12月17日。
彼の弟子が結婚するその日。
そして、彼の誕生日でもあった。
彼女と始まり
彼の弟子は、彼の甥と結婚する。
彼は正装して式に参加していた。
甥は何処か頼りない昔からの風貌だったが、大事にしてきた女性との結婚式だからか、まだ以前よりもしっかりしているように見えた。
弟子――彼の愛弟子である彼女は、微笑していた。
しかし彼には長年指導してきたためか、彼女の内面が見て取れるようだった。
彼女が心から喜んでいないと、そう知った。
彼は動かなかった。
彼女のスピーチがあった。
録音などではなく自らマイクを持ち、下書きした紙などは持たずに立った彼女の姿は、実に彼女らしいと言えた。
ドレスに身を包んだ彼女はそれでも、彼がいつも教えていたように背筋を正し、マイクを強く握り落ち着いた様子で話している。
次第に声が沈んでいき、そうして、彼女は手を下ろした。
ぽろぽろと涙がこぼれていく。
彼は彼女に近付き、ハンカチを手渡した。
無論、まだ師匠のつもりで。
甥が恨めしそうに見てくるのも知らぬ振りをしてやり過ごす。
小さな、誰にも聞き取れないだろうほどの声で、彼女が呟いた。
彼は聞き逃さなかった。
即座に、彼は彼女を抱きかかえた。
彼女がきょとんとした目でこちらを見る。
甥が唖然としたように口を開けている。
観衆も同じようだった。
「ごめんよ、勅使河原」
彼は表情も変えずに言った。
「僕はいつでも、お前からならあの子を取り返せると思ってたみたいだ。決して僕からあの子への感情が薄れた訳でもないのに、確信に似たものさえ感じていたんだ。あの子が誰と付き合おうと、結婚しようと、いつでもすぐに奪い戻すだけの自信があった。だから、お前には嫉妬しなかったんだ」
あの子というのは、腕の中の弟子のことだ。
話しながらも冷静な彼は、彼女をそう表したのであった。
甥がなにか言いたげにしていたが、口をぱくぱくさせるだけで台詞は出てこない。
それを暫く見てから、何も言わないのを見て取ると彼は行動に出た。
「しからば」
ひらりと、騒がしくなった会場を背に彼は彼女を連れ去った。
にわかに悲鳴だのが耳に飛び込むが、「僕には聞こえない」とスルーする。
走りながら、彼女を抱く力を少しだけ強くする。
そうすると、彼女の手が彼の襟元を引っ張った。
「師匠」
「うん?」
「…………ええと」
「うん」
「……有難う御座います」
彼は笑った。
もう二度と、彼は先のような台詞を聞きたくはなかった。
「私、何で結婚するんだろう。
ホントに、昔から、ずっと……この人を好きだったのに」
師匠誕生日編。
BBS1780ヒット(?)の格好良い師匠を披露。
一番長い台詞がそれです。
うぱ氏には
「一回言われ……言わ、言われ……
………
ごめん。無理。耐えられない。はったおす(笑)」
と素敵なコメントを頂いた台詞だったのでした。