外来魚問題

問題の焦点:生物多様性

まず、移入種問題全般にあたって用いられる、生物多様性(瀬戸口明久:「生物多様性と保全生物学の起源 -アメリカにおける生態学と環境問題1960―1990-」)という言葉の概念について考察を行う。

生物多様性(biodiversity)

生物が様々に進化してきた結果、一様ではなく多様であることを表す言葉。遺伝子、種、生態の3つのレベルがある。(これに+、景観を加えて4つとすることもある。)遺伝子の多様性は、種内多様性とも呼ばれ、同じ種であっても個体によって少しずつ違いがあることをさす。また、同じ生物が生息地域によって異なる特徴をもつ地域個体郡など。種の多様性は、種間多様性とよばれるもので、さまざまな生物がいることを意味する
 単純に多様であればよいのなら、移植放流をすることは、それ自体、種の多様性を高めることとなるので、良いこととなる。しかし実際には、本来的な生物多様性こそが維持されるべきだという価値感が登場することとなる。これは、自然に手入れを行わずに、それを残しておきたいという自然保護の視点に起因しているようである。一方では、生物の多様性は人間にとっては有用な資源であるから維持されるべきだという考え方が存在する。

外来魚:「オオクチバス」と「コクチバス」

日本において「ブラックバス(black bass)」とは、「オオクチバス」と「コクチバス」の2種類のことを指す。自然分布域であるアメリカ北部ではこの他にも数種類のバスと名がつく魚種も存在するが、日本国内においては上記の二種類を指す(滋賀県立琵琶湖博物館―外来生物つれてこられた生き物たち http://www.lbm.go.jp/emuseum/zukan/gairai)

オオクチバス

オオクチバスは、北アメリカを自然分布域とする、サンフィッシュ科の魚で、
英語名「ラージマウスバス(large mouth bass)」のことである。学名では
実業家の赤星鉄馬が1925年に神奈川県芦ノ湖に移植放流したのが最初とされる。1991年、コクチバスが長野県の野尻湖に棲息していることが発見されるまでの放流からの数十年間の間、日本のブラックバス=オオクチバスという印象がつよかった。学名はMicropterus dolomieu。

コクチバス

北アメリカを自然分布域とするサンフィッシュ科の魚で、英語名は「スモールマウスバス(small mouse bass})」。赤星鉄馬が1925年にブラックバスをアメリカから神奈川県・芦ノ湖へ移植した際に、オオクチバスとともにも持ち込まれたと考えられている。しかし、移植に成功したのはオオクチバスのみで、コクチバスは何故か定着しなかった。コクチバスが定着していったのは、長野県の野尻湖や木崎湖、青木湖、福島県の桧原湖で棲息が確認された1991年以降である。オオクチバスにくらべて水温が低い水域や水の流れがある河川でも定着が可能だとされる。学名Micropterus dolomieu。

ブルーギル

ブルーギルにはブラックバスのような区別はない。1960年に当時の皇太子(今上天皇)が訪米した際に持ち帰ったものが最初である。ブルーギルもブラックバス同様、北米産のサンフィッシュ科の魚である。学名はLepomis macrochirus

外来魚移入の経緯

本来、日本には存在しない種であるブラックバスやブルーギルはどのようにして日本の淡水域に生息するようになったのか、これに関しては、公式文書などの記録が残されておらず、推測の域でない情報が多い。なお、ここではそのような不確かな情報と明確な事実とを分離して情報の洗い出しを行う。

正規放流

行政や漁業組合など、移植放流をする湖沼や河川関係者の承諾を得た上で行われる移植放流。例えば、1925年の神奈川県芦ノ湖へのブラックバス放流、1988年奈良県池原ダムへのフロリダバス放流がそれにあたる。正規放流だから、その移植が生態系撹乱や生物多様性喪失といった悪影響を引き起こさないとは
限らないが、事前に影響を検討することができ、当事者間の合意も成立していることになる。なお、法律上に手続きにおいても問題ないのがこのケースである。

無秩序放流

不特定の他者がなんらかの意図で、許可もなく放流してしまうのが「無秩序放流」である。これはゲリラ放流、密放流などといった呼ばれ方もする。その性質上、放流の影響などについて充分な検討なしに行われるので、生態系撹乱や生物多様性喪失につながる可能性があり、法律、手続き上の問題も発生する。多くの都道府県で漁業調整規則により放流が規制されたのは1990年代中盤からのことであり、それ以前に規制は存在しないに等しかった。知らない間に、移植放流されてしまい、これによる漁業被害も問題となっている。

拡散放流

他の魚の移植放流に混入して拡散してしまうのがこのケースである。代表例として、琵琶湖産アユ種苗の放流混入がある。琵琶湖産のアユは、全国の河川へ放流用として出荷されてた。それに琵琶湖に生息する他の魚が混入し、他の湖沼や河川に分布域を広げた魚種がいることが知られている。

流出

養殖用の池や生簀から逃げ出して自然水域で自然繁殖するようになること、また人工農業用水などを通って河川水域を越えて分布が広がっていくことである。琵琶湖へのブルーギルの侵入は、イケスチョウガイ養殖に利用していたブルーギルの流出が原因であると見られている。

外来魚問題への対策(法的規制)

移植禁止規定

魚をある湖沼河川から別の湖沼河川へ放流することを「移植」という。ブラックバス・ブルーギルの拡散を防ぐための移植禁止が各都道府県の漁業調整規則に規定されるようになったのは1990年代にはいってからのことである。これに先行して移植禁止の規定が漁業調整規則にあったところもあるが、規定がメディア等でとりだたされるようになったのはここ数年のことである。

再放流禁止

再放流とは、採捕した魚を同じ水域に再び放すことを指す。移植との違いについて、水産庁は1999年8月、香川県水産部からの質問について以下のように回答している。

第 1 回 オオクチバス等防除推進検討会資料(社)全日本釣り団体協議会より
都道府県漁業調整規則例に定める「移植」の定義について(回答)都道府県内水面漁業調整規則第33条における「移植」とは、水産動物の生体(卵を含む。)を人為的に移動させることをいう。ただし、湖沼又は河川の全域にわたって当該水産動物の生息が確認されている同一水域の範囲内で移動させる場合を除く

(具体例)
例えば、水系の異なる水域へ移動させることや、当該水産動物が通常移動することが明らかに不可能なダム等を越えて移動させることは「移植」に該当する。また、販売店等から入手したものや、観賞用に飼育していたものを河川等に放流することも同様に「移植」となる。なお、釣り上げた当該水産動物をその場で放流することは「移植」に該当しない。

釣りにおけるキャッチアンドリリースは再放流として扱われ、移植禁止の対象とはならない。しかし、近年においては、この再放流を禁止する動きがある。1991年に新潟県全域でオオクチバス、コクチバス、ブルーギルの再放流が禁止となった(新潟:新潟県ホームページ http://www.pref.niigata.jp/)
のを皮切りに、2001年には岩手県、2003年には秋田県で行われており、現在では9都道府県が禁止を行っている。なお、この法令は内水面漁場管理委員会からの指示によって行われるものである。内水面漁場管理委員会とは、漁業法130条に基づき内水面を管轄するもので、各都道府県ごとに設けられている。

(内水面漁場管理委員会)
第130条 都道府県に内水面漁場管理委員会を置く
2 内水面漁場管理委員会は、都道府県知事の監督に属する。
《改正》平11法087
3 内水面漁場管理委員会は、当該都道府県の区域内に有する内水面における水産動植物の採捕及び増殖に関する事項を処理する。
4 この法律の規定による海区漁業調整委員会の権限は、内水面における漁業に関しては、内水面漁場管理委員会が行う。

この権限行使は、同漁業法67条1項によって行われる。しかしながら、同漁業法64条4項では、各都道府県知事に取消し権限が与えられている。上級行政機関として当然の権限である。

(漁業調整委員会の指示)
第67条
 海区漁業調整委員会又は連合海区漁業調整委員会は、水産動植物の繁殖保護を図り、漁業権又は入漁権の行使を適切にし、漁場の使用に関する紛争の防止又は解決を図り、その他漁業調整のために必要があると認めるときは、関係者に対し、水産動植物の採捕に関する制限又は禁止、漁業者の数に関する制限、漁場の使用に関する制限その他必要な指示をすることができる。

第1項の場合において、都道府県知事は、その指示が妥当でないと認めるときは、その全部又は一部を取り消すことができる。


事例として 滋賀県琵琶湖:レジャー適正化に関する条例

滋賀県では、2003年4月1日に施行された「滋賀県琵琶湖のレジャー適正化に関する条例」の中で、琵琶湖での外来魚の再放流禁止が定められている。なお、条例による禁止は全国初めてである。またこれは漁業法による直接規制をうけない法令であることも特徴である。なお、この条例では、再放流による罰則は定められていない。


生体持ち出し禁止

長野県や埼玉県において、外来魚の拡散防止のため、生体の持ち出し(生きたままでの持ち出し)禁止が、内水面漁場管理委員会によって定められている。
最終更新:2010年11月10日 19:16