「先生、それ何ですか?」
女生徒は隣の男性に尋ねた。
先生と呼ばれた長身の持ち主は、手にした紙袋を見ながら答える。
「手土産の和菓子です」
「へえ……わ、とらやだ」
少女が感心したように呟く。
青年は微笑した。
そう、今から彼女の家に挨拶に行くのだ。
待っているのは娘を溺愛することで有名な父。
家庭訪問で一度訪ねたので、彼一人でも迷うことはないだろう。
「中身は何ですか?
何だか重そうですけど……」
「中はね、羊羹」
「羊羹……!」
凄い気合の入れようだ、と彼女は息を呑む。
あの鈍感な先生が、とますます感動した。
「あの、私持ちましょうか」
「いや、いいよ。
それに僕が持ってかなきゃ意味がないしね」
片手に手提げ鞄を持ったいつもの格好で、彼は止まらずに歩いている。
普段と違うのは、白衣を着ていないことくらいか。
「パパさん、大人にしてくれると良いんだけど」
少女は自分にしか聞こえないように言った。
右隣にいる青年がそれを耳にしたかどうか、それは誰にも分からなかった。
◆
「ただいま~。パパさ~ん?」
「お帰り~、……ん?」
どたどたと娘を出迎えた父は、彼女の隣にいる青年を見て顔をしかめた。
「君は……」
何処かで見たような、と父は言う。
難しい顔のまま、相手の顔を凝視する。
「こんにちは。
娘さんの中学の教師の、東西南北です」
青年は礼儀正しく、眼鏡越しに微笑んだ。
勿論、一礼することも忘れない。
「東西南北……!?」
ぎらり、と父の目が怪しく光った。
娘の心を奪った憎い男として、その名はインプットされている。
「その東西南北が、何の用だ!」
父は声を荒らげる。
それは既に予測済みだったので、温厚なその教師は説明しようと父を見返した。
「今日はご挨拶に参りました」
「ご、ご、ご挨拶……!」
怒りのあまり父は声も出ない様子だ。
娘は父と婚約者を見比べた。
「出て行け!」
玄関先というのにも関わらず、父は大声で彼に言った。
そう言われ、彼は少女を見る。
「パパさん、話ぐらい聞いてよ」
「いかん! どんな男を連れて来ても俺は認めん!」
ここまで極端だったとは、と青年は少し認識を修正した。
父親は威厳もへったくれもなさそうだが、強敵であることだけは確からしい。
「パパさんの……」
考えていると、急に左手が軽くなった。
見ると、少女は青年が持って来た羊羹を彼から奪い取っていた。
「馬鹿ぁ!」
杉箱に入ったその羊羹――11550円3.42kg――を彼女は振り上げた。
目を見開く父。
鈍い音が響いた。
木特有の乾いた音と、生物との音が生々しい。
青年は合掌した。
惨劇が繰り広げられるも、その2分ほどの間は意外と早く済むことになる。
ガラガラ……と玄関の扉が再び開いた。
「ただいまー……あれ?」
「ママさん!」
「お邪魔してます」
「お帰りなさーい」
「…………」
さすらいの主婦が遂に帰宅した。
娘は母を笑顔で(無論、箱を持ったままだ)迎え、婚約者は両手で鞄を提げたまま頭を下げる。
父は沈黙を保っていた。
否、それ以外には何も出来なかった。
クールなその主婦は倒れた夫をちらりと見やると、そのまま靴を脱いだ。
「で、そちらの方は?」
「東西南北先生」
「こんばんは。今日はご挨拶に上がりました」
「じゃあ、夕食でもよろしければどうぞ」
「私も手伝う~!」
玄関にひとつの瀕死体を残し、3人は客間へと入っていった。
青年は少しそれを振り返ったが、少女に呼ばれて家の中へと入る。
電気がスポットライトのように、ひとつの悲しみを照らす。
「ふ……まだまだ負けないぜ……」
その声は誰にも届くことはなかった。
本家1万ヒットリクエストの一つ「格好良い三木氏」。
氏は父のポジションです。
この家庭、ママさんがいるからうまくやれているんだろうなあ、と最後のシーンで発見しました。
(出す予定がなかったのに、何故かナチュラルに登場した青壊氏)
鹿馬氏は唯一普通な感じです。多分。
補完的にこちらへ持ってきました。