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251 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/28(土) 12:34:57 ID:xwzJOgNP0
宗沢、岳飛、完顔宗望、孟キョウ、郭侃、伯顔、カイシャン、トゥルイ、、阿朮、チャガンテムル
でいいや。俺は

ほんと次の時代に行こうや


252 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 12:59:34 ID:5pB+Z/Gd0
>>251
確かにもう先に進んだ方がいいかもね、又一から語りたいって人もいるだろうし(自分もだけど)
陳和尚は落とすには惜しい人物だがモンゴル系の名将が犇めきあっているこの時代では落選するのも仕方ないことかも


253 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 14:26:19 ID:8TdR/9M6O
>>251
宗沢、岳飛、完顔宗望、孟[王共]、郭侃、伯顔、カイシャン、
トゥルイ、アジュ、チャガンテムルor張弘範
なら異論はないけど。
陳和尚は仕方ない諦めるよ。

》ほんと次の時代に行こうや
でも話合いをしているのをうやむやにして次の時代にいったら
次の時代でも同じことされるよ。
それでもいいの?

>>252
》又一から語りたいって人もいるだろうし(自分もだけど)
じゃあ今まで決めたり今から決めようとしてることは無駄な作業ということ?


254 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 14:38:16 ID:5pB+Z/Gd0
>>253
ごめん、そういう意味じゃなくてまだ確定が決まっていない時代について語りたいということです


255 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 15:02:34 ID:LNk8M4MQO
>>251、>>253
スブタイが落ちた理由は何?


256 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 15:22:09 ID:FZdoa03k0
トゥルイ入ってるからバランスで外したってくらいしか思いつかない
功績からしたら、スブタイ(征西除く)>カイシャンになりそうだけど


257 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/28(土) 17:36:17 ID:8ygMLR39O
敵対する勢力を根こそぎ倒し、フビライ家の威信を高めたカイシャンの功績が、
ここまで評価されないなら、正直、どのぐらいの実績を残したら良いのか分からない。


258 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 18:17:38 ID:FZdoa03k0
>>257
うーん、カイシャンをここまで強烈にプッシュしてるのって、見る限りあなた以外にはいないような・・・
他にいないならともかく、征服期の最強モンゴルと被っている分、不利になるのは仕方ない
秦を二回撃破してる信陵君も一発屋として選外になってるし、大勢に与えた影響では
カイシャン以上の謝玄あたりも一発屋で選外だし、戦績が少なめな人は敬遠される傾向にある
カイシャンがそこまで優れていると力説するなら、その優秀なところが他の人にも理解しやすいよう、
具体的な指揮や策略なんかのエピソードを挙げてもらえるとよいのではないかな?

・・・それはそうと、史天沢あたりも長期間活躍してるイメージがあるけど、あまり推す人いないね


259 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 19:03:14 ID:8TdR/9M6O
>>255
創業期のモンゴル武将は伯顔、トゥルイ、アジュの三人が入ってればいいだろ?
中期にはカイシャン、あとは残り一枠はチャガンテムルか張弘範。
てな感じでバランス取ってみたんだけど。
張弘範は南宋にとどめを刺したとこだけがクローズアップされてるけど
それ以外の功績を考慮すれば落とされるほどでもないと思うけどね。


>>258 同意
カイシャンは確かに凄いと思うけど、確か簡単な紹介文ぐらいしか挙がってないよね?
俺も含めてみんな余りカイシャンについて知らない部分が多いと思うよ。

ここは合議制で決まる部分が大きいし、
カイシャンの功績などをしっかりアピールしたらいいと思うよ。



260 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 19:16:42 ID:FZdoa03k0
>>259
バランス云々言うなら、なんで張弘範が残るの?矛盾してない?


261 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 19:50:41 ID:FZdoa03k0
現状を整理してみます。トゥルイ、アジュ、チャガン・テムルは特に異論もなさそうなので確定入りで。
バランス考慮するならカイシャン入選で>>251でok
バランスこだわらないなら、カイシャンを張弘範やスブタイより上に見るかどうか?ですかね。

【確定組】 9名
宗沢、岳飛、完顔宗望、孟珙(キョウ)、郭侃、伯顔(バヤン)、拖雷(トゥルイ)、阿朮(アジュ)、察罕帖木児(チャガン・テムル)

【有力組?】
海山(カイシャン)、張弘範
速不台(スブタイ)、阿里海牙(アリハイヤ)

【有力だったが惜しくも落選?】
完顔陳和尚

【次の時代候補?】
擴廓帖木児(ココ・テムル)

うーん・・・しかしココ・テムルはここで入れないなら、
徐達遠征の撃退の功績は北元での防衛戦になって、資格なしってなりません?


262 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 20:02:42 ID:8TdR/9M6O
>>260
ごめん、ややこしいんだけど
創業期のモンゴル武将に偏らない様にする部分と時期の部分の
両方考慮して考えてみたからまあ矛盾する部分はあるかも…
多少の矛盾は勘弁してよ。


263 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 20:38:01 ID:LNk8M4MQO
ここで郭侃落としてスブタイとか言ったらさらにグダグダになる?


264 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 21:04:25 ID:8TdR/9M6O
そりゃなるだろうな


265 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 21:12:41 ID:LLHhsbmL0
>>261
十区分の時代分でこれまで9人分しかだしてないところもあるんだから
ここで11~13人ド~ンと確定出してもいいと思う。
自分は呉カイと張俊を推薦しておく。呉カイは陝西で、張俊は淮東・淮西で
岳飛と同等級の重要性を担った活躍をしたから。


266 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 21:28:13 ID:FZdoa03k0
>>262
選定の論理に矛盾があると揉める元になりそうなんで確認しときたかったのです・・・

>>263
個人的には>>47の郭侃の東方の戦績は、この時代では即確定ってほど抜けてるわけではないのに、
推薦文上がって東方の戦績もあるってだけで勢いで確定になったように思ってるので、スブタイin郭侃outには賛成
でも郭侃押しにこだわる人は多くいそうだから揉めるかもね

>>265
唐のあたりで似たようなこと言い出した人がいてかなり荒れたのを思い出します・・・・
できれば過去スレ読んでください。そうすればそんな発言はできないはず。
あと抗金名将は結局大勢を覆すには至ってないので宗沢・岳飛入ったらもう十分って思いますよ。


267 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 21:31:50 ID:LLHhsbmL0
>>266
そんなことがあたんですか・・・。
軽はずみな発言、この通り謝します。
でもまあ張俊くらいは推薦してもいい・・・よね?


268 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 21:38:47 ID:8TdR/9M6O
>>267
あったよ(ry
でそりゃあ荒れに荒れた(ry
それと張俊じゃ十傑入りは厳しいかと…


269 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/28(土) 22:28:33 ID:9HSuCpNr0
>>261
【確定組】 9名
宗沢、岳飛、完顔宗望(オリブ) 、孟[王共]、伯顔(バヤン)、トゥルイ、阿朮(アジュ)、速不台(スブタイ)、察罕帖木児(チャガン・テムル)、

【有力候補】
海山(カイシャン)、張弘範
郭侃、阿里海牙(アリハイヤ)、張俊

指摘通り、郭侃の確定入りは勢いの部分が否めないので
取り敢えず有力候補へ入れてみたよ。       
一応こんな感じでおK?   
ココ・テムルについては言いだしっぺの◆oOLAqFKRB.さんの意見を伺いたいのだが
忙しいのか最近顔を出していませんね。
ご登場願えないかな?
あとカイシャンの件もあるのだが…



270 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/29(日) 02:18:10 ID:vD14S6sq0
残り1名を、とりあえず置いといて次の時代に進んでみては?



271 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/29(日) 03:32:46 ID:XRa4Mjqz0
カイシャン(海山)

1300年8月に闊別列でカイドゥを破る。
1301年8月、モンゴル高原に大挙侵攻してきたカイドゥを大元ウルスは総力挙げて
迎撃した。カイシャンは迭怯裏古でカイドゥ軍を潰滅させた。二日後、カイドゥは全軍
を合わせて来襲し合剌合塔で交戦。戦況不利となり、カイシャンは自ら出陣して奮戦し
カイドゥ軍を大破しその輜重を全て奪った。明日また戦い、カイドゥは元軍が少し後退
したのに乗じたがカイシャンは力戦して突出し敵陣の後ろに出て全軍還った。カイドゥ
は優勢な元軍に大敗して目的を達せずに去り、その時の傷がもとで(もしくは病気で)
死んだ。

カイドゥとドゥアはカヤリク市より数日の距離で元軍と交戦し、カイドゥはいつものよう
に勝利し大量の戦利品を獲得してそれに満足して帰途についたが、たまたま沙漠で病気に
かかって死んだ。(モンゴル帝国史の注にあるワッサーフの記述を要約)

カイドゥの死後、その王国はドゥア・チャパル派とオロス派に分かれて内紛が生じた。
そのような状況でカイシャンはアルタイを越えてオゴタイ家の本拠地を占領し、またこの時
アリク・ブケ一族が投降したことにより敵対勢力は消滅し北方は平穏となった。


272 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/29(日) 04:27:44 ID:KEDiawjZ0
明清になるのをじっと待つぜ…


273 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/29(日) 05:11:10 ID:NFfqariJO
カイシャンってアピールするほど凄くないように感じるけど…


274 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/29(日) 15:29:05 ID:IphoJY+y0
カイシャンと争ったカイドゥについて

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%89%E3%82%A5

カイシャンが越えたアルタイ山脈

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%82%A4%E5%B1%B1%E8%84%88

凄くないって何が凄くないのよ?


275 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/29(日) 15:44:48 ID:IphoJY+y0
ageてたな。すまん

ココテムルに関しては次の時代でいいのでは?
攻守の方向が変わっただけで金の侵攻から国を守った抗金名将たちとやってることは変わらんだろうし
徐達に勝った後も南下して中原回復をめざしたりしてるし


276 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/29(日) 16:16:58 ID:kd3eRFeA0
>>269
どうもありがとう
残りの有力候補からはアリハイヤを推したいかな

>>274
史料によってはカイドゥが勝利したとなってるのは、曲筆を少し疑ってしまう
カイドゥ破ったのが正しいとしても、元への投降が増えて勢力瓦解の危機になり、
破れかぶれで攻めてきたのを普通に迎撃しただけってイメージを持っちゃうな
総力をあげてとなってるが、勢力比とかどんな感じだったのだろうか?
カイドゥ健在のときに積極的に攻め入って破ってたなら文句なしで入選だけど・・・

山脈越えについてはパミール越えやった高仙芝も外れたからねえ・・・
それに元々遊牧のモンゴルがそういうことやっても、それほど凄いって思えない
あと元ネタがwikiでは残念ながらやや説得力弱い

>>275
異民族政権なので、>>69の定義に従えば、元か北元かで、
統一政権の防衛戦として認めるかどうか変わってくるのですよ


277 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/29(日) 18:45:24 ID:NFfqariJO
>>276
そうだね俺もカラコラムの戦いとタミールの戦いについていろいろと調べてみたが
カイシャンがカイドゥを打ち破ったとしか書いてないし、
具体的な記載が見当たらないのでイマイチどう凄いのかピンとこないのだが…
国の存亡を掛けた戦いを制したという感じないがあまりしないのがぶっちゃけた感想。
で>>273の様なコメントになった。

パミール越えをやった高仙芝が落選したのはタリム河での敗戦が評価に響いた訳で
山脈越えしたのに落選という訳じゃないんだよ。

張俊はやはり十傑入りは厳しいと思うが…



278 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/29(日) 22:24:57 ID:xVCgEaS10
【確定組】 9名
宗沢、岳飛、完顔宗望(オリブ) 、孟[王共]、伯顔(バヤン)、トゥルイ、阿朮(アジュ)、速不台(スブタイ)、察罕帖木児(チャガン・テムル)、

これまでのに慣例(?)に従って一枠を残し、
海山(カイシャン)、張弘範、郭侃、阿里海牙(アリハイヤ)を有力候補・議論中として、
もう次の時代に行く?


279 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/29(日) 23:54:58 ID:xVCgEaS10

【確定組】
 徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥
【候補】
 朱元璋、陳友諒、方国珍、湯和、李文忠、藍玉、于謙、兪大猷、
 王守仁、拡廓、呉三桂、李自成、鄭成功、馮国勝、張輔、張士徳、馬芳、
【資格あり?】
 拡廓帖木児(ココテムル)

取り敢えず貼っとくよ。


280 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/30(月) 09:49:02 ID:/DwM+G9u0
朱元璋が中国史どころか世界史でもナンバーワンとかいう説があるんだが。


281 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 13:54:15 ID:5evbkO/+0
>>280
出典は?


282 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 14:48:40 ID:jSUKrpFa0
んじゃ、もう明代入ってええの?
まだ元代で語り足らない方がいらっしゃるなら、もうちょっと我慢するけど。


283 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 15:32:19 ID:h1ArJXGGO
もういいんじゃない?
流れも止まってた気もするし。


284 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/30(月) 17:50:23 ID:0o7XXxcXO
>>281
出典も糞もないよ。最下層からの天下統一だからってのが理由。
名将である論拠じゃない。


285 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 18:02:10 ID:5evbkO/+0
>>284
なら取り上げる必要は無いねぇ。
ここ、名将スレだし。


286 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 18:14:36 ID:/DwM+G9u0
朱元璋の仕事量は異常。
一日に千件の上奏文、三千件の案件を処理するなんて信じられん。
部下を殺しすぎだが、これほど働けるなら粛清も手段としては有りだな。
まあ自分の後の馬鹿息子たちにもそれを要求するのは見通しが甘いと言えるが、
当時は目先のことで手一杯だったのだろう。
徐達がいなくても自分で北伐くらいは軽く出来そうな指導力。
将之将として元祖の劉邦より上かも。


287 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 18:37:52 ID:h1ArJXGGO
>>286
>朱元璋の仕事量は異常。
>一日に千件の上奏文、三千件の案件を処理するなんて信じられん。
つーか始皇帝は?

>徐達がいなくても自分で北伐くらいは軽く出来そうな指導力。
つーか自分でやるにしても劉伯温の力が大きそうじゃない?

将の将については以前かなり揉めたのだが…


288 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 19:56:59 ID:2p2qUwGuO
ハヨーコでの戦略的失敗と呉王以降は部下功績と理由で確定から落とされた朱元璋だが
やはりカムバックを要請する。半生は彼の指揮がもの言ってたし、その後将の将なったからって外されるいわれはない


289 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 21:39:45 ID:zq78DjSZ0
このスレは、「兵の将」の能力で選定しているのだと思ったが?


290 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 22:34:41 ID:8n8s+mbY0
紅巾時代の朱元璋は間違いなく兵の将だったわな。


291 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 22:39:05 ID:h1ArJXGGO
>>288
だったら朱元璋の半生の指揮がもの言ってた実績をアピールしたらいいんじゃない?
曹彬なんかも用兵に巧みだったことについてエピソードなどを挙げてと頼んだけど、 
結局、挙がらず落選したんだし、
確か朱棣の軍事的資質が凄いから朱元璋も凄い筈だみたいな意見が出てたが却下され、
その後、将の将なんだから評価しろみたいな話になったような希ガス。
でも別に将の将なったからって外された訳じゃなかったような記憶が・・・
劉邦も将の将だからって落ちた訳ではないし。


292 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/30(月) 22:46:08 ID:8ybH+zNFO
すでに確定してる名将の列伝を誰か書いてくれないか?
今までの推薦文だと文量やら個人差が大きかったり、わかりにくかったりする
素人の俺が見ても名将の名将たる所以がわかる文章を誰か頼む


293 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 22:47:57 ID:SqQ5Twlw0
>>286
>一日に千件の上奏文、三千件の案件を処理するなんて信じられん。
事務処理能力の凄さは皇帝としてはプラスでもこのスレでは評価対象にならないわな

>徐達がいなくても自分で北伐くらいは軽く出来そうな指導力。
北伐の実績はないわけで、仮想・妄想で語られてもアピールにはなりませんよ?
推薦するなら朱元璋が自身が指揮したときの実績を挙げて、その凄さをアピールしないと。


294 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/30(月) 22:52:39 ID:0o7XXxcXO
>>289

それと>>288の主張は矛盾してないよ。
あくまで将軍として兵を率いた時代の実績をもって、推薦してるだけだから。

将の将~は無視して良い。もし、どうしても呉王以降の業績を軍功であるとするならば、
その理由を明確にしない限り、いっさい考慮しなくて良い。

幸いこの時代は、しょせん一発屋だからと、候補止まりにできそうな人物が多いし、
下手な小細工は要らないと思うよ。


295 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/04/30(月) 23:15:49 ID:5evbkO/+0
>>294
だからこそ事績をつまびらかにせよという主張を>>291がしているわけで。


296 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 00:17:51 ID:Ulz7nq870
朱元璋の呉国建国までの戦績

徐達、湯和ら二十四人と郭子興の元を去ったとこから始まる。
一三五四、定遠にて民兵集団の首領・驢牌寨を計略を持って倒し、配下三千人を獲得。
その後、黄カン山のビュウ大亨の配下二万を夜襲をもって服属させる。
一三五四、チョウ州を墜とす(この戦は花雲が活躍)
翌年、迎え入れた郭子興と共に和州を攻撃、和州城を攻略。
牛ショ磯・サイ石の元軍と陥落させ、退路を断ち兵を奮い立たせ太平の司令官ナガチュを捕らえる。
しかし元将マンジハイ、アルクゥイらが、朱元璋が去った後のサイ石を奪回。
陳埜先と康茂才の数万と共に二面作戦を展開。
朱元璋は防戦しつつ、奇襲部隊を持って挟み撃ちにし陳埜先を捕らえる。
陳埜先は説得を受けずに解放され、再び集慶の福寿と共に朱元璋を伺う。
朱元璋対峙しつつ、徐達を蕪湖や句容などに向かわせ、南方から集慶を牽制し、
常遇春をサイ石のマンジハイに向かわせ和州と太平の線を回復した後。
集慶を攻め、途中で陳兆先(埜先の子)を破る。降伏者は三万六千。
集慶城を猛攻し、一日で落とす。民兵五十万を摂取。
一三五九、浙東攻撃を開始し、李文忠らがブ州を守備してた石抹厚孫を抜けないので援軍を率いる。
ブ州救援に向かう処州の石抹宜孫(厚孫の兄)に大勝し、ブ州は孤立、降伏する。
陳友諒は艦隊を率い、揚子江を渡り太平を陥落(守将の花雲は殺された)
一三六〇、サイ石に進駐し、徐寿輝を殺して漢を建国した陳友諒は張士誠との朱元璋に対する挟撃作戦を持ちかけるも。
結局は単独で応天攻撃を開始。朱元璋政権は震撼し降伏論や退去論がでる有様。
朱元璋は劉基と意見を共にし、決戦を決意。胡大海を信州を牽制させ、康茂才をして偽内応をしかける。
この戦いに勝利した朱元璋は捕虜七千人、巨戦艦百余隻、戦艦数百隻を得る。
太平を奪回した朱元璋は乗して安慶、信州、浮梁、袁州を攻略する。
翌年、陳友諒が再び安慶を陥れたが、朱元璋は自ら兵を率い奪回、長駆江州を攻め、逆に陳友諒を撤退させる。
ジョウ州、建昌、竜興などと次々と攻め落とし、漢は盛時の半分以下の領土になる。
一三六三、張士誠軍に攻め立てられた小明王の救援に向かう。(劉基は陳友諒の動きを警戒し反対する)
無事、小明王を救出したが、その安豊に向かう間に陳友諒が軍備を整え再び進軍。
ハ陽湖の戦いに至る。(この戦いは有名なので省略)



297 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/01(火) 10:48:08 ID:zzFkThvrO
コレで落選ってこの時代、どんだけ凄いんだよw


298 ◆RQdk7scN8s sage 2007/05/01(火) 12:10:44 ID:0C9OK2/a0
>>ハ陽湖の戦いに至る

うおお、そこへ行くまでが奮い立つじゃないですか。
つうか、まだメインイベントじゃないのか。
ところで、まったく関係ないことだけど、この頃の華南とはどんな状態だったのか
ヒマがあれば教えてください。
(なにせ自分の時代は南宋の滅亡とともに終ってますので)




299 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/01(火) 14:03:14 ID:Ss8ybL//0
>>298
◆RQdk7scN8sさんへ、これぐらいは知っとるかしれんけど当時の概要。
元朝の支配力が弱まった14世紀半ば、苛斂誅求と自然災害によって人心が離れた時期、
人々は農民階級に強く根を張る白蓮教の教えにある救世主到来を強く心待ちにしていた。
しかし南人(旧南宋人)たちは長らく虐げられ続けていたこともあって救世主到来を待てず、
不満を爆発させて武装蜂起。モンゴル打倒を叫んで“紅巾軍”を結成、江南の各地で
モンゴル軍や地主を襲い、思いを同じくする農民勢力を取り込んで勢力を拡大していった。
これによりモンゴル貴族階級対漢族農民階層の対決構図が明らかになり、
朱元璋がのちに述懐するように「人を殺すこと麻の如し」という凄惨な状況が長いこと続く。

ちなみに劉福通ら率いる穎州系紅巾賊を東系、徐寿輝ら率いる湖北系紅巾賊を西系と呼び、
朱元璋が身を投じた郭子興は東系紅巾。
                    (世界歴史体系・中国史・四巻、明・清より)


300 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 14:55:19 ID:gKO/jiSL0
朱元璋と毛沢東はイメージがなんか同じだ


301 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/01(火) 15:15:07 ID:Ss8ybL//0
>>292さん
10行ぐらいで簡潔にまとめりゃいいかいな?
いっぺん長文書いた人物やったらつづめられると思う。

孟珙(字は璞玉。1195-1246)
名将孟宗政の子。若くして対金戦で非凡な才覚を発揮する。
父の死後、彼の創建した“忠順軍”二万を受け継いだ。
金の武仙と5度に渡って戦い、金兵数万を斬り宋人数十万を解放。
蔡州の戦いに参加。モンゴルの大将タチャルに兵糧二万石を届け、自身も奮戦、金を滅ぼす。
モンゴルとの戦いにおいて常勝無敗、占領された要地・襄陽、樊城を回復した。
襄陽に兵士10万を駐屯させることを乞うが認可されず。ひとまず先鋒軍を置く。
各地に転戦して奪われた版図を取り戻し、子爵とされた。
江陵に屯して四川から襄陽にわたる三層の防衛ラインを構築、各地に一千~一万の兵を駐屯させるを乞うが認められず。
襄陽に兵を募集し朝廷に北伐を進言するも、過去の宗沢同様、聞かれなかった(「三十年余中原の人心、今志あれども実現あたわず」)。
再び江陵に屯してモンゴル軍南下に備える。敵が南宋領内に入るや防衛ラインに兵を送り、事前に牽制して敵を領内に入れなかった。
1246年9月、没。死後吉国公と謚される。忠義に厚く教養があり、仏教と易学に精通し、自ら“無庵居士”と號した。
・・・こんな感じでどーやろか?

>>269さん
ココテムルの扱いについて。
元朝がまがりなりにも中国の北半分を擁していた時季は統一国家、元の武将として叛徒と戦った名将。
北元に退去したのち中原回復を志して南下してきた時は統一国家・明に戦争を仕掛けた異民族国家の名将、
という扱いで俺の頭ん中では処理されとるんやけど、変かいな?



302 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 15:30:39 ID:+OW6jgdx0
>>301
269さんではないですけど、一点質問です。

>北元に退去したのち中原回復を志して南下してきた時は統一国家・明に戦争を仕掛けた異民族国家の名将
の扱いだと、北へ撤退後に攻め込んで大きく領土奪った実績がない場合は、
>>69の定義からは完全に外れると思うのですけど、その辺はどうなんでしょうか?


303 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/01(火) 15:49:30 ID:Ss8ybL//0
>>302さん
完全俺のミスです。死角です。
ただまぁ、
「領土を掠取」はできてなくても
「当時の中華国家の人々に恐怖意識を植えつけた」
方でなんとかならんかな~。
当時ココテムルがどれほど恐れられたかによるけども。


304 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 16:18:41 ID:8XSv3Wv+0
>>301
◆oOLAqFKRB.さん、徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥についての説明文を今、作成中なんですが任せてもらえません?

で自分は実は>>269なんですがココテムルについてはぎりぎりセーフかなつーのが自分の意見なんですが。 
それと前の時代枠でも弾かれ、明でも資格無しではココテムルが可愛そ過ぎませんか?
(こんなこと言ったらみんなに怒られるかな?)〇


305 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/01(火) 16:29:51 ID:Ss8ybL//0
>>304さん
本当やったらわざわざ断ってもらう必要ないんやけど、
毎度俺が勝手に紹介文書くケースが多いもんね。もちろん了解、任せます。

ココテムルはどーやろねぇ。「泣く子も黙る」とかそーいう記述があればなんとかなるんやけど、
せいぜいが劉基の「拡廓、未だ軽んずべからずなり」ぐらいしかないんよね。
朝敵としては恐れられたが民衆は大して怖がってなかったってことやろか。
でも才能あるのに弾くのが惜しい・・・って耶律休哥のときもそー言って結局落選したわけやが。
やっぱ定義定めた自分が曲げるのは問題あるよなぁ。誰かココテムルの凄い情報もっとらんかいな。


306 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 16:33:11 ID:+OW6jgdx0
>>303>>304
現定義で考えると、ココ・テムルは元の枠に入れるべきではないかな、と思ったりしてます。
別に前の時代枠でも、明代に入れて徐達とセットにした方がよいってことで先送りになっただけで、
実績不足で弾かれたってわけじゃあなかったですし、残り一枠をカイシャン他と争うのでもいいのでは?


307 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 16:42:10 ID:hH1WBaPs0
ある酒宴の席で朱元璋が
「今の世で最も怪傑と呼ぶに相応しい武将は誰か?」
と尋ねると、満座の臣下たちはみな常遇春の名を挙げた。
しかし朱元璋ただ一人が敵であるココテムルを推し、その勇武を賞賛した───という話が野史に見える。


308 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 19:40:59 ID:1dBDNDUw0
常遇春の奥さんは食べられちゃったよね。


309 携帯からで読みづらいかも知れん sage 2007/05/01(火) 20:20:10 ID:uRoWrSN0O
それからの朱元璋


ハ陽湖における戦いで陳友諒は巨艦数百隻・軍勢六十万を発し、南昌を攻めました。
守備部隊のトウ愈、朱文正は小勢にもかかわらずよく守り、三ヵ月の時間を稼いだので朱元璋は救援に向かうことができました。
陳友諒は朱元璋到来を聞き、東転しハ陽湖に船団を整えました。後世名高いハ陽湖の戦いが始まります。
三日間の戦闘は陳友諒優勢に進んだ為、朱元璋は一計を案じ、近くの漁船と枯草を集め、火薬を乗せて東北からの風を待ちました。
風が吹くやいなや朱元璋は船に火をつけ風上から陳友諒軍に突っ込ませたのです。
陳友諒の戦艦は全て三階立てで、軍馬の小屋すらあり、船体には鉄の裏打ちが施された重船でした。
しかし煌々と燃える炎は船団を食らい付くし、陳友諒は弟の友仁、友貴らを失います。
大型の陳友諒の船に比べ朱元璋の軍団は小型で、燃え盛る陳友諒船団を縫って攻勢に出たのでした。
翌日、乾坤一擲、陳友諒は再び決戦を挑みますが、大敗しハ陽湖からの脱出を試みます。
しかし朱元璋は先んじて出口である湖口を押さえた為、
敗残の陳友諒軍は朱元璋軍との睨み合いを続けなければならなくなります。
数日の内に食料が欠乏し、部下の投降が相次ぐようになった陳友諒軍は
血路を開こうと囲みの突破を計り戦闘が開始されます。
午前八時から始まった戦いは日暮れても決着をみず、勝負は翌日に持ち込まれるかと思われましたが、
船頭で陣頭指揮をとる陳友諒に流れ矢が貫通、一代の梟雄はその生涯をにわかに閉ざしたのです。
勇躍、朱元璋は陳友諒軍を責め立て、総崩れにし、皇太子の陳善児を捕らえます。
明けて一三六四、朱元璋は晴れて呉王の位につくと、武昌に逃れた陳理(友諒の子)を親征、平定します。
さて、残るは朱元璋に先んじて呉王を称していた張士誠です。
彼の勢力範囲は現在の浙江省、江蘇省、山東省、にまたがる大国であり、さらに西に汝州、エン州、濠洲を加えてました。
生産力では当時の全土の租税額の三分の一、塩に至っては六割を賄う巨大国に対し
朱元璋は徐達、常遇春に二十万の軍勢をもたせ制圧させます。
張士誠の呉国を併呑した朱元璋は北伐を計画します。常遇春は一路大都を突く戦略を挙げますが
朱元璋は採用せず、周りの拠点を落とし、孤立させた後に大都を攻めるのを指針とし、
再び徐達、常遇春に兵を預け、一方で湯和らに南征を行なわせ統一を達成したのでした。


顧みるに、朱元璋の戦術は常に相手に先んじて退路や援軍、補給線を断ち
十分に疲労してから叩くという、戦術的奇才というよりはセオリー通りの戦術家と考えられます。
逆をいえば機を見るに敏、兵は拙速を尊ぶの才が高かったといえるでしょう


310 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 21:45:55 ID:CvnnNoeq0
>>307
手元に史料がないので、確認は取れないけど、
朱元璋が王保保を天下第一奇士と評したって話は確か明史にも載っていたはず。

それと、以前、明代の名将を議論していたときにも散々述べたけど、
再び張士誠の弟である張士徳を推す。

江南三強中、最大の生産力を誇る姑蘇の地を張士誠が制し得たのは、
彼の活躍によるところが大きい。

『国初群雄事略』の「周 張士誠伝」は三巻に分かれているけど、
事実上第一巻は張士徳伝と呼んでいいのではないかと思うほど、
その活躍が全文の多くを占めていたように記憶している。
彼が指揮をした戦いで敗北したのは、俺が記憶している限り、
苗族の元将楊完者の守備する杭州を一度は陥落させるも、その後奪い返されたことと、
朱元璋軍に攻撃されていた常州の救援に向かい、
徐達、常遇春等、朱軍の名だたる名将たちと激突し、善戦の末虜になったことぐらいか。
(前述したが、現在GW帰省中で家に帰らないと史料が参照できないので、
ちょっと記憶違いがあるかもしれない。)

また、常州での朱元璋と張士徳の攻防戦を『国初~』著者の銭謙益は
明建国過程の重大事と評して、作中でも最長の考証文を書き綴っている。

他にも、これまたずいぶん前にここや元末スレでも述べたことであるが、
張士徳直属の部下に史椿という武将がいて、
彼は張士徳没後、次第に綱紀が弛緩してきた張士誠軍に見切りをつけ、
チャガンテムル(暗殺された後は朱元璋)に投じようとしたという話が伝わっていて、
直接の記述は見つけられなかったものの、
張士徳の軍の綱紀を重要視する姿勢を垣間見ることができる。

また、こっちは軍事とは関係の無い話かもしれないが、
陳基をはじめ、多くの才能ある人物の発掘も行っている。


311 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 22:03:14 ID:8XSv3Wv+0
>>292
徐達 
紅巾の乱が起こると、その朱元璋の麾下で濠州の蜂起に参加。
集慶(南京)を陥す一翼を担う。
鎮江に進撃、常州・常熟を落し、張士誠の勢力を弱体化させる。
ハ陽湖の戦いでは先鋒を務め、猛火の中を勇戦し敵を撃退。
張士誠を討って江南を平定。
北伐では征虜大将軍に任じられて山東・河南を降す。
大都を陥落させ、河北を平定。
応昌攻略ではココ=テムルに撃退されたが、
先鋒として数多く各地を転戦した彼は明朝開国の功臣の第一とされた。


常遇春
劉聚の蜂起に従う。後に和州で朱元璋に帰順。
采石・太平を奪取、総管府先鋒に任命され、後に総管都督となる。
集慶を攻略従い、最も著しい功績を挙る。
徐達に従って鎮江を責め取り取り、常州を破る。
浙東を攻め、衢州を陥落させる。ハ陽湖の戦いでも功績を挙る。平江で張士誠を滅ぼす。
北伐では徐達の副将として大都を陥落させ、太原にココ=テムルを攻め、全寧にエスを大破させ、李文忠と共に北元軍を撃破し、開平府を攻略した。

勇猛果敢で知られ、集慶攻略や陳友諒・張士誠平定では武勲第一とされた。


朱棣(永楽帝)
燕王時代に北平を鎮し、北伐の際北元の乃児不花を捕らえる。
靖難の変にて耿炳文・李景隆・を打ち破る。
明軍より兵力差などが不利な状況に有りながら(五十万対十万)
最終的には南京を陥落させ建文帝に勝利。
即位後、北元に親征を五度に渡り行いモンゴル族を打ち払い、
また安南にも遠征、これを直轄領とした。 満州も征服している。

戚継光
倭寇及びモンゴルと戦って戦果を挙げた。
浙江南部・福建方面に来襲した倭寇の大軍に連戦、兪大猷・劉顕らと共に数々の功績を挙る。
しかしその名声は他の二人に大きくうわまっていた。
戚継光の活躍により東南の倭寇の害は取り除かれた。
また薊州などを鎮め、規律ある軍制と卓越した指揮により
戚継光は北方に十六年間、侵略を防ぎ続けた。

袁崇煥
進士に及第した後、遼東の守備を志願。寧前兵備僉事に抜擢される。
後金のヌルハチが寧遠を攻撃した際、ポルトガルから輸入した大砲(紅夷砲)を駆使、
清軍を敗北させる。功績により遼東巡撫となった。
ホンタイジを寧錦で破る。
薊遼・登莱・天津の軍務を統括し、寧遠に鎮める。叛将の毛文龍を殺す。

こんな感じですが五名の名将たる所以は分かって頂けましたか?


>>299
>(世界歴史体系・中国史・四巻、明・清より)ですか、アジア辞典といい羨まし杉・・・〇


312 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 22:04:18 ID:CvnnNoeq0
>>305
>「泣く子も黙る」とかそーいう記述があればなんとかなるんやけど
確か、ずいぶん昔にどっかの先生が書いた「拡廓帖木児の死について」って論文に、
北元政府はココテムル死後も外交の場においてココテムルは健在であると宣伝し、
そのネームバリューを利用していたって書かれていたから、それなりの威勢はあったんじゃないの?


313 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 22:06:47 ID:8XSv3Wv+0
連投スマン

>>309
徐達や劉伯温にばかり目が行っちゃうけど改めてみてみると
朱元璋自身もかなりの戦術・用兵家なんだな。

ちなみに羅貫中がハ陽湖の戦いをモチーフに三国志演義での赤壁の戦いのは描かれていて、
諸葛亮の神掛かりな奇策は劉伯温をモデルにしてるみたいな話があるんだよね。


314 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/01(火) 22:39:22 ID:3DNBoeHE0
李文忠(あざなは思本。1339-1384)
 太祖朱元璋の甥。養子とされ朱姓を下賜される。読書を好み鋭敏であった。
 武勇にも優れ勇は三軍に冠たり。青陽、石埭、太平、旌徳を攻め、ことごとく降す。
 浦江にて苗族の反乱を平定し降伏した兵士三万を自軍に取り込む。現地で搶掠・放火を厳禁し、
現地の人々に恩沢と誠心を示した。
 厳州を守る。張士誠が攻め込んでくると二度に渡ってこれを撃退、以後張士誠は
あえて厳州をうかがうことをしなくなった。
 呉軍十万が諸全を攻めると徐右丞、邵平章をつれて諸全へ。浮き足立つ呉軍を大いに破る。
 張士誠が二十万の大軍をもって新城に攻め寄せると寡兵で迎撃、騎兵の機動力に任せて
縦横に敵軍を切り崩し、向かうところ敵なしの大活躍でついに敵軍を潰走させる。
数十里に渡って追撃し、数万を斬った。
 朱元璋の呉攻めに従軍、別将として桐盧、新城、富陽を抜き、杭州まで陥とした。
兵三万と食糧二十万石を得、朱姓から李姓に戻る。建、延、汀の三州を平定。
 洪武二年、常遇春の副将として元の上都を攻める。常遇春が死ぬとその軍を引き継ぎ、
大将軍徐達のもとで慶陽、太原を攻め陥とす。
 翌年、徐達と別に十万余の兵を率いて北伐、元の平章・チュチェン、シャブチェン、
シャンドゥガンらを斬り、あるいは投降させた。時に元帝が崩じ、太子のアイユチリダラが
新たに立った。李文忠は間者の報告でこれを知ると応昌に走って元の新帝を襲い、
その嫡子と皇后、妃、宮人ら数百人を擒らえ、宋から元にいたる玉璽その他の宝物を奪った。
凱旋し戦利品を献上、奉天門で洪武帝の朝賀を受けて戦功一等とされた。
 洪武五年、北伐。馬が流れ矢に当たり落馬するも、元兵から馬を奪い死戦、ついに敵を破り
捕虜万余を獲る。ただし曹良臣以下の名将を失ったため論考は行われなかった。
 翌七年、各将道を分かって出陣し、三不刺河で平章・陳安礼を捕らえる。白登で太尉・ブカを擒らえた。
 秋、大寧と高州を抜き、宗王ドドチリを斬り、承旨・百家奴を擒らえた。氈帽山で魯王を斬り、その妃
および司徒タンハイを斬った。
 洪武十六年冬、病を得、翌年二月、世を去った。享年四十六歳、岐陽王に追封された。謚は武靖。
太祖の陵に倍葬され、建国の功臣第三位とされた。



315 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 22:43:13 ID:wvylm5yGO
演義赤壁はハ陽湖の戦いをモデルにしたかも知れないが
ハ陽湖の戦い自体は正史にある赤壁の戦いを参考にしたんでなかろうか
劉基とか頭良くて正史一通り読んでそうな奴もいただろうし


316 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/01(火) 22:45:02 ID:3DNBoeHE0
連投、つーか反省。
26行ですか・・・やっぱ長いわな、俺の紹介文。
>>311さんみたいにスパッと行くと気持ちいいんやろーけど上手くいかん。


317 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 22:48:28 ID:wvylm5yGO
間に割ってた。済まん


318 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 23:03:43 ID:8XSv3Wv+0
>>314
李文忠ですか。自分も目を付けてたんですよ。
自分は鄭和と曹文詔を推します。(推薦文はまた今度ということで)

◆oOLAqFKRB.さん
だいぶ前にも言いましたが、〇〇を撃破、××を攻め落とした部分などを強調し、
エピソード的部分は添え程度にしてみてはいかがでしょうか?
まあ◆oOLAqFKRB.さんの推薦文を楽しみにしている人も居るかも知れないので
あまり要らんこと言えませんが・・・  〇




319 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 23:19:39 ID:wvylm5yGO
王玄策がスルーされてるこのスレで鄭和の出番あるんだろうか…
詳しくないんで推薦文に期待


320 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/01(火) 23:43:05 ID:zzFkThvrO
>>315
赤壁の戦いの記録のドコを読んだら、ハ陽湖の戦いに応用できるのか知りたい。
疫病が流行ったんで侵攻した側が火をつけて退却。防御した方は名声を得た。
という経緯じゃないの!?


ハ陽湖の戦いは、戦術的には特殊なトコはなく、先行する例はよくあるけど、
赤壁の戦いと共通点があるとは知らなんだ。

ニワカの俺に分かりやすく、咬んで含むように教えてもらえるとありがたい。


321 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/01(火) 23:47:43 ID:8XSv3Wv+0
>>319
せっかく期待してくれてるのにスマン、鄭和じゃなく湯和だった。
鄭和の功績じゃ無理だ・・・
つーか手持ちの資料じゃ詳しい記載がないんです。


322 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/01(火) 23:53:17 ID:zzFkThvrO
>>319
このスレ的には候補すら入らないけど、軍事的には重要人物ですよって場合には、
推薦文があがることあるよ。

こんな人物だったんだぁ~ 知らなかったよ。㌧クス!!でも無しだな(プ
って感じでスルーされるが、それはそれで一興かと。


323 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/01(火) 23:56:23 ID:3DNBoeHE0
これで今日は打ち止め。明で俺の一推しといえばこの人(李文忠も好きやけど)。
馬芳(字は徳馨。?-1579)
 十歳のときアルタンに攫われたが隙を見て逃走、帰国。非凡な体力により兵卒に抜擢される。
 嘉靖二十九年、威遠で北虜と交戦、敵の伏兵を見抜いて逆撃し、自ら首級九十を挙げた。
 嘉靖三十六年、土蛮が十万騎の大軍を擁して界嶺口に迫るも、
馬芳が兜を脱いで素顔をさらすと「げぇ!! 馬大帥やんけ!!」と驚愕して退却。北賊に大いに恐れられる。
 宣府の守りを任されたとき、北賊が山西に侵攻すると一夜に五百里を駆けて交戦、七戦七捷して敵を殲滅した。
 嘉靖四十五年七月、辛愛率いる十万の騎兵を馬蓮堡で迎撃、謀略と敢闘をもって大いにこれを破る。
 馬芳は胆力智謀に優れ、敵情を熟知してその虚実を利用することを得意とした。情報戦を得意とするが戦に臨むとむしろ猛将型であり、
常に士卒に身を先んじて突撃することを旨とした。しばしば出兵して敵の堡塁を破壊。あるときは自ら督戦し、あるときは副将を遣わして戦果を上げた。
 大同がアルタンに犯され、宣府の馬芳は現地に急行、アルタンの軍を打ちのめして辺境に安寧をもたらした。
 馬芳は行伍(一兵卒)から十余年で大帥となり、膳房堡、朔州、登鷹巣、鴿子堂、龍門、万全右衛、東嶺、孤山、
土木、乾荘、岔道、張家堡、得勝堡、大沙灘などの戦役で活躍、大小百戦以上を経て身に傷を受けること数十、
つねに寡をもって衆を破り、かつて大勝せざるはなし。敵の部長を擒えること数十、斬殺したもの無数、威名は辺境まで轟きわたり、
功績は当世の将帥に冠す。石州城が落ちたとき、防衛軍指揮官の副将・田成威と参将劉宝が死刑に処されるところを、自らの功績に免じて
彼らの一命を助けてくれと上奏した美談が残る。
 削りに削って15行。孟珙でも10行ちょっとやったし、こんくらいが俺的ギリギリラインか?


324 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 00:09:18 ID:Ilihl0BuO
>>323
そんなに鬱になるなよw
俺はいつも楽しみにしているし、凄く勉強になる。
程々の長さならそんなに気にしなくてもいいんじゃない?


325 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 09:34:33 ID:z559dP//0
代表的な一つの出来事を丹念に書き記した方が面白い
出来事の羅列は見てる方には退屈



326 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 09:51:22 ID:HBHBRtZm0
>>325
どこが面白いかなんて人それぞれだし、推薦文投下する側で判断することじゃない
そういう類のわがまま言うなら自分で史書を読むべし


327 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 11:45:47 ID:/Zu/GTxd0
>>325
読み物としてはそうだろうが、実績評価の材料にするぶんには
羅列のほうがわかりやすいと思うよ


史書といえばやっぱりみんな明実録とか読んでるわけか?


328 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 11:53:42 ID:JjxXbAi30
自分は今まで大体あんな感じの推薦文投下してきたんだけど
不評なら投下するの止めようか?
つーか自分の力量じゃ、あんな感じにしか作成出来ないし・・・


329 ◆RQdk7scN8s sage 2007/05/02(水) 12:49:00 ID:cVwz+1tH0
あんな感じってどれのこと?
>>309のようなのだったら、明を知らん自分にはありがたすぎるくらいなのだが。

だいたい、個人の能力を引き比べているこのスレではあれど
そのときの勢いとか、世論の方向性とか、開戦にいくまでの経緯とか
知って損はないはず。 というかそこまで分析する必要が実はあるのだけどね。
まぁ、それは冗長になるから、個々の専門スレですればいいが、
ここがオレ的に一押し、みたいな付加的要素は加味すれば、なおよし。
羅列とか箇条書きでは、味気ないというか、すごいのかどうなのか、
わかりにくいところもあると思う。熟知している人にはくどく感じるだろうがね。



330 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 14:08:04 ID:JjxXbAi30
>>329
例えば、◆RQdk7scN8sさんと五代・北宋・遼で推薦合戦しあってた時の推薦文が自分のスタイル。
(楊師厚、霍彦威、郭崇韜などや南宋・金・元の劉整)
>>311は>>292さんが分かりやすくと言っていましたのでシンプルにまとめてみました。
味気ないと言われれば立つ瀬がないわけで・・・
駄目なら本当に投下止めますが。





331 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/02(水) 14:47:40 ID:OlVm8I7a0
>>324さんは擁護してくれたけども、どーも書き込んでいいんかどーか悩んでしまうな。
一つの出来事にスポットを当てる、ちゅーことやったら箇条書きやめてエピソード重視の長文に戻したほうが受けいいんやろか。
例えば大同がアルタンに襲われたときのエピソード。
 大同が犯され、その害は宣府にまで及んだ。総督・陳其学は恐怖し、大同は混乱に包まれる。代わって趙岢が総兵官となった。
趙岢は紫荊関を扼守したが懐仁、山陰をほしいまま寇賊に略奪され、罪に落とされ俸禄を三級落とされた。
馬芳はその後任を任され、彼から防衛の任を引き継ぐ。アルタンは転戦して威遠に逼り、いくつかの鎮を陥とした。
ちょうど陳其学が胡鎮らを率いて馬芳の陣に合しようとしたが、馬芳は余計な兵力は自らの天才を阻害するものだとして救援を拒む。
そして将兵に告げて曰く
「大同、宣府と比べるにあらず、我との間一墻のみ。時ならず寇、到る。大創もこれをあらざるべからず!!」
(大同の重要度は宣府とは比べ物にならず、しかも彼我の距離は一墻のみ。時ならず賊が襲い来るも、大創を負ったとて退くべからず!!)
 ここで領軍の右衛を突出させて威寧海子で交戦、大いに敵を打ち破りアルタンを就撫し、辺境には遂に平穏が訪れた。
こーいうの入れたほうがいい? むしろこっちのほうが得意っちゃ得意やけども。


332 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/02(水) 14:59:42 ID:OlVm8I7a0
あとID:JjxXbAi30さん、やめるとか言わんでください。
推薦文職人は結構貴重な存在なんやから。
それに>>311は推薦文じゃなくて簡潔な紹介、という前提なんやから批判されてもノーカンでしょ。


333 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 16:32:42 ID:xaQW0wEP0
まとめサイト作ったほうがいいな


334 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 16:46:22 ID:JjxXbAi30
>>332
◆oOLAqFKRB.さん ㌧
正直にぶっちゃけるとコテ(?)はあえて付けてませんが
ID:JjxXbAi30は貴方のよく知っているアイツな訳で。
丁寧語じゃないのは常時だと正直、精神的にしんどい訳で、砕けた書き方してます。
自分の力量と蔵書じゃいつも投下してる、
推薦文を書くのが限界なんですよ。
あれが受け入れられないなら消えるしか道はない訳で・・・


335 ◆RQdk7scN8s sage 2007/05/02(水) 16:48:28 ID:cVwz+1tH0
>>330
実は○さんですか?
自分は文句ないので、続行よろしく。
なんでそんなに悲観的になってるんでしょ。


336 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/02(水) 17:12:14 ID:hUEcqCSmO
中国史素人の俺だけどまとめ作ろうか?



337 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 17:36:10 ID:JjxXbAi30
>>335
はい。自分は〇です。(思うとこがあってコテはずしてますが)
>>325の>出来事の羅列は見てる方には退屈
>>329で◆RQdk7scN8sさんの
>羅列とか箇条書きでは、味気ないというか、すごいのかどうなのか、 わかりにくいところもあると思う。

このレスにマジで凹んだんですけど・・・

あんなんでよかったら投下しますが他の皆さんいいんでしょうか?


338 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 17:55:32 ID:HBHBRtZm0
>>337
どんな形式であっても、推薦文投下してくださるだけで感謝しますよ
おいらは、自分では投下もしないのに、他の人が投下してくれる
推薦文には文句つける輩はこのスレにいる資格なしと思ってます


339 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/02(水) 18:07:35 ID:cJ8fvbR10
俺もオッケー問題なしと思うよ。
受け取り方は十人十色なわけやから、書き込みの文体も千差万別でよかろ?
それに、あそこで凹んだゆーたら短文にこだわって箇条書きの紹介文書き連ねた俺も同じ。
なんにせよ需要は十分にあるんやから、知識があるのにそれを隠すのは勿体無いやん?


340 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 18:10:40 ID:Ilihl0BuO
>>338
同感。俺もそう思う。
それとクレクレ言っといてサンクスや㌧も言わない奴って
せっかく親切に教えてくれた人にかなり失礼な話じゃない?




341 ◆RQdk7scN8s sage 2007/05/02(水) 19:55:27 ID:cVwz+1tH0
>>337
それは申し訳なかった。
…でも、今までのアレで味気ないとか思っているとしたら、
ちょっと自己を過小評価気味とおもいますけどねぇ。
自分は朱元璋のくだりや、>>311のことを指して、羅列や箇条書きと言ったつもりじゃなかったのだけどね。
特にこれと言ったレスを指したわけじゃなく、広義のつもりだったのだ。
曹彬のときにもあったけど、華南平定に貢献した、とかそんなんじゃどうすごいのかわからんもんね。
しかも、華南平定に功績があったのは曹彬じゃないし…
勘違い等も含め、それを訂正するためにも、多少文章は長い方がいいと思っている。
それがあの、前スレで1000いかずに終った原因なんで、申し訳ないところではありますが。

>>340
そうですよね、自分も礼を書くのをすっかり失念していましたよ。
>>299の岩城氏にはいつも感謝しております(ついでにいつも非礼で申し訳ない)。
>>309 鄱陽湖のくだりもおもしろかったです。こういうの書いてくれると燃えますね。


342 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 20:39:26 ID:Ilihl0BuO
>>341
別に貴方を責めているんじゃないよw
第一、ちゃんと分かってらっしゃるみたいだし。
忘れてたなら仕方ないよ、俺もそこまでは責めるつもりないし。
でも居るよね?明らかにクレクレ言うばっかりの人って……


343 ○ sage 2007/05/02(水) 21:01:15 ID:JjxXbAi30
ID:HBHBRtZm0さん
ID:/Zu/GTxd0さん
◆oOLAqFKRB.さん
◆RQdk7scN8sさん
支援ありがとうごさいます。浅学の自分には勿体ないレスに感謝です。
只今、曹文詔の推薦文を準備中なので仕上がり次第、投下しますね。


でちょっとチラシ裏なんですが、初代スレで◆oOLAqFKRB.さん(?)が叩き台などを投下したりして
孤軍奮闘?してるのを目の当たりにしています。
その中で◆oOLAqFKRB.さん(?)がポツリ愚痴をこぼしたのが頭に有ったのと、
春秋・戦国の時代枠の時に推薦文の件で揉めたことがあったんです。
これをきっかけに自分もちょっと推薦文挙げてみようかと思ったんですよ。
で今日に至ってます。
だから推薦文を挙げる苦労はよく分かるんです。
取り敢えず出来る範囲で頑張ってみますので皆さんお手柔らかにお願いします。
連投スマン



344 ○ sage 2007/05/02(水) 21:02:31 ID:JjxXbAi30
連投スマン

>>341
いやいや◆RQdk7scN8sさんこちらこそ過剰反応してスマン。
話の流れ的に自分の事かなと思った訳で・・・orz
で長文の事はあまり気に為さんな。
自分も大変勉強になったし、言わば糧ですよ糧。



345 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/02(水) 21:34:12 ID:O6R8Ym980
俺も今までの分感謝書き込みしとこうかな。
◆RQdk7scN8sさん、○さん、そしてその他このスレで支えてくださった
皆さんにありがとう。下手すりゃ二代目スレでキレて排除されるとこやった
のを容認してくださったみなさんがいなければ今の俺はいません。
本当に感謝。

>>343、○さん。
確かにありましたよ、その事件。思い出したくない俺の黒歴史やけどね。
あと、後漢から清までの叩き台出したのは俺で合ってます。なんのかんの言って結構楽しんでました。

現在俺は何騰蛟の紹介文を作るべく翻訳中。
こんな名前聞いても「は?」やろーけど、結構剛毅な抗清英雄なのです。
・・・友達に騙されて攫われたり、あんまり英雄っぽくないけど。


346 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/02(水) 22:14:25 ID:Tf5leQ4PO
前スレが1,000いく前に書き込めなくなり、
スレ立てを頼んだりしたわけだ。その件に関しては、どう思ってんの?
住人以外に迷惑かけて、反省や対策も講じず、長文書いてやったんだから礼の一つもしろ!!
なら、それはそれで問題では?

その辺はどう思ってんの?
長文投稿者および擁護者は、ちゃんとスレ立てするか、長文を諦めるのが筋じゃないの?
それを考慮したうえで結論出さない?

チョット論点が違いすぎる。


347 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 22:29:02 ID:HBHBRtZm0
>>346
前スレのスレ立てでのごたごたに関しては反省すべきなのはおっしゃるとおり
でも、それは推薦文あげてくれる人だけの責任じゃないだろうに
誰か気づいた人が立てるように心がければ済む話であって、
むしろあなたの言うことの方が論点がずれている

ただ、スレ立て失敗も多いんだから依頼するのは2chでは普通のことだし、
1000いかないで終わるの自体はも別に問題ない


348 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 22:29:44 ID:xK4Lal9FO
>>346
長文・AAが多いスレでは残り容量に注意すべきって基本忘れてたのは問題だが……


349 ◆RQdk7scN8s sage 2007/05/02(水) 22:43:20 ID:cVwz+1tH0
>>346
申し訳ないと思っているし、今回の件で初めてそれに気づいたわけだから
今後はないようにするつもりでいる。
書き込めなくなるのは、初の経験だっただけに、新スレをたてるというところまで
気が回らなかったのは事実であり、あれでも謝罪したつもりだったのだけど
気に入らなかったのなら、もう一度謝る。
ただ、長文書くことはそれとはスタンスが違うので、そっちはできればやめないで欲しい。
個人サイトでは、これほどの人たちが集まるとは思えないし、
結局、数人の固定メンバーの牙城になるのがオチですもんね。

無意味なよくわからんコピペ長文ではない、有益な文章を排除してしまうのは
あまりに排他的だと思うんだよね。もったいない。

納得いただければ、以下続行よろしく。


350 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/02(水) 22:49:18 ID:xbrb3H6G0
>>346さん
反省してるし悪いとも重々思ってるし、謝れというなら謝ります。
けども
>長文書いてやったんだから礼の一つもしろ!!
 なんて思ったことは一度もないしね。これはつきつめれば自己満足やし。
で、前スレの反省を踏まえた上で今スレでは出来るだけ短くなるように、
少なくとも1レスで収まるように、出来れば30行以内、と自分に
課しとるんやが、まだ足りんかな?



351 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 22:50:30 ID:CVOSUQDR0
割と歴史好きな一般人だが、
>>12読んでも知らん人ばっかでへこんだよorz

春秋戦国~前漢までと隋・唐はだいだいわかるけど
後漢なんて特に、知らん名前ばっか
有名な劉秀班超、三国の曹操周瑜はいいとして他は全然わからん
馬援とか入ってないんだな

陳の中国の歴史をちょっと開いてみたら、岑彭くらいしか名前が出てこない
樊崇って名前も複数人に連なって書かれてるだけだった

陳は後漢初期はたいした人物がいない灰色の時代とか書いてるな
まあ陳の知識がそれまでなんだろうけど

検索かけてもほとんど出てこない名ばっかだけど、みんな何で知るの?
何か、後漢の連中についてわかりやすく書かれた書籍とか教えて欲しいです


あと耶律徳光ってよく知らんけど耶律楚材は入ってないのね・・・わけわからん
歴史の教科書レベルの頭じゃついていけまへーん


352 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 22:58:04 ID:Ilihl0BuO
>>346
>住人以外に迷惑かけて、反省や対策も講じず、
いや長文派はちゃんと反省、謝罪してたぜ。

>長文書いてやったんだから礼の一つもしろ!!
そんなこと誰が言ってる?そのレスを示してみてよ。
でスレ立て依頼したのは俺なんだが、スレ立ては何度トライしてもダメだった。
仕方無しに代わりにスレ立てて頂けませんか?と依頼したんだ。

つーか貴方の方が>>347の指摘するように論点ずれてるし、それは今出てる話とは別問題。
第一スレ立ての件は誰もいつまでも粘着してないのだが……



353 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/02(水) 22:59:27 ID:Tf5leQ4PO
>>347

>>348にある通り、長文、AAが多いスレは、1,000いかずに書き込めなくなるのは常識だ。
それなのに対策たてません。他人に迷惑かけても問題ねぇ、んなこと知るか!!
は無責任すぎるだろ。750過ぎたら次スレの準備するなりの
ルールを決めようや。よくあることだから無問題。なんて非常識すぎる。
それぐらいも出来ないのか?

それ以外の理由で長文をやめる必要はない。長文が嫌なら読まなきゃ良い。見なきゃ良い。
そんなの議論してどうする。馴れ合いたいのか?
〇さん凄いッスと、互いが誉めあいたいのか?キモすぎだよ。


354 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/02(水) 23:06:36 ID:Tf5leQ4PO
長文書いてやったんだから~は>>340を読んだから。
じゃ何か?クレクレ君には長文で返さなかったとでもヌカすのか!?

悪いが短い文で返してたとは思えないぞ。


355 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 23:08:00 ID:HBHBRtZm0
>>353
前スレが容量増えたのは、推薦文よりも定義論争の方が影響してたんじゃないかと思ったり・・・
早めにスレ立てするのはよいと思うのだけど、この板だと保守しないでも平気なんかね?
そしたら500くらいで次スレ立ててしまってもよいのかも

前半部分は正論なんだけど、
>それ以外の理由で長文をやめる必要はない。長文が嫌なら読まなきゃ良い。見なきゃ良い。
>そんなの議論してどうする。馴れ合いたいのか?
>〇さん凄いッスと、互いが誉めあいたいのか?キモすぎだよ。
この記述するなら、キモすぎていづらいだろうから
このスレから去るか、もしくは永久にROMっててくれな


356 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/02(水) 23:21:00 ID:Tf5leQ4PO
〇が叩かれたのは、特定の人物におもねり、反対意見はキレたからだろ!?
それなのに馴れ合いはデフォだからROMれ!!ほう、反省もしないで居直り上等かいな。

これまた素敵な反論ですこと。人格者は違うな。


357 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 23:30:14 ID:Ilihl0BuO
ID:Tf5leQ4POは態度最悪!!
長文派のレスちゃんと読んだか?
それとクレクレ君の中にはサンクスや㌧のひとつも言わない無い奴がいるから
これはどうなんだと言ったたけで長文とは関係ない。オマエは読解力ないのか?
このスレが気に入らないなら無理に参加しなくていい。悪態を垂れ流すだけなら甚だ迷惑だ!!
つーかID:Tf5leQ4POはスルーと言う事で。




358 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 23:33:26 ID:HBHBRtZm0
>>356
君のいう反省ってのは、君の言うことを全て認めてひれ伏さないと駄目なのか?
君の言う妥当で正しい部分はみんな認めてるでしょうに

改善すべき部分だけ書いて余計な煽り部分入れなけりゃあいいのに、なんでわざわざ煽るのか?
そんなだと、いくら正しいことを言ってても大多数の人には聞く耳持ってもらえないよ・・・


359 ◆RQdk7scN8s sage 2007/05/02(水) 23:39:51 ID:cVwz+1tH0
>>356
つまり、何が言いたいかというと?
長文だめ、単行レスしてきちんと1000までいけ
それがダメなら、さっさと次スレたてろ。
ともかく見ててキモイから長文と馴れ合いはやめろ。

ということ?
次スレ云々はすまん、君には常識でも自分にはなかった。
今度からは常識にするけど。
それと、クレクレ言ってたのは誰かは知らんが、礼を入れることはそれほどおかしなことじゃないと思うが。
自分も前に、他スレにまで礼を言われたことがあって、それは励みになった。
まぁ、自分は強要せんがね。
熱いレスを投下してくれればいいと思っている。

○さんを持ち出す理由はわからんが、特定できる存在を特定できない存在が叩くのはフェアではないでしょ。
そこは控えたほうがいいと思うが、いかが?


>>351
鬼スルーされそうな勢いなので、答えてみる。
陳って、陳舜臣?
たいした人物がいない、というより同一勢力に固まった、とみるべきでしょうね。
後漢初は、日本語で読めるろくな書物がないので、ツラいと思う。
陳センセは「小説・十八史略」書いているけど、あれは正史のおもしろエピソードを抜き出した
いってみればオリジナル。本当の「十八史略」とはずいぶん違う。
それなりに参考にはなると思う。



360 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 23:40:30 ID:Ilihl0BuO
>>358
ID:Tf5leQ4POはわざと煽ってるんだよ。
こんな奴いちいち相手しなくていいよ。
相手にするだけ時間の無駄だ。




361 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 23:45:45 ID:HBHBRtZm0
>>351
>検索かけてもほとんど出てこない名ばっかだけど、みんな何で知るの?
推薦文上げてくれてる方々は、だいたいは正史かその他漢籍史料を読んでらっしゃいますな
その他、アジア歴史事典とかも元ネタになってました

>何か、後漢の連中についてわかりやすく書かれた書籍とか教えて欲しいです
書籍じゃないけど、光武帝関連のこのサイトとかどうですかね?
http://www.geocities.jp/kaysak864/

>あと耶律徳光ってよく知らんけど耶律楚材は入ってないのね・・・わけわからん
徳光は遼の太宗です。楚材は政治家なんで、名将スレでは対象外です。


362 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 23:46:40 ID:8Ccz95AL0
陳御大に大した知識がないなんてそんな恐ろしいこと言う人が居るわけがない
きっと>>351は朕って言おうとしてたんだ。自分のこと皇帝陛下みたいな一人称する人なのさ


363 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/02(水) 23:48:21 ID:f1tECAra0
今の話の流れとは全然関係ないんやけど・・・
何騰蛟の紹介文は明日ってことで。今日はそろそろ眠いのです。
しかも何騰蛟、名将なのか否かがよーわからんくなってきた。
10万余の兵を集めたり李自成を蹴倒したり清軍を斥けたり
さらに清軍が立て籠もる永州城を囲んで36戦して
これを抜いたりしとるんやけど、なんかパンチ力不足な気がする。
まぁあくまでこんな人もおったよ的な紹介文であって、推薦文じゃないからいいんやけど。


364 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 23:49:14 ID:6b4VDF7d0
>>351
最近後漢書の訳本が出てるからそれを直接読んでみたらどうだろう。
あと後漢初期の政治状況について詳しく知りたいなら狩野直禎先生の『後漢政治史の研究』の研究も結構オススメ。




365 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/02(水) 23:55:54 ID:Ilihl0BuO
>>359
>クレクレ言ってたのは誰かは知らんが
元コウの際の司令官って誰の件と
徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥が名将中の名将を分かりやすくの件。
俺が言うことじゃないが、礼の一言ぐらいいうのが筋かと。
現に俺は他スレまでお礼を言いに行った。
>自分も前に、他スレにまで礼を言われたことがあって、それは励みになった。
上に書いたがそれは俺。
その節はお世話になりました。


366 ○ sage 2007/05/03(木) 00:00:09 ID:9J993NId0
>>345
スマンそう言うつもりでは・・・
まあ幸いこのスレの住人の皆さんは良心的な方が多いので安心して参加してますが。

さてココ=テルムについててすが
結局、明では資格有りなのかな? >>307さんや310さん、>>312さんのレスを考慮してらココ=テルムは
「当時の中華国家の人々に恐怖意識を植えつけた」
とみなしてよいのかな?
それと>せいぜいが劉基の「拡廓、未だ軽んずべからずなり」
明の大軍師がそう言い放つと言うことは、
ココ=テルムを国全体で(民衆も含め)かなり脅威な人物と考えてたと見るのは無理がある?

それとも>>306さんが仰る様に元の枠に入れて残り一枠を
カイシャン他と争うのがいいのかな?



367 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 00:31:40 ID:uCm0lvZfO
>>365
わざわざ礼してないレス探してるのか。きもいな。
そうまでしてお礼が欲しいの?


368 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/03(木) 08:48:54 ID:Dynep93KO
後漢にえんしょうさんを入れてあげてください。
理由は簡単


369 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/03(木) 09:10:31 ID:MBdtF63r0
>>364

後漢書の訳本が出版されているのですか?欲しい。どこの出版社ですか?


370 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 10:42:34 ID:36k8H8Wg0
岩波
でもめちゃめちゃ高いんだよなぁ
新品で全部そろえようとすると十二万くらいするよ


371 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 10:46:25 ID:bhpAzAdc0
ちくまで後漢書の文庫はでないのかなぁ


372 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 10:47:04 ID:vo88tyvAO
>>368
袁ショウ程度の実力では候補入りが関の山。
理由は簡単て言われても、、、


373 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 11:08:01 ID:36k8H8Wg0
汲古書院からも『全訳後漢書』のシリーズが出てるね
こっちも高いけど


374 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 11:24:43 ID:tOUIJIwH0
県立図書館とか大学図書館なら結構置いてる所多いんじゃないかな。



375 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 11:36:58 ID:Zifjisi70
>>366
「中華国家の人々に恐怖意識を植え付けた」っていう基準はどうなんだろう。
同じ異民族武将なのに北伐を一度阻止しただけのココテムルが入って耶律阿保機、
休哥、チンギスが入らないのは不公平だと思うが。


376 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 13:13:49 ID:Culb8Wdr0
見当違いの答えだったんで自分の質問に対するレスだと気づかなかったよ。
知らんかったことなんで勉強になった。お礼遅くなってすまんな。
ありがとね>>238,239


377 ○ sage 2007/05/03(木) 13:25:35 ID:9J993NId0
>>375
今、ちょっと時間がないので返答の方待っていただきたい。
ところで入っての意味はどの様なニュワンスで仰ってるの?


>>376
レスありが㌧
見当違いの答えでしたか、それは申し訳なかった。



378 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 14:13:14 ID:Zifjisi70
>>377
中国の武将のうちに入る、ここで議論される候補の中に入るという意味。


379 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 14:14:39 ID:XXwro7qG0
>>362
すまんこ。いらん失言してしもたよ。
確かに朕が一番知識ないのになw

レスくれた人ありが㌧
あんまり初心者向けの書籍ないみたいですなー。
>>361のサイトわかりやすそうなので読んでみます。


380 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 14:21:32 ID:XXwro7qG0
無知ついでにもうひとつだけ。
馬賢だけ検索にも出てこないんでわからないんです。
馬援なら知ってるんですが。


381 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/03(木) 14:35:49 ID:Y8+ne+8r0
>>380
過去スレの推薦文を再掲しときます

> 【名前】馬賢
> 【時代】後漢(安帝~順帝期)
> 【理由】
> 護羌校尉、弘農太守として141年に戦死するまでの間、先零羌の叛乱平定を皮切りに
> 20年以上にわたって三輔地域から涼州にかけての諸羌の叛乱を討伐し続けた
> (皇甫規、張奐、段ケイよりも戦績は凄いと思う)
>
> 主な戦績
> 三輔、益州を領有し趙魏に国境を接していた、零昌(シ眞零の子)率いる先零羌の別種を
> 任尚の指揮下で大いに破り、三輔、益州を快復する
> 馬賢派遣前に、羌族鎮圧に任じられていた鄧隲、任尚率いる官軍は先零羌に手も足も出ず
> 河東、河内まで侵入を許してしまう体たらくであったが
> 馬賢派遣以降は一挙に反撃に転じ、先零羌を遂には瓦解に追い込んでいる
> またその任期中に、隴西、安定、北地、上など、諸郡を諸羌から快復している
>
> まあ、戦死がマイナスか


382 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/03(木) 16:48:30 ID:M/QnZMNJ0
23行と長いですがご容赦を。一応、抗清名将の代表です。
何騰蛟(字は商運、?-1649)
 天啓元年、郷試に通り、崇禎年間、進士に及第。南陽の知事となる。聡明で四通八達と讃えられた。賊に悩まされるも、
巡撫の将に従って安皋山で賊と戦い、首級四百余を挙げる。その後独力で土寇を平定したことから名を知られるようになった。
巡撫・劉永祚にその賢才を見込まれて引き立てられる。土寇を討ち平らげ、領地に平穏をもたらす。
 左良玉の反逆が起こる。何騰蛟と左良玉は好を結んだ中であったから、あっさり騙され誘拐される。漢陽門から長江を目指す漁船に乗せられたが、
地元の漁師に救われた。そこから徒歩で寧州、瀏陽を踏破して長沙に至り、衆を募る。しかし準備万端整ったときには、左良玉は死んでいた。
 順治二年五月、唐王・朱韋鍵が福州で即位した。唐王は南陽にあったときから何騰蛟の賢明なことを知っており、彼に大任を任せた。
何騰蛟は兵を率いて李自成討伐に出撃。九宮山でこれを斃し、その武将二人を擒らえて帰順させた。そのまま長沙に駐屯、賊を投降させ、
一挙に十万余の兵力を要するようになる。
 李自成の甥で驍勇善戦の武将・李錦が投降、その衆数十万が李錦の寝返りでことごとく何騰蛟に帰順した。
膨大になりすぎた兵たちを部下十三人に分かち、自らは中軍、旧左良玉の部下たちを率いる。
 順治三年五月、清の兵が汀州を破り、唐王を捕らえて殺すと、それを聞いた何騰蛟は兵を保全して辺境に退去した。
のち、永明王が即位すると人心はようやく落ち着いた。清軍が迫ると長沙で迎え撃ち、これを斥ける。
 順治四年、春。湘陰から物資を掠取した将軍が清軍に怯え、湖北に敵前逃亡。この時期、恐慌をきたしてそのような行為に
及ぶ例が多々あった。何騰蛟は十三鎮を築いて長沙を防衛。六月、白牙に移る。八月、武岡が陥ちて守将が清に降った。
永明王は靖州に走り、また柳州まで逃げた。時に常徳、宝慶はすでに落ち、永州は清軍の手に落ちた。永明王は桂林に戻り、
城に入る。焦璉がこれを攻めたが、何騰蛟および諸侯の援兵によりこれを撃退、桂林は守られる。
十一月、清軍が全州に迫ると、何騰蛟は将軍五人を率いてこれを斥けた。
 順治五年正月、桂林にて太師を授かった。清軍が全州を奪い、ほしいままに略奪を繰り返しつつ桂林に迫ると、
永福から出兵、麾下を率いて督戦し桂林の三門を扼守してこれを斥ける。さらに逆撃して全州を襲い、三十六戦。
十一月、ついにこれを抜く。まもなく諸州の将帥たちが宝慶、衡州、常徳を奪回し、失地の多くを回復した。
 衡州に常駐。部下の不満や内訌を軽く考えていたため見通しが甘く、
清に寝返った部下により擒らえられる。降伏を勧められるが拒み、擒らわれ、七日七晩絶食して死んだ。

あと>>366○さん、
そんなに深刻な話やないから、すまんとかいわんでいいよ。当時の俺がバカやっただけ。



383 ◆oOLAqFKRB. 2007/05/03(木) 16:58:10 ID:M/QnZMNJ0
連投すんすません。

「中華国家の人々に恐怖意識を植え付けた」
これは無しにしたほうがいいんやろか?
領土は取れんでも攻勢に出て人々をビビらせたら資格あり
(ただし中華とは別の独自路線を歩む人物は選外)、と思ってこの一文入れたけど、
そーすると境界線が不明瞭になるし過去の確定人物たちが揺らぎかねんし。
幸いにしてここは合議制の場やから、ありかなしか民主的に決めたいなーとか思うんやが、どーか?


384 ○ sage 2007/05/03(木) 23:45:47 ID:9J993NId0
>>375>>378
耶律阿保機、耶律休哥、チンギスは資格はあると思うよ。
チンギスは一応、推薦文挙がってたし、耶律阿保機は入れろって意見が無かった様な記憶がするし、
あと落選したのは理由が別だよ。
個人的には遼が途中で契丹を名乗っていても、
同一の王朝扱いにすればいいじゃんって思ってます。・・・でも耶律阿保機の痕徳菫可汗の配下時代は先行政権に扱いかな?
誰か詳しい人いませんか?
それとにココ=テルムを特別扱いしようとして>>366のレスを投下した訳ではないのを
了承してもらえるとありがたいのですが・・・
基本的には資格ありそうな人物なら挙げてもらって、
もし微妙人物ならみんなでアレコレ議論すればいいんじゃない?と思ってます。
自分なんか自己主張が激しい部分があるので意見ぶつかる事があるかもしれませんがご勘弁を・・・

>>383
>「中華国家の人々に恐怖意識を植え付けた」
>これは無しにしたほうがいいんやろか?
条文を手直しすればいいんじゃない?
例えば
「中華国家に対し深刻な状況に陥らせるほどの軍事行動を起こした人物及び
脅威の存在と捉えられた人物を資格ありとする」
(ただし中華とは別の独自路線を歩む人物は選外)

こんな感じでどうでしょう?
自分の頭じゃこれくらいしか浮かばないし、
もしダメならダメと言って頂ければ幸いです。
あと民主的に決めることにはもちろん賛成します。


385 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/04(金) 00:12:34 ID:TUIwjw9A0
>>384
前から気になっていたので一言だけ言わせて

ココテルムじゃなくてココテムル
チャガンテムルやボロテムルもそうだけど、テムルはティムールと一緒でしょ


386 ○ sage 2007/05/04(金) 00:42:13 ID:DlaLDUyM0
>>385
申し訳ない。ココテルムじゃなくてココテムルだねw
もし指摘されなかったらずっとココテルムって打ってたよ。
>>385さんご指導ありが㌧


387 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/04(金) 01:02:43 ID:XrtRsHHB0
ココテルムって通信会社みたいだな


388 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/04(金) 05:46:11 ID:MqCOYZZMO
靖難の変にて活躍し、たびたび燕軍を破り、朱棣に至っては危うく彼に討ち取られそうになった。
・・・という平安って人物がいるらしいね。


389 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/04(金) 12:42:07 ID:2flU3/aCO
あ~、武道の型にその名を残す平安ね。


390 ○ sage 2007/05/04(金) 13:25:41 ID:DlaLDUyM0
曹文詔(?~1635)
山西省大同の人。
当初、熊廷弼・孫承宗らに付き従い遼東で参軍し、游撃に累進していた。
袁崇煥の死後は、馬世龍に従い参将となり、崇禎三年には延綏東路副総兵に任ぜられ、陜西の農民軍と奮戦する。
四年には王嘉胤を滅ぼし、その功により臨 総兵となり、
点燈子・李老柴・一条龍・掃地王などの首領を尽く討伐。
杜三・楊老柴らを捕縛し、紅軍友を斬った。
七年に後金軍が西進し、懐仁・井坪堡・応州を包囲すると、
曹文詔は懐仁を固く守った。
後金軍の包囲が解けたのを好機として、追撃するも敗退する。
山西巡撫呉?の推挙により援剿総兵官となる。洪承疇と合流し、農民軍を追撃、山陽・鎮安から漢中に入った。
さらに商州を経て金嶺川に進撃したが高迎祥・李自成らの伏兵に遭って包囲下に陥り、
その際、重傷を負い止むなく自害して果てた。



391 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/04(金) 15:28:44 ID:Bl1uckYw0
>>383
自分は、他の定義と比較して解釈の分岐点が非常に曖昧なので、削除した方がよいかと思います。
たしか今までの確定で、「中華国家の人々に恐怖意識を植え付けた」で資格ありになった人っていなかったような・・・


392 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/05(土) 00:58:11 ID:uifH9k0v0
>>390
曹文詔はその戦歴の大半が農民反乱の鎮圧で、
後金には負けてるし、最後は反乱軍相手に敗死してるから、
確定は無理なんじゃないかな。


393 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/05(土) 01:21:23 ID:/59R1y8k0
ココ・テムルを北元の将軍と考えても、
元の北走以前に中国領域内で、
義父(チャガンテムル)の仇である田豊や王士誠を破ったり、
ボロテムルとの戦いに勝利したりと、
充分すぎるほどの戦績を挙げているって事実は消えるわけじゃないんだから、
>>69の④の規定を適用して、
別に「中華国家の人々に恐怖意識を植え付けた」って基準は無視して
候補に挙げてもいいんじゃね?


394 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/05(土) 01:23:29 ID:s2xw9H2n0
恐怖意識は曖昧な言葉だって前にもあったし


395 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/05(土) 01:26:25 ID:Rap+NKCH0
>>393
その観点で問題ないと思いますが、それだと明の枠に入れるよりは
>>306のように元の枠に入れるのがよい気がしますな


396 定義厨@これ以外は参加できないんです。 2007/05/05(土) 03:16:33 ID:F0bILz9nO
拡廓帖木児は金・南宋、元という時代を代表する人物ではないが、
元末~明初を代表する人物だと思います。

耶律休珂もそうですが、なんか上手い定義の仕方があれば入るであろう名将が、
定義の壁のためだけに確定どころか、候補にもならないのであれば、
その定義ってなんなの!?とは思うんですが、拡廓帖木児を入れるために新たに作った定義のせいで
チムールなどの、一般的に『中国』とは思えない人物にまで話がおよぶなら、
本末転倒だとは思います。

確定・候補にならなかった中国史に縁のある名将10選――みたいな、
何らかの救済処置は考慮してもらえませんか?


397 ○ sage 2007/05/05(土) 08:15:52 ID:0wm4GAZe0
>>396
>拡廓帖木児を入れるために新たに作った定義のせいで
その定義ってどれのこと?
耶律休哥は一応、候補入り&論議してなかったかい?
確か耶律徳光か耶律休哥で迷って耶律徳光を選んでた様な希ガス。
定義に云々なら李元昊なんか参加資格すらないんだし、
別に無理に入れろとは思わないし…


398 ◆RQdk7scN8s sage 2007/05/05(土) 10:03:52 ID:aIstgZzV0
遼が北宋に比べ、「劣勢」であれば、自分は耶律休哥を推したかもしれない。
劣勢な国が強大な国に勝つというのは、武将好きにはツボでもあるし…w

遼はその当時、最大勢力を誇ったし、耶律休哥の活躍で、
北宋が瓦解、崩壊あるいはそのきっかけとなってないしね。

>>中国史に縁のある名将10選

とくに草原系の名将、というか強い将の選抜も面白い。
唐末からテュルク、ソグドと入り乱れているし、自分的には大好きだ。
需要があるなら、新スレたててもいいけど、そっち方面に専門な人がいるのだろうか?


399 ○ sage 2007/05/05(土) 10:20:38 ID:0wm4GAZe0
>>398
>唐末からテュルク、ソグドと入り乱れているし
>需要があるなら、新スレたててもいいけど、

ちなみに名将論議じゃないけど世界史板にその手のスレたってたような・・・

ところでココテムルはどっちの時代枠に入れるの? 
資格は十分あるみたいだし。


400 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/05(土) 11:33:23 ID:F0bILz9nO
>>399
拡廓帖木児は元末~明初の時代に活躍しましたが、北元の武将だと思うのです。
明が中華から元を一掃するまでの期間限定しないと、その後に興る北元の後継政権の扱いに矛盾が出ますよ。

もし拡廓帖木児を入れるのであれば、『新しい定義』が必要になると思うんですが。


401 393 sage 2007/05/05(土) 11:44:09 ID:/59R1y8k0
>>400
繰り返しになるが、北元の武将に規定するからといって、
元の北走以前の戦功が全て消え去るという理屈が分からん。

北元の武将になったからといって、
中国領内で戦った事実は事実として、彼の戦跡として評価するべきだろう。
そうすれば、おのずと今の基準でも候補入りは自然なものになってくる。


402 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/05(土) 11:52:48 ID:F0bILz9nO
>>401
ではエセン・ハーンを推薦されたらどうします?
中国領内であれば良いのであれば、大英帝国の武人たちの扱いはどうなります?

これで前スレは揉めたんですよ。

で、エセンが入ると過去の武将のなかでも、確定しそうな武将がいますよ。
どうします?


403 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/05(土) 12:19:09 ID:GxXnbwO40
ココテムルは北元の将軍じゃなくて「元の将軍→追われた後は北元の将軍」だから
元の将軍である時期の功績は入れても何の問題もないと思うが

まあそうすると元のほうに移動しなきゃいけないわけだが


404 ○ sage 2007/05/05(土) 13:44:52 ID:0wm4GAZe0
ココテムルはもともと南宋・金・元の時代枠に入れてたのを徐達とセット扱いで
明の時代枠にいれたんだから前の時代でカイシャン達と残りの一枠を争い方が後々遺恨を残さないと思う。
◆oOLAqFKRB. さんが当時の中華国家の人々に恐怖意識を植え付けるほどの活躍をしたものを資格保持者とする。
の定義で明で資格を与えては?みたいな話から論議が始まった訳だし。
ココテムルだけの為に新たな定義作るのはどうかと思うし、それこそ特別扱いの印象を持たれると思うが。
それにエセンも英国の武人も征服王朝の先行政権や中国統一政権の武将ではないですよね?
おのずと答えはでそうですが・・・


405 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/05(土) 15:23:25 ID:F0bILz9nO
そうですね。
ただ、同時にこのスレでは守備での功績は評価されづらく、また、時代の趨勢を変えたわけではないので、
南宋・金・元の時代であれば、かなり厳しいかなと思ったまでです。


406 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/05(土) 20:30:53 ID:Dkw61liR0
後漢の奴らはパッとしないな
他の時代に比べて見劣りするというか…
無理に人数上げる必要あるの?


407 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/05(土) 20:38:04 ID:Rap+NKCH0
>>406
枠の見直しをやるとしても、清まで一通り終わった後、
全体を見て議論した上で見直すようにした方がいいかと
途中で変えるのはあまりよくないと思います
(自分としては後漢よりも、前漢の方が枠減らしてもよいかと思ってたり・・・)


408 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/06(日) 01:05:31 ID:EUEIvizI0
記念カキコ


409 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/06(日) 13:13:12 ID:llizV6hQO
早く明へ行け、明へ行けとしつこく煽ったのはただ朱元璋を推したいだけだったみたいだな。
流れ止まってるわ、ふざけたレスはあるし。
記念カキコってなにがしたいんだ?


410 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/06(日) 13:31:08 ID:A61GipaM0
なんでさ


411 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/06(日) 17:36:30 ID:CqL59uvvO
元のときも明のときも
漢人外武将の話で進んでるのは一緒だし
つーかGWに人いないの当たり前


412 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/07(月) 18:27:28 ID:CyInkGcw0
【みんなで】 戦国名将二十選 【決めよう】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1178529892/

戦国名将百選が落ちたので、数を限定して立て直してみました。


413 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/08(火) 00:21:34 ID:rn4/SGMC0
なんか最近色んな「名将~選」スレを見かけるけど、元祖はこのスレだよね?


414 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/08(火) 00:53:32 ID:JRszK/G20
イエス

個人的には日本名将50選も欲しいと思ってたり


415 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/09(水) 11:21:08 ID:3H5SEvvAO
つーかGWに人いないの当たり前とか偉そうに言ってたが、
GW終わっても流れ止まったままじゃんw
>>406みたいなカキコ見たらやる気もなくなるわな・・・


416 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/09(水) 11:40:20 ID:K/iLXsf70
たまたま書き込んだ俺が名指しされたよ・・・
すまん悪気はないんだ・・・>>415


417 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/09(水) 17:00:51 ID:3H5SEvvAO
>>416
そういうことなら責めたのはお門違いだった・・・ゴメン



418 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/09(水) 20:36:06 ID:YdnjbMkn0
明の話を始めたのが>>279なんだから
ただ朱元璋の話したかっただけとか、それ以外何にもしてないとか見当違い甚だしいだろ
ここ100レス以上はなんの話をしてたんだということになる


419 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/10(木) 04:23:41 ID:jveUOWTtO
清に行こうぜ。そんで最初の時代に戻ろう
レスが無いってことは、確定の人に文句なし
候補に挙がってる人物。新たな人物について語れる人が今はいないってことでしょ
いつ書かれるかわかんないレスなんて待ってらんないだろ


420 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/10(木) 05:16:45 ID:ZVVhI1hP0
>>419
ならいっそのこと清も飛ばせよ。
清もどうせ明とたいしてレスこないたろ?とっとと一巡したいんだろ?


421 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/10(木) 14:18:36 ID:V2THeJ0b0
明清は無駄に長いし時代に魅力がないのは確かだな
繋ぎで殷周を語るか?雑談でいいから


422 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 01:05:30 ID:T4WM/85i0
時代に魅力が無いかは知らないが
基本的に国難の時代だったので尚文の国である中国では珍しく名将と呼べる人が多い>明

取りあえず、徐達、常遇春、湯和、李文忠、藍玉、もちろん朱元璋も
明の建国の功臣は徐常が一頭抜けてるとはいえ、甲乙付けがたいが
それだけで確定組を埋めるのは色々バランスが悪いかと思う
後漢に樊崇が入ってるのもソレに近い理由だし


徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥、朱元璋、李文忠、張士徳、馬芳、李自成

でどうだろう。ココテムルが入るなら朱元璋には涙をのんで貰うしかないけど
陳友諒は負けてもあれだけの軍備整えたりしてるけど、将才とは少し別の次元だと思うし
張士誠勢力は良く知らないから、まあ推してる人も居るし士徳で
兪大猷は率いた規模で見劣りすると思うし、于謙や王守仁は加えて戦績が少ないので



423 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 05:12:47 ID:JIKiL+M6O
どの時代でも魅力はあると思うけどね、好みは人それぞれなんだし。
マイナー、メジャーは関係無いとも思う。
後漢は建国期は光武帝とその配下、末期は曹操がずば抜けてるからじゃない?つーのと
国策としてこじんまりと収めようとした部分もあるしので派手に見えないのでは?
明も武将の偏り方が後漢に似てる様な感じがする。


レスが無い、確定の人に文句がない、語れる人が今は居ないのはどの時代にもあったけどな
流れの止まるが早いか遅いかの違いだけで・・・


424 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 09:05:04 ID:JUPiROMy0
webより転載
陳友諒と張士誠は軍勢が多く、領土が広く、さらに隣接しており、主要な敵となります。
陳友諒と張士誠について言うなら、張士誠は塩商人の出身であり、何事かあるたびに細かく詮議し、
どっちつかずな態度を取り本拠地を守って動かないことが多く、向上しようと努力することが足らず、
遠謀深慮がなく、恐れるに足りませんが、陳友諒は同じではなく、
彼は漁師の出身であり、好戦的であり、危険を冒すのを喜びます。
もしも先に張士誠を攻めたなら、陳友諒は必ず背後から手を出します。もしも先に陳友諒を攻めたなら、
張士誠はまちがいなく山に座って虎の闘いを見るように動かない可能性が大です」
と劉基は進言している。
勢力的には陳友諒の方を脅威と見ていた様だね。

ココテムルは南宋・金~元の時代枠に入れた方がいいんじゃないかな? 



425 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 09:42:50 ID:YpBVcDWZO
南宋や東晋の武将は良くてなんで北元はいけないの?


426 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 12:39:51 ID:JUPiROMy0
北元はモンゴル高原に追いやられた後に出来た亡命政権。
南宋は抗州を臨安と名称を変えて首都に
東晋は建業(建康)を首都とした亡命政権。
同じ亡命政権でも北元は中華王朝として扱わないんじゃねーの?


427 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 13:17:15 ID:Cl0K0bWTO
>>426
モンゴルがモンゴル高原に亡命政権作るってのも変な話だがな


428 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 14:09:11 ID:1Ukz0QKT0
>>424
この文を読んでも陳友諒>張士誠とはならんなあ。単なる性格分析としか読めないが。


429 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 15:40:05 ID:JIKiL+M6O
>>428
劉基は呉・張士誠と漢・陳友諒の間にあって苦慮していた朱元璋にたいして、
陳友諒の憂いが大きく、陳友諒が滅べば張士誠も亡ぶ
と進言したりもしてる。 
やはり陳友諒を張士誠より侮りがたい存在と認めていたんじゃない?


430 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 20:02:25 ID:i2B/4Map0
君自身が言ってるように
朱元璋は陳と張二人に挟まれて危うかった
で、陳漢が好戦的、張呉がノホホン
とうぜんながら張呉を責めれば抜け目ない陳漢が責めてくる
国力や軍事能力よりも指導者の性格がそうだから危険視してたんだろ


431 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 20:14:38 ID:LH60Rf2H0
北元は、本人達が自分達の国を中華王朝と思っていたかどうか、
周りから見て中華王朝としての形を備えていたかが問題になるんじゃない?

東晋、南宋は間違えなくこの二点を満たしてるけど。


432 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 22:28:38 ID:D7o2NHMi0
張士誠と陳友諒の紹介文

張士誠は元は塩密売商人で弟の張士義らと挙兵し反乱を起こし泰州・興化・高郵を占領。
周を建国し誠王と名乗った。
渡河し蘇州・湖州・松江・常州などを攻め取り、江南で勢力を伸ばした。
平江に本拠を移し官制を整え、紅巾軍と対立するが朱元璋の軍に連敗を喫する。
要所を手に入れるも元のトクト率いる討伐軍に破れ、いったん元に降伏して停戦し、
元の実力者として浙江省紹興まで勢力下とした。
陳友諒と同盟して韓林児・劉福通を攻撃。劉福通は戦死。
やがて再び反逆して呉を建国。呉王を名乗った。
陳友諒の滅亡を放置し、勢力を増した朱元璋に平江を攻め破られ捕虜となるが、自殺した。
璋の軍に平江を攻め破られ、捕らえられて自殺した。

陳友諒は倪文俊の武将で漁師の息子。
反乱に失敗した主君倪文俊を殺して取って代わり、元と交戦して江西・安徽・福建の各地で勝利し、
さらに徐寿輝を殺して漢帝を称した。
安慶・竜興・瑞州・池州を占領し長江中流域を勢力に収め最大の軍事力を誇った。
張士誠と結んで朱元璋に対抗、
朱元璋の拠点である太平を攻め落とし応天府にまで進撃するもするも作戦ミスで惨敗する。
江州が朱元璋軍に破られたため、退いて武昌に遷都した。
後にハン陽湖で朱元璋との決戦に挑も敗北。戦死した。

元末、各地に群雄が割拠しましたたが、
長江流域に置いては上流に陳友諒・中流に朱元璋・下流に張士誠という感じで
三者が鼎立する情勢となっていました。


433 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 22:30:01 ID:D7o2NHMi0
李自成
元の名は鴻基。陝西省米脂の人。
貧農に生まれ、幼少の頃は牧童をしていたとも富農の出身とも言われている。
二十歳のころ、銀川の駅卒となり、崇禎二年、高迎祥の叛乱軍に参加。
崇禎九年、高迎祥が亡くなると、跡を継いで闖王を称した。
十一年には、梓潼において敗れて白水に敗走し、わずか十八騎に討ち減らされて商 山に籠もった。
翌年、再起して河南に移り、ふたたび勢力を拡大。
十四年には洛陽を攻略し、福王・朱常洵を殺した。
翌年には襄陽を占拠。奉天倡義大元帥を称した。
広く人材を集め、軍紀を厳正にし、租税廃止や均田を行った。
十七年、西安で即位し、国号を大順とし、永昌と建元した。
同年三月に北京を陥落させし、明を滅ぼした。
しかし、呉三桂が清と手を結んで軍を南下させたため、敗走し、翌年に湖北省通山にて自殺した。



434 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/11(金) 22:34:04 ID:fPwEkZ2v0
何で当たり前のように国家を支配者視点で見るかなー
民衆視点で考えたら一目瞭然
漢民族多数治めてるのが中華王朝だろ
北元などもってのほか


435 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/12(土) 00:38:38 ID:5Af9rmIm0
明末の農民反乱と李自成について

政府の過酷な収奪と干魃による大飢饉が起こり、
飢えた農民による暴動が反政府反乱へと発展した。
反乱軍は規律が厳正で、租税の撤廃というスローガンが大きな支持を得た。
反乱の指導者:王嘉胤 →高迎祥→李自成
当時、叛乱は失業駅卒の大量参加(駅站制の縮小の為)で規模が拡大したが、
相互の連携は殆どなく、陝西・河南に進出すると官軍に各個撃破されていった。
李自成は昇進とともに駅卒を中核として組織化を進め、
高迎祥が敗死した後は闖王を継ぎ、河南・山西・陝西に転戦して十四年に洛陽を占領して福王常洵を殺した。
李軍は軍紀粛正で一切の租税撤廃や均田を標榜していたために各地で支持され、
十五年に襄陽を占拠し、十七年には西安に拠って大順国を建て、太原・大同を攻略し、北京を陥落させて明朝を滅ぼした。
 官制整備と並行して山海関の呉三桂を招撫したが、
呉の降を容れた清軍の為に大敗、北京を放棄して西安に後退、
湖広地方の通城付近で土民に殺された。
北京に入城した李自成は減税には言及せずに税糧牛馬を徴発したために
人心を失い、李自成が敗走すると北京の住民は歓呼したと言われている。

李自成については>>433とだぶる箇所があるが取り敢えず投下してみた。


436 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/12(土) 02:15:01 ID:5Af9rmIm0
何騰蛟の他に農民叛乱鎮圧・抗清の武将なら史可法、黄得功、
抗清ならの李錦、高一功、李定国、劉文秀、
あと義軍の中では最強と呼び名の高い陳邦彦っていうのもいるな。


437 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/13(日) 16:06:57 ID:2Dz9K71L0
ここらへんの時代ってあんま際立った名将っていうのがいない気がするな


438 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/13(日) 22:55:25 ID:ms7Xj0OwO
>>430

苦境に陥ったとき、最強の敵にあえて戦いを挑み、状況を打開することは戦略上よくあります。
最大のピンチを乗り切ることで勢いがつき、共倒れをもくろんでた周りの相手まで飲み込むことは多々あります。
この進言も、そういったことから出たのかもしれませんよ。


439 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/14(月) 18:40:20 ID:74CpXrHaO
よくあるか?


440 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/14(月) 22:56:34 ID:SLq9RJOtO
希にしかない話なら、虎穴に入らずんば虎児を得ずとか、死中に活を求めるいう言葉はないだろ。

劉祐とかも、周りから反対されるような博打に打って出て、栄光を手にしてる。

困難に陥った場合、蛮勇をふるってでも勝負に出ると、案外イイ方に転ぶもの。
要は決断すべき時には決断し、勇気を持って行動に移すこと。
それが勝負の分かれ目だったりする。


441 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/14(月) 23:08:53 ID:wKigvHXF0
んなこと言ってるから先の大戦で負けたりすんだよ


442 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/14(月) 23:14:03 ID:90vl9BGu0
>>440
「死中に活を見出すべし」と部下に言われて、
乾坤一擲の決戦を挑んだ公孫述は負けたけどな。


443 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/14(月) 23:57:13 ID:74CpXrHaO
まれにしかないからこそ発言なり行動なりがクローズアップされるんじゃね?



444 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 01:26:18 ID:DJDCB5Xf0
というか、結果が稀にしかないから、その途中経過の言動もクローズアップされるのだと。


445 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 04:48:55 ID:sUi1kiA+O
>>441-442
旧日本軍も公孫述も見通しが甘いというか情報分析を無視してるから負けたんたんじゃねーの?
特に旧日本軍の場合は元から勝てる見込みなんて無かったんだし。



446 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 06:59:23 ID:IFXOf2LH0
>>445
日本軍の勝ち目の無さは…日米戦力比1:10000だもんな orz


447 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/15(火) 07:14:57 ID:Vuy4kfYbO
追いつめられて逃げ場が無くなったとき、相手に主導権を穫られた上での行動と、
自ら能動的に選択した場合を混同したら、なんら教訓も得られない。

で、日本軍はどうだったんだ?朱元璋と同じ状況だったのか?
公孫述とは?


448 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 07:46:38 ID:HnaA6KJd0
>>442
乾坤一擲の決戦というか、あれ?
すでに成都すぐそばまで敵が来ている、
王手かけられた状況から勝負に出てもな。



449 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 07:57:18 ID:B7YL5lmo0
念のため言っておくが日本軍じゃなく旧日本軍な
アメリカと戦うべきではないと言う主張も勝つ見込みもないという分析結果も無視して
開戦に踏み切った当時の軍部は話にならんよ。
戦うことを選択肢に入れること自体愚か。
公孫述の場合は自ら招いた部分が大きくないかい?
旧日本軍も公孫述も状況判断出来てないのに無理に開戦に踏み切った感が否めない様な気がするが・・・
朱元璋の場合は少なくとも状況判断が出来ていて、勝てると見込みがあると考えてたはず。
勝機のあった状況と決して戦うべきでない状況を混同してないかい?     

念のため言っておくが日本軍じゃなく旧日本軍な。



450 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 10:08:57 ID:+yPJTAyf0
>>445
道を誤らせた根底にはそんな考えがあったってことだよ
今から振り返って云々するのは岡目八目としか言いようがない。

まあスレ違いだけどね


451 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 12:32:52 ID:DJDCB5Xf0
一つ弁護すれば、旧日本軍は戦いたくてはじめたわけじゃあないってことだけどな。


452 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 14:19:40 ID:sUi1kiA+O
>>450
岡目八目つーか山本五十六とかアメリカとの国力差などを
ちゃんと認識してる人物はアメリカと戦うべきではないと言ってますが・・・
>>451
うーんでも軍部の一部の主戦論者が自分達に都合のいいデータだけを元に、
無理矢理、開戦に踏み切ったのは事実だろ?
昭和天皇もアメリカと戦うのには反対してたんだし。


453 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 19:05:36 ID:U5Unx6KUO
>>451
まあ始めたくもないのに戦争始めないといけない状況になっちゃうのは、もっと問題だと思うがな


454 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 21:17:14 ID:DJDCB5Xf0
>>452
別に主戦派に押し切られて開戦になったわけでもありませんよ。反対派だった山本たちも
最終的に開戦に同意してます。なぜなら、ここで妥協して問題を先送りにしても、未来の
状況はもっと悪くなると予測したからです。

>>453
そうですね。でもその責任を大きく請負わなくてはならないのは軍部よりも、政府及び
政治家と国民(マスコミ含む)だと思います。戦前の日本は、一応は議会制民主主義だった
のだから。


455 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 22:25:56 ID:sUi1kiA+O
>>454
俺の記憶では山本五十六は最高司令官に任命されてしまい
半年なら暴れまわれるがそれ以降は保証出来ないと言って
やむなく同意したんじゃなかったっけ?
第一、良識ある人々はギリギリまで開戦を回避しようと努力してたはずだか・・・
議会制民主主義だったのは事実だが軍部に統制された状況に
ほぼ等しくなかったかい>昭和初期
それに陸海空軍の元帥である天皇も反対の意向を御前会議にて述べたが
天皇には承認権しかないのでその意見は無視されたんじゃなかったか?
それと国民である祖父もあの戦争は始めるべきではないと思ってたが
そんなこと言ったら殺されてたって言ってた。



456 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 22:32:14 ID:Hvu8j68L0
スレ違いの話題を延々続けてるのはわざと?


457 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/15(火) 23:02:43 ID:Vuy4kfYbO
>>450
一か八かの勝負に出た旧日本軍と、強敵と弱敵との、いずれかと戦うべきか?を選択できた朱元璋とでは、
状況が違いすぎる。


458 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 23:03:42 ID:B7YL5lmo0
というか明の武将に関するレスなんかほとんど来てないじゃん・・・
スレ違いでもなんか話あってるだけマシだと思うのは俺だけか?


459 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 23:10:09 ID:B7YL5lmo0
>>458は>>456宛ね。念のためカキコしとくよ。


460 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/15(火) 23:27:41 ID:gSEUkQR+0
この発端になった>>438はさ、複数相手の喧嘩ではまず一番強そうな奴を倒せ
みたいな事言いたかったんじゃないの


461 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/16(水) 01:01:53 ID:JiwuMdv00
たしかにスレ違いなんで、これで最後にします。
>>455
良識かどうかはともかく、最後まで回避できるのなら望んでいました。具体的に言うと
アメリカが石油制裁を解くか否かで。真珠湾を目指した南雲艦隊も、この交渉が上手く
いったら引き返すという選択肢をもっていたのです。しかし対日開戦を狙うアメリカは
拒絶。制裁が解かれなければ一年後には戦うこともできずに降服するしかなくなる、
ならまだ戦う余力のあるうちに戦おうとなったのです。

それと、軍部の政治介入はたしかに強くなってましたが、それでも政府主導は残って
います。東条英機は、軍人であろうと、内閣総理大臣として戦争を指導したのです。
ついでにいえば、どうして軍部が政治介入することになったのかといえば、それを
押えられなかった当時の政治化たちおよび選んだ国民の責任は大きいでしょう。

あなたの祖父については知りませんのでなんとも。


462 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/16(水) 01:39:38 ID:7AqRVc7g0
当時の人の言葉だからって鵜呑みにするような人間は、考察するコトには向かんだろうなぁ
大抵の人間は、自分だけが知ってる過去を知ってる場合、都合の良い様に語るもんだ
酷い場合には捏造するし。お隣の半島の従軍慰安婦とか。自分の証言と歳が合わねぇw


463 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/16(水) 02:15:22 ID:JklBSJi40
おまえらは何言っても机上の空論だよ


464 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/16(水) 02:56:33 ID:jd4vx3vR0
>>462
≫当時の人の言葉だからって鵜呑みにするような人間は、考察するコトには向かんだろうなぁ

じゃあおまえは何を参考にして話をしてんた?って言ってたが・・・     



465 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/16(水) 21:09:07 ID:hdZpnGZi0
資料を多角的に組み合わせてだろ


466 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/16(水) 22:46:13 ID:jd4vx3vR0
資料を多角的に組み合わせないで語ってる奴なんているのか?
いろんな視点から検討するのは当たり前なんだし。
それに身内云々はネタだろ?


467 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/16(水) 23:28:44 ID:EgeAtRErO
もう駄目だな。このスレ。
まあこんな過疎板で4スレまで行ったんだから十分かな。


468 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/17(木) 01:27:55 ID:vAuGlejl0
>>441
元凶は全てこいつのせいだと思う。


469 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/17(木) 04:53:36 ID:v0yeELRw0
おまえら人のこと気にしながらじゃないと書き込めんのか


470 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/17(木) 17:50:41 ID:lDEb7oEI0
良い感じの荒れ具合ですね。


471 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/17(木) 18:22:16 ID:PnFIw8Jn0
>>433>>435
流石に「〓陽大会」はスルーしてますなw
まあ、このスレじゃあっても無くても評価に影響は無いか。
呉三桂に勝って新王朝建てたんなら、文句無いんだけど。>李自成


472 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/17(木) 22:48:04 ID:xUFIe1Ge0
>>471
呉三桂だけならまだしもプラス清軍だろ、
それに李自成自身も油断してたのはあるけど、新体制を整えていた段階でもあったという、
点も考慮できないかな?
朱温だって唐を滅ぼし新王朝樹立したっていっても
軍閥に毛の生えた程度の地方政権みたいなものなんだし。


473 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/18(金) 14:18:40 ID:ORZHmzmhO
スレが過疎ってるのかこの時代が悪いのか。どっちなんだろな。



474 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/18(金) 14:47:21 ID:JYvlspPJ0
スレが過疎ってるよなどう見ても…
トリの人も登場しないし…
マイナーな時代でも一応動きはあったんだし。


上のほうでも言ってるが終ったよなこのスレ。


475 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/18(金) 15:16:50 ID:2KDrlr7Q0
スレつうか板が過疎ってるんだぜ…


476 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/18(金) 19:32:58 ID:AZje37ba0
過疎過疎言わずに自分が書けばいいだろ
周りを気にしなきゃ何も出来ないのか


477 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/18(金) 20:24:51 ID:ORZHmzmhO
歴史書もなんちゃら辞典ももってないから参加しようが無い。
はやくこの時代が終わらないかと願うばかり。
書き込みもないんだから次いこうぜ。次。



478 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/18(金) 21:05:31 ID:AZje37ba0
この時代が苦手なやつばかりなのか?どの時代なら得意なんだ?


479 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/18(金) 23:52:14 ID:RjyJDnbY0
>>325とか>>346とか、このスレを継続していく上で
一番大事にしないといけないのが何か理解できず、
好き勝手言う輩がいるからこうなったんだろ・・・


480 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/18(金) 23:53:57 ID:JYvlspPJ0
>>477
じゃあ清に移ればおまいはカキコするのか?
>>472や李自成・陳友諒や農民叛乱について投下したけど、ほとんど反応ねーじゃん。
次へ行っても事態が好転するとはとても思えんが…


481 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/18(金) 23:58:46 ID:JYvlspPJ0
>>479
それは言えるかと…
実際、トリの推薦文職人はさじを投げたと思われ。
俺も一人で語るのは虚しい…


482 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 00:30:13 ID:eC5nW3XTO
>>477は図書館へ逝ってこい!!


483 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 00:43:23 ID:xaRQX/3r0
そもそもトリが居なきゃ進まない閉鎖的なスレじゃないし、ココ
アジ歴は図書館いけば読めるだろ
十人の候補案だって出てるんだから、反対なり肯定なりすればいい
なんの進展も無いような捏造発言は頂けない


484 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 01:26:37 ID:hj44a9pU0
>>483
>なんの進展も無いような捏造発言は頂けない
たとえばどの発言よ?
さっきも言ったがレスにほとんど反応ない様に思うが…
反応あったのは陳友諒と張士誠の話と>>430の意見に対して。他の話題は一人か二人。
それ以外ほとんど動きなんてなかった様な希ガス…

確かにトリが居なきゃ進まない閉鎖的なスレじゃないとは思うが、
トリの推薦文職人が初代スレから結構テコ入れしてたのは事実じゃん。


485 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 13:13:11 ID:VUk839tJ0
秦良玉
明末の女将軍。字は貞素。女なのにすごいのである。


486 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 14:23:17 ID:CbkdSf7v0
とりあえず鄭成功を挙げておく。


487 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 14:52:23 ID:hj44a9pU0
六王の一人である湯和を一応紹介しとくよ。

湯和 字は鼎臣。安徽省濠州の人。
謙虚でなおかつ性格は慎重であり、朱元璋からの信任は厚かった。
朱元璋と同郷で少年のころからの旧友で、
至正十二年、郭子興の濠州蜂起に参加し、
朱元璋の下で、定遠・和州などを転戦し、渡江して陳野先を捕らえ、
集慶(南京)を陥す一翼を担った。
また徐達に従い鎮江を制圧、統軍元帥・枢密院僉事に進み常州に鎮めた。
張士誠討滅にも従い、また征南将軍となり方国珍・陳友定を討った。
また北伐に従って、山西・陝西・寧夏を転戦し元の名将ココテムルを破り、
洪武十一年には(1378)、信国公に封じられた。
十八年(1385)、朱元璋が諸将の兵権を解こうとはかったので、先んじて郷里に帰り、
帰国後は中山候に封ぜられたが、
四川の夏討伐、辺境の異民族の討伐などの軍事活動に参加。
朱元璋による粛清を避ける為辞職し、のち倭寇対策のために沿海の築城にあたった。
明建国の功臣である同僚の多くが粛清される中で、二十八年に病没し、
東甌王に追封された。

あとなんちゃら辞典なんていう書籍は知らないけど
アジア歴史辞典ぐらいなら図書館にあるだろ?つーか図書館すらないのか?
自分の得意な時代の武将に照らし合わせるか、推薦文を読んで感じた武将に対する
意見でも述べてもらえるだけでも助かるんだけどな。


488 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 14:57:54 ID:HOyFd7cU0
湯和って基本的に南の司令官で
北伐には大将じゃなくて部将として付随しるから
ちょっと厳しい気がするが


489 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 15:23:57 ID:hj44a9pU0
秦良玉は歴史上、個人の功績で正史に独立した伝を立てられた唯一の女性。
まあ韓世忠の嫁さんの梁夫人なんかも結構女傑として有名だよな。

国姓爺こと鄭成功は抗清を続けたが結局は不運がたたったどちらかというと英雄って感じかな。



490 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 15:32:48 ID:XvdfT6pW0
北伐は司令官が徐達で、副司令官が常遇春と途中から馮勝だっけな


491 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 15:58:51 ID:KUdKxXOj0
保守


492 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/19(土) 16:17:47 ID:Q+TEiCJj0
徐達と常遇春ならどっちが将帥としての能力が優れてるの?


493 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 16:54:42 ID:XvdfT6pW0
戦場では常遇春
それ以外(戦略的思考や諸将の統率など)も含めると徐達
だと思う


494 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 17:06:54 ID:hj44a9pU0
>>492
徐達>常遇春じゃないかな。
徐達が大将軍、常遇春が副将軍のコンビだし、
大体の場合、常遇春は徐達の指揮下で活躍してたりするし。

>>493が先に意見を述べてるけど一応投下。


495 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 17:20:48 ID:Q+TEiCJj0
>>493,>>494
なら朱元璋配下の中では徐達は確定かな
常遇春や湯和も有力な候補ではあると思うけど朱元璋配下に偏りすぎるのも問題アリかもね


496 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 17:27:42 ID:XvdfT6pW0
徐達と常遇春は一巡目で確定してるけど


497 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 17:33:10 ID:hj44a9pU0
>>495
朱元璋も含め徐達、常遇春、李文忠は確定でいいと思うけど。
実力から言ってある程度偏るのはしかたないじゃねーの?>洪武帝陣営    
湯和は取り敢えず紹介しただけだよ。別に無理に確定入りさせるつもりもないし。


498 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 17:56:04 ID:eC5nW3XTO
>>495
例えたら徐達と常遇春は李靖と李勣みたいなもんだな。


499 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 18:35:29 ID:5TW7LJps0
柔の徐達、剛の常遇春
技の徐達、力の常遇春

そんなイメージだ


500 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2007/05/19(土) 18:54:13 ID:BCQZK9Ge0
「三国演義」(あくまでも「演義」ね)の呂布のモデルと言われているからね。>常遇春
最終更新:2007年07月15日 17:19