めて手に取ったがいやほんと、鍬を二度と手に取れないんじゃないかってぐらい、
体に馴染むし、酒を浴びるように飲むより『こっち』の方が潤うわァ〜〜〜……
ご大層に親友だのダチだの真っ当な大人だの抗弁垂れたが、
結局は喉笛にぶっさして手を繋ぐより暖かい感触が手から脳まで駆け巡るようなそれは、
今ままでずっと忘れていた未知であったかのように、奇妙な懐かしさと新鮮味を帯びた体験だった
よくもまぁ、レゴブロックよろしく人体を分解できたものだ
普通は衝動に任して『あ、こんな風に人って死んじゃうんだ!』って発見して、
自分のやったことに押しつぶされそうになって、おねしょ隠すガキみたいな救いようのない隠蔽工作でもするんだろうが、
どうにも、俺という人間は笑うより他に仕方がなかった
なんだっけなぁ……どっかの兵士崩れが言ってたっけ
初陣で敵兵一人ぶっ殺しただけで、なんの功績にもならなかった殺し一つで、
もう二度と、戦場どころかお天道様にすら顔向けできないってな具合に、
それはもう深く後悔し、死んでも死にきれないからここへ来たって奴がいたっけなぁ
羨ましいよ
だって俺、もういつもみたいにバカやってる日に戻れないのかもしれないって考えると、
一生分みっともなくわんわん泣いて枯れちまうはずなのに、すんなり現状受け入れて笑っちまうんだもん
まぁいいか、ニッキーも無事帰ってくるし
今日はこいつの好きなコロッケでも買うかなぁ
◆
「金魚鉢を落としたことがあった、6歳のある日だ
いや、それ自体は致命傷でもなかった、すぐに鉢に戻せばそれこそ水を得た魚だ」
「薄ぼんやりとした意識でじっと、それこそ事切れるまで断末魔を奏でていた
今思えば直視していたかったのだろう、子供心に 」
「父の教育方針だった
早い内に死を認識させることが子供の発育に良い、有限であるという恐怖に突き動かされて生きる
だが私達兄弟は違った。 渇望だけだ、生の実感をより強く抱くという渇望だけが残った」
「––––––さて、この案件はもれなくブラックボックスへ保管され君は何事もなく日常へ帰れる
だが果たして、そこにいる君は……本当にかつてのセルゲイ・フラウドリンでいられるだろうか」
◆
結局、数なんてものは保険だ
一人だろうが二人だろうが存続すれば種としてはそれでなんら問題はない、
ただ数が多ければ生存確率が上がるという理屈を罪の重さに当てはめて、
やれ大量殺戮だなんだと大概の有象無象は騒ぐが、結局殺しに数なんて関係ない
一人、つまらぬものを斬った
ただその事実の認識だけで俺は大概のことはだいたい出来るし、
大概のことにはもう戻れない、可能にして不完全な作業を繰り返す出来損ないになったのだと実感を舐めた
ただ一つ、大概の人間には成し得ないし、逆にいえばその一線を越えれば大概の人間には実現できることを、俺は始めてしまった
俺達は犬にも劣るクソの糞溜めに生まれて、クソのような飯を食ってクソのようなくだらないことで騒いで、
それこそ、誰からも感心されない、掃き溜めでゴミはゴミらしく夢の山に埋もれて消えるだけの人生だ
だが、何故こうも人間とは異なるものなのか、同じ境遇にあって道を違えるのか
あいつはまだ叶わぬ夢を追っている、叶わないと漠然とした理解を得ても、その理解の影に埋もれる奇跡を手探りで求めてる
あいつはこんな糞溜めにも一つの希望を見出し、その希望に名前をつけて、次へつなげようと必死こいている、
例え、誇れる親と語り継がれなかったとしても、自分から絞れるだけ飯種を絞って、挙句使い捨てにして光の当たる世界に出たとしても『それでいい』と言うのだろう
その希望を拾った俺のては文字どおり、もはやクソのような人間ですらなくなっていた
幾らか頑張って、いつの間にか掃き溜めの上位、人間以下、そしてより『生命』らしい、
そんな生物学上の定義から外れた、説明のつかない化け物になっていた
『生命の搾取に罪悪を覚えるのは、必要性を問うからだ
無益な同族の殺傷を本能が容認すればその種は自壊し、
無益な獲物の暴食を本能が容認すればその種は枯渇する』
だから、俺は遺伝子的に、生物的に箍が外れている
一個体として『愉しければ』それでいい、そこに満足感があればいい
「お疲れーニック、コルボ」
「おーうお疲れ どーよ、今日は儲かってるか」
「ぼちぼち。見ろよ銅貨これっぽっち
こりゃ今日分の飯しかねーわな」
「清く正しくその日暮らしだなぁ……」
「んだべ」
「明日が我が身
かーっ!世知辛いねぇ、生きてるを実感するわー。んなぁセルゲイ?」
「………」
「セルゲイ?」
「なぁ……
––––––––––––タイムマシン埋めねぇか」
◆
きっとそれを掘り起こす頃には、俺と言う人間の自覚は曖昧になっているだろう
ただ幾千幾万という墓標の中にこそ財に変わる黄金を見出し、鮮血の雨に溺れてこそ初めて潤う、
この虚無が、乾きが、鬼の顔を自覚することで初めて潤せる術を知り得て、きっとそれなしに己を、
個体保存願望を満たす、そんな生命として破綻した何かだろう
だから、今ある『ヒト』はここに置いていく
汚れちまった悲しみを、確かにここにあった、これ以上は鼓動を刻まない、俺にあった心臓をここへ置いていく
これからきっと、鏡すら拝めねぇほどに真っ赤に染まる鬼の顔、胡散くせぇ瓶ぞこ眼鏡の若造
二つの顔があってこその俺–––––––
「セルゲイ?」
「んー、どしたニッキー。おおなんだそりゃ、サッカーボールが潰れたトマトみてぇだ」
「ごめんなさい……」
「なーに気にすんな、また新しいの買ってきてやるから」
「またって……また『お仕事』にいくの?」
「親父には言うなよ
秘密っていうのは知られたくねぇから秘密なんだ」
「……うん」
「いい子だ––––––」
–––––– この糞溜めで出来た家族に認識されてこその、俺なのだから
【 - CALL - 】
「東洋人は気が短くていけねーよ、
催促は困るな。こちとら一仕事終えてパンツ変えらんねーって話なんだぜ、女のモーニングコールでも起きたくねぇ」
「候補者リストにガキは入ってなかったろう
感想? あれがマイテイ人って言われても実感湧かねーよ、パパさんママさんだろただの」
「れ……れなんとかちゃんは物心つく頃には親の顔も忘れてるよ。俺の
ハンサム顔とすり替わってんだろ」
【 - CALL - 】
「–––––– よー大統領。無視は困るな
そうそう、俺がそのエージェント。掃除ならなんでもござれ、あんた専属の家政婦だ
あんたが新しいクライアントか」
「ま、お互い秘密を共有する中だ。いい関係になれるよう努力しようじゃないの」
「釣れないなぁ、相互理解こそ社会人に必要な要素だと俺は思うけどな?」
【 - CALL - 】
「––––––––無視は困るな、大統領」
「ああ、国境を渡るのに手間取ってさ
お堅いこと言うんじゃねーや、外人相手に発注してるあんたがいけねーんだ」
「–––––––フゥン……『レイ・ローゼ』ね」
「包装にリボンは……いらねぇか、奴の首に至っちゃ瀬戸物じゃあるまいし」
–––––––––例えば、そこに触れれば崩れる砂絵があるとする
崩さぬように、壊さぬように、それをこの海から連れて行かねばならないとする
俺だったこう答える『不可能だ、向こうで描きなおすね』
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最終更新:2018年05月26日 22:07